風祭文庫・黒蛇堂の館






黒蛇堂奇譚

〜第9話〜
「ストーカー撃退法」



作・風祭玲


Vol.454





「え?

 ストーカー?」

「そうなのよ」

夕暮れ時の喫茶店、

恋人の未緒に呼び出された雅一郎は彼女から意外な相談を受けていた。

「おっ俺じゃないぞ」

コーヒーを口に運びながら彼は即座に否定すると、

「何、うわずった声を出しているの?

 そんなこと知っているわよ、

 だって、全然体格違うんだもん」

と未緒はストーカーが雅一郎であることを否定する。

「って、そいつの姿を見たのか?」

「うっうん…

 影だけだけど…」

「見間違いとか言うんじゃないのか?

 ほらよくあるだろう?
 
 たまたまそこにいた人をそう思ってしまうとか」
 
「あっ、ひどい!

 あたしのこと疑っているの?」

「いや、そうじゃなくて、

 誤解だったらお互いにいやな思いをするだろう?」

「誤解だなんて…

 そんな…雅一郎ってあたしを信じてくれないの?」

「ちっ違うっ

 俺はただ…」

「ただって何よっ」

「いや…

 で、警察には相談したのか?」

「うっうん、

 それはまだ…
 
 で、そのことについて雅一郎と相談しようと思ったのに、
 
 見間違いなんて言うんだもん」

「いやっそれは」

最初の行き違いのせいか二人の会話はなかなか話が前に進まなかった。

しかし、

「判った判った、

 俺が謝る、すまなかった。
 
 で、話を進めるけど、
 
 そのストーカー野郎は未緒になにかしたのか?」

雅一郎はひとまず謝ることにして話を強引に前に進ませると、

「うっうん

 今のところは…
 
 でっでもねぇ
 
 気味が悪いのよ、
 
 ほらっ
 
 最近、変な事件が多いでしょう、
 
 だから、雅一郎が見張ってくれないかなぁってね」

未緒は雅一郎にボディーガードの提案をしてきた。

「はぁ?

 俺が見張るのか?」

未緒の申し出に雅一郎が驚くと、

「そうよ、だって雅一郎はあたしの彼氏でしょう、

 それならストーカーに悩まされているあたしを守る義務があるわ」

と未緒は涼しい顔でそう答えた。

「おいおい

 ロクに部屋にも入れてくれない癖に、
 
 どういう風の吹きまわしだ?」

雅一郎は未緒とつきあい始めてかれこれ2年近くになるが、

しかし、未だ一度も彼女の部屋に入れて貰ったことがないことを指摘すると、

「え?

 だれがあたしの部屋に入っていいと言ったの?」

「はぁ?」

「だめよ入っちゃぁ」

「じゃぁどうやってお前を守るんだよ」

「なに、そんなこと簡単じゃない、

 雅一郎が外から見張ってくれるのよ、
 
 これならあたしも安心できるわ」

と未緒は雅一郎に提案をした。

すると、

「あのなぁ…

 それだたったら警察に行け」

そんな我が儘な未緒の提案についいに堪忍袋の緒が切れたのか、

雅一郎は肩を振るわせてそう言い残すと、

請求書を持ちそのまま席を立ってしまった。

「あっ

 雅一郎ってば!!」

席を立った雅一郎の後を未緒は少し後を追いかけるが、

そのまま立ち止まると、

「なによ、バカ!!

 ふんっ
 
 まぁいいわ、他の男に頼むから」

と雅一郎の後ろ姿に向かって悪態を付き、

さっきまで自分が座っていた席に戻った。

そして、携帯電話のアドレス帳から他に付き合っている男の電話番号を探していると、

「もし…」

と女性の声が未緒にかけられた。

「はい?」

その声に顔を上げると、

未緒の席のそばに喪服のような黒服に黒く輝く長い髪と、

額につけられた銀のアクセサリーを輝かせている少女が立っていた。

「だれ?」

少女を訝しげに見上げながら未緒が尋ねると、

「はいっ

 黒蛇堂と申します。
 
 何かお困りのようですが、
 
 わたくしの店にきてみませんか?
 
