風祭文庫・華代ちゃんの館






「バレエ部奇譚」



作・風祭玲


Vol.400





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



チチチ…

朝靄煙る初夏の早朝…

ヌッ

その靄の中から抜け出てくるように一人の少女が姿を見せると、

「はぁ、気持ちのいい朝ね」

やがて迎える真夏の支度を急ぐかのように緑を濃くしていく木々を眺め

少女はそう呟く。

そして、

「さて…」

立ち止まった少女はポケットに手を入れゴソゴソと探ると、

いつもクライアントを探すときに使う”クライアント探査レーダ”を取り出した。

「ふふ…」

レーダーを手にした少女の顔が少しほころぶと、

ピッ

それにスイッチを入れ、

ピッ

ピッ

ピッ

ピー

レーダー探査音と共に、本日この少女が出会うことになるクライアントの場所と

その時間がディスプレイに表示された。

「ふむふむ、

 なるほど…

 きょう、夕方

 白鴎女学園・クラシックバレエ部更衣室にクライアントありね」

レーダーのディスプレイに表示された情報を少女・真城華代はすばやく読み取ると、

「でも夕方かぁ…長いなぁ…」

昇り始めたばかりの朝日を眺めながら華代はそう呟いた。



キーンコーン!!

それから十数時間後…

ポロン…

西日が差し込むバレエ部のレッスン室にピアノの音が響き渡ると

「アン

 ドゥ

 トワァ

 アン

 ドゥ

 トワァ」

クラシックバレエ部顧問・水上由紀子はピアノの音に合わせるように声を上げ

バーにつかまり基礎レッスンをする生徒の一人一人に指導をしていた。



白鴎女学園・クラシックバレエ部…

「学業だけに偏らず、皆が持つさまざまな可能性を開花させよう」

という校是の元、白鴎女学園は各クラブ活動が非常に活発で、

特にクラシックバレエ部は学校のクラブ活動という形態でありながらも、

その技術力・演技力は他のバレエ団と肩を並べるほど、と評価され、

そのため、このバレエ部でバレエすることを目標にこの学園に入学する少女も少なくはなく、

その評価もあってか、由紀子のレッスンはいつも熱気がこもっていた。

そして、由紀子と部員達の熱気がこもるレッスン室とは壁を一つ隔てた更衣室では、

カチャッ!

ゴソゴソ!!

その中で怪しげに動く2つの影があった。

「なぁ、何で俺たちがこんなことをしなくちゃならないんだ?」

ロッカーのドアを開けながらひとつの影・大木光也が声を上げると、

「さぁな、文句を言うなら、石田のヤツに言え、

 まったく、バッくれやがって、

 見つけたら只じゃぁおかないぞ」

光也の問いにもぅひとつの影・荒川信二がぶっきらぼうに答える。

そして、

「おっこれいいな」

獲物を見つけたのか、

彼はそう呟きながらロッカーの中から一着のレオタードを取り出すと

すばやく持参してきた紙袋に入れる。

「はぁ、それにしても俺たちがこんなことをするハメになるとはなぁ」

そんな信二の様子を見ながら愚痴とも取れるその言葉を光也がこぼすと、

「おいっ

 愚痴はほどほどにしろ、

 口を動かす前に手を動かせ、

 もぅ注文をとっちまたんだからな、

 もしも、指定した期日までに発送できなければ、

 俺たちが警察に突き出されるんだからな」

と次々と戦利品を紙袋に詰めながら信二はそう言った。

「もぅ十分に警察沙汰だと思うけど」

信二のその言葉に光也は小声で反論する。



さて、この二人は実は白鴎女学園からさほど遠くない篤農高校に通う学生で、

二人とも空手部に籍を置いていた。

しかし、空手部にはあまり顔を出さずに、

空手部の1年生、石田克己に命じてこの白鴎女学園に忍び込ませ、

そして、制服やユニフォームを盗ませるとネットで売りさばいていたのだった。

しかし、克己にバレエ部からレオタードを盗むように命じたものの、

その克己が白鴎女学園に忍び込んだまま忽然と姿を消してしまったので、

いまこうして自分達の手で盗みに入ったのであった。



「ふぅ…

 まぁこれくらいならいいだろう」

パンパンに膨らんだ紙袋を眺めながら信二は額の汗をぬぐうと、

「じゃぁさっさとずらかろう」

と光也が声を掛け、忍び込んできた窓に向かって小走りで走り出した。

すると、そのとき

カチャッ!

