風祭文庫・レンタルボディの館






「ヒミコ」

敵は狸編
(第5話:試合前夜)

作・風祭玲
(原案者・TWO BIT)

Vol.506



「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/

を参照して下さい。







西暦199x年・都内某研究所

「よぉしっ鳥羽、

 起動するぞ」

ボサボサ頭を掻きながら白衣姿の研究員がハイテーション気味の声をあげると、

「オッケー

 カメラアングル良好。

 こっちはいつでもどーぞ」

片手に持ったビデオカメラで部屋の様子を

グルリと写しながら彼の同僚研究員が返事をする。

「なんだよ、

 それは」

「ん?

 何って、世紀の一瞬を記録するためのモノだよ」

「おい、

 ビデオなんか三脚にでも固定しておけっ

 それよりもちゃんとログを取っておけよ、

 この間みたいなコトはゴメンだからな」

「あはは…

 大丈夫、大丈夫(ピポ!!)」

「ったく…(パソコン立ち上げて居なかったな)

 じゃぁ起動するぞぉ」

監視用パソコンのスイッチを入れ、ソフトを立ち上げる同僚の姿を苦々しく見ながら

その研究員は長さ15cm、厚さ3cmほどのクリスタル製の六角柱を

セットしてあった装置より取り外し、

自分の横に設置されている大型コンピュータに用意されているソケットへと差し込んだ。

そして、電源ボタンに指を当て、

「せぇーのぉー

 ポチとなっ」

と言う言葉と共に電源ボタンを一気に押し込む。

キュィィィィン!!!

ザザザザザ…

電源ONと同時に研究室にHDDの回転音とアクセス音な鳴り響き、

研究員の目の前に置かれているディスプレイには文字が飛ぶように表示されていく、

ゴクリ…

二人の研究員は生唾を飲み込みながらその様子を見守ること約10分、

カチッ!!

フッ!!

画面に表示され続けていた文字が消え、

ディスプレイは漆黒色に染まった。

「いよいよか…」

「あぁ…」

全ての反応が消えたディスプレイを見つめながら二人はそう囁いていると、

ブン…

まるで暗闇から姿を現してくる人のように、

ある文字が浮かんできた。

それは

”!”

と言う一文字で

程なくすると、

”?”

と言う文字へと変化した。

「起動したのか?」

浮かび上がる文字を見つめながら同僚が尋ねると、

「いや、まだわからん…」

その問いに研究員は慎重に返事をする。

すると、

『ザー…Piっ』

コンピュータに接続してあるスピーカよりノイズとビープ音が鳴り

その後、

『Pi

 Pi

 PiPiPiPi 

 オ・ハ・ヨ・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス』

と人工合成された言葉がスピーカから鳴り響いた。

「おっおいっ!」

「まっ待て、

 落ち着け、

 ……(コホン)

 えー…おはよう

 …さて、君の名前は?」

その反応に同僚は飛び上がるが、

しかし、研究員はそんな彼を諌めつつ、コンピュータに向かって質問をした。

すると、

『ワ・タ・シ・ハ…』

「ゆっ雪村っ…」

「黙って聞け」

『……ヒ・ミ・コ…』

スピーカーからの声ははっきりとそう告げた。

「(ゴクリ)君はヒミコと言うのか」

『ハ・イ』

「君の誕生日はいつ?」

『ワタシノ・タンジョウビハ

 199×ネン・10ガツ・16ニチデス』

「そっそうか…」

「やっやったな雪村!!」

「おっおう」

研究員とやり取りをはじめた出したコンピュータの様子に同僚は思わず彼に抱きつき、

「すっすげー…

 マジで人間レベルの知能を持った人工知能を作っちまったんだよ、

 俺たちは…」

と興奮した口調で返答をするコンピュータを眺めていた。

「まっまだ早い、

 確認しなければならない項目が山の様にあるんだ、

 喜ぶのはそれを全てパスしてからだ」

そんな彼を諌める研究員だったが、

しかし、その表情は喜びにほころんでいた。

『ナニヲ・ヨロコンデ・イルノ・デスカ?』

「ふっ

 ふふふふ…

 はははははは!!!」

「あははははは!!

