風祭文庫・天使の館






ミス・天ヶ丘コンテスト
(第1話:再会)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.235



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





西暦2001年、

新世紀を迎えてさらに流動化の気配を漂わせ始めた世界情勢は、

世界経済の牽引役として高値を維持してきた

IT関連株の暴落に伴うNY株価の不安定な値動き、

さらに秋葉原でのメモリー価格の暴落に象徴される

デフレの進行と言った諸問題が世相に暗い影を落とし始めていた。

そんなある日、進藤伊織の幼なじみである笹島瑞樹に

2000年度バレンタイン得チョコ率NO1に見事輝いた

芹沢秀一が告白すると言う一大事件が発生。

折しもメキシコを訪問中だった上野動物園のパンダ・リンリンが、

期待された成果が上げられずに帰国すると言う一大事があった後だけに、

俄然、その成り行きが注目を浴びたが、

「笹島瑞樹が芹沢秀一の告白を退けた。」

と言うクラス関係者の話が報道されたとたん、

実質上ふられたことになった、芹沢秀一の次なる手に目が向けられた。

そう彼は天ヶ丘高校の生徒会長並びにサッカー部のキャプテンでもあったのだ。

しかし、芹沢は不気味なほど沈黙を守り通していた。

関係者の間にも困惑が広がる。

そんな周囲の期待と不安に応えるようにして、

ふぉーかす部発行の写真週刊誌・「撮った!!」が

芹沢秀一は失恋の傷をいやすために自宅療養中であると報道。

これに対し、彼が会長を務める生徒会の報道官は、

「一切事実無根である」

と発表し、

ふぉーかす部に対して校則に則った処置を辞さぬと言う強硬姿勢を示した。

一方、ふぉーかす部側も「報道の自由こそ尊重されるべきである」と、

部長自らが先頭に立ち、生徒会執行部の密室性を批判、

そして、批判の矛先は生徒会長を補佐する副会長ら4人組へと集中していった。

こうした状況の中、生徒有志の中から「生徒会の明日を考える会」が発足、

その会長に以前より中立を守ってきた天ヶ丘高校校長を擁立すると、

臨時の生徒会長選挙の実施を要求。

これに対し生徒会は芹沢会長の任期満了は9月と言う理由でその要求を突き返したが、

しかし、校内新聞・天ヶ丘タイムズ紙による緊急世論調査で、

芹沢生徒会長の支持率が急落と報道されるや否や、

危機感を強めた生徒会は1学期の期末試験後に各クラスの代表委員による

臨時の生徒会長選挙を行うと発表した。

この一連の決定に対し、各クラスの学級会では、

代表委員を選出する予備選挙実施の動きが活発化し、

1年から3年までの殆どのクラスで予備選挙が実施されることになった。

こうして、学校内では巻き返しを計る生徒会(芹沢派)と、

会長交代を唱える生徒会の明日を考える会(反芹沢派)による、

熾烈な選挙運動が繰り広げられることになった。



こうした情勢の中、人間界に侵攻した使徒パラレル・リンクは、

仕事始めに進藤伊織の精神に入り込むとを忠実な下僕に仕立て上げ…っと

夜も更けた早川神社の社務所には煌々と灯りがつき、

カチャカチャカチャ!!

その下でシリアルがまるで踊るような姿でパソコンのキーを叩いていた。

「ふぅ…それにしてもメールマガジンだなんて、

 ミカエル様も思いつきで指示を出さないでほしいよなぁ…」

ズズズズ…

シリアルはそう呟くと湯気が上がるブラックコーヒーを一気に飲み干し、

「さぁ、もぅひとがんばり!!」

と気合いを入れ再びキーを叩き始めた。

そのとき、

ズゥゥゥゥゥゥゥン!!

唸るような音が響き渡ると、

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!!