ガラッ!

レッスン室と更衣室を隔てるドアの鍵が開けられると、

レオタード姿の少女が更衣室に入ってきた。

「まずい!」

入ってきた少女の姿に信二と光也が一瞬凍りつく。

すると、

「だれ?」

信二達の存在に気づいたのか、少女が更衣室の奥に向かって声を掛けてきた。

ダッ!!

その瞬間、

信二が飛び出し、一気に少女を組み伏せると、

「静かにするんだ!」

と脅しを掛けた。

「きゃっ」

突然の出来事に少女は悲鳴を上げる暇もなく信二に組み伏せられると、

「おっおいっ

 それはやばいよ」

信二の行動に光也が驚く、

「うるせー、

 いま見つかるわけには行かないんだよ」

光也に向かって信二は小声で怒鳴ると、

「大木先輩に荒川先輩?」

突然、信二が組み伏せていた少女がそう尋ねてきた。

「うわっ」

自分の名前を少女が言ってきたことに

信二は驚き、そして反射的に少女を突き飛ばすと、

「やべーよっ

 俺たちのこと知られているよぉ」

光也が信二に詰め寄った。

「うろたえるなっ」

オロオロする光也を信二は叱り飛ばすと、

ジッと少女を見据える。

すると、

「あっお前!!」

何かに気づいたのかいきなり信二は声を上げると、

グッ

「こらぁ、石田!!

 貴様っこんなところで何をしている!」

と少女の胸倉を掴み上げそう怒鳴った。

「え?」

信二の声に光也が驚き、

そして、シゲシゲと見ると、

「あぁ!!」

少女を指差し同じように光也も声を上げた。

そう、この少女は信二と光也からココに忍び込むように命令され、

そのまま行方不明となった石田克己だった。

「あっいやっ」

克己はそう言いながら掴みあげる信二の手を振り解こうとするが、

「逃がすかっ

 お前のせいで俺達がこんなことをする羽目になったんだぞ、
 
 それになんだ?
 
 バレエ部のレオタードなんか着やがって、
 
 お前が着たら価値が下がるだろう!!」

そう怒鳴りながら信二は克己の腕をひねり上げる。

しかし、

「え?(こいつの腕ってこんなに細かったっけ?)」

以前とは勝手が違う克己の腕に信二は戸惑うのと同時に、

ムニッ!

もう片方の腕が克己の膨らんだ胸の感覚を伝えてきた。

「うわっ!」

あってはならないその感覚に信二は声を上げると、

克己をあわてて開放して間合いを取る。

「どっどうした?」

信二のその様子に光也が驚きながら訳を尋ねると、

「なっ何だよ、お前、

 おっぱいが膨らんでいるじゃないかよ
 
 きっ気味が悪いな…」

震える手で信二は克己を指差した。

「………」

しかし、克己は信二のその言葉には答えずに、

スルッ

着ていたレオタードをずり下げると、

「見て…

 おっ女の子になっちゃったの…」

と言いながら克己はプルンと突き出した乳房を信二達に披露する。

「なっなんだよっ

 何で女になっちまったんだよ」

響き渡る光也の声に、

「だって、ここは女の子の学校よ、

 女の子しかここには入られないの」

克己はそう答えると、

今度はバレエタイツも含めて膝まで下ろすと、

己の股間を克己は披露した。

すると、そこにあるはずの男のシンボルは無く

代わりに少女の縦溝が掘られている克己の股間に信二たちが驚いていると

「ねぇ、いつまで着替えに時間がかかっているのよ」

と言う声と共に再びドアが開くと別の少女が覗き込んで来た。

そして、

更衣室の中で固まっている信二を光也の姿を見るなり、

スゥゥゥ…

大きく深呼吸をすると、

「きゃぁぁぁ!!

