風祭文庫・天使の館






鏡の世界の伊織
(最終話:真織の元へ)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.234



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





「9回裏、点差は1点、ツーアウト、ランナーは1人、

 そして、バッターボックスに立つのはおれ…

 ここは一発逆転サヨナラホームランを打つたなきゃ

 男じゃないでしょう!!」

伊織はそう決意すると一路、瑞樹の家へと自転車を漕いで行く、

ギャッギャッギャッ!!

タイヤから黒煙を吹き上げながら自転車と止めると、

ドンドン!!

「おぉ〜ぃ、瑞樹っ、

 生きているかぁ

 起きているかぁ

 返事をしろっ」

と怒鳴りながら伊織は玄関のドアを叩いた。

程なくして、

カチャッ!!

玄関のドアが開くと、

「なっなに?、伊織?」

恐る恐る瑞樹が顔を出した。

その途端、

「瑞樹ぃっ、チャンスだ!!

 今すぐオニギリを握るんだ!!」

と鬼気迫る表情で伊織は叫ぶなり玄関の中に入ってきた。

「なっなに?、オニギリって…

 それに伊織…その格好で体育館から来たの?」

と瑞樹は伊織に背を向けると叫んだ。

そう、伊織は新体操部のレオタード姿のまま瑞樹の所に押し掛けていたのだった。

「えぇぃ、おれの格好なんてどうでもいいのっ

 瑞樹っチャンスだ、

 海老屋の婆さんが入院した!!」

と伊織が告げると、

「えっ?、海老屋のお婆さんが入院したの?

 じゃぁみんなのお弁当はどうなったの?

 あそこのお弁当って新体操部のゲンカツギなんでしょう?」

と今度は瑞樹が矢継ぎ早に質問をする。

「だからこそ、瑞樹とおれがオニギリ弁当を作って新しい伝説を作るんだよっ」

伊織は瑞樹に強く言う。

「そっそんな…」

「いいから…時間がないんだ!!」

伊織は戸惑う瑞樹をそのまま台所へと押し込んでいった。

「あれ?、今日家族の人たちは?」

家に瑞樹以外の気配がない事に気づいた伊織が訊ねると、

「あぁ…今日は用事があってみんな出かけているんだ」

と彼は説明をする。

「そうか、じゃぁ…邪魔は入らないな」

伊織はそう言うとレオタードの上にそのままエプロンを掛けると

早速準備に取りかかった。



「おいっ、お米をとぐときは愛情を込めるんだぞ」

「こらっ、洗剤は使うなっ」

「それから、炊飯器の水分量は手がヒタヒタになるくらいだ」

「ちゃんと愛情を込めるんだぞ」

伊織と共に作業をする瑞樹に彼女の注意が響く、

ブクブクブク…

やがて炊飯器から湯気と共に米が炊きあがる音がすると、

「ようしっ、しっかりと蒸らして出来上がりだ」

伊織はそう告げると、スグにオニギリを作る準備を始めた。

「瑞樹っ、スグに握るなっ少し冷ましてからにしろ」

伊織はテキパキを作業を進めていくと、その様子を見ながら、

「意外だなぁ、伊織がこんなにお料理が得意だったなんて」

瑞樹は伊織の手際の良さに目を丸くする。

「あぁ…(お前に)色々とやらされていたし、

 真織さんの所で勉強したからな」

とオニギリを握りながら瑞樹に言う、

「ねぇ真織さんってだれなの?」

「え?」

「以前にも伊織がそう呟いていたことがあったけど…

 友達なの?」

瑞樹はオニギリを握りながら伊織に尋ねた。

「………おれの憧れの人かな?」

ちょっと間をおいて伊織が答えると、

「ふぅぅん……その人って女の人だよね?」

「うんまぁね」

「じゃぁ…伊織の理想の異性ってどういう人?」

と瑞樹が再び訊ねる。

「え?、俺の理想の異性?……そっそれは…」

伊織が言葉に窮すると、

「あっ、そうか、伊織は早川クンとつき合っていたんだっけ、ゴメンね」

と瑞樹は謝ると別のオニギリを握り始める。

「……俺の理想の異性は…真織さんのはず…

 なのになんで、瑞樹の顔が浮かぶんだ?

