風祭文庫・華代ちゃんの館






「校長の夢」



作・風祭玲


Vol.385





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



咲き誇っていた桃の花が散り始めた頃、

世間は俗に言う卒業シーズンを迎え、慌しさを増していた。

けど、

「はぁ…

 すっかり春ねぇ」

そんな慌しさとは無縁の真城華代は散り行く桃の花を愛でながら

公園の脇をゆっくり歩いていると、

「で、

 今日の依頼人はまだかなぁ(ごそ)」

そんな台詞を言いながらポシェットより手の平サイズ程ある

一見、ストップウォッチのような機械を取り出すと、

その上部についている押し込み形のスイッチを押した。

ピッ

ピッ

華代は数回スイッチを押してみたが、

しかし、メッシュが刻まれているその画面には何の反応も現れず、

程なくして赤い帽子を被ったペンギンのスクリーンセーバへと切り替わった。

「この辺には居ないのかなぁ…ふわぁぁぁ」

何も反応の無い機械に華代は見切りをつけると大きなあくびをする。

と、そのとき、

ピピピーン!!

手にしていた機械からアラームが鳴り響くと

画面に幾つものウィンドゥが一斉に花開くように開き、

そのして、その最前部に「依頼人発見」と書かれたウィンドウとその座標が示された。

「ふむ、南・南・西の方角!

 距離…20!!

 ターゲット確認!!!」

依頼人の座標を確認した華代は元気良く復唱をすると、

「今日、最初の依頼人ね。

 さぁ腕が鳴るわぁ

 華代ちゃん、発進!!」

と言う声を残して、

ヒュン!!

吹き抜ける春風と共に消えていった。



「ふぅ…」

そのとき、篠山秀隆は公園の隅のベンチに座り込みため息を盛んに漏らしていた。

高級ブランドのスーツに身を包み、

ロマンスグレーの手入れの行き届いた頭髪

そして、足元を飾る磨き上げられた革靴が彼の地位を物語っている。

「はぁ…

 これが最後の春か…」

そんな台詞を呟きながら秀隆は公園に植えられている桜並木を眺める。

昨年は陽気も手伝ってちらほらと咲いていた桜だったが、

しかし、平年並みの冬だった今年は桜の蕾も幾分膨らんできたとはいえまだ固かった。

そんな冬木立を思わせる桜並木だったが、

けど、ほろほろと散る桃の花が春が近いことを物語っていた。

とそのときだった。

フワッ

秀隆の周囲を春の風が吹き抜けると、

「ここ、よろしいでしょうか?」

と言う声と共に華代が彼の前に立っていた。

頭に被った淡いピンクのキャペリンと

軽くフリルをあしらったワンピースがいかにも春を連想させる。

「え?、あっあぁ(いつの間に?)」

声を掛けられた秀隆は華代の存在に気づくと、

半分驚きながらベンチの片方を開けた。

「よいしょっ」

秀隆が場所を譲るのと同時に華代は彼の隣に座る。

フワッ

気のせいか、弥生の公園に春の風がダンスを踊り始めた。

「どこの子だろうか?

 見たところ、中学生…いや小学生みたいだけど

 親とここで待ち合わせをしているのかな?」

職業柄、秀隆は隣にすわる華代に素性をアレコレと想像をし始める。

すると、

「おじさん、なにか悩みがあるようですね」

しばらくの間脚をぶらぶらさせていた華代は

クルッと秀隆の方を見るなり開口一番そうたずねた。

「え?」

見るものを吸い込んでしまいそうな華代のその瞳が

深海に潜みじっと息を殺す秀隆の心に一条の光を当てる。

「あっあぁ…

 判ってしまったか」

まるで、数十年来の親友に心の内を明かすような、

そんな気持ちに秀隆はなってしまうと、

自分が抱えている悩みを華代に包み隠さず話してしまった。



「まぁ…おじさんって校長先生だったのですか?」

「あぁ…そうだ」

「すっっごい!!

 なんか華代緊張しちゃうなぁ」

「あはは…

 でも、それもこの春でおしまい」

「何でです?」

「ん?

 おじさん、還暦を迎えちゃったからね、

 この春で定年なんだよ」

華代との話でそう話す秀隆の表情はどこかさびしげで、

その一方で、なにか燃えきらないものをにじませていた。

「まぁ、そんな…」

「あははは

 別に悲しくは無いよ、

 教師としてその職務を全うしたことを私は誇りに思っているんだからね。

 でも…」

「でも…?」

秀隆の言葉の最後に出てきた”でも”という言葉に華代の目が光る。

「でも、一度でいいから、

 女の子達を送り出したかった…」

「女の子達を?」

「あぁ…そうだよ

 わたしの学校は戦前からの男子校でねぇ…

 無論、歴史があるだけにこれまでにも

 数々の政治家や、実業家達を輩出してきたのが誇りなのだが、

 しかし…

 判るだろう?

