風祭文庫・華代ちゃんの館






「中の人」



作・風祭玲


Vol.600





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



『ほーほほほほほほ!!!

 見事な攻撃ね、

 バニーエンジェル。

 でも、このわたしに土を付けたことを後悔してあげますわ』

「ふんっ

 何を言っているのっ」

「そうよっ

 そんな高いところに居ないで、

 サッサとこっちに降りてきなさいよ」

「あんなクモの巣なんて

 燃やしてやる」

「クモ女か、

 これは手強いかも…」

夜の街に張り巡らされたクモの糸の上で高らかに勝ち誇る怪人に向かって、

バニースーツに身を固めた少女戦士達が声を上げる。

『うふふっ

 そんなこと言ってもいいの?

 わたしのこの網は只の網ではないのよ』

「なに?」

『この網はねぇ…

 世界中に張り巡らされている網につながっているのよ、

 インターネットという網にね。

 さぁて、

 どうしてあげましょうか』

バニー達を見下ろしながらクモ女はそう呟くと、

素早くノートPCを取り出すなり、

カチャカチャ

と操作を始め出す。

そして、チラリとバニー達に視線を送った後、

『どうかしら、この画像、

 とっても良くできているでしょう』

と手にしているPCの画面を見せる。

「なっ」

「なによそれ!!!」

「くっアイコラと汚いぞ!!」

「しかも、GIFアニメ…」

「はっ、その絵…

 まさか、最近●ちゃんねるであたし達のアイコラを流しているコテハンて

 あなただったの?」

『うふふっ

 あなた達を懲らしめるには手段を問わないわ、

 あさぁてこの恥ずかしい姿を世界中に流してあげましょうか、

 うふっ

 精々ヲタ達のオカズにされるといいわ、

 そぅうれっ!!!』

カチッ!

「きゃぁぁ!!」

「やめろー!!」

「いやぁ、やめてーっ!!」



「え?

 バニーエンジェルっすかぁ?」

都内某所。

先日放送されたばかりのバニーエンジェルのビデオが流れる事務室に

舞い落ちる桜の花びらが吹き飛んでしまうほどの驚きの声が響き渡ると、

「あぁ、そうだ。

 バニーパープルのスーツアクターをしている近藤さんが先日の撮影でケガをしてな、

 ケガが治るまでの間、君に代役をして貰うことになった」

片方の耳穴に指をつっこみながら

撮影スケジュールの管理するマネージャの三宅伸也が言い返す。

「だからと言ったって…

 なんで俺がバニーエンジェルなんですか、

 バニーと言ったら女性キャラでしょう?」

なおも語気を荒げながら上杉純一が詰め寄ると、

「あのなっ

 君もスーツアクターのバイトをするのなら判るだろう?

 身体を見せず、顔も見せない。

 スーツアクターは打ち合わせ通りに演技をすればいいってことを、

 それに、いいかねっ、

 君が出演するバニーエンジェルは

 あの六本木TVの”まーめいどキュア”の対抗番組であり、

 両者の視聴率は現在拮抗状態なのだ。

 当然、制作しているウチとしても手を抜くことは出来ない。

 頼んだぞっ

 バニーエンジェルの未来は君の肩に掛かっているのだからな」

不満顔の純一を押し返すように三宅はそう言うと、

「判ったなっ」

だめ押しをして去っていった。

「そんな…

 俺…」

三宅が去った後、

純一はぽつりそう呟くとその場に座り込んでしままった。



純一は都内にある某体育大学に通う一年、

子供の頃よりTVなどで観ていた戦隊ヒーローモノに憧れていたが、

彼は主役達を演じる俳優になる。と言うより、

ヒーロー達に扮し、悪人どもを倒してゆくヒーローそのものになることに夢を持ち、

東京の体育大学に進学をしたのであった。

そして、ようやくスーツアクターのバイトにありつけたのだが…

「くっそぉ…

 何でだバニーなんだよぉ

 はぁ…どうせなら日の丸戦隊・ニッポンジャーの方が良かったよ。

 昨日のネットの中で暴れ回る中華怪人を倒した回は面白かったなぁ…」

事務室にポツンと残り、純一は悔しそうに呟いていると、

ガチャッ

いきなり事務室のドアが開くなり、

「おっ、君がパープル役をやるのか」

と言う声と共にギブス姿が痛々しい近藤直樹が入ってきた。

「えっと…」

近藤とは初対面の純一は困惑しながら立ち上がると、

「あぁ、俺が近藤だ」

と直樹は自己紹介する。

「え?」

その言葉を聞いて純一は思わず驚きの声を上げてしまうと、

「なんだ、俺がバニーパープルだったてことがそんなに驚いたか」

直樹は笑いながらそう言い、

「ふっ

 まっ、俺は着やせするタイプだからな」

と付け加えた。

「はっはぁ…

 あっ申し訳ありません」

そんな直樹に向かって純一は謝ると、

「いや、もっと細い人かと思っていたので」

と理由を言う。

「で、何だって、

 自信がないって?」

椅子に座りながら直樹はそう尋ねると、

「は?」

今度は純一の方が聞き返した。

すると、

「ん?

