風祭文庫・華代ちゃんの館






「智之の願望」


作・風祭玲

Vol.750





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?

いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



「はぁ…」

人気のなくなった体育館にため息の声が響き渡る。

「はぁ…

 男子新体操部があっる。って聞いたからこの学校に決めたのに…」

無人の体育館の隅、

用具保管庫のドアにもたれ掛かるようにして、

1年の西沢智之ががっかりしたような口調で愚痴をこぼしていた。

「おーぃ、

 西沢ぁ、

 最後のカギ締め、

 頼んだぞぉ!」

体育館の外、

夕闇を背にして一足先に着替え終わった男子新体操部員たちが

未だ体育館内にいる智之に向かって声をそろえるが

「はーぃ」

だが、智之は生返事で答えるだけだった。

「…はぁ…

 新体操部って言うから

 レオタードを堂々と着られると思っていたのに…

 がっかりだ…」

そんな彼らを横目で見送りつつ、

智之は体育座りをすると

Tシャツ短パン姿の自分を見ながら呪いに満ちた言葉を呟き

大きく項垂れた。

そして、

顔を上げると

「…はぁ

 女子部みたいにレオタード着たいなぁ

 なんとか男子新体操部で着られる方法がないかな」

と天井を見ながら智之の願望を口にした。



それから数日後、

「西沢ぁ、

 最後のカギ締め、

 頼んだぞぉ!」

の言葉と共に練習を終えた男子新体操部の部員達が引き上げていくと、

「はーーーぃ」

練習で使用した用具を片付けるフリをしながら

智之は返事をした。

そして、体育館から人影がなくなったのを確認すると、

智之は小走りで自分が置いた荷物のところへと向かい、

ニヤッ

と笑みを浮かべながら荷物の中から一つの袋を取り出す。



シュルルル

シュルル

天井の明かりの元、

一本のリボンが優雅な軌跡を描いていく。

そして、そのリボンの元では、

タンッ!

明かりを受けて艶かしく輝くレオタードに身を包んだ智之が

華麗なステップで舞っていたのであった。

「もぅっ

 先輩達ときたらなんでレオタードを認めてくれないんだろう、

 男子だろうが女子だろうが

 新体操と言うからにはレオタードを着るべきだと思うのに」

操るリボンで幾重にもリングを描きながら智之はそう思うと、

シュルルッ

スティックを高く放り上げた。

そして、一回転をして見せた後

落ちてきたスティックを見事キャッチしする

そう、ここ数日間、

男子新体操部の先輩達に向かって

智之はレオタードを着用すべきと力説をしたのだが、

しかし、その答えは彼を失望させるものばかりであった。

「…新体操ならレオタードを着用すべき。

 ってルールがなんでないんだろう?」

スティックを掲げ決めポーズをしながら智之が小さく呟くと、

「その通りです。

 お兄ちゃん!!」

と力強い少女の声が体育館内に響き渡った。

「え゛?」

突然の声に智之が慌てて立ち上がると、

「こっちですっ

 こっち!」

と背後からさっきの少女の声がする。

その声を受けて智之が振り返ると、

ニコッ!

そこには年は10歳ぐらいだろうか、

フリルのついた白いワンピースに、

つば広の帽子を被った少女が一人立っていて、

キラキラと目を輝かせながら智之を見上げていた。

「えっ

 えぇっと、

 君は?」

あまりにも突然の展開に智之は女子選手のように、

腕で胸を隠しながら名前を尋ねると、

「はい、これ」

と言いながら少女は1枚の名刺のような紙を差し出した。

「なになに?

 ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

渡された名刺に掻かれている文面を智之は読み上げると、

「はーぃ、

 ココロとカラダのカウンセラー 

 兼、

 秘めた夢をかなえる執行人の華代ちゃんですっ」

と少女・華代は胸を張った。

「はぁ、

 で、そのナントカの執行人とやらが、

 僕に何の用事?」

いまひとつ飲み込めてない智之が

華代にここに来た理由について尋ねると、

「むっ

 ナントカの執行人なんかじゃないもんっ」

と華代はふくれっ面をしてみせるが、

すぐに表情を変えると、

「お兄ちゃんって

 新体操の選手なの?」

と尋ねてきた。

「え?

 あぁ、これ?

