風祭文庫・天使の館






鏡の世界の伊織
(第2話:鏡の世界)

作・風祭玲
(原案:少年少女文庫・100万Hit記念作品製作委員会)

Vol.230



「天使のお仕事」の詳細については

http://www14.big.or.jp/~yays/library/novel/200104/20050818/100title.htm

を参照して下さい。





『お願い…』

「だれ?…」

『…瑞樹の力になって…』

「瑞樹の力…?」

『それは、あたしの願い…』

「だから君は…」

『あたしは…い……

 …り……』

「君は…」

「…さい

 起きなさい、伊織っ」

「うっうん?」

聞き慣れた女性の声に伊織が目を覚ますと、

「ほらっ、いつまで寝ているの?

 今日は学校に行くんでしょう?」

っと進藤伊織の母親である昌江が伊織に声を掛けていた。

「あれ?、かあさん?」

目を覚ました伊織が天井を一目見ると

「この天井は…

 …そうだ、ここおれの部屋だ…

 でも、あっあれ…おれどうしたんだろう?

 パラレルや真織さんって…全て夢?だった?

 あれ?

 え?え?えぇぇ?」

伊織の頭が混乱する、事の状況がつかめない。

──シャッ!!

昌江の手で窓のカーテンが開けられると、

どんよりよりと曇った空と共に部屋の様子が目に入ってきた。

──なっ

「ちっ違う!!、ココはおれの部屋じゃない」

そう確かに部屋の間取り等は進藤伊織の部屋なのだが、

揃えられている調度品などは早川伊織の部屋ほどではないものの、

女の子を意識した物になっている上に、

本来なら学生服が掛かっているはずのハンガーに

女子のセーラー服が掛かっているコトに驚いた。

「こっコレは…」

驚きながら伊織がベッドから出ると、

「どうしたの?、伊織…」

母親は伊織の行動を怪訝そうに眺めていた。

「母さん、なんでこの部屋…おれ…男…」

無茶苦茶な文法の言葉を言いながら伊織は母親を見ると、

昌江は呆れるような顔で、

「何言ってんの、伊織…あなた女の子でしょう!!

 一体、どうしちゃったの?」

と怪訝そうな表情で話しかけてきた。

「女の子?…おれが…」

──ハッ

慌てて伊織は自分の股間に手を持っていくと、

「無いっ…」

と呟く、

そして慌てて壁に掛かっている鏡を覗くと、

そこには紛れもない早川伊織が寝起きの状態で立っていた。

「なっ!!」

伊織が呆然としていると、

「もぅ…寝ぼけるのも程々にしてよね…

 ほらっ、瑞樹”クン”はもぅ学校に行ったわよ」

と外を眺めて昌江そう言うと部屋を出ていった。

「…瑞樹…クン?」

母親の言葉か引っ掛かった伊織は急いで窓の傍に駆け寄ったが、

しかし、登校途中の瑞樹の姿は見えなかった。

「なっ、なんなんだ?」

伊織は訳も分からず取りあえずセーラー服に着替えると、

朝食の用意がしてあるリビングへと向かった。

「おや、伊織っ、寝坊か?」

起きてきた伊織の姿を見た父親の文隆は、

いつもと同じように新聞を広げていた。

「ほんと、いくら女の子らしくないからって、

 いきなり男の子のようなことを言うから母さん驚いたわよ」

そう言いながらも母親の昌江は普段と変わらない行動をする。

しかし、伊織にとって、

この場面にいるのが学生服を着た進藤伊織ではなく、

セーラー服を着た早川伊織であることが信じられなかった。



「ほらっそんなところに立ってないで、はやくご飯食べてよ」

「あっ…うっうん」

母親に促されると伊織は席に着くと、朝食に箸を付ける。

そして、TVのニュースではいつもと同じキャスターが、

『…雷があちらこちらで鳴っているようですが…』

と気象予報士に話しかけている場面が映っていた。

『…えぇそれなんですが…』

キャスターに聞かれた気象予報士は困った表情をすると、

この雷は日本のみならず世界的規模で発生していることを告げた。

「この天気予報…(さっき見たよな)」

その途端…

ゴロゴロゴロ!!

