風祭文庫・人形変身の館






「白銀の翼・鋼の疾風」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-126





その街は様々な悪意に覆われていた。

しかし、いつの頃からかその街に伝えられる守護者の伝説があった。

曰く、その者は闇よりも黒き衣をまとい悪を狩ると言う。

曰く、その者は闇を越えし光の如き白い衣をまといて悪意を断つと言う。

その姿は街に飾られている一対の守護獣像にも例えられていた。



街の片隅にある教会。

その庭で一人のシスターが子供達と戯れていた。

「テーラ姉ちゃん、遊ぼうよ」

「公園に遊びに行こう、テーラ姉ちゃん」

「はいはい、でもその前に朝のお祈りとお掃除を済ませてからね」

年相応のいたずらっぽさと無邪気さを顔中ににじませた子供達に手を引かれ、

テーラと呼ばれたシスターは優しく諭す。

色々な事情で神父のいないこの教会に一人暮らすこのシスターはその美しさはもちろん

まさしく慈愛の女神を思わせる心根に魅かれ

数多くの人達やとりわけ子供達から慕われている。

ただ、彼女がどう言う経歴の持ち主かと言う事については知る人もなく、

彼女自身もそれを尋ねると余りいい顔をしないのは確かだ。

それでも彼女の人柄を慕って子供達もこうして教会を訪れている。

「テーラ姉ちゃん!」

「キャッ!」

ワルガキそうな子供の一人がテーラの尻をポンと叩く。

「こらあっ」

顔を赤く膨らませながら軽く拳を上げるテーラを横目に

ワルガキはしてやったりと言う顔でその場を離れる。

しかし…

「こらっ、シスターも怒っているぞ。

 謝ってやりな」

「いっ、痛いよ、サーダ姉ちゃん…」

「謝るのなら放してやる」

突然エレキギターのケースを背負い、

黒いジャンパーを羽織った女性に腕をつかまれたワルガキは

サーダと呼ぶその女性に文句を言いながら必死で体を動かそうとするが、

彼女は意に解する事無くその腕をつかんだままテーラの元に足を運ぶ。

「ほら、シスターに謝りな」

パッと手を離し顎で謝罪を促す。

ワルガキはバツの悪そうな顔で、

「…わ、悪かったよテーラ姉ちゃん…」

とつぶやきながら謝った。

そして、テーラはと言うと、

「…神様はささやかな過ちは大目に見てくれます。

 でも、やりすぎはいけませんよ」

と、笑顔の中に少し厳しいものを含みながら告げる。

ワルガキは黙りこんでいたが、

次の瞬間、

ポンッ、ポンッ…。

「キャッ!」

「なっ?」

テーラとサーダの尻をさわるとそのまま逃げ去って行く。

「…まったく、今度やったらとっちめてやろうか…」

忌々しそうに拳を鳴らしながらワルガキが走り去って行った方を見つめるサーダ。

「まあまあサーダさん、

 あの子も悪気は無いとは思いますし」

それを優しくなだめるテーラ。

「あんたは甘いんだよ、シスター。

 ああ言う奴にはガツンとやらなきゃ」

「確かにそれも一理ありますけど、

 でも、やり方を間違えたくはないですね。
 
 そうでなければ神様のお仕置もただ人を苦しめるだけですし」

「そりゃそうだけどね…」

テーラの言葉に頭をかくサーダ。

そこに子供達が集まってきた。

そして、その中にはちゃっかりさっきのワルガキもいる。

「サーダ姉ちゃん、サーダ姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ」

「サーダ姉ちゃん、また歌を歌って〜」

子供達にせがまれるサーダだったが、

少しバツの悪そうな顔で、

「…悪いな、あたしは昨夜ずっと歌っていたもんで寝不足なんだ。

 今度また歌ってあげるよ」

と答えると、

「ホント〜?」

子供達は口をそろえて聞き返す。

その言葉に、

「あたしが嘘ついた事あった?」

とサーダは尋ねると、

子供達はそろって首を横に振った。

少し柄の悪い格好はしているが、

テーラとはまた違う「頼りになるお姉さん」

