風祭文庫・華代ちゃんの館






「ダンサー」



作・風祭玲


Vol.150





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



「翔っ、何で昨日レッスンに来なかったのっ」

母親の怒鳴り声が部屋に響く

「うっるさいなぁ…

 バレエは辞めたって言っているだろう」

「そんなことは許しませんっ」

「あんだよぉ…

 やるやらないは俺の勝手だろう」
 
高柴翔は鞄に教科書を詰め込みながら文句を言う

「勝手って…お父さんとの約束はどうするのっ

 約束したんでしょう
 
 世界一のバレエダンサーになるって」
 
「それは昔の話だろう…

 あのころと今とじゃぁ時代が違うんだよ」
 
翔はそう言い放つと空手着が入った袋を肩に掛けると

「ほらっ邪魔だよ学校に遅れるだろ」

と言うと部屋から出ていった。

「ちょちょっと翔っ、

 お待ちなさい!!」
 
佳枝は翔の後を追いかけながら声を上げる。

「…そんなにバレエをして欲しければ、

 母さんの教室に有望なヤツが居るじゃないか
 
 そいつに頼めば…」

と言うとバタン!!

と玄関のドアを閉めた。

「こっコラっ翔!!」

ドアを開けて佳枝が声を上げたか翔の姿はすでになかった。



「はぁ…

 あなたどうしたらいいの?…」

その日の昼過ぎとあるオープンカフェのイスに腰掛け

佳枝は目の前のコーヒーカップの中で揺れているコーヒーを眺めながら

ため息をついた。

そのとき

「お・ば・さん?」

「え?」

突然声をかけられた佳枝は思わず顔を上げると

テーブルの反対側に一人の少女が立っている事に気づいた。

「えぇっと、あたし?」

自分を指さして佳枝が少女に訊ねると、

「うんっ」

少女は大きく頷き、

「はいっ、これ…」

と言って、1枚の名刺のような紙を佳枝の前に差し出した。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

とそれには書いてあった。

「……お医者さん?…のワケはないか」

名詞を見ながら佳枝が訊ねると、

「えぇ、まぁそう言う関係の者です」

華代はそう答えると

「お困りのようですが、よろしかったら相談に乗りますが」

と言いながら彼女の横に座った。

「………」

佳枝は隣でジュースを飲み始めた華代を横目で見ながら

ポツリ…

と胸の内を話し始めた。



「………はぁ…なるほど…

 亡くなられた父さんとの約束ですか…

 でも、それってよくある”反抗期”って言うやつなんじゃぁないんですか?」

グィッ

っとジュースを飲んだ華代がそう言うと

「はぁ…

 最初の頃はあたしもそう思って翔の好きにさせていたのですが

 それが、最近ではレッスンに出ないばかりか、

 なんでも空手部なんかに入って稽古を始める始末…
 
 これでは折角ここまで育ててきた意味はないですし、
 
 何よりも天国にいる主人になんて言って詫びたら良いのか…」
 
佳枝は華代にそう言うと思わずハンカチで目頭を押さえた。

「まぁまぁ…

 そんなに気を落とさないで…

 要するに翔さんが再びバレエのレッスンに出るようになれば良いんですよねっ」

と華代が言うと

「…それはもぅ…

 でも、そんなことは夢物語でしょう…
 
 ありがとう、華代さん、

 私の話を聞いてくれて…
 
 少しは気が楽になりましたよ」

そう言いながら佳枝が腰を上げたとたん。

「できますよ…」

と華代は呟いた。

「翔さんをバレエに取り戻す方法が…」

キラリ

目を輝かせて華代が言う。

「でっできるんですか?

 そんなことが…」
 
そう言ながら詰め寄る佳枝に

「要すれば、翔さんがバレエしかできない状態に持っていけば良いんですよね」

まるで念を押すように華代が問うた。

「はぁ…まぁそうですが…」

華代の迫力に押されるようにして佳枝が答える。

「判りましたっ

 この一件、お任せください」
 
ポンと華代は胸を叩くと

「では、失礼します〜ぅ(華代ちゃんワープ!!)」

とドップラー効果がかかった言葉を残して、

華代の姿は佳枝の目前から残像を残して消失した。

後にはキョトンとした表情の佳枝一人が残されていた。



放課後…

セィッセィッセィッ!!

学校内に空手部のかけ声が響く、

「ん?…このかけ声は…

 空手部さんですね」
 
校庭内にワープアウトした華代は、

腰を抜かしている女子生徒に目もくれず、

声のする方へと駆けていく。

「おらっ、まだまだだ」

「オッス!!」

竹刀を持った上級生が下級生をシゴク、

「オッス!!」

高柴翔も下級生達に混じって稽古を付けていた。



「あのぅ、すみませーん」

ひょっこり顔を出した華代が声をかけると

「ん?

 小娘っなんの用だ?
 
