風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第26話〜
「新年奇譚」



作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)


Vol.T-262





時間と空間の狭間にある世界。

その中をかの業ライナーや華代ライナーをはじめ数々のライナーが駆け抜けてゆき、

そんな空間の一角にライナー達がしばしの疲れを癒すターミナルがあった。

ライナーの乗員や乗客はそこである者は長旅の疲れを癒し、

またある者はそこから各々の望む時間や空間に降り立ってゆく。

そんなターミナルの門を過ぎた駐車場の一角で一人の青年が取り囲まれていた。

「…」

シャキンッ!

シャコンッ!

黒いライダースーツに金色のヘルメットとプロテクターをまとった

いかにもと言う感じの戦闘員風の面々に囲まれている青年は

恐れるでもなく時代がかったコート越しに肩を落としてため息をつく。

「やれやれ……

 こんな所で道草を食っている場合じゃないんですけどね……」

とこれまた時代がかった帽子に手をやりながら戦闘員達に目をやり、

その先にいるであろう彼らのボスに視線の矢を放つ。

それと同時に戦闘員たちが一斉に襲い掛かった。

「キーッ!」

統率されたと言う言葉がふさわしい動きで武器を手にした戦闘員達は

流れるような連携で青年を包囲する様に襲い掛かる。

それに対して青年は

右に、

左に、

前に、

そして後に体をそらしながらその攻撃をかわす。

顔に似て一見さえなさそうな風体をしているがその動きは確かなものである。

「あなた方には言いたい事は山ほどありますけど、

 今日の所は引かせてもらいますよ!」

見えない黒幕にそう言い放ちながら

青年はどこからともなく一振りの杖を取り出す。

大きな鍵の形をした杖を大きく振り回しながら戦闘員たちを牽制すると、

青年は空いている手で別の鍵を取り出しそのまま杖に装填する。

そして、大きく息を吸い呼吸を整えると、

カッ!

青年は迫る戦闘員たちを見据えるや否や、

「いくぞ、R!」

と声を張り上げた。

バンッ!

つぎの瞬間、

青年の頭上の空間から扉が開き、

カッ!

強烈なライトが光り輝くと、

トコンッ!

トコトコンッ!

その中より妙に静かな排気音とともに何かが飛び出してくる。

バッ!