「優しき戦女神」な雰囲気を持つこのロック少女を子供達は慕っていた。

「…じゃ、シスター、子供達は頼んだよ」

そう言い残しサーダは一人ねぐらに帰ってゆく。

そして、テーラはそれを笑み混じりのため息で見送ると、

再び子供達に囲まれて行った。



夜のライブハウス。

観客の熱い声援の中テーラが籍を置くバンドが熱いビートを奏でていた。

特に時に激しく、

時に優しいメロディーをつむぎ出すサーダのギターテクは

デビュー後間も無いながら多くのファンを魅了している。

実際どこからか流れてきた彼女を素直に受け入れたバンドのメンバーも大した物だが、

それに応えるかの様にメロディーを奏でる彼女も彼女である。

そして熱狂のライブは終わり、メンバーは楽屋で一息つく。

「いやぁ、今夜も好評だったな」

リーダー格のギタリストがタオルで汗をぬぐいながら言う。

「それもこれもみんなサーダのおかげかな?」

ドラマーがそう言いながらスポーツドリンクのボトルをそのまま口に含む。

「そうそう。

 あんたが入ってからバンドが一気に盛り上がってきたんだし、
 
 まさにサーダ様々よ」

キーボード担当の女性も顔を上気しながら同意する。

サーダは軽く照れながら、

「何言ってるんですか。

 あたし一人の力じゃないですよ」

と笑顔で返す。

「まっ、

 どちらにしろ俺達みんなで盛り上げて行こうじゃないか、

 なぁサーダ?」

ギタリストの言葉に力強くうなずく一同。

サーダの顔にも笑みが浮かぶ。

柄は決してよくないが、

でも本当に気のいい面々である。

だからこそ彼女は素直に彼らのバンドにわらじを脱いだのだろう。

「どうだ、今夜はこれから飲みに行こうじゃないか?」

ドラマーが声を上げる。

「何言ってんの。

 この辺りは物騒極まりないじゃない。
 
 それともあんたがエスコートしてくれるの?」

キーボードが軽口を叩く。

またギタリストも、

「お前の場合“送り狼”が関の山だ」

とふざけた口調で言う。

それを聞きながらドラマーはやれやれ、と言う仕草で頭をかくと、

「なあサーダ、お前からも何とか言ってくれよ〜」

とフォローを頼むが、

サーダは笑いながら、

「あんたの場合、送り狼には迫力無さ過ぎるから大丈夫よ」

とからかい、それと同時に一同から失笑が漏れる。



とある安アパートの一室。

そこがサーダのねぐらである。

窓からの月明かりに照らされたその部屋は

年頃の女性が暮らすにはあまりにも殺風景の一言である。

仲間達と別れ、一人部屋に戻った彼女は

引きちぎるような勢いで皮ジャンを脱ぎ捨てる。

皮ジャンは静かに椅子の背もたれにかかる。

それを見届ける事も無くサーダは衣服を脱ぎ捨てるとシャワー室に入る。

全身にしずくをたたえたまま彼女が出てきたのはそれから数分後の事である。

タオルで全身をぬぐうと

サーダは何も身に着けないままギターケースから愛用のエレキギターを取り出し、

部屋の片隅に取り付けてあるスピーカーにつなげる。

暗がりの中、

ギターをつなげ終えた彼女は同じくつながれてあったヘッドホンを頭に被せる。

これでどんなにギターをかき鳴らしても音は外に漏れる事はない。

「…さて、ライブの第2弾と行きますか…!」

大きく息を吐いた後、

そうつぶやいたサーダはおもむろにギターを爪弾き始める。

陰に隠れその動きは見えないが、

一糸まとわぬ姿でぬぐいきれなかったシャワーのしずくと滴る汗を振り飛ばし、

ライブの時以上の激しい動きでギターをかき鳴らすサーダの姿

はあまりにも躍動的で魅惑的だった。

どれだけギターを鳴らしていたのだろう。

彼女の全身は熱くほてり、その精神も激しく高ぶっていった。

しかし、彼女は“何か”を待っていた。

彼女を作り変えるくらい熱い力を持つ“何か”を。

そして、それは来た。

“うっ、

 来たっ、
 
 来た、
 
 来た、
 
 来た…。”

ビクッ!