社務所の建物が揺れ始めた。

「わっわっわ…じっ地震だ!!」

突然発生した地震に驚いたシリアルが立ち上がったとたん、

「え?、うわっ!!」

――フッ

その声を残して彼の姿は社務所から消失した。

『天界・メールマガジン エンゼルハート 創刊準備号』

彼の叩いていたパソコンのディスプレィにその文字が浮かび上がっていた。



ゴゴゴゴゴゴゴ…

地震は寝静まった夜の街を大きく揺るがした。

「あっあなたっ地震!!」

「おっお落ち着けっ」

地震に驚いた真須美と守衛は飛び起きたが、

しかし、地震はそれ以上揺れが大きくなることはなく程なくして収まった。

「……収まったようだな…」

「えぇ…」

天井に視線を這わせながら二人が顔を見合わせていたころ、

天界では――

『時空震発生、マグニチュード8.3!!、震源域は…』

と報告が発令所内に響き、

「被害確認急げっ!!」

怒号があがる。

そして慌ただしく人が行き来する横で、

「はぁ…あのN2超時空振動弾の影響がこんなに出るなんて予想外だったわ…」

と被害状況が表示されていくパネルスクリーンを眺めながら、

黒髪の女神がぼやいていると、

「時空震は長期的には終息へと向かっているとのことですが、

 まだまだ、予断を許さないようですね」

と言って女性スタッフが彼女に湯気が上がるコーヒーカップを手渡した。

「ありがとう」

女神はそう礼を言いながらカップを受け取ると、

『運命管理局より緊急依頼!』

と言う声が響くなり、

『先ほどの時空震で運命管理局内の管制システムにトラブル発生!!、

 運命維持装置のスタビライザーに発生した異常により、

 管制システムの処理能力が大幅に低下、

 その影響で複数の人間界から若干名の遭難者が発生した模様』

と運命管理局側からの報告が告げられた。

「遭難者?…

 ただでさえこっちも大変なのに」

と女神はそう文句を言うと受話器を取った。

そう、あの日曜日の夕方、

絡み合っていた2つの世界を引き離すために炸裂したN2超時空振動弾は、

両世界の切り離しには無事成功したモノの、

しかし、広範囲の時空間に歪みという副産物を残していたのであった。

「えっと、ミカエルさん…

 状況は……知ってますね。

 そっちで手の空いている人に遭難者の捜索をお願いします」

女神は電話口に出た天使長・ミカエルにそう告げた。



翌朝…

「んっ?…」

朝早く目が覚めた伊織はガバッと起きあがると、

「……ここは……

 そっか、あれは夢だったのか…」

と部屋の様子を確認するようにして呟くと、

「はぁぁぁぁぁ…」

一際大きくため息をつき、

「良かったぁ………夢で……」

胸に手を置きながらため息を吐くと、

「もぅ、真織さんが

”伊織ちゃんの未来の相手を占ってあげる”

 なんて言って、

 帰してくれなかったモノだから変な夢を見ちゃった」

などと言いながら頭を掻いていると、

「そう言えば、

 あの鏡の世界の瑞樹や芹沢さん、真央さんに藤本さん…

 みんないまどうしているかなぁ…

 …って何でこんなコト考えているんだ俺…

 これも、あの占いのせいだな…」

そう伊織は昨夜、

真織から伊織が結婚するであろう相手の事を占って貰っていたのであった。

「ん?あれ?、シリアル?」

そのとき、いつもなら速攻で憎まれ口の一つくらいは言ってくるであろう

シリアルの姿が部屋に無いことに気づいた。

「おっかしいなぁ…

 昨日の夜には居たんだけどなぁ…

 ベッドにはあいつが居た形跡は無いし

 …何処に行っちゃったんだろう?

 まぁ、どうせパラレルの所にでも行っているんだろう」

と判断すると伊織はいつもどおりに制服に着替え、

そのまま部屋を後にした。



「おはようございます、おじさん、おばさん…」

そう挨拶をしながら伊織が守衛や真須美の前に姿を現すと、

「おはよう…今朝はよく眠れたか?」

と新聞を折りたたみながら守衛が尋ねてきた。

「えぇおかげさまで…」

伊織はそう答えると、

「…あれ?、真織さんは?」

食卓の席に真織の姿が無いことに気づいた。

「ん?まだだが…」

守衛はまだ真織がまだ起床して来てないことを伊織に告げ、

「全く今朝はお務めは休みとは言っても……」

やや呆れながら守衛は視線を横に向ける。

そう、あの家出の騒動の後、

話し合いで彼女に神社の務めをしなくても良い日がもうけられていた。

そのとき

ドタドタドタ!!

慌てて走って来る足音と共に、

「たっ大変だ!!」

真織が血相を変えて飛び込んできた。

「どうしたの真織、そんなに足音を立てて、はしたない」

真須美が怪訝そうな顔をして注意すると、

「どうしたんです?真織さん…」

続いて伊織が尋ねた。

「…あれ?