ズズズズン!!

雷鳴が轟いた。

「雷か…」

伊織は上を眺めるとそう呟く、

朝食が終わり、玄関へと向かっていく文隆と伊織に昌江は、

「あなた、伊織っ

 雨が降るかも知れないから、大きめの傘を持って行きなさい」

と二人に声を掛けた。

「あっ…うん…(それも言われた…な)」

伊織はそう返事をしながら靴を履くと玄関のドアを開けた。

いつもと変わらぬ朝の風景が彼女を出迎える。

「…行ってきます」

そう告げると伊織は状況に流されるようにして進藤家を後にした。

「…パラレルが何かドジッたのかな?」

と思いながら伊織はヘアクリップを取り出すと

パチン

と髪に止める。

──スゥ…

その途端伊織は自分の心の形が変わっていく感触がした。

そして、

『…パラレル………』

と伊織は呼びかけたものの、

『サーーーー…』

ホワイトノイズのような音がするだけで

いつもならスグに聞こえてくる脳天気なパラレルの声は聞こえなかった。

「あっあれ?」

『…パラレル…

 …パラレル…』

伊織は何度も呼びかけを試みてみたが

しかし、一向に脳天気な返事が返ってこなかった。

「どうなっちゃったんだろう?

 しょうがないなぁ…

 まぁ学校に行けば会えるはずから、

 そのときワケを聞いてみましょう」

と思うと伊織は丁寧にヘアクリップを外すと、

足を学校へと向けた。

キーンコーン…

予鈴が鳴る中、

──ふぅ…どうやら雨に降られずに済んだな

伊織は上履きに履き替えると自分のクラスへと向かっていく、

廊下を歩く伊織にはいつもと何も変わらない朝の光景が繰り広げられるが、

しかし、

ガラッ!!

「おはよう!!」

と言いながら教室のドアを開けた途端、

「あっあれ?」

いつもと違う教室の雰囲気に伊織は驚いた。

「間違えて別のクラスのドアを開けたのかな?」

そう思いながら伊織はドアの上部に掛かっているクラス札を改めて見直してみたが、

しかしそこには”2−C”と言う文字が書かれていた。

「間違っていないよなぁ…」

伊織は書かれている文字に誤りがないことを確認していると、

「あれ?

 伊織っそこで何をしているの?」

伊織の姿を見た女子が一人声を掛けて来た。

「え?、えっと」

──誰だ?…おれ知らないぞ…

伊織がどう返事をして良いのか困惑していると、

「どうしたの?

 ほらっ、そんなところに立ってないでサッサと入ったら?」

と彼女は気さくに話しかけてくる。

「うっうん…」

まるで彼女に促されるように伊織は教室に入ると、

ザワザワ…

教室の中は普段と変わらない喧噪に包まれていたが、

しかし、席に着いている者、立ち話をしている者…

伊織にとっては誰一人として覚えのない者たちばかりだった。

「どうなってんだ?」

伊織は自分の席につくと教室の中をぐるりを見渡す。

そのとき、

ガラッ

一人の大人しそうな男子生徒が教室に入ってくると、

「よう、笹島っ、

 今日も芹沢さんの所か?」

「お前も毎日毎日、精が出るなぁ」

「ところで聞いたぞ、

 お前、昨日、芹沢さんにアタックしたんだって?」

「なっ、顔に似合わず大胆なことをするなお前…」

「進藤さんの許可はちゃんと取ったのか?」

と男子たちが声を掛けながら彼を取り囲んだ。

「はぁ?、笹島だってぇ?

