風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第23話〜
「マスク」


作・風祭玲

Vol.798





天空高く掛かる銀色の満月が照らす大海原、

その海原から突き出すように一つの岩がある。

『なんでアナタがここに居るのよ?』

煌々と輝く月の明かりを受ける岩の上に舞い降りた白蛇堂が

ムッとしながら文句を言うと、

『白蛇堂…

 そう、あなたも…

 …わたしはただ指定された場所に商品を受け取りに来ただけ、

 スグに戻るわ』

岩の上に居る黒衣に緋眼の黒蛇堂はそう告げる。

ザザーン…

岩場の下から響く潮騒の音に白蛇堂は鬱陶しそうな仕草をすると、

『鬱陶しい音。

 こんな所に呼び出されていい迷惑よっ、

 兄貴ならきちんと宅配してくれたのに』

視線を月に向けつつ文句を言う。

すると、

『仕方が無いでしょう、

 この業者を使えって指示が出ているんだから』

ため息混じりに黒蛇堂が返事をした途端、

『っ!

 別にアナタに聞いているわけではないわっ』

ムッとした口調で白蛇堂が言い返した。

『なっ』

白蛇堂の攻撃的な口調に黒蛇堂がカチンと来るのと同時に、

『黒蛇堂さま…

 お見えになられたようです』

と黒蛇堂に男の”声”が響いた。

『!!』

その声に皆が一斉に振り向くと、

ギィッ!

ギィッ!

闇間に軋む音が木霊し、

その闇から浮き上がるようにして

一隻の千石船が帆をはらませた姿を見せると、

ギギギギ…

ギィ

軽く軋み音を響かせながら岩場へと横付けされる。

『やっときたか』

『千石船…ですか』

横付けされた船を二人は別々の表情で見上げていると、

フッ!

二人の前に和装をした中肉中背の男が姿を見せ、

『おやおや、

 これはこれは白蛇堂様に黒蛇堂様。

 お二人揃ってのお出迎えとは痛み入りますなぁ』

どこか時代劇の商人を思わせる初老の男性は手もみをしながら二人を伺う。

すると、

『なんで南半球で受け取りなのよ、

 遠いじゃない』

男を睨みつけながら白蛇堂が問い尋ねる。

『ほっほっほっ、

 いまの星の位置ですと、

 満月が天空高く上るのはこの地でないとなりませぬのでね。

 ご足労をおかけいたしますが、

 よろしくお願いします』

禿げた頭を大きく下げて、男は返事をした。

『そう、

 だったらさっさとして、

 わたしには時間が無いの』

そう白蛇堂は男に命令すると、

『はいはい、

 畏まりました』

男は返事をしながら懐より大福帳を取り出し、

『えーと、

 白蛇堂殿のお荷物は…

 6号と7号のコンテナですな、

 通関手続きは済んでいますので

 どうぞお持ち帰りください』

と千石船に乗せられている40フィートのISOコンテナを指差した。

『…でかい…って…いつの間に?

 さっきまでは無かったのに…』

千石船には不釣合いな巨大コンテナの姿に黒蛇堂は思わず目を剥くと、

『何を驚いているの?

