風祭文庫・レンタルボディの館






「ヒミコ」

敵は狸編
(第9話:ひとときのさよなら(前編))

作・風祭玲
(原案者・TWO BIT)

Vol.510



「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/

を参照して下さい。







西暦199x年・都内某研究所…

「おいっ

 まだインストールが終わらないのか、
 
 試験開始まで時間がないぞ」

「いま、やっと50%を超えたところだよ」

「おーぃ、

 椅子が足らないぞぉ

 倉庫から至急持ってこい」

大勢の研究員や作業員達の影が忙しく動き回る中、

ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…

気密構造により外界とは完全に遮断されている第1オペレーションルーム、

その部屋の真ん中に据え付けられた寝台の上に

一人の女性の肉体が静かに置かれ、

そして、その体を取り囲むようにいくつもの細いリングが光り輝いていた。

無論、その女性は普通の人間ではない。

この試験用に特別に作られた人造の肉体・RBである。



パシュッ!!

部屋の気密状態を破るかのように自動ドアが開くと、

コッコッ

と靴を鳴らし白衣姿の研究員が二人入ってきた。

そう、人工知能システム・ヒミコの開発責任者である鳥羽俊介と、

共同開発者の雪村忠である。

「インストール率50%か…

 ちょっと遅れているけど、
 
 起動試験には間に合うな」

カチッ!!

寝台の傍に置かれてあるPCを操作しながら俊介は満足そうに頷くと、

「…なぁ、思い直さないか」

と忠は警告をする。

「なんでだよ」

忠の言葉に俊介は不機嫌そうな顔で返事をすると、

「現在のヒミコに体を与えるのは危険すぎる。

 俺は感じるんだよ、
 
 ヒミコの危険性が、
 
 少なくてもリミッターシステムをヒミコに組み込んでからにしないか?」

「あぁ?

 無理無理、

 リミッターを組み込むのにどれだけ時間が掛かると思うんだ、

 大丈夫、ヒミコは暴走なんかしないよ、

 お偉さんたちにしっかりとデモンストレーションしてくれるよ」

「デモだなんて…

 そんな悠長なことを言っている場合じゃないぞ、

 お偉いさんには適当な理由を付ければいいよ、

 例えば、
 
 インストール中に障害が発生しましたとか、
 
 RBとのシンクロ率に不安定要素がありますとか
 
 何とでも理由は作れる」

「おいおいっ

 気は確かか?
 
 昨日の予備実験でヒミコとRBとのシンクロ率は95%を超えているんだぞ、
 
 こんなに高いシンクロ率は人間の魂でもそう滅多に出るもんじゃないし、
 
 既にそのことを報告しているんだ。
 
 今日になってシンクロ率に不安定要素があるなんてこと言えないだろう」

「だから、危ないって言うんだよ、

 人の魂ならいざ知れず、
 
 人工知能がこんなに高いシンクロ率をたたき出す方がおかしいよ
 
 なぁ、いまからでも遅くはない。
 
 この実験は中止すべきだよ」

まもなく幹部を招いて行われるヒミコのデモンストレーションに

危惧を抱く忠が必死で食い下がると、

ガシッ!!

俊介は忠の両肩を掴み、

「なぁ、雪村。

 男にはここ一番って時が人生にはあるのはお前も知っているだろう?
 
 俺にとって今日がその一番の山場なんだ。
 
 なぁ、判ってくれよ、
 
 このまま、一介の研究員で終わりたくはないんだ。
 
 ヒミコの性能は非の打ち所がない。

 俺が保証する。
 
 それでも、心配というのなら、
 
 起動試験は俺がやる。
 
 大丈夫、お偉いさんには具合が悪くなったと説明するし、
 
 この成果について独り占めをしない。
 
 なぁ?
 