「キキーッ!」

飛び出してきた勢いに巻き込まれ、

戦闘員の大半が跳ね飛ばされこそしないが背後に飛び退ってしまう。

その隙に青年はその物体―

一台のオート三輪に飛び乗るとエンジンをふかし、

そのまま戦闘員達を振り切って駐車場を飛び出した。

後を追おうとした戦闘員達だったが、

いつの間にか青年が仕掛けていたトラップにより見えない鎖で縛られたり、

落とし穴に落ちたり、

さらには金ダライを頭から落とされたりしていた。

トコトコトコトコ……

静かな排気音とは裏腹にかなりのスピードで荒野を疾走するオート三輪。

前輪の手前に出来た道が後輪を過ぎると消えてゆくのはライナーにも似てはいる。

その運転席の中で青年―鍵屋はふうとため息をつく。

「やれやれ、

 この空間ではいつも通りの転移がいつも通りには出来ない所がつらいですね。

 もっともそのおかげでこの車も重宝できるんですけど……」

と安堵と疲れの混じったため息を漏らしながらハンドルを握る。

どれだけ走った事だろうか、

オート三輪は荒野を過ぎ、

小さな林とそれに囲まれた湖の間を横切ってゆく。

「あそこが…

 今年は久しぶりの静養と言ってましたけど……」

湖のほとりに立つ小さな城のような建物を見ながら鍵屋は改めてアクセルを踏み、

建物へと向かっていった。



その部屋で一人の少女がベッドに横たわっていた。

常時身にまとっている漆黒の衣装、

長い黒髪と白い素肌とのコントラストはどこか静かな哀愁と意志の強さを感じさせる。

普段なら彼女は今日も彼女が営んでいる店のカウンターに座り、

何時来るとわからない客を静かに待つのが本来の日常であるが、

その日は珍しく風邪をひいてしまった体の静養も兼ねて

この世界の一角に拠点を移し、

そこで静かに身と心を休めているである。

『ふぅ……』

しばらく身を休めていたせいか症状はだいぶ落ち着いたが、

その顔色はまだ少し風邪のダメージを引きずっている。

その耳に聴きなれた声が入った。

『黒蛇堂さま、

 鍵屋さまがお見えになりましたがいかがされますか?』

従者の声に少女―黒蛇堂は静かにうなずくと、

『鍵屋さんが……

 わかりました、

 お通しして下さい』

と言って静かに立ち上がり、

漆黒の衣装にアクセサリーをまとわせると部屋を出る。

それに呼応する様に窓の外にいた鳥たちも静かに飛び去ってゆく。

後に残ったのは今まで彼女が横たわっていたベッド、

そして壁や天井一面に並べられたたくさんのバイオリンであった……

「黒蛇堂さん、

 ご無沙汰しています。

 お体の具合はどうですか?」

鍵屋は帽子を取り静かに一礼をする。

『ええ、

 おかげさまで何とか…こほこほっ』

黒蛇堂も静かに笑みを浮かべながら鍵屋を迎えるが、

やはり咳が出てしまう。

それに対して鍵屋は思わず羽織っていたコートを彼女の肩にかける。

『ありがとうございます…でも鍵屋さん、

 一体今日はどうされたのですか?』

「いえ、

 今日は大晦日と言う訳でもないですけど、

 ちょっとあいさつ回りをしてまして……」

と言いながら例のごとく鍵を取り出して何もない空間でカチリと回す。

その中から一封の茶包みが出てくる。

「天界自慢の銘茶が手に入りましたのでおすそ分けです。

 あの女神様が直接選んでくれたお茶ですから

 偽造なんて事はまずありえませんので安心していただいてください。

 それと…」

『それと?』

茶葉の入った包みを受け取りながら黒蛇堂は疑問げに訪ねる。

「いえ、

 忘年会の時もそんな感じでしたけど、

 やはり黒蛇堂さんお元気なさそうで……」

と言いながら鍵屋は別の鍵を取り出して回す。

次の瞬間、

黒蛇堂の脳裏に去年の事が思い出され一瞬顔が赤くなるが、

それに気づく事無く鍵屋はまた別の袋を取り出す。

「なんでもある平行世界、

 そしてそことつながっている世界のみで得られる力を凝縮したお薬だそうで。

 これを飲めば少しは元気になられると思います……」

“大乃魂”と書かれた袋をそっと渡しながら鍵屋は静かに席を立つ。

『鍵屋さん、

 もう行かれるのですか?』

いつも通りのクールさを保ってはいるが

風邪の影響か少しさびしそうな顔を見せる黒蛇堂に

鍵屋は申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません、

 押しかけて何ですけど風邪はやはり静養が第一、

 今は静かに休んでください。

 それに……」

『それに?』

「いえ、

 いま黒蛇堂さんが作られているバイオリンの音色も一度聞いてみたいですし」

と笑顔で言いながら鍵屋は身支度を整え、

静かに館を後にする。

あとに例のオート三輪のトコトコ……と言う音を残して。

『鍵屋さまもあれで色々お忙しいご様子ですね。

 兄上様や姉上様、

 業屋様方とはまた違う形で色々あるのでしょうか……』

従者の声に黒蛇堂は、

『そうですね。

 人の心に求める意思がある限りわたし達の仕事に終わりはない。

 例え時の運行が止まったとしても……

 その為にも今は静かに休む事にします』

そう言いながら黒蛇堂は静かに立ち上がり自室へと戻る。

しばしの時間がたった後、

黒蛇堂が横たわるベッドの横に軽い食事が置かれていた。

それを済ませた後、

その皿の横にコップに注がれたお茶と水差し、

そして一服の薬の包みが置かれているのが彼女の目に映った。

『この薬……確か鍵屋さんが……』

恋愛感情こそ持ってはいないが、

一応商売敵であるはずの自分に色々と気遣ってくれる鍵屋に

一瞬思いを寄せた後黒蛇堂は薬を飲みお茶を飲んだ。

そう、

薬同様鍵屋が持ってきたお茶を水差しの水と間違えて……

ドクンッ!