「うあっ!」

そう叫んだ瞬間、彼女の体は大きくのけぞる。

しかし、それをムリヤリ押さえ込むかのように

彼女はさらにギターをかき鳴らす。

“うっ、

 くっ、
 
 うあっ…。”

全身を駆け抜ける熱く、

激しい感触に声を上げたいのをこらえてサーダはさらにギターを鳴らす。

“くわぁっ!”

閉じていた目がカッと見開かれる。

その目は赤く輝き、さながら獣の目の様でもあった。

ビクッ!

ビクッ!

グキッ!

グキッ!

“クッ、

 ウッ、
 
 ムッ、
 
 ウッ!”

ギターをかき鳴らす彼女の体が少しずつ大きくなってゆく。

骨がきしみ、

肉が膨らみ、

肌が異常なまでに張り詰める。

その姿はさながら彼女に宿った何者かが

彼女の肉体を食い破り外に抜け出ようとするかのようであった。

ググッ…

グググ…。

“ククゥ〜。”

苦痛と快感にサーダの顔は大きく歪む。

しかし、彼女のビートはさらに激しさを増す。

変化のエネルギーをそのままビートを刻む力に変えるかのように。

ブチッ。

“ウッ!”

全身から何かが吹き出す感覚が彼女を襲う。

ググッ、

ズズッ。

肘から、

膝から、

肩から、

彼女の肌を尽き破り黒い突起が突き出してくる。

ズバッ、

ズボッ!

ギターを爪弾く両手の皮膚も手袋がちぎれるように裂け、

中から西洋甲冑の小手を思わせる黒い金属の腕が出てくる。

同時に両足も既に黒い鋼の足に

ボロボロの皮が引っかかっている状態になっている。

それでも、

いや、

さらにサーダのギターは止まらない。

あたかもその変化のBGMであるかのように。

ググッ、

ビチビチッ。

乳房の中から厚い胸板のようなものがせり出し、

内側から引き裂こうと盛り上がる。

“はぁ、

 ああ、
 
 もう少し!
 
 …あうっ!”

ブチッ!

ビリビリ…。

大きくのけぞった瞬間、

彼女の胴体に裂け目が入り、

一気に引きちぎれる。

その中から現れたのは漆黒の装甲。

既にサーダは顔以外は異形を思わせる黒い鎧に姿を変えている。

しかし、彼女はその変化を当たり前と思っているのか

意に解する事無くビートを刻んでいた。

そして、遂に彼女のギターが最後の一音を爪弾いた時、

「イヤッ!」

ベリッ!

サーダは首筋に手をかけると頭ごと顔を一気に引きちぎり、

そのまま投げ捨てた。

「ふう…」

ビートと変身の余韻にしばらく浸った後、

サーダは静かに暗がりから姿を見せる。

カチャン、

カチャン、

カチャン、

カチャン…。

月明かりにさらされたその姿はまさに漆黒の鎧に押し込められた獣そのものだった。

サーダ…だったものはギターをテーブルに置き窓から夜の街を見渡すと、

一瞬身をかがめる。

次の瞬間、その姿は闇へと消えていった。

その一部始終は現存するいかなる監査システムを

もってしても見る事のかなわないものである。



一方その頃、テーラの教会もまた夜のとばりに包まれていた。

そんな中、窓からこもれる月明かりに照らされながらテーラは

一人十字架に跪き祈りを奉げている。

夜の礼拝と言うには遅すぎる時間であり、

さらにおかしいのは彼女が普段首に賭けているロザリオが床に置かれている事である。

しかし、それを疑問に思う事無くテーラは神に祈りを奉げている。

「…主よ、これよりわたしは大切なものを守る為、

 戒めを破り罪を犯します。
 
 どうかわたしの罪をお許し下さい…」

祈りを終えたテーラは静かに立ち上がる。

そして、法衣に手をかける。

ビュッ!