 あたしも手広くしようと思ってね、

 代金は例の泉の雫でいいのね?』

そんな黒蛇堂をチラリと見つつ白蛇堂は男に向かって告げると、

『はいっ

 私どもは行くことができませんので、

 ではお待ちしております』

男はもみ手をしながら笑みを見せる。

そして、改めて黒蛇堂を見ると、

『おやおや、黒蛇堂殿っ

 御健勝で何よりです』

と挨拶をすると、

『黒蛇堂殿のお荷物はこちらになります』

そう言いながら男は甲板の上に置かれてる”柳ごおり”を手で指した。

『あら、随分と小さいのね』

それを見た白蛇堂は皮肉たっぷりに言うと、

『えぇ、

 わたしは必要なものしか依頼をしないので…』

と黒蛇堂は答え、

柳ごおりの封印を切り、商品を確かめ始める。

そして、白いマスクのようなものが入っているのを確認すると、

『はいっ、

 全て揃っていますね。

 ご苦労様です』

と黒蛇堂は礼を言う。



『ほっほっほっ

 結局、二人とも人魚になってしまったか』

黒蛇堂の奥。

遠見の鏡を眺めながら老人は盛大に笑い声を上げていると、

『何がおかしいのです?』

その声と共に長い黒髪を靡かせながら

店に戻ってきた黒蛇堂が姿を見せる。

『おぉ、

 黒蛇堂殿か

 お帰りなさいませ』

それに気づいた老人は恭しく挨拶をすると、

『棚の上のガラスの人魚が無いようですが、

 売れたのですか?』

と棚をチラリと見て黒蛇堂は尋ねた。

『あぁ、

 あの人魚ですか、

 はいっ

 それを欲した者が訪れたので引き渡しましたよ、

 黒蛇堂殿こそ、

 お取引は済んだのですか?』

黒蛇堂の質問に答えながら老人は取引について尋ねると、

『えぇ、

 無事に…

 それにしても白蛇堂ったら、

 あんなに仕入れて何を始める気なのかしら…』

と黒蛇堂は白蛇堂の動きを懸念していることを口にする。

『ははは…

 お兄様の栄転に刺激されてのことでしょう?

 さぁて、

 黒蛇堂殿も戻られたし、

 わたしは引き上げるとしよう』

老人は笑いながら腰を上げると、

ゆっくりと黒蛇堂から出て行った。

『お疲れさまでした。

 さて、じゃぁ

 その荷物を奥へ運んでください…』

店番を頼んでいた老人を見送った後、

黒蛇堂は従者に指示を出す。

とそのとき、

ギィ…

重々しい店のドアがゆっくりと開き、

「ほぉ…」

感心しながら一人の若者が店の中に入ってきた。



茶色に染めた髪を逆立てる様に固め、

きわどい柄物のシャツにハーフパンツ姿の若者は

物珍しそうに店内を眺めていると、

『いらっしゃいませ』

そんな若者に向かって黒蛇堂は挨拶をした。

「へぇ…

 キミ、日本語通じるんだ…」

若者は感心したように小さく顎を上げ、

黒蛇堂を品物を見るかのごとく見る。

そして、

「ここは何かの店なの?

 君はここのバイト?

 随分と変わった格好をしているみたいだけど、

 それってコスプレ?」

黒蛇堂に向かって不貞不貞しく尋ねると、

『くっ、

 なんだこの者は』

若者のその態度に”声”は怒りに満ちた言葉を発する。

すると、

『お黙りなさい』

黒蛇堂は感情を殺しながらそう支持をすると、

キッ

緋色の瞳で若者を見据えた。

「なっなんだよっ」

黒蛇堂のその視線に若者は思わず身を引くと、

『かしこまりました。

 少々お待ち下さい。

 お客様が必要としているものをお持ちします』

と告げるや否や店の奥へと向かって行く。

「おっおいっ」

そんな黒蛇堂に向かって若者は呼び止めようとするが、

『お待たせいたしました』

程なくして黒蛇堂はある物を手にして戻って来ると、

『これを…』

そう言いながら若者の目の前に肌色をしたあるものを差し出した。

「これは?」

その肌色のものを指差して若者は尋ねると、

『これは性的方面に抵抗のある方の為のマスクです』

と黒蛇堂は答える。

「ますく?」

説明を聞いた若者は改めてそれを見ると、

『はいっ

 これを被るりますと、

 口元以外はのっぺらぼうになりして、

 さらに、性的本能以外の自我は全て無くなり、

 ただひたすら性的本能を満たすだけの人形に変身してしまいます』

と説明をする。

「人形に?