『うっ』

ガタンッ!

一瞬黒蛇堂の体が震えると胸いっぱいに迫る苦しさを押さえきれず

黒蛇堂はそのままベッドの下に倒れてしまう。

『ううっ、

 ううっ……』

『くっ黒蛇堂さま、

 黒蛇堂さま、

 どうなされました!?』

緊迫した従者の声が部屋に響く。

そうしている間にも黒蛇堂は苦しそうに両手足を使い床の上でもがき続ける。

黒髪を振り乱し、

熱で上気した白い肌いっぱいに汗を流して。

その姿は美しくもあり、

そして恐ろしくもある。

『ううっ……うぐうっ……ぐぐうっ……』

そうしている間に彼女の中に何か熱いものがみなぎり始める。

生命力、

活力、

体力、

気力、

時の運……そう言ったものが彼女の全身にたぎり、

激しい熱をおびさせる。

『はぁ……ああ……うああ……』

去年鍵屋から借りたDVDで感じた感覚とは全く異なる激しさ、熱さ。

そう言ったものが黒蛇堂の全身を震わせる。

そしてその脳裏にあるイメージが浮かんでくる。

ある世界では太古の昔に存在した生命。

そして別の世界ではそのままの姿、

あるいは形を変えて生き続ける生命のイメージ。

四肢を這わせて全身を動かす黒蛇堂の姿は

その生命の躍動を確かに感じさせるものであった。

『く、黒蛇堂さま……』

その姿に従者はただおののき、

見守る事しかできない。

激しい鼓動と肌の震え、
そして黒蛇堂の高ぶりは今や頂点に達そうとしていた。

『うう……ぐうう……ぐおおお……』

意識の中でも黒蛇堂本来の意識は

その生命の本能の中に溶けて混じり合おうとしている。

そして……その時は来た。

『ぐるるるぉぉぉーんっ!』

少なくとも人の声ではないおたけびを黒蛇堂は上げた。

ブワッ!

その瞬間、

彼女から発せられた激しい気が衣服を引き裂き、

部屋中を揺さぶる。

『く、黒蛇堂さまっ!?』

従者の声が響くが、

それにも構わず黒蛇堂は毅然と四肢を床につけ、

一糸まとわぬ姿をさらしている。

あたかも一匹の美しき獣のごとく……

『ぐるぅ……ぐるるう……』

黒蛇堂は獣の目で静かに周りを見渡していたが、

ふと一瞬間をおくと、

『ぐるるるおーんっ!』

そう一声吼えた。

その瞬間、

ビキッ!

ベキベキッ!

黒蛇堂の両手が前後逆に回ると

それに合わせて両腕がまるで鳥の脚の様な形の関節を作り、

腕全体も胸のふくらみを取り込みながらたくましく太くなってゆく。

その腕を静かに屈伸させると黒蛇堂は同じ様に両足を縮めて力を蓄える。

その姿はまさに異形のブリッジである。

『ぐおっ!』

そう吼えると両足を高く天井に伸ばす。

グキンッ!

メキンッ!

その脚が腰から180度回転するとひざから折りたたまれる。

異様に太く、

長くなった両腕を床につけ、

前後逆になった両足を折り曲げた姿勢で

逆立ちしている異様な光景で黒蛇堂はなおも全身を震わせ、

獣の声で震えている。

ビクッ、

ビクビクッ!

そうしている間にも黒蛇堂の変化は進んでゆく。

ムズッ、

ムズ、

ムズムズ……

『ぐるおおっ、

 ぐるああっ、

 ぐぉぉぉぉ……』

うめいていた声がどんどん小さくなってゆくと思えばその顔から目が、

鼻が、

耳が、

そして口が顔の皮膚の中に飲み込まれてゆく。

もちろん髪はすでに床の上に抜け散っていた。

ビクッ!

メキバキッ!