一気に脱ぎ捨てた中からテーラの清らかな裸身が現れる。

それにもかまわず彼女は手を組み、

祈りの姿勢を取ると体の奥から何かが湧き出す感覚が全身を包む。

ピチッ、

ピチッ。

“うっ、

 くっ、
 
 うぁっ…。”

全身を包みこむ感覚に出てしまう声を押さえるテーラ。

その素肌は銀色に染まり、

金属の光沢に包まれてゆく。

同時に苦悶の表情も銀色に覆われると同時に人形のような無表情の顔になる。

「はぁぁぁっ…っ!」

全身銀色に包まれたテーラが両腕を広げる。

その姿はまさに純銀の十字架のそれであった。

“ううっ、

 ああっ…。”

内側からあふれる全身を作りかえるエネルギーの流れに

テーラは苦悶と快感の声を上げる。

銀色の光沢に覆われた無表情な顔とのギャップもあり

その印象はある種のエロチシズムを感じさせる。

ズズッ、

ズズズッ…。

“ああっ、

 はぁっ…。”

テーラの体が少しずつ大きくなってゆく。

それと同時にその全身から何かがせり出してくる。

ズクッ、

キュルルルッ、

カシャン。

細長い指先から肘にかけての骨に沿うように突起が生えると、

その形は肘までを覆う小手のような形になる。

ズクッ、

キュルルルッ、

カチャン。

同じ様につま先から膝まで生えた突起が足を覆い、

鋼のブーツへと変化する。

ムクッ、

ググググッ。

“あんっ。”

少し大きめの膨らみが縮んで行くと同時に厚い銀色の胸部装甲に変化する。

ズザッ、キュルルルル…。

長めの髪が一瞬広がったと思うと顔以外の頭を覆い

ヘッドギア状の兜を作る。

“はあっ、

 はあっ…
 
 はぁぁぁぁぁぁっ!”

彼女の中でみなぎるエネルギーが頂点に達した時、

テーラはわずかに浮き上がり、大きく体をそらす。

その背中から機械的な形をした銀色の翼が生える。

その姿はまさしく鋼の天使そのものである。

「ふう…」

テーラ…だったものはそのまましばし滞空を続けると、

フッと空を見上げる。

その目元に黒いバイザーが降りる。

次の瞬間、その姿は光と共にかき消えた。

この一部始終もまた、いかなる追跡装置をもってしても追う事は出来ないだろう。

夜の街。

様々な想いが、そして悪意もまた交錯する街。

今夜もまた、様々な悪意が首をもたげてうごめき始める。

パンッ!パンッ!

ダダダダダッ!

