風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第30話〜
「コネクション」



作・controlv(加筆編集・風祭玲)


Vol.T-346





「さてと、

 今日は儲かったし、

 鍵屋でも飲みに誘おうかしら…」

商いを終えて白蛇堂が歩いていると、

『おいっ、

 そこの姉ちゃん』

と彼女を呼び止める声が響く。

「はぃ?」

その声に白蛇堂は足を止めると、

『白蛇堂ってアンタだろう?』

そう話しかけながらみすぼらしい格好をした初老の男が、

何もない空間から湧き出るようにして姿を現した。

「だれ?」

いきなり現れた男を白蛇堂は怪訝そうに見ると、

『ぐへへへへ…

 白蛇堂さんよぉ、

 お前さんを見込んで、

 ちょっと買っていただきてえ物があるんですが』

と男は白蛇堂の前に諂いながら近づいてくる。

「(何かしらこの男…うっ…何?このにおい)」

男から漂ってくる悪臭に鼻を手で覆う白蛇堂であったが

「ぐへへへへ…

 買っていただきたいのはこれでございまして…」

白蛇堂の態度に構わず、

男は空間に向かって手を伸ばすと、

ピチョン

彼が指した空間に波紋が広がる。

そして、一瞬の間をおいて、

黒いものが顔を出すと、

ドサドサドサ!

雪崩うつようにして布地の様なものが零れ落ち、

瞬く間に山と化してしまったのだ。

「うっ、

 なにこれ?」

強烈な臭気を放つそれらを前にして、

白蛇堂は鼻を覆って見せると、

『とある相撲部屋で不要となった廻しでございます。

 見ての通り、

 稽古に汗を流した力士達が丹精こめて締めこんだものでして、

 どれをとっても一級品でございます』

そう男は説明をする。

「(くっさぁ)

 で、あたしにこれを買えって言うのぉ」

鼻を押さえながら白蛇堂は問いただすと、

「お願いでございます。

 他の人にはゴミにしか見えませんが、

 私の生活がかかっているんです。

 かってくださいよぉぉぉ」

ただでさえ誰も買いたくないというのに、

男は買ってくれと迫ってきた。

白蛇堂はあまりに強烈なにおいに観念したのか、

「わかったわよ。

 買ってあげるから、

 この場から立ち去りなさい」

音を上げた白蛇堂は男に代金を支払うと、

「ありがとうごぜえますう、

 一生このご恩は忘れません」

男はそう言いながら去って行く。

「はあ、買っちゃったけどどうしよう。

 あたしにはこんなものを解析するのはいやだわ…」

白蛇堂は勢いに任せて汚物を買ったことを後悔するが、

「変なもの捨てるわけにはいかないし、

 処理しようにもお金がないし…」

白蛇堂は困惑すると、

ふとある考えが浮かんだ。

そして、

「あの人に処理してもらいましょう」

そう呟くと、

フッ

大量の廻しと共に白蛇堂は姿を消したのである。



一方そのころ、

ある高校では一人の女生徒が別の女生徒から薬をせがまれていた。

「ねえ、頼んでいた薬、

 まだできないの?」

そう頼んだのは

男性へのひそかな変身願望がある女生徒・絵里だった。

「う〜ん、あなた要求多いのよね。

 だからその要求をかなえるのにいまいちなのよ」

彼女の質問に答えたのは雪城春子、

科学部におけるマッドサイエンティストとして有名で、

人間界におけるさまざまな

性転換や変身にかかわる薬品を研究しているのである。

「だいたい、筋肉ムキムキだけど顔は美形で、

 巨大なイチモツ持ってるけど実は繊細で色白、

 おまけに自由に変身できるようにしろだなんて、

 要求が多すぎるのよ!」

春子は眼鏡を上にあげながら絵里に起こっていた

「何よ!

 じゃあ、

 春子は実はしょぼかったって学校中に言いふらしてやるんだから!

