風祭文庫・華代ちゃんの館






「誤配」


作・風祭玲

Vol.850





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?

いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



「よう、兄弟っ、

 ついにこの日が来たなぁ」

メコッ!

大木のような腕を盛り上がらせながら一人の男が呟くと、

「あぁ全くだぜ…

 腕が鳴るぜ」

ビクン!

横に広がる左右の大胸筋を震わせもう一人の男が返事をする。

「くくくっ」

「ふふふっ」

薄暗い更衣室の中で汗と雄の臭いを撒き散らしながら、

二人の男は互いに笑い始め、

「ふはははは!!

 聞こえるか、

 感じるか、

 弟よっ、

 ついにあのにっくき顎長野郎をマットに沈める日が来たのだ!」

感情を高ぶらせながら

ムンッ!

メコメコメコ!!!

と先の男は一糸纏わぬ裸体の肉体に力を込めると、

沸き立つ筋肉をさらに盛り上げてポージングをして見せる。

すると、

「おうさっ、

 聞こえるぜ、

 感じるぜ、

 兄者!!

 ついに俺たち兄弟がリングの王者になる日が来たってことが」

ムンッ!

メリメリメリぃ〜っ!

それを受けて後の男も負けじと裸体の両腕を広げ、

その鍛え上げた大胸筋を盛り上げるポージングをして見せた。



「わははははははは!!!!」

「あーはははははは!!!!」

兄と弟、

二人の男の笑い声が高らかに更衣室に響き渡るが、

程なくしてその声が途絶えてしまうと、

「なぁ兄者っ」

「なんだ?」

腕を組み仁王立ちになっている兄に向かって、

椅子に腰掛けている弟が尋ねると、

「まだ、

 リングパンツやリングシューズは届かないのか?」

これから行われる世紀の大試合を前にして、

兄弟の身体を彩るコスチュームが未だ無いことを指摘する。

「うむ…」

その指摘に兄は大きく頷き、

「ふっ、

 案ずるな弟よ、

 昨日、

 リングパンツ一式を発送をした。

 と、この兄にメールが入っておる」

余裕たっぷりに

”ご注文の品、搬送しました”

兄のケータイ宛てに送られてきたメールを見せる。

そして、

「待つのも闘いの一つだ、

 よく覚えておくのだぞ」

と戒めると、

「判ったぜ、兄者。

 あぁ、あの顎長野郎が俺の必殺技を喰らってリングに沈むところが早く見たいぜ」

テン・カウントゴングが鳴り響く中、

宿敵を倒し勝利の雄たけびをあげている自分の姿を思い浮かべながら、

弟は逸る気持ちを抑える。

「うむ」

そんな弟の姿に兄は満足そうに頷くが、

「一言注意しておく」

と付け加えると、

「お前がどのような想像をするのは勝手だが、

 顎長野郎を沈めるのはこの私であること以外は認めぬぞ」

と注意するが、

「判っているって…」

注意を受けた弟はそう答えると、

宿敵と兄の2人を打ち倒している己の姿を思い浮かべ、

「あぁ我慢できねーっ!」

待ちきれなくなってしまったのか、

弟はその高ぶる感情をぶつけるように

腹筋運動、背筋運動等を始めだしてしまった。

「はははは、

 試合前だ、

 そこそこにしておくんだぞ」

身体から激しく湯気と闘気を沸き立たせて運動をする弟の姿を見て

兄は満面の笑みを作っていると、

コンコン!

更衣室のドアがノックされると同時に

「お待たせしました。

 タガワ急便です。

 北東乃さんにお届けモノです」

と宅配便の声が響き渡った。



「おぉ、待ちかねたぞ」

その声に兄はスグにドアを開けると、

ドアの向こうには宅配便のユニフォームを纏った配達員が立ち、

「北東乃さんですね。

 こちらにサインをお願いします」

彼は目の前に素っ裸の筋肉美が聳え立っているにもかかわらず、

顔色一つ変えず営業用スマイルで受領書を差し出した。

「うむっ」

差し出された受領書を受け取った兄は

キュキュキュッ!