銃声が、そして悲鳴が響く。

とある銀行。

いかにもと言ういでたちをした男達がおのおの重火器を手に立てこもっている。

警官隊は既に包囲を済ませているが、

案の定人質を取られている上、

各種武装(この場合そこらの交渉人以上の理論武装含む)、

そして狙撃ポイントの死角や突入ポイントの閉鎖など

考えられるあらゆる点で警察側の上を行っていた強盗達に手をこまねくばかりであった。

ちなみに彼らは一通り立てこもった後、

下水道よりパトカーに偽装した車で逃げ、

追跡の手にまぎれて逃走する手はずも調えていたが、

それを今の警官隊が知る由も無い。

「班長、

 突入の用意、いつでも出来ています」

警官の一人が報告をするが、班長は黙って首を横に振る。

只でさえ中の状況がわから無い上、

打つ手打つ手が通じない相手にどう対処していいのかわからないのだ。

「…神頼みしかないのか…それとも…」

歯軋りする班長。

しかし、「それとも…」以後の声を他の者が聞く事は無かった。

その頃、銀行の中では一箇所に押し込まれた行員や客達をよそに

強盗達がおのおの武器を手に笑みを浮かべていた。

「なあボス、

 いいかげん立てこもるのも飽きたしよ、
 
 いい加減トンズラしようぜ?」

強盗の一人が言う。

「どうせ警察の奴らは人命第一、

 人質が恐くて手が出せない…
 
 おっと、俺達の武器と才覚にも手が出せないんだったなぁ」

他の強盗もしたり顔をする。

「ま、確かに潮時だな。

 引き上げるとしようか。
 
 他の奴らにも連絡を入れろ」

ボス格の男が銃を握った腕で合図を送る。

部下の一人がそそくさとその場を去る。

そしてボスは人質達に顔を向けると、

「ご苦労だったな。お前達の役目は終わりだ」

と告げる。

一瞬の安堵感が流れる。

しかし、

「お前達は全員皆殺し。

 おっと、その前に女達はたっぷり楽しんでからだ。
 
 安心しな、その様はたっぷり生中継してやるからよ」

そう行って指差す先にはどこからか手に入れたであろう一台、

いや数台のカメラ。

もちろん撮影ボタンを押せば即座に世界中に配信される様に仕掛けられている。

人質の顔が恐怖に歪む。

さらに一味は警官隊が突入すると同時に

センサーでフロア全体が吹き飛ぶ仕掛けの爆弾の設置も命じていた。

カタン。

そこへ先ほど伝令に出た強盗の一人が入ってくる。

「おう、どうした。

 他の奴らは?」

ボスがそう尋ねると、

虚ろな顔をした強盗は二、三歩歩くとそのままドスンと倒れて動かなくなる。

「おい、どうした!

 サツの奴らか?」

強盗の一人が声をかける。

その途端、

フイン。

そんな音がすると、その強盗も声も無く倒れる。

「誰だ!」

ボスが声を向けた先、

そこにはいつの間に現れたのか、

両腕を広げてすっくと立つ銀色の戦士がいた。

『神の名において、過ぎたる悪意に裁きを与える』

静かに言う銀色の戦士に対し、

ボスはたじろぐ事なく部下達の銃を人質に向けさせる。

「まったく、だから正義の味方ってのはバカなのよ。

 真正面から向かってくるばかりで、
 
 そのくせこうするともう何も出来ない。
 
 本当に縛られているよな〜」

あざ笑うボスに対し、銀色の戦士は静かに両手を下ろす。

同時に両腕についていた装甲、

そして背中の翼がドスンと音を立てて地に落ちる。

人質の中に真なる絶望が走り、

ボスはさらに高笑いする。

「はーはっは。

 安っぽい漫画とは違って現実では縛られまくりの正義の味方は
 
 やりたい放題の俺達悪党には手も足も出せねえんだよ!」

そう言って指示を飛ばすやありったけの銃口が銀色の戦士を吹き飛ばす。

もちろんその音は外にも漏れているが、

警官隊は突入する事は出来ない。

「へっ、じゃあまぁ、この道化に思いっきり爆弾をつけてから、

 俺達はお楽しみと行こうぜ」

ボスがそう言った瞬間、その面前に撃ちのめされたはずの銀色の戦士が人質の前に立っていた。

「な、な?」

『確かに漫画とは違いそう簡単には勝てない。

 だから正義の味方は考える。
 
 やりたい放題にあぐらをかくだけの悪党どもに
 
 目にもの見せる方法をな』

静かにそう言う銀色の戦士。

その背後から強盗の一人が銃を向け引き金を引いた瞬間、

直撃をものともせず打ち出された銀色の戦士の拳がみぞおちに突き刺さっていた。

「そ、そんな、確かに直撃していたはずなのに…」

気を失う寸前、男はそうつぶやいた。

『左右の頬は既に出した。

 それに調子付く愚か者に出す頬はない』

戻って来た腕が再び接続される感触を確かめながら、

銀色の戦士はそうつぶやく。

「おい、人質が目に…何?」

改めて人質に銃を向けようとしたボスだが、

その視線の先にはいつの間に開いたのか、

壁に開いた大きな穴があるだけだった。

その向こうでは警官隊に保護される人質の姿が見える。

「この野郎!」

ボスは始めて怒りの声を上げる。

それに対して銀色の戦士は静かに、

『だから言ったろ?

