風祭文庫・天使の館






神将ハンター・真織
第1話:神将ハンター誕生

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.266



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





ヒュォォォォ…

夜の帳が降りた天ヶ丘高校内になま暖かい風が吹き抜けていく、

カチッ!!

「キーンコーン」

セキュリティーシステムが稼働し事実上無人となっている校舎に

突如チャイムの音が響き渡ると、

シュタタタタタ!!

サッ!!

小さく黒い影が廊下や教室を素早く横切り、そのまま闇の中へと消えていった。

タッタッタッタッ!!

ハッハッ

そして、その影を追いかけていくようにして、

長い髪を揺らせながら人影が駆け足で走り抜けていく、



「これが最後です!!

 無駄な抵抗は止めておとなしく縛につきなさいっ

 いまなら寛大な処置によりあなたの咎は一切問いません!!」

闇に向かって妙に澄み渡る男の声が構内に響き渡ったが、

しかし、

闇からは何の反応も無かった。

「仕方が無いです、

 真織さん…

 こうなったら、実力行使あるのみです!!」

と言う声が響くと同時に、

パッパッパッ!!

校舎の灯りが一斉にともされた。

その途端、

ムギュッ!!

「こらぁ、誰があたしの名前を言って良いって言ったぁ?」

天ヶ丘高校の制服に身を包んだ早川真織が

足元にいる白猫・ディディアルを踏みつけながら

意味が判り易いようにゆっくりとした口調でそう告げると、

「いっいばは、ぞんなごとをいっている場合じゃないでしょう

 ほlるほらっ…来ましたよ」

肺から空気を絞り出すようにして

ディディアルが震える前足で前方を指さしながら叫ぶ、

すると、ディディアルの言葉どおり、

『キッキッキ!!』

まるで真昼の様な校舎内に獣の叫び声が響き渡ると、

シャシャシャッ

廊下の彼方から黒い影が真織に向かって一直線に突進してきた。

「きゃっ」

それを見た真織が思わず悲鳴をあげると、

「悲鳴をあげている場合ですか

 早く封印するんです!!」

踏みつけられたままのディディアルが叫ぶ、

「キキッ!!」

影はまるで真織りを脅すかの如くキラリと光る牙を剥きだしにして見せるが、

しかし、真織は怯むことなく、

スッ

っと人差し指と中指を立たせ軽く握った右手を顔の直前に掲げると、

「天空の八百万の神よ、

 我に彼の者を鎮める力を分け与えよ。

 降臨!!」

と唱えながら、

サッ

っと右手を高く掲げた。

すると、

ピキーン!!

と言う音と共に

その右腕に嵌めているブレスレットが光ると、

ブワッ!!

一陣の風が真織の周囲に巻き起こると、

見る見るその身体を包み込んでいく、

そして、

ブワッ!!

っと風が消え失せると、

そこには白襦袢に緋袴姿に変身した真織が立っていた。

「ムッ」

その姿を見てディディアルはむくれながら、

「ぼくがデザインしたバトルスーツが格好いいのに…」

と呟くと、

「コレでいいのっ」

念を押すように真織は言う、

そして、その間に、

フッ

真織の正面に竜の透かし彫りが施された長さ約1mの枝と、

直径50cm強と思える巨大な金槌・竜鉄槌が姿を現した。

「よしっ」

すかさず真織がそれを受け取ると、

ズシリ!!

受け取った手に竜鉄槌の加重がのしかかってくる。

「…くっ重い」

そう感じながらも真織は

カッ

っと目を大きく見開き、

弾丸のように向かってくる影を見据えると、

「我の手元より、散りし一二神将よ、

 いま再び我の手元に集うべしっ」

と唱えながら竜鉄槌を思いっきり振りかぶった。

ところが、

「キキッ!!(シュタッ)」

接近してくる影は突如進行方向を変えると

いきなり真織の顔に向かって飛び跳ねた。

「来るッ」

クワッ!!

真織の目は大きく見開きその者の姿を捕らえた。

その途端、

ピクッ!!

