風祭文庫・華代ちゃんの館






「幹事のお仕事」


作・風祭玲

Vol.900





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?

いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



大都会から直通特急に乗って約二時間。

さらにその終着駅よりバスに揺られることこれまた二時間。

しゅわぁぁぁ…

乳白色の湯気が舞い踊る山奥の温泉街は降り積もる雪に包まれていた。

「はぁ…」

温泉街のはずれ、

かつて特急の終着駅とこの温泉街を結んでいた温泉電鉄の廃駅に一人の青年が佇むと、

朽ち掛けたプラットホーム上で盛んにため息を付いていた。

「はぁ…

 ショックだったなぁ…」

暗い視線で雪が降り積もる軌道跡を見つめそう呟く彼の名前は一流進。

その名前の通り、

一流の産院で人生のスタートを切った彼は、

一流の幼稚園。

一流の小学校。

一流の中学校。

一流の高等学校。

そして一流の大学の一流の研究室とトントン拍子に人生スキルを重ね。

ついにとある一流企業のエリートサラリーマンとなったのだが、

だが、そんな一流の人生を歩んできた彼を人生最大の危機が忍び寄っていたのであった。

「はぁ…」

進が降り積もる雪を眺め初めてから既に半日近くが過ぎていた。

サラサラサラ…

幾度彼がため息を付いても雪はそれに答えることなく、

乾いた音を周囲に響かせて静かに積もっていく。

「はぁ…」

もぅ何度目かのため息が進の口から漏れたとき、

ガシッ!

突然進は頭を掻き毟り始め、

「あぁ、どうすればいいんだ!!」

と悲鳴に近い声を上げる。

実は明日。

この温泉街にある温泉ホテルにて

進が勤める会社の忘年会が行われようとしていたのであった。

そして、進はその忘年会を取り仕切る幹事に抜擢され、

周囲の期待を一身に背負っていたのである。

無論、一流のスキルを積み重ねてきた進にとって幹事も一流でなくてはならない。

だがしかし、

彼の人生スキルにとって宴会などは全くの無価値と判断してきたため、

それに関する知識が全く無かったのである。

そこに降って湧いた幹事役…

進は一流人、いや、一流戦士として

圧し掛かってくるプレッシャーとの戦いの真っ最中なのであった。



「あぁ、間もなく日が暮れる…

 明日はいよいよ忘年会…

 気難し屋の社長を喜ばせるにはどうすれば、

 どんな願いもかなえられる。というものの調達に失敗した課長はヒラに降格され、

 僕の居た部署は別の課と統合。

 現に先輩達も居なくなってしまっているし、

 ここでなんとしても専務に認めてもらわないと、

 下手すれば…僕のところにあの黒封筒が…」

暮れ行く空を見上げながら進が呟くと、

フッ!

突然、薄暗くなっていたプラットホーム跡に灯りが灯り、

『間もなく・一番線に・列車が参ります。

 危ないですので・黄色い線の内側にお下がりください』

『間もなく・一番線に・列車が参ります。

 危ないですので・黄色い線の内側にお下がりください』

と列車の接近を知らせる放送が流れ始めた。

「え?

 列車が参りますって?

 え?

 え?

 なにが?

 どうなって?」

ホームに流れる放送に進は呆気に取られていると、

シャカタタタタタタタタ…

ウン十年前の廃線と同時にレールがはがされ雪が積もる軌道跡にレールが姿を見せ、

キラリと鈍い光を輝かせる。

「うっそぉ!」

狐につままれたかのように進は自分の頬を抓り上げながらレールを見るが、

その直後、

「痛てぇぇぇぇ!」

頬から伝わる激痛に飛び上がると、

眼下のレールが現実のものであることを認識した。

「まっマジで電車?」

光るレールを進は這い蹲りながら眺めると、

フォォォォン…

遠くからタイフォンの音が響くのと同時に、

カッ!

廃駅から伸びる勾配の下から前照灯の明かりが光り輝き、

タタンタタン

タタンタタン

と列車の音が静かに響き始める。

「でっ電車が…来る…マジで」

輝く明かりを見ながら進がそう呟く間もなく、

タタンタタン!

タタンタタン!