 じゃぁこれを被された女…

 いや、人は大丈夫なのか?」

それを聞いた若者は聞き返すと、

「えぇ…

 感じて行くうちに記憶も無くなり

 ただ性感だけになってしまいますが、
 
 でも”達してしまう”とマスクは自動的に外れ、

 意識も元に戻ります。

 これを繰り返す事でマスク無しでも

 自然に性的行為を自然に行えるようになるアイテムでございます』

そう黒蛇堂は説明し、

『ただ、一つ注意してください。

 もし、お客様のパートナー様に対してご使用になる場合、

 うかつに被せ続けると自我は完全に消滅し、

 その姿も完全な人形になってしまいます。

 もしそうなってしまった場合は、

 お客様のパートナー様への想いが鍵となります。

 パートナー様への想いが本物ならそれが通じた時、

 さながら蝶がサナギから抜け出すように

 パートナー様は元の姿と心を取り戻すでしょう。

 それができましたなら

 あなた様とパートナー様の絆は永遠のものとなるのはほぼ約束されます。

 よからぬ感情を人形と化したパートナー様に抱いたとしても

 きちんと元に戻す事はできます。

 ただし、その「よからぬ想い」を抱いた方の「ご協力」が必要かもですが…』

と注意点を付け加えた。

「ふふーん」

それを聞かされた若者は何を想像したのか少し不機嫌そうな顔をして見せた後、

改めて黒蛇堂を見詰めると、

「ねぇ…

 君って可愛いね」

笑いながら囁いた。

そして、

「じゃぁさっ、

 このマスク、

 君がいまここでこれを付けてみせてよ」

マスクを差し出し黒蛇堂に迫ると、

『なっ何を言うんだ』

それを聞いた”声”が驚いた声を上げるが、

『お黙りなさい』

すかさず黒蛇堂は制止し、

そして、

『いいでしょう…』

と言うと、

マスクを手に取り、

そして、若者を見据えると、

『では、お客様が私に付けてください』

と告げた。

『なっ、

 くっ黒蛇堂様っ』

黒蛇堂のその言葉に”声”は驚くと、

「へっ、

 何処で俺を見ているのかわからねーが、

 うるせーぞ、

 この彼女がつけてくれって言うんだから、

 文句を言うんじゃないぞ」

ハーフパンツの股間を膨らませながら若者は”声”に向かってそう言い、

そして、

「じゃぁ、遠慮なく…」

と言いながら、

マスクを黒蛇堂に被せていく。

『あぁ…

 なんてことを…』

その光景に”声”は愕然とすると、

『うまく行っているようですねっ』

と”声”の背後から黒蛇堂の声が囁いた。

『え?』

黒蛇堂のその声に”声”は驚くと、

クスッ

”声”の背後に腰をかがめた黒蛇堂の姿があり、

小さく笑みを浮かべていた。

『え?

 あっあれ?』

2人の黒蛇堂の姿に”声”は混乱しかかると、

『マスクを必要としているのは彼の方です。

 そして、彼には未来を約束した女性がいます。

 ですので、その女性をお呼びして、

 私の影を被せたのです』

と黒蛇堂は説明をし、

『これを御覧なさい』

そう言いながら”声”に遠見の鏡を手渡した。

『おぉっこれは…』

鏡面を見ながら”声”が驚きの声を上げると、

『その鏡に映っているのが真実の姿…』

と黒蛇堂は囁いた。



「へへっ」

そのような事が行われているとは露知らず、

若者はにやけ笑いをしながら、

キュッ

キュッ

と黒蛇堂顔にマスクを被せていく。

そして、

まさにノッペラ坊に口だけがついている姿に黒蛇堂がなった途端。

ビクッ

『あぁっ!!!』

黒蛇堂の体が硬直し、

そして、艶かしく喘ぎ声を上げると、

自分の胸を揉みながら若者の足元に跪き、

『あぁぁ、

 あぁぁ…』

坊主頭を大きく振り、

喘ぎ声を上げながら若者の脚に縋った。

「へへっ、

 すげーじゃねぇかよ、

 まるでダッチワイフだな…」

そんな黒蛇堂の姿を見ながら、

若者はニヤケつつシャツを脱ぎ、

そして、足元に縋る黒蛇堂が着ている衣装を脱がせていく。

すると、

『あぁぁんっ』

柔肌を見せつつ黒蛇堂は若者を押し倒すと、

股間の秘裂に若者のイチモツを銜え込んだ。

そして、身体を揺らし始めると、

「おぉっ、

 すげぇぇぇ、

 吸い付いてくるっ

 すげぇぇよっ

 すげぇぇ!!

