風祭文庫・華代ちゃんの館






「神社にて」
(風祭文庫50万ヒット記念作品)



作・風祭玲


Vol.333





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



草木も眠る丑三つ時…

ひゅぉぉぉぉ〜っ

一陣のなま暖かい風が寝静まる夜の街中を吹き抜けていくと、

ザザザザァ…

この街のシンボルでもある低く垂れ下がる柳の枝を大きく揺らせた。

風が通り抜けて暫くすると、

タッタッタッ

夜の闇から浮かび上がるように一人の人影が走り抜けていく、

タッタッタッ

人影は街を走り抜けると、

そのまま街外れにある小高い山へと向って走っていった。

そして、その山の中腹にある神社へと続く長い階段を息も切らせずに登っていくと、

その正面に徐々に歴史を感じさせる本殿が姿を現した。

ふわぁぁぁぁっ

真昼のような月明かりに照らし出された本殿は、

昼間とは打って変わってどこか神々しく、そして不気味でもある。


人影は走るのを止めると、

異界を連想させるその境内を一歩一歩踏みしめるように歩いていく、

すると、

さぁぁぁぁ…

月明かりが人影を照らし出した。

「ふぅぅぅぅ…

 今夜で100日目か…

 丑の刻参りとお百度参りのミックス技、

 これだけのことをすれば僕の願いもきっと…千代ちゃんに届くはず!」

本殿の前に立った立石悟はそう呟くと、

手水舎へと向かい、手洗いと口を濯いだのち、

一枚の硬貨を賽銭箱へと投げ入れた。

そして

二拝二拍手一拝をすると、

「どうか、松本千代ちゃんと彼氏彼女の仲になれますように!!」

と一心に祈り始めた。

すると、

さぁぁぁぁぁぁ…

突如、神社を照らし出していた月に雲が懸かり

フッ

っと周囲が夜の闇を思い出した途端、

『お兄ぃ〜〜ちゃぁぁぁぁん』

まるで闇の中から絞り出してくるような声が響き渡った。

「え?(ドキっ)」

聞こえる筈のないその声に悟は一瞬ドキリとすると、

恐る恐る視線を正面の社殿から移動させていく、

しかし、

「…………」

月の明かりと雲の影のコントラストが静かに移動していく深夜の境内からは

人の気配は一切感じられなかった。

「気のせい?

 はは…幻聴を聞いてしまうだなんて…」

悟はそう呟きながら、

締め付けるようして忍び寄ってくる恐怖感を振り払うかのように笑ったが、

しかし、その時の彼の心臓は緊張のピークに達しようとしていた。

そして、再び社殿に視線を移そうとしたとき、

ヒラリ…

境内の隅の方から白い物体が彼の方へと向かってきた。

「ひぃぃぃぃ!!

 出たぁ!!」

突然姿を見せた白い物体に悟はペタンとその場に座り込むと

這い蹲るようにして参道の方へと逃げ出した。

しかし、

ふわっ

彼に向かってきた物体は途中で方向を変えると、

真っ直ぐ向かってくる。

「うわぁぁぁ!!

 許して!!
 
 僕は僕は
 
 この神社の巫女さんの千代ちゃんと仲良くしたいだけなんだ。
 
 決して、疚しいことは…(ちょこっとだけは考えたけど)
 
 でも、考えてはいないんだぁ!!」

観念した悟は蹲りながらそう叫ぶと、

ハラリ

スッ

彼の右手の指の間に紙のような物が挟まった。

「……え?」

恐る恐る悟るが顔を上げると、

「なに?」

右手の指の間に挟まったモノを見た。

すると、

「名刺?」

そう、彼の手に挟まっていたのは一枚の名刺だった。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします。

 真城…………華代………」

月の光を受けて青白く輝く名刺を

緊張した声で悟がそう読み上げると、

ふわっ…

境内の空気が一気に変わった。

「なに?」

ザワザワ…

周囲の森が一斉にざわめき出す。

ドクン

ドクン

悟の耳に普段聞こえない心臓の鼓動がハッキリと聞こえてきた。

はぁ…はぁ…

彼の緊張感が限界点を突破しようとしたとき、

カタン!!