 いつも俺をいじめるヤツなのに…」

伊織は俯きながらそう呟いていた。

「さてと…やっと出来上がったな」

テーブルの上に山と積まれたオニギリの山を満足そうに眺めて伊織が言うと、

「じゃぁスグに仕分けをしよう!!」

オニギリを2個ずつ、切り並べたアルミ箔の上に並べていった。

「おかずはタクアンのみだけど、まぁその辺は許して貰おうか…」

そう言いながらようやく準備が終わった頃は、

既に時計は11時を指していた。

「うわぁぁぁぁぁ!!

 時間がぁ!!」

時計を見て伊織が悲鳴を上げると、

「別に12時きっかりに持って行かなくても良いんでしょう?」

片づけをしながら瑞樹が言うと、

「ぶわぁっ…かも〜んっ!!

 12時前に全ての作業を終えなくてはならないんだ!!」

伊織はドアップになって瑞樹を叱りとばした。

「はっはいっ」

伊織の迫力に押されて瑞樹は怯んだ。



「よしっ、瑞樹っ、お前の自転車を出せ!!」

ドサッ

伊織はオニギリが潰れないように詰めた段ボールを玄関に運ぶと瑞樹に指示をした。

「え?なんで?」

瑞樹が聞き返すと、

「ふっ、残念ながらおれの自転車は逝ってしまった」

と言うと伊織は急ブレーキのためにタイヤが

大きくゆがんでしまった自分の自転車を指さした。

「ありゃりゃ…」

それを見た瑞樹は大急ぎで自転車を取りに行くと、

「ふぅ…N2超時空振動弾の炸裂まで1時間無いか…

 間に合うかなぁ…」

伊織は思わず弱音を吐いたが、

「えぇぃ、やれるだけのことはやらなくっちゃ」

と気合いを入れると、

瑞樹が出してきた自転車の荷台に段ボールを乗せた。

そして、瑞樹の家を出たとたん。

ガラガラガラガラ!!

大音響の雷鳴が轟くと、

強烈な閃光と共に

ドカァァァン!!

伊織達のスグ傍にカミナリが落ちた。

「うわぁぁぁ!!」

突然のことに目を瞑り、耳を塞ぐ二人…

「なっ」

「え?」

「あらぁ?…」

恐る恐る伊織が目を開けると、

なんと、彼女のスグ目の前に、

伊織(男)の姿をしたパラレルと、

瑞樹(女)が立っていた。

「そんな…いきなり人が…」

瑞樹(男)は腰を抜かして震える手で二人を指さす。

「みっ瑞樹か?」

伊織(男=パラレル)と瑞樹(女)を姿を見た伊織は思わず駆け寄った。

「あれ?、ここウチの前じゃないの?

 え?

 伊織?……」

恐る恐る瑞樹(女)が訊ねると、

ガバッ!!

伊織は瑞樹(女)に抱きついた。

「逢いたかったよぉ、瑞樹ぃ」

「伊織ぃ…」

きつく抱きしめある二人…

「あのぅ…再開を喜ぶのは良いのですが…時間がぁ」

伊織(男=パラレル)が口を挟むと、

「え?、おれを助けに来たんじゃぁないの?」

っと伊織は訊ねると、

「それがどうもこの状況から推測すると、

 あたしたちもこっちに落ちてきたみたいだな…」

瑞樹(女)は頭をかきながら答えた。

「はぁ?」

「すでから…わたくし達の命運もイオちゃんの働きに掛かっているのですわぁ」

と伊織(男=パラレル)は伊織に告げた。

「……世の中都合よくは行かないんだな…」

伊織はそう呟きながら時計を見た途端、

「あぁ!!、時間がぁ!!」

と声を張り上げた。

「ぱっぱっパラレルっ、体育館に一気に飛ぶ何かいい方法はないのか?」

伊織が伊織(男=パラレル)にアップで迫ると、

「あぁ…それでしたら良い物がありますわぁ」

と言いながら伊織(男=パラレル)がある物を指をさした。



ブゥゥゥゥ…

「なるほど、循環バスか…」

市内を巡る循環バスの車内に4人の姿があった。

「はい、これでしたら約10分で体育館につきますわ」

と伊織(男=パラレル)は言う。

「ねぇねぇ…」

瑞樹(男)が伊織のわき腹をつつくと

「この方たち誰?

