風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第7話:銀の贈り物)



作・風祭玲

Vol.911





「ねぇ敦ぃ、

 夕方の予定、開いている?

 ちょっと付き合ってほしいんだけど」

すっかり日が短くなった冬の夕方。

長い特別講義が終わり、

やっと教室を出ることができたあたしは

一緒に教室から出てきた敦に話しかけると、

「え?

 あぁ、悪いっ!

 ちょっと今日これから予定があるんだ」

何故か焦るようにして敦は返事をするなり、

「じゃっじゃぁ」

よそよそしく挨拶をしてあたしから離れていく。

「?」

学生達でごった返す廊下を早歩きで去っていく敦を見送りながら、

「変なの…」

あたしは一人キョトンとしていると、

「あらあら、

 笑顔でお見送りとは、

 いいのぉ?

 そんな余裕かましてぇ」

と同じ研究室の増子美也が話しかけてきた。

ドキッ!

「あぁ、美也かぁ、

 いきなり脅かさないでよぉ」

彼女の声にあたしは振り返ると、

クィッ

美也はトレードマークとなっているメガネを指で押し上げ、

「クリスマスを間近に控えた夕方。

 女の誘いを蹴りよそよそしくどこかへと足早に男が向かって行く…

 それは…女に知られたくない秘密があるから…

 常識中の常識よね」

そう囁きつつ美也はあたしに迫ってくる。

「はぁ?

 なっなに言い出すのよっ

 また講義中にケータイで変なサイトでも見ていたんでしょう?」

そんな美也をあたしはを軽蔑のまなざしで見るが、

「じゃぁ、姫子は彼氏がどこに行ったのか知っているの?」

と美也は聞き返してきた。

「うっ…

 ふっふんっ!

 あたしと敦には隠し事なんてありませんよっ!」

興味深々にあたしを見る美也に向かってそう強がりを言いながら、

”ベーッ”

と舌を出してみせるが、

「本当に本当ぉ〜?」

美也は手帳を片手に食い下がってくる。

「なによっ、

 敦が誰かほかの女性と付き合っている。

 とでも言うの?」

しつこく食い下がる美也に向かってあたしは声を荒げてしまうと、

キラーン☆

一瞬、美也の瞳が光り輝き、

「おんやぁ?

 姫子さんっ

 わたしは敦さんが姫子さんに隠れてこそこそ何かをしている。

 としか言ってませんよぉ。

 敦さんがほかの女性と付き合っている。だなんて初耳ですねぇ」

と高校時代、

いくつものスクープをものにしてきた新聞部の敏腕記者らしく、

美也はすばやく手帳にメモを取り始める。

「美也ぁ!」

それを見たあたしは思いっきり怒鳴ってみせると、

「さて、姫子さん。

 敦さんがほかの女性と付き合っている。

 といまハッキリと言い切った根拠ですが、

 なにか証拠を掴んでいるのですか?」

とお得意の質問攻めをはじめだした。

「あのねぇ!!」

根拠のない彼女の質問にあたしはさらにヒートアップしたとき、

トロッ…

体の一部が崩れる感覚が走った。

「(やばいっ)」

体が急速に液化していくのを感じながらあたしは素早く胸を押さえ、

気持ちを落ち着かせると、

「?」

それを見ていた美也は小首をひねる仕草をしてみせる。

「え?

 ううん、なんでもない。

 なんでもないよ、

 美也…

 で、質問は何だっけ」

美也に気取られないようにあたしは笑みを浮かべて聞き返すと、

ポリポリ

美也はシャーペンの先で頭を掻きつつため息をひとつ吐くと、

「敦さんがほかの女性と付き合っているんじゃないか…

 ってことですよぉ」

と呆れ半分に尋ねてきた。

「うん、確かに…

 最近の敦ったらいつも予定が埋まっているし、

 あたしにどこかそよそよしい態度をとるし、

 ちょっと変だと…は思っていたけど…」

最近の敦が見せる振る舞いを一つ一つチェックしながらあたしは呟くと、

「ほらぁ…

 いっぱいあるじゃないですかぁ、

 状況証拠がぁ」

ニタァ

言いようもない笑みを見せつつ美也は指摘し、

「それって…

 敦さんにべつの彼女が居たとしたらと仮定しますと、

 確かにすべて説明が付きますね。

 姫子もそう思っているんでしょう、

 だから敦さんを疑っているんでしょう」

とお得意の誘導尋問をし始めた。

「そっそんなわけ…」

美也の仮説をあたしは否定しようとするが、

そのまま視線を落として自分の手を見ると、

「そんなことあるかも…」

と小さく呟いてみせる。

すると、

「確認してみますか?」

と美也が話しかけてくる。

「カチン!

