風祭文庫・華代ちゃんの館






「憧れの君」



作・風祭玲


Vol.450





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



「はいっ!!」

掛け声とともにネットの上に白いボールがトスで打ち上げられると、

タン!!

そのボールから視線を外さずに

学校名の入った白地に赤のストライプ模様のTシャツとエンジ色のブルマを穿いた

女子バレー部キャプテン・森本怜菜が勢い良く飛び上がると、

バシッ!!

まるで叩き落とすように勢い良くボールを叩いた。

ヒュンッ!!

怜菜に叩かれたボールはネットを挟んで対峙する相手チームの選手の間を通り、

ボールの飛びつこうと腕を伸ばす選手の手先よりも遥か先で、

ダァァァン!!

と音を響かせる。



ピッピー!!

得点を告げる笛の音とともに、

「きゃぁぁぁ!!」

「はいったぁ!!」

試合が行われているコートを見下ろす位置にある回廊で

試合の行方を見守っていた女子生徒たちより一斉に黄色い声が沸きあがるが、

しかし、

「……」

見事に決めた森本怜菜はこの声に浮かれることはなく冷静に相手チームを見つめていた。



「森本さんっていつも冷静よねぇ」

「うん」

「でも、そこもまたいいのよねぇ」

「背も高いし…」

「クールだし」

「そうそう」

「はぁ憧れちゃうなぁ」

怜菜の姿を見下ろしながら女子生徒たちははしゃぎそう言い合っていると、

その下でもぅ一人…

「はぁ…森本さん…」

とため息に似た声とともに、

一人の男子生徒が田所文重が彼女達の足元から下で行われている試合をジッと見つめていた。



ダァァン!!

「きゃぁぁぁ!!」

「また入ったぁ!!」

怜菜が決めるたびに女子生徒たちは小躍りして喜ぶのに対して、

「はぁあ…」

文重はさっきからひたすらため息を漏らしていた。

やがて試合は怜菜の活躍で勝利し、

「やったぁ!!」

「勝ったぁ!!」

それを見ていた女子生徒たちの騒ぎはまるでお祭り騒ぎとなってしまった。

とそのとき、

「ちょっとぉ」

「チビ文が何でこんなところに居るのよぉ」

自分達の足元にいる文重の存在に気づいた女子生徒の一人が声を上げると、

「あっホントだ」

「えっちぃ!!」

「お前、何でこんなところにいるのよ」

そんな声とともにたちまち文重は女子生徒たちに取り囲まれると、

文字通りつるし上げにされてしまった。

「いやっ

 僕はただ」

「ただってなに?」

「だから、クラスメイトの一人として…」

「で?」

「森本さんの応援をしていただけで…」

「へぇぇぇ…」

迫ってくる女子達に文重は冷や汗をかきながらそう言い訳を試みるが、

しかし、

「知っているわよ、

 アナタ、クラスメイトであることを良いことに

 森本さんのストーカーをしているんでしょう?」

一人の女子生徒が文重を指差しそう告げると、

「えっちっ違う!!

 僕はストーカーなんてやってない!!」

文重は首を横に振り、懸命にその疑惑を否定するが、

「女性の敵よ!!」

「やっちゃえ!!」

誰かが上げたその声を合図にして、

うわっ!!

文重に向かって一斉に手が伸びてきた。

「ひぃぃ!!」

迫ってくる手に文重は即座に身を伏せると、

「あっどこ行った?」

「え?

 うそっ」

「もぅ!」

文重の姿を見失った女子生徒たちの手は彼の姿を追い求めて彷徨うが、

その間に文重はスカートから覗く足の森を潜り抜けようとしていた。

そして、

「出た!」

なんとか森を抜け出した文重は

ダッ!!!

脱兎のごとく逃げ出して行く。

「いたっ」

「あそこよ!!」

「えぇ!!」

逃げ出した文重の姿に振り向いた女子生徒たちが気づくと、

「待てぇ!」

と声を張り上げ後を追い始めた。



「ん?