 明けて暮れてもむっさく汗臭い男ばかり、

 一輪の花すらないそんな職場だった。

 だから、

 だから、定年を前にして一言言いたい。

 セーラー服の女子高生に卒業証書を手渡したかった!!

 一緒にないてみたかったぁぁぁぁ!!」

ドドーン!!

と打ち寄せる大波のバックにその容姿とは裏腹に秀隆は叫び声をあげた。

「え?

 あっ(こほん)、

 すまん、

 私としたことがついっ」

思わず高揚してしまったそんな姿を華代がじっと見つめていることに秀隆が気づくと

慌てて乱れたスーツと髪を直した。

ところが、

パチパチパチ!!

「判ります。

 判ります、その果たされない気持ち」

秀隆のその様子を華代は笑うことなく、

それどころか涙ぐみながら手を叩き、そして大きく頷いた。

「そうですよね、

 男として生まれたからは、

 最低一度は女の子にもみくちゃにされたいものですよね」

うんうん

なおも頷きながら華代はそう続けると、

「判りました。

 この真城華代が校長先生のために一肌脱いであげます。

 大船に乗ったつもりでいてください!」

ドン

っと胸を叩きながら華代は自信たっぷりにそう告げ、

「あっ遅れましたが、わたし、こういう者です」

とポシェットから一枚の名刺を秀隆に手渡すと

「では、ミッションスタート!!」

と華代が高らかに声をあげた途端、

ビュォッ!!

公園の中を再び南風が吹きぬけた。

「うわっ!!」

巻き上がった砂塵に秀隆が一瞬怯むと、

「あれ?

 居ない…」

さっきまで秀隆の傍に居た華代の姿が消えていた。

「なっなんだったんだ?

 あの少女は…」

信じられない表情をしながら秀隆が握り締めていた名刺を見ると、

『あなたの心と体のお悩みを解決いたします。真城華代』

と書かれてあった。

そして、

「真城…華代?」

秀隆はその名を何度も復唱しながら名刺を眺めていた。



その公園から程遠くないところにある某高校に続く通学路。

「あぁ…かったりぃなぁ」

「なんだよ、

 今日でおしまいじゃないか」

先に登校した在校生からやや遅れて卒業生達がぞろぞろと学校に登校してくるが、

しかし、その中には女子生徒の姿は無かった。

「あーったく、やっとこの制服を脱げると思うとほっとするよ」

「そーだなぁ…

 女が居ないもんなぁここには」

「そーそ、

 この制服を見ただけで、女の子達は避けていくし」

「あははは

 女に飢えてます。

 って宣言しているようなもんだしなぁ」

そんな声があちらこちらから響く中、

「ふふ…あのおじさんの学校はここね」

そう呟きながら華代は彼らに混じって歩いていた。



「え?、校長はまだ来ていない?」

「なぁに校長の遅刻はすでに織り込み済み」

「どこに行っているんです?」

「さぁ…」

「あの人は涙もろいからねぇ」

「へぇ…先に泣いておくってことですね、

 でも、意外だなぁ」

未だ学校に姿を見せない秀隆のことで職員室内に居る教員達はそんな話をしていると

「校長も時間になれば来る筈ですから、

 さて、来賓の方々も着ていることですし、そろそろ始めますか」

という教頭のその言葉と共に卒業式は厳かに始まった。



ザワザワ…

秀隆が不在でも差し障りの無いように講堂の中で卒業式が粛々と進められる。

やがて、卒業証書の授与の時間が近づいてきたが、

しかし、秀隆はなかなか現れなかった。

「校長はまだか…」

いつものこととはいえ、

今年に限ってなかなか現れない秀隆に教頭は次第に痺れを切らし始める。

「おいっ

 校長、来てないんだってよ」

「おっ今年は新記録を樹立か?」

教師達の苛立ちは次第に在校生に、そして卒業生達へと伝わっていく

「まったく、どうしたんだ校長は、

 これが最後の卒業式だというのに

 もぅ時間だ!!」

腕時計を睨みながら教頭がそう叫んだとき、

ザワッ?