 わーははははは!!!」

『シツモンヲ・クリカエシマス・ナニヲ・ヨロコンデイルノデスカ』

21世紀を迎える少し前のことであった。



西暦200X年・都内某所

「鳥羽っ

 ついにきたぞ、

 ヒミコからの覚醒信号だ。

 やっと起きたぞ、あの寝坊娘が!!」

ディスプレイを眺めながら中年の研究員が緊張した声を上げると、

「そうか」

バサッ!!

その声に広げていた新聞を折りたたみながら鳥羽俊介は立ち上がり、

彼の前に置かれているディスプレイを覗き込む。

「ふむ、

 とりあえず、第1段階か…

 目を覚ましたといってもまだ寝ぼけているってところか」

「ん?

 おいっ、ヒミコって寝ぼけるのか?」

「さぁな、

 完全に目が覚めたときに聞けば良い」

「でも、

 いっいいのか?」

横に立つ俊介を横目で見ながら研究員・雪村忠は尋ねると、

「構わんよ」

と俊介はニヤリと笑う。

「おっおいっ」

「安心しろ、

 俺も人の親だ

 自分の息子をわざと殺すようなことはしないし、

 ヒミコもそれをわきまえている。

 しかし、ヒミコが立ち上がるには誰かが手を差し伸べなければならない。

 祐介ならその役目を立派に果たしてくれるだろう」

「そうっそうか」

落ち着いた口調で淡々と話す俊介に忠は冷や汗を流し、

「でもな、

 傍目で見ると手を差し伸べるというより

 踏み台にされているような気がするのだが…」

と皮肉めいた返事をした。

「ふふっ

 踏み台か、

 まぁ視点を変えればそう見えるな…

 なぁに、

 大丈夫、大丈夫。

 さて、忙しくなるぞぉ〜

 やっとヒミコが起きてくれたんだからな

 色々と準備をしないとな…」

心配顔の忠に俊介はそう告げると、

白衣を靡かせながら倉庫へと向かっていった。



「俺を踏み台にしたぁ!?」

「はぁ?

 今頃起きて何を言っているの?」

「え?

 あれ?」

飛び起きた祐介が周囲を見ると、

ザワザワ!!

教室の中はすっかり昼休みモードになっていて、

リラックスした雰囲気に包まれていた。

「え?

 お昼?」

「そーよ、

 日本全国お昼休み、

 まったく、午前中の授業全部寝てすごすなんて

 神経が図太いというか、

 おバカというか」

と俺の横に立つ琴美は皮肉を込めてそう言う。

「そんな事言わなくても良いじゃないかよ」

ドカッ

一度上げた腰を下ろしながら俺が言い返すと、

「はいっ

 購買でお昼買っておいたわよ、

 RBでもお腹空くんでしょう?」

ズイッ

琴美は購買部で買ってきたヤキソバパンを祐介に突き出してそういった。

「恩に着る!」

そんな琴美に祐介は手を合わせて受け取ると、

ヤキソバパンに齧りついた。

「あっそうそう、

 朝、校庭でもつむじ風が起きて生徒が吹き飛ばされたそーだけど、

 あれも祐介の仕業なの?」

「え?(モゴッ)

 うっうん」

琴美の質門に俺は頷くと、

「はー…

 まったく…

 おじさんにも困ったものよねぇ
 
 自分の息子だからといって遊ぶにも程があるわ」

と琴美はため息を吐く。

「しらねーよ、

 こっちも迷惑しているんだ」

そんな琴美に俺はそう言うと、

「ねぇ、

 ヒミコの声が聞こえたって言っていたけど、

 ヒミコってそのRBのBIOSなんでしょう?

