風祭文庫・天使の館






鏡の世界の伊織
(第4話:早川神社)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.232



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





「伊織ちゃん…帰ってきた?」

学校から帰宅するなり玄関で真織は声を上げると、

「ううん、まだ帰ってこないけど…」

不安そうに奥から出てきた真須美がそう言った。

「そんな…

 伊織ちゃん、今日学校に来なかったのよ…

 どうしよう…

 まさか、誘拐されちゃったのかなぁ…」

といまにも泣きそうな面もちで真織が言うと、

「とっとにかく、警察に捜索願を出しましょう!!」

そう言いながら真須美が腰を上げた。

その途端

「いや、その必要はない」

そう言いながら守衛が社務所から戻ってきた。

「その必要はない…って、

 あなたは伊織ちゃんの居場所知っているのですか?」

と真須美が訊ねると、

「うん、まぁな…」

守衛は心当たりのあるような返事をすると、

「父さん…そこ何処?

 あたし迎えに行ってくる」
 
そう言いながら真織が腰を上げた。

「これっ待ちなさい…

 伊織君にはちょっと私の知り合いの所に

 ある試練を受けに出かけている。

 まぁ、3日もすれば戻ってくると思う」

と説明すると、

「真織、それまでの間、

 我々は黙って伊織君が帰ってくるのを待とうじゃないか」

そう二人に言い聞かせると、

守衛は真須美が煎れたお茶をすすった。

一方、パラレルから事の詳細を聞かされた瑞樹は、

「まったく…伊織のヤツ」

――ふぅ

「…大丈夫かなぁ…」

っとため息混じりで空を眺めていた。

ゴロゴロゴロ…

渦巻く黒雲に覆われた空からは雷鳴と稲光が輝く、



『…伊織があの二人がちゃんとお互いを意識するように数々の場面を整えて、

 そして、めでたく瑞樹クンと芹沢さんがそれぞれ相手を意識したときに、

 素早く糸を結ぶ。

 天使が縁結びの仕事をするときはいつもこうやっている…』

伊織の頭の中をシリアルの言葉がエンドレスで駆けめぐっていた。

「そんな…それをたった3日でやるなんて…」

呆然と立ちつくす伊織を見たシリアルは、

「とは言っても絶望するのはまだ早いよ、

 さっき言ったように瑞樹くんには熱意がある。

 それに対して、芹沢さんは瑞樹クンの熱意に照れているだけだ、

 伊織はその芹沢さんの照れを取り除けば…

 …おっおいっ、聞いているのか?」

シリアルの声を無視して伊織は歩き出して行った。

「あっ、伊織…何処に行っていたの?

 急にどこかに行っちゃたまま戻ってこないので心配したよ」

廊下を歩く伊織の姿を見つけた瑞樹は

そう言いながら彼女に寄ってきたものの、

しかし、伊織には彼の言葉は通じていないようだった。

「伊織…?」

トボトボと伊織は教室に戻るとそのまま帰り支度を始める。

「…あっ、あのさっきはごめんなさい…

 僕が言い過ぎた…

 伊織…僕のために芹沢さんの所に行ってくれたんだね」

瑞樹は伊織にそう言って謝ると、

ガタン!!

伊織は立ち上がると、

「悪い、おれ、さき帰るわ…」

と瑞樹にひとこと告げると、そそくさと教室から出て行った。

「あっ、ちょっと待って伊織…」

瑞樹も慌てて追いかける。

そんな彼を無視して伊織が教室のドアを開けた途端、

ドン!!

伊織とは逆に教室に入ろうとした真央と出会い頭にぶつかってしまった。

「きゃっ!!」

ドタン!!

はじき飛ばされて尻餅をつく伊織、

「あっ、進藤…やっと見つけたぞ」

尻餅をついた伊織を見た真央はそう言いながら彼女の手を引いて起こすと、

「なんだ、もぅ帰りか?

 で、笹島のキューピット作戦はうまくいったのか?」

と小声で訊ねると、

その言葉がサクッと伊織の心に突き刺さった。

と同時に

「!!っ」

伊織の右手が思わず動くと、

パァァァァン!!

