風祭文庫・レンタルボディの館






「ヒミコ」

敵は狸編
(第1話:出会いは祭囃子の中で)

作・風祭玲
(原案者・TWO BIT)

Vol.109



「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/

を参照して下さい。







ドン・ドン・ヒャララ…

ピーヒャララ…

あれから1週間後、俺は祭囃子の中にいた。

「はぁ〜っ、あのHBSの奇妙な連中との闘いから早1週間かぁ…

 やっぱ平和が一番だねぇ…」

参拝客で賑わう参道を見ながら俺は感慨に耽っていると、

「ちょっとぉ、祐介…

 いつまでこんなところで感慨に耽っているのよ」

突如、琴美の怒鳴り声が響いた。

「え?」

振り向くと、白衣に緋袴姿の琴美が怒った顔で俺を睨んでいた。

「やぁ、琴美さん…」

「”やぁ”じゃないでしょう」

怒っている琴美の巫女装束姿をじっと眺めていると、

「なっなによ…そんなに見つめちゃって」

「いやぁ、巫女の衣装って言うのは、

 どんなジャジャ馬でもそれを着たとたんに清楚に見えるから不思議だな…
 
 っと思ってね」

と言ったとたん。

スパン!!

琴美は持っていたハリセンで俺の頭を思いっきり叩くと、

「悪かったわねっ、じゃじゃ馬で…

 全く、こっちはネコの手も借りたいぐらいに忙しいんだから、

 手が空いたらさっさとこっちに来て仕事をするっ」

そう文句を言いながら俺を社務所の方へと引きずりながら連行していった。



事の起こりは部活が終わっての帰り道に見つけた一枚のポスターだった。

それは学校の近所にある某八幡宮のモノで、

次の日曜日行われる大祭でのアルバイトを募集する内容が書かれていた。

「そっかぁ、もぅこんな時期なのか」

それを見つめながら俺が言うと、

「ねぇ…祐介…これやってみない?」

と俺の後ろから見ていた琴美が囁いた。

「神社のバイトかぁ…時給は良いし…悪くは無いなぁ」

俺がそう言うもなく、

「じゃ早速聞いてみるね」

琴美は携帯電話を取り出すと、ポスターに書かれていた番号を押していた。


「………はい…はい…はい、ありがとうございます」

琴美が電話を切るのを見届けると

「どうだった?」

と聞いてみると、

「OKっ、ちょうど社務所で仕事をする女の子の枠が残っていたんだって」

「ふぅぅん、そりゃよかったじゃない…ってなんで俺が鳥羽祐子なの?」

「なに言ってのっ、その姿で男のバイトは出来ないでしょう?」

琴美は”何バカなことを言っているの…”

と言う表情で言うと、

「げっ」

俺は現在自分が置かれている特殊な事情を思い出した。


そうだった…

俺の本来の身体は交通事故による損傷が酷く、

現在、病院のメディカルマシーンで治療中だったのだ。

で、その間の通学のために親父の計らい(俺は”陰謀”と言っているが)で、

レンタルボディを借りて一時的に女の子として生活をしているんだった。


「じゃぁ、バイトの中身は…」

「まぁ、巫女として、お守りやお札の販売の手助けをするみたいだよ」

携帯電話を仕舞いなから琴美はそう言うと。

「ふ〜ん、巫女さんねぇ…」

俺は神社で見かける巫女を思い浮かべながらポスターを眺めていた。



そして、大祭当日。

八幡宮の参道は大勢の参拝客で賑わっていた。

「はい、では1000円をお納めください」

「はい、これは500円です…」

俺と琴美は神社側から貸し出された巫女の衣装を身に付けて、

お札やお守りを求める人達を必死の思いで捌いていた。



一方、そのころ参道を物々しい雰囲気で進む集団がいた。

黒メガネに黒のスーツで固めた男数人に取り囲まれるようにして、

初老の紳士と背中に大きく狸の文様をあしらった浴衣姿の男が一人…


「なぁ昌之助、こうして庶民の行事を見学すると言うのも楽しいものだな」

「はい、その通りでございますな、若っ」

うっうっうっ

昌之助と呼ばれた老紳士は突然白いハンカチを取り出すとすっと目を押さえ始めた。

「どうした昌之助」

「昌之助は嬉しゅうございます、狸小路の家にご奉公してはや半世紀…

 そして、幼少の頃よりその成長を見てきました、
 
 千代彦おぼっちゃまががこんなに立派になられるなんて…」
 
昌之助はその場にしゃがみ込むとオイオイと泣き出し始めた。

「はははは…オーバーだなぁ昌之助は…

 さっ、いつまでそこに座っていると他の人の迷惑になる。行こうか」
 
千代彦が歯をキラリと光らせて手を差し出したとき、



「暴れ馬だっ!!」

そう言う叫び声と共に、

ぶひひひ〜〜〜ん!!