 そのBIOSがなんで祐介に話しかけてくるの?」

と琴美は俺に尋ねた。

「さぁなぁ…

 病院で受けた説明ではBIOSが俺に何か言ってくることはない。

 って聞いたんだけど、

 でも、琴美も知っている通り、

 ヒミコって普通のBIOSじゃないだろう。

 妙な仕掛けがしてあってもおかしくは無いんじゃないかなぁ」

俺は琴美の問い返事をする。

「確かにね…

 あの研究所もそうだったし、

 昨日のバレリーナ戦隊、

 そして今日の陸上部を吹き飛ばしたバカ力…

 はぁ…

 なんだかドンドンととんでもない方へと引きずられているみたいだわ、

 あーぁ、昔の生活に戻りたい」

琴美はまるで自分の不幸と言わんばかりに机に突っ伏し嘆いて見せる。

「おいっ」

そんな琴美の姿を祐介は苦々しく見ながら声を上げると、

「で、

 今日は金曜日、

 あさっての日曜日には新体操の大会が開かれるけど、

 準備はおっけーなの?」

机に突っ伏した琴美が顔を上げるなり俺に尋ねた。

「え?(ドキッ!!)」

琴美の指摘に俺は心臓を握り締められるような感覚に陥りながら返事をすると、

「試合に負けたら、あの千代彦とか言う変態男のお嫁さんになっちゃうんでしょう?」

琴美は触れて欲しくないことにを口にした。

「やっヤメロ!!

 それを言うなぁぁ!!」

その言葉に俺は頭を抱え髪を振り乱しながら叫ぶと、

「はぁ…

 これはダメかもね…

 あっそうそう、

 星一コーチからの伝言だけど」

「ん?

 徹子の部屋からなんだってぇ?」

「今日の練習で星一コーチが直々祐介に一子相伝の奥義を教えてくれるそうだから、

 覚悟しておけって」

「はぁ?

 新体操で一子相伝の奥義も無いだろう?」

「知らない…

 でも、それならなんとか勝てるんじゃない?

 対戦相手が新体操の女王でも…」

「どーだかなぁ…(対戦相手ってなんだよ、それ)」

そう言いながらも星一コーチから伝言にあった奥義と言う言葉に

ある種の光明を感じ取っていた。



「お兄様っ

 お兄様はいずこ」

狸小路邸に令嬢・澪の声が響き渡る。

「あっ澪様っ

 千代彦様は只今新体操の練習中であります」

その声に狸小路家執事の徳田昌之助が澪の前に進み出るとそう告げると、

「あら、またですの?

 もぅ、今日はあたしと付き合ってくれるって言っていたのに」

昌之助の言葉に澪はプッと膨れる。

「申し訳ございません、

 何しろ、

 狐川が向こうのバックにつきましたので、

 念には念を入れませんと」

膨れる澪の姿に昌之助は理由を話すと、

「まぁ…

 お兄様が負けるとでも」

と澪は昌之助の揚げ足を取った。

「いえっ

 滅相もありません。

 千代彦様が負けるなんてことは絶対にありません。

 ただ、狐川を相手にするには万全を尽くすべし。

 というのが千代彦様の考えだそうですので…」

噴出す汗を拭いながら昌之助はそう言うと、

「判っていますわ、

 昌之助っ

 あたくしもお兄様の勝利を信じていますもの…

 あっそうそう、

 さっき、システム技術部より連絡がありまして、

 なんでも、お兄様が頼んでいたものが出来上がったとか言っていましたわ」

澪は去る素振りをしながら昌之助に千代彦が発注していた物が出来上がったことを告げた。



「そうか、

 アレが出来たか」

体育館並みの大きさを誇る練習場にて昌之助よりその報告を聞いた千代彦は舞っていたリボンを止め

嬉しそうな顔をしながら返事をした。

「はぁ…

 ところで若っ
 
 一体何を発注なされたので?」

事情が飲み込めない昌之助は千代彦に尋ねると、

「ふふっ

 付いて来い、昌之助」

千代彦はそう言い残しレオタードにジャージの上着を羽織っただけの姿で練習場を出て行く、

そして、約1時間後、二人の前に巨大な扉が聳え立っていた。

「こっここですか?

 若?」

狸小路家私設高速道路を疾走してきた自家用車から降りた昌之助が驚きながら見上げる中、

Piっ!

がこぉぉぉぉぉんんんん!!!