さらにその細い首と小さな頭が同じ太さに揃いながら大きく長く伸びてゆく。

ゆらゆらとゆれるその姿はまるで尻尾である。

一方床に這わされた両手はすでに両手ではなくなっていた。

指の一本は掌の中に消え、

親指は後に移っている。

まるで鳥の足の様な形になっていた。

腰のあった辺りからはいつの間にか

一対の肉の塊が伸びたかと思うとその先端が分かれ、

鋭い鍵爪を称えた腕に変化する。

しかし、最大の恐るべき変化は両脚―だった所だろう。

実際その細い両足はいつの間にか癒着し太い塊へと変化しているのだ。

そしてゆっくりと震えていたそれは震えながら何か別の形に変化しつつある。

ブルルルル……

かすかに震えていた両足の名残がその瞬間、

ベキリと音を立てて折りたたまれる。

そして折り合わされたそれは爬虫類の顎のような形に変化してゆく。

『ル……ルル……グルル……』

両足の所から少しずつ不気味なうなり声が漏れ出し、

その間には鋭い牙が生え揃い始める。

すでに黒蛇堂の全身は白い少女の柔肌から爬虫類を思わせるそれへと変わっていた。

しかしそれは彼女の屋号である蛇の様な柔らかいものではない。

もっといびつで硬く、

そしてたくましい皮膚の鎧、

それが今の彼女の体を覆っている。

鳥のような形の両脚と小さいながらも鋭い両腕、

太くてたくましい尻尾を揺らし、

全てを噛み千切る獰猛な顎を持つその生命の名は……

『グオオオオーンッ!』

カッ!

完全にその生命のものとなった声でおたけびを上げた瞬間、

その口の上に小さいが鋭い目が開く。

『ティ、

 ティラノサウルス……』

かつて黒蛇堂だったその生命―ティラノサウルスは

まだけだるさの残る体を静かに動かすと狭い部屋の中をうっとうしそうに回る。

そして、

その行為に飽きを感じると……

『グルルアァァーンッ!』

ドクワァッ!

咆哮の後、

壁ごと窓をぶち破って外へと飛び出していった。

ドスン、

ドスン、

ドスン……

地響きが遠ざかるにつれ、

ティラノサウルス特有の足跡がどんどん伸びていった。

『黒蛇堂さま…』

あとには従者の険しくも弱弱しい声だけが残っていた。



時間を少し遡る。

ブオオオーンッ!

トコトコトコーッ!

その頃、

鍵屋は黒蛇堂の館から離れた採石場で激しいバイクチェイスの最中であった。

追うのは例の黒いライダースーツと

金色のヘルメットとプロテクターをまとった一団の駆るオフロードバイク。

そう、例の集団である。

数々のテクを使い鍵屋に迫るバイク集団。

それに対し本当に時代物のオート三輪かと思える様な巧みな動きで岩場を切り抜け、

ターンをかけ

谷を越える鍵屋のオート三輪。

その追跡劇は図らずとも黒蛇堂が館を置く湖のほとりにまで及んでいた。

「むむ……

 これは少しきついですね……

 R、気張り所ですよ」

軽口を言いながらも人工知能にかけるその声にはかなり緊迫がある。

そこに、

『ならさっさと降りていただければよろしいのですよ』

と声が響いた。

「何?」

鍵屋が助手席に目をやると

そこにはマフラーを首に巻いた派手なフード付きコートの下にスーツを着たいかにも嫌味なキザ男然とした男が実体化しようとしていた所だった。

「同乗するなら金をくれ……どころじゃないですね!」

男が何かアクションをかけようとした時、

鍵屋は即座に転移の鍵を使って椅子の下に開いた穴から外に出る。

もちろん事前に男を吹き飛ばす事も忘れてはいない。

もっとも、

その瞬間に男は再び自らをエネルギー体化してオート三輪から逃れている。

そしてオート三輪はそのまま前方に開いた空間の穴の中に消えてしまうと、

ブロロロロ……

地面に転がり、体勢を立て直そうとする鍵屋の周りを

いつの間にかバイクに乗った戦闘員が包囲している。

「……やれやれ、

 追い詰められたと言う所ですね……」

そう言いながらもようやく余裕を取り戻した鍵屋の前に突然顎長の男が現れる。

『やれやれはこちらの方ですよ。

 一体あなたは何様のつもりなんです?