 おれの許可?」

伊織は呆気にとられながら男子たちから小突かれる彼の姿を眺めていた。

やがて解放された彼が伊織の傍に来ると、

「おっ、おはよう…伊織…」

とオズオズと伊織に挨拶をした。

──笹島ってことは瑞樹の親戚か?

  それとも双子の弟?

呆気にとられながら伊織が彼を眺めていると、

「あっあのぅ…」

彼にとって伊織の反応が普段と違うらしく、

不安そうな面もちで声を掛けてくる。

「…なぁ…、お前……瑞樹の弟か?」

指を指しながら伊織が訊ねると。

「え?、伊織…なに言っているの?

 僕だよ、笹島瑞樹だよ」

っと彼は伊織に実質的な自己紹介をした。

「はぁ?……」

伊織は呆れた顔すると、

──バッ!!

と彼を抱き寄せ、

「なぁ、瑞樹は何処に隠れている?、

 瑞樹からこうしろっ

 って言われたんだろう

 全く手の込んだ悪戯をして…」

と呟くと、

「ちょちょちょっと、伊織っ、

 どうしたの?

 僕だよ瑞樹だよ!!」

彼は驚いた顔をした後に真剣にな表情で伊織に告げる。

「だからぁ…」

そう伊織が声を上げると、

「どうしたの?、笹島君に進藤さん」

一人の女子生徒が声を掛けてきた。

「あぁ、藤本さん…

 伊織が…進藤さんがおかしいんだよ」

と彼は女子生徒に告げた。

――藤本?…藤本って……幸也の妹か?

伊織がキョトンとしていると、

「進藤さん…

 幼なじみだからからかいたい気持ちは判るけど、

 ココは学校なんだし、始業前なんだから、

 こう言うのは放課後とかにしてね」

と優しく言う、

「あっあのぅ…あなた、幸也の妹さん?」

恐る恐る伊織が訊ねると、

「進藤さん、ふざけないのっ

 あたしに幸也なんて兄や弟は居ませんよっ」

と彼女は伊織にきつく告げた。

――なっ、どうなんってんだ?…え?

伊織の頭が混乱し始める。

――瑞樹が男で、藤本が女?

そのとき伊織の頭がポンと叩かれた。

「誰?」

振り返ると、一人の男子生徒が伊織の後ろに立ち、

「オッス、進藤っ

 ほらっ、例のCD持ってきたよ

 本当なら一昨日に渡すはずだったんだけど

 まぁあの騒動があったからな」

と言いながら彼は伊織にCDが入ったケースを手渡した。

「………」

伊織はCDのタイトルを怪訝そうに眺めると、

――はっ!!

と何かに思い当たったが、

しかし、頭の中でそれを否定すると改めて、

「…えっと、失礼ですが…

 どちらさんでしょうか?」

と彼に尋ねた。

「おっ、おいおい、進藤…

 今度は記憶喪失の真似か?

 俺だよ、真央だ、早川真央だよ!!」

と彼は眉をひそめながら自分を指さして伊織に告げた。

「そうよ、進藤さん、

 どういうつもりかは知らないけど、

 朝早くから記憶喪失のふりをしないのっ」

藤本もきつく伊織に言うと立ち去っていった。

――早川真央って…あはは…まさか、そんな…

「どうしたんだ?、

 そんな深刻な顔をして…

 あぁ?…あの連中なら俺が叩きのめしたろう、

 ほらっいつものお前らしくないぞ…あははは…」

と彼は笑いながら伊織の肩を叩いたが。

「えっ?、そう?

 あははははは…」

伊織も彼につられて笑ったが、

しかし、既に伊織に頭の中は大量の処理しきれない情報があふれ出し、

オーバーフローを起こしていた。

その結果、伊織の意識はユックリとフェードアウトしていった。

――ふらぁ…ドタン!!