 俺に全てを任せろ」

と言い聞かせ、

「そうだ、

 珈琲をおごるよ、
 
 それで少し落ち着こう」

俊介はそう言いだすと忠の肩を叩き、

半ば彼を引き釣出すようにオペレーションルームを後にしていった。

しかし、

Pi…

『……………』

そのとき、RBへインストール中のヒミコに

小さな揺らぎが生じたことに気づいたものは誰も居なかった。




そして、その日の午後3時、

ヒミコによるRB起動試験が開始された。

「…以上で、システムの説明を終わりとさせて貰います」

オペレーションルームに隣接する講義室でレーザーポインターを片手に俊介は

ヒミコシステムと、RBとの連携試験についての説明を終えると、

背後に設置してあるマルチディスプレイの表示を消し、

「ご質問はありませんか?」

と説明を聞いていた参加者を見渡しながら尋ねる。

「………」

約1分ほど経過したが、

しかし、そこで手を上げるものはなく、

コクリ、

それを見た俊介は小さく頷き、

「では、質問等が無いので、

 実際のヒミコの起動試験をご覧頂くことにいたします」

と話を先に進め、

Piっ

手元のリモコンを操作すると、

イィィィィィィィン…

軽いモーター音と共に講義室左側の壁がゆっくりと持ち上りはじめた。

やがて、強化ガラス壁越しに寝台に寝かされている女性のRBの姿が見えてくると、

「ほぉ…」

講義室のいたるところより感心したような声が漏れはじめる。

そして、そのタイミングを見計らいながら

俊介は背後のマルチモニターにヒミコの状況を映し出し、

「さっき説明致しましたとおり、

 このRBにはヒミコをRB向けにカスタマイズしたバージョンをインストールしてあります。
 
 インストール作業そのものは1時間ほど前に終了し、

 現在、ヒミコ自身によるRB各部の認識作業が行われているところです。
 
 なお、インストール終了後の予備試験では

 99.998%の極めて高いシンクロ率を確認致しました」

と説明をすると、

「ほぉ、これはすごい…」

俊介の高シンクロ率の説明に部屋中から驚きの声が上がった。

「(よしっ)」

俊介は確かな手応えを感じつつ、

「あと、5分ほどで認識作業が終了いたしますので、

 それまでしばしお待ちください」

と締めくくると、俊介はコップを煽って乾いた口を湿らせ、

そのときがくるのをじっと待った。



やがて、

チッ!!

パッパッパッ!!

俊介の背後に表示されているマルチディスプレイの表示が一斉に変わり、

その全てに浮き上がるように青文字で『準備完了』の文字が表示され、

それを見た俊介は

「はいっ、

 たったいま、ヒミコによる認識作業が終了し、

 起動準備が整いました。

 では、これより起動を行います」

と告げると、

カチカチ!!

手早く手元のマウスを動かし、

一つのディスプレイに浮かんでいた

【起動】

と記されているアイコンにカーソルを合わせ、

「ヒミコ・起動!」

と声を上げながらクリックをした。

すると、

フッ!!

RBが横たわるオペレーションルームの明かりが1ランク暗くなり、

それに合わせて、

ウゥゥゥゥゥゥン…

ゆっくりとわき上がるような音が響き渡ると、

まるで冷たいRBの肉体に命の日を注ぎ込むかのように、

RBの額・胸・腰・脚の各部に光のリングが現れ輝き始める。

「おぉぉ…」

それを見た出席者達は皆、講義室とオペルームを隔てる強化ガラス壁へと走り寄り、

食い入るように見つめる中、

時間を追うごとにRBを取り囲む光のリングは太くなり、

やがて帯へと姿を変えていった。

そして、

「………」

その様子を俊介と別室でモニター越し見ている忠の

4つの目もひと時も目を離すことなく監視を続ける。

『第1次接続・ヒミコ・RB連携開始』

RBの状況を告げる落ち着きながらも感情を殺した人工合成の声が響くと、

ピクッ!!

それに反応するかのようにRBの表面がかすかに動く、

続いて、

『第2次接続・ヒミコ・深層域に到達』

と言う声が響くと、

シュルルルルル…

RBの周りを取り囲んでいたリングが勢いよく回り始めた。

「いよいよか」

リングの回転を見つめながら俊介がそう呟くと、

『第3次接続・RB起動…』

と言う声が響き渡り、

その声と同時に講義室に響いていたざわめきが全て消えた。

「………」

沈黙の時間が流れる中、

参加者、そして、俊介と忠の注目を浴びながら、

ピクッ!