 一介の行商人ならここまで無茶な事はできないはずですよ?』

先のイヤミキザ男の声で言う顎長に対して鍵屋も呆れた顔をする。

「ではこちらからも聞きますけど、

 その一介の行商人の名前を無断借用して危険すぎるアイテムを

 高値で売りつけたり偽造を行ったりと

 色々タチの悪い商いをしていたのはどなたですか?

 業屋さんや今あなたが化けている方の様な店を騙るならともかく……」

すると顎長の男はその姿を霧消させ、

業屋の姿となって再構成させる。

『いやあ、

 わたしどものような新興にとっては

 下手に大手に歯向かうよりさほど力のない弱小、

 いや零細企業から潰した方が都合が良いんですよ。

 よく言うでしょ?

 小さな事からこつこつとって』

さらにその姿は白蛇堂に再構成される。

『そのあとで大手を利用していけばいいのですから。

 それに、弱き者達の過ぎたる望みを餌として

 肥え太るのが我々の仕事ではないですか?

 わたしはその真髄を極めようとしているだけですよ。

 あなたみたいな考えでは弱き者の仲間入りですよ?』

完全に鍵屋を嘲笑しながら男は歩き回り、

さらには黒蛇堂に姿を変える。

『どうです?

 ここであなたの持つ商品や用品を全部明け渡して

 後は悠々自適に暮らされては?

 あ、よろしければわたしどもの傘下に入ってもよろしいんですよ?

 もちろんわたしどもの方針に従っていただくと言う事で……』

「……そう言えばまだあなたの屋号を聞いていませんでしたね

 ……家政婦さんへの手土産に聞かせてもらえますか?」

まだ顔色一つ変えずに鍵屋は尋ねる。

それに対して男は……

『はい、

 わたしの屋号は「鍵屋」です』

と、ご丁寧に鍵屋の姿になって答える。

それに対して鍵屋もようやく笑みを漏らし……

「了解しました。

 ではこれは僕からの餞別です」

と鍵杖を差し出し……

「結晶の鍵・嵐の鍵」

その先端から結晶の嵐を叩きつける。

戦闘員の何人かが巻き込まれるが、

男は辛くも逃れ本来の姿に戻ると戦闘員達の背後に立つ。

『交渉決裂という奴ですね。

 わたしとしても残念であなたを決裂させたい気分ですよ。

 そう言う顔、していませんか?』

となんと言っていいかわからないような顔でそう言った。

『とりあえず、

 あなたのお命で譲渡の署名を押させてもらいますよ!』

男の声と共にバイクに乗った戦闘員達が鍵屋めがけて襲い掛かる。



戦闘はまさに一進一退で続いていた。

もともと鍵屋にとってハンデと言えるもの―人質とか―がない分ほぼ全開で戦えるし

この程度の戦闘員なら楽に叩けるのだが、

さすがに数の多さは響いている。

しかも……

「……くっ、

 少し気を取られましたね……」

先のオート三輪からの脱出の際に少しダメージを追っていたのと

男に少しばかりエネルギーを吸われていたらしく、

鍵屋はわずかばかり消耗していた。

ブロロローッ!

カキンッ!

ガシンッ!

バイクに乗って、

あるいはそのまま迫る戦闘員をかわしながら鍵杖でなぎ払い、突き飛ばす。

しかし、

一瞬の隙を突かれ……

ドガッ!

ボディガードらしきグリフォン顔の怪人に背後を殴られて鍵屋は地面に突っ伏する。

「く、

 くく……」

立ち上がろうとするがまだ力が入らない。

『さ〜て〜と、

 このまま降参して明け渡します?

 それともあなたの命ではんこ押します?』

首に巻いていたマフラーを振り回しながら浮かれ顔で男が声をかけるが、

鍵屋はただ無言である。

『あ、

 そう、

 そう言う態度なんですか〜ではやってください』

男が指示を出し、

グリフォン顔の怪人はそのまま手にした鎚を振り下ろそうとする。

その時……

グオオオオーンッ!