 煩いわねっ!

 言われなくても判っているわよ!」

嗾けてくる美也に向かってあたしは怒鳴ると、

ダッ!

その場から飛び出してしまったのであった。

「あっ、

 廊下を駆けるのは禁止だよぉ」

駆けていくあたしに向かって美也は背後より注意するけど、

でも、あたしにはその声は届かず、

5分後には…

「敦ぃ!!

 ってもぅ居ない…」

あたしは北側の駐車場の脇にあるバイク置き場で、

敦がいつも乗ってくる源チャリがなくなっていることを確認していた。

「どこにも寄らずに一直線にここに着たんだ…

 そんなに急がなくてもいいのに…

 ってまさか…本当に?」

敦があたしに隠れて何かをしている。

見えない女性の影が敦に寄り添っているのをつい思い浮かべたあたしは

つめを噛みながら周囲を見渡し人の目が無いのを確認すると、

「よしっ」

両手を地面につけ、

体を一気に解いてみせる。

バシャッ!

液体を撒くような音が辺りに響き渡り、

さっきまであたしが居たところに銀色の水溜りが静かに広がっていくと、

さらに銀色の水溜りは近くに生えている木に取り付き、

バキバキバキ…

その木を砕きながら飲み込み、

そして、

ゴボッ!

増殖し始めると水溜りの範囲をふた周りほど広げてみせる。

『こんなものでいいかな…』

質量の増え具合を確認しながら水溜りの中よりあたしは声を響かせると、

ヌッ!

水溜りが不意に盛り上がはじめ、

ある物へと形作って行く。

そして程なくして、

ドリュンッ!

ドドドドド…

バイク置き場にエンジン音が響き始めると、

カッ!

銀色を輝かせるバイクのライトが光輝き、

ズドドドドド…

低いエンジン音を音を響かせつつ、

あたしはクリスマスイルミネーションが輝く街に向かって走り始めたのであった。



あたしだけを見て、

あたしだけを愛してくれている。

いつもそう思っていた敦があたし以外の女性と付き合っている…

思いたくもなかった。

考えたくもなかった。

そんなこと絶対にありえない。

でも…

あたしの心の中に次々と湧き出てくる疑惑を否定できる証拠は何処にもないことも事実だった。

『敦…どこに行ったの…』

街を走っても不審がられないようにダミーの運転者を乗せてあたしは敦の姿を追い求めるが、

しかし、いくら街の中を探してみても敦の姿を見つけることはできなかった。

『敦が行きそうなところは全部回ったけど、

 でも…何処にも居ない…

 じゃぁこれなら…』

とあたしは敦がつけているあたしの分身・ペンダントの気配に絞って探しはじめるが、

しかし、元グリーンピアの中に拉致されていたときの敦の居場所を

当てることができたペンダントの気配すらも感じることはできなかった。

『そんなぁ!!!

 ペンダントの気配も感じられないって…

 これってまさか、

 あたしのペンダントを敦は何処かに捨てて…』

思いたくもなかった現実にあたしは驚き、

そして動揺しながら人気のない公園の駐車場へと向かうと、

そこであたしは人の姿に戻る。

「そうだ、鵺で…

 いいやもぅ…」

鵺を上げて探そうかと思ったけど、

でも、その気力も無くなってしまうと、

シュワァァァァ…

人の姿では必要のない水銀が崩壊消滅していくのをあたしは見送り、

キィ…

クリスマスソングが流れる街を横目にブランコを揺らしはじめた。

「敦がペンダントを捨てた…

 そっそうだよね…

 こんな水銀の化け物なんかよりも普通の女の子が良いものね」

あたしは銀色に輝く自分の手を見ながら自虐的に呟くと、

「でも…でも…

 いや…

 敦が他の女に取られるなんて…

 それならいっそこの手で…敦を…」

変な妄想に取り付かれながらあたしは右腕を斧の形に変形させると、

この手に掛かり血飛沫を上げながら絶命していく敦の姿を思い浮かべ、

銀色に輝く頬を大きく引き裂いて笑みを見せる。

しかし、すぐに小さく首を横に振ってその妄想を否定してみせると、

「うふふっ、

 やっぱり一気には殺さないわ。

 筋を切って動けなくしてあげるのよ。

 そして、恐怖におびえなる敦を見ながらあたしはジワジワと食べていくの、

 アメーバーが獲物を食べていくように…

 敦の体があたしの一部になっていくのを感じながらあたしは…」

さらに妄想を膨らませて笑いはじめた。

と其のとき、

「あーもしもし」

その声と共に懐中電灯の灯りがあたしを照らし、

警察官らしい人物があたしに話しかけてきた。

「いっ、

 なっなんですか?」

突然の声にあたしは驚き、

そして慌てて体を整えていると、

「君ひとり?