見る見る彼女の表情に嫌悪感がみなぎっていくと、

「いやぁぁぁぁぁ!!

 ネズミぃ!!」

と叫ぶや否や、

ブン!!

振りかぶった竜鉄槌を真横から振り回した。

と同時に

ゴキッ!!

ズガァァァン!!

飛びかかってきた影は竜鉄槌の直撃をモロに受けると、

そのまま側面の壁へとめり込んで行った。

「いやっいやっいやっ!!

 来ないでぇ!!」

ドッカン!

ドッカン!!

真織は一心不乱になって、

最初の一撃で事実上の戦闘力を奪ってしまった影に向かって執拗に攻撃を繰り返す。

「おっおいおいっ、もういいです、やっ止めるんだ!!」

慌てふためいてディディアルが止めに入ったが

しかし、

フーフー

頭に血が上った真織は今度はディディアルを見据えると、

壁にめり込んでいる竜鉄槌を引き上げ大きく振りかぶった。

「まっ待て!!

 ぼくを攻撃するなっ」

その様子にディディアルは後ずさりしながら叫んだが、

しかし、真織の目はそのディディアルすらも攻撃対象として認識されていた。

グォォォォォォ!!

振りかぶった竜鉄槌が見る見るディディアルに迫ってくる。

「うっわぁぁぁぁぁぁぁ」

ドガァァァァン!!

反射的に身を伏せたディディアルのスグ脇に竜鉄槌は落ちると、

その身を大きく床にめり込ませていた。

…………

静寂が辺りを支配する。

「たっ助かったのでしょうか?」

恐る恐るディディアルが脇を見ると、

そこにはそびえ立つようにして竜鉄槌が迫っていた。

ゴクリ…

「あと10cm向こう側だったら間違いなく死んでいましたね」

顔を真っ青にしてディディアルが肝を潰していると、

「あっあれ?、

 ディディアル…そんなところで何をやっていの?」

いつの間にか元の表情に戻っていた真織はディディアルに向かってそう言った。

「はぁ…寿命が縮まりましたよ」

ディディアルは立ち上がるなり大きく胸をなで下ろすと、

「あっ…」

何かに気づくと、大急ぎで竜鉄槌が最初に作った壁の大穴を覗き込むなり、

「お〜ぃ…生きてますかぁ?…」

と声を掛けた。

しかし

「………」

穴からはなんの答えも返ってこなかった。

「まさか…」

ガチャガチャ

額に縦線を引きながらディディアルが崩れ落ちたコンクリートをかき分けていくと、

「いましたっ」

瓦礫の中から一匹のネズミを拾い上げると床の上に置いた。

「うひゃぁぁぁ…

 こりゃぁ酷い…

 全身の骨が砕け散っている上に、

 内臓がグチャグチャだ…

 それどころか、脳味噌も出ちゃってますよ…」

しかめっ面をしながらディディアルは

白目を剥きピクピクと痙攣を繰り返しているネズミの容態を診る。

「ネズミさん、死んじゃったの?」

恐る恐る後ろから真織が訊ねると、

「ネズミじゃないです、”子神将”ですよ、

 まぁ、彼は頑丈が取り柄ですし、

 2・3日ほど安静にすれば治るでしょうから、

 このまま封印してしまいましょう」

そう真織に告げるとディディアルは肩をポンと叩いた。

「そっそう言うものなの?」

「細かいことは気にしない気にしない、

 さっ、さっさと封印してこのミッションは終りにしましょう」

と言い残すとディディアルは

スタスタと去っていってしまった。

「………」

真織は無言でディディアルの後ろ姿を見送ったあと、

「もーしょうがないな」

と言いながら、

ガコン

再び竜鉄槌を持ち上げると、

「我の手元より、散りし一二神将よ、

 いま再び我の手元に集うべしっ

 …子神将っ」

と小声で唱えて子神将の身体を軽く叩こうとしたが、

しかし、

「あっ」

ツルリ…

真織の汗ばんだ手から竜鉄槌の枝が滑り落ちると、

ズシン!!