突如、境内の隅あった井戸のふたが外れ落ちた。

「!!!」

悟の視線はその井戸に釘付けになる。

すると、

ヒタッ

井戸の中から白い手が姿を見せると、

その淵をシッカリと握りしめた。

「うぐっ!!」

その途端、悟の顔からは血の気が失せ、

歯がガチガチとなり始めた。



ヒタッ

2つ目の手が姿を現すと、

ヌッ

井戸の中からゆっくりと黒い頭が姿を見せた。

「いっ…」

それを見た途端、

悟の脳は壮烈な勢いでクロックアップし、

1秒が2秒、いや3秒くらいに感じられ始めた。

「逃げないと…

 この場から早く!!」

普段の3倍で高速演算をする彼の脳は、

”すぐにこの場から逃げろ。”

と結論づけ、

彼の視界に警告を示すウインドウを次々と表示していく、

しかし、悟の運動神経と身体の反射はそれに応じることが出来なかった。

「かっ身体が重い!!

 かっ金縛りだ…」

このとき悟の脳と身体の同期は完全に崩れ、

それによって指一本動かすことが出来なくなってしまった悟は

ただ黙って井戸を見つめているだけだった。



しかし、事態は悟のご都合なんかお構いなしに突き進んでいく、

ズルリ…

井戸の中より乱れた長い髪に白い服を着た女性が這いだしてくると、

ぴっ

悟の視界に新しいウィンドウが表示されると、

とあるホラー映画の一場面が鮮明な画像で再生される。

もはや、一刻の猶予もならない。

けど、

ズズズ…

井戸から這いだした女性はよろめくようにして立ち上がると、

ヒタ…

ヒタ…

ヒタ…

よろめきながら悟の方へと近寄って来た。

「あひっ(ひぃぃぃ!!)

 あひっ(いっ命だけは…)

 あひあひ(命だけは取らないでくれぇ!!)」

近寄ってくる女性に悟は動かすことが出来ない口でそう泣き叫ぶと、

『…あのぅ…タオル持っていませんか?』

と間近に迫った女性が悟るに声を掛けた。

「へ?」

少女を思わせるその声に悟が思わず見上げると、

「実は今夜、ここにお客さんが来るだろうと思って。

 そこの井戸の上で休んでいたら

 ふたが外れて落ちちゃって…

 あぁん、もぅ最悪!!」

と女性…いや、少女はそう言う。

「はぁ?」

予想外の展開に悟の脳は一気にクロックダウンをすると体との同期が復活し、

まるで凍結していたものが一気に解凍をしていくように悟の身体に自由が戻った。

すると、

「ぷはぁぁぁぁぁ…」

悟は一気に息を吐くとその場に蹲ってしまった。



「どうも驚かしてしまったみたいでごめんなさい」

悟から手渡されたタオルで頭を拭きながら少女がそう謝ると、

「いやいや…

 勝手に誤解した僕が悪いいんだよ」

と悟はそう返事をする。

「で、君は…名前なんて言うの?

 おうちの人呼ぼうか?」

少女を見ながら悟が少女に尋ねると、

「いえいえ、

 あたしは、ビジネスでココにいたのですから、

 それと名前はお兄ちゃんの持っている名刺に書いてあります」

と少女は告げた。

「名刺?

