風祭文庫・レンタルボディの館






ヒミコ

HBS研究所編
(第2話:琴美・襲来)

作・風祭玲
(原案者・TWO BIT)

Vol.031



「RENTAL BODY」シリーズの詳細については

http://homepage2.nifty.com/~sunasan/

を参照して下さい。





…昨日一日フリフリのピンクハウスを着ていたので、

女装には慣れたつもりだったが、

いざ、セーラー服を身につけて鏡の前に立つと、

ぶわぁ〜〜っ

っと、恥ずかしさが顔から吹き出してきた。

「…こっ、この格好で学校に行くのかよ〜っ」

鏡の中の少女の顔が真っ赤になる。

なんとか恥ずかしさを飲み込んで下に降りると、

台所でお袋が忙しく動いているだけで親父の姿は見えなかった。

「あら、おはよ

 どぉ、制服はちゃんと着られた?」

お袋は振り向きながらじっくりと俺を見聞すると、

「ちゃんと着られたじゃない、可愛いわよ」

っと俺のセーラー服姿を評価した。

お袋の台詞をきっかけに再び沸き上がってきた恥ずかしさから何とか逃れようと、

「親父は?」

と姿が見えない親父のことを聞くと、

「あぁ、なんでも今朝早く、

 会社のコンピュータがウィルスに感染したとか言って、
 
 すっ飛んで出て行ったわよ」

とあっさりと答えた。

「…こりゃ今日は泊まりだな」

っと俺は直感的に感じると、

「それでね」

「?」

「あなたの制服姿をこのカメラに撮ってメールで送るように…ってね」

そう言うお袋の手にはデジカメがしっかり握られていた。

「…くっ、転んでもただでは起きない奴」

俺は拳に力を入れる。



朝食後、

「んじゃぁ行って来まぁす。」

と言いながら玄関のドアを開けたとたん、

目の前に俺と同じセーラー服姿の女の子が立っていて、

モロに目が合ってしまった。

「うわぁぁぁぁ!!」

叫び声を上げて思わず仰け反ると、

「あら、なによっ、

 朝っぱらから妖怪でも見たような顔をして失礼ねっ」

腰に両手を置いて怒る素振りを見せる彼女の正体は、

そう、俺が赤ん坊の頃からよぉく知っている”仁科琴美”だった。

「こっ、琴美かぁ〜」

俺が声を上げると、

「おっはよう、祐介君」

と挨拶しながら、俺の頭の上から足の先までじっくりと眺め、

「ふ〜ん、なかなかの美少女になったじゃない。

 まぁ、あたしには適わないけどね」

となにやら自分の容姿を誉めているのようなセリフを吐いた。

「なに、玄関先で大声を出しているの?」

そう言いながらお袋が出て来てるくと

「おはようございます」

と琴美がお袋の頭を下げた。

「なっ、なんでお前がここに居るんだ」

と俺が怒鳴ると、

「あら失礼ねぇ、

 わたしは”おばさま”に頼まれて来たのよ」

と琴美が答えた。

「頼まれて?」

俺が聞き返すと、お袋が

「そうよ、例えひと月の間と言っても、

 あんた…女の子としての自覚が全然ないでしょう?

