風祭文庫・天使の館






鏡の世界の伊織
(第5話:プロジェクト縁結び)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.233



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





「はぁ、ついに48時間を切ったか…」

翌日の昼、屋上でシリアルが空をそう呟くと、

ゴロゴロゴロ…

相変わらず天ヶ丘高校の天空には黒雲が渦巻いており、

所々で稲光が明滅していた。

しかし、伊織は昨日のような切迫さはなくどこか余裕がある様子だった。

「伊織っ、大丈夫なのか?」

振り返りながらシリアルが訊ねると、

「ど〜んとうぉ〜りぃ〜っ!!」

と言いながら空を眺めている。

「どういう奥の手があるのかは知らないけど、

 大丈夫なんだろうねぇ」

やや不安そうにシリアルが再度訊ねると、

「ふふんっ、虎穴に入らずんば虎児を得ず…」

伊織はそう言い残すと教室へと戻っていった。

「はぁ、虎穴?」

――何を始める気なんだ一体…

シリアルは不安そうに伊織の後ろ姿を眺めていた。



「てへへ…ども、こんにちわ…」

放課後、伊織は瑞樹の手を引いて再び新体操部に顔を出した。

大会が間近に迫っているだけにみな緊張した面もちになっていたが、

「あら…ついに決心してくれた?」

手具を持ちながら半ばトレードマークとなっているレオタード姿の芹沢秀美が

にこやかに伊織に近寄ってくると、

「えぇまぁ…芹沢さんみたいにスタイルが良くなればなぁ…

 なんて思ったりもしてましてね」

とやや照れながら伊織が答えた。

「うふっ、そう?」

芹沢もつられて照れ笑いをすると、

「でも、嬉しい…進藤さんがやっと決心してくれたなんて…」

と言いながら芹沢は伊織に近寄るとギュッと抱きしめた。

フッ…

レオタード越しに香ってくる彼女の汗の香りと、

クニッ…

と言う胸の膨らみが伊織を刺激する。

――おっ男の身体だったら、

  メチャ嬉しいシチュエーションなんだけど、

  この状況でコレってことは、

  まっまさか…こっちの芹沢ってその気がある奴なのか?…」

などと考えるうちに伊織の額に一筋の冷や汗が流れた。

そして、

「あっあのぅ…」

と伊織は顔を赤くしながら声を掛けると、

「あっあぁ、ゴメンね嬉しくってつい…」

そう言いながら芹沢は慌てて伊織から離れると、

「じゃぁ早速、部員登録してくれる?」

と言いながら1年の部員に部員名簿を持ってこさせた。

「あっ、それで、実は一つだけお願いがあるんだけど…」

頃合いを見計らって伊織が芹沢にある提案すると、

「なぁに?」

ページをめくりながら芹沢が尋ねた。

「あのぅ…瑞樹…

 いや、笹島瑞樹を新体操部のマネージャとして

 採用していただけませんか?」

と伊織は芹沢に告げた。

「え?」

芹沢が声を上げる前に、

「えぇ!!」

それを聞いていた瑞樹が先に声を上げた。

「いっ伊織…いきなり何を言うんだ!!」

慌てふためいた瑞樹が伊織に食ってかかると、

「ふふん、虎穴に入らずんば、虎児を得ず…」

昨日守衛に言われた台詞を伊織は改めて瑞樹に言うと、

「相手の懐に飛び込まなくっちゃだけだよ瑞樹君!!」

と瑞樹の方を叩きながら伊織は言う。

「そんなこと言ったって…」

困惑しながら瑞樹が芹沢を見ると、

「何をたくらんでいるのかは知らないけど

 まぁ…丁度男手が欲しかったし…

 仕方がないわねぇ…いいわ…」

芹沢は瑞樹のマネージャー入りをあっさりと認めた。

「えっ本当ですか?」

伊織が聞き返すと、

「その代わり、進藤さんには

 この次の大会に出られるように頑張って貰いますから…」

とにこやかに微笑んだ。

そして、伊織が部員名簿に名前を書くのを見届けると、

「じゃぁ早速、着替えてくれる?」

と伊織に言う。

「え?…着替えて?」

書き終わった伊織が顔を上げると、

「だって、その制服のままでは練習できないでしょう?」

「まぁそれはそうですが…で、着替えるってまさか…」

伊織は芹沢のレオタードを指さして訊ねると、

コクン…

芹沢は静かに頷いた。



「…で、こうなるワケか…」

約十分後…芹沢と同じレオタード姿になった伊織が体育館に居た。

「へぇぇぇ…進藤さんって着ぶくれするタイプだったのね」

芹沢は感心しながら伊織のレオタード姿を眺めると、

「そんなにスタイルが良いのだから、もっと自信を持ちなさいよ」

とアドバイスをする。

「はぁ…」

しかし、伊織は文字通り自分のスタイルを誤魔化す物が何もない。

と言うレオタード独特の無防備状態に戸惑っていた。

「はぅぅぅぅ…恥ずかしいよぉ…」

と伊織が自分のレオタード姿に頬を赤く染めていると、

「さて、進藤さんにはまず基礎となる柔軟運動と、

 手具の取り扱い方法から始めて貰いましょうか」

と芹沢は伊織に言うと、

基礎練習をしている1年生達に

伊織に柔軟運動の方法を教えて上げるようにと指示をした。

そして、そのころから体育館にギャラリーが増え始めた。

ザワザワ…

「おい、なんだ?、なにか面白い物でもあるのか?」

男子生徒が次々と集まってくると、

「へぇ…アイツって2年の進藤だろう?」

「新体操部に入ったんか?」

「でも、結構スタイル良いなぁ…」

「うん、芹沢さんも結構人気が高かったけど、

 こうしてみるとなかなか良いじゃないか?」

などと、たちまち体育館は伊織の即席品評会と化す。

そんなギャラリー達の声に、

――ピクッ!!