 きっとあなたの悩みを解決できる物があると思いますよ」

と笑みを作りながら告げた。

「黒蛇堂?

 あぁ
 
 なんかのキャッチセールスならお断りよ」

黒蛇堂と名乗る少女に未緒はそう言うとさっさと立ち去るように手を振ると、

「そうですか」

黒蛇堂はそう言い残して去っていった。

しかし、

「……」

黒蛇堂の全体から漂ってくる神秘さに未緒はなぜか惹かれると、

「ちょっと待って!」

と声を上げて黒蛇堂を制止させた。



キィ…

カラン!!

重厚な木の扉が押され、

それと同時に取り付けられたベルが鳴ると、

「こちらです」

と言う声とともに黒蛇堂とその後から未緒が入ってきた。

「へぇぇぇ…

 こんなところにお店があったなんてねぇ…」

まるで倉庫を思わせる商品棚を感心しながら未緒は眺め、そして感想を言う。

すると、

「ストーカーに狙われて居るんですよね」

ここに来る途中、未緒から悩みを聞いた黒蛇堂が再度尋ねると、

「そうよっ

 変なヤツにつきまとわれて困っているのよ、
 
 全く、肝心なときに男は役に立たないしさ」
 
と未緒はいま自分が直面している問題を教えた。

すると、

「では、これを…」

未緒の話を聞いた黒蛇堂は棚よりペンダントを取り出すと差し出した。

「ペンダント?」

アンティークだろうか、

年代物を思わせる菱形の銀細工のペンダントを眺めながら未緒は尋ねると、

「えぇそうです。

 このペンダントは歴戦の勇者が肌身離さず持っていたモノ…

 これにはあなたを乱暴しようとする男からあなたを守る力があります。
 
 もし、何かあったときにこのペンダントにどうして欲しいのか願いなさい。
 
 きっと解決をしてくれると思いますよ」

と黒蛇堂は未緒にペンダントの謂われを教えた。

「こんな物…がぁ?、

 で、お金は取るの?」

怪訝そうにペンダントを眺めながら未緒は黒蛇堂にペンダントの値段のことを尋ねると、

「いいえ、

 お金はいりません、
 
 あなたがこれで心が満たされればそれが私への支払いです」

と黒蛇堂は答える。

「え?コレ、貰って良いの?」

黒蛇堂の言葉に未緒は目を輝かせて尋ねると、

「えぇ、どうぞ…」

黒蛇堂はそう返事をして頷いた。



チャラン

「えへへ、儲け儲け」

黒蛇堂からの帰り道、

未緒は満面の笑みを浮かべていた。

「ふふ…

 コレって結構年代物よね、
 
 いったいいくらくらいの価値があるのかしら、
 
 まったく、黒蛇堂とか言うあの女、
 
 ただであたしにくれるだなんてバカなヤツ」

黒蛇堂から貰ったペンダントを夜空に掛かる月にかざしながら未緒は自分の部屋のドアを開けようとしたとき、

バッ!!

ドアノブをつかむ自分の腕を黒い手袋をはめた別の手が握りしめた。

「!!

 誰?!」

その腕に驚き未緒が振り返ると、

闇の中に浮かび上がるようにして血走った目が未緒を見下ろしていた。

「ひぃ…(ストーカー?)」

その姿に未緒は悲鳴をあげようとすると、

「(ぐいっ)うぐっ」

たちまち未緒の口に手が押し当てられ、

ドッ!!

未緒はそのままドアに押しつけられた。

そして、

ハァハァハァ…

獣を思わせる荒い息とともに

「おっ俺、お前のこと…

 ずっと見ていたんだぜ
 
 ハァハァ
 
 なぁ、お前…彼氏とケンカ別れしたんだろう?
 
