風祭文庫・華代ちゃんの館






「想い出」



作・風祭玲


Vol.125





こんにちは、初めまして。

私は真城華代と申します。

最近は本当に心の寂しい人ばかり。

そんな皆さんの為に、私は活動しています。

まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、

お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。

私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。

どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。

お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は――



放課後…

帰り支度を終え、下駄箱のところに降りてきた奈緒美に

意を決した面持ちの学生服姿の少年が近寄ってきた。

「なに?」

奈緒美が彼に訊ねると、

「田川さん…

 あっ…あのぅ…
 
 僕と付き合って…
 
 いただけますか」

「え?」

少年は顔を真っ赤にして奈緒美に自分の思いを告げた。

しかし、田川奈緒美はキョトンとした後、

ふっ

と笑みを浮かべ、

「ごめんなさい…」

そう言いながら頭を下げた。

そんな彼女の反応に彼は

「そうですか…

 …あのぅ…

 誰か好きな人がいるんですか?」

と訊ねると、

…コクン

一瞬の間が開いたのち奈緒美は小さくうなずいた。

「そっか…」

そう言いながら彼の視線が天井を向いたとたん。

「失礼します…」

奈緒美はそう言うと

彼の脇をすり抜けるようにして立ち去っていった。

「田川…」

彼の声が後から追ってくる。

「ごめんなさい…

 あたしには…

 忘れてはいけない人がいるの」

奈緒美は心でそう叫びながら学校を後にした。



「えぇっ、また”ごめんなさい”をしたのっ!!」

バレエ教室の更衣室に笹塚理香の声が響いた。

奈緒美と理香は中学以来の友人で

同じバレエ教室に通う仲間でもあった。


「うん…」

着替えながら奈緒美がうなずくと

「で、今度だれよ…」

ふてくされながら訊ねる理香に、

「サッカー部の有坂くん」

と答えたとたん、

「あっ、あんたってぇ〜〜っ…女は」

理香が拳を作りながら奈緒美の胸座をつかみあげると、

「い〜ぃ、有坂クンは…」

と言ったところで、

「分かているわよ…、

 2年女子の憧れの人。でなんでしょう」

奈緒美がそういうと、

「わっ分かっているなら

  なんで”ごめんなさい”するのよ」

口を尖らせて理香が言うと、

「…………」

奈緒美は黙って視線を床に投げた。

「ふぅ………

 全くなんで、アンタばっかりもてるのかなぁ…

  ここにも、美女が一人いるのに」

そう言いながら、理香が鏡を眺め、そして、

「ねぇ…奈緒美…

  アンタに想いの人がいるのは昔っから分かっているけど、

  その人には告白したの?」

「…………」

理香の質問に奈緒美は黙る。

「なんだ、まだなの…

  あたしとアンタとの付き合いも長いから、

  アンタのコトも良く知っているつもりだけど、

  でも、一つだけ、

  未だにそのハートをゲットしている

  ヤツのことだけは解らないわ…

  一体、そいつってどこの誰なの?」

そう言って迫る理香に

しばらく黙っていた奈緒美は、

鞄から1枚の名刺を取り出すと

何かを決心したように口を開いた。


「ねぇ、理香っ

 ヒトって簡単に男から女になるのかな…」

「え?」

奈緒美の言っていることが理解できない理香はそう言うと

「あのね…

 あたしがバレエを始めたのはココに引っ越してくる前
 
 そう6歳の頃だったわ…」
 
奈緒美が昔を思い出すような顔になる。

「そこのバレエ教室にあたしより3つ年上の

 慶お兄ちゃんが居てね…

 あたしに優しくしてくれたわ…」

「そう…

 その慶お兄ちゃんと言うヒトが
 
 あんたの想いのヒトなんだ…」

理香が先回りして言う、

すると奈緒美は首を横に振ると、

「うぅん、今はお姉ちゃんになってバレリーナになっているの」

「はぁ?」

「ほら…、

 バレエって女の子の稽古事ってイメージが強いでしょう」

「まぁ、そうだね」

「そこの教室も生徒のほとんどが女の子で、

 男の人はほんのわずか…
 
 その中でも慶お兄ちゃんはバレエを続けていたわ、

 でも、頑張っている慶お兄ちゃんが気に入らない人たちが居て、

 いろいろと何癖つけてね…」
 
「ふぅ〜ん」

「虐められている慶お兄ちゃんを見ていて

 あたし…
 
 慶お兄ちゃんの力になれたら…
 
 って思うようになったの」

「はぁ…」

「そのときだったわ…

 あたし…一人の女の子とお友達になったの、
 
 名前は華代ちゃんって言ってたっけ…
 
 スグに彼女と意気投合したあたしは、
 
 華代ちゃんがどんな難しいことでも解決してくれる。
 
 って聞いてね。
 
 そこでお願いしたんだ…
 
 慶お兄ちゃんを助けてください。って…」
 
「それで…」

「そうしたら、

 ”任せて…”
 