 うんまぁ、

 そうかなぁ…」

レオタードを着ていることで華代が自分を新体操選手と判断したことに

智之は苦笑いをしつつも少し嬉しく感じと、

その照れを隠すかのように頭を掻いてみせる。

「ふぅーん、

 でもお兄ちゃんが着ているのってレオタードって言うんでしょう。

 レオタードって女の人が着るものじゃないの?

 男の人のお兄ちゃんがそれを着るなんて…

 うふっ

 なんかおかしい」

「うっ

(グサッ!)」

レオタード姿の智之を舐めるようにして見ながら告げた華代の言葉に智之は言葉を詰まらせると、

「好きなんだ…

 そのレオタードが…」

と華代は目を輝かせる。

「そっそれがどうした」

「ううん、

 別に…

 でも、折角好きなレオタードを着ているのに、

 誰も見てくれない。

 なんて、寂しくない?」

声を震わせる智之に華代はそういうと、

「仕方がないだろう?

 男の僕がレオタードを着ることを周りが認めてくれないんだから」

智之はと言い返す。

「あら、そうなの?」

「…まったく、

 男でも堂々と新体操が出来ると思って、

 ここに入ったのに」

そんな華代を横目に智之は悔しさをにじませながら思いを述べると、

「そういうことだったら

 華代ちゃんに任せて!

 大丈夫、悪いようにしないから、

 じゃぁ、明日」

華代は自信満々にそういうと、

まるでかき消すかのように姿を消してしまった。

「いっ一体何なんだ?」

つむじ風が吹き抜けていったようなその感覚に、

智之はしばし唖然としていた。



その翌日の放課後。

イーチッ

ニーィッ

体育館ではいつもと同じ男子新体操部の練習が始まっていた。

無論、智之も味気ないシャツに短パン姿でその練習に参加していた。

「華代ちゃんは

 ”じゃあ、明日”

 って言っていたけど、

 この練習中に何か起こるのかな?」

昨日、この体育館でであった華代の言葉に、

智之はやや心を躍らせていると、

「あれ?

 あそこに居るのは華代ちゃんじゃぁ…」

と体育館の天井付近、

キャットウォークと呼ばれる保守用の点検通路に、

華代の姿があることに気付いた。

「あっ!」

それを見た途端、

智之は声を上げかけるが、

だがそのときには華代の手は高々と上がり、

そして、

『そうれっ!』

と掛け声が響くと、

ゴワッ!

俄かに沸き起こった突風が体育館の中を吹きぬけていった。

「うわっ」

「なんだなんだ?」

突然の突風に男子新体操部員達は驚き、

そして混乱をするが、

だが、本当の混乱とはそのあとに起きた異変を指していた。



風が吹き抜けた体育館の中、

シュワァァァァ!

男子新体操部の部員達が着ているシャツ

がまるで溶ける様に肌に張り付くと、

短パンと共に一体化し、

そして、あるモノへとその姿を変え始めた。

「なんだこれぇ?」

「どうなっているんだ!」

驚く部員達の怒号が響き渡り、

そして、その声が収まる前に、

部員達は皆、艶かしく光を放つレオタードを身につけた姿になった。

「そんな…」

無論、智之も例外ではなく、

紺色と花柄をあしらったレオタードを身につけ困惑するが、

しかし、それで終わりではなかった。

ムリッ!

プクッ!

レオタード姿にされた部員達の胸が次々と膨らみ始めると、

肩はなで肩に、

腰はくびれ、

ヒップが張り出していく、

そして、盛り上がっていた股間が萎んでしまうと、

「やっやだぁ…」

「アタシどうしちゃったの?」

伸びた髪をシニョンに纏め上げた部員達が

頬を染めながら次々と内股で座り込んで行く。

「そんなぁ

 みっみんな女の子になっちゃった…

 こっこれって、

 華代ちゃんの仕業なの?」

いつの間にか持たされたフープを手に、

レオタード姿の女子部員になってしまった智之が愕然とする中。

男子新体操部はこのときをもって女子の新体操部に吸収されたのであった。



今回の依頼も実に簡単でした。

智之さん。

これで思う存分レオタードを着られますよ。

さて、何か困ったことがありましたら何なりとお申しつけ下さい。

今度はあなたの街にお邪魔するかも知れません。

それではまた。



おわり