1年生に混じって練習を始めていた伊織のガマンが限界を越すと、

「くぉらっ、お前等っ見せモンじゃねぇーぞ!!」

と思いっきり怒鳴った。

しかし、

「いーじゃねぇーかよ、別に減るもんじゃねぇ−し」

と言う返事がすかさず返ってくる。

「ぬわにぉ!!」

なおも食ってかかろうとする伊織に芹沢は、

「進藤さん…無視無視…」

と言うと彼女はリボンを片手にギャラリー達の存在は無いがのごとく舞い始めた。

「おぉぉぉぉぉ…」

彼女の舞を眺めながらギャラリーの間からため息が上がる。

「……年期というヤツかねぇ…

 まぁ、あっちの世界の芹沢も、

 どっちかと言えば女子の声援には無頓着だったから…

 …だからあんな男女の瑞樹なんぞに告白と言う間違いを犯すんだよなぁ」

と呟いていると、

「あれ?、そう言えばこっちの瑞樹は何処に消えた?」

そう言いながら伊織がキョロキョロすると、

体育館の隅でジャージに姿になって、

せっせと支度やら、片付けをしている瑞樹の姿が目に入った。

「…芹沢のヤツは表向きは大会大会って言っているけど、

 その本心はシリアルが言ったとおり瑞樹を相当意識しているはずだ…

 こうして、懐に飛び込んで瑞樹を傍に居させれば必ずチャンスはある!!」

伊織はそう呟くとグッと握り拳に力を入れた。

しかし、伊織の期待とは裏腹に、

芹沢と瑞樹は幾度も接近はしたものの、

会話に至ることなく、その日の部活は呆気なく終わってしまった。



「おいっ」

練習後、制服に着替え終わった伊織は、

体育館を手具の手入れをしている瑞樹を見つけると話しかけた。

「なに…伊織さん?」

嬉しそうに瑞樹が見上げると、

「おれが見ていないところで少しは進んだのか?」

と尋ねた。

「なにが?」

瑞樹が聞き返すと、

「…バカッ、芹沢との関係だよ!!」

伊織は小声で怒鳴る。

「…あっそのこと…

 うん、僕も色々考えたんだけど、

 大会が終わるまで、そっとしておこうかと思って…」

瑞樹はそう言いながら手入れが終わった手具を片づけ始める。

「ばっばかやろう、それじゃぁ遅いんだよ!!」

「はぁ?、遅いってなにが?」

「とっとにかくだ、明日中に芹沢さんとの間を進めろ…

 一歩でも良いから彼女から好意的なメッセージを貰えるようにしろ。

 これはおれからの命令だぞ、

 もしも出来なければ一生恨むからな!!」

伊織がそう言い放つと、

「そんなぁ…」

瑞樹は困惑した顔をしていた。



翌朝…

「あ〜ぁ、もぅ30時間切っちゃったよ…

 本当に大丈夫なの?」

目覚めたシリアルが伊織に訊ねると、

「大丈夫っ、絶対大丈夫だよ、真織さん」

真織のヌイグルミをギュッと抱きしめて伊織は呟き続けていた。

「はぁぁぁ、本当にうまくいけばいいけど…

 ところで、伊織、新体操部に入ったのはいいけど、

 あんまり初期設定をいじらない方が良いよ」

とシリアルは伊織を横目で見ながら言う。

「初期設定?」

伊織が聞き返すと、

「うん、現在伊織がこの世界で許されている干渉は、縁結びのみ、

 それ以外の設定を弄るとそれが”柵”になって君を束縛することになる」

とシリアルは伊織に告げた。

「柵?」

思わず伊織が聞き返すと、

「そう、判っていると思うけど、