と受領書いっぱいにサインを書き、

「ははは、

 君は運が良い、

 試合後、このサインの価値は国家予算に匹敵するようになるぞ、

 大切にとっておきたまえ」

そう言いながら兄は受領書を配達員につき返した。



「ありがとうございます」

笑顔を絶やさずに配達員が去っていくと、

「さぁ兄者っ

 時は満ちた。

 闘いの準備だ」

「おうっ」

兄と弟は届けられた荷物を早速開封して、

中に入っていたコスチュームを身に着け始める。

「兄者、今度のリングタイツは白なのか」

「うむ」

「兄者、今度のリングパンツは随分と飾りがあるのだな」

「うむ」

「兄者、今度のリングシューズはピンク色とはお洒落だな」

「うむ」

「兄者…今度は頭に飾りを付けるのか?」

「うむ」

「兄者?、こっ今度は…メイクをしなくてならないのか?」

「うむ」

「あっ兄者?」

やや困惑した口調で弟は兄に尋ねると

「本当にこれでいのか?」

と聞き返してきた。

「良いに決まっているだろうが」

弟の問いに付けまつげを付け、

口にルージュを引きながら兄は振り返ると、

コトッ…

コトコトコト…

「兄者…

 これでは闘いにくいぞ」

そう言いながら爪先立ちをする弟の頭には

ティアラを頂いた髪飾りが光り、

真紅のルージュと共に濃厚なメイクが施された顔と、

真珠色に輝くクラシックチュチュが胸元から腰までを飾り、

腰からはチュールを重ね合わせたスカートが伸びる。

そして、白いバレエタイツが覆う足の先には

ヨーロピアンピンクのトゥシューズがしっかりとサポートしてる、

誰が見てもレスラーというよりバレリーナと言うべき出で立ちであった。

「うむ、

 とてもよく似合っているわ、

 さぁ、あたしと共に舞台に立ちましょう、

 今日のあなたは白鳥、

 そしてあたしは黒鳥よ」

鍛え上げた肉体とはあまりにも場違いな声色と台詞を吐きながら、

漆黒のチュチュを翻して兄は立ちあがると、

その場で黒鳥の踊りのハイライトである32回ヒュッテを回り始める。

そして、笑顔で回りきって見せると、

「うふっ、

 どうかしら、あたしのヒュッテは?」

とシャドウが施した流し目で弟に尋ねるが、

その直後、

「兄者ぁぁぁぁぁ!!!」

弟の怒鳴り声と共に、

バキィ!

兄の身体は宙を舞い床に叩きつけられる。

そして、

「しっかりしてください。

 兄者はレスラーなのですか?

 それともバレリーナなのですか?」

と兄の胸倉を掴み揚げながら弟は問い尋ねると、

「はっ!

 そうだ、

 わたしは闘う者・レスラー!

 なっなんだこの格好は!」

弟に殴られてようやく兄は我を取り戻すと、

「兄者、間違えられて届けられたものですね」

と残されていた受領書を見ながら弟は言う。

「なんと!」

それを聞いた兄はショックを受けると、

「兄者っ、

 この格好でリングに上がれば笑い者。

 スグに宅配屋を呼び戻し、

 交換させなくては!」

と弟は詰め寄った。

「わっ判っておる」

白鳥のメイクが施されている弟の顔から視線を逸らして兄は返事をすると、

「(お前だってしっかりメイクをしているじゃないか)」

と心で呟くが、

その様なことをこの場で口にするわけにはいかず、

兄は急いで宅配屋に電話をしようとした。

ところが、

「北東乃さぁーん、

 そろそろ時間でーす、

 準備は終わっていますか?」

とドア向こうから試合の時間が迫っていることを告げる声が響くと、

「!!っ」

「!!っ」

二人は飛び上がり、

「どっどうしましょっ、

 舞台まで時間が無いわ!!!

 アンドゥトワァ

 アンドゥトワァ」

「あぁん、

 メイクが決まらなくて…」

と兄は壁につかまってプリエの練習を始めだし、

一方、弟は鏡に向かってメイクの修正を始めだした。

すると、

ガタッ!