 女ってこんなに気持ちいいものだったのかぁ」

若者は喚起の声をあげ、

腰を降り始めた。

その一方で、

『あぁぁ…

 おぉぉぉぉ…

 うごぉぉぉ…』

次第に黒蛇堂は絶頂に達していくと、

『あぉぉぉっ!!』

雄たけびと共に身体を震わせる。

だが、

その声は黒蛇堂本来の声とは違い、

まるで獣を思わせる咆哮に聞こえ、

それと同時に、

ムクッ

ムクッ

ムクムクッ!

華奢な黒蛇堂の体が風船を膨らませるように膨らんでいくと、

ブルンッ!

形の良いバストは歪み、

鏡餅の如く飛び出してしまうと、

皺が一つもないお腹は幾重にも突き出し、

細い腕はパンパンに張っていく、

さらに、脚も無残なほどに膨れ、

股間に股ズレが姿を見せたとき、

バサッ!

被っていたマスクが取れた。

そして、次の瞬間。

「ゆっ優子ぉぉぉぉ!!!!」

若者の悲鳴が店内に響き渡ると、

「ふしゅるるるる

 ふしゅるるるる…」

タラコを思わせる分厚い唇に、

顔一面に広がるニキビを見せ付けながら、

「あぁぁぁ、

 とっても気持ちよがったぁだぁ、

 健太ぁ、

 そごまでしてわだすを愛してくれただなんてぇ」

デブン!

黒蛇堂とは似ても似つかない巨漢の娘が

ニタァ

と笑いながら振り返った。

「ひぃぃぃ!!!」

それを見た若者は顔を青ざめる一方で、

娘は恥ずかしそうに両頬い手を当て乙女らしく顔を左右に振って見せる。

「なっ

 なんで…

 どうして?」

若者は信じられない表情のまま娘を指差しへたり込むと、

「ちょっと待って、

 待ってくれ、

 何で俺がお前なんかと…

 それよりもいつここに着たんだ?

 第一、

 どうやってきたんだよ、

 ここは日本じゃないぞ」

娘に向かって若者は矢継ぎ早に尋ねた。

すると、

「健太ぁ?

 頭、大丈夫がぁ?

 いいがぁ、

 健太が大事な話があるって言って

 あだすを旅行に誘ったんよ。

 許婚の健太の誘いとなれば、

 受けなければならないがらな」

タップン

相撲取り顔負けの三段腹を揺らして娘はそう答える。

「そんな、

 許婚って親が勝手に…

 第一、俺はお前から逃げたくてここに来たのに」

ガックリとうな垂れながら若者は周囲を見ると、

「え?

 うそっ」

彼の周囲の景色はいつの間にか黒蛇堂の店内ではなく、

若者が宿泊している部屋の景色に変わり、

そして、ベッドの上で巨漢の娘と向かい合っていたのであった。

「なっ、

 なんだよぉ…

 これって、

 これじゃぁ…

 まるで…」

顔を引きつらせて若者がそう呟くと、

「うふっ、

 式はあげてないげど…

 でも初夜だべさ、だーりぃん!!

 さぁ、第2ラウンドいくべさぁ!!

 良い子を作ろうなっ

 わだすは5人でも10人でもおっけーだよ」

股間より鮮血を流しながら娘は若者に抱きつき、

濃厚なキスを若者に浴びせつつも、

「いいがぁ?

 このこと、

 クニのオトとオカにちゃぁぁぁんと報告するがらなぁ、

 それと、

 わだす以外の女とねんごろになったら、

 この玉、取るがらな…」

いつの間に取り出したのか

ギラリ

と光る出刃包丁を

ヒタッ!

っと若者の股間に当てて娘はそう警告をすると、

「うううううぅ」

若者の目から大粒の涙があふれ出し

シクシクシク…

そのすすり泣く声がいつまでも響いていたのであった。



『これでよかったですね。

 彼は彼女を置いてここに来たみたいですが、

 でも、因果律を少々弄ってみた甲斐があったものです』

愛をはぐくむ二人の姿を遠見の鏡で見ながら、

黒蛇堂は微笑むと、

『そっそうですか?

 あの若者…心の奥から悲鳴を上げているようにも…』

わずかとは言えども”声”は若者に同情をしていたのであった。



おわり