風祭文庫・レンタルボディの館






「ヒミコ」

敵は狸編
(第4話:狐の陰謀)

作・風祭玲
(原案者・TWO BIT)

Vol.505



「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/

を参照して下さい。







「ふぅ…」

ドサッ

狸小路アメフト部との戦いを終え、

自宅に帰り着いた俺は着替えをせずにそのままベッドの上に突っ伏してしまっていた。

「まったくぅ…

 親父の野郎ぉ〜っ

 すき放題しやがってぇ〜っ

 ぬわにがバレリーナ戦隊だ!

 結局は俺一人が駆け回っているじゃないかよ

 ったくぅ、狐なんかととつるみやがってぇ

 なんで俺がこんな思いをしなければならないんだよぉ…

 もぅ!!」

真っ暗な視界に向かって俺は持って行き場の無い怒りをぶつけるように文句を言うと、

「なぁ、俺の中のヒミコさんよぉ…

 アンタだったらどぅするぅ〜?」

と、この体・RBと俺の魂との間を取り持つヒミコに向かって話しかけてみた。

「………」

無論、俺の問いかけへの返事は返ってこないし、

俺もそれを知っていての問いかけだったが、

しかし…

パシッ!!!

突然、何かが弾けた様な小さな音が耳に響いたような気がしたあと

『…力が欲しいのか?』

追ってその声が俺の耳に響いた。

「え?」

突然響いた言葉に俺は驚くと、

『…お前は、力が欲しいのか?』

再度声は尋ねてきた。

「だっ誰だ!!」

その声に向かって俺は声を上げると、

フッ!!

真っ暗な視界の中に光の人影が浮かび上がってくるなり、

『私はヒミコ…

 お前の影となり振舞う者なり…』

と声は俺に告げる。

「え?

 え?

 ひっヒミコ?

 ヒミコって

 まさか…本当にヒミコなのか」

声が名乗ったその名前に俺は肝をつぶしていると、

フワッ

俺の視界に浮かび上がる人影の姿が次第にはっきりと見えてくると、

「あっ」

その姿は以前、BIOSヒミコが俺に見せた古代の高貴な女性とピタリと一致する。

「お前は…ヒミコ…」

驚きながら俺はそう呟くと、

女性は両腕を大きく広げ、神々しそうなポーズをすると、

そして、

『お前は力が欲しいのか…』

とヒミコは再び質問をしてきた。

「あっあぁ…

 そっそうだよ、

 この身体になってから変な奴に絡まれっぱなしだからな、

 だから、そいつらを片っ端からぶっ飛ばす力が欲しいよ」

ヒミコからの問いかけに俺はそう返事をすると、

『そうか…

 よかろう、

 力が欲しければ授けよう』

ヒミコは短く返事をし、

『だが、力を授けたとき、

 わたしとお前は陰陽の関係でなくなる。

 そのこと忘れる出ないぞ…』

俺に釘を指すような言葉を言うとヒミコはゆっくり広げていた両手を顔の前に持ってくると組み、

膝を折りそのまま跪くと組んだ手を掲げながら祈るようなポーズをした。

「なっなんだ?」

まるで、古代の神事を思い起こせるその姿に俺は呆然としていると、

『わたしはヒミコ…

 いまこのときよりわたしはお前の力となる…』

「ヒミコ…

 俺の力?

 なぁヒミコって、お前…

 お前ってこのRBのBIOSじゃないのか?」

ヒミコからの声を聞きながら俺は聞き返すが、

『わたしはヒミコ…』

ヒミコはそう繰り返すだけで俺の質問には答えてくれなかった。

「ヒミコ!!