真央の左頬をひっぱたいた。

その瞬間、真央はなにが起きたか判らなかったが、

「イッてぇ…」

と言いながら頬を押さえると、

「あっ…ごめん」

真央の頬を叩いたことに気づいた伊織は、

1・2歩下がるとそのまま駆け出していった。

「…なっなんだ…アイツ…」

真央は頬を押さえながら走り去っていく伊織の後ろ姿を眺めていると、

「………全く鈍い連中ね!!」

「え?」

突然響き渡ったその声に真央と瑞樹が振り向くと、

藤本幸子が腰に両手を置いて仁王立ちのようにして立っていた。

「いまの進藤さんの様子を見て何も判らないの?」

「はぁ?」

「いま、進藤さんの心は酷く傷ついているのよ、

 それを笹島くんのことを手伝うことで紛らわせようとしているのに、

 そんなことも判らないなんて…

 全くコレだから男は鈍いのよねぇ…」

呆れ半分に二人に怒鳴った。

「そっそんなこと言ったって…」

瑞樹が反論すると、

「ほらっ、笹島くんは進藤さんの幼なじみでしょうっ

 こう言う時には力になるのっ

 それと早川くんも彼氏なんだから、

 ちゃんと彼女が立ち直るまで面倒を見るのよっ」

と矢継ぎ早に命令をした。

「えぇ?、俺が面倒を…」

と真央が言った途端、

幸子は真央に近づくと、

「聞いたわよ、進藤さんの目の前で、

 ”俺の女に手を出すな”
 
 って言ったんだってぇ…」

と囁いた。

「だっ誰が!!」

真央が顔を赤くして声を上げると

「えぇいっ

 男だったらぐちゃぐちゃ言わないで、

 サッサと行動をするっ!!」

幸子のカミナリが教室内に響き渡った。



ゴロゴロゴロ…

相変わらず空には黒雲が覆い、稲光の閃光が雲間に輝いていた。

そして、そんな街中を伊織は一人で歩いていた。

ガラガラガラ!!

一際大きい雷鳴が轟くと、

「うひゃぁ!!」

思わず伊織は両耳を塞ぐとその場にしゃがみ込んでしまった。

『…あら…伊織ちゃん、カミナリは苦手?…』

伊織の脳裏に朝、真織が言っていた言葉が再生される。

「カミナリなんて大っ嫌い!!」

そう呟くと再び歩き出す。

とそのとき、

「おーぃっ、進藤!!」

伊織の姿を見つけた真央が伊織に駆け寄ってきた。

「なに?」

ぶっきらぼうに伊織は言うと、

「ちょっと、なにか喰っていかねーか?」

真央はそう言いながら、その先にあるハンバーガー屋を指さした。

ザワザワ…

夕方のハンバーガー屋は下校途中の学生達でごった返していた。

「…まぁ…あんなコトがあったばっかだし、

 進藤もいろいろとつらい目にあったと思うけど、

 なっ、元気出せよ、

 もしも…俺で良かったら…どんなことでも力になるからさ…」

ビーフバーガーは入った包みを前に置きながら真央は伊織にそう言うと、

「うん…」

力無く伊織は答える。

「………」

真央はやや気まずい雰囲気を感じ取ると、

「そっ、そうだ、

 ほらっ、一昨日の連中、

 伊織…間違えられて連れて行かれたんだってな、

 全く、困ったもんだよな…」

そう言いながら真央はコーヒーを啜ったが、

「ふーん…」

伊織の答えはまるでそんなことを気にしていないかのようだった。

――まずい…この雰囲気は非常にまずい…

真央はそう察すると、

「あっあのさ、実は俺んち神社なんだ…」

と話題を変えてみた。

しかし、

「良く知っているよ…」

伊織の答えは真央の期待とは裏腹ものだった。

「…えっ、あっ、そっそうだっけな」

――もっと別のネタで話すべきだった。

そう真央が後悔していると、

「説明しなくても良く知っているよ」

と伊織は続けた。

「えっえっえーと…

 …そうだ、でだ、色々な願い事が叶うことで有名なんだ、

 もぅ、お正月の初詣になるとそれこそ…」

伊織の言葉を受けて真央がそこまで説明すると、

ガタン!!

