風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第27話〜
「新たなる活動」



作・controlv(加筆編集・風祭玲)


Vol.T-270





『それでは行って参ります』

その日、

黒蛇堂の店が人間界に出ることのない日ではあったが

黒蛇堂は新たな活動を行うため人間界へいく準備をしていた。

『今日はいつもの格好ではないのですね』

従者にたずねられた黒蛇堂。

たしかに黒が基調の服装ではあったが、

どこかよそ行きという印象を受け、

さらに美少女である彼女にしてはめずらしく化粧もしていたのであった。

『ええ、あの格好のまま人間界をうろつくと不思議がられてしまいますわ』

『そうですか…それではお気をつけて。

 ところでその荷物の中には…?』

『これはちょっとした商売道具です』

そう返事をしていつもとは違うルートを通って人間界へ抜けた黒蛇堂はとある市街地へと降り立った。

―おりしもその地点は黒蛇堂の店が出現しやすいスポットの近くであった。

そしてさらにそこからバスで30分ほどかけて町外れのとある建物に向かうと、

『…やっぱりもう少し拠点が必要ですね』

そういいながら彼女はその建物のドアを開ける。

この建物は先月リニューアルオープンしたばかりのスイミングプール。

―かつて黒蛇堂が蜘蛛男に変身したときに忍び込んだ建物である。

当時は閉鎖されていたが今後の活動に使えるのではないかと考えた黒蛇堂が密かに買い取っていたのだ。

プールの控え室のような場所に来た黒蛇堂はまだ誰も来ていないことを確認すると、

まず荷物の中から黒いスイミングキャップ、

ゴーグル、

スイミングタオル、

ホイッスル、

それに男子用の黒字に青いストライプが入った競泳パンツを取り出してみせる。

そして彼女はおもむろに服を脱ぎ、

競パンを穿くと密かに呪文を唱え始めた。

呪文をとなえ終わり、

彼女は鏡で自分の姿を確認した。

鏡に映っていたのはセミショートの黒い髪と赤い目を持つ均整のとれた顔立ち、

必要な筋肉が十分についた引き締まった肉体、

そして競パンの十分なふくらみ…

『…これで準備はできた…』

競泳パンツのよく似合う体の美少年に変身した黒蛇堂はこうつぶやいた。

自分が監視台に立つ時間が近づくと彼女はホイッスルを首にかけ、

キャップとゴーグルを競パンに差し込んだ状態で監視台へと向かう。

彼女の新しい仕事

―それは少年スイマーの姿でプールの監視員の仕事をしながら人間界の変身の状況を探ったり、

 また困っている人間がいないか別の視点からチェックすることだった。

彼女が監視台に入ってからしばらくの時間。

一般的なプールの使用料金よりも安く設定してあるせいか

いろいろな客層が入り混じっており多くの客が監視台に目を向けていた。

しかし、

『(みんなこっちを見ているわね。

 でも特別困っているというものはいないわ…)』

確かにそうだ。

水泳体系の美少年がブーメランパンツ1枚になっているのには

性的な意味でもこちらを見てしまうものが多いだろう。

だが、黒蛇堂はその目線にまぎれて負の作用をわずかに感じさせるものが混ざっていた。

『(…なにかつよい力を感じるわ。

 おや…あそこに一人…なにやら真剣に悩んでいるようね。

 おそらく水泳部でそこそこ実力はあるものの

 周りとはうまくやっていけない…そんな感じね)』

黒蛇堂の目線の先には一人の高校生ぐらいの少年がプールサイドに腰掛けながらうつむいていた。



交代の時間が過ぎると黒蛇堂は一旦控え室に戻るが、

すぐにプールサイドに向かい、

キャップとゴーグルをつけてプールに入って泳ぎ始めた。

プールサイドに腰掛けながらうつむく少年の目の前の水面から、

黒いスイミングキャップとゴーグルをつけた少年が上がってきた。

「…よっ!」

 彼は少年に人当たりのいいように声をかけた

「…わああ…貴方は一体…」

驚いて後ろに下がる少年をよそに黒蛇堂は話を続けた

「驚かせちまってごめんな。

 オレはここの監視員さ。

 見てたらなんかお前凄く困ってそうだったから…オレ、