「いっ伊織ぃ!!」

「おっおいっ、しっかりしろ!!」

クラスメイトたちの叫び声が遠のいていく。



「え?、伊織ちゃん、まだ来ていないの?」

天ヶ丘高校に登校した真織は、

先に登校したはずの伊織が未だ学校に来ていないことを知り驚きの声を上げた。

「うん…まだだよ」

彼女に尋ねられたクラスメイトはそう言って頷くと、

「おかしいな…どこで追い抜いちゃったのかしら…」

真織は心配そうな顔をしながらそう呟くと、

生徒達が続々と入ってくる校門を眺めた。

そんな彼女の様子を横目で見ていた瑞樹は、

何喰わぬ顔で登校してきた伊織(=パラレル)の肩をつつくと、

「…なにかあっただろう!!」

と小声で尋ねた。

「え?、判りますかァ?」

ハッキリと顔に”あった”と書いて伊織(=パラレル)が振り向くと、

「で、一体、何があったんだ?」

と瑞樹がヒソヒソ声で尋ねた。

すると、

「えっとそれがですねぇ、

 何か一大事が起きたらしくって、

 どうも、イオちゃんがそれに巻き込まれたらしいのですが、

 私もよく判らなくて…

 それで、いまシリアルが天界に行って確認をしているところですわぁ」

と伊織(=パラレル)は瑞樹に答えた。

そう、あの落雷の後、

一時不通になっていた天界との通信が回復すると、

パラレルは人が一人が空間転移したことが知らされた。

そして、どうもそれが伊織らしいと言うことだった。

「ちょちょっとぉ、それてどういうことだ?」

真剣な表情で瑞樹が聞き返すと、

「あっ、先生が見えられたようですわぁ」

伊織(=パラレル)は前を指さすと、

「おーぃっ、ホームルームを始めるぞ」

と言いながら担任が姿を現した。



♪〜♪〜

『真織さん…この歌良い歌ですね…』

真織の部屋でCDを聞きながら伊織が感想を言うと、

『でしょう…あたしもこの人の歌、大好きなの…』

ベッドの上でお気に入りの特大のネコのヌイグルミを抱きかかえながら、

真織もステレオから流れる曲を静かに聞き入っている。

♪〜♪〜

『うん…良い歌…』

目を閉じて伊織が聞き入っていると、

『じゃぁ、コレ貸してあげるから、ダビングしさないよ』

演奏が終わると同時に真織は伊織にケースに入れたCDを手渡した。

『あっありがとう…』

そう言ってCDを受け取ったところで伊織の目が覚めた。

「うっ…」

伊織が目を開けるといつの間にか彼女は保健室のベッドの上に寝かされていた。

「あっ目が覚めた?」

伊織が目覚めたことに気がついた養護の教師が声を掛けると、

「え?、えぇ…」

上半身を起こして伊織が返事をする。

「どうしたの?、

 大分疲れていたようだけど、

 やっぱり一昨日のことが響いてきたのかな?

 良かったら先生、相談に乗るわよ」

養護の教師はそう尋ねながら、

伊織の耳に耳温計を差し込むと体温を測る。

「…一昨日ってなんだ?