ニガウリマークのヘッドマークを誇らしげに

時と空間を駆ける超特急・業ライナーが入線してくると

キキキキ…

廃駅のプラットホーム横にゆっくりと停車した。

『真城温泉…

 真城温泉…

 到着の列車は回送列車です。

 どなたもご乗車にはなれません』

駅名の案内放送が到着列車が回送であることを告げる中、

パシュッ!

濃いグリーンの車体のドアが開くと、

『ほっほっほっ

 良い按配で雪が降っておりますなぁ

 ノンビリと雪を眺めながら温泉につかるのもまた格別』

と白い息を吐きながら和装姿の老人が恵比須顔で降りてくると、

『鍵屋、なぜお前もこの駅で降りるのだ?』

続いて顎長の男が渋い顔で出てくる。

すると、

『まぁまぁ、

 華代さんの折角のご招待ですし、

 それを反故にするわけにはいかないでしょう』

と言いいながら時代掛かったローブ姿の若い男性が続き、

『ふぅ…

 たまにはいいわね。

 温泉も…』

その男性に続いて白いドレス風の衣装を身に纏った女性が降り立った。

『そういえば黒蛇堂殿は?』

『あぁ、あの子ならすでに店ごとこっちに来ているわよ、

 まったくいつも店と一緒だなんて、

 カタツムリだわ、まるで』

『それは言いすぎだぞ、白蛇っ』

『温泉、温泉、なんかワクワクしますね』

などと話しながら列車より降り立った面々は改札の方へと向かい、

ピッ!

ピッ!

ピッ!

っとICカード乗車券を読み取り機に当てていく、

「え?

 すっス○カ対応だったっけ?」

駅舎に響くその音に進は振り返ると、

『間もなく発車します、

 閉まるドアにご注意ください』

停車している列車から案内が響き、

静かにドアが閉まると、

フォォォン…

タタンタタン

タタンタタン

タイフォンの音と共に列車は進の横を走り抜けていく。

「なんなんだよ、

 これは…

 温泉電車って40年以上も前に廃止になったんだろう?」

テールタイトの灯りとともに雪煙の中へと消えていく列車を見送りながら

進は立ち尽くしていると、

『間もなく・二番線に・列車が参ります。

 危ないですので・黄色い線の内側にお下がりください』

と次の列車の接近を知らせる放送が駅に流れた。

「まっまた来るの?」

駅に流れる放送に進はレールの先に目を凝らすと、

フォォォン…

降りしきる雪を掻き分けてさっきとは違う列車が姿を見せた。

そして、

タタンタタン

タタンタタン

レールの音を響かせながら車体に【華】と大きく書いた列車は駅のホームに停車し、

『呼ばれ飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん!

 華代ライナー定刻に到着ぅ!』

の声と共にピンク色のカートを片手にコート姿の少女が降り立った。

『あぁ、華代様っ

 足元が滑りますよ

 お気をつけてください』

すかさずその少女・華代を追う様にして黒コート姿の男性が出てくると、

『見てみて、

 雪よ、雪!』

と華代は白い手袋に包まれた手を指しだして男性に言う。

『ははは…

 雪も華代様のご訪問を喜んでいるのでしょう。

 何しろここ真城温泉は華代様の…』

そう男性が言かけると、

『おしゃべりは程ほどにね』

チラッ

立ち止まった華代は男性を眺めながら釘を刺し、

『あっこれは失礼を…』

その視線に男性は即座に頭を下げる。

『で、今日の宴会なんだけど、

 どういう趣向でするの?』

男性に向かって華代は尋ねると、

『はぁ…

 一応、和・洋・中どれでも対応できるように準備はいたしております。

 業屋さま、白蛇堂さま、お兄様と味にはうるさい方々ですから、

 無論っ、わたくしも腕によりを掛けますが…』

男性はそう返答をする。

『うん、料理についてはあなたに任せているから安心はしているけど、

 でも何か足りないのよねぇ…

 はぁ幹事というのも大変だわぁ』

思案を巡らせながら華代が返事をしたとき、

『あら?』

ホーム上に佇み華代たちを見ている進の存在に気が付いた。

『むっ、

 いけませんなぁ、

 部外者がこのようなところに』

それを見た男性が進のところに行こうとすると、

『待ちなさい』

と華代は彼を静止させ、

カラカラとカートの音を響かせながら進の傍に行くと、

サッ!