 なんで…進藤がウチでご飯を食べて居るんだ?」

真織は朝食の席に伊織が居ることを不思議がると、

「え?」

それを聞いた伊織は思わず呆気にとられた。

「そうだ、それよりも大変なんだよ、

 母さん!!

 おっ俺、

 女の子になっちゃったよぉ!!」

と真織は声を張り上げた。

「はぁ?????」

一瞬の静寂が朝の食卓を飲み込んだ。

「おっ」

「女の子に?」

一同は顔を見合わせると

「まっ真織さん…気は確かですか?」

立ち上がった伊織は真織りの顔の前で手を振りながら訊ねると、

「あら…そっそれじゃぁお赤飯を炊かなくっちゃね」

そう言いながら真須美が立ち上がる。

「ちがーぅっ!!

 俺の身体が女になっている。

 って言っているんだ!!」

真織は伊織の手を払い除け、

「ほら!!

 いつの間にか髪がこんなに長く伸びているし、

 それにこのおっぱい!!、

 さらにナニまでも無っちゃっているんだよぉ!!」

と言いながら、真織はネコ柄のパジャマの前をガバッと開くと、

続いてパンツもろともズボンもずり下げた。

「真織…お前…」

小学校以来数年ぶりに見る真織のあられない姿に守衛がたじろぐと、

「まっ真織っ!!

 あなたあたま…どうかしちゃったの?」

真須美が青い顔で叫んだ。

「どっどうしよう、あなた…」

「とっとにかく医者に…」

混乱する二人を見つめながら、

――落ち着け、

  落ち着くんだ

伊織はそう自分に言い聞かせると、

――そうだ…

  さっき、真織さんは俺のことを進藤って呼んだよなぁ…

  女の姿をした俺を進藤伊織って判る奴は

  パラレル・シリアル・瑞樹の他には居ないはずだ…

  ……あっ、まさか…

そのとき、伊織の脳裏にある人物の事がよぎった。

――あいつか?

  さっきからの真織さんのこの様子…

  それなら合点がいく…

  でもそんな事って?」

そう考えながらも伊織は、

「あっあのぅ…真央さん…?」

小声で取り乱している真織に声を掛けると、

「おっおぅ進藤、俺一体どうしちゃったんだ?」

と真織は助けを求めるような口調で伊織に寄ってきた。

――やっぱり…真央さんだ…

伊織は顔が引きつらせながら、

「…ちょちょっと来て!!」

そう言いながら伊織は真織の手を引くと、

「ダメですよ真織さん、エイプリルフールは4月1日でしょう」

と言いながら伊織は真織の背中を押すようにして彼女の部屋へと戻って行った。

そして真織の部屋に入った途端、

「うわぁぁぁ〜っ」

整然と片づけられていたはずの彼女の部屋は、

まるで泥棒に荒らされたかのごとく散らかっていた。

「どうなてんだ?

 身体だけじゃぁない…

 部屋の中が全部女物になっているんだ」

呆気にとられる伊織に真織はそう言うと、

伊織は振り向気ながら、

「あのぅ……真央さん…落ち着いてよく聞いてくださいっ」

と彼女に言い聞かせるようにして言うと、

「なに?」

真実を知ろうと真織は伊織に一歩近づく、

その姿を見た伊織は

――ゴクリ

と生唾を飲み込むと

「真央さんはいま…

 真央さんが真織さんという女の子である世界に来ているんです」

と真顔で告げた。

――またぁ

ってな表情を真織はすると、

「簡単には信じられないかも知れませんが、そう言う世界もあるんです」

と伊織は真剣な顔で言う、

すると、

「……あははは

 …これじゃぁ、この間、藤本が言っていたヤツみたいじゃないか」

顔を引きつらせながら真織が答える。

「でも、これは夢なんかじゃぁありませんっ、現実です」

「そんな…」

「なんで真央さんがここに来たのかは判りませんが、

 とにかく、このままの状態でいるわけには行かないので、

 原因が分かるまで女の子の真織さんとして行動していただけませんか?」

と伊織はそう告げると、

真織の目の前に天ヶ丘高校の制服を差し出した。

「………進藤…まさか俺にこれを着ろと…」

表情を硬くしながら真織はセーラー服を指さして訊ねると、

コクン

伊織は頷いた。

「いっいっいっ…いやだぁ!!」

そう叫びながら真織は部屋から逃げ出そうとしたが、

「とっとにかく、

 いまの真央さんは女の子ですから、

 これを着て貰わなくては困りますっ」

伊織は真織のパジャマの裾を鷲掴みにしてそう叫ぶと、

そのまま部屋の中央へと引きずって行く、

「いっイヤだ!!