突然伊織が立ち上がると、

「行こうっ!!」

「え?」

「早川神社に…」

と伊織はそう言うと店から飛び出していった。

「え?、おっおいっ!!」

慌てて真央も伊織の後を追いかける。



ハァハァ…

息を切らせながら早川神社へと続く石段を登って行く伊織の様子を見て、

「そんなに急ぐなよっ」

と後を追う真央が声を上げた。

「早川クーン…」

「ん?、あぁ藤本に笹島…」

呼ばれた声に真央は立ち止まると、

藤本と瑞樹が追いつくのを待った。

「進藤さん見つかったんだ」

安心しながら藤本が言うと、

「それだけどなぁ…いきなりウチの神社に行こうってね」

困った表情で真央が言うと、

「全く…早川クンて本っ当に女心が判らないのねぇ」

と飽きれた顔で真央に言う。

「そんなこと言ったって俺、女じゃないから…」

言われた真央が反論すると、

「早川クンも一度女の子になった方が良いんじゃないの?

 真織ちゃんとか言ってね、こうしてセーラー服着て…」

と言いながら藤本はクルリと廻ると制服のスカートを広げた。

「やかましいっ、だいたい女の俺なんて想像するだけで寒気がするぞ!!」

「あら…でも可愛いと思うよ」

「お前なぁ…」

そう言い合う二人を眺めながら、

「…それが居るんだよなぁ…伊織の本当の世界には…」

と後を追ってきたシリアルはボソッと呟いた。

階段を駆け上る伊織の視界にユックリと早川神社が姿を現して来た。

「うわぁぁぁぁ〜

 同じだぁ…」

伊織は我を忘れて駆け出した。

「おっおいっ、伊…」

真央は伊織を呼び止めようとしたが、

何故がその気にはなれなかった。

「あははは…」

伊織は境内に居るハトを追いかけ回すと、

バタバタバタ!!

