風祭文庫・華代ちゃんの館






「千番目の客」



作・風祭玲


Vol.1000





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――


すぅぅぅ

はぁぁぁ

『春爛漫ですねぇ』

とある神社の境内を歩きながら真城華代は後に続く従者に向かって話しかけると、

『えーくっしょぃ

 ぐずっ、

 あっ、失礼』

トレードマークとなっている黒コートを着込んだ従者は盛大なクシャミを一つしてみせ、

慌てて鼻をかんで見せる。

『あなたの花粉症も困ったものですね』

チーン!

と鼻をかむ従者に視線を送りながら華代は小さくため息をつくと、

『まぁその…

 年中行事ですのであまり気になさらないでください。

 それにしても今年の春は花粉が多いですなぁ…

 クシャミは出るわ、

 鼻は詰まるわ、

 目は痒いわ…

 もぅ、ぐちゃぐちゃですよ。はは』

従者は軽く笑いながらも手際よく点鼻薬と点眼薬を使ってみせ、

『………』

そんな従者の姿を華代は哀れみを感じる視線で見つめた後、

サクッ

玉砂利が敷き詰められた参道を歩き始める。

まだ冬の冷たさを含んでいる春風が華代の足元に絡み付いてくるが、

しかし、彼女はそれらに構わずまっすぐ歩いていく。

『相当、大きな社ですなぁ…

 さぞかし位の高い神が祭られていると見ますが、

 ここに何か用でも?』

歩いていく華代に向かって従者はここに来た目的を問いたずねると、

『用事と言うより…

 お仕事の匂いがするのです。

 あの九九九号の一件以来

 華代ちゃんのお仕事が激減してしまったでしょう。

 どんな細かいニーズにもしっかりと応えて、

 千番目の記念すべきお客様をお迎えしないとね』

従者の質問に華代は振り返り、

次の顧客が華代にとって千番目となることを指摘した。

『はぁ、そうでした。

 偶然かどうかは判りませんが、

 華代様は千回目となるお仕事の前でした。

 それにしても本当にあの明照って奴はけしからん奴でしたな。

 大記録と打ち立てようとする華代様の大切なお仕事の横取りをするだなんて』

華代の言葉を聴いて従者は先日華代と盛大なバトルを繰り広げた

亜空間列車・九九九号のオーナーである明照のことを指摘すると、

『もぅ過ぎたことです。

 明照さんも女の子になれてよかったじゃないですか』

と華代は言う。

しかし、

『まぁ華代様がそうおっしゃるのなら』

なおも不服そうに従者は言葉を濁すと、

『!!っ』

何かを感じ取ったのか華代は立ち止まり、

そして、

『感じます…

 魂の叫びが、

 感じます…

 心からの訴えが』

そうつぶやくや否や、

『いまこそ華代ちゃんの出番です。

 さぁ千人目のクライアントは何処のだぁれぇ?』

と叫ぶのと同時に華代は走り出したのであった。



「はぁ…」

その日、学生服姿の野原良太郎は彼がこれまで歩んできた人生の中で最も暗い表情をしながら、

神社の境内から見下ろす町並みを欄干にもたれかかるようにして眺めていた。

「あぁ…

 いったい僕はどうすればいいんだ」

頭をかきむしりながら良太郎は自分の力ではどうすることも出来ないもどかしさを訴えると、

「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

その彼の耳元で突然少女の声が響いたのであった。

「うわっ!」

突然響き渡ったその声に良太郎は跳ね上がると、

「あら驚かせちゃった?

 そんなに驚かなくても…いいのに」

と年は小学生くらいだろうか、

ワンピースにロングヘアの少女がキョトンとした顔で良太郎を眺めてみせる。

「え?

 なんだ、女の子か」

良太郎は少女を眺めながら胸元を抑えつつホッとして見せると、

「クスッ」

少女は小さく笑い。

「ねぇ、お兄ちゃん、

 随分と悩んでいるみたいだけど、
 
 なんでそんなに悩んでいるの?」

と少女は単刀直入に尋ねた。

「えっ!」

少女のその指摘に良太郎は顔を真っ赤にすると、

「そっそんな風に見えた?」

と聞き返す。

『うんっ、

 それはもぅ…

 すぐにこの欄干を乗り越えて、

 思いっきりバンジージャンプして見せるほどに切羽詰っていた顔をしていたよ』

良太郎の問いに少女はそう指摘すると、

崖になっている欄干の向こう側を指差してみせる。

「あっあぁ…

 そうか、

 そんな深刻な顔をしていたのか」

と良太郎は呟き、

そのまま欄干に背を向けて体を預けると、

「確かに君が言うとおり、

 いまの僕はとっても重い悩みを抱えているんだよ」

少女に向かって話しかける。

『そう、お兄ちゃん悩み抱えているんだ、

 ねぇねぇ、その悩み聞かせて』

良太郎のその言葉を聞いた途端、

少女の目が光り、

良太郎に向かってせがむと、

「やれやれ、

 お譲ちゃんに話してもどこまで判るかわからないけど…」

と言いながらも事情を話し始めた。



『ふぅぅん、そうなんだ。

 今日の卒業式でお兄ちゃん、

 恋人さんと離れ離れになっちゃうんだ』

良太郎の話を聞いた少女は大きくうなづくと、

「いや、恋人ってほどでもないんだけどね、

 でも…そうかな…確かに恋人かも知れないな…

 僕の一方的な思い込みだけど…」

少女の言葉に良太郎は恥ずかしげに鼻の頭を掻きながら頬を赤らめてみせる。

『でも、もっと早くその恋人さんと離れ離れにならないようにすることは出来なかったの?