 プンプン!」

売り言葉に買い言葉、

絵里は怒ったよな台詞を言うと

春子の前から立ち上がりそのまま立ち去っていく。

「あらまぁ」

そんな絵里を春子は見送ると、

そして、

「何かいい手はないものかな…」

そう思ったところ、

春子の携帯に一通のメールが入った。

「春子へ

 春子に使ってほしい材料手に入れちゃった。

 夕方6時に埠頭まで来てね WHYTE」

という文面であった。

「WHYTE…ああ、あの子か」

春子は了解のメールを打った。

その日の夕方、

普段であれば自分の研究室にこもっている春子であったが、

このようなメールがあった日はわざわざ化粧をして出かけている。

化粧をした春子は、

いつもの地味なメガネをした彼女とは違い、

どこかあでやかな感じがした。

「(まさか私がこんな恰好で出かけることがあるなんて、

  誰も思わないでしょうね)」

ここは東京湾沿いのある埠頭。

時刻はもうすぐ夕方の6時になろうとしている。

「(そろそろ来るはずね…)」

春子はあたりを見回した。

しかし、肝心なメールの相手はいない

「どこかしら…あの子ったら。

 まあ、いつものことだけど…」

どうやらこの相手と会うのは初めてではないようだ。

「遅いじゃない、春子」

声は埠頭の倉庫の扉の近くから聞こえてきた。

春子が振り向くと、

そこには白いブラウスに紺色のスカート、

銀髪で碧眼の少女だった。

「あら、白ちゃんじゃない。

 まったく、わかりづらい所で待つのはいつものことだけど…」

メールの相手が白蛇堂であることは言うまでもないのだが…

「で、今日はどうしたの?」

春子は白蛇堂に尋ねた。

「ああ、実は春子に買ってもらいたい材料…

 昨日道であった汚らしい変な男からの…

 まぁ汚物と言ってよいものなの。

 でも、あなたならきっとうまく使ってくれると思って…

 安くしておくわね…」

そういいつつ白蛇堂は空間を開くと、

あの廻しの山を春子の前に作ってみせる。

「これはまた…

 すごいわねぇ」

立ち上る悪臭に鼻を押さえながら、

春子は品定めをすると、

「お値段はこれほどになります」

白蛇堂は男から買った値段の1割増しの値段を提示してみせる。

これには春子もあきれるばかりで

「…なんとも呪われてそうな品ね。

 でも、まあ、使い道を探してみるわ…」

春子はいやそうな顔もしながら白蛇堂から汚物を購入した。

「じゃあね、白ちゃん」

白蛇堂は代金を受け取るとすぐに立ち去った。



数時間後…

自分の研究室で汚物の解析を行う春子であったが…

「うぬぬぬぬ…」

春子は唸り声を上げると、

使い道を思いついたのか

すごい勢いでノートに書きつづっていた。

「男の汗をたっぷりと吸い込んで熟成された相撲廻し…

 ・変身薬に男らしさを出す成分1.8%

 ・イチモツを大きくする成分1.3%

 ・男らしさを出すが、

  実は男の繊細な部分も引き出せる成分0.02%

  しかもこの成分はめったにとれない成分で有効性も高い…

 そうか、

 この成分をうまく入れれば、絵里に頼まれてた薬を作れるかも!」

春子は嬉しそうに解析を続ける。

「あとは動物変身、

 異型変身、

 パワーを引き出す、

 それ以外の成分も効率のよいエネルギー資源や燃料として使える!!」

興味深い解析結果に春子はそそくさと研究に乗り出すと、

あらゆる薬品を用いて成分を抽出していた…

そして、この様子は遠見の鏡で白蛇堂が見ていた

「やっぱり、

 あたしが見込んだだけのことはあるわね…」

実は白蛇堂は行商を中心に行っており、

天界の業者だけでなく、

人間界で変身薬の精製に携わる人間とも

何らかのコネクションを持っていたのだ。

今回の件についてもガラクタやごみを押しつけるために春子を呼んだのではない。

春子がマッドサイエンティストとして変身役を精製すると同時に、

材料をうまく解析してその成分を研究することにも長けていたため、

白蛇堂はその能力を信頼していたのだ。

そして、春子が精製した薬は天界で流通している薬よりも有効であり、

材料を売る代わりに春子が精製した変身グッズを買っていたのだ。



数日後…

「ありがとう、白ちゃん。

 白ちゃんのおかげでクラスメイトの望みをかなえることができたわ」

春子は再び白蛇堂とあっていた。

「それはよかったわね。

 ねえ、春子…あなたが昔作っている変身キャンデー、

 何個かあったら売ってほしいんだけど。

 実は同業者の間でも結構話題になってるのよね」

白蛇堂は春子に発明品を買いたいという旨を説明すると、

「いいわ。

 あなたなら役に立ててくれそうだし…」

春子からキャンデーや他の発明品をいくつか購入した。

「ありがとう、春子!」

白蛇堂はそう言いながら去って行く。

「さてと、一部はあたしが売るとして、

 残りは業屋にでも渡そうかしら。

 結構春子の発明品は天界の中でも人気なのよね…」

白蛇堂は商品を抱えながら天界を目指していた。



おわり



この作品はにcontrolvさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。