 聞きたいことがある、

 俺の声に答えてくれ!」

繰り返すヒミコからの声に俺は思いっきり怒鳴るが、

けど、いくら問いかけてもヒミコは同じ言葉を繰り返し、

そして、俺はそれを聞きながら意識を失ってしまった。



「いつまで寝ているのっ

 起きなさい!!」

母さんの怒鳴り声が俺の耳元で響きわたると、

「あと10分…」

俺はそう言いながら掛けられていた毛布を引っ張った。

しかし、

「ほらっ

 時間が無いんだから」

と言う母さんお声と共に

バッ

俺の毛布が引っ剥がされると、

「あっ!!」

母さんの驚いたような、

そして呆れたような声が響いた。

「んなに?」

その声に目をこすりながら俺は起き上がると、

「祐介っ

 あなた、学校から帰ったままで寝ていたの?」

と呆れた表情で俺を見下ろしていた。

「え?」

母さんのその声に俺はオドロいて自分の姿を見ると、

学校の制服を着たままの俺の体が目に入った。

「あっ!!!」

それを見た俺は思わず声を上げると、

「しまったぁ!!」

と叫びながら慌てて皺の依っている制服を脱ぎ捨て、

その下で蒸れていた下着の臭いを嗅ぐ仕草をした。

「うぇっ

 汗臭い…

 かっ母さん、

 シャワー浴びてくる。

 うわぁぁぁぁ

 なんで寝ちゃったんだろう!!」

RBの体になってから欠かすことのなかったシャワーを忘れたことを後悔しながら俺は飛び出し、

ドダダダダダダ!!!

と足音を上げながら風呂場へと駆け込んでいった。



はぁはぁはぁ

それから小一時間後…

生乾きの髪を適当にまとめ、

パンを齧りながら俺は学校へと続く道を駆け抜けていっていた。

「うひゃぁぁぁ!!

 朝練に遅刻だぁ〜」

シャワーを浴びていたためにいつもよりも大幅に遅れて、

俺は学校へと続く道を駆け抜けていた。

無論、昨日の事もあったので周囲へは常に気を配リながらの疾走である。

「まったく…

 狸小路の変な連中には絡まれ、

 さらには鬼コーチのシゴキに、

 バレリーナ戦隊…

 もぅ、この身体になってから本当に良いことないぞ」

半ば泣きべそを掻きながら俺は走り続けていた。

そして、

「あぁ、もぅ!!

 もっと早く駆けろ!!!」

切羽詰った声で俺がそう怒鳴ったとき、

フッ!!

俺の視界にヒミコの姿が一瞬映ると、

キィィィィンンンンンン…

という金属音のような音が俺の耳に飛び込んできた。

「え?

 飛行機?」

響き渡るその音に俺はそう思いながらも走り続けていると、

「あれ?

 なんか…

 回りの連中が…」

そう俺の視界に映る景色の中で移動していく人やクルマ、

そして電車などが妙にゆっくりと動いていることに気づいた。

「なっなんだこれ?」

走りながら俺は目をこすり改めて見るが

しかし、まるでスローモーションの世界にいるようで薄気味悪かった。

「どっどうなっているんだ?

 これは…」

そう思いながらも俺は迫り来る遅刻に追い立てられるように

ゆっくりと動くクルマの脇を通り抜け、

また、いまにも止まりそうな電車が迫る踏み切りを駆け抜けていく、

音が消え、次第に静止していく世界を俺は走りぬけ、

やがて見えてきた校門を一気に潜り抜けると、

「はぁなんとか着いた!!」

と安堵した。

そして、その途端、

ドォォン!!

いきなり大音響が響き渡ると、

ぶわっ!!

同時に校庭内に砂埃が舞い上がり、

「うわぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」

追って生徒達の叫び声が響き渡った。

「なっなんだよ

 え?

 なに?

 なに?」

湧き上がる砂埃の中心で俺は何が起きたのか判らず

ただ、呆気に取られていると、

キラッ☆

「え?」

続いて真上より俺を見つめる意識のようなものを感じた。

「誰だ?