千代彦が差し出したIDカードに反応した巨大な扉がゆっくりと開くと、

その中より巨大なモビルスーツが姿を見せる。

「なんと」

「ほぅ、

 確かに仕様どおりだな…」

姿を見せたモビルスーツを見上げながら千代彦が関心をしていると、

「あっ若ッ!!」

扉が開く音に出てきた開発スタッフたちが千代彦の姿に気づき駆け寄ってきた。

「うむっ

 澪から聞いた。

 どうやら出来上がったようだな…」

新体操用のひっ詰め頭を撫でながら千代彦はそう言うと、

「えぇ、

 なんとか間に合わせました。

 狸小路家の技術の結晶・タヌキオングです。

 これなら狐川がどんな妨害をしたとしても大丈夫です」

千代彦の言葉にスタッフは胸を張る。

しかし、

「ん?

 脚が無いようだが…」

と千代彦がモビルスーツに両足が無いことを指摘すると、

「脚なんて所詮飾りですよ、

 どうも上の人ほどそう言うのが判らないみたいで」

とスタッフの一人が吐き捨てるように言う。

「なに?」

その言葉に千代彦の顔がピクリと動くと、

「こっこらっ

 若になんと言うことを!!」

飛び出してきた昌之助がすかさず警告をした。

「待て、昌之助

 脚が飾りとはどういうことだ?

 脚がなくては歩けないではないか」

昌之助を制した千代彦はそう問い質すと、

「確かに脚が無いと相撲は取れませんが、

 でも、それに何の意味があると言うのです?

 私は魂を重力より解き放ってこそ、

 美しい新体操が出来る思っています」

とそのスタッフは返事をした。

「どういう意味じゃ?」

スタッフのその言葉に昌之助は首を捻るが、

「ふむ

 面白い…

 確かに新体操は重力からの飛揚を意味しているところもある。

 良かろう、

 このタヌキオング、とくと使わせてもらおう」

スタッフの返事に千代彦は大きくなづくと、

再び聳え立つモビルスーツを眺めた。

そして、このことは即座にスパイを通じて狐川の知るところとなり、

「なにっ

 狸が新体操専用のモビルスーツを用意しただとぉ」

真城華代捕獲作戦の指揮を執っていた東大寺はそのことを知らされると、

飛び上がるように声を上げた。

「東大寺様っ

 いかがいたしましょう」

驚く東大寺に部下がお伺いを立てる。

「くっそぉ…

 狸にしてやられたか

 イザというときはモビルスーツを使って踏み潰すつもりかっ」

クシャッ!!

腹立たしさをぶつけるように東大寺は手元の書類を握りつぶしていると、

ガチャッ!!