『な、

 なんですか?』

突然響いた方向に男も戦闘員達も一瞬戸惑った。

無論怪人の動きも止まるが、

その隙を見逃す鍵屋ではない。

「はいなっ!」

そう言いながら身を転がして距離をおき、

改めて構える。

“本当なら何か仕掛けたかったですけど、

 余裕ないですね……でも、

 あの声は?”

そう言って鍵屋がその先を見た時、

ビュッ!

ドグワシッ!

その頭上を戦闘員がバイクもろとも吹き飛ばされていった。

「あ、

 あれは……」

鍵屋、そして男達が見たもの、

それは差し向けられたバイク戦闘員達を

文字通り咥えてはちぎって投げまくるティラノサウルスの姿だった。

戦闘員達の攻撃をその硬い皮膚ではじき、

逃げ出そうとするバイク戦闘員達よりも速いスピードで迫ると

それを咥えて噛み砕き、

幾度となくなぎ倒してゆく。

「て、

 ティラノサウルス?

 この世界にいたんですか?」

と鍵屋も思わず驚いてしまう。

その時、

男と目が合う。

『し、しまった……

 乱入に気を取られて……

 仕方ありません、

 戦闘員第二陣!』

あわてた男が指示を出すと

その周りからガスマスクをしたモグラの様な戦闘員の群れが現れ鍵屋を取り囲む。

「……まったく、

 今の状況がわかっているのかいないのか……」

呆れながらさらに背後から鎚を振り下ろすグリフォン怪人を

紙一重でかわすと取り出した鍵を鍵杖に装填する。

ビュッ!

ドッカーンッ!

“ぶろうくん・ふぁんとむ”

と書かれたびっくり箱風パンチによって

グリフォン怪人が虚空に消えるのを見る事もなく鍵屋は別の鍵を装填する。

「R!!」

鍵屋のその声と共に、

『あいっ!』

勢い良く返事が変えてくると、

バタンッ!

トコトコトコ……

鍵屋の頭上から扉が開き、

先のオート三輪が飛び出してきた。

そして、鍵屋はその天井に飛び乗ると改めて鍵杖を構え、

「さてと、

 いきますか!」

それと同時にモグラ戦闘員達が鍵屋に襲い掛かり……

壁や見えない引き出しにぶつかり、

足を取られて共倒れになり、

さらには“ごるでぃおんはんまー”と書かれた特大金ダライの下敷きになり光に消えた。

モグラ戦闘員達はティラノサウルスにも襲い掛かったが、

ほとんどがまるでドリルの様にひねる尻尾の一撃になぎ倒されたり、

鎚の様な足に踏み潰されたり、

鋭い鍵爪に引き裂かれたり、

その巨大な顎に噛み砕かれて行く。

そしてさらには……

グオオーッ!

カッ!

おたけびと共に吐き出された振動波で

その先にいたモグラ戦闘員は全身砂となって崩れ落ちてしまったのであった。

『な、なな……』

男の顔にようやくあせりの色が浮かぶ。

「……“己は傷一つ付かずに相手に致命傷を”が戦術の基本とも言いますけど、

 時には自身が傷つく覚悟も必要ですね……

 少なくともそうでないと鍵屋の暖簾は渡せませんよ」

と人工知能に運転を任せ、

無人のまま走るオート三輪に立ったまま鍵屋は杖を構える。

『な、ならばわたしの力を思い知らせて上げましょう!

 それならあなたもわたしに……』

と男はその姿をヒドラ獣人とでも言えそうな姿に変化させる。

しかし……

カッ!

より強力な相手の反応を本能で察知したティラノサウルスが岸辺から例の振動波を放つ。

『小ざかしいですよ!』

障壁を張ってそれを防いだヒドラ獣人がお返しとばかりエネルギー弾を撃つが、

そのモーションを見た鍵屋がすかさず鍵杖を装填エネルギー弾の斜線上に投げる。

その場所から裏面に“ぷろてくと・しぇーど”と書かれた巨大な鏡が現れ、

エネルギー弾を跳ね返す。

それをも打ち消したヒドラ獣人の前に

オート三輪のスピードで加速された鍵屋のかかと落しが炸裂する。

『ガッ!』

そのあと鍵屋の両の拳がヒドラ獣人の腹を捕らえ、

そしてジェットをどころかワープ級の一撃がヒドラ獣人を霧消させる。

キキキッ!

