風祭文庫・天使の館






鏡の世界の伊織
(第3話:赤い糸)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.231



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





ゴロゴロゴロ…

思い出したように雷鳴がとどろく、

チキ…チキチキチキ…

「………」

5時限目の授業から教室に戻った伊織は、

頬杖をつきながら教師の言葉も上の空で

パラレルから告げられた縁結びのことを考えていた。

「う〜ん…」

チキチキチキ…

手にしたシャーペンをノックし続けた後に、

ある程度出た芯を押し込むと再びノックをする。

「う゛ぅ〜ん…」

同じ作業を繰り返しながら伊織は唸りながらひたすら考え込んでいた。

――大体…縁結びって簡単に言ってもなぁ…

  向こうとこっちがただひっくり返しになっているだけだとすると…

  人間関係は変わらないはずだから…

そう考え込む伊織の脳裏には、

自分の居た世界の2−Cに関する人間相関関係が映し出されて行く、

――さぁーて、どうしたモノかなぁ…

  目で見て判る連中は既にくっついているだろうし、

  ”募集中”なんて看板を掲げている輩はそう簡単に…」

などと考えながら教室を見渡すと、

ふと伊織の目に彼女を心配そうに見つめる瑞樹の姿が目に入った。

「!!」

瑞樹は一瞬、伊織と視線が合うとスグに目を反らして下を向いてしまった。

『…よう、瑞樹っ、

 お前、昨日笹島さんにアタックしたんだって?…』

朝、彼が登校した時、

他の男子生徒達からそう言われながら小突かれているのを思い出した伊織は、

――あっ、待てよ、

  瑞樹のヤツって…

  おれの世界では笹島が瑞樹にアタックして玉砕したんだよなぁ、

  で、それが元でパラレルがやってきて…

  あっ待てよ…

  ココは逆の世界だから…

  そうか!!…

ガタン!!

突然伊織は立ち上がると、瑞樹の傍へと向かうと、

「そうかそうか、

 瑞樹…お前がなぁ…

 あははははは…」

と笑いながら、

パンパン!!

と彼の肩を数回叩いた。

「いっ伊織…僕…何かした?」

状況が飲み込めない瑞樹はやや怯えながらそう言うと伊織を眺める。

その途端、

「進藤…廊下に立っとれっ」

教師のいかにも心にこもっていない言葉が伊織の背後から響いた。



放課後…

「さてと…瑞樹の縁結びか…

 ふふふふ…

 元の世界ではまずお目にかかれないことだな…

 まっ、あんな男だか女だか判らないようなヤツの

 縁結びなんてことは絶対に起こるはずないから…

 よぉしっ

 この愛のキューピット…もといっ

 愛の天使のマジカル・イオちゃんが一肌脱いでさしあげましょう!!

 おーほほほほほほ!!」

放課後、体育館の裏で伊織が高笑いをしながら決意表明をすると、

「おぃおぃ、覚悟を決めたとは良いとしても、

 真織さんに声を掛けられず、

 黙って見守っていたヤツの台詞とはとても思えないなぁ…

 それにひとこと言っておくけど、

 この世界ではマジカル・イオは放送していないよ」

とその傍でシリアルが呆れながら呟いた。

その途端、

ズンッ!!

伊織の片足がシリアルの尻尾を直撃した。

「○△◇×!!!」

声にならない叫び声を上げてシリアルが飛び跳ねる。

「いーぃっ、

 ココからの脱出には手段を選ばないのっ!!」

と伊織はシリアルを見下ろしながら言う、

「いっ伊織…お前、性格が変わったんじゃないか?」

激痛に体毛を逆立てながらシリアルが叫ぶと、

「それにしても、なんでシリアルはココに来られたんだ?