ピクッ!

とRBの体が胎動し、

そして、

スッ…

閉じられていた目がゆっくりと開くと、

パチッ!!

さっきまで眠っていたRBは大きく目を開けた。

「ヒミコ…」

その様子に俊介は小さくヒミコの名前を呼ぶと、

グッググググ…

目を覚ましたRBはゆっくりと上体を起こし始める。

「おっおぉ…」

その様子に参加者より一斉にどよめきがあがり

その後ろでは

「そっそうだ、ヒミコ…

 ゆっくり

 ゆっくりと…な」

まるで、生まれて初めて立ち上がった幼児の父親のごとく俊介は呟き続ける。

すると、俊介のその声に支えられるかのようにRB・ヒミコは寝台より起きあがり、

スタッ!!

脚を床に着けると静かに立ち上がった。

「おぉ」

「すごい…」

「立った…」

「立った…」

「ヒミコが立った…」

「人間の魂無しでか」

人工知能・ヒミコによる制御を受けたRBが立ち上がる様子に参加者は皆驚き、

そして、感嘆の声を上げる。

とその時、RBはガラスの壁の方をゆっくりと見ると、

『……さん…』

とその口が微かに動き、

何か言葉のようなものを呟いた。

「!」

それに最初に気づいたのは

モニターで様子を見ていた忠だった。

「なんだ?

 いまのは…」

言いようも無い悪寒が彼の背筋を走っていく、

すると、参加者の一人がカメラを構え、

パシャッ!!

っと立ち上がるRBに向けてシャッターを切った。

一瞬、ストロボより発せられた閃光が

ガラスに反射してオペルームを照らし出すと、

演台上の俊介の姿を照らし出す。

その途端、RBの表情が変わると、

パシッ!!

俊介の背後にあるマルチディスプレイの画面が一斉にブッラックアウトをしてしまった。

「いっいかん!!

 スグにヒミコを停止しろ!!」

RBの異変を感じ取った忠は声を上げる。

その一方で、

ガクッ!!

ヒミコが稼動中のRBはその場に蹲るように倒れると、

『……ドコ…』

『……サン…

 …ドコ…』

という言葉を繰り返しながら体より金色のオーラを輝かせ始めた。

「え?」

予想外の展開に俊介がきょとんとしていると、

ピリピリピリ!!

講義室の壁に掛けてある電話のベルが鳴り響く。

「もっもしもし

 鳥羽ですが」

跪くRBから視線を外さずに俊介が電話を取ると、

「俺だ、

 スグにヒミコを停止しろ!!」

と忠の怒鳴り声が鳴り響いた。

「え?」

その声に俊介が驚くと、

「バカッ

 早くしろっ

 ヒミコの立ち上げに失敗しているんだ、
 
 何が起きるか判らない。
 
 スグに止めるんだ!!」

と驚く俊介に向かって忠は怒鳴るが、

しかし、その時には

『ドコ…?

 アタシヲ、オイテイカナイデ…

 アタシ…

 ヤクニタツカラ…

 チカラナラ、イッパイアル…』

コワァァァァァ!!!

RBはそう呟くと背中より光で出来た羽が伸ばし始め、

そして、それに合せるかのように

ズズズズズズズズズ…

研究所の建物そのものが揺れ始めた。

「え?

 なに?」

「じっ地震か?」

「きゃぁぁぁ!!」

揺れ始めた建物に参加者達が戸惑い始めると、

ピシッ!!

壁代わりのガラスに亀裂が入た。

すると、

「うわっ」

危険を感じた参加者達は一目散に皆一斉に逃げ出していく。

「止まれ…

 止まるんだ、ヒミコ!!」

その光景に俊介は慌てて壁にある『緊急停止』のレバーを引き下げたが、

しかし、RBは止まることは無かった。

「なに?

 まさか、ヒミコがRBの緊急停止システムをロックしているというのか、

 まずい、

 リミッターが無い状態でこのままパワーが上がると…

 畜生!!!」

ガッ!!