竜鉄槌は無惨にも息絶え絶えの子神将を押し潰してしまった。

「あちゃぁ〜っ」

その様子を見て目を背ける真織の足下に

ヒラリ…

神々しい札が一枚舞い降りると

そこには痛々しい子神将の姿が描かれていた。



「はぁ…なんであたしはこんなコトしているのかな?」

学校からの帰り道、

ふと真織が横を歩くディディアルに訊ねると、

「そりゃぁ決まっているでしょう、

 一二神将を散らしてしまったのは真織、

 君がしたことじゃないですか、

 だからその回収も君の責任でしょ

 違いますか?」

ディディアルが真織を見上げながらそう言うと、

「そりゃぁそうだけどさぁ…

 でもなんか騙されているような感じがするのよねぇ

 だって、そもそもはディディアルが…」

真織がそう言いかけたところで

「まっまぁ、いいじゃないですか細かいことは…

 今日もこうしてミッションが無事に終わったのですから」

と繕うようにディディアルは言う。

「はぁ…あのとき、伊織ちゃんが居てくれたら

 こんな事にはならなかったのに…」

夜空を見上げながら真織はそう呟くと、

半月ほど前に起きたあの事件の事を思い出していた。



それは、早川神社の大祭を間近に控えた日曜日のことだった。

「真織ぃ、用意は出来たか?」

廊下に真織の父であり、早川神社の神職でもある守衛の声が響き渡ると、

「はぁい」

巫女装束に着替えたばかりの真織が顔を出した。

「ん?、真織だけか、伊織くんは?」

真織一人が守衛の前に姿を現したことに守衛が訊ねると、

「あれ?、伊織ちゃーん」

真織は声を上げて伊織を呼んだが、

しかし、返事は返ってこなかった。

「どうしたのかな?

 今日のこと知っているはずなんだけどなぁ」

首を捻りながら真織が再度伊織の名を呼ぼうとすると、

「あら、伊織ちゃんならさっき出かけていきましたよ、

 なんか急いでいたようだから、

 ひょっとしてデートかな?」

ひょっこり顔を出した真織の母親・真須美が悪戯っぽくそう言うと、

「そう言えば伊織ちゃん、

 最近よく進藤君と居るからもしかして…」

真織は休み時間など伊織が同じクラス進藤伊織と

一緒にいることが多いことが気になっていた。

「ふぅ〜ん…」

二人の関係を邪推して行くうちに真織の表情が微かに緩む。

「オホン」

それを見た守衛が思わず咳払いをすると、

「じゃぁ、今日は真織と私とで宝物庫の掃除をするとしよう」

守衛はそう言い残して出て行った。

「まぁいいか、伊織ちゃん帰ってきたらとっちめてあげよう」

真織はそう呟くと、守衛の後を追って外に出ていった。



天ヶ丘町内を見下ろす高台にある早川神社の創建は以外と古く、

奈良時代に存在していたと記す書物もあり、

宝物庫に納められている品物も幾多の時代の香りを残す物も多数存在していた。

そして、そのウチのいくつかは国宝とまでは行かなくても、

東京都の重要文化財に指定され、

それ故、宝物庫の重要性は公的にも認められていた。

そして、守衛は積極的にその宝物を都などに貸与して、

火災などの事故によるリスクを下げていたのだが、

しかし、その量はなかなか減る物ではなかった。



ガチャッ

ギギギギ…

カギが開けられ、さび付いたドアがゆっくりと開かれると、

ヒタッ

守衛と真織は宝物庫の中へと入っていく、

ヒヤァァァ…

たちまち中に溜まっていた冷気が

真織と守衛の身体に絡みつくようにしてくると、

「うひゃぁぁ…

 寒い…」

そう言いながら真織が震え出した。

「ははは…ここは天然の冷蔵庫だからな、

 まっそのうち身体が暖まってくるだろう」

笑い声を上げながら守衛は宝物庫の中に入っていく、

そして、

埃よけのマスクをすると、

「じゃぁ、真織は右側を頼む」

と指示をすると、

ガタン!!