 この世界における伊織の立場はあくまでゲストなんだ。

 そのゲストがそこで生きている人の運命に直接手を触れる事をすると、

 それが柵となってイザと言うときに引き揚げられられなくなる」

とシリアルは説明する。

「運命って…おれ、そんなコトしたっけ?」

伊織が聞き返すと、

「新体操部への入部…

 これだけでも立派な運命への干渉だよ」

そうシリアルは指摘した。

「パラレルを見て見ろよ…

 あぁみえても実は伊織の運命には触っていないよ」

「え?、そうだっけ?」

シリアルにそう言われて伊織はこれまでのパラレルの行動を思い返してみたが、

確かに、パラレルは伊織の運命を左右する選択はしてはいなかった。

「…本当だ…」

「天界の決まりでね、

 天使はあくまで助言をするまでで、

 運命の選択はその本人の自由意志に任せているんだ。

 とは言っても今の伊織の状況は、

 ココの伊織の上に伊織が乗っかっていると言う本来あり得ない状況だから、

 まぁ、その辺、天界は考慮すると思うけど、

 でも、注意はした方が良い…」

そうシリアルが言い終わると、

「………しかし、いまのおれには選択をしている時間はない…」

と伊織は呟くと制服に着替え始めた。



土曜日は授業が午前中で終わるので、午後はまるまる部活の時間となったが、

いよいよ大会を明日に控え、

芹沢達にアドバイスをするコーチ共々練習に熱が帯びてきた。

しかし、2年とはいえ、

まだ入部したばかりの伊織は実質上1年生と同じ扱いで、

芹沢たちの邪魔にならないように隅で柔軟運動を繰り返していた。

「いた…いたた…」

「あっあのぅ…もうちょっと優しくしてくれませんか?」

開脚運動に伊織が悲鳴をあげると、

「あのぅ…これくらいは普通ですよ」

とペアを組んでいる1年生の部員は伊織に言う、

「でっでもね…」

「いたたた」

そう言いながらも伊織は悲鳴をあげる。

休憩時間、

「あぁ…痛かった…」

伊織は体育館の外に出ると痛む関節を庇いながら空を眺めた。

ゴロゴロゴロ…

相変わらず雷鳴がとどろく、

「はぁ…明日か…」

伊織がため息をついていると、

「あ〜ぁ、見ちゃいられないねぇ…」

「え゛?」

突然の声に伊織が慌てて隣を見ると、

いつの間にか伊織のスグ傍に褐色の肌と銀色の髪を棚引かせた女性が立っていた。

「うわぁ…綺麗な人だぁ…」

思わず見とれていると、

「…あなたがイオ・リンクね…」

女性は伊織を一目見るとそう呟く、

ザザ…

女性から天使名を呼ばれた伊織は十歩ほどの間合いを取ると、

「あっあなたも天使なのですか?」

と尋ねた。

「うふっ、天使ですってぇ…」

女性は口元に笑みを浮かべると、

スゥ…

っと片手を上げた。

その途端、

「あっこれはこれは…」

そう言いながらシリアルが飛び出してきた。

「シリアルの知り合いなの?」

伊織が訊ねると、

「…天界のお偉いさんだよ…」

っとシリアルは伊織に忠告をした。

「え?」

驚いた伊織が振り向くと、

「まぁ、いいわ、どうせお忍びだし」

彼女はそう言いながら腕を下ろした。

「?」

伊織が合点の行かない表情をすると、

「さて、そこのキミ…大分お困りのように見受けたけど…」

そう言いながら彼女は小さな種をつまむと自分の目の高さに持って行き、