 おれ…何かあったっけ?」

伊織は彼女のその言葉が妙に気になった。

「うん、熱はないようね」

耳温計の数値を見た彼女は、

「まぁ、出来るだけスグに忘れた方がいいかもね

 それとあんまり夜更かししないことと、

 ちゃんと朝食を採ること…、

 うん、もぅお昼だし…教室に戻って大丈夫よ」

「あのぅ…」

伊織は一昨日日の件について聞こうとしたが、

しかし、

彼女が机に向かって書類に目を通し始めたので

それ以上言うのを止めると乱れた制服を整え、

「…失礼します」

そう挨拶をして保健室を後にしたが、

しかし、教室には戻る気は無かった。



「はぁ…一体…何がどぅなってんだ」

保健室を出た伊織はそのまま屋上に上ると、

カシャッ

金網にもたれ掛かるように呟く。

ゴロゴロゴロ…

相変わらず空はうねるような黒い雲が覆い、

所々が思い出したように光り輝く。

「瑞樹が男で、

 藤本が女…

 そして、真織さんは……男だった。

 ………」

そう呟きながら、しばし伊織は黒雲を眺めていると、

ゴロゴロゴロ…

再び雷鳴が轟いた。

「これは夢なんかじゃない…

 …真織さんの家から出たおれは確かに落雷に会った」

伊織は自分目がけて降ってくる光の固まりを思い浮かべる。

「で、目が覚めたら、おれは女の子の進藤伊織になっていた。

 あり得るはずのない、自分の部屋で…

 思い返せば、これ自体がおかしい…

 そして学校に来てみると、瑞樹たちは男は女に女は男になっていた。

 クラスの他の連中も顔に見覚えがないところを見ると……

 クラス全員が一斉に性転換した?

 あははは…まさか、

 だったら、なぜおれは男の早川伊織ではなく、

 女の進藤伊織になっているんだ?」

などと呟いていると、



「おねぇーちゃん」

「え?」

突然掛けられた声に伊織が振り向くと、

小学生ぐらいの一人の少女が立っていた。

「だっ誰?」

伊織が訊ねると、

「はいこれ」

と言って少女は伊織に名刺を手渡した。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

と名刺に書いてあった。

「悩みの相談?」

怪訝そうに伊織が少女を見ると、

「あっその目疑ってますね…

 華代はどんな悩みでも一発で解決できるスーパーレディなんだから」

と胸を張って答えた。

――ふぅん…まっ別に構わないか…

伊織はそう判断すると自分の置かれた状況を華代と名乗る少女に話し始めた。

「…ってね、まるで夢みたいな話でしょう」

そう伊織が経緯を説明すると、

「…あらま…クラスメイト達が一斉に性転換ですか、

 まるでパラレルワールドに迷い込んだみたいな話ですね…」

と華代は感心しながら言うと、

「え?、パラレルワールド?」

彼女のその言葉が伊織の心に引っかかった。

「……判りました、ではクラスメイト達の性をひっくり返せば解決ですね」

華代はそう言うと大きく手を挙げ、

「そうれっ!!」

と言いながら手を振り下ろし始めた。

しかし、振り終わる寸前。

「ストーップ!!」

伊織が声を上げた。

「え?、どうしたんです?」

不思議そうにする華代に、

「うん、いいのいいの、いまの君の言葉で大分楽になったよ…」

と伊織は事態が解決したことを彼女に告げた。

「…そうですか、ならい良いのですが」

不満そうに去っていく華代の後ろ姿を見ながら、

――そうか…ここはパラレルワールドの世界か…

伊織は自分の置かれた状況が少しづつ見えてきていた。

しかし、屋上のスグ下にある柔道場では悲劇が起きていた。

柔道場で柔道の授業を受けていた男子生徒達が、

ムクムクムク――

突然膨らみ始めた胸に驚くと、

『え?』

『なんだ?』

『うわぁ!!』

と言う声を残してレオタード姿の新体操選手を手始めに、

ブルマ姿の女バレ選手、セーラー服にブレザーの女学生、

はてまた巫女さんに看護婦さんと…

瞬く間に柔道場はコスプレ会場と化しパニックに陥っていた。

「そうかそうか、

 ここがパラレルワールドの世界だと言うのなら、確かに…」

そう伊織は呟いたところで、

――じゃぁ、どうやって帰れば良いんだ?

と事の重大性に気づいた。

「はっ、しまったぁ!!」

大声を上げて頭を抱えていると、

「い・お・り」

と言う言葉と共に、

ヒュン!!