 まさか、オレと同じように落ちてきたとは思えないけど」

っと伊織はこの異世界にシリアルが居る理由を尋ねた途端、

「う゛っ」

シリアルの顔色が悪くなった。

そして、

「そっそれはだなぁ…

 まぁ、天界の者にとってはそう言うルートがあるんだよ」

とシリアルは視線を逸らしながら説明をする。

「ふぅ〜ん

 ってことは、もしも間に合わなかったらシリアルはどうなるの?」

ニッコリと微笑みながら伊織が訊ねると、

「そっそれは…」

大粒の汗を流しながらシリアルは答えに窮した。

「まさか…おれを見捨てたりはしないよねっ」

ズィッ

伊織はドアップになってシリアルに迫ると、

キュッ

っとシリアルの首に手を掛ける。

「ひっ!!、

 捨てません、見捨てたりはいたしません。

 一生涯、伊織様についていきますっ」

真っ青な顔をしてシリアルが叫ぶと、

「なら、よろしいっ」

シリアルの態度に満足した伊織が手を離した途端、

「ダメですよぉ、ネコをいじめないでください」

と彼女の行為を窘める声が響いた。

「あっ」

その声に伊織が振り向くと、

いつの間にか瑞樹が伊織の後ろに立っていた。

「あっあのぅ…

 僕が何をしたのかは知りませんが、

 ネコに八つ当たりをするのは止めていただけませんか」

そう言いながら瑞樹は、

「放課後、体育館裏まで来い 伊織」

と書かれた手紙を伊織に見せる。

「……これじゃぁ、不良の呼び出しだよ…」

その文面を一目見たシリアルはぼそっと呟く。

「えっ、あぁ…来たか来たか…

 瑞樹っ、ちょっとつき会え」

そう言いながら伊織が手を差し出すと、

ビクッ!!

瑞樹の身体が小さく動いた。

「どうした?」

「まさか、新しいプロレスの技を思いついたんじゃぁ」

恐る恐る訊ねる瑞樹を見た伊織は、

「…それはアンタがおれにやっていたことだよ…」

と呟くと、

――そっか…ひっくり返しと言うのは性別だけではなくて、

  おれと瑞樹との立場も逆になっているのか…

  ふっふっふっ…

  おもしれぇ…

キラッ☆!!

一瞬伊織の目が輝いた。

――なにか、とんでもないことを思いついたな…

それを見たシリアルは瑞樹の訪れるであろう運命を悟った。



「ねぇ…そっちは…」

瑞樹の手を引きながら伊織は一路体育館の玄関へと歩いていく、

「あぁ?、

 なぁ瑞樹…お前…昨日芹沢…あっここじゃぁ”さん”か、

 に告白したんだってな?

 ”好きです”って…」

歩きながら伊織は瑞樹に訊ねると、

「そっそんなこと、大きな声で言わなくても…」

周囲を気にしながら瑞樹が小声で言う、

「それにしても芹沢…さんって、

 新体操部のキャプテンなんだって?

 いやぁ、その話を聞いて驚いたよ…

 で、返事はどうだった?」

と伊織が訊ねると、

「…………」

目線を反らしたまま瑞樹が黙ってしまった。

「門前払いか…」

彼のその様子を見た伊織が結果を推測すると、

「ちっ違うよっ!!、

 芹沢さんは、あさっての大会に全力を傾けたいから、

 こう言うことは後にして…

 って言ったんだ」

と瑞樹は猛烈に反論した。

「ふぅ〜ん、

 つまり、先送りね…

 よぅしよし、ではこの”愛の天使のマジカル・イオちゃん”が

 その縁を取り持ってあげようじゃないの」

と伊織が力強く言ったとたん、

「ちょちょっと伊織っ、今日の伊織はやっぱり何処か変だよ!!」

瑞樹が叫んだ。

すると、伊織は、

「変も変、大変なのっ!

 3日のうちにチャチャチャとまとめなければ帰れないんだから…

 瑞樹っ、コレまでたっぷり溜まった貸しの分、

 しっかりと使わして貰うわよっ」

と言いながら体育館のドアを開けた。

「かっ貸しって…

 おいおいっ伊織っ

 ここの瑞樹と向こうの瑞樹とをごっちゃにしてはダメだぞ」

伊織達の後をついてきたシリアルは額に縦線を引きながら呟いていた。



「おぉ…居た居た!!