パタパタ

っと宝物が入った箱を一つ一つ降ろすとハタキかけと雑巾がけを始めた。

そう、年に一度、

大祭前に宝物庫の大掃除をするのが早川神社の習わしでもあった。



陽が高くなり、そろそろお昼になろうかとした頃。

「いたたたたた!!」

突然守衛が声を上げるとその場に座り込んでしまった。

「どうしたのお父さん?」

守衛のその声を聞いて慌てて真織が飛んでいくと、

「うっ腰を捻ってしまったらしい…」

苦しそうな表情をしながら守衛が訴えた。

「もぅ…何時までも若い気持ちで居るからよ」

真織は文句を言いながらも、

守衛を肩で担いぐとそのまま出口の方へと連れて行き、

「おかぁさんっ、ちょっと来て!!」

と声を張り上げた。

「…もぅお父さんったら…」

呆れる真須美に真織は守衛の身柄を渡すと、

「じゃぁ、残りはあたしがやっておくから、

 お父さんは母屋でゆっくりと休んでいて」

と言い残すと再び宝物庫の奥へと向かっていった。

そして、

「やれやれ…

 あたし一人でコレをやるのかっ」

と宝物庫の物品を眺めながら真織はため息をつくと、

「よしっ、やるかっ」

巫女装束の袖をまくると掃除を再開した。



それから半日近くが過ぎ、

夕暮れ近くになってようやく目処がつくと、

「はぁ…なんとか間に合ったわね」

すっかり埃で煤けてしまった巫女装束を叩きながら

真織が額の汗を拭っていたとき、

カタン!!

何かが落ちる音が宝物庫に響いた。

「?

 なにかしら…」

音の響いた方に真織が向かうと、

そこには

”一二神将図”

と書かれた木箱が落ちていた。

「一二神将図?」

首を傾げながら真織が手に取ると、

カタッカタカタ!!

突如、箱がひとりでに震え出した。

「キャッ

 何よコレぇ

 気持ち悪い!!」

そう叫びながら真織が箱を放り投げようとすると、

『わっわっわっ、

 待て、それを投げないでくださいっ』

と言う男の声が宝物庫に響き渡った。

「なっ何よっ」

突然響き渡った声に真織が驚くと、

『いいですから、

 手にしているその箱をどこか安定したところに置いてください、

 じゃないととんでもなります!!』

声は真織にそう懇願すると、

「?」

真織は訝しげに箱を眺めながら、手近な棚の上に置こうとしたとき、

『ぶもぉぉぉ!!

 ぶひひひん!!』

箱からまるで獣が鳴き叫ぶような声が響き渡ると、

再び激しく揺れ動いた。

その途端

「キャァァァッ!!」

真織は反射的に箱を放り投げてしまった。

ガッタァーン

箱は激しく床にたたきつけられると

ガタガタ!!

大きな音を立てながら、

箱が床の上を回転していくうちに

ハラリ…

箱を縛っていた紐が解けてしまうと、

カパッ

っと箱が口を開き、

ハラリ…

と数枚の紙の様な物体が顔を覗かせてしまった。

「なっなんなのよっ」

心臓をドキドキさせながら真織が叫ぶと、

『あちゃちゃぁ〜っ』

真織の行動を間接的に非難する声が響いた。

「なんなのよっ、アレは!!」

声に向かって再度真織が怒鳴ると、

パァァァァ!!

顔を覗かせた紙が見る見る輝き出すと、

ボンッ!!

ブワァァァァァ!!

猛烈な風が沸き上がり、

『ブヒヒヒン!!

 ンモー!!

 メェェェェ…!!』

次々と光に包まれた様々な獣が飛び出してくると、

まるで真織の身体を突き抜けるようにして四散していった。

「………」

光が消え長い沈黙が宝物庫の中を支配する。

「なんなの?

