風祭文庫・華代ちゃんの館






「終業式の後」



作・風祭玲


Vol.1100





こんにちは、初めまして、

真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり、

そんな人々に心を痛めているお客様の為になればと、

日夜勤しんでおります。

まだまだ未熟』私ではありますが、

もし、お傍を通りかかりましたらお気軽にお声をかけてください。

お客様が抱えている悩みを見事雲散霧消させてご覧に入れます。

え?、報酬ですか?

お金は頂いておりません。

お客様の願いを叶え、

宇宙を蝕むエントロピーを減らすこと、

それが私にとって何よりの報酬です。

さぁ、私と契約をして魔法少…あっいえ、何でもありません。

さて、今回のお客様はどこのどなたでしょうか――



ひゅぉぉぉ〜っ、

冬の曇天が覆うクリスマスイブの午後。

沼ノ端市街にほど近いとある学校に冷たい寒風が吹き抜けていくと、

「うー、さむっ

 終業式の後に部活だなんて、

 何を考えているんだおる、

 真っ当じゃないよな」

身を縮こませながら剣道着姿の三木佐祐が剣道場に入ってくると、

「遅れてきた上にこの程度で寒がるなんて、

 精神が弛んでいる証拠だ」

道場の中ほどで一人、禅を組み

精神統一していた明海北斗が上から目線で言う。

「ほぉーぉ、

 さすがは優等生は言うことが違うねぇ」

それを聞いた佐祐は皮肉を込めて言い返すと、

ピクッ

北斗のこめかみが動くや、

ダンッ!

道場に足音が響くと、

ビュンッ

佐祐に向かって竹刀の剣先が伸びる。

だが、

「おっとぉ!」

その剣先を佐祐は巧みにかわすと、

「あっ

 ちょっと茶化されたぐらいで、

 よっ

 すぐに体が動いてしまうのが君の欠点だよね。

 ほっ

 優等生」

と佐祐は弾丸の如く突き刺さってくる剣先をかわしながら、

さらに嗾けるように言うと、

「その減らず口。

 いつまで続くかな」

その言葉と共に、

竹刀を持つ北斗は得意の突き攻撃で逃げる佐祐を追いかけはじめた。

だが、

「こらっ、

 何をやっているんだ!」

道場に怒鳴り声が響くと、

「やべっ、友重先輩だ」

声を聞いた佐祐は即座に立ち止まり、

「ちっ

 運のいい奴」

北斗は舌打ちをしながら竹刀を収めた。

「ったくっ、

 相変わらず仲が悪いなお前たちは」

あきれ返りながら剣道部の部長である友重正巳と、

副部長の柵良恭一郎が相次いで剣道場に入ってくると、

「三木の奴が嗾けてくるんですよ」

佐祐を指さして北斗が訴える。

すると、

「嗾けてなんていませんよ。

 人の言葉を悪くとらえてしまう明海君が

 ちょっと神経質なだけです」

と佐祐は言い返した。

「なんだ、その言いぐさは?」

「事実を言っているまでだよ」

火花を飛ばす勢いで北斗と佐祐は睨み合うと、

「だったら、

 防具をつけてから思う存分やれ」

これ以上関わりたくなさそうに正巳は指示をする。

「望むところだ!」

「叩きのめしてやる!」

睨み合っていた二人は、

フンッ!

と鼻息荒く分かれると、

自分の防具のところへと向かい着装しはじめる。

「いいのか?」

そんな二人を横目に恭一郎は尋ねると、

「やらせるしかないだろう」

と正巳は投げやりに答えた。

そして、

「男だけだと

 どうもガサツになって仕方がないな」

「そりゃぁ、

 女子部員の一人でもいれば少しは穏やかになるだろうけど、

 まぁ無理な注文だし、

 第一、そのことは部のタブーだぞ」

と恭一郎は警告をする。

「おっしゃっ!

 今日こそはその曲がった性根を叩きのめしてやる」

「上等ですね。

 返り討ちにしてくれますよ」

二人は互いに礼などすっ飛ばして激しい打ち合いを始めだした。

「まったく、

 あれが剣道とは先が思いやられる」

「まるで、チャンバラだな。

 友重さん。

 あんた部長なんだから、

 ちゃんと指導しないと」

「判っているけどな、

 ただ、その勢いだけは買っているからな

 これは失いたくないんだよ」

「でも、ただ勢いがあるだけじゃ、

 武道じゃなくて喧嘩だよ」

「そこなんだよなぁ」

瞬く間に体中から湯気を立ち上らせて、

打ち合い続ける二人を眺めながら相変わらず話をしていると、

「あのぅ」

不意に男子の声が掛けられた。

「ん?」

「あぁ…忘れていた、ごめん」

その声に二人は慌てて振り返ると、

「お邪魔していいのでしょうか?」

と制服姿の内気そうな鼎雅夫が道場を覗き込む。

「悪いね、鼎君。

 あの二人のことで君をのことを忘れていたよ」

「あの二人何時もあんな感じだけど

 まぁ気にしなくていいよ」

雅夫に向かって正巳と恭一郎は言うと、

「はぁ」

雅夫は怖々と二人を見る。

「ん?」

その雅夫の姿に佐祐と北斗は気が付くと、

二人の動きは止まり、

「見学者ですか?」

「終業式の日に見学だなんて珍しいですね」

と尋ねる。

「あぁ、紹介しよう。

 鼎君だ」

「鼎君は帰国子女でね。

 今日、この学校にアメリカから転校してきたんだよ」

正巳と恭一郎は二人に雅夫を紹介をする。

「どっども…

 鼎雅夫です。

 えっと、

 帰国したら武道をやってみたくて、

 見学に来ました」

と雅夫は皆に向かって言うと、

「じゃぁ、なに?」

「剣道部に入ってくれるのか?」

「はぁ」

「おぉ!