舞台の上をしずしずとキャベリンの帽子を被り、

軽くフリルをあしらったワンピース姿の華代が歩いてきた。

「だっ誰?」

「さぁ?」

「どこの子だ?」

卒業式には不似合いな華代の姿に出席者から一斉にざわめきが起こる。

「一体、どこの子だ?」

華代の姿に驚いた教師達が駆け出そうとしたとき、

「テステステス

 あっあぁ…

 本日は晴天なり」

徐に壇上のマイクを取った華代はマイクテストをすると

「みなさーん、

 この春で定年を迎える校長先生を暖かく送り出してあげる為に

 ご協力をお願いしまぁーす」

と告げると、

スッ

と右手を高く掲げた。

「へぇ、あの校長ってここで定年だったのか」

華代の言葉に生徒達の中からそんな声が響く、

すると、

「では行っきまーすっ!

 そーれっ」

と華代が掛け声をあげると、

パチン!!

と指を鳴らした。

その途端、

ドォッ!!!

講堂の窓という窓、

そしてすべてのドアが破られるように開くと、

猛烈な突風が講堂内に吹き込み、そして渦巻いた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「なんだぁこれは!!」

「神よぉ!!」

たちまち、講堂内に生徒や教師達の悲鳴が上がるや否や、

吹き飛ばされる者やしがみ付く者で文字通り卒業式は大混乱に陥った。

しかし、吹き荒れた風はほんの一瞬で消えてしまった。

いや、

最初から風など吹かなかったのかもしれない。

皆が気づいたときにはドアは何事もなく閉じられ、

また窓も割れたところはどこにも無かった。

「あれ?」

何事も無かったかのようなその佇まいに全員が呆然としていると、

トンッ

卒業生・隆の腕が隣に居る信二の肩に当たった。

「なにするのよっ

 痛いじゃないのっ!!」

肩を抑えながらその信二が隆に向かって文句を言うと、

「なんだ、お前、

 女言葉なんて使って、

 気持ち悪いなぁ」

隆は信二に向かってそう指摘すると、

ムリッ

今度は信二が胸に異変が起きた。

「なっ」

ムクムク!!

突然膨らみ始めた胸に信二は驚くと

慌てて胸を両手で隠し、そしてその場に座り込む。

「どうした?」

彼の異変に気づいた隣に居る武が声を掛けると、

「かっ身体がおかしい」

次第にトーンが高くなっていく声で信二はそう返事をした。

「どっどーしたんだ?

 その声?」

信二の声に武が驚くが、

けど、その武も短く刈り上げていた髪がじわじわと伸び始めていた。

「うわっ」

「どーなんってんだ?」

「いやだぁ」

「なっなんで?」

「ちょっと」

異変は信二や武達だけではなく、

卒業生、いや、在校生達にも広がっていった。

「いやぁぁぁぁ!!!

 無くなっちゃったぁ!!」

突然一人が悲鳴を上げながら股間を押さえて立ち上がると、

ピンピンピン!!

彼が来ていた学生服のボタンが弾け飛び、

そして、詰襟からカラーが消えると、

見る見るセーラー襟へと変化していく、

「なっ」

次第にセーラー服へと変化していく彼の制服を周囲は無言で見つめていると、

「うわっ」

「やめてぇ!!」

至る所からそんな声と共に

丸く盛り上がったお尻を隠す程度のプリーツのスカートを揺らしながら

セーラー服姿の女子高生になってしまった生徒達が悲鳴を上げる。

「いったい…

 どーなっているんだ」

次々に女子生徒と化していく生徒達を眺めながら、

一切、変化が起きていない教師達は呆然としていた。

「わわわわ…

 やっやだぁ!!

 おっ女の子になっちゃったよ」

「そんな、

 どっどうしよう」

「うわぁぁぁぁ

 女の子になっちゃったよぉ

 また、受験やり直しよぉ」

すっかり小さく細くなってしまった手で

むちっとした太ももを隠すようにスカートを抑え信二や武が悲鳴を上げていると、

「いやぁすまんすまん、

 ちょっと考え事をしていた」

騒ぎのことを知らない秀隆があわてて講堂に駆け込んできた。

その途端、

「あっ校長よ…」

「本当だわ…」

「あの女の子、校長のためにって言っていたわよねぇ」

女子生徒にされてしまった卒業生、そして在校生達がそう呟きながら秀隆を見るなり、

「校長先生!!

 これどういうことか説明をしてください!!」

という声と共に雪崩を打つように秀隆の元に駆け寄ってきた。

「うわっ!!

 なんで、女の子がうちの講堂に?

 どっどーなんているんだ?」

たちまち秀隆は状況が飲み込めないまま

セーラー服姿の女子生徒に文字通りもみくちゃにされていく、

「なっなんでぇ?」

あまりにも唐突で、

そして、いきなり実現されてしまった自分の夢に、

秀隆の困惑しきった悲鳴がようやく春を迎えた空に響き渡った。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

やっぱり、卒業式にはセーラー服が一番ですものね、

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

また会う日まで…

では