 三宅さんから聞いたんだけどな…

 上杉君が自信がなさそうだって…」

直樹はそう言うと、

「まっ俺もそうだったけど、

 馴れれば問題ないぞ、

 バニーのコスチュームと言っても、

 別の自分の生肌が見えるわけでも無いし、

 それに、細かいところは

 ほらっ

 デジタル処理で誤魔化せるから」

「はぁ…」

「まっ、

 俺のケガが治るまでの短い間かもしれないが、

 じっかりとパープルを演じてくれ、

 なっ」

励ますように直樹はそう言うと、

ポンポン

2回純一の肩を叩いた。



そして迎えた撮影初日、

「ふぅ…」

紫色のバニースーツを身につけた純一がため息を付くと、

「うーん…」

鏡に映る自分の姿を見てうなり声をあげる。

「どうかしましたか?」

そのうなり声に特殊衣装担当が声をかけると、

「あぁ…

 いや、

 なんか、ヘンじゃない?」

と自分の姿が映る鏡を指さし純一は指摘する。

「は?

 そうですか?」

彼の指摘に担当は鏡を見るが、

「最初はみんなそう言いますよ、

 大丈夫、TVで見れば問題はありませんから」

と言って去っていった。

「そーかなぁ…

 どうみてもこれはオトコの身体だよなぁ…」

担当にそう言われたものの、

しかし、鏡に映る自分の姿は

鋭角にデザインされた紫色のバニースーツと、

その下の淡く赤みがかった銀色のゼンタイスーツが純一の手足を覆い隠すが、

しかし、鍛え上げた厳つい身体の線はどうしても表に出てしまい、

ひいき目に見てもバニーエンジェルとは言い切れるモノではなかった。

「はぁ…

 無理があるんだよなぁ…

 こっこんなにゴッツイ、バニーガールなんて他にいないぞ」

これからつけるマスクを横目に純一はため息をついていると、

「おにぃ〜ちゃん!!」

突然彼の後ろから少女の声が響いた。

「え?(ドキ!)」

その声に純一が慌てて振り返ると、

「あっ、驚かしちゃった?

 ゴメンね」

純一の後ろにはいつ現れたのか白いワンピース姿の少女が立っていて、

茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべながらは謝ると、

「はいっ

 これっ」

そう言いながら1枚の名刺を差し出す。

そして、

『ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代』

手渡された名刺に書かれている文面を純一が読み上げると、

「はいっ

 貴方の悩みをズバリ解決する、

 心のセールスレディの華代ちゃんです。
 
 さぁ、お兄ちゃんの悩みを聞かせて」

と営業用スマイルをしながら華代は迫った。

「え?

 えぇ?

 悩みと言ってもねぇ…」

華代の告げたその言葉に純一はハタと考え込み、

「うーーん」

うなり声を上げた後、

「やっぱないや…」

あっさりと返事をする。

「え?

 悩みがない?」

純一のその返事に華代は目を丸くすると、

「いやぁ…

 改まって言われるとねぇ…

 思いつかないんだよ、

 別に受験で悩んでいるわけでもないし、

 就活はまだ早いし…」

悪びれずに純一は返事をする。

すると、

「あら、

 でも、つい今し方まで深刻に悩まれているように

 見えましたよ」

「え?

 あぁ、コレか、

 こっちは俺が悩んでも始まらないし、

 まっ問題があっても俺のせいでもないし」

華代の指摘に純一は自分か着ているスーツを指さしそう答えると、

「あれ?

 そのコスチュームって…」

「ん?

 あぁ…

 バニーエンジェルのだよ、

 俺はパープル役さ」

スーツに気がついた華代に向かって

純一は自分がこれから演じようとしているキャラの説明をすると、

キラッ☆

いきなり華代の目が光り輝き、

「うわっ

 うわっ

 すっごいですう

 握手してください」

と嬉しそうにはしゃぎながら手を差し出した。

「はぁ?

 はぁ」

華代の変わりように純一は呆気にとられながら握手すると、

「うふっ

 黒蛇堂に自慢しちゃお」

と華代は含み笑いをし、

そして、

「えっ

 あっあぁ…っと」

純一の冷たい視線に気づくなり、

慌てて場を繕うと

パンパン

とワンピースのスカートを叩きながら

「オホン!

