風祭文庫・華代ちゃんの館






「結婚式場にて」



作・風祭玲


Vol.366





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



ここは都内にある結婚式場…

パンチパーマに黒メガネ・黒スーツに姿の厳つい男達が玄関前やホールにあふれる中、

「北朝家・米利家」

と書かれ、玄関前に置かれた一枚の立て看板がまもなく執り行われる結婚式を静かに告げていた。

「ねぇねぇ…

 今日の結婚式って…」

「決まっているでしょう、ヤクザよ、ヤクザ」

「ホント?」

「気づかなかったの?

 しかも、これまで敵対してきた組同士の結婚式なんだって」

「うっそー」

ピーンと張りつめた異様な空気に受付の女子職員がそう囁いていると、

「ねぇちゃん、便所はどっちかいのぅ」

紋付き袴姿の初老の男性がトイレの場所を尋ねてきた。

「あっ、まっ前の突き当たりを右に曲がってその奥です」

声をかけられた女性職員が慌ててピンと背を伸ばすと緊張した声をあげながら、

男性に向かってトイレの場所を告げると、

「ほうかほうか、ありがとよ」

これまでにかいくぐってきた修羅場の勲章を頬に刻んだ男性はそう返事をすると、

教えられた方へとノッシノッシと歩いていった。

「はぁ…」

彼が去った途端、緊張から解放された女性職員は大きく息を吐くと、ガックリと項垂れる。



その頃、

「いやぁ、めでたいのぅ…

 正男よ」

紋付き袴姿の北朝組の組長・北朝金正(きたあさ・かねまさ)が扇を仰ぎながら、

結婚式を直前に控えている正男(まさお)の控え室に入ってくるなりそう告げた。

「父さんっ

 僕、この結婚には…」

金正の姿を見た途端、正男は立ち上がってそう言いかけたが、

しかし、それ以上の台詞が彼の口から出ることはなくそのまま黙ってしまった。

「なんだ、正男っ

 中花組と露西組の親分達が段取りをつけてくれたこの結婚、反対なのか?」

そんな正男の態度に金正はジロリと正男を睨み付けながらそう言うと、

「いっいえっ

 そんなことはないです」

正男は弱々しく返事をした。

「正男っ、なんだその返事の仕方は!!

 いいかっお前は北朝組を背負って立つ男なんだぞ!!

 米利(こめり)の娘に見下されて見ろ、

 うちのシマはたちまち裏切り者の南朝組や

 先代が煮え湯を飲まされた大日組に荒らされてしまうんだ。
 
 お前がしっかりしないと駄目なんだぞ」

怒鳴るようにして金正が力説をすると、

「ところで、お前っ

 あの女とはちゃんと別れたんだろうなぁ」

眼光鋭く正男に尋ねた。

「なっ何のこと?」

緊張しているのか滝のように吹き出した汗を拭きながら正男が聞き返すと、

「東京鼠園とかスナックで知り合ったとか言うあの女だ。

 いいかっ

 あの女は大日組がお前を誑かすために放った女だ、

 まったく、

 先代が煮え湯を飲まされた大日組の息の掛かったところに足蹴なく通いおって…」

金正はブツブツ文句を言いながら忙しなく扇を仰ぎ始める。

そして、

「いいなっ

 米利組は長年敵対してきた居楽組をこの間潰してきたばかりだ、

 次は間違いなくうちをつぶしに掛かるだろう、

 特にあの若頭の藪とか言う奴は曲者だ。

 居楽組同様、難癖を付けてくるに決まっている。

 この結婚はそうさせない楔だと思えっ」

と言い放つと、控え室から出ていってしまった。

「はぁ…」

金正が出ていった後、正男はため息をつきながら窓の外を眺める。

すると、

クーン

と鼻を鳴らしながら2匹のドーベルマンが正男にすり寄ってくると、

「おぉ、乃呑、手歩呑、

 お前達はいいよなぁ…

 煩わしいことがなくて」

正男はそう言いながら2匹の愛犬の頭をなで回していた。



ところが、それからほんの数分後…

「ぬわにぃ!!」

ザワッ!!