「…実はここに”恋の種”と言う、

 飲んだら燃えるような恋をするクスリがあるんだけど、

 いかが?」

と種の説明をすると伊織に勧めてきた。

「恋の種?」

「そう、効き目は抜群よ」

彼女は楽しそうに言う、

「あっ、ドーピングはいけませんよ」

シリアルが声をあげると、

「別に”ドーピングをしていけません。”なんて決まりはないわ」

そう彼女が反論すると、

「どう、これなら一発でキミはもとの世界に帰れるわよ」

と言いながら伊織を見つめた。

「伊織…」

心配そうにシリアルは伊織を見上げる。

「あっあれがあれば帰れる…」

伊織はそう呟いたが、

しかし、真織の顔を思い浮かべたとたん。

「おっお気遣いありがとうございます。

 でっでも、おれは自分の力で帰ります」

と答えると、

「あらまぁ、もったいない。

 ふっ

 でも、その意気込み気に入ったわっ」

と言うと、

ホイッ!!

と言って種を伊織に向かって放り投げた。

ワッワッワッ

慌てて伊織がそれを受け止めると、

「試供品よ、あげるわ、

 まっ頑張ってみる事だね」

そういい残すと彼女は姿を消した。

そして、その日の部活も芹沢と瑞樹の間には、

依然何も進展は見られなかった。

無論、伊織は芹沢と伊織が二人っきりになるチャンスを、

幾度も設定したものの、

しかし、明日の大会のことで頭がいっぱいの芹沢には、

瑞樹を異性として意識するのは不可能な話だった。



ついに運命の日曜の朝が来た。

「はぁ…もぅ6時間しかないよぉ…」

依然黒雲に覆われたままの空を見上げながらシリアルが呟くと、

「大丈夫っ、ずぇーったいっ大丈夫だよ、真織さんっ」

ヌイグルミを抱きしめている伊織の表情は引きつっていた。

「はぁぁ…

 どっちにしろ今日の昼には審判が下りるわけだ。」

ピクピクと引きつっている伊織を横目で見ながらシリアルはそう呟くと、

「パラレル…今頃何をやっているのかなぁ?」

と窓から空を見上げた。

ゴロゴロゴロ…

思い出したように雷鳴がとどろくと、雲が発光する。



「ちょっとぉ…パラレル、もぅ日曜だけど大丈夫なの?」

日曜日の朝、

いまだに戻ってくる兆しを見せない伊織の様子にシビレを切らせた瑞樹は、

伊織(=パラレル)を近くの公園に呼び出すと問いただしていた。

「そうですわねぇ…シリアルからの作業完了の報告も未だ来ませんし…」

人の目がないのでパラレルは本性丸出しでそう受け答えをすると、

「何か、てこずっているのかも知れないし…

 ねぇ、パラレルっ

 その天界で管理をしている神様に直談判できないの?」

あれこれ考えながら瑞樹はパラレルに訊ねる。

「直談判してどうするのですかぁ?」

そう言うパラレルに、

「その…何とか爆弾とか言うヤツを落とすのを、

 伊織が帰ってきてからにしてもらうのよ」

「それを言うなら”N2超時空振動弾”ですわぁ…」

「わっ判っているわよっ!!」

パラレルの指摘に瑞樹は顔を赤らめて声をあげると、

「でもぉ…それは出来ない相談ですわぁ」

とパラレルは答えた。

「なんで?」

「天界の決定は絶対ですし、

 それに投下が遅れると今以上に状況が悪化しますわぁ」

と言いながらパラレルは空を指差す。

ゴロゴロゴロ!!