俊介は自分の迂闊さをぶつける様に、

握っていたポインターを床にたたきつけた。

すると、

「何をしているんだ、鳥羽!!

 早く、緊急停止しないか!!」

と言う声と共に忠が駆けつけてくると、

「ダメだ、

 ヒミコがRBの緊急停止システムをロックしている!!」

と俊介は怒鳴った。

「なに?

 どけっ!!」

ガシッ!

それを聞いた忠は俊介を突き飛ばすと転がっている椅子を持ち上げ、

そして、

ブンッ!!

勢いをつけながら思いっきり強化ガラスの壁にたたきつけた。

しかし、

ドガン!!

投げつけられた椅子が砕け散る音が響き渡るのと同時に、

カッ!!!

RBの身体が光り輝くと、

「ヒミコぉぉぉぉ!!!」

俊介の絶叫とともに

ドォォォン!!!!

爆音が研究所を揺るがせた。



200X年・県立体育館…

「ヒミコ…

 俺はあのときの失敗は2度としない…

 ヒミコ…

 俺はお前のことを全ては知っていなかったんだ。
 
 あの事故が元で、雪村は研究所を去り、

 そして、人工知能チームは解散。

 俺は閑職へと飛ばされた。
 
 けど、天は俺を見放してはいなかった。
 
 ヒミコの後を受けたイザナミのプロジェクトがHBSの陰謀で潰され、

 そして、そのリベンジとして国産OSの計画が始動したとき、
 
 俺はAI機能をロックしたヒミコ持ち出したのさ。
 
 ふふっ
 
 HBSのやり方に怒り、焦っていた連中は見事に俺のエサに食いつき、
 
 そして、ヒミコを改良していった。
 
 さぁ、ヒミコ!!!
 
 今度こそ、
 
 今度こそ、
 
 ちゃんと始動しろ、
 
 そのタメに我が息子を付けてやったんだからな」

体育館の中より吹き上がるオーラと広がる羽を見つめながら

無数の尼僧やシスターたちに囲まれ祐介の父・俊介は叫び声を上げていると、

ズドドドドドドドドドドドド!!

体育館から一直線に伸びる道路の向こうより地響きとともに砂埃が舞い上がり始めた。

「なっなんでしょうか…

 (それにしてなんで尼さんやシスターがこんなに…居るの?)」

それを見た雪村春子が驚いた声を上げると、

「なんだ…」

「どうした?」

パニックに陥っていた狐川・狸小路両軍の兵士達も立ち止まり、

その方向を見る。

ドドドドドドドドド…

遠方より響き渡ってくる地響きは次第に体育館へと近づき、

そして、おぼろげながら揺らめく道の彼方で白い何かが揺れているのが見えてきた。

「なんだ…あれは…」

訝しげながら俊介が目を細めたとき、

ピリリリリリ!!!

彼の胸元にある携帯電話が鳴り響いた。

「あっ…

 あぁ、鳥羽だが…」

と俊介は携帯電話を取るが、

しかし、スグにその表情を強張らせると、

「なにぃ!!!!」

と目を剥いて怒鳴り返した。

「どっどうしましたか?」

顔を引きつらせる俊介の様子に春子が驚きながら聞き返すと、

「どっドールが…

 全員こっちに向かってきている…だと」

俊介はそう呟き、

そして、

カシャン…

持っていた携帯電話を手からすべり落としてしまった。

「あっ

 携帯電話が落ちました…え?」

それを見た春子が俊介に注意をするが、

ドドドドドドドドドド…

ダダダダダダダダダダダダ!!!

彼女の視界には真珠色のクラシックチュチュを身に纏ったバレリーナの大群が

まるでサバンナの大地を移動しているヌーの群れの如く迫って来るのが見えた。

「まっまさか…

 あのドール達を呼んだのか?
 
 ヒミコは?
 
 なんで…
 
 まさか、また暴走を…」
 
迫る来るバレリーナの大群を見据えながら俊介はそう呟いていると、

「とっ鳥羽さんっ

 危険です!!」

危機感を感じた春子が悲鳴をあげながら俊介の袖を掴んだ。

そのとき、

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ちゅどぉぉぉぉぉぉん!!!