っとシリアルが伊織の前に姿を現した。

「恐らくここに来るだろうと思って張ってたんだぜ」

そう告げるシリアルを、

「シリアル!!」

伊織は敵地の中で戦友を見つけたような表情をしながら、

抱き上げるとギュッと抱きしめた。

「心細かったよ…」

そう言いながら伊織はわんわんと泣き出す。

「おっ、おいっ、どうしたんだ、伊織っ

 らしくないぞ」

伊織の意外な行動にシリアルは戸惑ったが、

ジワッ

と締め上げられてきたので、

「くっ苦しい…

 とっとにかくだ、

 パラレルからの説明があるんで、その手を離してくれないか」

と顔を赤く腫らしながら声を上げた。

「あっゴメン…」

それを聞いた伊織は慌ててシリアルを手放すと、

ゼェゼェ…

「あ゛〜っ、死゛ぬかと思ったぁ…」

シリアルは肩で息をしながら、

「一応、怪我は無いようだなっ」

と改めて伊織を見上げながら言うと、

「うん…」

コクリ

伊織は頷いた。

「さ・て・と、

 ではパラレルからの説明が始まる前に、

 ぼくの方から状況の説明をした方が良さそうだな」

「そっそう!!」

そう告げたパラレルの言葉に、伊織はグッと乗り出した。

「まず、さっき伊織が言っていた、

 ココがいわゆるパラレルワールドの別世界と言うのはビンゴ!!」

「やっぱり」

「で、”なんで伊織がこの世界に来てしまったのか”なんだが、

 実はこっちの時間で今朝早くから、

 伊織が本来住んでいる世界とこの世界とがニアミスを起こしていたんだ」

「ニアミス?」

「そう、天界の視点で見ると、

 世界と言うのは一つではなくいっぱいあって、

 それぞれが固有の運動をしているんだ、

 で、天界はそれらが衝突を起こさないように管制を行っているんだけど

 その管制は人間のシステム同様完璧ではなくて…」

とそこまでシリアルが説明すると、

「…なんとなく判る気がする」

伊織は以前、パラレルがイグドラシルとか言う

古風な機械の写真を披露していた事を思い出した。

――あんな前時代的なマシンが管理しているのなら、

  ニアミスの一つや二つ起きても不思議ではないな…

っと思っていると、伊織の表情を読み取ったシリアルは

「あっ、こらっ伊織っ、変なことを考えているなっ

 言って置くが、イグドラシルシステム・MAKIは

 天界が誇る”松・竹・梅”の3つの超電子頭脳が

 それぞれが導き出した演算結果を持ち寄って、

 多数決によって意志決定すると言う、

 人間界でもお目にかかれない無い最新システムなんだぞ!!」

と胸を張った。

「本当?」

疑惑の目で伊織がシリアルを見つめると、

「オペレーションシステムだって、

 本格的GUIを採用した窓2000XPだし、

(ちゃんとサービスパックも”6a”を当ててあるんだぞ…)

 最新のGPUによる3Dグラフィックス・フルアニメーションも…」

「判った判った…」

そう言いながら全身を使って説明するシリアルの頭を、

伊織はしゃがみ込んでポンポンと叩きながら

「で、おれがこの世界に来てしまった原因ってなんだ?」

と事件の真相を尋ねた。

「あっ、そうだった…

 でだ、元々伊織の存在は本来の世界でも不安定な物で…」

そうシリアルが説明を再開すると、

「まぁ…確かに早川伊織と言う女の子自体、本来は居ない子だよね」

伊織は唇に人差し指を当てながら答える。

「けど、この世界には進藤伊織と言う女の子が居る…」

「え?」

「つまりだ、元々不安定な存在だった伊織は、

 たまたまニアミスを起こした相手の世界に、

 女の子の伊織が居たためにそっちに引っ張り込まれた。

 と言うわけだ」

とシリアルは伊織に真相を説明した。

「そんなぁ!!」

シリアルの説明に伊織は声を上げると、

──ガシッ

っとシリアルの胸元を掴み上げ、

「で、元の世界に戻る方法は在るのか?」

と真剣な表情で尋ねた。

「そっ、そんなに慌てる゛な゛っ」

とシリアルが声を絞るように言うと、

「あっ」

伊織はパッと掴み上げていた手を離した。

途端、

──ボテ!!