空の様子は日を追うごとに悪化し、

昨夜はついに、雲間の向こうに街の明かりが見えた。

と言う騒ぎも起きていた。

「でっでも…このまま何もしないと言うのは…」

瑞樹は”伊織のピンチに自分が何も出来ない。”

というもどかしさを表情に出していると、

それを悟ったパラレルは、

「判りましたわぁ、とりあえず話だだけはしてみましょう」

と言うと、例の黒電話の受話器のような携帯電話を取り出した。

「ありがとうパラレル…」

瑞樹はそういうとパラレルに手を合わせた。

「あのぅ、それってちょっと違うのですが…」

額に2・3粒汗を浮かびあがらせながら、

パラレルが携帯電話のスイッチを入れると、

ジィー…カシャっ!!

電話のパラボラアンテナが開き、回転を始めた。

「えぇ…と何番だったけかな?」

ジィーコ、ジィーコ…

っとパラレルがダイヤルを回すのを見た瑞樹は、

「…最先端のように見える割には意外と古風なのね」

感心しながらパラレルの携帯電話を指差すと。

「えぇ?、そうですかぁ?

 人間界にもダイヤルがついている携帯電話はありますけどぉ」

パラレルがそう反論すると、

「あぁ、あのダイヤルは番号を回すための物じゃなくて、

 電話帳を表示したりするためのものよ」

と瑞樹が答えるが、

「……あらぁ?…ここもダメですわねぇ

 おかしいですわぁ…

 こうなったら繋がる回線を片っ端から調べてみましょう」

なかなか繋がらない電話を見ながらパラレルはそう呟くと、

クリスタルのような棒を取り出した。

「なにそれ?」

怪訝そうに瑞樹が訊ねると、

「あぁ、これですかぁ?

 これはですねぇ…

 魔法の棒ですわぁ」

と棒を指さしながらあっけらかんとパラレルは答えた。

「魔法の棒?」

如何わしい物を見るような目で瑞樹がそれを見ると、

スッ

パラレルは受話器の端に空いている穴にそれを差し込んだ。

そのとたん空中にスクリーンが広がると、

シャシャシャ…

瑞樹にとっては見たことのない文字が次々と現れ、

程なくして、

ポン!!

パラレル似の一人の小天使が電話の上に姿をあらわした。

「だれ?」

――うわっ、ちっちゃいパラレル…

そう思いながら瑞樹が訊ねると、

「ナビケーションのエドちゃんですわぁ」

とパラレルは小天使の紹介をした。

「あのぅ、エドちゃん、

 この電話を時空間管理局長さんの所につないでほしいんだけどぉ」

とパラレルはエドに告げると、

『あいっ!!』

エドはそう返事をすると右手の親指と人差し指で○を作りたちまち姿を消した。

「?」

不思議そうに瑞樹が眺めると、

再び画面に大量の文字が表示されていく。

「なっなにしてんの?」

「いま、エドちゃんに天界の電話番号を調べてもらっていますわぁ」

とパラレルは答えた。



そのころ天界では、

「N2超時空振動弾の発射まであと3時間…」

と言う声が、時空間管理局・発令所内に響き渡った。

「調整は終わっている?」

黒髪の女神が作業班に訊ねると、

「…1時間前には終了します」

と言う返事が返ってきた。

「2時間前には仕上げて…」

その返事に女神はそう言う指示を出すと、

「…座標の計算は?」

尋ねた。

そして、

「0.000005%の誤差までの修正が終わりました」

と言う報告を聞いたとたん。

フォンフォンフォン!!

突如サイレンが鳴ると、

「警告!

 警告!

 何者かがイグドラシルに侵入しています!!」

と言う警告が発令所内に流れた。

「なっ、なんですてぇ!!」

それを聞いた黒髪の女神はアップになって叫ぶ、

「すぐに進入経路を特定して切断して!!」

間髪入れずに女神はそう叫ぶが、

「侵入者はA20ゲートを潜り抜けているために、

 権限上の関係で切断することが出来ません」

と言う報告が入った。

――しまった…あそこから入られたか…

そう、イグドラシルのA20ゲートとは

黒髪の女神が人間界に降臨したときに

人間界側からイグドラシルにアクセスするために空けた

実質上のセキュリティーホールだった。

――それにしても…なんで、A20ゲートが見つかったんだろう、

  あれの情報は確か、あたしの部屋のパソコンにしかないはず…

  はっ

  まさか…魔族の仕業?