結婚式場に金正の絶叫が上がると、どよめきが式場に全体に広がっていった。

「おいっ、

 それは本当なのか?」

米利組の関係者に向かって金正がそう正すと、

「ちょっと待ってくれ!!」

関係者はそう言いながら金正を押しとどめる。

「なにがあった?」

北朝組の幹部達が金正の周りに集まってくると、

「なにもかにもあるかっ

 米利の娘がトンズラをしたって話だ」

「なんだって?」

「あぁ…

 この落とし前はきっちりとつけさせて貰うぜ、

 最低、南朝組のシマをそっくり貰わないと気が済まない」

鼻息も荒く金正がそう怒鳴ると、

「やるかっ」

「なにおうっ」

ジリッ

式場内で、米利・南朝・大日組と北朝・中花・露西組との睨み合いが始まった。

しかし、やる気満々なのは米利組と北朝組のみで、

それ以外の組の者達はとりあえず格好を付けているだけだった。

と、そのとき、

「父さん…

 なにがあったの?」

と心配そうな表情をした正男が尋ねてきた。

「あぁ、正男か…

 心配するなっ

 米利組の娘が逃げ出したそうだ。

 うまくいけばこれをネタに米利組を揺することができる」

正男の肩を掴みながら金正はそう説明をすると、再び幹部達と話を始めだした。

「そんな…」

金正のその言葉に正男はガックリとうなだれると、

「ねぇねぇ…」

と言う少女の声が正男の背後から響いた。

「え?」

その声に正男が振り返るが、

しかし、彼の背後には誰の姿もなかった。

「気のせい?」

首を捻りながら正男はそう呟くと、

「こっちこっち!!」

今度は正面から声が響く、

「ん?」

再度振り返ると、

「えへっ」

と笑顔を浮かべながら広い鍔の帽子をかぶった少女が一人、正男の前に佇んでいた。

「だっ誰?

 君は?」

突然現れた少女に正男が驚くと、

「はいっ、これ」

少女はそう言いながらポシェットから一枚の名刺を差し出す。

「心と体の悩み解決します。

 真城華代…」

名刺に書かれた文句を正男が読み上げると、

「はいっ、

 1級神2種非限定・心と体のセールスレディの華代ちゃんですっ」

と華代は元気よく自己紹介をした。

「はぁ…」

そんな華代を正男はしげしげと見ると、

「で、お兄ちゃん、

 いま深刻な悩みを抱えているでしょう?

 華代には判っちゃうんだよなぁ…

 ねぇ、その悩み、一気に晴らしたいと思わない?」

正男の顔をのぞき込みながら華代がそう尋ねてきた。

「なっ悩み?」

華代のパワーに圧倒されるように正男が聞き返すと、

「うん…

 お兄ちゃん、相当深刻な悩みを抱えているようねぇ…」

ズイッ

さらに一歩踏み込んで華代が尋ねる。

「うんまぁ…」

迫る華代に正男はそう返事をすると、

キラ☆

華代の目が光り輝き、

「ねぇねぇ、その悩み華代に教えて」

とねじ込むように聞き出し始めた。

「いやっ

 あのぅ…
 
 そのぅ…

 ぼっ僕のお嫁さんとなる人が居なくなっちゃんたんだよ」

華代に詰め寄られ、苦し紛れに正男はそう言うと、

「まぁ」

それを聞いた華代はオーバー気味に驚くと、

「うん、それで父さん達は困って居るみたいなんだ」

と正男は続けた。

「結婚式を目前にして花嫁が失踪…

 それは一大事、

 花嫁の居ない結婚式は肉のない牛丼のようなもの!、

 判りました。

 この、真城華代が一肌脱いで差し上げましょう!!

 この式場を花嫁さんで埋め尽くしてあげますわ!!」

偶然か、天から射し込んで来た光に向かって華代は高らかにそう宣言をすると、

「そぉれっ!!!」

とかけ声大きく声を張り上げて腕を高く伸ばすと、勢いよく振り下ろした。

その途端、

ゴッ!!

式場内に巨大なつむじ風がわき起こると、瞬く間に式場を飲み込んでしまった。

「うわっ」

「なんだこの風は!!」

「わぁぁぁぁぁ」

吹き荒れるつむじ風に睨み合っていたヤクザ達全員が飲み込まれてしまうと、

フワッ

まるでその風は最初から吹いていなかったかのように一瞬のうちに止んでしまった。

「なんだ?」

「さぁ?」

風を防ぐポーズをしたまま、

睨み合いを演じていた北朝組や米利組、ほかの組の面々が唖然とする。

そしてその中で、

「なっなに?」

突然止んだつむじ風に正男が呆気にとられていると、

さっきまで彼の目の前に立っていた華代の姿は消えてなくなっていた。

「あれ?