彼女に驚いたハトが一斉に飛び立った。

「はははははは……

 何もかも同じ…

 …でも、

 でも…ココはおれのいる場所ではない…」

ふと現実を考えたとき伊織の目から涙がこぼれてきた。

「会いたい…真織さんに…」

そう思った途端、涙が止まらなくなっていた。

「おっ、おいっどうしたんだ伊織!!」

「信じられない…伊織が泣くなんて…」

突然泣き出した伊織を見て真央と瑞樹はあわてて傍に駆け寄った。

「ううん、なんでもない…

 …何か知らないけど涙が溢れてしまって…」

そう言いながらも伊織はハンカチを目頭に当てる。

「あらあら…

 真央ちゃんが女の子を連れてきたと思ったら、

 何泣かしているの!!」

箒を持ち、白襦袢に緋袴の巫女装束姿の女性が社の陰から姿を現した。

「あっ、母さん…」

真央は声を上げると、

「いやっ、別に俺が泣かしたワケじゃないよ」

と言い訳をすると、

「男の子が言い訳をするんじゃありません」

真須美は真央を見据えるとそう言った。

「………」

真央は不満そうな顔をすると、

「で、なに?、どうしたの?」

と真須美は泣いている伊織に優しく話しかけた。

「うっおばさん…(ふぇーん)」

伊織は真須美に抱きつくと文字通り大泣きをする。

「あらあら…」

真須美は困った顔をしたがしかし優しく伊織を抱きしめてあげた。



「この子、疲れてたみたいねぇ…」

散々泣いた後、

早川家で居間に上がらせて貰った伊織は、

いつの間にか寝入ってしまっていた。

そしてそんな伊織を見ながら真須美がそう言うと、

「確かに、今日の進藤の様子はおかしかったな」

「うん、朝、学校に来た途端倒れたし…」

「放課後、妙に元気ぶっていたし…」

「やっぱり、おとといのことの後遺症かなぁ…」

「でも、それなら、笹島の方が重傷じゃないのか?」

「なんで」

「芹沢にフられたんだろう」

「それとコレは関係ないだろう」

「もぅ、早川君ったら」

「とにかく落ち着いたら、ゆっくり話を聞いてみましょう、

 いいわねっ」

藤本のその一言で、早川家の居間で寝ている伊織を、

瑞樹・真央そして藤本の3人が静かに見守ることにした。



その頃、社務所では、

「これはこれはアーリィ殿…」

守衛が訪問をしてきた天使アーリィ・ウィングに挨拶をしていた。

「突然の訪問なのに、すまぬな」

アーリィは守衛にそう言うと、

「いえいえ」

守衛はそう返事をしながら、

アーリィに煎れ立てのお茶が入った湯飲みを差し出した。

「おぉ、これはかたじけない」

ズズー…

手渡されたお茶をアーリィが啜っていると、

「さてと、そこにいるのは判っているっ

 そんな物陰で見ていないで、出てきたらどうなんだ」

と社務所の物陰に向かって声を掛けた。

「…バレてましたか…」

そう言って出てきたのはシリアルだった。

「こっこれは…」

シリアルを見て守衛が驚くと、

「大丈夫、彼はわたしの不肖の部下の下僕でしてね、

 いまこの世界で起きているトラブルに関して来ているのです」

とアーリィは説明をした。

「と言うのは…?」

守衛が訊ねると、

「実は今朝程からこの世界と別のもぅ一つの世界が半ば衝突状態になっていて、

 それで向こう側の人間が一人、

 コチラに落ちてきてんだよなっ、シリアル・リンクっ…」

とアーリィは話をシリアルに振った。

「はっはい…」

緊張しながらシリアルが返事をすると、

「で、イオ・リンクはどうしてる?