進の額に黒いカードを差し出してみせる。

『大丈夫、依頼人よ』

カードに浮き出た文字を見ながら華代は男に言うと、

スーッ!

大きく息を吸い込み、

『お兄ちゃん!』

と進に声をかけたのであった。



『なるほど、

 要するにお兄ちゃんは宴会というものを知らないので、

 どのように進めたら良いのかわからないのね』

日が落ち明かりが煌々とともるプラットホームのベンチに座りながら華代は聞き返すと、

「はぁ…」

進は力の無い言葉で返す。

『ふむ…』

そんな進を横目に見ながら華代はしばし考えると、

『華代様、

 しばらく掛かるようでしたら業屋様に一言入れておきますが』

と男性が華代に話しかけてきた。

『あっうん、

 お願い』

彼のその言葉に華代は返事をしたとき、

キラッ!

一瞬の彼女の目に光が宿り、

『あっそうか!』

と声を張り上げ、

『なぁんだ、簡単じゃない!』

そう言いながら立ち上がったのであった。

「はぁ?」

その声に顔を上げた進は満面の笑みを浮かべる華代を見ると、

『ふっふーん、

 契約成立!

 華代ちゃんにお任せアレ。

 お兄ちゃんを一流のコンパニオンにして見せてあげますわ』

と進を見ながら華代は言い、

スーッ!

その両手を大きく掲げると、

『そうれっ!

 メタモルフォーゼぇぇぇ!!!』

の掛け声と共に一気に掲げた腕を振り下ろした。

その途端、舞い降りていた雪がフワリと浮かび上がると、

ゴワッ!

突風が巻き起こり、

「うわぁぁぁぁ!!!」

雪交じりの猛烈な風がたちまち進を飲み込んでしまう。

「なっ何だこれは!!!!」

風に巻き込まれてしまった進は必死に堪えようとするが、

『おーほほほほほほ…』

ブォォォォッ!

華代の笑い声と共に吹き付ける風についに飛ばされてしまうと、

「あれぇぇぇぇぇ!!!」

クルクルと回りながら風にもてあぞばれ、

その風の中で進が着ていた服が全て剥ぎ飛ばされてしまうと、

シュルルルルルル…

代わりに白い綿毛のような布地が進の身体に次々と張り付き、

ピッチリとその身体の線を浮かび上がらせていく、

そして、

脚には編みタイツとハイヒールが、

さらに、頭には二本の白い耳がピンと立つと、

ググググッ!

男性的な線を描くウエストが括れ始め、

ムチッ!

ヒップが大きく張り出した。

「わわわわ…

 どうなっているんだぁ!!」

ムッチリとしたヒップと編みタイツに覆われスルリとした脚をばたつかせながら、

進は悲鳴を上げるが、

彼の変身はまだ終わりではなかった。

グググググ…

プルンッ!

平たかった男の胸を左右に膨らみが膨らんでくると、

白い衣装を下から魅惑的に持ち上げ、

それと同時に肩幅は狭くなり、

腕は細くなっていく、



シュルルルル…

刈り上げ頭の髪が伸びていくと、

肩甲骨まで覆うロングヘアーとなり、

シュルンッ

髭が無くなり細面になってしまった顔にメイクが施され、

一重の目にはシャドゥ、

小さな唇にルージュが塗られる。

そして最後に、

モゾモゾモゾ…

膨らんでいた股間からその膨らみが消えると、

「いやんっ!」

風がやんだホームの上には白いバニースーツを着た美女が座り込んでいたのであった。

「やだ、

 なにこれぇ!」

甲高い声をあげながら進だった美女は悲鳴を上げると、

『はーぃ、

 宴会といえばバニーさんが定番でしょう。

 今夜開催される華代ちゃん主催の宴会を良く見て、

 明日の宴会に備えてくださいね』

進に向かって華代はそう告げたのであった。



はーぃ、華代でーす。

今回の依頼も実に簡単でした。

幹事って結構大変なんですよ、

今度はあなたの街にお邪魔するかも知れません。

それではまた。



おわり