風祭文庫・華代ちゃんの館






「10年目の再会」



作・風祭玲


Vol.1019





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



ギラッ!

『あづいぃぃ〜〜っ』

生きとし生ける者を容赦なく焼き付けてくる太陽の下。

カートを引く手をだらりと下げ、

たっぷりと水分を含んだ白いワンピースを肌に張り付けて、

全身汗まみれの少女・真城華代は影のない街を力無く歩いていた。

『はぁ…

 はぁ…

 なっ何でこんな目に…』

恨みにも似た言葉を吐き、

一歩、

また一歩、

体の真下に向かって落ちていく影を踏みしめるようにして華代は歩き続けるが、

しかし、彼女が目指す目的地は未だ見つからないのであった。

「あ〜っ、

 なんでこうも暑いのよ!

 こらっ、太陽っ!

 ちょっとは遠慮ってことをしな」

もって行き場のない怒りを太陽に向かってぶつけるものの、

しかし、その声が当事者に届くことは無く、

輝く太陽は容赦なく華代を焼き続ける。

カチッ!

カチッ!!

カチッ!!!

『ちっ

 まだレーダーに反応がないわっ

 もぅ半日以上も歩いているっていうのに…

 一体、どこにクライアントが居るって言うのよ。

 あぁんもぅっ、

 こんなことなら快適な華代ライナーで直接乗り付けるんだったわ』

大型の懐中時計を思わせるレーダーを操りつつ

華代は自分が犯した判断ミスを悔やむと再び歩き始めた。

そんな時、

『ん?』

華代の目にあるものが飛び込んできた。

ミーンミンミンミン!

蝉時雨が響き渡る色鮮やかな緑。

シュワァァァァァ…

その緑に囲まれ勢いよく吹き上げる水の花。

『あぁ…

 みっ水ぅぅぅぅ!!!』

まさに灼熱の砂漠で出会ったオアシスである。

すっかり水分を失っていた華代は体の向きを変えると、

まるで吸い寄せられるようにして水しぶきがあがる公園へと向かっていく。



『ぶはぁ!!!

 くぅぅぅぅぅぅ!!!

 生き返るわぁぁ!!!』

あふれ出る水飲み場の水をがぶ飲みした後、

生気を取り戻した華代は意味もなくガッツポーズをしてみせると、

そのまま近くの木陰にあるベンチに腰掛ける。

そして、

『はぁ…

 生き返ったわぁ…』

被っていたつば広の帽子で顔を仰ぎつつ華代は雲一つない青空を見上げ、

『それにしてもこうもクライアントが見つからないなんて、

 華代ちゃんの歴史上、初めてのことだわ』

と呟いていると、

「はぁ…」

彼女の背後から小さなため息が聞こえてきた。

『ん?』

そのため息が2・3回連続して響くのと同時に華代は振り返ると

背中合わせの状態で20代くらいの若い男性がうつむき加減で座っていたのであった。

『うわっ、

 先客が居たのっ!

 でもこれって…お仕事の予感!』

男性から漂ってくる助けを求めるオーラを嗅ぎ取った途端、

華代の目に光が宿ると、

『おにぃーやんっ!』

公園に華代の声が勢いよく声が響いたのであった。



「うわっ」

突然響いた声に男性は腰を浮かせて驚くと、

『はいこれっ』

の声と共に彼の目の前に1枚の名刺が差し出された。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」 

名刺に書かれている文言を男性が読み上げてしまうと、

『はいっ、

 ご契約ありがとうございます』

にこやかに華代は礼を言う。

「え?

 契約?

 なにそれ?」

その言葉を聞いた男性は驚きの声を上げると、

『そんなに驚かなくても大丈夫です。

 この華代ちゃんがお兄ちゃんの悩みを聞いてあげます。

 と言う契約ですから』

宥めるようにして華代は返事をする。

「うーん、

 悩みといってもねぇ…

 お嬢ちゃんに話しても…」

小学生にしか見えない華代の話に男性は腕を組んで小首を捻ってみせると、

『大丈夫っ、

 大船に乗ったつもりでどーんと悩みを話してくださいな』

と華代は自分の胸を拳でたたいて見せる。



「へぇ…

 そう言うバレエ教室があるんですか」

華代が驚きの声を上げると、

「うん、まぁ」

と男性・柿沼健二は恥ずかしいのか頬を赤らめてみせる。

『でも…

 バレエってレオタードを着るのが普通なのでは?