体育館に迫り来るバレリーナたちの群れに展開していた

狐川・狸小路両軍は瞬く間に飲み込まれことごとく粉砕されてしまうと、

もはやそのバレリーナ達に立ちはだかるものは何も無く、

チュチュの純白のスカートを揺らし、

ひっ詰め頭につけた髪飾りを日に輝かせながら迫り来る白い大津波は

横一直線に広がりながら体育館へと襲い掛かる。

そして、静々と体育館から出てくる尼僧やシスター達を飲み込むと、

ズドドドドドドドドドドド!!!

ドカァァァァァァン!!!

まるで排水溝に吸い込まれる水の如く一斉に県立体育館の中へと流れ込んできた。

無論、そのバレリーナの大群の中に一人の天使と白黒2匹の猫がいたことなど、

誰の目にもとまることがなかった。

しかし、

カッ!!!

バレリーナの大群が体育館に突入し始めて1分も経たないうちに、

ヒミコ覚醒の時とは明らかに違う青白い閃光が体育館の中より発せられると、

ズムッ!!!

まるで、腹の底に響くような異様な振動がまるで池に広がる波紋の様にして

体育館を爆心地にして周辺へと響き渡っていった。

「ひっヒミコっ

 お前、また!!!

 雪村君!

 なんだ、この爆発は!!」

迫り来るバレリーナの大群から辛くも逃げ延びることが出来た俊介が

同じように脱出に成功した春子にこの異様な振動の理由を尋ねるが、

しかし、

「………」

いくら経っても春子からの返事は返ってこなかった。

「?

 雪村君?」

沈黙したままの春子を訝しがりながら俊介が振り返ると、

「なに?」

そこにはパソコンを操作したままの姿で石化してしまっていた春子の姿があった。

「なっ

 いっ石に…」

石化した春子の姿に俊介が息をのむと、

「いやぁぁぁ

 お助けぇぇぇぇ」

と叫びながら体育館の中より1人の尼僧がバレリーナの海を掻き分けながら俊介に助けを求めてくるが、

パキパキパキパキ!!!

見る見る彼女のその足下より石化が始まると、

パキン!!!

俊介の目の前で尼僧はバレリーナともどもモノを言わぬ石像へと化してしまった。

「いっ石に…

 一体、どっどうなっているんだ…」

石像と化してしまった尼僧やバレリーナをじっくりと眺めながら俊介はそう呟き、

バレリーナで埋まっていないドアより体育館へと駆け込むが、

その中で俊介が見たのは

ロビーに襲い掛かってきたバレリーナから逃れようとして、

倒れている者、

座り込んでいる者、

誰かに助けを呼ぼうとして手を伸ばしている者、

など、様々な姿をした尼僧やシスター、そしてバレリーナの石像が置かれ、

まるで駆け出しの彫刻家のアトリエに来ているような錯覚に陥れた。

「なっなんだこれは…」

衝撃の光景に俊介は息を呑むが、

しかし、スグに気を持ち直すと、

「おっおいっ!!」

「きっ君っ」

一番近所あるシスターの石像から順に俊介は声を掛けるが、

無論、石像からの返事はなく、

「…なんで…」

俊介はその異様さに恐れおののいた。

そして、

「ココに居ては行けない…」

俊介は直感的にそう判断をすると、大急ぎで逃げ出そうとしたが、

パキパキ!!

その時、俊介の脚から石化が始まり、

その境界線が上へと駆け上がり初めていた。

「うっ

 わぁぁぁぁぁぁ!!!!」

それを見た俊介が悲鳴をあげるが、

しかし、

パキン!!!