シリアルは自由落下の法則で床へと落ちて行った。

「あ゛〜っ、命が幾つあっても足り無いぞ」

首をさすりながらシリアルがグチをこぼしていると、

「で、そのパラレルからの説明って?」

──ズイッ

伊織がシリアルに迫った。

──ったくぅ…

やれやれと言う表情でシリアルは起きあがると、

「伊織っ、ヘアクリップ…ちゃんと持って来ているな?」

「え?、うん、でも…さっきコレ使えなかったよ」

シリアルの尋ねられた伊織はそう言いながら、

スカートのポケットからヘアクリップを取りだして見せた。

「よしっ、いまは使えるはずだから、それを髪に付けてみな」

「え?、そうなの…」

伊織はシリアルに言われるまま髪にヘアクリップを付ける。

パチン…

っとヘアクリップを留めたとたん、

スゥ――

っと自分の心の形が変る感覚が走る。

「じゃぁ、静かに目を閉じて、

 そして心を落ち着かせたら、

 パラレル…って呼びかけてみ」

伊織は言われたとおり、目を閉じて大きく深呼吸をすると、

『パラレル…』

と呼びかけるように念じてみた。

すると、

『サーー………』

さっきと同じホワイトノイズの様な音がした後、

『…ちゃん…イオちゃん聞こえますかぁ?』

と暢気そうなパラレルの声が聞こえて来た。

『パラレル?』

その声に伊織が返事をすると、

『あぁよかったですわぁ!!、

 イオちゃんとまた話が出きるなんて』

と相変わらず緊張感のない声が鮮明に聞こえてきた。

――この人の天然はこういう状況下でも変わらないんだね。

伊織はそう思いながら、

『で、パラレル…あたしの帰れる方法なんだけど…』

と訊ねると、

『そうそう、それですわぁ』

ハタと何かを思いだしたようにパラレルが声を上げた。

――2の次にしないでよ、こっちは一大事なんだからさぁ

と文句を言おうとすると、

『で、イオちゃんの帰還方法なんだけどぉ

 天界の方に色々と調べて貰ったら、

 どうも、イオちゃんの中にあるシードの力を増幅させてぇ、

 で、その力でそこから一気にジャンプするのが、

 一番簡単だって事に決まりましたわぁ』

と帰還方法の概略を説明した。

『決まりましたわ…てなんですか?、それ?

 それにシードの力を増幅って言うけど…

 そんなことあたしに簡単に出来るの?』

パラレルの説明を聞いた伊織が質問をすると、

『うん、それがありますのよぉ…』

もったいぶりながらパラレルが言うと、

「もぅ、もったいぶらないでよ!!」

しびれを切らし掛けた伊織はつい言葉で叫んでしまった。

すると、

『それは…すばり”天使の必殺奥義・運命の赤い糸”!!…ですわぁ』

とパラレルは声を張り上げた。

『はぁ?』

それを聞いた伊織の目が思わず点になる。

『イオちゃん…”赤い糸”の話って聞いたことがありますでしょう?』

伊織の状態を悟ったかのようにパラレルが訊ねると、

『赤い糸?