っと一頭の白馬が猛烈な勢いで参道を突進してきた。

「だれだ、神馬に御神酒を飲ませたヤツは…」

と言う声が後から追いかけて来る。


うわぁぁぁぁぁ〜

きゃぁぁぁぁぁ〜

参道はたちまち参拝客の悲鳴と怒号が交錯し、

そしてその中を白馬が駆け抜けていった。


「おい、そこのっ、危ないぞ」

参道の真ん中を歩いている千代彦一行に誰かが注意をしたが、

「無礼者!!”そこの”とは…」

と昌之助が声を上げたとき、

すでに彼らの視界の99%を白い物体が占めていた。

ヒヒン!!

ドッカーーーーン

馬との質量差に負けて、千代彦と昌之助は宙を舞う。

「若っ!!」

昌之助は軟着陸に成功したものの、

千代彦は白馬の背中に落ちるとそのまま運ばれて行ってしまった。

「若ぁぁぁぁぁぁ!!」

昌之助の叫び声が参道に響いた。



「はぁ…

 こういうところのバイトなら、きっといい出会いがあると思ったのに、

 忙しいばっかりで何も出来ないわ」

客足が切れ、ほっと一息入れていたとき、

琴美がポツリと愚痴をこぼした。

「なんだ、お前、それが目当てだったのか?」

俺は呆れた声で言うと、

「当たり前じゃない…

 あ〜ぁ、あたしにも白馬に乗った王子が現れて欲しいわ」

っと乙女の瞳で琴美が妄想していると、

「白馬なら、ほれ、こっちに向かって来ているぞ」

俺が指さした参道から、参拝客の悲鳴と共に一頭の白馬が姿を現した。

「なっなに?」

驚きの声を上げている琴美をよそに、

本殿周辺にいた参拝客も悲鳴を上げながら逃げまどい始めた。


その時

「うわぁぁぁぁぁん」

逃げ遅れたのか一人の女の子が馬の進路上に取り残されていた。


「まずい!!、馬に跳ねられるぞっ」

「祐介っ」

「分かってるって」

俺は瞬時に”兎娘”に変身して飛び出すと、その女の子を抱えて飛び上がった。

そして俺の足元を馬が通り過ぎて行こうとしたとき、

「くおのっっ」

ぱっかーん

すかさず俺は馬の頭に蹴りを入れた。

ずどどどどどど〜〜ん

殴られた馬は体勢を崩すと仰向けの状態で本殿前の石畳の上を横滑りし、

そのまま本殿へと突っ込んでいった。

「ふえぇぇぇぇぇん」

怖かったのかきょとんとしていた女の子が泣き始めた。

「おっと、この格好のままじゃ」

参拝客が馬に気を取られているスキに元の姿に戻ったとたん、

「あやめっ」

と言う声とともに、ナイスバディの女性が飛び出してきた。

「ママぁ…」

女の子はその女性に抱きつくと、

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

母親は何度も俺に頭を下げると、女の子を抱いて人込みの中へと姿を消していった。

「良かったね…」

いつの間にか俺の横に来ていた琴美も母娘の後ろ姿を見送りながらそう言うと、

「あぁ…それにしても、あのお母さん、美人だったなぁ…ナイスバディだったし…」

と俺が母親の感想を言ったとたん。

ムギュっ

いきなり頬を抓られた。

「何すんだよ」

頬を押さえながら文句を言うと、

「もぅ、知らないっ」

琴美がプィっと横を向いたとき、


「こらっ、そこの娘っ」

「え?」

「お前だお前っ」

いきなり一人の老紳士と物々しい男達が俺達の前に現れると怒鳴り始めた。

「はぁ?なんですか?」

「何ですかではない、この無礼者っ」

「?」

老紳士の言っている意味が分からないでいると、

「さっさと若の上からどかないか」

とさらに怒鳴り声をあげた。

「若?」

下を見ると、俺の足元に年は同じくらいの浴衣姿の男性が白目をむいて倒れていた。

「きゃっ、ごめんなさい」

謝りながらその男の上から降りると、

「若っ、しっかりして下さいっ、若ぁっ!!」

老紳士が必死になって介抱をはじめた。

やがて、その甲斐あって、

「うっう〜〜ん」

っと”若”と呼ばれた男が目を覚ました。

「若っご無事ですか」

「あれ?、ここは?」

男がキョロキョロと周囲を見回すと、

「若はあの馬に跳ねられてココまで運ばれてきたんですよ」

と賽銭箱に突っ込んで気絶している白馬を指さした。

すると、男は何事もなかったのようにスッと立ち上がると、

パンパン

っと着物についた埃を払い、

「馬が参道を走るとは、祭とは面白いモノだな」

などと感想を言い出した。


「えらいタフなヤツだなぁ…」

「でも、いい男…」

俺と琴美はその男の印象を口にした。

「ん、そこのお嬢さん達どうしました?」

男は俺達に気づいたのかすっと近づいてきた。

「若、そのもの達は若が倒れているときに踏みつけにしていたんですよっ

 きっと、このもの達は我が狸小路家に恨みを持つ者に違いありません」
 
と老紳士が叫んだが、

「昌之助っ、口を慎め、

 このような美しい巫女が僕を踏みつけにするわけが無かろう」

そう窘めると、俺の手を取り、

「そうか、キミが馬に拐かされた僕を助けてくれたのか、礼を言うぞ、

 そうだ…なにかお礼をしなくてはならないな…」

と言い出した。

「いっいえ、お礼だなんて…」

俺はそっと辞退を申し出ると、

「いや、狸小路の家訓で”窮地を救ってくれた者には礼をしなくてはならない”