 誰か見ているのは?」

その感覚に俺は空を見上げるが、

俺の視界に入ってくるのは舞い上がる砂埃を従えるように映る青い空と

ポツン

ポツン

っと浮かぶ雲、

そして、驚いてく飛び回る鳥…

それくらいでそれ以外のものはどこにも存在しなかった。

「変だなぁ…

 誰かに見られているような気配がしているんだけど…」

未だに続くその気配に俺は注意深く探りを入れるが、

しかし、RBの能力を最大限に使ってみても

その気配の主を見つけることは出来なかった。

「…ひょっとしてヒミコのせい?…

 さっきのスローモーションのことや、

 この気配のことがヒミコの仕業では…」

そんなことを考えながら、

「とっとにかく

 教室に行こ…」

そう呟きながら俺は校舎へ向かって歩き出した。

そして、そんな俺を見張っていた先では…



ピッ!!!

「ターゲットT、

 再確認いたしました!!

 現在、校舎に向け移動中」

狐川家統合参謀本部特別監視室に一時ロストしていた監視対象の再確認と、

その移動を報告する声が上がった。

「そうか」

それを聞きながら畳100畳ほどのパネルスクリーンに映し出されれている地図と

その上で動く光点を見つめる初老の男性・狐川家代表執事・東大寺実篤が物静かに返事をすると、

スタッ

すかさず特別監視室長の石垣幸男が傍に立ち、

「東大寺様、

 先ほどのロストは一体なんでしょうか?

 それにこの写真も…」

と尋ねながら一枚の写真を差し出した。

「うむ」

その写真を一瞥しながら東大寺は一言返事をすると、

「さすがはヒミコ…

 只のRB・BIOSでは無いようですな」

と石垣と東大寺の耳元で耳打ちをする。

その途端、

ヒュンッ!!

石垣の首に東大寺の手が絡まると、

グイッ!!

っと首を締め上げ、

そのままの姿勢で

「よいか、

 いまの言葉2度と口にしてはならん!!」

と厳しく石垣に警告をした。

「うぐっ!!」

コクコク

首を締め上げられ顔を真っ赤にしながら石垣は2回頷くと、

シュルリ

彼の首に巻きついていた東大寺の手が離れ、

ドサッ!!

開放された石垣はその場にヘタリ込んでしまった。

そして、

「今朝より、あのBIOSのことは狐川家でもトップシークレットとなった。

 例え本部内であっても絶対に口するな」

へたり込む石垣に向かって東大寺はそう告げると、

ゆっくりとした足取りで特別監視室から出て行った。



コトッ

コトッ

コトッ

特別監視室を出た東大寺は赤絨毯が引き杖られている廊下を歩いていく、

そして歩きながら、

「まったく、

 アレほど注意したのに弛みきっておるな…」

と東大寺はブツブツと文句を言ったあと、

グッ

やおら握りこぶしを上げ、

ダンッ!!

そのまま激しく壁に向かって拳を打ち付けた。

無論、その場には東大寺しかいないため、

その音に驚くものはなかったが、

しかし、

「この計画はわが狐川家の命運がかかっておるのだ!!」

と東大寺はその心の内にあるものを吐き出すように叫びながら、

ダン!!

ダン!!

ダン!!

彼の拳は幾度も壁に打ち付けられ拳より赤い血が流れはじめる。

そして、

ダァン!!

「くそっ

 全てはあのものが…

 あの、華代とか言う悪魔がぁ…」

拳より流れ落ちる血に構わずに東大寺は思いっきり壁を殴り、

ある少女の名前を叫んだとき、

「東大寺…そんなところで何をしているのです?」

と鈴の音を思わせる声が響き渡った。

ハッ

その声に東大寺はハッとして振り返ると、

サワッ…

純白のクラシックチュチュに身を包んだバレリーナが一人、

廊下の真ん中に立ち、
  
心配そうに東大寺を見つめていた。

「こっこれは、

 若っ!!」

バレリーナを見つめながら東大寺は驚きの声を上げると、

「もぅ、

 若なんて呼ばないで…

 あたしは女の子なのよ、

 ねぇどうかしら、

 あたし、バレエを始めたんです。

 ちょっと恥ずかしいけど、

 でも、こうしてバレエの衣装を身に着けてみると、

 なんだか本物のバレリーナになったみたいな感じがするの」

と少女は言うと、クルリと回って見せた。
 
しかし、

「あぁ

 なんたる御姿ぁ〜

 若っ!!