 だから、男の子のつもりでバカをやらないように、
 
 こうして琴美ちゃんにあなたの監督兼コーチ役を頼んだのよ」

と俺に言うと、

「そういうこと」

と琴美は付け加えて微笑んだ。

「さぁて”女の子1年生”の祐ちゃん、

 じゃぁ元気に学校へ行きましょうか」

と言いながら立ち上がった僕の手を取るなり、

「それでは、行って来まぁす!!」

と言って俺の家を出た。

「祐ちゃん、

 朝練の時間まであまりないから、
 
 学校まで走っていくわよ」

と叫ぶと、琴美は俺の手をつかんだまま全力で走り出した。

「おっ、おいっ…」

俺はまさに琴美に引っ張られる形で走らされた。

男の時は琴美に駆けっこでは負けたことはなかったのだが、

同じ女としての土俵に立ってみるとあいつのパワーをひしひしと感じた。

「…おっお前、

 新体操よりも陸上をやったほうがいいぞぉ…」

と言う言葉を残して二人の少女は朝の街を駆け抜けていった。


ハァハァハァ…

ようやく学校に着くと、俺は文字通りに全身汗びっしょりになっていた。

「じゃぁ、あたしはこれから朝練があるので、祐ちゃんとはここでお別れねっ」

そう言って琴美が再び駆け出そうとすると、何かを思いついたように

「あっそうだ、

 杉山から話があったと思うけど、

 今朝は教室には行かないで、
 
 そのまま職員室に行くように、じゃぁね」

と付け加えると、彼女は体育館の方へと走り去っていった。

「…全くタフな奴じゃ」

小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、

一人取り残された俺は呼吸を整えると職員室へ向かった。



職員室では杉山から女子生徒としての生徒手帳を受け取ったり、

その他いろいろな諸注意を受けた。

そして、本鈴のチャイムが鳴るまでの間職員室で待機した後、

杉山と共に教室へ向かった。

勝手知ったる校舎も、いつもとは違う姿で歩くと妙に新鮮な感じがする。

ふと視線を落とすと、

見慣れたズボンを履いている脚ではなく、

紺色のスカートとチラリチラリと出ては引っ込んでいく2本の脚、

それを見たとき、

「女の子の視界ってこういう感じなのか…」

と俺はある種のショックを受けていた。

ガラッ

教室のドアを開けられると、

杉山に続いて俺も教室に入って行った。

「おぉ!!!」

教室に入ったとたん、一瞬どよめきがわき起こるが、

「おぉい静かにしろ!!…」

と杉山がどよめきを鎮めて事情を説明したとたん、

「はぁ?」

どよめきはため息へと変わった。

しかし、

驚く奴…

冷やかす奴…

からかう奴…

その他諸々の反応が出て教室内は一時騒然となったが、

やがて委員長の一言で騒ぎが収まると、

ようやく俺は自分の席に落ち着くことが出来た。

「おぉ〜ぃ、祐ちゃん!!」

朝練が終わった琴美が俺の斜め前で手を振るが、、

「…はぁ疲れた」

俺は彼女を無視して机の上に覆い被さるようにしてグッタリとする。



2時間目が終わり、休み時間になると、

悪友達がワラワラと俺の周りに寄って来た。

「よぉ、鳥羽、なかなかの美少女ぶりじゃないか」

と都賀。

「お前にそう言う趣味があったとは知らなかったなぁ」

と北野。

「で、もぅやってみたのかよ」

と東。

「はぁ?」

東の問いかけに俺は首を斜めにすると、

「とぼけるなよ、女になってやることと言ったら、なぁ…」

と奴が言ったところで

スパン!!

と俺はノートを丸めて東の頭を叩き、

そして…

「ふっふっふっ」

と俺は笑みを浮かべると

「委員長!!、東の奴があたしにセクハラをして困ってます」

と大声で叫んだ。

「ばっ、バカ野郎、誰がセクハラだ」

顔を真っ赤にして東が抗議してきたが、

「言っおくけど、今の俺は野郎じゃないぞ」

と話の腰を折る。

「全くお前らは…」

長谷川がため息をつくのを見て、

「とんだ災難だったな、

 で、どうだ、レンタルボディの着心地というか使い心地は?」

と北条が聞いてきたので、

「ん、うんまぁ…何というかな…

 こぅ…
 
 ほら、何かをやるにしてもワンクッション置く感じがするんだよなぁ」
 
と答えた。

「そうか、なるほどねぇ」

北条が納得するような顔で言うと、

「え?何か知ってるの?」

と俺が訊ねると、

「いや、知っているってほどではないけど

 それは、恐らく”BIOS”のせいだろう」

と答えた。

「BIOSぅ?…

 BIOSってパソコンなどで使う”窓ナントカ”って奴の?」

俺の問いに

「まぁ、それに近いかな?

 そうだなぁ…人間をパソコンに置き換えて考えてみると、

 ハードウェアとしての”肉体”と、

 オペレーションシステムとしての”心”、

 そしてアプリケーションとしての”知識”に分けられる。と言われていて、

 この3つがバランスを取りながら進化していくのを”成長”って言うんだけど、

 本来、これらはその人が生まれてから死ぬまで決して分かれることは無かったんだ。

 しかし、まぁ技術の発展によって人為的に肉体を作ることが出来るようになり、

 いざ、身体を交換して生活させようとしても、

 共に成長をしていない”心”と”体”と”知識”では
 
 お互いが噛み合わせることが出来ず、

 そのために指一本すら動かすことが出来ない。ってことが分かんだ。

 そいうわけで、”心”と”体”と”知識”を間を取り持つ
 
 BIOSと言うものが開発された。というわけだ」

と言う北条の説明に、

「ふ〜ん…なるほど」

俺は感心ながら返事をすると、

「お前、医者からシンクロ率って話を聞かなかったか?」

「シンクロ率?…あぁそういえば…」

「このシンクロ率って言うのも、

 お前の”心”と”知識”そしてその体を制御している”BIOS”とが
 
 どれだけ同調しているのか?と言う指標みたいなものなんだ」

「ほぇぇぇ〜っ」

「でな、実は…このBIOSってぇのが、
 
 米国と日本そしてEUとの間で熾烈な開発競争が繰り広げてられてな、
 
 特に”女性型BIOS”として米国の”アリス”と日本の”イザナミ”が
 
 一時激しい主導権争いを演じたんだ」

「で?」

「結局、米国が通商問題に取り上げて日本に圧力をかけた結果、

 日本側が”イザナミ”を凍結。
 
 米国が提供する”アリス”を日本人向けに改良した”ナデシコ”を採用することで
 
 一件落着したんだけど、当然”イザナミ”凍結に不満を持った技術者達が
 
 極秘裏に集まって”イザナミ”の発展改良型BIOS”ヒミコ”
 