 縁結びの仕事は順調なのか?」

アーリーはシリアルに訊ねると、

「え゛っ、それもお見通しなんですか?」

シリアルは驚きの声を上げた。

「ふっ、わたしを誰だと思っている、

 パラレルの上長でもあり、

 この世界を管理している天使アーリィ・ウィングだぞ」

とシリアルに告げた。

「はぁ…」

それを聞いたシリアルはため息をつくと、

「それがどうも自身を無くしちゃったみたいで…」

「自身を無くした?」

「えぇ…パラレルから縁結びの方法を教えて貰ったときには

 やる気満々で作業に取りかかったのですが、

 あまりにも強引に進めてしまったので糸を壊してしまったんです」

と大まかな経緯を説明すると、

「ふむっ、確かに縁結びは慎重に作業を進めなければならないな」

アーリィはそう納得しながら頷くと、

「で、それですっかり自身を無くしてしまって…」

とシリアルは話を続けた。

「なるほど…それで落ち込んでいると…

 まっ、初心者にはよくある話だ」

ズズー…

アーリィは3度湯飲みに口を付け、

「シリアル…早川家の居間にあるモノが来ている。

 それを、イオ・リンクに渡せ」

とシリアルに告げた。

「あるモノ?」

「行けばわかる…」

アーリィはそう言うとまた湯飲みに口を付けた。



「あれ?…母さん…?」

居間で何かを見つけた真央は真須美に声を掛けると、

「なに?」

台所に立っていた真須美が居間に戻てきた。

「こんなヌイグルミ…いつ買ったの?」

と言いながら真央は居間の隅に転がっている特大のネコのヌイグルミを指さした。

「え?、母さん…知らないわよ…

 真央ちゃんが買ったんじゃぁないの?」

そう言いながら真須美は首を捻った。

「へぇ…早川クンってこう言うのを買うんだ」

ヌイグルミを手にした藤本はニヤケながら真央に言うと、

「ちっ違うっ、俺はこんなネコのヌイグルミなんて知らないぞ」

真央は思わず大声を張り上げた。

「でも、いい香りがしますよ」

瑞樹は藤本から手渡されたヌイグルミを抱き抱えながら、

ほのかに香る臭いを嗅いでいると、

「うぅん…」

と声を上げて伊織が目覚めた。

「あっ進藤さんっ目が覚めた?」

藤本が伊織に声を掛けると、

「あっあれ?…」

目を開けた伊織はしばらくの間、状況が判らないようだったが、

「あっ…」

慌てて起きあがると思わず畏まってしまった。

「良いのよ良いのよ…」

真須美は笑顔で言うと、

「伊織…寝ちゃったんだよ…」

っとヒソヒソ声で瑞樹が状況を説明した。

「そっそうなの?」

顔を赤らめながら伊織が返事をすると、

「!!っ

 そのヌイグルミは?」

っと伊織は瑞樹が手にしているネコのヌイグルミを指さした。

「あぁ、これか…進藤にあげるよ」

と真央は伊織に言った。

「え?」

真央の申し出に伊織が驚くと、

「どういうワケかうちに転がっていたんだよ…

 誰も買った覚えがないのに…」

そう言いながら真央はヌイグルミを伊織に手渡した。

「…これは…真織さんの臭いだ…

 そうか、これもココに落ちてきたんだ…」

そう呟いて伊織はヌイグルミをギュッと抱きしめていると、

「おや、お目覚めですか?」

守衛がそう言いながら居間に入ってきた。

「あっ、お邪魔しています」

瑞樹と藤本が頭を下げると、

「これはまた、真央…お前、顔に似合わず大胆だなぁ」

と守衛は感心しながら真央に言う、

「なっなにが…」

「女の子を一度に二人も連れてくるなんて、

 ふっ、さすがはわしの息子だ、ははははは」

守衛はご機嫌になって笑い始めた。

「おっ親父ぃ〜っ!!」

そう言いながら真央の顔は見る見る引きつっていく…

「さて、そこのお嬢さん…」

守衛は伊織を見ると声をかけた。

「はいっ?」

驚いて伊織が返事をすると、

「なにを悩んでいるのか聞かないが、

 もしも悩んでいるとしたら、

 思い切って相手の懐に飛び込んでみたらどうかな?」

と守衛は話す。

「え?」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、

 退路を断って飛び込めば自ずと道は開けると思うのだが」

伊織は守衛にそう言われると、

「虎穴に入らずんば虎児を得ず…」

そう呟きながらヌイグルミを見つめた。

『…大丈夫、伊織ちゃんなら絶対大丈夫…』

そのとき伊織の耳にそう囁く真織の声が聞こえたような気がした。

すると、伊織の目に輝きが戻ってきた。

「……おじさんありがとう!!」

伊織は立ち上がると、守衛に礼を言うと、

「早川くん、さっきはひっぱたいてゴメン、

 このヌイグルミありがたく貰っていくね」

と告げると、伊織は早川家を飛び出していった。

「親父…いまの話って進藤にはアドバイスにはなっていないと思うけど」

そう真央が守衛に言うと、

「いやっ、あの子にはアレで良いのだよ」

守衛はそう言うと社務所の方に戻っていった。

「でも、戻ったね…いつもの伊織に…」

伊織の後ろ姿をみながら瑞樹が呟くと、

「みたいだね」

と言いながら他の者達も伊織を見送っていた。



「シリアル…どうやらキミの出番はなかったようだな」

早川家の屋根の上でアーリィが呟くと、

「それにしても、

 真織さんのヌイグルミをココに飛ばしておくなんて、

 よく考えつきましたね」

シリアルが感心しながらアーリィに言うと、

「あのヌイグルミがここに来たのはわたしのせいじゃない、

 真織って子の念が染みこんだヌイグルミが、

 イオ・リンクを追ってここに来たんだ、

 まぁもっとも、ヌイグルミが一人でここに来たわけでも無いのだがな」

と横に視線を動かしながら説明をする。

「そっそう言うものですか?」

アーリィの視線には気づかず、シリアルが感心しながら言うと、

「さて、シリアル・リンク、

 あなたも早くイオ・リンクの元に行った方が良いのでは?

 残された時間はそんなにないぞ」

と告げると、

フッ…

アーリィはシリアルの目の前から姿を消した。

「ありがとうございます、アーリィ様…」

シリアルはアーリィが消えた後にそう言うと、

シュタ!!

