風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第8話:銀の鬼)



作・風祭玲

Vol.915





初日の出が差し込む早朝の境内。

深夜には二年詣の参拝客でごった返していた境内もこの時間は訪れる人影もなく

ある種の祭りの後を思わせる侘しさが漂っているが、

しかし、それはつかの間の安らぎの時間でしかなく、

まもなくやってくる参拝客を迎え入れるための準備の時間でもあった。

と、そのとき、

ガランガランガラン!!

静寂の時間を破るかのように盛大に鈴の音が境内に響き渡ると、

バタタタタ!!

音に驚いた鳥が一斉に飛び立ち、

「ちょっとぉ、希ぃっ、

 馬鹿みたいに鈴を鳴らさないのっ」

そう嗜める声が追って響いた。

「だってぇ」

嗜める声に反論する声が上がると、

「まぁまぁ、凛さん。

 初詣くらい威勢良くいきましょうよ」

と宥める声が響く。

「麗ちゃんもそう思うでしょう?」

その声に鈴を鳴らした者の声が響くと、

「そうねぇ

 初稽古前の初詣ってあたし好きだけど、

 でも、皆さんまだ寝ていらっしゃるでしょうし、

 少しは配慮しないと…」

と周辺への配慮を指摘する別の声が上がり、

「あら、小町。

 そんなことを言っていたのでは、

 初詣にならないんじゃないの?」

また別の声が上がると、

ガランガラン

と再び鈴の音が鳴り響く。

「もぅ、可憐ったら…」

鈴の音を聞きながら声の主は周囲を見回し、

そして、

パンパン

昨夜来扉が開けられご神体が顔を覗かせている社殿に向うと、

5人揃って二拝二拍一拝したのち静かに手を合わせる。

そのときこの5人より少し離れた境内を一人の巫女が箒で掃いていた。

ザーッ

ザーッ

巫女の手に握られた箒が動くごとに境内は掃き清められ、

清清しさを取り戻していく。

「早朝から関心じゃのぅ」

そんな巫女に向かって話しかける声が響き渡ると、

「あっ柵良さん」

その声に巫女装束を身にまとった姫子は顔を上げ振り返える。

「”時の襷”も無事に受け継がれたみたいじゃのっ

 さて、先ほど参拝していたみたいじゃが、

 何を願いしてた」

彼女の顔を見ながら同じ巫女装束をまとう女性・柵良は笑みを浮かべ話しかけると、

「いっいろいろです」

彼女を見つめながら姫子は小さく笑って返事をする。

「まぁ確かにな。

 年の初めの願い事は山ほどあるが、

 誰もが去年以下でかまない。とは思わぬものよ」

口から白い息を吐きつつ柵良は

「あけましておめでとうございます。

 柵良先生」

初詣を終え、

挨拶をしていく5人に軽く手を上げながら姫子の横に立ち、

「叔母から聞いたぞ、

 この年末年始には実家には戻らないそうだな」

と姫子に尋ねると、

「えっえぇ、まぁ…

 いろいろ予定がありまして…」

姫子は少し戸惑いながら返事をする。

「そうか、

 予定があるのではいか仕方がないなっ」

姫子の返事を聞いて柵良はうなづいて見せるが、

「じゃが、

 いつまでも隠し通せるものじゃないぞ」

と鋭い視線で指摘したのであった。

「え?」

思わぬ指摘に姫子は驚き、

「わしが気づかぬと思うたか…」

そう柵良が指摘したしようとした途端、

ピクッ!

彼女のこめかみが急に引くつき、

「唐ぃぃ〜!

 貴様っ、

 正月早々から何をしておるぅぅ!」

の声と共に柵良は自分の背後で体を摺り寄せている少年を思いっきり蹴り上げたのであった。

キラーン☆

元日の空に一筋の光が光り輝くのを見届けた後、

「えぇっと、

 どこまで話しておったっけ」

と柵良は考え込み、

「おぉ、そうじゃった。

 お主の体のことじゃ」

思う出すなり姫子の秘密についてたずねた。

「!!っ、

 気づいていたですか…

 この体のこと…」

それを聞いた姫子は驚いた表情を見せると、

「まぁなっ、

 普通の人間の目は誤魔化せるが、

 わしの目には姫子、お前が水銀の塊に見えるわ」

と柵良は姫子の額を人差し指でツンと突ついてみせる。

「本当、柵良さんには隠し事はできませんね」

正体がばれて緊張するどころか逆に安心した表情を見せて、

姫子は徐に巫女装束を腕まくりをすると、

スッ

と右腕の肘を銀色に染めてみせる。

「それを見せたくてここに来たのだろ?