 と言うのがあるのでな…」
 
そう言いながら、しばらく考えると、

「そうだ、私の第2婦人になってくれないか?」

と提案してきた。

「はぁ、第2婦人?」

あまりにも意外な提案に俺は声を上げると、

「うん、残念ながら本妻の座は父上が決めた許嫁がいるので無理だけど、

 第2婦人ならOKだ、なぁ昌之助っ」
 
「若っ、お忘れになりましたか、

 若の第2婦人の座は同じくお父上が決められた頼子様ではありませんか」
 
「あっ、そうだったっけ、じゃぁ第3婦人は?」

「いえ、第3婦人は慶子さまです」

「第4婦人は…」

「知子様でございます」

「なんだ、コイツは…」

俺が怪訝そうな目で見ていると、

「いま、何処まで行っているんだ?」

と言う千代彦の質問に、昌之助は懐から分厚い手帳を取り出すと、

パラパラとそれを捲りながら、

「えぇっとですね…108番目の涼子さまの後、109番目なら空席です」

と答えた。

「わかった、と言うわけで僕の109番目の…あれ?」

あまりにもの馬鹿馬鹿しさに俺は琴美と共に社務所へと向かっていた。

しかし、突然目の前に黒メガネに黒スーツの男達が立ちはだかると、

「若とのお話がまだ済んでいません」

と言って俺の行き手を塞いだ。

「こらっ、ココを通せ、バイトが出来ないだろう」

俺が文句を言うと、

黒メガネはズイっと一歩前に出て、

「いいえ、通すわけには行きません」

と低い声で言った。

「なろっ…ならば、強行突破あるのみ」

ボスッ

俺は思いっきり黒メガネの鳩尾に一発喰らわせたが、

ヤツは平然とめり込んでいる俺の手を捻り上げると、

「さっ、若がお待ちかねです」

と言ってそのまま身体ごと回れ右をさせられた。

「やぁ、コレでまた僕と話が出来ますね」

千代彦はにこやかに話しかけてきた、

「ったくぅ…そもそも、お前は何処の誰なんだ!!」

俺が叫ぶと、

「あっ、これは紹介が遅れましたね…昌之助」

「はっ」

昌之助は頭を下げると俺の前に一歩前に出るなり

「えぇい控え控えっ

 この狸の紋所が目に入らぬか」

と叫ぶと、

どこから取り出したのか印籠を俺達の前に翳しだした。

「はぁ?」

昌之助はさらに続け、

「ここにおわすお方をどなたと心得る、

 恐れ多くも、狸小路家次期当主”狸小路千代彦”君なるぞ」

と声高らかに宣言した。



「…………狸小路千代彦?…誰それ?」

「あっあたし知ってる…

 たしか、日本屈指の大財閥の御曹司って聞いたことがあるわ」

「ふ〜ん」

「ほら、街外れにでっかいお屋敷があるじゃない」

「あぁ、あれか、北海道一つがすっぽり入るんじゃないかと言う妙にでかい屋敷の」

「そうそう」

「で、なんでそんなとこの息子がここに居るんだ?」

「さぁ」

俺と琴美が話し合っていると、


「はっはっはっ、すまないな脅かしてしまって…

 と言うことで、ぜひぼくの第109婦人になってください」

と言って俺の手を取った。

「断る!!!」

「こっこっこっ断るですとぉ〜」

いきなり、昌之助がドアップで迫ると、

「こらっ、小娘っ、若の申し出を断って只で済むと思っているのか」

再び叫び声を上げた。

「けっ、どこぞの若様かは知らないが、

 いきなり妻になってくださいと言われて、

 ”おぁそうですか”って言えるかよ」

俺のセリフを聞いた昌之助の顔が見る見る赤くなったとき、

ドッ

と千代彦に突き飛ばされた。

「若、何をするんですか」

突き飛ばされた昌之助が千代彦に言うと、

「その度胸ますます気に入った…キミが欲しい…」

と真顔で俺に迫ってきた。

「イヤダ…」

俺が拒否すると、

「判った…ではキミの得意分野で勝負をしてあげよう」

「なに?」

「キミと僕が勝負をして僕が勝ったら、キミは僕の妻になる…

 というのはどうかな…」

と千代彦は提案をしてきた。