 赤い糸ってあのぅ…

 小指から出てて、それを結ぶと縁結びになる。

 ってと言うヤツの?』

思い出しながら伊織が答えた。

『そうそれですわぁ!!、

 必殺奥義というだけあってぇ

 天使がその力を使うにはリスクが大きいのですがぁ、

 その分リターンも多くってねぇ…

 成功すればその世界からのジャンプも軽々と出来るくらいの、

 パワーを得られますわぁ』

とパラレルは縁結びによる効果を説明する。

『しかし、そう簡単に行くかしら…

 それに、そんなアブナイ賭をするのなら、

 あたしは地道にコツコツと貯める方が良いと思うけど』

そう言いながら伊織はハイリスクに難色を示すと、

『あっでも…

 イオちゃんには時間がありませんのよ』

とパラレルは伊織に他に選択肢がないことを匂わせた。

『時間がない?』

『うん、実はさっきぃ…天界の方で重大な決定を下されましてぇ』

「は?」

『実は…イオちゃんがいま居る世界とこっち世界は、

 お互いから伸びた腕で絡まっちゃった状態になってますのぉ、

 それでですが、そちらの時間で3日後になりますがぁ…

 絡まったままの二つの世界を切り離すためにぃ

 ”N2超時空振動弾”と言う物の使用を決定したのですわぁ…』

と重大な事実を伊織に伝えた。

『えぬつぅ…ちょうじくうぅ??』

それを聞いた伊織が意味が分からない返事をすると、

「パラレル!!、それって本当か?」

横にいたシリアルが突然声を上げた。

「シリアルなんなの?、その超時空なんたらって…」

伊織が訊ねると、

「いわゆる、天界の最終手段、

 パラレルの話だと、

 もはや2つの世界はニアミスから衝突状態になりつつあるみたいだな、

 で、完全に衝突状態になると双方にとんでもない影響が出るので、

 その前に強力な力で引き離そうと言う訳か…

 パラレルっ、

 その指揮をとっているのは誰だ?」

シリアルが訊ねると、

『えっと、だれでしたっけ?

 ほらっ、髪が黒い女神の…』

パラレルのその女神の名前が喉元まで出かかっている様子を悟ったシリアルは、

「誰だかわかったから、もぃいいっ」

と返事をした。

「はぁ…彼女か…

 確かに”N2超時空振動弾”を使うのも判る気がする」

シリアルは大きくため息をして呟くと、

「え?、じゃぁ」

その様子を見た伊織がシリアルに尋ねた。

「あっそうだったな、

 もしも、”N2超時空振動弾”が使われると、

 ココと向こうの世界は絡まっている腕を切断されて離れていくから、

 伊織っ

 君は元の世界に戻れなくなる!!」

とシリアルは”N2超時空振動弾”が伊織に及ぼす効果を説明した。

「そっそんなぁ…

 何とかならないのっ、パラレル!!」

驚いた伊織が声を上げると、

『うん、ですからぁ

 さっき言いましたように

 ココは一つ縁結びで一発勝負に出た方が良いと、

 わたくしは思いますわぁ。

 それに、さっき申し上げたリスクについてですがぁ

 本来なら一度縁結びに失敗しますとぉ、

 シードの源である”幸せの力”が大幅に減ってしまうのですがぁ、

 でも、今回は緊急事態ということでぇ

 天界から特別にチャージして貰うことになりましたわぁ

 けど…

 あくまで損失分を補填するだけですからぁ…

 やっぱり最後はイオちゃんのガンバリに掛かっていると思いますのよぉ

 でも、大丈夫、イオちゃんなら、自信を持って…

 もぅ適当に見つけてチャチャチャと済ませてしまえばOKなんですからぁ…』

と全く人ごとのようにパラレルが言うと、

『そんなこと言ったってぇ…』

伊織は困惑した返事をする。

『絶対大丈夫ですわぁ…

 何とかなりますよぉ!!』

パラレルは何処かで聞いたような台詞で励ますが、

『パラレルに”絶対”と言われるとよけいに不安なのよねぇ』

”不安”という言葉を思いっきり顔に書いて伊織が呟く、

『とにかく難しいことを考えませんで、

 誰でも良いですから縁を結んじゃえばOKですわぁ、

 ただしぃ、

 3日後、土曜日の昼までの72時間以内に済ませないとなりませんからぁ、

 そんなに時間はないですわねぇ』

と付け加えた。

「そんなぁ…」

「…い…伊織…」

心配そうにシリアルが見上げると伊織は呆然と立ちつくしていた。



つづく


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