 痴漢よぉ!!」

と張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。



「え?」

「なに?」

彼女の悲鳴が響き渡るのと同時に、

レッスン室に居た少女達が

「ねぇ!また荒らしが出たの?」

と押しかけてきた。

その一方で、

「ハッ」

少女の悲鳴で金縛りが解けた信二と光也は、

「どけっ」

克己を突き飛ばすと紙袋を抱きしめながら、

大慌てで侵入してきた更衣室の窓から表に飛び出して行った。

「表に逃げたわ」

飛び出していった二人を指差し、少女が声を上げると、

「待てぇ!!」

一旦は更衣室に駆け寄ろうとしていたバレエ部員達は

すぐに方向を変えると一斉に信二達を追ってレッスン室を飛び出して行く、

そして、その後を

「あっ待って!!」

と声を上げながらレオタードを直した克己も追って飛び出して行った。



「行ったか?」

「あぁ…」

レッスン室から人気が無くなったのを確認するかのように信二と光也がそっと顔を出した。

そう、この二人は窓から飛び出すように見せかけて実は陰に潜んでいたのである。

「ふぅ〜っ」

額の汗を拭いながら信二がドカっと腰を下ろすと、

「しかし、なんで石田のヤツ、女になっているんだ?」

と光也に尋ねた。

「さぁ、知らないよ、

 石田に聞けば良いんじゃないか、

 なぁ、それよりもどうやってここから脱出するんだ?」

光也は克己のことよりも相変わらずピンチ状態にある自分たちのことを心配する。

「そうだなぁ」

光也に指摘され信二が考え込んでいると、



「お兄ちゃん!!」



突然、更衣室内に少女の声が響き渡った。

「うわっ」

その声に二人が飛び上がると、

「あっ驚かしちゃった?

 ごめんね」

と言う声と共にワンピース姿の小学生くらいの少女が二人の前に姿を見せた。

「うわっ待ってくれ!!

 これには、深い訳が」

突然出てきた少女をバレエ部の関係者と思った信二達は思わずそう言い訳すると、

「あはは、

 何を言っているのかな?」

少女は笑いながら、

「はいっ」

と言うと二人に名刺を差し出した。

『心と体の悩み解決します。

 真城華代…』

二人が声を合わせて名刺に書かれている文句を読み上げると、

「はいっ、

 悩める青少年の味方・華代ちゃんでーす!!」

彼らの言葉に答えるように、少女・華代は高らかに声を上げた。

そして、

「で、お兄ちゃんたちの悩みって何なの?」

とクリっとした目をランランと輝かせながら尋ねた。

「え?

 おっ俺達の悩み?」

華代にいきなりそう言われ、信二と光也は思わず顔を会わせる。

とそのとき、

バサッ!

信二の手からレオタードが詰め込められた紙袋が落ちると、

口を華代のほうに向け横倒しになった。

「あっ」

それに気づいた信二があわてて拾おうとすると、

「紙袋いっぱいにレオタード…」

華代はシゲシゲとそれを見つめ、そう呟いた。

すると、

ピン!

華代の頭の上に一本の髪の毛が立ち、

「わっかりました!!

 お兄さんたちバレエをしたかったのですね。
 
 でも、なかなか言え出せなくて困っていたのですね」

と決め付けると、

「それならこの華代ちゃんにまっかせなさい!!

 こういうことは得意中の得意なんですよぉ」

嬉々とした表情で華代はそう告げ、

そして、

「では、いっきまーす
 
 せぇーのっ
 
 それぇぇぇぇぇぇ!!!」

と両腕を高く上に伸ばすと、

思いっきり腕を振り下ろした。

その途端、

ゴッ!!

更衣室の中を一陣の風が吹き抜けていくと、

「うわっ」

「風?」

突然吹き荒れる風に信二と光也は煽られ

そして、ロッカーの影へと逃げ込んだ。

「いっいったい何が起きたんだ?」

陰に逃げ込んだ信二が恐る恐る覗き込むと、

「うわっ!」

更衣室内に光也の悲鳴が響き渡った。

「こらっ静かにしろ!」

光也の叫び声に信二が怒ると、

「あわわわ」

まるで信じられないものを見るような表情で光也は自分の足を見つめていた。

「ん?

 どうした?
 
 って…なに?」

そんな光也の様子に信二が彼の視線の先を見ると思わず目を疑った。

キュッ!

そう光也の足にはいつの間にかピンク色のトゥシューズが履かされ、

そして、

シュルシュル!