 あっこれか…
 
 真城…華代…ちゃん?」

名刺を見ながら悟はそう少女・華代に尋ねると、

「はいっ」

華代は元気良く返事をした。

そして、

「お兄ちゃんの悩み事を詳しく華代に聞かせて、

 確か…千代ちゃんと仲良くしたい」

って聞いたけど…

と華代は人差し指を下唇に当てながらそう尋ねると、

「げっ、僕が言った言葉…聞いていたの?」

思わず悟は聞き返した。

「はいっシッカリと聞かせて貰いました」

ニコッ

華代はキッパリとそう返事をすると、

「あちゃぁぁ参ったなぁ」

悟はペチと額を叩きながらそう呟き、

そして、

「うん…まぁ聞かれたんじゃしょうがないか」

と言うと、

「実はねぇ…

 お兄ちゃんいまある女の子に片思いをして居るんだ」

と胸の内を華代に告白をした。



「ふぅぅぅん…そう言う訳なんですかぁ」

話を聞いた華代はそう言うと、

「じゃぁ、お兄ちゃんの願いというのは、

 この神社で巫女をしている松本千代ちゃんと仲良くしたい。

 と言う訳なんですね」

と華代は社殿を振り返りながら聞き返した。

「まぁ…そうかな…

 うん…
 
 千代ちゃんと仲良くこの神社でバイトが出来れば、

 僕は死んでも良いと思っているよ」

グッ

と右手を握りしめながら悟はそう力説をすると、

「まぁまぁ、そんなにせっぱ詰まらなくても…

 でも、いきなり迫るのも問題がありますね。
 
 良いでしょう!!
 
 華代に任せて!!」

華代はそう悟に言うと、

ドンッと

胸を叩いた。

そして、

「こういう場合は自然と彼女に接近した方が良いですから、

 うん、良しっ
 
 この手で行きましょう!!」

と言うなり、

「じゃぁいきますよぉ!!

 そうれっ!!」

とかけ声を上げた。

すると、

ゴワァァァァ!!

突如一陣の風が神社を渦巻くように吹き抜けていった。

びゅぉぉぉぉっ!!

「うわぁぁぁぁぁ!!」

突然の風に悟は思いっきり煽られると、

その場にしりもちを付いてしまった。

「………

 ん?

 あれ?」

ふと気が付くと悟は静寂が支配する境内に一人座り込んでいた。

「なんだったんだ?」

キョロキョロと周囲を見ながら悟は華代の姿を探すが、

しかし、何処にも華代の姿はなかった。

「え?

 なに?

 かっ華代ちゃん?

 何処行ったの?

 夢だったのかな?」

まるで狐に抓まれたような顔で悟が立ち上がろうとしたとき、

ザワッ

突然彼の髪がざわめくと、

ススススススス…

っと見る見る伸びていくと、瞬く間に腰の長さにまで伸びてしまった。

「うわっ

 なんだなんだ」

伸びた髪を振り乱しながら悟が驚くが、

しかし、これはこれから起きる変身のほんの始まりに過ぎなかった。

「えっうそっ

 どうなっているの?

 いやだ…

 止めて…

 いやぁぁぁ…」

次第に少女のような声色に変わっていく声を上げながら、

月が照らし出す悟のシルエットはどんどんと変わっていく、

背は小さく、腕は細く、

胸には2つの膨らみが姿を現す。

そしてさらに着ていた服も

運動がし易いように着ていたトレーナのシャツとジャージのズボンが、

瞬く間に白襦袢と緋袴の巫女装束へと替わると、

シュルン

彼…いや、彼女の乱れた髪が水引で縛り上げられた。

「あっあっあっ」

すっかり巫女の姿になってしまった悟が

自分の身体を見ながら呆然としていると、

チュンチュン!!

長かった夜が明け、朝日が境内に差込始めていた。



「ふんふんふん」

早朝…

麓より巫女装束姿の松本千代が朝のお努めに階段を上ってくると、

「あら?」

神社の境内で呆然としているもぅ一人の巫女の姿を見つけた。

すると、

「あぁ、あなたね…

 新しくウチの神社に来たって言う人は…

 あたし…松本千代…よろしくね」

と千代はそう挨拶をすると悟に手を伸ばした。


「かっ華代ちゃぁぁぁん…

 違うよ…

 僕が望んでいたのは、

 巫女仲間として仲良くなるんじゃなくて、
 
 彼氏彼女として仲良くなりたかったんだよぉ」

悟の嘆く声が早朝の神社に響き渡った。



さて、今回のミッションも実に簡単でした。

悟さん、千代ちゃんといつまでも仲良く仕事をしてくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

華代はいついかなる時でも悩めるあなたの元に参上します。

そのときにはTVを消してはダメよ(うふふふ)。

では