 伊織の知り合い?」

と聞いてきた。

「えっえぇっと…」

伊織がその答えに窮すると、

「わたくしは伊織でこちらは瑞樹さんですわぁ」

と伊織(男=パラレル)が説明をした。

「はぁ?」

瑞樹(男)が首をかしげると、

「瑞樹っ、世の中には人類の科学力では解明できないこともあるんだよ

 とにかく今のお前は芹沢さんの答えを聞くことに専念しろ」

と伊織は彼に告げた。



「おっそいなぁ…」

体育館の前ではシリアルが伊織が帰ってくるのを待ちわびていた。

「やっぱり、ぼくも一緒についていけば良かったかなぁ…」

と呟いていると、

程なくして目の前のバス停に循環バスが止まると、

4人がバスから降りてきた。

「はぁ、やっと来たか…

 げっ!!

 パラレルに瑞樹じゃないか…

 なんで?」

シリアルは驚くと、

体育館へと駆け込む3人に対して

「あらぁ、シリアルぅ、お元気でしたか?」

とシリアルに気づいた伊織(男=パラレル)が声をかけてきた。

「パラレル…これは一体どういうこと?」

シリアルが駆け寄ると、

「はぁ、それがどうも、

 わたくしたちもこちらに飛ばされてしまったみたいでぇ」

とパラレルは答える。

「そんな事言ったって…

 もぅ時間がないよ!!」

シリアルが叫ぶと、

「こうなったら、お互い腹をくくりましょうか?」

とパラレルは相変わらず暢気に構えていた。



「お待たせぇ…」

そう叫びながら伊織は天ヶ丘高新体操部の面々の前に、

オニギリ弁当が詰まった段ボール箱を置いた。

そして、それを見た部員達が、

「え?、なに、まさか進藤さんが作ったの?」

驚きながら訊ねると、

「まぁねっ、海老屋のお婆ちゃんと比べると

 味はちょっと落ちるかも知れないけど、

 あたしと笹島君とで作ったんですよぉ」

と説明をする。

「全く…それだったら一言言ってくれれば、

 みんなで作ったのに…」

そう言いながらも部員達は次々と段ボール箱に手を突っ込むと、

伊織達が作った弁当を手にしていった。

「てへへへ…」

照れ笑いしながら伊織が頭をかいていると、

「あれ?、芹沢さんは?」

と芹沢の姿がないことに気づいた。

「あぁ、キャプテンなら外…

 精神統一をしているはずよ…

 …美味しいねコレ…」

と部員の一人がオニギリを頬張りながら答える。

――そうか…

伊織の目が光る。

そして段ボール箱から弁当を一つ取ると、

「おいっ、瑞樹っ、

 コレを芹沢さんに渡してこい!!」

と言うと瑞樹の手に渡した。

「ぼっ僕がですか?」

驚いた瑞樹が声を上げると、

「いいから、コレを持って行け!!

 これは、おれからの最後の命令だ!!」

と凄んだ。

「そっ、そんなこと言われても…」

伊織(男)が臆すると、

「あぁもぅ、焦れったいなぁ!!」

傍で成り行きを見ていた瑞樹(女)が声を上げた。

「え?

「あのなっ、女の子って言うのは…

 不安なときに励まされると凄く嬉しいものなんだ、

 お前がいま励ましてあげなければ誰が励ましてあげるだ!!」

と怒鳴った。

一瞬、瑞樹(男)はキョトンとすると、

「……変ですね…なんだが自分に励まされたみたいだ」

とオニギリ弁当を眺めながらそう呟くと、

「ありがとう、お陰で勇気が湧いてきました、では行ってきます」

そう言い残して芹沢の所に向かって行った。

「……全く…

 ところで、伊織…彼は一体誰なんだ?