 例え身体は女でも心は男だぞっ

 セーラー服なんか着られるかっ」

尚もそう言って真織が抵抗すると、

「さっきも言ったように真央さんはいま早川真織と言う女の子なんですっ

 とにかく制服を着てくださいっ!!」

「イヤだぁ!!…」

と言うやりとりを約10分近くした後、

ついに堪忍袋の緒が切れた伊織は、

「えぇいっ、男ならおとなしくセーラー服を着ろ!!」

と叫ぶなり真織に襲いかかった。

「いやぁぁぁ!!堪忍してぇ」

悲鳴を上げる真織は伊織の手でパジャマを剥ぎ取られると、

無理矢理セーラー服を着させられてしまった。

カァァァ…

鏡に映った自分のセーラー服姿見て顔を赤くする真織を見ながら、

「はぁ…考えてみればおれも似たようなものなんだけどなぁ」

と伊織は呟くと、

「はいコレを持って…」

そう言いながら真織に鞄を渡し、

「とにかく、もぅ時間はないですから、

 スグに学校に行きましょう!!」

と壁に掛かる時計を見ながら告げた。

「えっ、学校に行くのぉ〜っ!!」

「当たり前ですっ!!」

伊織はいやがる真織を後押しするようにして玄関へと向かっていった。

そして、そんな二人を守衛と真須美の二人が心配そうに覗いていた。

「いってきまーす」

そう言い残して早川家を出た二人を久方ぶりの朝日が照らし出したが、

しかし、伊織はそれを感慨深げに見ることはなく、

――はぁ…あのまま家にいると、

  おばさん間違いなくひっくり返っちゃうよ

振り向きながら伊織は学校へと歩き始めた。

そして、その伊織の後ろを隠れるようにして真織が俯きながらついてくる。

「まっ真央さん、もっと堂々として良いですよ」

真織の様子を見た伊織はそうアドバイスをするが、

「うっうるせぇ〜っ

 こんな恰好、他の奴に見られる訳にはいかないんよっ」

耳まで真っ赤にして真織は呟くように叫ぶが、

しかし、そんな真織の姿は何処か可愛らしさを伊織は感じていた。

程なくして伊織達の前を瑞樹が一人で歩いていくのを見つけると、

「おはよう!!、瑞樹っ」

伊織はそう叫びながら彼女に近づくと、

ピクッ!!

「いっ伊織さん?」

そう言いながら振り向く彼女の姿が妙によそよそしく、

また仕草が女らしかった。

「?、どうしたんだ?、瑞樹ぃ…

 いつものお前らしくないぞ…」

と伊織が言うと、

「いっ…伊織さん…ぼっボク…

 女の子になっちゃったぁ〜」

そう叫びながら瑞樹は伊織に抱きついてきた。

「……へ?

 …って事は

 …瑞樹ぃ

 お前もあっち世界の瑞樹なのかぁ?」

目を点にしながら伊織が返事をすると、

「おっお前…笹島なのか?」

と真織の姿をした真央が声をかけると、

「え?、キミは?」

顔を上げた瑞樹が真織に尋ねた。

「おっ、俺だっ、真央だ…早川真央だ」

真織は自分を指さしてそう告げると、

「はっ早川君?!」

瑞樹は伊織から離れるとヒシっと真織に抱きついた。

そして、

「…真央くんも女の子になっちゃんだ…

 僕たちどうなるのぉ?」

「わっ判らねーよ」

そう言って抱き合う二人を見て、

登校途中の他の生徒達がヒソヒソ話をしながら通り過ぎていく。

「とっとにかくだ、

 朝っぱらからヘンな誤解を受けるようなマネは止めて、

 さっさと学校に行きましょう!!」

伊織は頭を抱えながら二人の手を引くと学校へと向かっていった。



程なくして、3人が学校に到着すると、

ワイワイ、ザワザワ…

と体育館の前に黒山の人だかりが出来上がっていた。

「なっ、なんだ、あの騒ぎは…」

伊織の背筋に冷たいモノが走る…

そうこうするうちに、

「きゃーヤメテ!!