 困った奴見てるとほおっておけない性質なんだ」

黒蛇堂の自己紹介の前に少年は少し戸惑っているようだ。

「…いいんですか…」

「困っていることがあったら相談してみろよ」

「実は、

 僕…水泳をやっているんですが…

 中学校のときはこれでも凄く速くて飛魚の様だといわれてきました。

 しかし高校に入ってから何もかも中途半端で…

 先輩にもすごくいびられるし…おまけに同級生は僕よりも速い連中ばっかり…」

高校生にしてはありきたりな悩みに対して黒蛇堂は普通に答えてみた。

「じゃあまず練習してみなよ。

 速く泳いでたらきっとうまくなるぜ」

「それはわかっているんですが、

 うちの学校では速い連中ばかりがプールを占拠していて…

 僕はいつも泳ぐ暇も無くこき使われてばっかり…

 僕は水泳が好きなのに…」

少年の切実な願いに対して黒蛇堂は少し考えた後にこういった

「わかった…お前の望み…もしかしたら叶うかもしれない」

少年は少し疑問に思いながら、

「本当ですか…でも…どうやって…どこに行ったら…」

と聞き返すと、

黒蛇堂はさらに、

「オレの知り合いの知り合いに聞いた話だけど…

 今度の満月の夜、

 三丁目の交差点にすごく古風な感じの店にいくと、

 なんでも自分の悩みに答えてくれるものを売ってくれるらしいんだ。

 まあ、信じるも信じないもお前しだいだけど…」

と言う。

「…教えてくれてありがとうございます」

それを聞いた少年は礼を言いプールサイドから立ち上っていく。

『(次に店を出すのは満月の夜…思った通り…この子が来るのが楽しみだわ)』

少年を見送りつつ黒蛇堂はそう思うとそのまま控え室に戻っていく。


――――――満月の日、

例の少年は三丁目の角にある店の前に来た。

小ぢんまりした西洋風のレンガ造りの建物で、

店の前の木の看板には店の名前が書かれていた。

「…黒蛇堂…ここか」

少年は恐る恐る重そうな扉を開けて中へ入る。

「…なんだこの店は…ここに僕の望むものがあるのか…」

店の中は外に比べると涼しく、

怪しげな美術品から実用的な日用雑貨までさまざまなものが置いてあるようだった。

『いらっしゃぃませ』

一人の少女の声が背後から響いた。

「…うわっ」

少年の後ろにいたのは14、5歳ぐらいの少女だった。

長い黒髪と赤い瞳、

黒装束を身にまとっていた

『私はここの主です。

見たところあなたは部活とその人間関係でお悩みのようですね』

「え…?」

少年は図星のような顔をしていた

『それならばこの衣装をお使いください』

「そ…それは…でも、

今の僕を救えるのはそれしかないかも…」

少年は黒蛇堂の差し出したものに強い戸惑いを覚えたが、

自分を取り巻く今の状況を考えると背に腹は変えられないという様だった…



―――――――――――2ヵ月後、

監視員の仕事の合間にプールサイドで休んでいた黒蛇堂の前に、

女子高生ぐらいの少女がやってきた。

『どうもありがとうございました…』

少女は軽く頭を下げた

「え…何のことかな?」

黒蛇堂は一瞬戸惑ったような顔をしていたが…

「…監視員さんにお店を紹介してもらった男子水泳部員です。

 これのおかげで今では女子水泳部で凄く活躍できて…

 もう最高です」

「そうなんだ、

 よかったじゃないか…」

あのとき黒蛇堂が差し出したもの。

それは白アシという特殊な競泳水着で、

今回は特別に性転換系の薬剤がしみ込ませてあった。

少年がおそるおそるつかってみたところたちまち体は女性のものとなってしまった。

当然女子水泳部の所属となったが、

実は少年はそこそこ速いスイマーであったため、

その能力は女性になっても引き継がれていたのである。

元少年の少女がいきいきと泳いでいる姿を見ていた

『(やはり、

  あの水着はあの少年を求めていた…そして彼もまた求めていた…)』

黒蛇堂は小さな笑みを浮かべていた。

遠見の鏡を通してだけではなく、

直に客のその後を見ることも彼女の新たな活動だった。

『(これから随分と忙しくなりそうね…)』



おわり