  ありうるわっ、

  いつもお姉さまにちょっかいを出していたあの魔族ならやりかねない」

と黒髪の女神は心当たりを思いつくと、

「すぐにプログラム666を走らせて。早く!!」

と叫んだ。

一方、パラレルの命を受け時空間管理局長の電話番号を調べに行ったエドは、

複雑な天界の回線網の中を潜り抜けるうちに、

ふと、中央部に腰を据えるイグドラシルの片隅に、

小さな窓が開いているのを見つけるとそこから潜り込んだ。

『きゃは…』

初めて見るイグドラシルの中はエドにとってたちまち格好の遊び場となった。

そして、しばらく遊んでいたときにプログラム”666”がエドの前に姿を表した。

『きゃぁぁ!!』

突然現れた666に悲鳴をあげて逃げるエド、

『目標確認!!』

一方、逃げる相手を自動的に追いかけ始めた666、

こうしてエドは追いかけられながらイグドラシルの最深部へと向かっていった。

「ふふふふ…

 イグドラシルの処理能力は大分落ちるけど、

 こうしておけばデーターの流出は防げるし、

 その一方で侵入者を追い詰めて行くことが出来るわ」

黒髪の女神は勝ち誇ったようにパネルスクリーンを眺めていた。

しかし、

ドヒュゥーーーン!!

突如、何かが停止する音と共に表面のパネルスクリーンの情報が一斉に消えた。

「なっなに?…

 何が起きたの?」

突然のことに女神は呆気にとられた。

「イっイクドラシル・MAKIが停止しました」

「はぁ?」

状況を報告を受けた女神だが、それがにわかには信じられなかった。

「イグドラシルが落ちた?」

「いえ…落ちたのはMAKIを司る”松・竹・梅”のみです…」

「…………まさか…666が…」

女神の額に冷や汗が浮かぶ。

さっきまでの喧騒が静まり不気味な静けさが発令所を包み込んだ。

「……とっとにかく、何とかしなくては…そうだ!!」

黒髪の女神は顔を上げると、

「上位システムのMAGは動いている?」

と訊ねると、

「雪・月・花ともに動作中ですが…」

「よし…管制業務をMAGに切り替えて作業続行!!」

そう女神が指示をすると、

「しかし、座標計算は再計算しないとなりません!!」

「え?、それにどれくらい時間がかかるの?」

「早くても8時間はかかります」

「判かりました…

 N2超時空振動弾の発射は6時間遅らせます」

と指示を出すと女神は頬杖をついた。



「ねぇ、パラレルっ、エドちゃんなかなか戻ってこないね」

電話番号を探しに行ったまま、

戻ってこないエドの身を案じて瑞樹が呟くと、

「おかしいですわぁ…何をしているのかしら」

そう言いながら

コンコン

とパラレルが携帯電話をたたくと、

『ふぇ〜ん!!』

泣きながらエドが飛び出してきた。

「あらどうしたの?」

「まぁまぁ」

パラレルと伊織はエドのただ成らない様子に驚いていると、

ガラガラガラ!!

突如大音響の雷鳴がとどろくと同時に、

パァァァァァ!!

公園が光に包まれた。

「え?、なに?」

驚いた瑞樹が顔を上げたとたん、

フッ!!