 本気で逃げ隠れしたければ、

 このようなところには来ぬはずだからな」

銀色の輝く姫子の腕を驚きもせずに眺めつつ、

「で、随分と難儀なことになったようじゃが、

 経緯を話して見せてみよ」

と姫子に事の経緯を尋ねたのであった。



「なるほど…

 封印されていた古代の壺より湧き出た水銀に食われてしまったのか」

姫子の口より事情を知った柵良は改めて考え込む素振りを見せると、

「あっあの…

 だからといって大丈夫です。

 あたしの体はあたしの言うことを聞きますし、

 人間を襲うなんて事は…」

それを見た姫子は身振り手振りで自分が危険な存在ではないことを強調して見せるが、

「ふっ、安心しろ、

 お前が危険な存在でないことぐらいわかっておる。

 しかし先日、怒りに任せて暴走したことがあるだろう、

 敦とやらがエライ目に遭ったのが見て取れるわ」

と柵良は笑って見せた。

「えっ…

 いや、それはその…」

その指摘に姫子は人差し指同士を突付かせて口を尖らせると、

「そうなると、

 姫子の理解しておるのは敦とこのわしの2名だけか」

と柵良は言い、

「元の体に戻る当てはあるのか?」

聞き返してきた。

「それが…

 その…

 皆目…」

その質問に姫子はガックリとうな垂れてしなうと、

柵良は姫子の頬に手を当て、

「気配的には”鬼”に近いものを感じるのだがのぅ」

と指摘する。

「おっ鬼…ですか?」

柵良の口から出たその言葉に姫子はキョトンとしてみせると

「うぬっ、

 姫子も知っておるじゃろ。

 あそこに見える鬼封じの祠には古の昔、

 大暴れをした末、退治された邪悪な鬼が封じられているのが。

 ただ最近になりのぅ、

 あの鬼封じの祠に手を触れた者が鬼と化してしまう奇妙なことが起きているのじゃ」

本殿から離れた所にひっそりと建ち、

結界代わりの生垣によって区分けされている祠の方角を指してみせる。

「あっ…あたしが鬼だなんて」

その指摘に姫子は否定をしようとすると、

「早とちりするな、

 わしが言っているのはあそこで鬼に変化してしまう者の事じゃ。

 姫子、お主の場合とは根本が違っておる。

 じゃが、鬼と化した者が放つ波動と、

 いま姫子が放っている波動には近いものがある。

 2つの変化に何か近いものがある証拠だろう」

柵良は説明してみせるが、

とそのとき、

ピンッ!

境内にただならない気配が一気に突き抜けていくと、

「なにか…でた?」

それを感じ取った姫子は思わず呟き、

「ちっ、正月早々迷い出おったか、

 どこの愚か者じゃ」

生垣に向かって怒鳴りながら柵良は素早く立てかけてあった竹箒を手にし、

そして、

カチリッ

その柄先を動かすと、

スラリッ!

仕込みの払い串を引き出して見せ、

と、同時に、

ズシンッ!

『コーホーッ!』

足音を響かせ不気味な息遣いと共に見上げる程の鬼が境内に入り込んできたのであった。

「鬼っ!」

姫子にとって初対面となる鬼の姿に思わず目をこわばらせてしまうと、

「お主は…なるほど、

 今年こそはスカウトされて歌手デビューを…と思うて年初めの願掛けに来た者か、

 鬼も十八、番茶も出花。という言葉もあるが、

 残念じゃがお主は既にタイミングを逃しておる。

 今宵の初夢で我慢せいっ!

 姫子っ、怖がることはないっ、

 そこに下がっておれっ、

 初詣客が来る前にさっさと片付ける」

鬼の素性を見抜いた柵良は勇ましく言い放つと、

ダッ!

迫る鬼に向かって飛び出して行く。

「あっ!」

自分に背を向けて走り出していった柵良を姫子は追いかけようとするが、

コーホーッ!

その姫子の足を止めるように鬼は振りかぶり、

ズゴッ!

姫子の目の前に腕を振り下ろす。

「きゃっ!」

姫子の悲鳴が響き渡ると、

「鬼っ!

 どこを見ておるっ

 こっちじゃっ」

鬼の足元に飛び込んだ柵良は声を上げるが、

コーホーっ

鬼は柵良には目もくれず振り下ろした腕を持ち上げ、

姫子を握ろうとその腕を伸ばし始めた。

「ひっ!」

迫る鬼の腕を見た姫子は捕まる寸前、

パシャッ!