スグに伊織の後を追った。



その夜…

「ねぇ、シリアル…一つ聞いて良い?」

進藤家の伊織の部屋でパジャマ姿の伊織が、

ヌイグルミを抱きしめながらベッドの上にいるシリアルに尋ねた。

「なんだ?」

「昼、おれはこの世界に引っ張り込まれた。っていったよな」

「まぁな」

「じゃぁ、この世界にいたおれは何処に行ったんだ?

 おれの世界に行ったのか?」

そう言うと伊織は真織や早川家の人に迷惑を掛けている。

もぅ一人の自分の姿を想像した。

「いや、向こうの世界では伊織は行方不明になっている」

シリアルは丸くなりながらそう言うと、

「え?、どういうこと?」

伊織は思わす聞き返した。

すると、シリアルは顔を上げると、

「伊織…この世界は向こうの世界の鏡であることは知っているな」

と伊織に告げた。

「うん…」

伊織が頷くと、

「じゃぁ、一つ訊ねる、

 向こう世界で最初にパラレルとコンタクトを取っていたのは誰?」

とシリアルは伊織に質問をした。

「…瑞樹だろう…」

伊織はそう答えると、

「ピンポーン!!」

シリアルはそれが正解であることを告げた。

「じゃぁ、伊織と瑞樹、

 こっちの世界と向こうの世界の違いは?」

シリアルからの続いての質問に、

「んーと、文字通りひっくり返しだった…

 …ってことは…

 じゃぁ、この世界で天使とコンタクトを取っていたのはおれ?」

伊織はシリアルに向かって叫ぶと、

「ピンポーン!!」

シリアルは動じずにそれが成果であることを告げた。

「じっじゃぁ…?

 この世界のおれは瑞樹と芹沢の様子を見て天使にお願いをしたのか?」

そう伊織が推測すると、

「まぁそう言うことになるな、

 伊織の世界では瑞樹にはそう言う意識はなかったみたいだけど、

 でも落ち込む芹沢を見て結果的にパラレルにお願いしたのに対して、

 この世界では伊織が瑞樹を応援しようとして天使にお願いをしていた。

 丁度そのとき、伊織の世界とこの世界とがニアミスを起こしてしまって…」

とそこまでシリアルが言うと、

「天使がくる前におれがこの世界にやってきてしまったと言う訳か…」

その先のセリフを伊織が言う。

「ピンポーン」

「じゃぁ、この世界にいたおれは?」

伊織は一番の疑問をシリアルにぶつけると、

「ボクの目の前にいるよ」

とシリアルは答えた。

「え?」

「この世界の伊織の上に伊織は居る。

 なんて言ったらいいのかなぁ…

 伊織と伊織が重なり合って居るんだ、

 つまり、いまの伊織はこの世界の伊織であると同時に、

 向こうの世界の伊織でもあるんだよ。

 だけど、シードの力のお陰で伊織はココの伊織の上にいる」

「?、じゃぁ、ココの伊織はいまどうしているの?」

首を傾げながら伊織が訊ねると、

「だからボクの目の前にいるって…」

「は?」

「伊織と伊織は重なって居るんだって…」

「?」

「納得したか?」

「………?」

「まぁいいか、さて、明日は早いんだろう、お休み」

そう言ってパラレルは大きなあくびを一つすると顔を伏せた。

「おれはおれでここのおれでもある?

 なんだ…それは?」

伊織はそう呟くと毛布を被った。

そして、何かを思いだしたように毛布から顔を出すと、

「なぁ…最後一つだけ聞いて良いか?」

とシリアルに尋ねた。

「なに?」

「ココの世界の天使ってどんな奴なんだ?」

「パラレルとは正反対のキャラだよ」

「パラレルの正反対…

 そうか、いいなぁ…そう言う天使って…」

シリアルの返事を聞いた伊織はそう呟くと、

「それもまた疲れるけどね…」

とシリアルは答えた。

その直後

「はくしょん!!」

天界にアーリィのくしゃみが響いた。



つづく



← 3話へ 5話へ →