 芹沢さん!!」

っと女子生徒達の悲鳴が上がった。

「芹沢だぁ〜?……

 まさか…」

伊織の心の奥から言いようもない不安感がこみ上げて来ると同時に、

脳裏に体育館で進行中の惨劇が浮かび上がってきた。

その瞬間、

伊織の周囲から全ての音が消えると、

ダダダダダダダダダダダ!!

伊織は真織と瑞樹の身体を抱えると一直線に体育館へと突き進んでいった。

「うぉらぁ!!!

 ドケドケドケドケ!!」

二人の女子生徒を抱え鬼気迫る表情で突進してくる伊織の姿に、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

体育館を取り巻いていた生徒達は我先にと逃げ出す。

まるでモーゼのごとく開いた道を伊織は突き進み、

そのまま体育館の中へと突進して行った。

ドドドドドォン!!

ゼハァ…ゼハァ…

体中から滝のような汗を拭きだし、

肩を大きく動かしながら息をする伊織が見たものは…

白のストライプの入ったコバルトブルーのレオタードに身を包み、

新体操の手具を手にした芹沢秀一の姿があった。

「………しぇりじゃわぁ〜っ…お前もかよぉ〜っ」

ドォッ!!

見る見る伊織の脚から力が抜けるとその場に突っ伏してしまった。

「…しっ進藤さぁん…あっあたし…

 朝起きたら男の子になっちゃってたのぉ!!

 でもねぇ…練習を休むわけには行かないから

 いまこうして練習をしているんだけど…

 男の子の身体じゃぁ全然美しくないのぉ」

と言うと芹沢は泣き出す。

「おいおい…

 なんなんだよ今日は…

 何でこんな事が起きるんだ?」

フルフル

と身体を震えながら伊織が起きあがると、

「せっ芹沢さんなの?」

瑞樹が芹沢に近寄ると声をかけた。

「あなたは?」

「ぼくだよ、笹島瑞樹だよぉ」

「うそ、笹島君は女の子になっちゃったの?」

そう言いながら見つめ合う二人、

程なくしてヒシッと抱き合ったとたん、

「おぉぉぉぉ!!」

それを見ていたギャラリーから一斉にどよめきが沸き上がった。

スゥゥゥゥゥ…

伊織は大きく息を吸い込むと、

「くおらぁ!!、貴様らっ、見せもんじゃねぇーぞ!!」

と思いっきり声を張り上げた。

その途端、

ズズズンンンン…

体育館全体が大きく振動した。

ギシギシギシ!!

建物のあちらこちらからきしむ音がこだまする。

「じっ地震だ!!」

一人が上げたその声と共に、

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁ」

まるで蜘蛛の子を散らすようにギャラリーは一斉に雲散霧消していった。

程なくして地震が収まると、

静かになった体育館には伊織以下3名の姿が残っていた。

「とっとにかく助かったな…」

シン…

と静まりかえった体育館を見渡しながら伊織が呟くと、

「芹沢さんっ、

 ここはあなたの居た世界とはちょっと違う世界なんです。

 つまりこの世界のあなたは、芹沢秀一と言う男性で、

 サッカー部のキャプテンをしているんです」

と伊織は芹沢を見据えながら説明すると、

「そんな…」

顔を上げた芹沢は困惑した表情をする。

「え?、”違った世界”ってことは

 じゃぁ…ぼく達って別の世界…パラレルワールドに来ているの?」

伊織の話を聞いていた瑞樹が声を上げると、

「鋭いな、瑞樹…

 そうだ、いまの瑞樹達はパラレルワールドの別の世界に来ているだよ」

という伊織が答えると、

「なぁ一つ聞いて良いか?

 進藤…お前はどうしてそんなに詳しいんだ?