 の開発を進めていると言う話を聞いたことがある」

「…ヒミコ?………」

そう言えば、あのとき…確か…ヒミコと言ったなぁ

俺が答えないでいると、北条はさらに話を続け、

「で、その”ヒミコ”だけど、

 実はココだけの話…

 つい先日その運用テストが極秘裏に始まったらしい。
 
 と聞いたんだけど…

 まさか、お前のBIOS、その”ヒミコ”じゃないだろうなぁ」

と俺に顔を近づけながら尋ねてきた。

「知らんわ………

 それにしても、お前、そんな情報どっこから仕入れた?」

と訊ねると、

「ふふふふふ…それは秘密でぇす」

と半ば外人が答えるような口調で返事をした。

「なるほどねっ…」

俺の傍でじっと聞いていた西が席を立ったので、

「ん、どこ行くの」

と俺が訊ねると、

「ションベン」

と言う答えに、

「あっ俺もつきあう」

俺も席を立って西と一緒にトイレに向かった。

「しかし、レンタルボディにそんな仕掛けがあったなんて知らなかったなぁ」

歩きながら西に話しかけ、

で、いつものように便器の前に立つとそれを見た西が一言、

「お前…いいのか?」

と尋ねて来た。

「へ?」

っと下を見ると紺色のスカート

「お〜〜っ!!