「ほほほぅ…」

「さぁ、何を言っても良いよ…

 お料理から格闘技まで何にでも勝負をしてあげるよ

 さぁ言ってごらん、ハニー」

「ぬわにが”ハニー”じゃ」

「だって、キミはもぅ僕の妻となる人だからね」

「大した自信ねぇ…」

琴美が呆れ返りながら言う。

「なるほど、俺が負ければお前の女房か…で、俺が勝ったらどうするんだ」

「それは決まっているじゃないか、僕がキミの婿になってあげるよ」

「げっ、なんだそれは…全然変わらないじゃないかっ」

「いいや、違うよ

 僕が勝ったらキミは”僕のお嫁さん”になって、

 キミが勝ったら僕が”キミのお婿さん”になる。
 
 全然違うじゃないか」

「結果は同じじゃねぇーかよ、このボケっ」

そう言って俺は思いっきり綾小路を殴り掛かろうとしたが

俺の拳がヤツの顔面に直撃する直前、

ふっと

千代彦は身体を避けたために俺のこぶしは空を切った。

「いけないなぁ、レディーがそんなに乱暴では…」

余裕たっぷりの千代彦。

「くっそう」

「で、勝負する種目は決まったかい?」

俺はしばし考えると、ふとある考えが浮かんだ

「………よぉし、決まった…」

「そうか」

「ちょちょっと、祐介…真面目にあんなヤツと勝負するつもりなの?」

琴美が小声で聞いてきたので、

「あぁ…ちょっと耳を貸せ…」

ゴニョゴニョゴニョ

俺は琴美に思い付いた考えを耳打ちをした。

「えぇ〜〜っ」

俺の話を聞いた琴美は大声を上げて驚いた。

「幾らなんでもそれは…」

と言ったところで俺は琴美の口を塞ぐと、

「おいっ、狸小路っ、よぉく聞けっ、勝負は…」

と言ったところで俺はニヤリと笑うと、

「……”新体操”だ!!」

と言い切った。


そして、それを聞いた千代彦の顔が一瞬驚いた表情になる。

勝った…

俺はそう思いながら、

「ふっ、どうだ驚いたか…、

 俺は今度の新体操の大会に出場するんでな、

 その中での勝負ならやっても良いぞ、

 もっとも、お前がカラフルなレオタードを着られればの話だがな」

満然の笑みを浮かべて俺が言うと、

「ちょちょっと、幾ら難でもそれは卑怯じゃない」

琴美が割って入ってきたが、

「なに言ってる、向こうがこっちに全ての条件を決めていいって言ったんだ、

 俺の得意分野を言って何処が悪い?」

俺はそう言うと、

「まだ、柔軟も十分に出来ないのに、得意分野…と言ってもねぇ」

と言いながら琴美は横目で俺を見た。

しかし、千代彦は

「なるほど、新体操か…

 確かに、美しい衣装(レオタード)を身に付け、

 妖精のように軽やかに優雅に激しく舞う…

 そう、女性の身体の全てを使って美を表現し競うスポーツ…

 いいでしょう…その勝負受けてあげましょう」

と自信&余裕たっぷりで言ってきたので、

「おっいっ”新体操”だぞ、判っているのかっ

 男のお前がレオタードを着るんだぞ…

 言っておくが女のレオタード着るんだからな

  女装をするんだぞ…」

予想外の展開に俺は次々と新体操での勝負の大変さを説明するが、

千代彦には全然焦りの色が出てこない。

「まさか……コイツ…そう言った方面のフェチじゃぁ」

琴美がポツリと言う、

「昌之助、今日の月は…」

突如千代彦が昌之助に訊ねると、昌之助は夜空を見上げ、

「はっ、満月でございます」

と答えた。

「そうか、じゃぁそろそろだな、

 ふっ、キミは実に運がいい…

 …あぁ、そう言えばまだキミの名前を聞いていなかったね」

そう尋ねてきたので俺は

「鳥羽祐…子だ」

と答えると、

「鳥羽祐子…うん、じつにいい名だ」

そのときすっと月が森の木立から顔を出した。

そして、千代彦の身体を照らし始めた。

「やぁ、月が出てきましたね…

 祐子さん…キミに面白いものを見せてあげよう」

そう千代彦が言うと、

ぱぁぁん!!