 それになんで、朝っぱらから俺ん家にいたんだ?」

とこれまで黙っていた真織が首を傾げながら尋ねた。

「うっ…それは………

 まぁ黙っていても仕方がないか…」

真織の指摘に伊織はそう呟くと、事の顛末の説明を始めた。



「……と言う訳なんだ」

と伊織の話を聞いた後、

「はぁぁぁ…天使のお仕事とはねぇ…」

腕を組みながら真織が呟くと、

「ココの伊織さんって男の子だったんだ…」

呆気にとられながらも芹沢が呟いた。

「そっかー、ここの進藤も俺に惚れていたのか…

 しかし、憧れの女性と一つ屋根の下だなんて羨ましいじゃねぇーか、

 この野郎!!(うりうり)」

真織がそう言いながら伊織の脇腹をつつくと、

「あのぅ、真織さんの姿でそれやるのヤメテいただけませんか?」

伊織が複雑な表情で言う。

「で、その天使のパラレルさんにはこのことは伝えなくて良いの?」

と瑞樹が伊織に訊ねると、

「うん、もぅ学校には来ていると思うんだけどねぇ」

校舎を見ながら伊織がそう返事をした途端、

「ふぅ〜ん、なるほど…

 要するに俺達はひっくり返しの世界に来ている。

 ってことなんだな?」

と真織が腕を組みながらそう呟くと、

「強いて言うならそう言うことになるな」

「へへ…面白いじゃないか…」

伊織の返事を聞いた真織は鼻の頭を掻きながら微かに笑みを浮かべた。

「まっ真央?」

恐る恐る瑞樹が聞き返すと、

「…ふふふ…

 瑞樹も芹沢も折角こういう世界に来たんだから、

 少しは楽のしまなきゃぁ損だぜ」

と言うとコレまでとはうって変わった態度で真織は体育館から出ていった。

「おっおいっ、真央…お前…」

伊織はただ呆然と彼女の後ろ姿を眺めていたが、

――そうだ、追わなきゃぁ。

と気づくと、

「あっ…いいか、芹沢っ

 とにかく、戻れる方法が判るまで大人しくして居るんだぞ」

そう言い残すと、伊織は瑞樹の手を引いてスグに真織の後を追っていった。

伊織が真織の姿追って体育館を出たときにはすでに真織の姿はなかった。



――あんにゃろう、

「…もぅ教室まで行きやがったか」

そう呟きながら伊織は一直線に教室へと向かって行く、

そして、教室のドアに手をかけたとたん、一瞬躊躇した。

「どうしたの?」

伊織の行動に瑞樹が訊ねると、

「いっいや……」

――もしも、

  クラスのほかの連中までもが入れ替わっていたら手におえないぞ、

伊織の脳裏に混乱しているクラスの様子が映し出された。

しかし、

「きゃははは…やだ、真織ったもぅ」

笑い声が中から響いてきたので、

ガラッ!!

反射的に伊織がドアを開けると、

真織が机の上に立って、

何かパフォーマンスのようなことをしている真っ最中だった。

「何をやっているのですか?、真織さんっ!!!」

そう言いながら伊織が迫ると、

「いっいや…ほらっ、芹沢の今朝の件をね…」

そう真織が弁明すると、

「ねぇ伊織知ってた?

 芹沢くんの今朝のパフォーマンス…」

「はぁ?」

「瑞樹っ…彼、あんなに頑張っているんだから、

 ちゃんとフォローしてあげなきゃダメでしょう」

とクラスメイト達は口々に伊織と瑞樹に向かって言う。

「へぇ?

 なっ何がどうなっているんだ?」

状況が飲み込めず、伊織と瑞樹が唖然と顔を見合わせていると、

「それにしても、俺には出来ないなぁ…あんなマネは」

たまたまC組に来ていた他のクラスの男子がそう言いながら出て行く。

「真央…お前、一体どういう説明をしたんだ?」

伊織は降りてきた真織に訊ねると、

「なぁに、

 芹沢をあのままにしておくわけには行かないから…

 ちょいとね」

伊織の質問に真織は片目を瞑って答えた。



程なくしてホームルームが始まったが、

しかし、その時間になっても伊織(=パラレル)の姿は教室にはなかった。

「どうしたんだ?パラレルは…」

伊織は未だ主がこない席に視線を向けていると、

「…では、ミス・天ヶ丘実行委員会の方から…」

と進行役の生徒に告げられて一人の生徒が正面に立つと、

「この間お話をしました、

 ”ミス・天ヶ丘”ですが、

 このクラスから挑戦してみようと言う方はいませんか?」

と彼は伊織たちに向かって尋ねた。

「なぁなに?、ミス・天ヶ丘って?」

彼の言っている意味が理解できない伊織はスグに隣の席の男子に尋ねた。

「早川さん、なに言ってるの?