ロッカーの一つから物音が響いた。

ピクッ!

その音に兄弟は即座に反応をすると、

「そこぉ!!!」

の一声と共に二人の姿が消え、

ズガン!

音を響かせたロッカーに二本のトゥシューズが突き刺さる。

「兄者…これは…」

「うむ」

「トゥシューズの戦闘力とは侮れないものですね」

「うむ」

ロッカーのドアにトゥシューズを穿いた脚をめり込ませ、

兄と弟はその破壊力に感心していると、

「あのぅ…」

と少女の声が響いた。



「誰だ?」

その声に二人は振り向くと、

ビクッ!

兄弟の後ろには白のワンピースにツインテールをお下げ髪を下げた、

小学校高学年ほどの少女が立っていて、

「あの…よろしいでしょうか?」

と恐々と声をかけながら何かを差し出すと

「ふむ、

 なになに?

 ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

渡された名刺にはそのように書いてあり、

兄と弟が声をそろえてその文面を読み上げる。

すると、

「はい、あのっ、

 ココロとカラダのカウンセラー 

 兼。

 心の奥に秘めた密かな願望をかなえて差し上げる

 夢の執行人の華代ちゃんといいますが、

 なかなか声をかける機会が無くて…」

と兄弟に向かって少女・華代は自己紹介をした。

「うぬっ、

 その華代という少女が何のようだ?

 我らは現在非常に困っておる」

チュチュ姿であるにも関わらず、

兄は腕を組み威厳を持って華代に問い尋ねると、

それを聞いた華代は安心したのか

いつもの元気溢れる表情に戻り、

「はいっ、

 それでは華代ちゃんがあなた方が困っている原因を取り除いて

 見事解決をさせてあげますわ」
 
そう声を上げると、

「そぅれっ!」

と掛け声を上げた。

その途端、

ゴワッ!

たちまち更衣室を突風が吹きぬけ、

「うわっ」

「うぉっ!」

風に煽られた兄弟はチュチュのスカートを慌てて押さえた。

そして、

シュンッ!

吹き荒れた風が瞬く間に収まってしまうと、

「なんだ?

 何が起きたんだ?」

と呆気にとられながら周囲を見回しはじめる。

そのとき、

「あっ兄者!!!」

弟の呼ぶ声が響くと、

「どうした、弟よ」

兄は弟を見ると、

「こっこれは…」

両腕を掲げながら弟は、

シュワァァァァ…

見る見る細くなっていく腕を見ながら絶句していた。

「なんだぁ!」

信じられないその光景に兄は驚くが、

シュワァァァァ…

その兄の腕も鍛え上げてきた腕は細くなり、

むぎゅうぅぅぅ…

腰は括れ始めていく。

「あっあっあっ

 あぁん

 胸が…

 おっぱいがぁ…」

鍛え上げて盛り上がった胸板が蕩けるように消え、

代わりに胸の左右に乳房の膨らみが膨れ始めたことに、

弟は胸を押さえながらもだえると、

「なっ情けない声を出さないのっ

 あっあたしだって、

 オチンチンが…

 あんっ

 なくなってきているんだからぁ」

声のトーンを上げて兄は股間を押さえながら訴える。

「兄者ぁぁぁ!!」

「あんっ

 だめっ、

 お姉ちゃんって呼んでぇ」

膨らんだお尻と、

括れた腰を見せ付けながら、

二人の肉体は屈強レスラーから、

女性美と共に華麗に舞踊るバレリーナへと変わってゆき、

コトッ

コトトトトト…

トゥシューズの音を響かせながら、

ロッカーの陰から恥ずかしげに出てくると、

「お姉ちゃん」

「妹よ」

そこには薄幸の白鳥姫と麗しき黒鳥姫が互いに見詰め合っていたのであった。



はーぃ。

今回の依頼も実に簡単でした。

お二方、衣装に身体を合わせる。という方法もあるんですよ、

さぁ、お二方の舞台もちゃんと用意しておきました。

思う存分バレエを舞ってくださいな。

今度はあなたの街にお邪魔するかも知れません。

それではまた。



おわり