 へへ…
 
 どうだ?
 
 俺のモノにならないか?」

その声が終わるや否や、

グイッ!!

いきなり未緒の両肩を掴むと、

バンッ

閉じていたドアを開け放ち未緒を部屋の中へと強引に押し込んだ。

「イヤッ!!」

自分の部屋の中に未緒の悲鳴が響き渡る。

すると、

「おとなしくしろ」

男の低い声が響き渡ると、

男は未緒にのしかかり頬を2・3発叩く。

「やめて、

 乱暴はしないで」

頬の痛みに未緒は懇願するように声を上げると、

のしかかった男は立ち上がりそして仁王立ちになると

チー…

ゆっくりとズボンを下げ、

ヌッ!!

未緒の目の前に太く固くなったペニスが差し出た。

そして、

「嘗めろ」

と一言命令をした。

「いっいやっ!!」

突きつけられたペニスを見て未緒はそれを拒否した途端。

グンッ!!

男の膝が動くと、

ガンッ!!

今度は未緒の胸が膝で蹴り上げられた。

吹き飛ばされるとはまさにことことと言わんばかりに未緒の体が横に飛ぶと、

そのまま壁にたたきつけられる。



「うぐぅ」

部屋に未緒のうめき声が上がる中、

「ふふ、おとなしく言うことを聞けばいいのに」

まるで未緒に非があるような言い方を男はすると、

「さぁ、痛い目に遭わなければ俺の言うことを聞け」

と命令をした。

「ヒックッ」

泣きべそをかきながら未緒は起きあがろうとしたとき、

チャラッ

手にしていたペンダントが彼女の手からこぼれ落ちた。

それを見た途端、未緒は黒蛇堂から言われたことを思い出すと、

「お願いっ

 あたしをあいつよりも強くして…」

と願った。

すると、

キィィィン!!

ペンダントはそれに答えるように振動し、

と同時に、

ムクムクムク!!!

未緒の体に異変が起きた。

そして、

「え?

 なっなんだよ
 
 なんだ、お前は

 うっうわぁぁぁぁぁ!!!!」

未緒の部屋から男の悲鳴が上がったのはそれから直ぐのことだった。



コンコン!!

「おーぃ、未緒っ

 来てやったぞ
 
 どういう風の吹き回しだ」
 
翌朝…

未緒の部屋の前に雅一郎の姿があった。

「……」

ノックが終わり1分ぐらい経っても未緒は姿を見せず

「あれ?

 出かけているのかな?
 
 まったく、人を呼びつけておきながら」

文句を言いながら雅一郎は携帯のメールを再度確認しドアノブに手を掛けると、

カチャリ…

ドアには鍵がかけられてはなく軽く開く。

「!?

 なんだ?」

不審に思いながら雅一郎が未緒の部屋に入っていくと、

ムワッ

未緒の部屋にはまるで男の汗の臭いと獣の臭いが混ざったような臭いが篭っていた。

「うっ

 どういうことだ?」

その臭いに鼻を塞ぎながら雅一郎が薄暗い部屋の中を進んでいくと、

すると、突然、

「雅一郎?」

と男を思わせる声が響き渡った。

「誰だ!」

突然の男の声に俺は咄嗟に身構えて声を上げると、

「あっあたし…

 未緒よ」

と外国人がしゃべる日本語のような片言の声が響いた。

「未緒だぁ?

 嘘をつけ!!

 未緒はどうした?

 無事なんだろうなぁ」

姿の見えない声の主に向かって雅一郎は叫ぶと、

ムクリ!!