 正義の味方は常に考えていると。
 
 それに、現実ではお前達のような輩が必ず勝つと誰が決めたのだ?』

と言うや強盗の視界から姿を消す。

警官隊が突入した時そこには重火器をへし折られ、

それ以上にその根性を叩き折られて失神する強盗達の姿があった。

その様を高台から見下ろす銀色の戦士。

全身から装甲が展開し、

超高速移動の後の熱された空気を排出している。

『…これも神の試練、悔い改めよ…』

そう言うと銀色の戦士は再び光に包まれ姿を消した。



一方その頃。

派手な音を鳴らしながら街中を走る三人の暴走族。

わざと速度を落としているのは目と鼻の先をよたよたと走る女性を追っているからだ。

大きく息をしながら必死で逃げる女性。

それをあざ笑うかのようにクラクションを鳴らして追い回す暴走族達。

彼らにして見ればこれは圧倒的に自分達に有利な“狩り”であり、

一通り追いまわして楽しんだ後はよってたかってもてあそぶ。

そう言うレベルのものであった。

「なあ、そろそろ飽きてこねえか?」

「ああ、そろそろ次の楽しみに入ろうぜ」

「おいおい、俺の分もとっておけよ?」

彼らは口々に言いながらバイクを走らせる。

ふとその前にいきなり黒い影が立ちはだかる。

「な?」

「ひき殺すぞてめえ!」

二台のバイクが挟みこむようにその影を襲う。

しかし、バイクが走り去った瞬間、

そこには首をつかみ上げられた二人の暴走族と

それを高々とつかみ上げる黒い戦士の姿があった。

主を失ったバイクはそのまま倒れ、激しい勢いで近くの壁にぶつかる。

「ぐ、ぐぐ…」

「な、何だこいつは…」

うめきながら叫ぶ二人。

しかし黒い戦士は聞く耳を持とうとせず、

『お前達、

 何者にも縛られずもっと早く走りたいのだろう?

 走らせてやるよ。』

そう言って両手を放すと今度は二人の腰をつかむ。

「な、何すんだよ!」

「や、やめてくれ!」

二人が叫ぶ中、黒い戦士はスピードスケートの要領で身をかがめる。

そして、一気に走り出す。

「ぐわわわわわーっ!」

「うわわわわわーっ!」

F1顔負けの速度で走る黒い戦士。

直線、急カーブ、反転の末急スピン。

並みの人間に耐えられるものではない。

直線コースの後急ブレーキした黒い戦士の手より離れた二人の暴走族は

完全に放心状態になっていた。

『安心しろ。

 手加減はしている。』

そう言い放つ黒い戦士。

「やい、そこの黒いの!

 こいつが目に入らねえか!」

その声に振り向くと、

暴走族の残り一人が先ほどの女性の首筋にナイフを付きつけていた。

『何のつもりだ?』

黒い戦士は静かに声をかける。

暴走族は半ばおびえながら、

「や、やかましい!

 俺が逃げ切る為の保険だ!」

と叫ぶ。

『仲間を放って逃げるのか?』

先ほどより重い声をぶつける黒い戦士。

「うるさい!

 おれはなぁ、こいつらにヘコヘコしながらやってきたんだ!
 
 仲間だなんて思った事なんて一度もねえんだよ!
 
 それよりも動くな、さもないとこいつの命は…」

『安心しろ。

 その時はお前の命もない。

 試してみるか?
 
 度胸も何もないただの臆病者が。』

禍々しく広げた手を構え静かに近付く黒い戦士。

暴走族は始めこそ女性の首筋にナイフを向けていたが、

ついに糸が切れたのか慌てて走り去る。

それを冷笑する黒い戦士に女性が声をかける。

「あ、ありがとうございます…」

それに対し黒い戦士は、

『いつでもおれみたいなもの好きが現れるとは限らないんだ。

 暗くなったらさっさと家に帰ってベッドで寝ていろ。
 
 そうでないと…』

そう言いながら右手を差し出した方向にはどこからか盗んだのか、

一台の4WDに乗ったさっきの暴走族が猛然とした勢いで向かってくる。

しかし、黒い戦士は微動だにせず右腕をかまえると、

その先が変形して大きな銃になる。

そして、

ズドン!