 あれ?」

腰を抜かしたまま真織が呆然としていると、

「あ〜ぁ…全部行ってしまいましたか…」

と言う声と共に一匹の白猫が姿を現した。

「へ?」

声がした方向に視線を動かすと、

「やぁ、どうも初めまして、

 ぼく、ディディアル・リンクと申します」

白猫はそう自己紹介をすると、

どこからか取りだしたのか一枚の名刺を差し出した。

「…あははは…

 …ネコが…

 ネコが言葉をしゃべってる」

名刺を浮けとったまま真織はそう繰り返し言うと、

そのまま彼女の意識はフェードアウトしてしまった。



「うっう〜ん…あれ?」

ハッと目を覚ますと、

真織は自室のベッドの上に寝かされ、

額には濡れたタオルが掛けられていた。

「あっ目が覚めた?」

真織が目を覚ましたことに真須美が気づいて声をかけると、

「あっあれ…あたし…?」

キョロキョロしながら、

目を覚ました真織はそう呟く、

「もぅ、宝物庫の中で倒れていたのよ、

 お昼も食べずに無理をするから…」

真須美は真織にそう言うと、

「埃だらけになっているから、

 サッサとお風呂に入りなさい」

と言い残して部屋を出ていった。

「…あのネコは…

 それに、あの光の獣もみんな幻?」

あの光景を思い出しながら真織は首を捻っていたが、

「あーぁ、汗まみれに埃まみれじゃないっ」

自分のいまの状態に気づくと

そのまま風呂場へと向かっていってしまった。

そして、風呂から出てきた真織が

ベッドに腰掛けて洗った髪を拭いていると、

ふと、

「でも、夢にしては生々しかったわね…」

と宝物庫で起きた出来事を思い出し始めた。

そして、何気なく机の上に視線を移動して行くと、

「げっ!!」

なんと自分の机の上にあの”一二神将図”を納めていた箱が置かれていた。

「なんで、コレがここに…」

信じられない表情で真織が箱を取り上げると、

「それは、ぼくが持ってきたのですよ」

と言う言葉と共にタンスの影からあの白猫・ディディアルが姿を現した。

「ひっ…いやぁぁぁぁぁ!!」

真織の悲鳴が部屋中に響き渡った途端、

「どうした!!」

「どうしたの?」

「どうしたんです?」

守衛・真須美・伊織の3名が真織の部屋に飛び込んできた。

「いやぁぁ、えっち!!」

男である守衛の姿を見た真織はすかさず枕を放り投げると、

「あっスマン!!」

守衛は反射的に謝ると背中を向けた。

「一体、なにがあったんです?」

真剣そうに伊織が訊ねると、

「え?、いっいやぁ

 あっあの…

 その…

 ごっゴキブリが…」

真織はネコが言葉をしゃべったとは言えず、

そう理由を作ると部屋の隅を指し示した。

「なんだ、脅かさないでよ、

 また、変質者が現れたかと思ったじゃない」

ホッとした表情で真須美が注意すると、

「ゴキブリで悲鳴を上げるなんて真織さんらしいですね」

安心した表情で伊織はそう言うと部屋から出ていった。

そして、

「あんまり、騒ぐなよ」

後ろを向いたまま守衛もそう言い残して部屋から出ていくと、

「もぅすぐ夕ご飯が出来るから、

 さっさとパジャマを着なさい」

真須美はさり気なく注意をして部屋を出ていった。



「なるほど…

 あれがパラレル・リンクの手伝いをしていると言うイオ・リンクか…

 ってことは、シリアル・リンクもこの建物の中にいるな」

タンスの影から伊織の後ろ姿を見ながらディディアルがそう呟いていると、

「こらぁ!!

 怒られちゃったじゃないかっ!!」

ディディアルを見つけた真織が迫ってきた。

「ふむ、どうやらパニックにならずにぼくと会話が出来るようになったようですね」

真織の態度にディディアルはそう返事をすると、

「まぁね、

 で、なんなの?