 アレだねぇ…」

伊織は体育館の一角で手具を持ちながら、

練習をしているレオタード姿の一団を見つけると、

そのまま、彼女たちの所へと向かう、

「あら?…

 ねぇ秀美ぃ、昨日の彼、また来たわよ」

髪をシニョン・スタイルに結い上げた少女が、

近づいてくる伊織達を見つけると声を上げた。

「えっ…?」

その声にコバルトブルーに白のストライプが入ったレオタードに

身を包んだ芹沢秀美が体を休めると、

「進藤さん…どうしたの?」

と伊織に声を掛けてきた。

――え?、彼女があの芹沢なのか…

  うわぁぁぁ…

  確かに雰囲気は同じだけど、

  でも、これは…

と伊織はレオタード姿の芹沢を眩しそうに見つめると、

「いや…ちょっと…ね」

やや誤魔化し気味に返事をした。

「あっ、やっと決心してくれたんだ」

そんな伊織の様子に芹沢は腕を組みながらそう言うと、

「へ?」

伊織は彼女のその言葉の意味が分からなかった。

「良かった…ずっと前から誘っていた甲斐があったわね」

と芹沢はなおも話しを続ける。

「なっなんのことでしょうか?」

ズンズンと話が先に進んでいく様子に慌てた伊織は、

彼女に改めて言葉の意味を訊ねると、

「なにって、新体操部に入ってくれる決心をしてくれたんでしょう?」

と芹沢は伊織に言う。

「はぁ?」

意外な展開に伊織が戸惑うと、

「え?、伊織…まさか…新体操するの?」

と瑞樹が声を上げた。

「ちっ違うっ、おれはただ…」

「ただ?」

そう言いながら、

ズイッ

っと芹沢は顔を伊織に近づけた。

「…くっそう、赤い糸を引き出したい…

 なんて事は言えないし…」

もどかしさに伊織は臍をかむと、

「で、笹島君はなんで進藤さんと一緒なの?」

と芹沢は瑞樹を一目見ると、彼がこの場にいることを尋ねた。

「昨日、言ったと思うけど、

 いまのあたしはあさっての大会のことで頭が一杯なのっ」

そう強い調子で芹沢が瑞樹に告げたとき、

――糸だ!!

伊織は芹沢の左手の小指から短い糸が、

顔を覗かせているのを見つけると素早く掴んだ。

スルスルスル…

なんの抵抗もなく糸はスーと伸びていく、

――面白い…

そう思いながら伊織は糸を眺めていると、

「いっ伊織っ、行こう!!」

瑞樹は伊織の腕を掴むなり体育館を出ていった。

「あっ進藤さん」

芹沢が伊織を呼び止めると、

「すみません、もぅちょっと考えさせてください」

伊織はそう言い残すと引きずられるように体育館を後にした。

「あたしは諦めないから…」

芹沢は伊織を見つめながらそう呟く、



「もぅ、伊織っ

 一体、どういうつもりなんだよ」

体育館を出た途端、瑞樹は伊織に文句を言った。

「どういうつもりって、

 いやぁまさか、あぁ言う事態になっていたなんて、

 おれ、全然知らなかったから…」

と照れ笑いしながら伊織が答えると、

「お陰で恥をかいちゃったじゃないか」

瑞樹はプッと膨れた。

――でも、芹沢の糸を引っ張って来れたのは大収穫!!

そう思いながら伊織は体育館から伸びてくる赤い糸を引っ張った。

「何しているの?」

伊織の行動を不審そうに訊ねると、

「ううん、なんでもない…」

――なるほどパラレルの言ったとおり、

  この糸は普通の人間には見えないんだ。

  …じゃぁ次は瑞樹の糸だけど…

そう返事をしながら伊織は注意深く瑞樹の左手を見たとたん、

――あった!!

瑞樹の左手の小指から赤い糸が短く出ているのを見つけた。

「ちょっとゴメン!!」

と伊織は瑞樹にそう言うなり、

バッ

っとその糸を掴むと、

「悪いけどそこで待っててね」

と言い残すと脱兎のごとく走り去った。

――やったぁ!!

  これで、真織さんが待つ世界に帰れる!!

こみ上げてくる喜びをかみしめながら校舎の裏庭に来ると、

周囲を確認した後にシゲシゲと2本の赤い糸を眺めた。

「クゥゥゥゥゥゥ!!

 長かった!!

 目覚めて起きてからこの時まで、よく頑張ったぞおれ」

ツツツ!!

っと伊織は頬を伝わる涙を拭うと、

「さぁ、愛の天使っ

 マジカル・イオちゃんの

 一世一代の大勝負!!

 いざ、真織さんの元へ!!」

と気合いを入れると2本の糸を


キュッ!!


と結んだ。

すると、

パァァァァァァ!!――

結ばれた糸は一瞬7色に輝いたとたん、

パキン!!

まるで氷が砕けるように、粉々に粉砕すると消滅してしまった。



「なぁ、進藤…こっちに来ていないか?」

2−Bに顔を出した真央は中に残っていた葵水姫に声を掛けた。

「進藤さん?