 って華代ちゃんが胸を張って答えてくれたんだ。
 
 あたし…嬉しかった…

 だって、慶お兄ちゃんの役に立ったんだもん…
 
 華代ちゃんは”そうれっ”と声を上げると、

 ”もぅ、慶お兄ちゃんは虐められなくなったよ”

 って笑顔で答えてくれたわ。

 あたし…華代ちゃんにお礼を言うと、
 
 スグにバレエ教室に向かったわ、
 
 慶お兄ちゃんに
 
 ”もぅ虐められないよ”
 
 って言いたくて…」
 
「………」

理香は何も言わずにあたしの話を聞いていた。

「バレエ教室のドアを開けてみると、

 なぜかみんな呆然としていて…

 どうしたの?
 
 って聞いてみると、

 みんな何も言わずただ稽古場を指さしていたの、
 
 どうしたのかなっと思って見てみると、
 
 白銀のチュチュ姿の女の人が美しく舞っていたの…

 その踊りがあまりにも綺麗だったので
 
 ”うわっ綺麗…誰なの?”
 
 と傍にいた先生に聞いてみると、

 ”奈緒美ちゃん…
 
  信じられないかもしれないけど
  
  彼女…慶一くんなのよ”

 と彼女の正体を教えてくれたのよ」

しばしの沈黙が流れた。

「…………じゃぁなに?

 その華代ちゃんと言う女の子が、
 
 慶お兄ちゃんを女の子にしてしまったの?」
 
コクン

奈緒美が頷いた。

「そんな事ってあるんだ…」

理香が呆気に取られながら言う…

「それで…

 その後どうなったの?」
 
「うん、”お姉ちゃん”になった慶お兄ちゃんは

 虐められなくなったんだけど…
 
 しばらくしたら大きなバレエ団からスカウトされて
 
 そっちに行っちゃったの…
 
 あたし…
 
 なんだか責任感じちゃってね…
 
 あたしが華代ちゃんにお願いしたことが

 お兄ちゃんにとって迷惑じゃなかったかなって…」
 
「お兄ちゃんを結果的にお姉ちゃんにしてしまった事に責任感じているの?」

理香の言葉に奈緒美は、

「うん…

と言いながら頷いた。

「なるほど…

 それで、アンタは男とつきあわない訳か…

 ようし、それじゃぁ
 
 あたしがその女の子になっちゃた慶お兄ちゃんに会って
 
 確かめてやるわ…」
 
「いっいいよ」

「いや、確かめてみる。

 その慶お兄ちゃんっていまどこにすんでいるの?
 
 それに名前はなんて言うの…
 
 もちろん女の名前よ」

と理香が奈緒美に訊ねると。
 
「えぇっと、たしか”渡瀬慶子”って名前を変えたって

 言ってたっけかな?

 で、バレエ団は…××バレエ団だと思った…」

そう奈緒美は答えると、

「”××バレエ団の渡瀬慶子”?……

 ちょっと待てよ、
 
 アンタが言ったのって、あの渡瀬慶子ぉ!!!」

理香は大声をあげた。
 
「知っているの?」

「バカっ何いってんのっ、

 その渡瀬慶子だったら若くして
 
 あのロイヤルバレエのプリマバレリーナに
 
 なった人よ…」
 
「えぇっ、そうなんだ…」

意外なことを知らされて奈緒美はキョトンとする。

「そうよ、確かこの前TVに出ていて

 ”バレエはあたしの天職です。”

 なんてって言っていたけど…
 
 知らなかったわ…、

 あの渡瀬慶子が元・男だったなんて…」

そう言いながら頭を掻く仕草をする理香を見て奈緒美は

「なぁんだ…

 じゃぁ…アタシは責任を感じる義理はなかったんだ

 あ〜ぁ、もったいないことをしたわ」

っと奈緒美はまるで憑いていたモノが落ちたような

清々しい表情になっていた。

「ようし、そうとわかれば

 恋に燃えなくっちゃ…」

そう言う奈緒美の様子を見て、

理香は”しまった、余計なことを喋った”

と心の中で後悔していた。



今回はちょっと昔話になってしまいましたね。

慶お兄ちゃんは遠い異国でプリマバレリーナとして活躍している

と風の便りで聞いたことがあります。

だから奈緒美ちゃんも恋に燃えてくださいね。

さて、次はあなたの街にお邪魔するかもしれません。

そのときはよろしくね。

では



おわり