 今度の週末に校内ミス・コンテストが開かれるの知らなかったの?」

と逆に尋ねられた。

「ミス・コンテストぉ?」

伊織が思わず声を上げると、

「本当に知らなかったの?」

コクリ…

伊織は素直に頷くと、

――ちょっと待て…

  確か真織さんの占いでは

  俺がミス・コンテストに出た時に運命の出会いをする。

  って言うんじゃなかったか?

そう思いながら伊織は額に冷や汗を流していると、

「はーぃ、あたしっ、立候補しまーす」

と声と手を挙げながら真織が立ち上がった。

「え?、早川が?…」

「あのお堅いのが…」

「どういう風の吹き回しだ?」

と言う声と共に教室中からどよめきがわき起こる。

「ちょちょっと!!」

伊織が慌てて真織の傍に駆け寄ると、

「真央っ!!、お前…何をしようとしてるのか判っているのか!!」

と小声で怒鳴った。

「なにって…折角女の子になったんだから、こう言うのもいいんじゃねぇか」

と真織はあっけらかんと答えると、

「そうだ、伊織っ、お前も一緒に出ようぜっ」

そう言いながら瑞樹の方をチラっ見るなり、

「あっ、それとあたしの他に伊織さんと瑞樹ぃっ、

 お前…じゃなかった、あなたも出るんでしょう?」

と真織は伊織を指さしながら瑞樹に声を掛けると、

「そっそんなぁ…ぼっ僕はイヤだよう!!」

驚いた瑞樹はそう呟くと顔を赤くして俯いた。

「ねぇねぇ…早川さんと笹島さん…

 いつもとなんかイメージ違わなく無い?」

「うん、あんなに快活な真織を見たのも初めてだし、

 こんなにしおらしい瑞樹も見たことはないわ」

と真織と瑞樹の様子を見たクラスメイト達が囁き逢う。

「では、この2−Cからの挑戦者は、

 早川真織さんと伊織さん、

 そして笹島瑞樹さんの3名でよろしいですか?」

確認するように実行委員会の生徒が言うと、

「はーぃ」

真織は笑みを浮かべながら返事をした。



その夜…

「全く、真央ったらどういうつもりなんだ?」

伊織はそう呟きながら、真織の部屋をノックしようとすると。

『…ック…ック……あぁぁん…』

部屋の中からかみ殺したようなうめき声が漏れてきた。

「………このかみ殺したようなうめき声は…

 ハッ…

 まさか……

 真央の奴、真織さんの体で…(カァァァ)」

伊織はそう思いながら部屋の中の真織の姿を妄想したとたん、

見る見る顔が真っ赤になっていった。

そして、

バン!!

と勢いよくドアを開け、

「コラッ、真央っ!!

 …貴様

 …やってはいけないことを…

 ……あっあれ?」

と叫びながら伊織が見たものは、

「おっ、伊織かっ

 丁度良かった手伝ってくれ」

そう言いながらベッドの下の隙間に腕をつっこんでいる真織の姿だった。

「なにをやっているんですか?」

こめかみに手を置きながら伊織が訊ねると、

「いやっ、この中にチョロQが入っちゃってな…

 女の力じゃぁベッドは動かせないし、

 かといって手は届かないし、

 いやぁ、正直困っているところなんだよ」

と説明した。



「で、俺に何か用事か?」

伊織が手伝ってようやく取り出せたチョロQを転がしながら真織が訊ねると、

ポン!!

伊織は手をたたくと、

「あっそうそう、

 昼間のこと、いったいどういうつもりなんだ?」

と伊織は真織にミスコンテストのことを尋ねた。

「なにって?」

「ミス・コンテストのことだよ」

「あぁ、あれか…」

真織はそう返事をしながらネコのヌイグルミを抱くと、

「折角、こういう世界に来たんだし、

 それに俺、一度こういうのに出てみたかったんだ」

と悪びれることなく答えた。

「こういうのって…」

そう言いながら伊織が渋い顔をすると、

「それより、お前が言っていたパラレルって言う天使とは連絡が付いたのか?」

と真織が訊ねると、

「うっそれは…」

途端に伊織の旗色が悪くなる。

「つかないのか?」

「うんまぁね」

あの後、伊織は再三に渡ってヘアクリップを使った交信を試みていたのだが、

しかし、未だにパラレルとの連絡をついていないのが現状だった。

「とにかく頼むよ、そのパラレルとか言う天使が、

 おれ達が元の世界に戻る鍵を握っていると思うんだからさ」

と言う真織に、

「………」

伊織は何も言えなかった。



つづく





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