瑞樹とパラレルの姿が公園から消え去った。

「ビィー!!」

時を同じくして時空間管理局・発令所に警報が鳴り響いた。

「こんどなによぉ…」

やつれた表情で黒髪の女神が顔を上げると、

「時空間管理システム・宴に異常発生!!」

と言う報告がなされた。

「…え?」

女神が慌ててイグドラシルの作動状況を確認すると、

「ヤッバァ…”宴”のMAKIからMAGへの切り替え、

 まだだった!!」

黒髪の女神は頭を抱えてそう叫んだ。



「…もぅ三日ですよぉ…」

「本当にどうしちゃったんでしょうねぇ」

「異常気象って奴ですかねぇ…」

「怖いわぁ…」

ジョギング中の中年男性や、

自宅前の掃除をしている主婦達がみな不安そうに空を眺めている中、

制服姿の伊織は自転車で大会が開かれる市内の体育館へと向かっていった。

シャァ…シャァ…

軽快なリズムを奏でながら伊織は自転車を漕いでいると、

「とにかく、今日の午前中にケリを付けなくっちゃ!!」

そう思うと思わず脚に力が入る。

程なく、体育館に到着した伊織は先に来て待っていた芹沢達と合流すると、

体育館の中に入っていった。

ザワザワ…

まだ開会式まで時間があるというのに、

既に館内には他の学校の選手達も大勢来ていた。

「ねぇ、進藤さん」

更衣室の前で待っていた伊織に着替え終わった芹沢が声をかけてきた。

「はいっ?」

伊織が返事をしながら振り向くと、

「レオタード…持ってきているでしょう?」

と彼女が聞いてきたので、

「はぁ」

と答えると、

「だったら、進藤さんも着替えてきなさいよ…

 大会の空気になれるというのも大事な事よ」

と言いながらポンと伊織の肩を叩く、

そしてそれに後押しされるようにして伊織は更衣室に入ると、

芹沢と同じレオタード姿になった。

「じゃぁいきましょうか?」

「え?」

芹沢に手を引かれて伊織が向かったのは演舞台だった。

「あっあのぅ…」

恐る恐る伊織が訊ねると、

「大会が開かれる前は自由に使えるの、

 こういう空気を知っているといざというとき緊張しないよ」

と芹沢は答えると軽く舞い始めた。

「はぁ…そう言うモノですかねぇ…」

そう呟きながら伊織はグルリと見回すと、

うわっと迫り上がる観客席と高い天井に圧倒されてしまった。

「……………」

呆気にとられながら眺めていると、

「やっぱり、みんな最初はそういう風にするのね」

っと軽く笑いながら芹沢が戻ってきた。

「あたしも、最初ここに来たときは同じ事をしたな」

そう言いながら演舞台を離れた芹沢と伊織は他の部員達が待つ一角に戻ると、

――あれ?…瑞樹がいない…

伊織は、その場に瑞樹の姿がないことに気づと、

――まだ来ていないのかな?

瑞樹の姿を探してキョロキョロし始めた。

「どうかしたの?」

伊織の様子に芹沢が訊ねると、

「あのぅ…瑞樹…いや、笹島くんの姿が見えないのですが」

と恐る恐る聞いてみると、

「あぁ…あたし達の出番は午後からだから、

 彼には途中海老屋さんに寄ってお弁当を受け取って昼頃に来るように、

 って言って置いたけど…」

芹沢がそう答えた途端、

「たっ大変大変!!」

制服姿の一人の部員が血相を変えて飛び込んできた。

「どうしたの?」

彼女の慌てた様子に芹沢が訊ねると、

「今日のお弁当を頼んでいた海老屋のお婆ちゃんが、

 けさ入院しちゃったんだって!!」

と声を上げた。

「えぇ!!」

部員達の間から一斉に声が挙がる。

「あのお婆ちゃんのお手製オニギリ弁当が無いと辛いわねぇ」

「どうしよう…」

部員に動揺が広がると、

「で、お婆ちゃんの具合は?」

芹沢が訊ねると、

「うん、朝起きようとしたときに誤って老眼鏡を踏んづけちゃって、

 それに慌てて足を上げたらバランスを崩してそのまま…」

そう部員が報告すると、

「ひっくりかえっちゃんだ…」

「あのお婆ちゃんおっちょこちょいだから…」

説明を聞いた部員達がそう囁き合っていると、

「仕方がないわね、

 お婆ちゃんのお見舞いはこの大会が終わってからにするとして、

 問題は今日のお昼ね…

 仕方がない…誰か手の空いている者に買いに行かせるか…」

芹沢がそう判断するとき、

ポン!!

伊織の脳裏にある考えが浮かんだ。

「せっ芹沢さんっ、おれ…じゃなかったあたしに任せてくれませんか?」

と伊織は告げると脱兎のごとく消えていった。

「……進藤さん…

 更衣室に寄らなかったみたいだけど…

 まさかあの格好のままで表に行っちゃったの?」

芹沢は唖然として伊織の去った後を眺めていた。



つづく



← 4話へ 最終話へ →