 例えば同じ学校に行けるように勉強を頑張ってみるとか、

 試験の朝はいつもより早起きするとか…』

良太郎に向かって少女はそう尋ねると、

「あのねっ、

 自慢じゃないけど僕の成績はクラスで4番なんだよっ、

 彼女が行こうとしている学校ぐらい、

 十分に受かる学力があるのっ」

と不満そうに言い返す。

『じゃぁなんで受験しなかったの?』

良太郎に向かって少女は尋ねると、

「しなかった…

 じゃなくて出来なかったんだよ。

 大体、男の僕が女子高なんて受験できるわけないだろう」

少女に向かって良太郎は大声で怒鳴って見せる。

『え?

 そうだったの…』

それを聞いて少女は臆することなく意外そうな顔をしてみせると、

「まぁ、こんなこと君に言ってもどうすることも出来ないんだけどね、

 全く…桃園さんの馬鹿っ」

と良太郎は自分の想い人の名前を呟いて見せる。

それを聞いてポシェットから名刺を取り出しかけていた少女はその名刺を仕舞い込むと、

『ねぇ、お兄ちゃん。

 もぅちょっと詳しくお話を聞かせてよ』

と良太郎に尋ねたのであった。



『なるほど、

 その桃園さんって人はオリンピックを見てレスリングに目覚めてしまったのね』

良太郎の話を聞いた少女はそうたずねると、

「あぁ…

 あのオリンピック放送を見て、

 あたしも金メダル取る。って言い出してね。

 そりゃぁ確かに彼女は格闘技が好きだったし、

 時間があると僕にプロレス技を掛けたりはしていたけど、

 だからと言って、

 僕と同じ学校を受けるって言ったのを翻してまでして

 強い女子レスリング部がある女子高に志望を変えることはなかったのに」

と悔しそうにして言う。

その途端、

『違うわ!』

即座に少女の声が響くと、

『桃園さんは正しいのよ、

 人生は自分が正しいと思った方向に進むべきよ。

 レスリングで金メダルを狙う。っていうのならそれを認めてもいいんじゃないの?」

 それに女子高に通ったとしても付き合えないわけじゃないんでしょう』

と少女は良太郎に迫る。

すると、

「それはそうだけど…

 でもさっ、

 レスリング部に入って練習でどんどんゴツくなっていく桃園さんの姿に僕がついていけると思う?

 僕は…女の子はもっと女の子らしくて欲しいんだ」

そう訴えながら今度は良太郎が少女に迫るが、

「あっごめんっ、

 こんなこと君に言っても仕方がないんだよね。

 はぁ…僕が女の子だったら…

 同じ学校に行って意地でも柚子のレスリング部入りを阻止して見せるのに」

と呟いて見せた。

その途端、

『はいっ

 これ』

と言う少女の声と共に一枚の名刺が良太郎の前に差し出されたのであった。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

手渡された名刺に書かれている文面を良太郎が読み上げると、

『はいっ

 あたしは貴方の悩みを見事解決する、

 心のセールスレディこと華代ちゃんです。
 
 さぁ、いまからお兄ちゃんのその悩み、

 見事に解決して見せるわよぉ』

そう言いながら少女・華代は大きく振りかぶると、

『あなたは記念すべき千人目っ、

 思いっきり腕によりを掛けて…そうれっ!』

と掛け声を掛けたのであった。

そして、

「うそっ

 これって
 
 そっそんなぁ!!」

それから約5分後…

神社の境内に甲高い声が響き渡ると、

「そんな

 そんなそんな

 ぼっ僕…

 おっ女の子になっちゃったぁ!!!」

ヘタッ

真新しい女子高のセーラー服に身を包み、

肩口で綺麗に切りそろえられた髪を揺らしながら

良太郎は唖然としつつ座り込んでいたのである。

『はいっ、

 どーかなぁ…

 これでお兄ちゃん…うぅん、お姉ちゃんは桃園さんと同じ学校に通えるわ。

 あっ、ちゃぁんと因果も変えてあるので安心して女子高に通えるわよ。

 ふふっ、

 その姿で見事柚子さんのレスリング部入りを引き止めて見せてね』

と良太郎に向かって華代の声が響くが、

「あはははは…

 ぼっ僕…女の子になっちゃったよ」

華代の声が届かないのか、

良太郎はツンッと膨らむ胸に手を当てつつそう呟くばかりであった。



それから半年後…

ここは某女子高・レスリング部の練習場。

「行くぜ行くぜ、ハナクソ女!

 どうした、

 それでおしまいか」

「なにをぉ

 まだまだ!

 うりゃぁ!」

レスリング場に敷かれたマットの上では

レスリングユニフォーム姿の二人の新入部員が互いに技を掛け合い汗を流していると、

「知っている?

 野原さんって、

 桃園さんがこのレスリング部に入るのを止めさせようとしたんだって」

「へぇそうなの?

 だけど、桃園さん以上に夢中になっているじゃない」

と言う声が響いていたのであった。



千回記念となる今回のミッションも実に簡単でした。

良太郎君、そう言うのをミイラ取りがミイラになったって言うのよ。

まぁ頑張ってレスリング頑張ってくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

それではまた会う日まで…

では