 小学校なら隣だぞ」

上級生が華代の前に仁王立ちになると右手を横に指してそう言うと、

「うぅん

 そうじゃなくて

 あのぅ…こちらに

 高柴さんって方は居ますでしょうか?」

と華代は尋ねた。
 
「あぁ?」

「高柴翔さんって名前なんですが」

そう訊ねる華代の声に

「高柴は僕ですか…」

と言いながら翔が一歩前にでる。

「あぁっ、あなたが高柴さんですか…」

トタタタタタ…

華代は翔の元に走り寄ると、

「お母さんが、困っていますよ

 すぐに家に帰って上げてくださいな」

「はぁ?…

 母さん?」
 
翔は一瞬驚いた顔をすると、

「全く…お袋のヤツ…

 こんな子供を使いやがって」

そう呟くと翔は華代に

「お嬢ちゃんはお袋の教室の子かな?

 だったらお袋に伝えてくれないか、
 
 俺はもぅバレエをやる気はないって…」
 
「でも…それでは、お母さんがかわいそうですよ」

すかさず華代が反論すると、

「お嬢ちゃんには判らないけど

 お袋はただ自分の跡を継いでくれる者が欲しいだけなのさっ」

そう言い残して翔は稽古場へ戻り始める。

「あのぅ…翔さんはお母さんの後を継ぐ気はないんですか?」

華代が再度訊ねると

「あぁ?

 そりゃぁ、俺が女だったら考えたかも知れないけど」

振り向きながら翔が答えると、

「女の子ならバレエを続けてくれるんですね…」

華代はまるで確かめるようにして翔に最後に質問をした。

「おいっ、もぅいいだろう…

 話を聞いていると高柴の身内じゃぁ無いみたいだし
 
 これ以上は稽古のじゃまだ」
 
そう言いながら上級生が華代の肩を掴むと、

ニコッ

華代は上級生に一瞬微笑むと、

彼の手を握り返した。

すると突然彼の手が

ググググ…

っと小さく細く変化し始め、瞬く間に少女の手になってしまった。

「んなぁ〜にぃ」

自分の手の変化に彼が驚いた彼が声をあげると、

その声色はまるで少女のそれ…

ザワッ

部員達が甲高く響いた上級生の声に一斉にざわついた。

グィグィグィ…

彼の変化はそれで終わりではなかった。

背丈が縮み

鍛え上げ盛り上がった筋肉も萎縮していく、

ゴツゴツとした体のラインが柔らかくなり、

胸に2つの膨らみが現れた。

また、それに併せるようにして彼の髪が伸びていく、

「………」

大柄だった上級生が見る見る少女に変化していく様子を

他の部員達は皆青ざめて眺めていた。

「あああああ…

 いやぁぁぁん」
 
下級生にとって上級生の口から信じられない言葉が漏れてくると、

彼が着ていた空手道着は無惨にもだぶついていた。
 
しかし、その道着も彼の肉体の変化が止まると同時に

ピタリ

と道着のズボンが脚に張り付くと、

見る見る純白のバレエタイツに変化し

さらにそれに合わせるようにして上着が藍色に染まっていくと、

可愛いフリルがついたレオタードへと変化していった。

ペタリ

と座り込んだ上級生の足先にピンク色のトゥシューズが飾ると、

上級生はおもむろに立ち上がりそして伸びた髪をアップにまとめながら

「さぁ、高柴さん…

 もぅすぐレッスンが始まるわ…
 
 支度してね…」

と元上級生だった彼女が声をだしたとたん、

「うわぁぁぁぁぁ〜っ」

空手部員達は我先にと一斉に外へと飛び出していった。

しかし…その様子を見た華代が

「それぇ…」

と小声で叫ぶと、

ある者は青いレオタード姿の女子体操部員に

またある者は赤いブルマが似合う女子バレー部員に

また、深い紺色の競泳水着がセクシーな女子水泳部員になった者や

さらにはセーラー服をなびかせた帰宅部員へと次々と変身していった。


「あわわ…」

最後に残っていたのは

腰を抜かして動けなくなっていた翔一人だけになっていた。

華代はゆっくりと彼に近づくと

「さぁ、邪魔者は居なくなったわ

 お母さんが待っているの…

 あたしと一緒に行こう!!」
 
と言いながら右手を差し出す。

「おっ俺に近寄るなっ」

翔がそう怒鳴ると、

「まぁまぁ、そんなこと言わないで…」

と華代が翔の肩を叩いたとたん、

「え?、

 うわぁぁぁぁぁぁ〜っ」

と言う叫び声を残して

彼は純白のチュチュに身を包んだ1羽のバレリーナへと変身していった。



「華代さぁ〜ん?」

華代から学校に呼び出された佳枝は

指示された空手部の部室へと近づいていくと、

どこからか音楽の調べが流れてきた。

「これは…白鳥じゃない…

 いったい誰が?」
 
訝しげながら空手部の部室を覗いてみると

チュチュに身を包んだ一人のバレリーナが

誰もいない部室の中を優雅に舞っていた。

「………すっ、すばらしいわ…」

佳枝が我を忘れて彼女の踊りに見入る。

「うわぁぁぁ…

 お袋じゃないか…
 
 お願いっ
 
 あたしの踊りを見ないでぇ〜っ」

優雅にバレエを舞いながら翔は一人悲鳴をあげていた。



今回の依頼も実に簡単でした。

男の子ってバレエはやっぱり恥ずかしいのかな?

でも、女の子になってしまえばそんなの関係ないですよね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

そのときはよろしくね。

では



おわり