 いえ来ていないけど、どうかしたの?」

そう言いながら水姫が真央の傍に来ると、

「いやぁ…あいつの様子…ちょっとおかしくてな」

鼻の頭をかきながら真央がそう言うと、

「お前…また何か気に障ることでもしたんじゃないのか?」

と葵海人が水姫の後ろから声を掛けた。

「なっ、なんで…」

食ってかかるように真央が声を上げると、

「う゛〜ん…」

海人は額に人差し指をつけて唸ると、

「…あんなコトがあったばかりだから、

 早川が本当に信頼できるヤツなのか試しているのかもな…」

と言うと、

「そうかなぁ…」

真央は視線を廊下の方へと動かした。

「とにかく、

 早川君は進藤さんを守ってあげる義務があるんだから、

 常に傍についていなければダメでしょう」

と水姫は真央に言うと、

「そうだよなぁ…

 なんせ、進藤さんの目の前で、

 ”貴様らっ、俺の伊織をこんな目に合わせやがって…”

 なぁんて叫んで大立ち回りをしたしちゃったもんなぁ…」

ニヤケながら海人がそう言った。

「てってめーら…

 言わせておけば…」

顔を真っ赤にして真央が拳を振り上げると、

「あれ、早川君じゃない」

と新体操部のロゴが入ったジャージ姿の女子が声を掛けた。

「進藤さん、見かけなかった?」

水姫が彼女に訊ねると、

「あぁ進藤さんなら、さっきウチの部長の所に来ましたよ、

 笹島君を連れて…」

彼女はそう答えると、

「体育館に?」

真央の目は一瞬点になった。

「ウチの部長が前々から進藤さんを誘っていたから、

 てっきり、ウチの部に入ってくれるのかな?

 と思ったけど、

 なんか少し話したらそのまま出て行っちゃいましたが」

と彼女はいきさつを真央に説明をした。

「なにやってんだ?、あいつは…

 それに笹島って…

 あっ、そうか…」

真央は何かを閃いた様な表情をすると、

「あいつ…幼馴染みの恋の行方のコトが気になっていたのか」

と呟いた。

そして、

「あっ、ありがとう」

と言い残して真央はその場を去っていった。



その頃、

粉々になって消えた糸を見つめながら伊織は呆然としていた。

「………」

短くて長い沈黙の時間が流れる…

「…なに?、いまの…」

呆気にとられた伊織が呟くと、

「まぁ、こんなこったろうと思った」

そう言いながらシリアルが校舎の陰から顔を出すと、

「…パラレルは言い忘れたみたいだけど、

 赤い糸を結ぶときは、

 双方がお互いを意識したときにしか発動をしないんだ」

と重大な注意事項をシリアルは伊織に告げた。

「へ?」

目を点にしながら、伊織がシリアルを見ると、

「そうだね、いまの芹沢さんと瑞樹くんの関係を見ると、

 瑞樹くんの熱意に対して、芹沢さんに照れがあるみたいだね。

 だから、あんな素っ気ない態度をとる」

と二人の関係を断じる。

「そうかなぁ…」

そう言いながら首を捻る伊織を見たシリアルは、

「伊織…もし、いま、真織さんから”好きです。”って言われたらどうする?」

と伊織に質問をした。

「え?…そっそれは…」

「喜んでつき合うかい?、それとも臆するかい?」

「う゛っ…」

「まぁねぇ…人の心って言うのは、

 タイミングが重要なんだよ、

 いまの瑞樹くんが一方的に押すだけでは、

 相手は逃げてしまうだろうし、

 かと言って、伊織みたいに待っているだけでは、

 待ちくたびれた相手は余所へ行ってしまう」

答えにつまる伊織を見てシリアルはそう促したが、

「え゛っ、まさかそれって…真織さん、誰か好きな人がいるの?」

と伊織は声を上げた。

「例えばの話だよ…

 いまの伊織はパラレルのお仕事を手伝っているんだろう?

 天使のお仕事の期間中は個人的な問題は二の次だよ」

とシリアルは言う、

「そうだっけ?」

「おいおい、

 まっ、いまはこっちの瑞樹くんと芹沢さんを第一に考えないとね、

 向こうの世界の問題はその後にしよう。

 さて、さっき言ったように、

 二人がお互いを意識するにはまだほど遠い状態のようだね」

「じゃぁどうすれば…」

そう言いながら伊織が考え込むと、

「まぁ、

 伊織があの二人がちゃんとお互いを意識するように数々の場面を整えて、

 そして、めでたく瑞樹クンと芹沢さんがそれぞれ相手を意識したときに、

 素早く糸を結ぶ。

 天使が縁結びの仕事をするときはいつもこうやっている。

 そ・れ・と、再挑戦はシードのチャージに時間が掛かるので、

 少なくても、1回使ったら必ず6時間以上は間隔を開けること」

とシリアルは伊織に縁結びの心得と注意事項を説明した。

「そんな…それをたった3日でやるのぉ…」

そのときになって伊織はようやくこの仕事の困難さに気が付いた。



つづく



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