 よろしいですか!

 若はこの狐川を背負って立つお方なのですよ、

 あぁそれなのに、

 そのようなお姿になって私の前に立たれるだなんて、

 まさに悪夢としか言えません。

 お願いです。

 若っ

 かつての凛々しかった頃を思い出してください。

 こうしている間にも狸や猫、猿に犬、さらには雉や蟹が

 我が狐川を虎視眈々と狙っているのですよ」

と生唾を飛ばしながら力説した。

けど、

「そんなこと言ってもぉ…

 あたし…もぅ女の子なのよ、

 いまさら昔に戻れって言われても…」

としなを作りながら少女はそう返事をすると、

「若ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

その直後、重爆撃機が低空で襲い掛かったような怒鳴り声が響き渡った。



「え?

 まだこんな時間なの?」

教室に入った俺は壁に掛かる時計を眺めながら呆気に取られていた。

「うっそぉ…

 じゃぁなに?

 家から学校までたった5分で来たっていうの?」

自宅を出たときから5分しか経過していない事実に俺は驚くいていると、

ガラッ!!

「あれ?

 新体操部の朝練はどうした?」

教室に入ってきたクラスメイトがそう俺に話しかけてきた。

「え?

 あっ」

その指摘に俺は驚くと、

「そうか、

 朝練に間に合うのか…」

新体操部の朝練の時間に間に合うことに気づいた俺はハタと手を打つと、

ドタタタタタ…

脱兎の如く走りだした。

すると、

キーン…

またしてもあの金属音が響き始め、

それに合わせるようにして、

廊下を歩く生徒や教師達の動きがゆっくりになり、

その中を

「まただ、これ…」

と思いつつ駆け抜けていった。

そして、

ガラッ!!!

「遅れてすみません!!」

勢い良く体育館のドアを開けて謝りながら駆け込んだ途端、

ドガン!!

頑丈なはずの体育館のドアは木っ端微塵吹き飛び、

ブワッ!!

ドォォォン!!

その音共に体育館の中に大音響と共に突風が吹き荒れた。

そして、

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

体育館の中で朝錬をしていた新体操部員たちが悲鳴をあげながら舞い上がっていく様子を見ながら、

「え?」

俺はきょとんとしていると、

「ちょちょっとぉ

 祐介、

 あなたいま何をしたの?」

巻き上げられた琴美が這いずりながら声を上げた。

「はぁ?

 おっ俺、何も…していないぞ」

体育館ごとシャッフルされたかのような惨状に俺は呆然としていると、

「くっ

 鳥羽さん…

 遅刻のバツとして、この体育館の掃除しなさい。

 いいですね…」

俺のコーチである星一徹子が持っていた竹刀を杖代わりに震えながら立ち上がるとそう指示をする。

「あっはいっ

 にしても…

 コレは一体…

 まさか、俺が…」

その指示に俺はこの惨状を引き起こしたのが自分のせいではないかと感じると、

いそいそとモップで拭き掃除を始め出した。

すると、

「ねぇ…

 祐介、

 なんかあったの?」

と痛みが癒えたのか琴美が俺に話しかけてきた。

「え?

 いや、

 でも、なんか変なんだよなぁ」

モップをかけながら俺はそう返事をすると、

コツンッ

吹き飛ばされ横転している平均台にモップが当たり、

モップの先が平均台の脚に絡まってしまった。

「あぁ、もぅ…」

ガシガシ!!

文句を言いながら力任せにモップを引いていると、

ドタドタドタ!!