彼が履いているズボンを侵食していくように白いタイツが足を覆いながら、

上へ、上へと伸びていく真っ最中だった。

「なんだそりゃぁ?」

信じられないその光景に信二は思わずその言葉を口にすると、

「たっ助けてくれぇ!!」

情けない声を上げ光也は信二にすがろうと寄ってきた。

すると、

「うわっくるなっ!!」

信二は自分に縋ろうとする光也を足蹴にする。

シュルッ

やがて白タイツが光也の足をすっかり覆いつくすと、

光也の足は次第に細くなり、

そして女性のような足へと変貌していった。

すると今度は純白のパニエのスカートが光也の腰から一重・二重と伸びはじめると、

まるで傘を広げたように光也の腰をきれいに飾る。

ザザザザザザ…

「あっあっあっ」

スカートを鳴らしながら光也は両膝をぴたりと付け、

そしてスカートの上から股間を押さえると、

「なっなっなくなっちゃったぁ!!」

と顔を青さめながら声を上げた。

「無くなった?

 無くなったってなにが?」

その言葉の意味を信二が尋ねると、

「なっナニだよ

 おっおれ…のナニが消えちまったんだよ」

信二の問いに光也はそう答えるが、

しかし、その声は次第に高くなり、

まるで女性を思わせる声へと変化していった。

すると、

ムクッ!

光也の胸が膨らみ始めると、

シュルリッ!

今度は彼が着ていたシャツがまるで空気が萎むように体に張り付きそして変化し始めた。

光沢を放ち始める生地…

施されていく刺繍…

強調されていく胸の膨らみ…

細くなるウェスト…

露になっていく肩…

瞬く間に光也は純白のクラシックチュチュに身を包んだバレリーナの姿へと姿を変え、

キュッ!

伸びた髪が後頭部でお団子に纏め上げられると、

すっかり女顔に変化した顔にメイクが施されていく。

そして、最後に口にルージュが引かれると、

コトッ

トゥシューズの音を響かせながら光也が立ち上がり、

「あ…あたしの舞台は…どこ…」

と呟きながらレッスン室へと向かっていった。

「おっおいっ」

レッスン室でチュチュを翻しバレエを舞い始めた光也に信二が声をかけようとすると、

コトッ

今度は信二の足元でトゥシューズの音が響き渡った。



「先輩達…どこに行っちゃたんだろう」

克己は追われ逃げ出していった光也達の姿を追い求めて校内を彷徨っていた。

そして、当てもなくバレエ部のレッスン室に来たとき、

ポロン〜♪

レッスン室からピアノの音が流れ、

そして、なにやら動く人影がそのガラス窓に映っていた。

「なんだろう?」

さっきまでとは打って変わったその様子に克己は不思議に思いながら

レッスン室のドアを開けると、

ザワッ!

彼…いや、彼女の目に飛び込んできたのは、

何かを遠巻きに巻くようにして出来たレオタード姿の人垣と

その人垣の奥で動き回る白い腕だった。

「いっ一体…なんですか?」

その光景を目の当たりにして克己は思わずレッスン室の隅に立つ由紀子に訳を尋ねると、

「あぁ…

 石田さん?

 どこに行っていたの?

 え?

 何をしているのかって?

 それは…

 アレを見れば判るわ」

やや突き放したような言葉を言いながら由紀子は人垣を指差した。

「?

 あの…すみません」

由紀子の言葉の意味がわからずに克己はそう言いながら人垣を割って入っていく、

そして、最前部にきたとき、

タンッ!!

レッスン室の真ん中で純白のクラシックチュチュを翻して舞う、

二人のバレリーナの姿が目に飛び込んできた。

「え?」

その姿に克己があっけに取られると、

「すごいわねぇ…」

そう感心しながら裕香と和美は華麗に舞うバレリーナの眺めながらため息をつく、

「え?え?え?

 これってどういうこと?」

この状況が理解できない克己が

バレエを舞い続ける二人のバレリーナの姿をシゲシゲと見た時、

「あっ、

 まっまさか!!」

克己はこのバレリーナ達の正体に気がついた。

「なっなんで、

 え?

 どうして…先輩達がそんな姿になっているんですか?」

濃厚なメイクの中に光也と信二の面影を見抜いた克己は

このバレリーナがあの二人であることを確信した。

すると、

「ちっ

 どこの誰の仕業か知らないけど、

 余計なことをしてくれちゃって、

 あたしの楽しみが無くなったじゃないのぉ!」

バレリーナと化してしまった二人を横目で見ながら由紀子は小さく舌打ちをしていた。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

やっぱり、更衣室であんなにレオタードを集めているだなんて

よっぽどバレリーナになりたかったんですね。

華代がそのお手伝いが出来て嬉しいです。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

また会う日まで…

では