 なんかあたしと同じ名前みたいだったけど」

っと瑞樹(女)は伊織に尋ねた。



さぁ……

一陣の風が吹き抜ける中、芹沢は静かに座禅を組むと精神統一をしている。

ガサッ

オニギリ弁当を包んでいるアルミ箔の音がすると、

「笹島か…」

芹沢はうっすらと目を開けるとそう言った。

「……うっうん、

 あっあのぅ、

 お弁当を持って来たんだけど…

 ココに置いておきますね」

瑞樹(男)はそう言うとオニギリ弁当を笹島の傍に置き、

「試合頑張ってください…応援していますから」

と言葉を掛けて立ち去ろうとしたとき、

「笹島は食べないのか?」

と話しかけてきた。

「え?」

瑞樹(男)は立ち止まると、

「試合前だからな、あんまり食べると動きが鈍くなる」

と芹沢は一つのオニギリを口に運ぶと残りを瑞樹(男)に差し出した。

「………頂きます」

瑞樹(男)は彼女の隣に座ると、

オニギリを食べ始めた。



「何か良い雰囲気だな…」

二人の様子をのぞき見ている瑞樹(女)が伊織に言うと、

「うん、そうみたいだね」

と伊織は答える。

「それにしても驚いたわ…

 彼がこの世界のあたしで、

 隣の女の人が芹沢君だったなんて…」

瑞樹(女)は二人の素性を知った感想を言うと、

「それだけではないよ、

 真織さんもひっくり返しになっていたよ」

と伊織は瑞樹(女)に説明をした。

「はぁぁぁ…想像が出来ない…」

瑞樹(女)が感心しながら言うと、

「あっ、伊織…10分前だ!!」

っと瑞樹(女)が伊織に告げた。

「よしっ、雰囲気もいいし…」

そう言って伊織が腰を上げると二人に近づいて行った。

「あっ、いたいた、

 芹沢さんに瑞樹っ、

 悪いけどちょっと手を見せてくれます?」

と伊織は二人に声を掛けると、

「え?なに?」

「別にいいけど…」

と芹沢と瑞樹はそう言うと伊織に手を見せた。

シュルン!!

素早く伊織は二人の手から”赤い糸”を引き出すと、

「あっ、ありがとうございました。

 芹沢さんっ、試合頑張ってくださいねっ

 応援してますよっ

 瑞樹っ、

 初心貫徹!!、頑張れよっ」

と言うとスグに瑞樹(女)の元へと引き返して来た。

「何してたんだ?」

不思議そうに訊ねる瑞樹(女)に

「ふふふ、あの二人の”赤い糸”を引っ張ってきたのさ」

と言って瑞樹(女)に糸を見せたが、

「え?、何処にあるの?」

と瑞樹(女)は首を傾げた。

「…そうか、ふつうの人間には見えないんだっけ…」

伊織は一人で納得していると、

「今度は大丈夫だね」

「はぁ…みんなで帰れますわね」

と言いながら、シリアル・パラレルが伊織の傍に寄ってきた。



「ようしっ、では俺達の世界にいざ帰還せん!!」


伊織はそう叫ぶと

キュッ!!

糸を結んだ。

ゴクリ…

二人と一匹の視線もそこに集まる。

キーン!!

糸は音を奏でると

パァァァァァ!!

と七色に輝き始めた。

「今度こそ!!」

伊織が思わず乗り出す。

が、

パキン!!

前回と同じように結ばれた糸が砕け散ると四散し消滅していった。

「…………なんで…なんでだようっ!!」

それを見た伊織は思いっきり声を上げた。

と、そのとき、

「やはり、無理であったか…」

と告げながら、

ファサッ!!

伊織達の前に一人の人影が降り立った。

「え?」

「あっ!!」

「アーリィさま」

人影を見てパラレルが声を上げる。

そう、伊織達の前に姿を現したのは、

白銀の翼を持つ、天使・アーリィ・ウィングだった。

「パラレル・リンク…

 実は3時間ほど前に、

 天界のイグドラシル・システム・MAKIに何者かが侵入し、

 そして、その結果、

 MAKIは緊急停止させられた。

 そのために、本日12:00に行われるはずだった、

 N2超時空振動弾を使用しての切り離し作業は18:00に延期された」

と降り立った天使・アーリィはパラレルに告げると、

それを聞いたパラレルは、

「良かったですわぁ…

 チャンスはもぅ一度ありますわぁ

 今度こそ大丈夫ですわぁ」

と伊織の手を取って喜んだ。

そんなパラレルの様子をアーリィは顔色一つ変えないで、

「オホン!!