体を崩して銀色の水溜りとなると、

スルスルと地を這うようにして柵良がいる鬼の足元へと向かい、

その場で体を構築してみせる。

「意外と…便利じゃのぅ」

それを見た柵良は思わず感心してみせると、

「感心しないでください。

 それよりもこの鬼、

 あたしを狙っているみたいですけど」

立ち上がった姫子は鬼が自分を狙っていることを伝えるが、

コーホー…

鬼は足を浮かし姫子に狙いを定めて襲い掛かってきた。

「ひゃっ」

パシャッ!

またも間一髪、

姫子は体を崩し鬼に手から逃れると

コーホー

コーホー

鬼は息遣い荒く這い蹲りになると逃げ惑う姫子を追いかけ始める。

「妙じゃな…

 いつもとはパターンが違う」

その様子を見た柵良は懐より破魔札を取り出しつつも、

鬼が見せる動きがいつもと違うことに気づき、

「まさか…鬼は姫子を追い求めておるのか」

と呟くと、

「!!っ

 姫子ぉ、

 その体の一部を千切れるかっ、

 千切れるなら鬼にくれてやれ」

何かに気づいた柵良は姫子に向かって声を張り上げたのであった。

『えぇ!』

柵良の指示に姫子は驚きの声を上げるが、

「早くしろ!」

と柵良の言葉が響くと、

プッ!

銀色の水溜りとなって逃げ惑う姫子の体の一部が千切れ、

『そんなに欲しければくれてあげるわよっ、

 このストーカー!』

の声と共に水溜りの中から姫子の上半身が起き上がるなり、

切られた銀の欠片を鬼に向かって放り投げ、

その欠片が鬼の体に取り付いた途端、

『ぉぉぉぉぉぉんんんんん!!!!』

鬼は見る見る体を銀色に染め上げながら、

大きな声を張り上げて泣き声を上げたのであった。

『なっなによ、これっ!』

大泣きする鬼を見上げながら姫子は声を詰まらせるが、

「やはり…

 …姫子と鬼は何らかの関係があったのか」

柵良は姫子の体と鬼が目に見えない何かで繋がっていることを確信してみせる。

ところが、

『ぉぉぉぉんんんん!!!』

泣き声を上げながらも鬼は金棒を持ち上げ大きく振りかぶってみせると、

ブンッ!

ドカッ!

水溜りの状態になっている姫子に向かってその金棒を振り下ろし、

さらに、

ブンッ!

ブンッ!

と手当たり次第に金棒を振り回し始めたのであった。

『うひゃぁぁぁ!!』

暴走をはじめた鬼の下を金棒の直撃を免れた姫子は

体を崩しながら悲鳴を上げて逃げ惑い、

「なっ…

 ちっ見込み違いだったか」

それを見た柵良は舌打ちをしてすかさず鬼へと向かうと、

「お遊びはそれまでじゃっ!

 悪鬼退散!!」

の声と共に破魔札を鬼の体目掛けて投げつけた。

すると、

『うぉぉぉぉんんん!!』

一際高く鬼の泣き声が響き渡り、

サラサラサラサラ…

砂山を崩すかのように銀色に染まる鬼の体が崩れはじめると、

フワァァァ…

拠代となっていた女性を残して、

鬼の体は灰となって正月の空に散りはじめる。

「終わったの?」

消えていく鬼を見送りながら人の姿に戻った姫子は柵良に尋ねると、

「まぁな…」

腕を組んだまま柵良は空を見上げ、

「これは少々複雑な関係がありそうじゃな、

 と消え行く鬼と姫子には…」

一人呟いていたのであった。



ガラガラガラガラ…

パンパン

朝方の騒ぎなどウソのごとく参拝客が次々と詣で社は正月の装いを取り戻すと、

「はいっ、ありがとうございます」

巫女装束を整えた姫子は毎年恒例となっているアルバイトに精を出し、

その横で、彼女の従姉妹である柵良も縁起物を買い求める参拝者への応対に汗を流していた。

「あの柵良さん、

 朝は何をお願いしたのですか?」

ふと参拝客が途切れた頃を見計らって姫子は尋ねると、

「ん?

 いろいろじゃっ

 今年こそは穏便に過ごせればなとなとは思たが、

 なかなかその様にはしてはくれなさそうじゃのぅ」

と柵良は答えたのであった。



つづく