いきなりドアが開き、

「ご安心を…」

と言う声と共に鳥羽俊介が執務室に入ってきた。

「とっ鳥羽さん!!!」

執務室に入ってきた俊介に姿に東大寺は驚きの声を上げると、

「アポ無しのご訪問、ご無礼します

 さて、どうやら向こうは取って置きの秘密兵器を用意したようですが、

 でも、ご安心を、

 我々にも取って置きの秘密家兵器があります」

と俊介は胸を張った。

「取って置きの秘密兵器?」

自信満々の俊介の姿に東大寺は首を捻ると、

「ふふっ

 我々にはヒミコがあります」

と俊介は返事をした。

「ヒミコって…

 それはRBのBIOSでは?」

俊介より祐介が使っているRBの事について説明を受けていた東大寺はそうかえすと、

「確かに…

 ヒミコはRBのBIOSです。

 しかし、いまのヒミコは力を封印されBIOSとして振舞っているだけなのです」

「封印?」

「えぇ、

 それが条件でした…

 ヒミコが生き残るための…

 しかし、ヒミコはいま目覚め始めています。

 我が息子を足がかりにして…

 東大寺さんっ

 いまが一番大事なところです。

 ここで踏ん張ってこそ活路は開けるというものです。

 私に全てをお任せしてください」

「あっあぁ」

意気込む俊介の姿に東大寺は呆気にとられながら頷くと、

「では、早速、

 この口座に20億円程を振り込んでください。

 なぁに安いものですよ

 ははははは!!!」

豪快に笑いながら俊介は振込先を記した紙を東大寺に渡すと部屋を出て行った。

そして、部屋を出た途端、携帯電話を開くと

「おっ、春子くんか、

 ゴー!だ

 君の思うがまま存分にやってくれ、

 資金は十分にある!」

と電話の相手に向かってハッパをかけた。



「はいっ

 いまよっ

 フニッシュを決めなさい!!」

夕闇迫る体育館に新体操部コーチ・星一徹子の叫び声が上がると、

「うらぁぁぁぁ!!」

俺は雄たけびを上げながら

シュルンッ

蛇の様にうねり回転すリボンをある一点へと突き刺した。

すると、

シャッ!!

リボンはまるで刃物の如く変化し、

一気に目標物を包み込み切り裂いていく。

「うひゃぁぁぁぁ!!!」

その光景に一番驚いたのはほかならぬ琴美であり、

「うっそぉ…

 新体操のリボンがあんな凶器だっただなんて…」

とその威力に目を見張っていた。

「へぇぇ!!

 これはすごい…

 でも…」

ヒミコによって消された音と時間が戻ってくるのを感じながら

俺は自分が繰り出した技に驚愕をすると、

ある疑問がわきあがっていた。

そして、

「なんと、この技をマスターしてしまうとは、

 これまでとは違って、急に飲み込みが早くなったみたいですね」

と大きく頷き感心をするコーチに

「あのぅ…」

俺は声を上げ、

「新体操なのに、なんでこんな技が必要なんですか?」

と新体操の手具をを武器とする技に対して持った疑問をぶつけてみた。

すると、

キッ!!

星一コーチは厳しい目で俺を見るなり、

「これまで、あなたはなにを見て来たのです?

 これは戦争なのですよっ」

と俺に迫りながら力説した。

「せっ戦争って、

 そんな…

 ただの新体操の試合でしょう?

 鉄砲の弾が飛んでくるなんてこと…」

気迫満点のコーチに押されながら俺はそう言い返すと、

「なにを言っているのです!!!」

コーチの怒鳴り声が俺の耳元で爆発をした。

「いぃですかっ

 狸小路は狐川にとって因縁の相手なのですよっ

 その代表者同士が全力を尽くしての勝負となれば死力を尽くすものです。

 しかも、あなたの相手が狸小路の次期当主・千代彦となれば

 仮に刺し違えてでも葬り去るものが狐川に仕える者の定めなのです」

「そっそんなぁ…

 俺は別に狐川の人間でないし…

 普通の新体操の試合を…」

と”千代彦を道連れにしろ。”と言わんばかりのコーチに俺は

狐川・狸小路の争いとは一線を引くように言おうとしたが、

バシッ!!

「やかましい!!」

コーチは手にしていた竹刀で床を叩き、声を上げると、

「よろしいですね、

 これからあなたには特攻技を教えます、

 もしも、狸小路に負けるようなことがあれば、

 この技を持って千代彦もろとも華と散るのです。

 いいですねっ」

と念を押してきた。

「ひっひぇぇぇぇぇ!!!」

事態のとんでもない展開に俺は髪の毛を逆立てたが、

しかし、ひっ詰め頭に結い上げられている髪は動くことはなかった。



「はぁ、いよいよ明日か…」

試合前日の夕方、最後の練習が終わり、

琴美と共に帰り道を歩いていた俺は

試合の開始時間まで24時間を切っている事を感じながらそう呟くと、

「まぁ仕方が無いわね…」

ポンッ

と琴美が俺の肩を叩く。

「おっおいっ」

(人事だと思いやがって…)