 あなたは…」

腕を組みながら真織が訊ねると、

「そうですね、もぅ一度ぼくの自己紹介からしようか、

 さっき渡した名刺は持ってますか?」

「これ?…

 えっと…

 ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真…」

「あぁ、お約束はしないでいいですから、

 それにその名刺じゃないですよ、

(大体、なんであなたがその名刺を持っているんです?)」

そう言いながらディディアルが真織を制止させると、

改めて名刺を差し出した。

「天上界?…?…

 人事部人材管理課チーフマネージャのディディアル・リンクさん…

 ですか?」

名刺を読みながら真織が訊ねると、

「はい、そうです、

 判りやすく説明をしますと、

 この世にはあなたがいま住んでいるこの人間界の他に

 天上界・修羅界・魔界等々色々な世界で構成されていまして、

 で、ぼくはその中の天上界に所属する天使の一人…

 まぁぼくの仕事はそこに書いてある通り人事関係の仕事をしています」

「はぁ…」

ディディアルの説明に真織は狐に抓まれたような返事をすると、

「いやぁ、人事と言っても大変なんですよ…

 待遇面でやたらクレームを付ける女神はいますし、

 客先とトラブルばっかり起こす天使や、

 仕事をしないでゴルフ三昧の神様…

 ほんと、舞台裏で飛び回っている者の立場も少しは考えて欲しいですよね…」

とディディアルは愚痴に似たセリフを延々と吐く、

「あのぅ…」

業を煮やした真織がそう切り出すと、

「あっ、そうでした。

 それで、あなたのお名前を確認したいのですが、

 えっと、早川真織さんでよろしいですか?」

そうディディアルが真織の名前を確認すると、

「え?、あっ

 はい…」

ディディアルは真織の返事を聞くや否や

スグに分厚いシステム手帳を取り出すと、

そこに挟んである電子手帳に何やらデータを打ち込み始めた。

「あのぅ…何をしているのですか?」

恐る恐る真織が訊ねると、

「あぁ、ちょっと手続きをしています」

「手続き?」

「そうです…よしっ、入力終了、送信!!」

ディディアルがそう返事をすると、

ピッ

っとスタイラスで画面をつっついた。

すると、電子手帳の画面が送信モードに替わる。

やがて画面が変わり、

真織がコレまで見たことがない文字の列が画面に表示されると、

「はい、手続きは終わりました。

 早川真織さん、

 たったいまあなたは臨時のアルバイト天使として採用されました。

 よろしく頼みまますね」

ディディアルは真織にそう告げると前足の片方を差し出した。

「?

 お手っ」

ディディアルが差し出した手を見た真織がそう言って自分の手を差し出すと、

「はいっ」

ディディアルは真織の手の上に自分の手を置く。

一瞬の沈黙が流れたのち

「ちが〜〜〜ぅ」

ディディアルの絶叫が部屋中に響いた。

コンコン!!

「真織っ、誰か居るの?」

ドアのノック音と共に真須美の声がすると、

「うっうぅん、ちょっとTVね」

慌てて真織がディディアルの口を塞いでそう返事をすると、

「ご飯が出来たから早くいらっしゃい」

ドア越しに真須美はそう言うと離れていった。

「はぁ…驚いた

 もぅ大声出さないでよね」

「申し訳ありません」

真織がディディアルをたしなめると、

ディディアルは小さくなって返事をした。

「で、なんなの、その臨時のアルバイト天使って?」

パジャマに着替えながら真織が訊ねると

ディディアルは急に真面目な表情になり、

「夕方…、

 あなたは一二神将を解き放ってしまった。」

と告げると、

「やっぱりアレって、

 夢じゃないんだ」

ディディアルの指摘されて真織は唇に人差し指をつけながら思い返し始めた。

「そのために

 一二神将を解き放った真織さん、

 あなたがそのすべてを回収する義務が生じてしまった」

ディディアルはそう指摘すると、

「回収する義務?

 えぇ、じゃぁなに?

 あたしがあの化け物達を集めに行かなければ行けないのぉ!!」

ドアップになって真織がディディアルに迫ると、

「だって、一二神将を解き放ったのは真織さんでしょう?