 華代もバレエと関わったことが何度かありましたけど、

 どこもレオタードを着ていましたよ。

 お兄ちゃんもバレエ教室に入った以上、

 堂々とレオタード姿でレッスンを受けてしまえば良いじゃないですか』

健二から健康のためとスタイルの絞り込みを目論んで入ったバレエ教室から、

女性用のレオタード・タイツ姿になることを強要されていることを知った華代はそう聞き返すと、

「あのね、華代ちゃん。

 レオタードにも女性用と男性用があるんだよ。

 いくらバレエが習いたいのならレオタードに着替えるのです。

 レオタード姿になってあなたのやる気を見せてご覧なさい。

 と言われたからって、

 はいそうですかって、

 女性用の…レオタードを着るだなんて…」

と健二は訴える。

『じゃぁ…

 行くのをやめます?』

「そう言うわけには…

 入会金と今月分の月謝払ってしまったし…」

そう呟きながら健二は視線を落としてみせる。

『…判りました。

 華代ちゃんに任せて下さいっ、

 大丈夫っ、

 お兄ちゃんの悩みっ、

 この華代ちゃんが見事解決して上げます。

 ではそのバレエ教室に行きましょう。

 華代が見事解決してあげますわ』

と華代は健二の背中を幾度も叩くと、

「はっはぁ…」

半ば腑に落ちない顔をして健二は腰を上げると、

レッスンで使うレオタード・タイツが入ったショルダーバックを背中に担ぎ歩き始めた。



健二が話していたバレエ教室とはとあるバレエ団の専属の教室であり、

公園からさほど遠くない住宅街にレッスン室があった。

『へぇ、ここですかぁ?』

大きな看板を見上げながら華代は感心してみせると、

「うん、まぁ…」

緊張してきたのか健二は赤い顔で返事をしてみせる。

『ん?

 お兄ちゃん?

 まだ始まってもいないうちからそんな気緊張してどうするんです?

 華代ちゃんにお任せっ

 って言ったでしょう?』

健二の心の内を読みとった華代はまた健二の背中を叩くと、

「うわっ

 とっとっと」

突き押されるようにしてレッスン室へと飛び込んでいった。



「ちょちょっと華代ちゃんっ

 そんなにジロジロ見ないでよぉ」

教室指定の背中が見える黒のレオタードに白のバレエタイツ、

そして黒い革製のバレエシューズを身につけた健二が恥ずかしがってみせると、

『そんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃない?

 これからバレエのレッスンをしますっ

 意気込みを感じますよ』

と華代は尋ねながら盛り上がっている健二の股間を指で突っついてみせる。

「うわっ」

敏感な部分を華代につつかれた途端、

健二は股間に手を押し込んで恥ずかしがると、

ポロン…

レッスン室からレッスンの開始を告げるピアノの音が響いてきた。

「あっレッスンが始まる…」

それを聞いた健二が中腰のままレッスン室へと向かっていくと、

『どれどれ』

興味津々そうな華代もその後に続いていく。

そして、皆が集まるレッスン室を華代が覗いてみると、

レオタード姿のレッスン生達に混じっバー横に立つ健二の姿が目に飛び込んできた。

『あらら…

 なんだかんだ言ってもすっかり馴染んでいるじゃない…』

バー横に立つ健二は相変わらず顔を真っ赤にしながらも片手をバーに当て、

ピアノの音にあわせて体を動かし始めるが、

それと同時に他の女性にはないクッと盛り上がっている股間があらわとなる。

『あらら、これはちょっと恥ずかしいかも…

 確かにこの状況が続けばバレエが嫌になってしまいますわね。

 でも、華代ちゃんに任せてくれれば見事解決ですよぉ

 そうれっ!』

健二に視線をあわせながら華代は掛け声を掛ける。

すると、

ビクッ!

レッスンを受ける健二の体が動くや、

「!?」

「!?」

盛んに自分の体をよじり始める。

すると、

グッグググググッ!