突然足音が響き渡り、

「ふはははははは!!

 狸小路・陸上部、只今参上!!!」

と言う声と共に赤いランニングシャツに赤いランニングパンツを穿いた陸上部員たちが俺の周りを取り囲む、

「またお前らか、

 懲りないヤツだなぁ」

ジロッ

と陸上部員を睨みつけながら俺はそう怒鳴ると、

「ふふっ

 昨日のアメフト部は油断したが、

 われらは狸小路の赤い彗星こと陸上部員!!

 さぁ、普通の人間より3倍早い我々についてこれるかな」

と自信たっぷりに陸上部員たちは俺に向かって言うと、

次々と赤い鉢巻を頭に締めた。

「はぁ、

 なんだそれは?」

連中が締めている鉢巻についている角を指差すと、

「ふっ

 認めたくないものだな、

 若ゆえの無知というものは…」

俺の質問に陸上部員達は一斉に呆れたポーズをすると、

「いいだろう、教えてやろう」

と続け、

そして、

ビシッ!!

額の角を指差しながら、

「これは……

 角だ!!!」

っと、もったいぶりながら叫んだ。



「………」



言いようも無い真っ白で沈黙した時間が過ぎていく、

そして、その沈黙を破ったのは

「ねぇねぇ」

という琴美の声だった。

「なっなに…」

想像以上の精神攻撃に白くなりかけていた俺は気を取り直して返事をすると、

「何か言ってやったら?

 みんな祐介の返事を待っているのよ」

と琴美は俺に言う。

「俺の返事ぃ?」

「そうよ、

 ほらっ

 驚いているのか、

 衝撃を受けているのか、

 絶望の淵に突き落とされたのか、

 ハッキリしなさいよ」

「おいっ

 なんで、例えがどんどん悪い方へと行くんだよ」

「だって、あそこまでしてくれたじゃない、

 それに応えてあげるというのがレディってものでしょう」

「あのなぁ!!」

琴美の言葉に俺は怒鳴ると、

「……ふっ………はははは!!」

ようやくつかみ所を得たのか陸上部員たちは一斉に笑い声を上げ、

「どっ…どうやら手も足も出ないみたいだ、

 さぁ覚悟ぉぉぉぉ!!」

と一斉に襲い掛かってきた。

「きゃっ!!」

迫り来る陸上部員の姿に琴美が悲鳴をあげるのと同時に、

キィィィィン!!

俺の耳に金属音が響き渡った。



「真城華代捕獲作戦ですか?」

狐川邸執務室に驚きの声が上がる。

「うむ…」

その声に東大寺が大きく頷くと、

「しっしかし…」

計画を持ちかけられた狐川家特務室室長の黒川はうろたえながら返事をする。

「出来ないというのか?

 たかが小娘一匹捕らえることが…」

うろたえる黒川を恫喝するかのように東大寺が尋ねると、

「いっいえ、

 そう言うものでは無いでしょう、東大寺さん、

 大体、真城華代を捉えるリスクをどれくらいと思っているのですか?」

「なに?」

「危険です。

 あまりにも危険すぎます。

 東大寺さんだって調査部の報告書を読んだのでしょう、

 あの者に関わったものがどのような末路を辿ったのか!!」

黒川は調査部の報告書に記載されていた者達のことを指摘する。

ところが、

ガシッ!!

いきなり黒川の胸座が鷲掴みにされると、

「おいっ

 ”若”を末路と言うのか貴様は!!!」

と東大寺は黒川に向かって怒鳴り声をあげた。

「あっ」

東大寺のその言葉に黒川はハッとすると、

「”若”はまだ末路などではないぞ、

 よいか、

 いまはあのような姿をしているが、

 この狐川の次期当主!!