 それに、あなたはこの早川神社の後継者なんだから、

 そのあなたが立ち上がらなくてはなりません!!」

真織に対抗するかのごとく全身を逆立ててディディアルが言い返すと、

「そりゃぁそうだけど…

 でも、あんな訳の判らない化け物集めなんてイヤよ」

真織はそう言うと背を向けた。

「化け物とは失礼なことを言いますねぇ…

 一二神将とは時間・方位などを司る大事な神様なんですよ、

 もし、このまま放っておくと、

 徐々に人限界の時間は動きが鈍くなり、

 さらに、方角が消え失せることにより、

 人間は元より動物いや、生き物の生命維持が出来なくなると言う。

 とんでもないことになるですよ」

とディディアルは一二神将の存在意義を真織に説明した。

「そっそんなに大切な神様なの?」

その言葉に驚いた真織がディディアルに聞き返すと、

コクリ…

ディディアルは静かに頷いた。

「でも、なんで、そんな大切な神様がウチのような神社に?」

そう言いながら真織が首を傾げると、

「さぁそこまでは…ぼくの管轄ではないですから」

ディディアルはヒョイと真織が座っているベッドの上に飛び乗ると答えた。

「ふぅ〜ん…

 じゃぁなんであなたはここにいるの?」

何の気無しに真織がディディアルに訊ねると、

「それは簡単なことです。

 一二神将達と今後について話し合いに来たまでですよ」

「へ?

 なにそれ?」

「あぁ…天上界も最近フリーエージェントとか言うの流行っていまして…

 そのためにスキル(神通力)のある神様が続々と宣言をされて困って居るんです、

 そこで、ぼくがここにいる一二神将達にそのことについて話し合いに来たら、

 トラブってしまいまして…(てへへ)」

とディディアルが事情を説明すると、

「怒って出て行ちゃったんだ…」

「あははは…」

「ってことはあなたが悪いんじゃないのっ!!」

ムギュッ

笑ってごまかすディディアルを真織の足が踏みつけた。

「いやっ、

 切っ掛けはぼくだったとしても、

 最終的に解き放ったのは真織さんあなたでしょう…

 それに、あの箱は一種の封印で箱の開け閉めは、

 この社を守っている君の一族でしかできないんですよ」

4本の足をバタバタさせながらディディアルが叫ぶと、

「そうなの?」

その言葉を聞いた真織はディディアルを踏みつけていた足の力を抜きながら尋ねた。

「(はぁ苦しかった)

 あぁそうですよ、

 天上界との関係はちょっと宙ぶらりんになってしまいましたが、

 でもあなたの一族と一二神将との主従関係はまだ生きていますから、

 いま現在、一二神将を確実に封印できるのは真織さん、

 あなたしか居ないんですよ」

ビシッ

ディディアルはそう真織に告げると指を指した。

「あっあたしが…」

ディディアルの言葉に真織が戸惑うと、

「引き受けてくれますね」

ダメ押しをするようにディディアルの言葉に、

「……まぁ仕方がないか…

 元はと言えばあたしがしたことだし、

 それに、時間が止まったら困るしね」

「じゃぁやってくれるですね」

「えぇ、いいわ集めてあげるわよ、

 その一二神将ってヤツを」

真織は両腰に手を当てながらディディアルにそう宣言した途端、

「よぅし、では決定だ、

 早川真織っ

 君をいまから天使・神将ハンターとして任命する。

 まぁどこかのカードと違って52枚あるわけではないし

 たったの12匹ですから、

 二週間もあれば集まえいますよ」

安堵した表情でそうディディアルが言うと、

「神将ハンター?

 それに、そんなにうまくいくのかなぁ…?」

真織はディディアルの説明に懐疑的だった。

すると、

「よしっ、

 では必要となるアイテムを渡すね。

 はいっこれを…」

ディディアルはそう言いながら銀色に輝くブレスレットを真織に手渡した。

「ブレスレット?」

「そう、でもただのブレスレットではなですよ

 それを右腕に嵌めて、

 ”天空の八百万の神よ、

 我に彼の者を鎮める力を分け与えよ。

 降臨!!”