 判りました。

 お兄ちゃんの悩み事はズバリ、

 男なのにバニーエンジェルにならなければならない。

 ってことでしょう?」

と指摘する。

「(ギクッ)

 なっなんで…」

華代の指摘に純一は顔を青くすると、

「ふふっ

 隠しても無駄よ、

 華代には全部判ってしまうのですから」

勝ち誇ったように華代は告げた。

「なら、なんで悩み事を聞いたんだよ」

「お約束よ、判らないの?」

「悪かったな」

「はいはいっ

 じゃぁ、ちゃちゃっと行きますか」

軽い応酬の後、

スーッ

華代は両手を挙げると、

「そうれっ!!」

とかけ声を掛けようとしたが、

その直前、

「上杉君っ

 スタンバって、

 他の人たちは集まっているわよ」

と進行係が純一に声を掛けた。

「あっ悪い、

 そのことについては後でな」

その声に純一は華代に向かって詫びると、

「はーぃっ」

の声と共に仮面が付いたマスクをかぶると、

カカッ!

ハイヒールの音も高らかに支度室から飛び出していった。

しかし…

「ふっふっふっ

 この真城華代に出来ないことはないと思って?

 ここに来る前に黒蛇堂に寄ってきて正解だったわ」

一人の残された華代はそう呟くと、

バッ!

純白のスカートを翻し、

その下、

まだ純真無垢の股に吊したホルスタより、

一丁の拳銃を取り出すなり、

スチャッ!!

ある一点に向けて構えた。

そして、

「リモート・メンテナンスモード起動!

 ターゲット捕捉

 東
 
 東
 
 南の方角、
 
 距離20っ」

と叫ぶと、

カチリ!

拳銃の劇鉄を起こす。

「ふふっ

 このワルサーP38に込められた、

 ”そうれっカートリッジ弾”

 一度発射されれば地獄の底まであなたを追いかけるわ。

 さぁ…

 お行きなさい!!
 
 そうれっ!!」

とかけ声をかけながら引き金を引いた。

そして

タァァァン!!!

支度室に銃声が響き渡ってから程なくして

ビシッ!!

純一は背中から何かに貫かれたような感覚が走った。

「なっ」

一瞬体中を走った痺れるような感覚に

ピタッ!

純一の足が止まると、

ゲシッ!!

飛びかかってきたサソリ女の蹴りがモロに入り、

その場に倒れてしまった。

『カッット!!!』

その直後、監督の声が上がり

「ちょっとぉ、

 なにやってんの?」

と注意の声が響き渡る。

『すっすみません』

バニーパープルのマスクの中より純一は謝るが

しかし、

ムリッ!!

起きあがるのと同時に純一の身体の異変がはじめる。

『え?

 なに?』

ムリムリ

ムリムリ…

次第に変化してゆく自分の身体だが、

しかし、この場でスーツを脱ぐことは出来ず、

「どうかしたか?」

『いえっ、何でもないです』

純一は身体の異変を感じながらの撮影続行となった。

そして、

「ん?」

ビデオカメラを覗いていたカメラマンは

徐々に体型が変わっていくバニーパープルの姿に気づくが、

「(夕べ呑みすぎたかな…)」

と自分で昨夜の酒のせいと決めつけ、

また、他のスタッフ達も多くの者が気づいたが、

誰もがパープルの変化は気のせいと決めつけ、

誰一人指摘するモノはなかった。

「はいっ

 おっけーでーす」

こうして撮影は無事に終了し、

「お疲れ様でしたぁ」

の声に送られ、

『ふぅ…』

純一は他の場にエンジェル達と共に支度室に戻って行く、

そして、

スポッ!

被ってたパープルのマスクを取り、

ジーッ!

スーツを脱いだ途端。

ポロ!!

押さえを無くしたCカップはあろうかと思える乳房が

着ていたランニングシャツを押し上げながら飛び出してきた。

「え?」

プルン!!

たわわに揺れる自分の胸に純一の顔がみるみる青ざめて行き、

次の瞬間、

バッ!

純一は股間を押さえると、

「なっ

 無い!!!
 
 無くなっているぅぅぅ!!」

とトーンの高い甲高い声を上げた。



「なぁ、昨日のバニーエンジェル見たか?」

翌週のとある撮影所に声が上がると、

「あぁ…

 見た見た、

 あの、バニーパープルのスーツファクターをやった奴って、
 
 どういう奴だろうなぁ…」

「あぁ…

 結構良い線をしていたな…」

「あれだけスタイルの良いスーツアクター見つけてくるなんて…

 してやられたかもな」

スタッフ達がそんな話をしていると、

「おーいっ

 撮影始めるぞ、

 マーメイドきゅあの二人もスタンバって!」

の声が上がり、

「とーっ」

「やー」

とかけ声を挙げながら歩いていく白コスと黒コス姿の少女の他、

適役・海魔の特殊メイクを施した者、

さらには

「さぁーて、

 一丁、ミールを演じてやってやろうじゃないの」

と言いながら高校教師に扮した女性が

丸めた台本をポンポンと叩きながらスタジオへと消えて行く。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

純一君、立派なバニーエンジェルになってくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

それではまた会う日まで…

では



「カッート!!」

「はい、お疲れ様でした」

「あーん、早く背中のジッパーおろして、

 もぅ汗だくよ」