まるで柏手を打つようにして両手を合わせた。

そして、

「………」

なにやら呪文のようなものを唱えだした。

「…………」

「何言ってんだ?、コイツ」

俺は良く聞き取れないヤツの独り言に怪訝そうな顔をする。

「…………」

やがて言い終わったのか、ヤツがしばらく沈黙すると、

「ハツ、奥義、トランスフォーメーション!!」

っと大声を上げた。

「キャッ…」

思わず俺と琴美は抱き合った。

が、

その声と同時にヤツの身体から、

グキグキグキ…

っと骨がきしむ音がし始めると、

ググググググググ

ヤツの身体がじわっじわっっと小さくなり始めた。

それだけではなかった

ズズズズズズズ

体中の肉がまるで這い回るようにして、

ヤツの身体の中を移動し始めた。

「げっ〜〜〜っ、気持ち悪い」

そんなヤツの姿を見て琴美は口を押さえしゃがみ込む。

「おっ、おい、何のマネだ!!」

俺も気落ち悪さをガマンしながら声を上げるが、

ヤツは余裕の笑で俺達を見つめていた。

「気持ち悪いまねはヤメロ」

「ふふふふふふ…そろそろかな…

 ハッ」
 
さらに千代彦が気合いを入れたとたん。

ヤツの身体が見る見る女性化し始めた。

狭くなで肩になっていく肩

細くなっていく手足

括れていく腰

大きく張り出すヒップ

ダブダブになっていく浴衣

長く伸びていく髪…

「うわぁぁぁぁぁ、なんだコイツぅ」

俺が驚いていると程なくして、

俺の目の前には男物の浴衣を着た一人の女性が立っていた。


パチパチパチ

「お見事です、お嬢様」

昌之助はまるで今起きた出来事が当たり前のような感じで拍手をした。

「さっ、お召代えを…」

パチン

昌之助が指を鳴らすと、たちどころに黒スーツに黒メガネの男達が

ガラガラガラ…

っと千代彦の横に更衣室を置いた。

「お嬢様、どうぞ…」

「ありがとう、昌之助」

そう言ってさっきまで千代彦だった女性が中にはいるとゴソゴソを着替え始めた。

「なっなにやってんだ?」

やがて、シャッとカーテンが開くと、

俺の前にオレンジレッドのレオタードに身を包んだヤツが姿を現した。


「ぬわにぃっ」

「うふふふふふ……どうかしら…」

レオタードに包まれた見事なプロポーションを見せながらヤツは俺にそう言った。

「…………」

俺が呆気にとられていると、

「あっ、あなたは……白薔薇女学院の狸小路綾乃…」

琴美がヤツを指さして驚きの声を上げた。

「白薔薇女学院?、狸小路綾乃?」

「そうよ、高校女子新体操界の女王と言われている人よ…まさか男だったなんて」

「新体操界の女王って……じゃぁ…」

「うふふふふ…まぁ世間じゃぁ色々言われているけどね…

 鳥羽祐子さん…と言うわけで次の新月まで私は女のままですので、

 今度の試合…楽しみにして待ってますわ…」

彼女はそう言うと、手にしたリボンを巧みに操りだしながら

「さぁ、昌之助、行きましょう…」

と言って、境内から去っていった。

「お〜ほっほっほっ」

森の中から高らかな笑い声がこだまする。


ポン

琴美が呆気にとられている俺の肩を軽く叩くと、

「また、”変”なのと巡り会っちゃたね…

 あの変態のお嫁さんにならないように明日から練習頑張ろうね」

そう言うと琴美はそそくさと社務所へと戻っていった。

ドン・ドン・ヒャララ〜

ピーヒャララ〜

祭囃子の音が平和な日々がガラガラ崩れ落ちていく音に俺には聞こえていた。



つづく

次回予告
迫り来る狸小路の影…

負ければ即嫁入りと言う状況に追い込まれた俺の前に現れた謎の老紳士。

彼の目的とは…

次回「敵は狸編・第2話:敵は狸」お楽しみに


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