 と唱えれば、

 天上界から戦闘用のバトルスーツと

 封印用のアイテム・竜鉄槌が

 送られてくる仕掛けになっています」

「はぁ…」

「試しにいまやってごらんなさい」

「えぇ?、いまやるの?」

「当たり前です、イザと言う時に混乱されても困りますからね」

ディディアルがそう言うと、

真織はブレスレットを填めながら渋々立ち上がると右腕を掲げた。

そして、

「天空の八百万の神よ、

 我に彼の者を鎮める力を分け与えよ。

 降臨!!」

と唱えると、

ピキィィン!!

腕のブレスレットが反応すると、

ブワッ!!

突然巻き起こった風が真織の身体を包み込む、

「うわっ、なによこれぇ…」

風に飲み込まれた真織が驚いていると、

ピシピシピシ!!

見る見る着ているパジャマが消え失せると、

変わりに別の衣装が真織の身体を包み込んでいく、

そして、すべてが終わると、

ゴッ!!

風は瞬く間に消えてしまった。

「終わったの?」

呆気にとられながら真織は部屋に掛かっている鏡を見た途端、

「げっ!!

 なによこれぇ!!」

鏡に映し出された自分の姿に思わず仰天した。

「やっぱり、こういうことは服装から入らないといけません、

 うんっ、コレなら一二神将にも十分勝てますよ」

満足そうにディディアルが見ている真織の姿は

肩の両側から生えるツメのついた厳つい黒い羽と

さらに、身体の至る所から生えた棘に

ギュッと身体を引き締める荒々しい紐と大胆にカットされた股間のMラインが

魔のようなイメージを醸し出すまさに○Mの女王さまも真っ青の衣装だった。

「くぉらっ、

 悪ふざけにも程があるぞ!!」

カツンッ

膝まで覆うヒールでディディアルを踏みつぶし、

「これじゃぁ、

 まるでマジカル・イオにでてくる悪の女幹部みたいじゃないの!!」

と真織が怒鳴ると、

「なっなんで?、格好いいじゃないですかっ」

押さえつけられながもディディアルは反論した。

「ダメったらダメったらダメッ!!

 第一、こんな格好で外なんか歩けないよう」

そう言いながら真織が更に踏みつけると、

ガシャッ

「真織さん、そろそろ来ないとご飯冷めちゃうよ」

と言いながら伊織が部屋のドアを開けた。

「え?」

「あっ」

長い静寂が部屋を包み込む…

しかし、先に動いたのは伊織の方だった。

「ごっごめんなさいっ

 まっ真織さん、そっその衣装とっても似合ってますよ」

伊織は顔を真っ赤にするとそそくさとドアを閉めてしまった。

パタリと閉まったドアを呆然と真織が見ていると、

「うわぁぁぁん!!

 伊織ちゃんにこんな格好見られたぁ!!

 あたし、誤解されたぁ!!」

と崩れるようにして泣き叫び始めた。

「いやっあのぅ…

 その…」

予想外の展開にディディアルはオロオロしているだけだったが、

しかし、

本物の地獄が彼を待っていることにはまだ気づいていなかった。



「はぁぁぁ…

 あれから、神将集めをしてきているけど、

 でも、伊織ちゃん、

 やっぱり私のことを誤解しているんだろうなぁ」

そのシーンを思い出した真織はふと立ち止まるとそう呟いた。

「どうしました?」

立ち止まった真織にディディアルが気づくと、

ジロリ

真織の冷たい視線がディディアルを射抜く、

そして、

「あんたが、あのときあんな事をしなければ

 あたしは誤解されずに済んだのよ」

と言うとゆっくりとディディアルに迫っていった。

「ちょちょっと待てください、

 何の話です?

 今日のミッションに関係あるんですか?それは?」

「うるさい!!」

「うっうぎゃぁぁぁぁ!!」

夜の街にディディアルの悲鳴が響き渡った。



つづく