 さて、私はそれを言うためだけにここに来たのではない」

と告げると、

「パラレル・リンク!!

 この世界は私の管轄だぞ、

 自分の持ち場を離れてお前はココで何をしている!!」

とアーリィはパラレルを睨み付けるようにして言うと、

スゥッ

っと右手に持った錫杖を掲げた。

そしてそれを左から右へと振った途端、

「アレ?!!」

と言う声を残してパラレルの姿はフッと消えた。

さらに消えたのはパラレルだけではなかった。

「え?」

「あっ!!」

瑞樹(女)とシリアルの姿も次々と消えていった。

「ぱっパラレル、シリアル、瑞樹!!」

伊織が叫ぶと、

「さて、イオ・リンク…」

アーリィはそう言いながら伊織を見据えた。

「パラレル達はどうなったんだ!!」

身構えながら伊織が訊ねると、

「あの者達は本来の世界に強制送還した」

とアーリィは伊織に答えた。

「え?、本来の世界?」

意外な答えに伊織がキョトンとすると、

「さて、お前には一つ聞きたいことがある」

フッ

そう言うとアーリィは伊織のスグ前に姿を現した。

「聞きたいこと?」

伊織が復唱すると、

「昨日、お前は女神より”恋の種”を授かったはずだが、

 何故それを使わなかったのだ?」

とアーリィは尋ねた。

「……何故って…

 それは…

 本当の恋じゃないから…

 おれ…瑞樹と芹沢さんを信じていたから、

 そんな種、使っちゃぁ行けないと思ったから…」

そう伊織が答えると、

「なるほど…」

アーリィはそう返事をすると口元が緩んだ、

「大した奴だな、お前は、

 まったく、パラレルにはもったいないくらいだ」

と言うと、続けて

「イオ・リンク、縁結びをしようとするのはいいが、

 今のお前にはここにいるすべての者の糸が

 どうなっているのか見えるのか?」

と尋ねた。

「すべての者の糸?」

伊織が聞き返すと、

「そうだ、縁結びをする者は、いまここにどれだけの糸があり、

 そして、それらの糸がどういう状態なのか見えなければ無理なのだ」

と説明をする。

「状態?」

「糸はその者の心を写し出す鏡である。

 故に、赤い糸が綺麗に結ぶ恋は時間をかけて、

 お互いの心の壁を取り去り、

 そして相手を本当に必要としたときにしか結ぶことが出来ない…

 どだい、3日間で結ぶというの無理な話なのだ」

と言うと、

フォン…

アーリィの腕の中に

伊織の部屋に置いてあったはずの真織のヌイグルミが姿を現した。

「あっ、それは…」

ヌイグルミを見て伊織が声を上げると、

「3日間とは言えよく頑張ったな、

 お前に縁結びを…とパラレルに提案したのはこの私だ、

 天使に変わって仕事をするお前の技量を是非見たかったからな。

 さて、このヌイグルミにはお前を想う者のエナジーが詰まっている。

 故にお前を追ってこの世界にやってきた」

そう言いながらアーリィはヌイグルミを伊織に手渡し、

「縁結びによる一発逆転劇は残念ながら無理だったが、

 しかし、そのヌイグルミのエナジーをシードに注入すればお前は元の世界に帰れる。

 想うのだ、お前がいま一番支えてあげたい相手のことを…」

とアーリィは伊織に告げた。

「おれが一番支えてあげたいひと…」

伊織はそう呟くと、

「天使の仕事はその人のために何かをしてあげたい…

 そう言う純粋な気持ちがあって始めて成し遂げる事が出来る。

 これはある意味、お前のもう一つの試練と思えばいい…」

アーリィにそう告げられた伊織は、

ギュッ!!

とヌイグルミを抱きしめると、

「逢いたい…真織さんに…真織さんをそしてみんなを包んであげたい」

と強く念じた。

すると、

フワァァァァァ…

ヌイグルミからオーラが吹き上がり始めると、

見る見る伊織の体が包まれた。

そして、

オーラが小刻みに震えた、と思った途端。

シュバッ!!