 大歓迎だよ」

「剣道の経験はないんだね」

「初心者でもいいじゃないか、

 これで、団体戦ができる」

「気が早い。

 まずは鼎君が一通り剣道ができるようになることが先だ」

「そんなもん、

 ぶっつけ本番で何とかなるって」

「あのな、

 君のそういうところががさつだというんだ」

雅夫を前にして北斗が佐祐に掴みかかったとき、

「うっ」

雅夫は思わず自分の鼻を手で覆ってしまった。

すると、

「あっ」

彼のその行動を見た4人は思わず表情を硬くすると、

「臭いは…

 まぁちょっとするけど、

 そんなに気にする必要はないよ」

「慣れれば、

 臭わなくなるから」

と宥めるように言う。

「そっそうですかぁ?」

皆の言葉を聞いて雅夫は納得の行かないような表情をして見せ、

そして、

「ここには女子の方はいらっしゃらないのですね」

と聞き返した。

その途端、

キシッ!

剣道場の空気が一気に凍り付き、

「ふぅ…」

「まぁ、なんだ」

「そう、女子は居ないんだよ」

「うん、なんでかなぁ?」

と4人とも遠い視線を送りながら呟いた。

「はぁ…そうなんですか」

「がっかりした?」

「まぁ、なんといいますか…」

「ちょっと前までは女子の部員も居たんだけどね」

「やっぱり、臭いが原因かな」

「でも、剣道に臭いは付き物だし」

「まぁ、運命のようなものだな」

「そう、運命、運命」

雅夫を囲んで4人はそういうと、

『そこの君たち。

 自分たちの運命を変えてみたいと思わないかい?』

突然道場に少女の声が響いた。

「!!」

「だれ?」

少女を思わせるその声に5人は驚くと、

ゴロゴロ

キャリングケースを手にした少女が姿を見せた。

「おっ女の子?」

「誰かね、君は?」

「っていうか、

 その帽子はなんだ?」

「何かのキャラモノ?」

先端に輪のついた白く長い耳と

赤いまんまる目が特徴の小動物の顔を模した帽子を被る少女に向かって

正巳たちは尋ねる。

『なんか…思いっきり不審がられているんですけどぉ、

 業屋さぁん。

 この伝説の営業生物の帽子を被れば

 契約成功率15%UPじゃないんですかぁ?』

疑念に満ちた5人の視線を感じながら少女はそう呟くと、

『取り合えず、

 はいこれっ』

と言いながら彼らに向かって1枚の名刺が差し出した。



「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」 

その名刺に書かれている文言を読み上げると、

『はいっ、

 ご契約ありがとうございます』

にこやかに少女・華代は礼を言う。

「はい?

 契約?

 いきなりそんなこと言われても」

その言葉を聞いた佐祐は驚きの声を上げると、

『そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。

 この華代ちゃんがお兄ちゃん達の望みをちゃっちゃっと叶えてあげるから』

華代は返事をするなり、

すーっ、

両手を上へと挙げていく。

そして、

帽子の耳を大きく振りながら、

「きゅっぷいっ、

 さぁ、その魂を対価にお兄ちゃんたちは何を願います?

 可愛い女の子がこの道場に居てほしいんでしょう。

 華代ちゃんがその願いを叶えてさしあげますわ。

 そうっれっ!

 ばきゅーーーん!』

の掛け声と共に、

ブンッ!

上に挙げた腕を一気に振り下ろした。

その途端。

ブォッ!

剣道場の中を一陣の旋風が巻き起こると、

「うわぁぁ」

「なんだぁ!」

「寒いっ!」

驚く皆を巻き込んで旋風は渦を巻きながら抜きぬけていく、

『ふっ、

 完璧の舞でしたわ』

ピタリと決めポーズを決めて見せる華代はそう呟くと、

「え?

 え?

 え?

 なにこれぇ!」

「うわっ、

 胸が…

 チクチクしてきたと思ったら、

 膨らんできたぁ!」

「あっあっあっ、

 おちんちんが無くなっていくぅ

 あそこが…割れちゃったぁ!」

「お肌が敏感になって、

 道着を着ているだけで感じちゃう」

「かはっ

 声が…

 出にくく…

 あぁん」

と5人がそれぞれ体の異変を訴えながら、

次々と女の子へと変身していく。

そして、

『うんうん、

 第二次性徴を迎えた男の子が女の子になって行くときに放たれる莫大なエネルギー、

 そのエネルギーこそが私のお代ですわ。

 さぁ、女の子になって新しい運命に踏み出すのです』

恥ずかしげに膨らんだ胸、

形が変わった股間、

華奢な女子と化してしまった体に戸惑いながら座り込む皆を見下ろして

華代は満足そうに頷くと、

『それでは皆さん。

 お幸せに、
 
 アデューですわ』

の声を残して華代はクリスマスの輝きを放つ街へと去って行った。



「えっと…

 どうしようか」

緩くなった剣道着を締めなおしながら正巳は皆に問うと、

「うーん、

 とりあえず」

「女子剣道部として

 男ひっかけようか」

「女だけのクリスマスって

 寂しいですから」

と皆は口をそろえて言う。

すると、

「でも…」

と雅夫は口をはさむや、

「はい?」

皆の視線が一斉に彼、いや彼女へと向けられた。

そして、

「今から間に合います?」

一身に視線を浴びながら雅夫は指摘すると、

「ふぅ〜っ」

言いようもないため息が剣道場に響き渡っていく。



今回のお仕事も実に簡単でした。

剣道部のみなさん、

女子となられてからもご活躍してくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

それではまた会う日まで…

きゅっぷい