幅広だった彼の肩幅が急激に狭くなっていくと、

それに反比例するかのように腰回りが膨らみ、

胸もぷっくりと膨らみはじめた。

「なっだんだぁ!」

突然、レッスン室に健二の驚く声が響き渡ると、

「どうしましたか?」

その声に驚いたレッスン生たちが胸を隠しながら座り込んだ健二の元へと集まっていく、

しかし、健二の変化はなおも続き、

短髪だった髪が伸びていくとシニヨンの引っ詰め頭に結われ、

そして、盛り上がっていた股間が見る見る萎んでいくと、

代わりに縦溝が股間を覆うレオタードに刻まれていったのであった。

「そんな、女の人に…

 そんな…

 いっいやぁぁぁぁぁぁ!!!」

すっかり女性化してしまった健二の甲高い悲鳴がバレエ教室に響くと、

『うふふっ、

 任務完了!』

面々の微笑みを浮かべながら華代が立ち去ろうとすると、

「やはりあなたでしたか」

の声が華代の背後から響いてきた。

『はい?』

その声に華代が振り返ると、

彼女の背後にはレオタード姿の女性が立ち、

「はいこれ」

と言いながら華代に一枚の名刺を差し出してみせる。

『あら…これは…』

それを見て華代は驚きの声を上げると、

「えぇ、

 10年前にあなたによってバレリーナにされた柴崎敏夫ですよ。

 もっとも今では敏子と名乗っていますが…」

と彼女は言う。

『あら…まぁ…』

口に手を当てて華代は驚いた顔をしてみせると、

「不思議な方ですね、

 10年経っても何も変わってはいないだなんて…

 もっとも私もこの10年バレエ一筋でしたけど」

と敏夫は笑ってみせる。

『あぁ思い出しましたわぁ

 藤田美保さんはお元気ですか?』

10年前に華代はこの敏夫と彼の恋人である美保をそれぞれバレリーナとバレリーノにしたことを思い出すと、

「えぇ、美保は元気にしていますよ。

 バレリーノは引っ張りだこですから。

 いきなり私の目の前で健二さんが女性になってしまったので、

 もしやと思いあたりを見回してみたらあなたの姿が見えたので声をおかけしました」

と敏夫は華代に話す。

『ここはあなたのお教室で?』

「いえいえ、わたしが所属するあのバレエ団の教室です。

 わたしはここの講師をしているにしか過ぎません」

『そうですか、

 あのぅ、健二さんから聞きましたが、

 なんで男性にもレオタードを強制しているんです?』

敏夫に向かって華代は問い尋ねると、

「あぁそのことですか、

 知っての通りわたしはあなたによってバレリーナにされてしまいました。

 別に恨んで…ってことはありません。

 むしろわたしにバレエの素晴らしさを教えてくれたことに感謝をしています。

 そのことを多くの人に判ってもらいたくてバレエ教室の講師も進んで受けました。

 だからバレエのレッスンを冷やかしや興味本位で受けてもらいたくないんです」

と訴える。

『なるほど、

 そのためのレオタード強制でしたか』

話を聞いた華代は大きく頷いてみせると、

「華代さんっ、

 あなたを見込んで一つお願いがあります。

 健二さんだけではなく、

 彼らもバレリーナにしてあげてくださいませんか?」

と敏夫は健二の周りにいるレオタード姿のレッスン生を指さして真顔で言う。

『へ?』

思いがけない申し出に華代は唖然とすると、

「この教室にいるレッスン生は皆男性なのです。

 最初はレオタードになることをいやがっていましたが、

 でもレッスンを続けるうちにバレリーナに憧れ、

 そして自らの体をバレリーナに近づけようと日々努力しているのです。

 ですから、彼らもバレリーナにしてあげて欲しいのです」

『わっ判りました。

 その頼みを叶えられないようでは華代ちゃんのプライドが廃りますっ、

 華代スティック・ピーチ・ロッドォ!

 男よ男よ飛んで行けぇっ、

 華代ちゃん・ラブ・サンシャイーン』

敏夫の訴えを聞いた華代は

取り出したスティックでハートマークを描くと、

「あぁぁいやぁぁん」

「しゅわしゅわしちゃうぅぅ」

レッスン生達は皆身もだえながら、

腰をくびれさせ、

胸を膨らませていく。

「みなさん、喜びなさい。

 もぅ女性ホルモンをに頼らなくてもいいのですよぉ、

 あなた達はたった今、バレリーナになれたのです」

女性化していくレッスン生に向かって敏夫は声を上げたのであった。



今回のミッションも実に簡単でした。

健二さんそして教室のみなさん。

折角バレリーナになれたのですから、

バレエの道を突き進んでいってくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

それではまた会う日まで…

では