伊織の身体から光の玉が飛び出すと、

一直線に空を覆う雲の中へと消えていった。

「追試合格!!

 がんばるんだぞっ」

それを見つめながらアーリィはそっと呟いた。



「あっあれぇ…あたし…

 えっ…なっ何?、この恰好!!」

光が飛び去ったあと突然伊織は声を上げると戸惑った。

「…進藤伊織だな…私が判るか?」

伊織の前に立つとアーリィは優しく声をかけた。

「あっあなた様は…」

「そうだ、夢の中でお前に会ったアーリィ・ウイングだ」

そうアーリィは伊織に自己紹介をした。



パンパン!!

「神様…

 どうか、伊織ちゃんの試練が終わって、

 あたしの所に帰ってきますように…」

夕暮れの早川神社で真織が祈っていると、

サワッ

一陣の風が真織を吹き抜けていった。

「え?」

思わず振り返ると、

「えへ…ただいま…」

特大のネコのヌイグルミを抱いた伊織が真織の後方狛犬の横に立っていた。

「伊織ちゃん…」

伊織の姿を見た真織はひとこと呟くと、

「伊織ちゃぁ〜ん!!」

と叫びながら駆け出すと、

ヒシッ!!

っと伊織に抱きついた。

ボトっ!!

伊織の手から落ちたヌイグルミが地面の上に落ちる。

「伊織ちゃんのバカァ

 もぅ…心配したんだからっ」

泣きじゃくる真織に伊織は一言、

「ごめんね」

と囁きながら真織の頭を撫でた。

すると、

「うぉっほん!!」

咳払いの声がすると、守衛が社務所の前に立ち、

「終わったのか?」

と伊織に聞いてきた。

「はいっ」

伊織は自信のある返事をすると、

「そうか、それは良かった…」

と言いながら空を見上げ、

そして、顔を下ろすと、

「ところで伊織君、

 いつまでもその恰好をしていると風邪を引くよ」

と告げた。

「あっ!!」

そう、伊織は新体操部のレオタード姿のままだったのだ。

「まぁ良いモノを見せて貰ったわいっ、ははは…」

そう笑いながら母屋へと歩いていく守衛に幸せの風が吹く…



3・2・1…ビィー!!

「N2超時空振動弾、発射!!」

天界の時空間管理局で黒髪の女神の声が響くのと同時に、

ピッ!

発射ポイントに到達していた重爆撃機に搭乗しているロボットは

N2超時空振動弾を積載したドリルミサイルの発射スイッチを押した。

すると、

シュパァァァン…

ドリルミサイルは白い尾を延ばしながら爆撃機より亜空間へと踊りだすと、

UC457LD298 と RL338PMQ248 の間に設定されたポイントへと一直線に突き進んでいった。

そして、そのポイント上に存在するすべての元凶・特異点にドリルミサイルが突き刺さるのと同時に、

パァァァン!!

ドッゴォォォォン!!

球体状の衝撃波を発して特異点を引き裂き、

二つの世界を激しく揺さぶった。

ビシビシビシ!!

見る見る絡み合っていた腕が千切れ落ち、

ギギギギギ…

ゴゴゴゴゴゴ…

きしみむ音を上げながら絡み合っていた二つの世界はゆっくりと離れ始めていった。

「やった、成功だ!!」

喜びに湧く発令所、

一方、伊織は、

ズドォォォォォン!!

天空を揺るがす轟音を聞きながら、

「天使の仕事って…

 思っていたよりもずっと難しかったんだな…」

っと強制送還されたシリアルに呟いた。

「まぁねっ、でも伊織は頑張ったと思うよ」

シリアルはそう言うと、

「うん…でも…あの二人の糸を最後まできちんと結びたかったなぁ…」

と伊織は言うと、

 さよなら…もぅ一人の瑞樹、

 さよなら鏡の世界のみんな…」

見る見る空を覆っていた雲が消え、

夕日が射し込い始めた空を眺めながら、

伊織は心の中で叫んだ。



おわり



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