琴美の態度に俺はそう思うと、

「なによっ

 元はといえば祐介が招いたことでしょう」

俺の表情を見た琴美は突き放した。

「えーえ、そうですか」

半ばふて腐れ気味に俺は返事をすると、

「大丈夫よ、

 あたしが攫われたときもなんとかなったじゃない。

 大丈夫、

 今回も祐介の秘めた力でなんとかなるって…」

そんな俺を励ますかのように琴美は言った。

「でもよぉ〜っ

 今度ばかりはどうか…と思うぞぉ」

「そうねぇ…

 あの研究所と比べれば、

 今回の敵って強敵そうだもんねぇ…」

「大体、新体操で戦いだなんて…

 何でそっちの方に行くんだ?」

「あらっ

 失礼ね。

 新体操は女の子にとっては戦いそのものよ、

 如何にして相手より上に立つか、

 それこそ切磋琢磨して…」

「でも…直接攻撃とかしないだろう。

 コーチの話からすると

 どぅ見ても新体操の手具を使って相手をぶちのめすにしか見えないぞ」

「うっうんっ

 そう言われればそうね」

今日の練習のことを引き合いに出しながら俺は疑問点を指摘すると

琴美もその点には頷いた。

しかし、

「でもさっ

 とりあえず、やるだけのことはやってみてみたら?

 もし、ダメだったときには骨を拾ってあげるから、ねっ」

と琴美は笑顔で俺に言う。

「あっあのなぁ!!!」

その言葉に俺は声を上げると、

「まっ明日は頑張ってね、

 あっそうそう、

 今日はちゃんと睡眠をとるのよ、

 寝るのも仕事のウチだから…(くす)」

琴美は小さく笑い駆け出していった。

「………

 だったらお前が出ろよ」

次第に小さくなっていく琴美の姿を見送りながら俺はぼやいていた。



「準備はいいかっ」

狸小路邸に次期当主・千代彦の声が響き渡ると、

「押忍!!!」

彼の前に隊列を組み勢ぞろいしている千代彦の親衛隊が一斉に返事をした。

「うむっ」

その様子を満足げに眺めながら千代彦は大きく頷き、

キッ

っと強張らせ、

「諸君らも知っている通り、

 いよいよ明日、

 長年の宿敵である狐と雌雄を決するときが来た。

 我が狸小路が明日の勝者であるためには諸君らの働き如何に掛かっている。

 なぜ、我が狸小路が狐どもの後塵をきしているのか、

 それは皆のものの心に隙があるからだ、

 よいかっ

 狐どもに正義の鉄槌を下し、輝かしい未来を勝ち取るのだ!!

 我が、狸小路に栄光あれ!!」

拳を振り上げて演説をした千代彦がそう締めくくると、

「ジーク、狸小路!」

「ジーク、狸小路!」

一斉に狸小路家を讃える歓声が沸き起こる。

そして、

「東大寺様…」

「ふんっ狸小路め、

 派手にぶち上げおって」

狸小路家より送られてくる生中継の映像を見ながら

狐川家執事の東大寺は苦虫を噛み潰したような顔をすると、

「よいなっ

 狸小路との戦いはあくまでカムフラージュであり、

 真の目的は真城華代の捕縛である。

 狸からの無駄な挑発に乗り、己を見失ってはいかん。

 このことを部隊全員に周知徹底をせよ」

と命じると、

「本当であるなら、

 全力で狸どもを叩き潰す所なのに…

 仕方が無い、

 ここは鳥羽祐介に期待するしか無いな…」

作戦方針を伝えたあと東大寺はそう呟いた。




カチッ!

カチッ!

カチッ!

「ふむ、新体操大会か…」

ディスプレイの光にメガネを怪しく輝かせて白衣姿の男性がそう呟く、

「新体操に青春をささげ汗を流す少女達…

 ふむ、なかなか良さそうな素材だね」

クイッ

メガネを直しながら彼はそう呟き、

「ふふ…

 一度、見てみる価値はあるか…」

と囁いた。

生物教師・月夜野、

後に”Dr.ナイト”と名乗る彼が次に狙う獲物は

ディスプレイの中に浮かび上がっていた。



つづく



次回予告
様々な陰謀が渦巻き、狐川と狸小路の意地がぶつかり合う新体操大会がついに開会される。

しかし、狸小路千代彦の圧倒的な差を見せ付けられた俺は思う存分力を発揮することができず苦戦をする。

そのとき、突然暴れウシが乱入してくると…

次回「敵は狸編・第6話:ヒミコ覚醒」お楽しみに…


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