風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第24話〜
「猛毒の蜘蛛」



作・controlv(加筆編集・風祭玲)


Vol.T-252





天界…その場所は人間界とは通じてこそいるものの、

だが人間界とは遠く離れた場所である。

さて、人間界ではさまざまな「変身」なるものが流行していた。

一口に変身といっても

女性が男性に変身する場合もあれば、

男性が女性に変身したり、

さらには人間が動物に変身…と実に様々なパターンがあり、

その原因として天界が関わる不思議な力が何がしかの影響を与えている。

と指摘する声もある。

無論、天界の者の中には己の能力によって

様々な姿へと変幻自在に変身できる能力を持つ者は居るが、

しかし、不思議な力によって変身してしまうことは稀である。



さて、時間と空間の狭間にあり、

摩訶不思議な空気に包まれた店”黒蛇堂”なるものが存在する。

黒蛇堂は天界と人間界を行き来し、

扱っている商品を必要としている者の前に忽然と姿を見せる不思議な店である。

その店舗の中ではある古い品物を探している一人の少女の姿があった。

『うーん、

 どこへいったのかしら…

 まったく…困ったものですね』

困惑気味の表情を浮かべる彼女の名は店舗の名前と同じ黒蛇堂と言い、

黒く長い髪と赤い瞳、

黒い衣を纏っているのが特徴の美少女である。

彼女は主に店番をしていることが多く、

よほどのことがない限り人間界へ赴くことは無く、

いろいろな姿に変身できるとはいえ、

必要なとき意外はその姿をかえることは無かった。

『困りましたわ、

 あの薬は今後必要となるものなのに…』

棚の上に無造作に置かれたカバンの中や、

机の引き出し等を開けて探すが、

『仕方がないですわ』

だが、いくら探しても薬が見つからない諦めたとき、

黒蛇堂は別に出した薬を整理しようと棚に手をかけた…そのときだった、

サワッ!

黒蛇堂の指先に軽く触れるものがあり、

『!!』

その感触に黒蛇堂は反射的に手を引っ込めてしまうと、

ボトッ!

っと黒い何かが彼女の足元に落ちてみせる。

そして、改めて落ちたものを見てみると、

『きゃああああああ』

黒蛇堂は思わず大声を上げてしまったのであった。



クワッサッ

クワッサッ

黒蛇堂の足元に落ちたもの

それは漆黒色の巨大な蜘蛛であり、

さらに蜘蛛は黒蛇堂のつま先にが食いついていたのであった。

『…こ…これは…毒…蜘蛛…』

その蜘蛛は人間界でもめったにいないといわれる猛毒を持つ蜘蛛で、

蜘蛛の毒はたちどころに廻る性質があった。

『(…たしか…薬は…ここの棚に…)』

黒蛇堂は薄れる意識の中で解毒剤を探していた。

そして、ひとつの薬瓶を見つけると、

『(…そう…たしか…この薬だったわ…)』

と呟きつつ急いで瓶の中のものを飲み干すと、

彼女はしびれて来た体を引きずりつつ

なんとか部屋に戻るとベッドに横になる。

だが、黒蛇堂が解毒剤と思って飲んだものは解毒剤ではなく、

もっと特殊な効果がある薬であった。



翌朝―――

『(解毒剤のおかげで、なんか凄く元気になった感じがしたわ)』

その薬のおかげか、

彼女はいつもと同じ、

いや何時もより気持ちよく目を覚ましていた。

だが、彼女の部屋には彼女の姿がなく、

変わりに真っ黒な塊があった。

そしてその塊に少しずつひびが入ると漆黒の姿の男が飛び出してきた。

その男はがっしりとした体格の男で、

黒い全身タイツ姿のようで上半身には蜘蛛の巣のような網目模様が描かれており、

背中には蜘蛛の絵が描かれていた。

起き上がった男は部屋の鏡に向かうと、

鏡に映った自分の姿に驚いた。

『(な…なんで…この姿に…まさか…)』

そう、昨日黒蛇堂が飲んだ薬は

実は試作型のスーパーヒーローを作り上げるための薬だったのだ。

そして蜘蛛の猛毒と、

試作型の調整が十分でない効き目が一緒となり、

それが天界の者の変身の耐性をも超えてしまう効果となったため、

黒蛇堂は真っ黒な蜘蛛男と化してしまったのだった。

『(こんな姿になってしまっただなんて…

  とにかく早く戻らないと…)』

天界の者は変身してしまっても、

人間よりも早く、

しかも簡単にもとの姿に戻ることが出来るという。

しかし―――

『(すごく遠くから、なにか困っている人の声が聞こえる…)』

折りしもその日は黒蛇堂の店は人間界に姿を現しており、

さらにその姿はさまざまな超人的能力を持っていたのである。

そして黒い蜘蛛男は店を飛び出して大ジャンプをしては、

遠くにいる逃走中の強盗を捕らえていた。

また突然発生した大災害を受けた被災地で何トンもある重い瓦礫を持ち上げて、

その下でうずもれている人を助け、

さらには壁に吸着してよじ登ってはビル火災から人を救助するなど、

まさに八面六臂のヒーローといってもいい活躍をしていた。

そしてその日の夕方、

一通りの危機を脱した蜘蛛男はとあるビルの屋上に蜘蛛男は佇んでいた。

『(…なんかすごく暑い。

  …こんなの着て、ずっと動いていたからだわ。

  …どこかで涼まないと…)』

そう呟きながら周囲を探した蜘蛛男はふと見つけた無人のプールに忍び込むと、

思い切ってその水の中に飛び込んだ。

そして一通り涼んでプールサイドへとあがり、

シャワーを浴びたときのように髪を軽く書き上げるような動作をしたとき、

蜘蛛男はあることに気がついた。

『(…あれ…ファスナーがある。ということは…)』

ファスナーに気づいた蜘蛛男はファスナーを下げ、

コスチュームを脱いで見せる。

すると、そこから全裸の少年が出てきたのであった。

髪はセミショートのやや黒い髪で目の色は赤く顔立ちは整っていた。

体格も十分に鍛えられているようだ。

『ふう…』

息をつくも少年はスグに自分が全裸であることに気がつくと、

急いでプールのロッカールーム行き、

そこで黒地に青い模様の競泳パンツを見つけるとそれを穿いてみせる。

そして鏡に映っている自分の姿を見たと時、

彼は小さくこうつぶやいたのであった。

『…自分が変身するってのも悪くないわね』

と…



これを機に黒蛇堂は店番もしつつ、

少年や別の少女の姿などに化けて人間界に行くことが多くなったという。



おわり