瞬く間に彼は石像へと化してしまうと、そのままの姿でたたずんでしまった。

石像と化していく者達はそれだけで終わりではなかった。

「なっなんだ…」

「うわぁぁぁ!!」

「いっ石に…」

「助けてくれ!!」

県立体育館の中にいた東大寺やその配下の者達はもちろん、

バレリーナの大群から逃げ延びた狸小路・狐川両軍の兵達も

次々と石化してしまっていくと、

そして、ついにはあれほど響き渡っていた喧騒がピタリとやんでしまい

体育館は静寂に包まれてしまった。



「緊急事態発生!」

「緊急事態発生!」

天界・運命管理局内にエマージェンシーコールが繰り返し流されると、

「何をしているのっ

 スグにバリヤーを張って
 
 メデューサの鏡の魔力を封じ込めるのよっ」

陣頭指揮を執る銀髪の女神の叫び声が響き渡る。

「竜宮の乙姫と回線が繋がったわ」

受話器を片手に黒髪の女神が叫び声を上げると、

「スグにこっちにまわして!!!

 ……

 あっあぁ、あたしだけど
 
 乙姫?

 あのさっ

 スグに県立体育館の周辺部にバリヤー…じゃなかった水縛結界を張って、

 強度はAAA+で!!

 え?

 理由?

 もぅっ

 メデューサの鏡が発動してしまったのよ、

 一刻を争うのっ!!!

 さっさとして!!!」

天界からの急襲部隊の人選を進めつつ銀髪の女神は怒鳴り、

そして、黒髪の女神に向かって

「ちょっと、アーリィとの連絡はついているの?」

と叫び声を上げるが、

「ダメです、

 強力なジャミングによって、連絡を取ることが出来ません」

と黒髪の女神に変わってオペレータから返事が返ってきた。

「変ねぇ…

 竜宮とは連絡がつくのに、

 アーリィにはジャミングが入るなんて…」

2つの対象的な状況を冷静に判断しながら黒髪の女神が首を傾げると、

「ねぇ、アーリィは確か早川神社に居るはず…よねぇ」

と銀髪の女神に尋ねた。

「あっあぁ…

 確か、あそこの神職から依頼が来て

 その処理に向かったはずだけど…」

「処理って?」

「詳しくは知らないけど、

 なんでも、魔族たちが遺していったものの処理とか」

「魔族のって…

 大丈夫なの?」

「それは、気にはなっているけど…

 でも、今はメデューサの方を優先!!」

受話器を置いた銀髪の女神は親指を噛みながらそう決断をすると、

ジッ

とモニターに映し出される県立体育館の状況を見つめる。

そして、海精族(人魚達)の都・竜宮では…

「乙姫様、

 天界からなんと?」

「はぁ…

 大急ぎで水縛結界を張って欲しいと…」

受話器を置いた長を務める乙姫は侍従たちの質問にそう答えると、

「とにかく、

 至急、水縛結界を張ります。

 地上で活動中の者…

 そう、あのカナとマナという人魚に
 
 その体育館というところに水精の鏡を置いてくるように伝えなさい」

と声をあげた。

そして、乙姫のその命令は地上で活動している人魚・カナ(櫂)とマナ(真奈美)の二人へ伝えられると、

「えぇ!!、

 乙姫さまがぁ?」

「水縛結界を!!」

それを聞いた二人(櫂と真奈美)は飛び上がって驚く、

「とにかく、

 急いで、時間が無いの、
 
 この鏡を県立体育館に急いで置いて来て」

と櫂の母親の綾乃は人魚達が術の媒体としている”水精の鏡”を手渡すと、

庭にある池の水に手をつけ、

バッ!!

そこに人魚たちの亜空間通路である”水の道”を作り上げた。

それを見た二人は顔を見合わせた後、

肩をすくめ合い、

「はいはい…」

と諦めに似た返事をして、

シュンッ!!

瞬く間に翠の髪を長く伸ばした半人半魚の人魚体へと変身すると、

「じゃぁ行って来るね」

と言い残して”水の道”の中へと飛び込んでいった。



「ねぇ、カナぁ」

水の道の中を泳ぎながらマナがカナに尋ねると、

「なに?」

先を行くカナが返事をする。

「メデューサの鏡なんなの?」

「さぁ?

 僕も良くわからないけど

 相当やばい物みたいだ」

「ヤバイって

 あたし達が行って大丈夫なの?」

「なんでも、光を浴びたものは石になってしまうみたいだけど、

 取り合えず僕たちは竜玉の力に守られているから大丈夫だそうだ」

驚くマナにカナはそう答えると、

「ちょちょっと、

 随分とアバウトじゃない」

とマナは抗議に似た声を上げた。

「とは言っても乙姫さまからの依頼を断るわけには行かないだろう?