銃弾は車の前部を直撃し、その勢いで車が止まる。

さらに黒い戦士が銃口を向けたのに

おびえた暴走族がそのまま今度こそ走り去るのを待つかのように

車は大爆発を起こした。

『…こうなる。』

そう言いながら闇に消えた黒い戦士を女性はただ黙って見つめるだけであった。



街の時計台に飾られた一対の守護獣像。

その傍らに黒と銀色、二人の戦士が立つ。

『今夜も来ていたのか。

 生真面目な事だな』

黒い戦士がやや皮肉めいた口調で言う。

『…それはあなたもだ。

 お互いこんな不毛な事をやってよく飽きないものだと思う』

銀色の戦士もやや自嘲気味に返す。

『わたし達がこうして戦おうとも悪意そのものはなくなりはしない。

 むしろわたし達を葬るべくさらに悪意を強める者も出てくるだろう』

『おまけに、世間の奴らはおれ達さえ恐れかねない。

 守るべき相手に恐がられたら世話はないぜ』

二人の戦士はやや寂しげに語り合う。

しかし、ふと夜景を見つめそんな考えを吹き払うように大きく全身から排気作業をする。
『だが、おれはそれでも守りたい。

 せめてこの街だけでも、この街に住む人達だけでも。

 その為なら無茶の一つもやってやる。』

『わたし達は対処療法しか出来なくとも、

 わたし達の戦いが悪意を憎む人達の心の支えになればそれでいい』

『そうだな』
『そうだ』

そう言うと二人の戦士は飛び上がり、互いに別々の方向に降りていった。



もうすぐ夜と朝の境界線が近付く中、

誰にも気づかれる事なく誰もいないアパートの一室に影より黒い影が立つ。

影は静かにたたずむと、

フッと全身に力を入れる。

すると黒い装甲が静かに縮み、

ゴテゴテした突起や禍々しい爪が体の中に消えてゆく。

体のラインが細く、長くなってゆくのと同時に

それを覆うように白くて柔らかい皮が全身を包んで行く。

ムズッ、

プルンッ。

たくましい胸部装甲に皮がかぶさり、

瞬く間に柔らかいふくらみへと姿を変える。

ものの数秒で異形の鎧は裸身の女性へと変わっていった。

フワサッ。

「ふうっ…」

ザンバラに伸びた髪をかき上げる間もなく

サーダは変身と戦いの感覚を子守唄にしながら壁にもたれそのまま眠りに付いた。

その頃教会でも、一瞬の閃光と共に礼拝堂に銀色の十字架が現れる。

全身を覆っていた装甲が帯のように解け体の中に消えてゆく。

プルン。

戒めを解かれたように胸部装甲が柔らかく弾む乳房に変わる。

フワサッ。

兜が解けた髪をなびかせた十字架は光が消えると共に

無機的な銀色から柔らかい肌色に変化してゆく。

地上に降りた時、

その姿は鋼の十字架から裸身の女性に変わっていた。

「ふうっ…」

上気した肌を法衣で覆ったテーラは静かに神に己と己が裁いた者達への贖罪の祈りをささげると

ロザリオをかけ、そのまま礼拝堂をあとにした。



「テーラ姉ちゃん、ここ掃除していい?」

「窓、これくらい磨けばいいかな、テーラ姉ちゃん?」

「これどこに置いたらいいの?」

子供達の声が教会に響く。

今日は子供達が教会の掃除をしている。

テーラはそれを微笑ましく見つめながら、

「みんな、あまり無茶しないのよ」

と子供達に指示を出す。

「あっ、サーダ姉ちゃん」

不意に子供の一人が声を上げる。

その先にはいつもの様に黒い革ジャンを羽織ったサーダが

「よっ」

と手を上げてあいさつしている。

その後にはバンドのメンバーもいる。

「すまないな、

 シスター。
 
 せっかくの日曜礼拝にロックと言うのも無粋じゃないのか?」

駆け寄ったテーラの前でサーダはバツの悪そうな顔をする。

それに対してテーラは首を横に振る。

「いいえ、お祈りの形は決して一つではありません。

 神様を敬い、
 
 そしてよりよく生きたいと思う心がこもっていれば形は構いません」

「シスター…」

「それに、わたしもサーダさんのギターは大好きですから」

そう言って微笑むテーラ。

その笑顔は確かに慈母の如しである。

「…ま、いっか」

サーダも気さくな笑顔を返すと、

その二人の回りにいつの間にか子供達が集まってくる。

柔らかき素肌に鋼の鎧、

そして闘志と慈愛を併せ持つ二人の戦士、

二人の正体は一体何者なのか。

何ゆえかのような力を得、かの街に腰をすえたのか。

何ゆえ二人はこの街の守護者となったのか。

互いは互いの正体を知っているのか。

そして二人の行く手に待つものは。

全ての謎を包み込みながら、今日も街は動き続ける。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。