 ……………おほほほほほ

 ここじゃぁ、出来ないわよねぇ…」

と乙女口調で反対側の「個室」に向かおうとすると、

ムンズ…

西は俺の腕を捕まえるなり、

「お・ま・えは隣だろうがっ」

と言われて俺は男子トイレから追い出されてしまった。

「もぅ、冗談だつうーのに」

などと文句を言いながらふと正面を見ると、

琴美がスゴイ形相で立っていた。

「あは…琴美ちゃんお久しぶり…」

右手を挙げながら彼女に挨拶をすると、

「むわったく、あんたってぇ〜人は…」

結局、3時間目のチャイムが鳴るまでの間、

俺は琴美にたっぷりと説教をされてしまった。



放課後、よーやく一日目の授業が終わり、

さっさと帰宅しようと下駄箱の所にくると、

ニャン…

とネコの鳴き声。

「ん?」

あたりを見回すと扉の所に一匹のネコが座っていた。

そして、よくよくそのネコを眺めてみると、

「あっ、お前は〜!!」

そう、忘れもしない

俺が交通事故を起こすきっかけとなった、あの白黒ブチのネコだった。

「ふっふっふっ、ここで逢ったが百年目…、

 貴様っ、覚悟は出来ているだろうなぁ」

俺はそう呟きながらネコにそっと近づいて行く、

しかし、俺の殺気を察したネコは、

いきなりシュタっと走り出した。

「むわてぃ」

俺はすぐにネコを追いかけたが、

走り去るネコに人間が追いつけるはずもなく、

体育館まで来たところで見失ってしまった。

「くっそぅ、今度見つけたら只じゃぁおかないぞ」

俺はそう捨て台詞を吐くと、

体育館の中から、

「ちがうっ、仁科さん、そこはそうじゃなくて…」

という声が聞こえた。

「…仁科?」

俺は体育館の出入り口に回ると中を覗いた。

するとレオタードにスパッツ姿の琴美が、

丁度コーチから注意を受けているところだった。

「あいつ、またヘマをしたな…」

俺はドアのところに寄りかかりながら彼女の練習ぶりを眺めていた。

男だったらすぐに叩き出される所なのだが、

女の姿をしている俺はなにも注意を受けられず、

じっと新体操部の練習を眺められていた。



しかし琴美は演技をする度にコーチから注意を受けた。

「おい、そんなもんで、試合は大丈夫なのかよ」

と俺が言うと、琴美は俺の方を睨むなり

「うっるさいわねぇ、気が散るからアンタはだまってなさい」

と怒鳴り声を上げる。

「やれやれ…」

俺は再びドアに寄りかかって練習を眺める。

「それにしても、相変わらず部員の少ないクラブだわなぁ

 まっ、だからこそ琴美のような奴が大会に出られるだけど」

と思いながら琴美の様子を見ていると、

「あっ、またやらかした」

テンテンテン…

っと俺の傍に転がってきたボールを拾うと、

俺は靴を脱いで琴美のところに行き、そして

「お前じゃぁ無理なんじゃないか?」

と言うと、

「だったら、あんた、やってみなさいよ、ほらっ」

と言ってリボンのスティックを俺に押しつけた。

「…………えっ、俺がやるの?」

「そうよ、あんだけのことを言うんだから、

 さぞかし立派な演技なんでしょうねぇ、

 あんたの新体操は…」

と言って俺を睨んだ。

「…しゃーねぇーなぁ」

俺はリボンのスティックを手に取ると

「これって…

 要するにぃ、
 
 リボンを床に着けない様にすればいいんだろう?」

と言いいながら、

以前、TVで観た新体操選手のまねをしてみると、

コレが結構うまくいった。

「あら、アナタ、上手じゃない」

「え?」

立ち止まって振り向くと、

琴美の演技にいろいろ注文を付けていた新体操部のコーチが立っていた。

「ねぇ、これは出来る?」

といってボールを渡されると

「じゃぁ、あたしと同じようにやってみて」

と言って俺の前で軽く演技を見せると、

俺は彼女に合わせて演技をやって見せる。

無論、制服を着ての演技だったので激しい動きは出来ないが、

でも、意外と簡単にこなして見せてみた。

「ふぅぅぅん…」

コーチは感心しながら

「ねぇアナタ、新体操…やってみない?」

と俺に言ってきた。

「へ?、新体操ですか?それはちょっと」

と俺が言うと

「コーチ、だめですよ、そいつは…」

と言いながら琴美が駆け寄ってきた。

「だめって?」

「だって、そいつはそんな姿をしているけど

 元は男だし、それにその身体は借り物なんですから」
 
と言う、

「まぁ、借り物なの」

とコーチは俺を見ながら言うと、

「はぁ、すみませんが、そういうことですので」

俺はそう言って手具をコーチに返すと、

「ふーん、で、いつ返すの?」

と彼女が聞いてきた。

「え?一応、ひと月後なんですが」

と返事をすると、

コーチはちょっと考える振りをして

「ひと月後かぁ、じゃぁ大丈夫ね」

と言った。

すると、コーチの話を聞いていた琴美が、

「ひと月後って、まさか県の予選に出すんですか?」

と俺を指さしながら叫ぶと、

「えぇ、そうよ…」

コーチはあっさりと答える。

「だめですよ、

 だって”RBは大会には出られない”という規則があるじゃないですか」

そう言って食い下がる琴美に

「大丈夫よ、

 そりゃぁ本大会のような大きいところでは問題があるかもしれないけど、
 
 県の予選程度なら出ても分からないから」

と答える。

「えっ、試合に出るんですか?」

と僕が訊ねるとコーチは

「ほら、うちの部って見ての通り部員の人数が少ないでしょう…

 だから、これまでは個人競技オンリーで来たんだけど、

 出来れば団体競技もチャレンジしてみたくってね。

 で、あなたが入ってくれれば何とか頭数がそろうんだけど…

 ねぇ…入ってくれる?」
 
と懇願された。

「いっいやぁ」

何とか断る理由を探してみたけど、

「ねぇ…」

新体操部のコーチの訴えかける眼を見ているうちに、

ついに根負けして俺は思わず頷いてしまった。



夕闇が迫る帰り道、

「祐介ぇ、あんた、いいの?」

と琴美が尋ねてきた。

「しょうがねぇだろう、

 あの美人の先生に頼まれてちゃぁイヤとは言えないよ」

と答えると、

「まったく、あんたは昔から女の人に弱いんだから…」

「えへへへ」

「笑い事じゃないわよ」

「まぁ、いいわ、

 明日からあたしがあんたに新体操をじっくりと仕込んであげるから、
 
 覚悟しなさい、いいわねっ」

ゾクッ!!

琴美の無邪気そうな笑顔を見たとき、俺の背筋に冷たいものが走った。



つづく

次回予告
祐介の周りで見え隠れし始める謎の集団

「ねぇ…聞いた?」

「え?」

「学校の周りに変な連中が彷徨いているって話」

「なにそれ?」

「私もよく知らないんだけど、

 なんでも黒づくめの妙な格好をした数人の男が、こ
 
 の学校の様子を窺っているんだって」


そして、父親の奇妙な行動

「親父…何かあったのか?」

「さぁ?、会社から帰ってきてから、ずっとあの調子なのよ」


そして、魔の手はついに……

「くっそぅ、こら起きろっ!!琴美ぃ〜っ」

次回「HBS研究所編・第3話:誘拐・そして…」お楽しみに


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