 直々の指名なんだし…」

マナの抗議にカナは口を尖らせながらそう言い返すと、

「ハァ…

 きっとこの間の竜宮の宝物倉を目茶目茶にした罰よ

 それとも海母様の鰭をさっさと持っていかなかったせいかな?

 あーぁ、誰かさんのおかげでとんでもないことになったわ」

とマナは嘆きながらカナを見る。

「そんなにオーバーに嘆かなくても…」

マナのその態度にカナはバツの悪い思いをしながらも言い返そうとしたとき、

「そうだ、

 カナは竜の騎士なんでしょう?

 じゃぁ、この危ない任務はカナがするべきだと思うのよ」

突然、マナはカナが人魚の戦士である”竜の騎士”であることを指摘すると、

「というわけで、

 あたしはここに残るから、

 カナだけで行ってきてね」

というなり、

バシン!!!

マナはしならせた尾鰭で思いっきりカナの背中を叩いた。



「まっまなぁぁぁぁぁぁ!!」

鏡を抱きながらドップラー効果による歪んだ声を残してカナは水の道の彼方へと飛ばされると、

「お勤め、がんばってねぇ!!」

マナは声を張り上げ手を大きく振る。

「あのなぁぁぁぁ…」

不意を突かれたため、思うように減速することが出来ないカナは

そのまま目の前に迫ってきた出口を潜り抜けると、

ざばぁぁぁぁぁ!!!

シュン!!!

体育館内へと飛び出し、

「うわぁぁぁぁぁ!!」

そのままの勢いで石像が林立する体育館のロビーのなかを横断して、

ドガン!!

ものの見事に壁に激突をしてしまった。

すると、

カラン!!!

激突のショックで気を失ったカナの手より水精の鏡が床に転がり落ちると、

カラカラカラ

コツン!!!

石化し佇む俊介の足元に当たり、上を向いて静に止まった。



「乙姫様、

 水精の鏡が所定の位置に置かれました」

竜宮で水精の鏡の位置をモニターしていた人魚が声を上げると、

「わかりました。

 では」

乙姫はそう返事をすると、

スイ…

竜宮の中心にある波動の間に向かい、

その場所に描かれてある魔方陣の上で静止した。

そして、

すぅぅぅぅぅぅ…

まるで深呼吸をするかのように両手を尾鰭に向かって伸ばすと、

大きく胸を突き出す。

すると、

ブンッ!!!

それに呼応するかのように乙姫の周りに光の粒子が集まり始め、

乙姫の身体を包み込んでいく。

ミァミァミァミァ…

エネルギーが集積する音が唸るように響き渡り始め、

その音を枕に乙姫は時を待つ。

ミァミァミァ…

「………!!!」

ある点を越えたとき、

乙姫は目を見開くと、

「水縛結界、
 
 発動!!」

っと叫び声を上げた。

すると、

シャッ!!!

カナによって持ち運ばれた水精の鏡が光り輝き、

ゴッ!!!

メデューサの鏡が発動している県立体育館をその周辺から覆うかのように

渦を巻く水の壁がわき上がり、

バリバリバリ!!!

体育館の中よりわき出すメデューサの鏡より生じた力を押し戻し始める。

ゴワァァァァァァ…

いままさに、2枚の鏡による力比べの幕が切って落とされたのであった。



つづく



次回予告
封印が解かれたメデューサの鏡は次々と人々の時間を飲み込み石に変えてしまう。

黒蛇堂が恐れていたこの惨事のさなか、俺は石にされてしまった琴美の姿を見つける。

琴美を助けるには俺の魂でもってメデューサの鏡を封印するしかない。

そう決意した俺は発動するメデューサの鏡へと向かっていった。

いよいよ迎える”敵は狸編”クライマックス。

「ヒミコ、俺に力を貸せ!!」

次回「敵は狸編・最終話:ひとときのさよなら(後編)」お楽しみに…


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