 なんだ、あの騒ぎは?」

上から響き渡るその騒ぎの音に

怜菜は顔を上げ近くのメンバーに理由を尋ねるが、

「あぁ、大したことは無いよ」

「どうせ、キャプテンのファンが騒いでいるんでしょう」

と取り合わず、

「それよりもお疲れさま」

「今日もキャプテンのおかげで勝ったようなものよね」

「なんていったって、キャプテンよりも背の高い女の子って居ないもんねぇ」

「うんっ

 キャプテンさえいればあたし達楽勝よ」

怜菜と一緒に試合に出ていたメンバー達はそう言いながら労をねぎらうと、

次々と彼女の肩を叩いた。

しかし、

「そうか…

 わたしは…いつも一人だ…」

怜菜はそう呟きながら騒ぎが続く上を見上げていた。



「はぁはぁ

 はひはひ」

「こらぁ!」

「お待ちなさぁーい」

女子生徒たちに追われた文重は脇目も振らずに走り続け、

後から誰も追ってこなくなっても文重は走り続けた。

そして、そんな彼がようやく止まったのは学校内を一周し、

さらに、校舎の屋上まで来たときのことだった。

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 こっココまで来れば大丈夫だろう」

滴り落ちる汗を拭いながら文重が誰も追ってこない背後を見ていると、

「ふむっ

 11分30秒ってトコかしら

 結構頑張ったわね」

と言う声とともに

年は10歳前後、腰まで届きそうな長い髪とワンピースを着た一人の少女が

ストップウォッチを片手に影から姿を見せた。

「きっ君は?」

意外な少女の登場に文重は驚くと、

「はいっこれ」

文重の傍に寄った少女はポシェットから一枚の名刺を取り出すと差し出す。

それには

『ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代』

と書いてあった。

「悩み事の相談屋さん?」

名刺を見ながら文重が訝しげに訊ねると、

「うん

 そうよ

 ねぇ、お兄ちゃんの悩み聞かせて…

 この華代が見事解決してあげるから」

笑みを浮かべながら少女・華代は自分の胸を叩くと大きく頷いた。



「あらあら

 それは大変ねぇ」

平和な屋上に華代の驚いたような声が響き渡る。

「うん

 そうなんだ」

屋上のフェンスに腰掛た文重はジッと足元のコンクリを見つめながら短くそう返事をした。

「まぁ、

 確かに、

 男の人は背が無いとねぇ

 ちょっと苦しいかも…」

「うっ」

華代の痛烈な言葉に文重は言葉に詰まった。

そう、文重の悩みとは学年男子の中で一番小さいという自分の身長のことだった。

「あら?

 傷ついちゃった?

 ゴメンゴメン」

文重の表情を読み取った華代は軽く謝ると、

「で、さっきの話だけど、

 お兄ちゃんって、

 あのバレー部の女の人のストーカーをしていたの?」

と尋ねた。

「え?

 見ていたの?」

「うんっ」

文重が屋上に逃げ込むきっかけとなたあの騒動を華代に指摘され、

そのままその場に座り込むと、
 
「僕は何もやってない!!」

と声を荒げるが、

「うふふ、

 割っているって判っているって、

 男の子なんだもんねぇ

 気になる女の子の私生活って興味あるもんねぇ」

と華代はにやけた顔をしながら文重の肩を突付くと、

「だーかーらー!!」

文重は華代の耳元で声を上げた。

「もぅ耳元で大きな声を出さないでよぉ!」

脳天まで響き渡ったその声に華代は耳を塞いで文句を言うと、

「華代さんが僕の話を聞いてくれないからだよ」

文句を言う華代に文重はそう言った。

「でっ

 話を戻すけど、

 あなたの願いってその背のことなの?」

パンパンとスカートを叩きながら立ち上がった華代は改めて聞き返すと、

「あぁそうだよ、

 大体、回り道をしたのって、

 華代さんのせいでしょう?」

膨れっ面をして文重が返事をする。

「背か…」

それを聞いた華代は呟きながら考える仕草をすると、

「あぁ、

 いいよ、

 そんなことどうせ無理なことなんだから」

考え込む華代に文重は自分の依頼が滑稽夢想であることを告げた。

すると、

「!」

何かを思いついた華代は、

「ねぇ、

 また、ストーカーの話に戻っちゃうけどさぁ

 お兄ちゃんってあの背の高い女の人のこと気になっているの?」

と尋ねると、

「だから、ストーカーなんてしていないよっ

 そっそりゃぁ

 彼女のこと気になっているし、

 お友達で良いから話が出来たらなぁ…

 って思っているけど…」

「ふむっ

 じゃぁ、

 いつも一緒に居られるようになれば良いわけね」

「まっまぁそうかなぁ…」

「よっしゃっ

 それなら簡単!

 いくよぉ!」

文重からの返事を聞いた華代は大きく手を上げ、

「そぉれっ!」

と掛け声とともに一気に手を振り降ろした。

その途端、

ドンッ!!

いきなり吹き付けてきた突風が文重に襲い掛かると、

「うわぁぁぁぁ!!!」

文重は突風に弄ばれるように吹き飛ばされ、

ドサッ!!

気がついたときには下の校庭に倒れていた。

「痛てててて…

 え?