 華代ちゃん?」

消えた華代を探そうと正男が一歩踏み出したとき、

ぞわっ!!

いいようもない悪寒が正男の体の中を駆け抜けていった。

「なっなにこれ?」

突然の悪寒に正男が驚くと、

ビクッ

今度は痙攣をしたように彼の体が微かに跳ねた。

すると、これまでなにも感じていたなかった正男の乳首がジーンと感じ始めると、

ムクムクムク!!

その胸が一気に膨らみ始めると

瞬く間に彼の胸に2つの盛り上がりを作り上げてしまった。

「なっなにぃ?!」

プルン

と揺れるその膨らみに正男は驚きの声を上げるが、

しかし、

ムリッ

ムリムリムリ!!

正男の変化はさらに続き、

胸に続いて続いて体中の筋肉の付き方が変わり始めると、

それに合わせるように正男の体も小さくなっていった。

「どっどうなって…」

次第に小さくなってく手と見る見るだぶついていく礼服に正男が困惑する中、

その彼の声は徐々にトーンが高い女性の声へと変質していった。

「なんで…

 そんな…」

身体の変化に驚く正男にさらに追い打ちをかけるように

ザワッ

刈り上げた彼の髪の毛が伸びだすと、

瞬く間に髪は肩の下まで伸びていく、

「そんなっ

 ぼっ僕…

 女の子になっちゃうの?」

続けざまに起きる身体の変化に正男は思わずそう呟くと、

フッ

今度は急に股間が軽くなった。

「え?」

それに気づいた正男が慌てて股間を押さえてみると

スルリ…

いまさっきまで存在を誇示していた男のシンボルが消滅し、

代わりに女性の溝が刻まれていた。



シュルルルルル…

正男の体が女性化してしまうとそれを待ってましたとばかりに

今度は彼が着ていた礼服が変化をし始めた。

まるで解きほぐすように上着が消えてしまうと

下に着ていたシャツの襟元が消え、

正男の白い胸元が大きくさらけ出される。

そして、女性化した正男の体の線を描き出すようにシャツが正男の体に密着をすると、

グイッ

っと正男の膨らんだ胸を強調するように締め上げた。

「あんっ」

その際に思わず正男が声を上げてしまうと、

「あっ」

正男は恥じらうように口を手で覆い隠した。

しかし、その手にはすでに肘まで届く白い手袋がはめられ、

また、胸元を締め上げたシャツの表面には花をあしらった刺繍が施されていた。

シュルルルルルル…

変化していく正男の衣装はズボンに及び、

シャツとズボンの素材が一体化すると、

ブワッ

っと一気に広がると中に幾重ものパニエを内包したスカートへと変化し、

程なくして礼服は裾の長いウェディングドレスへと変化してしまった。

「うそっ」

顔にメイクが施されアイラインと赤いルージュを引いた正男は

引きずるように伸びたスカートに困惑する。

そして、さらに彼の伸びた髪がきれいに纏めらあげられるとショールが姿を現した。



「英さんっ

 これで、この街も平和になるんですかねぇ」

結婚式場の外に止まっている車の中から式場の中を伺うように一人の刑事がそう呟くと、

「さぁな…

 北朝組に米利組…

 どちらも悪だからなぁ…

 まぁあくまで一時の平穏で終わるだろうな」

英さんと呼ばれた刑事はタバコの煙を揺らせながらそう答えた。

と、そのとき、

ワーワー!!

結婚式場の方からなにやら騒ぎ声が響き始めた。

「!!

 英さんっ」

「いけっ!!」

「はいっ」

その声を聞きつけた刑事達は大慌てで車から降りると、

待機していたほかの仲間達と合流して一気に結婚式場へと突入していった。

しかし、

「なっなんだ?これは…」

式場に突入した刑事達が目にしたのは、

大混乱に陥った純白のウエディングドレスや白無垢に身を包んだ無数の花嫁達の姿だった。

そしてその中心では、

「なんで、僕が花嫁にならなければならないの…」

と涙を流す正男の姿があった。



その後…

花嫁になってしまったヤクザ達は利害を捨て一つにまとまると、

新しく”喜び組”を結成し街の平和に乗り出したのであった。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

やっぱり、花嫁さんは結婚式の華ですものね、

華代も少しは世界平和に貢献をする事ができたかな?

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

また会う日まで…

では