 この東大寺が必ずや元のお姿にお戻ししてみせる。

 昨日は準備が整っておらず見逃すことになったが、

 だが、未だにわれらの周りをうろついている事は事実、

 よいなっ

 この作戦が成功するも失敗するも貴様の特殊部隊の働き次第。

 何が何でも華代を…あの悪魔を捕獲するのだ。

 餌は既に撒いた。

 華代はきっとあそこに現れる…

 ふふふふ…

 若…お待ちください。

 この東大寺が、必ずや若を元のお姿に…

 ふっふふふふふふ

 あーはっはっはっ!!」

黒川の胸座を掴み上げながら東大寺は笑い声を上げる。



そして、俺はと言うと、

ようやく耳鳴りが収まり、

周囲の音が聞こえてくるようになると、

「あっあれ?」

俺の目の前には狸小路の赤い彗星こと陸上部員達が累々と倒されていた。

「大口を叩いていたわりには

 なんか…

 呆気なかったな…」

そう思いながら手にしていたものを放り出すと、

グルン!!

巨大な平均台が棒切れの様に中を舞い、

ズガン!!

大音響を立てて落下した。

「ひっひぃぃぃぃ!!!」

その音に文字通りズタボロにされた陸上部員たちは悲鳴をあげ我先にと逃げ出が、

それ以上に、

「なっなんだ…」

俺自身が驚き、腰を抜かしてしまうと、

「おいっ、

 そこのスーパーガール!!」

成り行きを見ていた琴美が俺に声をかけてきた。

「え?

 あっ琴美…か

 大丈夫だったか?」

琴美の声に我に返った俺が振り返ると、

「ひょっとして、

 また、おじさんに弄られたの?」

と聞いてきた。

「いや、そんなことはないけど…」

「じゃぁなんで、こんなことが出来るのよ」

俺の返事に琴美が体育館の惨状を指差すと、

「うっ」

俺は言葉に詰まった。

「本当に心当たり無いの?」

「うっうん」

「本当に本当?」

「いやぁ…

 …あっそういえば…」

「なに

 何かあったの?」

「うっうん

 夕べ、ヒミコの声を聞いたんだよ、

 ”力が欲しいか”って」

「え?」

「力が欲しければ授けよう…

 ただし、表と裏の関係では…

 あぁっ、

 まさか…ヒミコが…」

その時、俺はヒミコの存在を意識し、

そして、背筋を冷たいものが流れ落ちていくのをハッキリと感じていた。



キィ…

重厚なドアが軋み音を立てて開くと、

「こんにちわ…」

と言う声と共に一人の白いワンピース姿の少女が入ってくる。

「いらっしゃ…

 あら、華代ちゃん、

 お久しぶりぃ

 珍しいわね、うちに来るなんて」

店の奥より応対に出てきた黒服の少女が驚きの声を上げると、

「えへ、

 黒蛇堂がここに店を開いているって聞いたら

 ちょっとね」

とワンピースの少女・華代は返事をすると、

「ゆっくりしていって、

 いまお茶を入れるね」

黒服の少女・黒蛇堂は店の奥へと引き返していった。

「あっお構いなく…」

「いいっていいって…

 久しぶりじゃない、

 あれ、その封筒はなに?」

「あぁ、これ?

 うん、なんかお呼ばれしたみたいなのよ」

「お呼ばれ?」

「新体操の大会にね、

 狐川って人から」

「へぇ

 そうなんだ、

 いいなぁ…」

「あっ、一緒に見に行く?」

「うん、行きたいのは山々だけど

 でも、わたしお店があるから…」

「いいじゃない、

 たまには表に出たほうがいいよ」

「そうかなぁ」

「うん、行こう」

戸惑い気味の黒蛇堂に華代はそう言うと、満面の笑みを浮べた。



つづく

次回予告
事の起こりは1X年前のとある研究室、そこでヒミコを産声を上げた。

そして、月日が流れ

明日、狸小路・狐川・それぞれの思いを込めた新体操の試合が開かれる。

果たして最後に勝ち残るのは俺かそれとも千代彦か…

次回「敵は狸編・第5話:試合前夜」お楽しみに…


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