 ここって校庭?」

腰の痛みを堪えながら文重は起き上がると周囲の景色を見渡した後、

ついさっきまで居たはずの屋上の方を見上げると、

「うわぁぁぁ…

 あそこから落ちたのに…」

と軽い打撲程度で済んでいることに背筋を寒くした。

とそのとき、

「あっ居たわよぉ!!」

女子生徒の声が響き渡ると、

ドタドタドタ!!

「あっ本当だ

 こんどこそ逃がさないわよ!!」

たちまち箒などを持った女子生徒が校舎から飛び出してくるなり、

見る見る文重に迫ってきた。

「あっ

 え?

 まだ、僕を追いかけていたの?」

その様子に驚いた文重は慌てて起き上がり

そして、アタフタと逃げ出すと、

追いかけっこの第2幕が上がった。



「うわぁぁぁ」

「待てぇ!!」

「僕は何もしていない!!」

「うるさい!!」

逃げる文重と追いかける女子生徒達…

その追いかけっこがしばらく続いたとき、

ムクッ!!

文重の身体に変化が起こり始めた。

ムリムリムリ!!

平坦だった彼の胸がまるで詰め物を入れられていくように膨らんでいくと、

ググググ…

追いかける女子生徒達よりも低い身長が次第に伸び始めていった。

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 あれ?

 なっなんか…

 胸が…揺れてきた…」

ブルンブルンと次第に揺れを増してくる胸に文重は違和感を感じたが、

しかし、追いかけられている手前、

立ち止まって確認することが出来ない。

そして、その間にも彼の変化は続き、

ムリムリムリ!!

足が伸びていくと、そのズボンの下から健康そうな白い脹脛が姿を見せ、

また袖口から出てきた腕もしなやかな筋肉がその存在を誇張する。

「なっなんか…

 背が高くなってきたような…」

次第に高くなっていく視界に文重は戸惑い始めるが、

その一方で、

彼を追っていた女子生徒の方も自分達が追っている文重の姿が変化していくことに戸惑っていた。

「あれ?

 なに?」

「あいつの身体が…」

「うそ」

「どういうこと?」

徐々に大きくなっていく文重の姿に女子生徒たちはみな目をこすり、

そして再び見直した。

「ねぇ…

 夢でも見ているのかしら?」

「さぁ」

そう言いながらやがて追うのを止め、立ち止まった女子生徒たちは

ポニーテールの髪を揺らし始めた文重の姿を呆然と眺めていた。

タッタッタッ

「あぁ…なんだろう、

 股が軽い…」

異物を感じなくなった股間を文重はそう感じていると、

ズズズズズズ…

彼が着ていた制服が姿を変え始めた。

膝下にも届かなくなったズボンはその裾を上へと上げていくと、

やがて、エンジ色のブルマとなり、

カモシカのような太ももを美しく演出し、

また上着も変化していくと、

女子バレー部のユニフォームへと変化してしまった。

「あっそうだ、体育館に行けば…」

すっかり女子バレー部の選手となってしまった文重が

キーの高い女性の声を上げて体育館へとその進路をかえた頃、



タン

ダァァン

一人居残っていた怜菜は黙々と練習を繰り返して居た。

そして、ボールを全て打ちつくしてしまうと、

「はぁ…

 背が高いって言うだけでしかあたしを見てくれない…

 はぁ…バレー部、辞めようかなぁ…」

と転々と転がるボールを見つめながらふと漏らす。

そのとき、

ガチャッ

閉じられていた体育館のドアが開けられると、

女子バレー部のユニフォームに身を包んだ一人の少女が体育館に飛び込んできた。

「あっ森本さん!!」

怜菜の姿を見た途端、その少女は驚きの表情を見せ立ち止まると、

「え?

 あなたは?」

自分と同じくらいの背丈の少女に姿に怜菜は彼女の元へと駆けつけるなり、

「ねぇ…

 始めてみる顔だけど」

と話しかけてきた。

「あっあのぅ

 ぼっぼく…」

「いいのよっ

 ねぇ

 新入部員?

 試合は終わっちゃったけどあたしと一緒に練習しない?

 あっあたし森本怜菜っていうの」

自分と同じ体格の部員の登場に怜菜は嬉しそうにそう言うと少女の手を引いた。

「え?

 あのぅ…

 なんで…

 なんで、僕…女の子になっているの?

 なんで、怜菜さんと手を…つないでいるの?」

とんとん拍子で自分の世界が変化していくことに文重は戸惑っていた。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

文重君、背も伸びたし、

憧れの怜菜さんと一緒に居られてよかったでしょう。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

また会う日まで…

では