「鍵屋式闘術・爆推幻影拳……」

ターンを利かせながら停止するオート三輪をバックに静かに鍵屋はつぶやいたが、

ふと何かを感じ、

そのままジャンプする。

その頭上では……

『いやはや、

 “あれ”、

 ただの行商人と思って甘く見ていたらとんでもない目に合いましたよ。

 もっとよく調べてから“あれ”はつぶすとして、

 もっと別の相手をつぶすとしましょうか……』

辛くもその身をエネルギー体化して上空に非難していた男が涼しくもいらだった顔でつぶやいていた。

『そう言えば“あれ”、

 黒蛇堂とか言う奴もつぶしがいがありそうな相手ですよね……

 さっさと潰した方がいいですね……』

と言った瞬間、

背後に何かの気配を感じた。

ガシッ!

『な、

 な?』

そこには男以上に恐ろしい顔をした鍵屋が男の胴をつかんでいた。

「最初に言っておきます。

 鍵屋の名を汚されて僕はかなり頭に来ていますし、

 その怒りは飾りではありません。

 そして何より……」

鍵屋がそう言い続ける隙に男はエネルギー体になって逃げようとしたが

なぜか体が動かない。

「ハウスキーパーさんへのお土産に一つ……

 鍵屋式商売心得の一つ、

 「鍵屋の名を無断借用して悪しき商いを行った者は……」」

ビュッ!

そしてそのまま大地へと急降下のスープレックスが突き刺さる。

ドンッ!

「「理由の如何を問わず制裁を受けるものとする」……」

不可視の空間に閉じ込められたまま、

男は断末魔の叫びも霧消する間もなく完全に消滅した。

グオオオーンッ!

鍵屋の勝利を祝うかの様にティラノサウルスも咆哮を上げる。

その声に一瞬構える鍵屋だったが、

本能的に敵ではない事を感じ取る。

「まあ、

 あなたのおかげで助かった訳ですし……

 特製の生肉と安全な所への転移を御礼としましょう……」

と近づいた途端、

その巨体がドスンと倒れ、

粘土の様に形をなくしてゆく。

大きな顎を持った頭と首は二つに分かれてすらりと伸びた両脚に、

大地を踏みしめる鎚の様な後足は同じ様に細い両腕に。

前脚や尻尾は体の中に消えて行き、

尻尾のあった所は付け根が細くなり、

先端が丸くなると鼻や耳、

そして目や口が開く。

ふぁさっ。

そしてトレードマークである長い黒髪が伸びると鍵屋の目が見開かれる。

「く、黒蛇堂さん?

 これは一体……」

と言いながらも水面に浮かぶ黒蛇堂を抱き上げると

急いで空間から黒いローブを取り出してその白い裸身に被せ、

急いでオート三輪に乗せると館への道を走り始めた。



そのあとわかったのだが、

黒蛇堂がティラノサウルスに変身してしまったのは

例の女神が選んだお茶と“大乃魂”を同時に飲んだが故の副作用だったらしい。

正当な手順で作られた天界の気を宿すお茶と古の野生の魂の宿る霊薬、

そして独自の出自を持つ黒蛇堂の気が相互作用を起こして

一連の事態を起こしてしまったようだ。

黒蛇堂の安否の確認に安堵する従者に謝りながら鍵屋は館の修復をすませ、

黒蛇堂をベッドに横たえさせる。

せめてもの救いは黒蛇堂の風邪がこの一件で思い切り良くなった事だろう。

目を覚ました黒蛇堂が、

「ティラノサウルスになって暴れまわった夢を見たらすっきりして風邪が治った」

といっていたのを聞いて鍵屋はばつの悪い顔をするのみであった。


その後、黒蛇堂が作っていたバイオリンの謎、

そして黒蛇堂が変身したティラノサウルスを目撃してしまった白蛇堂が

あれが妹である事を知らずに大慌てしてしまった事はまた別の話である……



おわり