彼の目の前にあった影がいきなり動き、

ザアッ

閉じられていたカーテンが一気に開けられた。

「なっ…

 に?」

光とともに照らし出されたその者の姿に雅一郎はしばし呆気に取られると、

「雅一郎さん…」

差し込む光に黒褐色の肌を輝かせ、

体脂肪のほとんど無い鍛え上げた肉体には朱染めの衣を身に纏い、

そして、赤く染まった髪を結い上げた

そう、アフリカのマサイ族を思わせる背の高い男はそう呟いた。

「誰だ?

 お前は?」

その男の姿に雅一郎は思わず聞き返すと、

「あたしよ、

 未緒よ」

と男は自分を指差し訴えた。

「お前が未緒だってぇ?

 ウソをつけ!」

男のその良いわけを俺は一蹴するが、

「本当よ、

 あたし未緒なのよ、

 信じて

 こんな体になっちゃったけど

 未緒なのよ」

と男はそう言いながら泣き出してしまった。

「えぇ?」

マサイ族の男の訴えに雅一郎は驚きながらもは部屋の様子を見回してみると、

部屋にはもぅ一人覆面をつけた男が倒れていて、白目を剥いていた。

「こいつは…」

男の姿に雅一郎が気づくと、

スッ

マサイは男を指さし、

「こいつ、ストーカーの正体よ、

 こいつ、夕べあたしを襲ってきたのよ、
 
 そして…あっあたし

 ペンダントに念じたら、
 
 こっこんな体に…

 あぁ、どうしたらいいの?」

と叫びながら未緒は泣き崩れてしまった。

そのときになって雅一郎は

「おいっ

 お前…

 本当に未緒なのか?」

とマサイに声を掛けると、

ピクッ

マサイの黒い体が微かに動き、

「信じてくれる?」

と涙に濡れた顔を俺に向けた。

「うっ」

その顔に俺は思わずひるむが、

しかし、

「なんとなく、面影が未緒に似ているよな…」

俺は男の顔に未緒の面影があることに気づくと、

腰を落とし、

「なぁ…

 もぅ少し詳しく教えてくれないか」

と尋ねた。



「そうか…」

グズッ…

泣き咽ぶ男からこれまでに至る経過を聞いた俺だったが、

しかし、まだ半信半疑だった。

無理も無い、

昨日、別れたときは普通の女性だった未緒が一夜明けたら、

こんな黒い肌に覆われたマサイ族の戦士を思わせる男になっていた。

そんなこと、容易には信じることが出来るわけは無かった。

しかし、それを否定することは俺は出来なかった。



すると、未緒は胸元で光るペンダントを指差し、

「雅一郎さん…」

と俺に声をかけた。

「なんだ?」

未緒の声に雅一郎はそう返事をすると、

「あの…このペンダント、

 ××町にある黒蛇堂ってお店で貰ってきたの、
 
 ねぇ、そこへ行って欲しいの」

と懇願した。

「××町の黒蛇堂?

 なんだそれは?」

初めて聞くその名前に雅一郎は驚くと、

「このペンダントを貰ったお店よ」

厚くなった唇が動き、未緒はそう説明した。

しかし、

「ちょっと待て、

 ××町にはそんなお店はないぞ」

と雅一郎は指摘すると、

「ウソよっ

 あたし…そこでコレ貰ったもん!」
 
と未緒は力説した。

「判った、じゃあとにかく行ってみよう」

未緒の説得に折れた雅一郎はストーカーから奪った服を着た未緒とともにその場所へ行ってみると、

「そんな…

 確かにお店があったはず…」
 
売り地の看板が立つ空き地の様子に未緒は驚き、そしてがっくりと肩を落としてしまった。

そして、その横では

「なんだ?

 いったい…」

事態を飲み込めていない雅一郎が一人キョトンとしていると、

ぽっかりと口を開けている空き地を眺めていた。



『黒蛇堂様…』

『なんでしょうか?』

『あれでよろしたかったのでしょうか?』

『あぁ…

 あのペンダントはあたらな主を捜していたところですし、
 
 それに彼女はそれを願った
 
 ただそれだけです』
 
『はい…』



おわり