 女の子一人で誰も居ない公園に居るなんて危ないよ」

とシルエットの警察官は話しかける。

「ちょっとぉ、おまわりさん。

 判りましたから、

 懐中電灯で直接照らすのやめてくださいます?」

あたしはあたしの顔に向かって灯りを照らす警官に文句を言うと、

「いえいえ、

 我々としてはあなたさまに是非ともご同行をお願いしたいものでしてねぇ

 いやぁ実に探したよぉ…島田姫子さぁん。

 あなたが街の中をぐるぐる回ってくれたお陰で

 ようやく見つけることができました」

警官はそう言いながら、

パチン!

と指を鳴らして見せる。

すると、

「イーッ!」

の掛け声と共に大きく膨らんだ胸をぶるんと振るわせ、

黒のゼンタイ姿の女達が警官の背後から一斉に飛び出してきた。

「あなたたちは!」

まるでシ○ッカーの戦闘員を思わせる女達を見てあたしは驚きの声を上げると、

スチャッ

警官はすばやくメガネをつけて見せ、

「この顔を御覚えで?」

と尋ねながらあたしにその顔を見せたのであった。

「あっ、あなたは!

 元社○庁職員のインケン窓際営業マン!」

警官がグリーンピアの地下室で見たあのメガネ男であることをあたしは指摘すると、

「インケン窓際は余計だ!

 わたしはこれでも大量の契約を取ってくるエリート営業マンだ!」

とメガネ男は間違いを指摘し言い直すが、

「ふんっ

 どっちも変わらないんじゃない?」

腕を組んであたしは軽蔑した目でメガネ男を見る。

すると、

「私の親愛なる黒メガネ隊はお前らが発した奇妙な光線を浴び、

 可愛そうにこのような姿にならざるを負えなかったが、

 生憎俺は運良く男のままだ。

 さぁ、おとなしくドリームコ…じゃなくて、

 その体を渡してもらおうか、

 お前の体は我々の大いなる野望達成のために必要なのだからな」

この戦闘員があの黒メガネの男達のなれの果てであることをメガネ男は言い、

ジリッ

ジリッ

と戦闘員と一緒になってあたしに迫って来た。

「くっ、

 敦、変…そっか」

迫るメガネ男達をけん制しながらあたしは敦に声をかけようとするが、

しかし、この場に敦がいないことを思い出すと、

「くそっ、

 こうなったらあたし一人で体を変えて…

 あっでも、さっき要らない分を捨ててきたんだっけ」

とバイクから人間体へ体を変えたときに不要となった水銀を放棄したことを悔やんでみせる。

「どうした?

 お仲間はまだ来ないのか?」

そんなあたしを見てメガネ男は尋ねてくると、

「いっいまに来るわよっ」

あたしは精一杯言い返す。

「体を崩してみる?

 だめ、うかつに崩したらあいつらのことだから採取してしまうだろうし、

 思い切って食べてしまう…

 だめ、いまの量ではこれだけの人数を一度には食べきれないわ」

この場からの脱出方法をあたしをいろいろ考えていると、

「くふっ、

 どうやら万策は無いようですね。

 さぁさぁさぁ!

 おとなしく来て貰いましょうかぁ!」

とメガネ男が声を上げるのと同時に、

ドカッ!

メガネ男の顔面に固く縛られたクリスマスセールの紙束が直撃したのであった。

「おごわぉぉぉぉ!」

顔を抑えながらメガネ男がのたうちはじめると、

「俺、参上!」

の声と共にサンタがあたしの前に立ちはだかってみせる。

「あっ敦ぃ!」

それを見たあたしはサンタが敦であることに気づくと、

「何だこいつら、

 まだ懲りてなかったのか…」

敦はあきれた顔でメガネ男達を見つめていた。

「くくっ、

 我々は諦めないぞぉ、

 人食い水銀という夢の宝物からなぁ…」

鼻血を流し起き上がってきたメガネ男はそう言い放ち、

懐より黒い封筒のようなものを取り出すと、

「これだけは使いたくなかったが…」

と封筒を感慨深げに見つめた後、

其の封筒の中より一枚の仮面を取り出して見せた。

「なっなんだよっ

 それは…」

メガネ男の手にある仮面を見て敦は警戒すると、

「ふふふふ…

 見て判りませんか?

 我々の切り札ですよ、

 これをこうすると…」

と言いながらメガネ男は戦闘員の一人にかぶせてみせる。

すると、

「いっイィィイィィ!」

仮面をつけさせられた戦闘員はもがき苦しみ始めるが、

しかし、そこまでだった。

ドサッ!

苦しんでいた戦闘員はそのまま倒れてしまうと、

ピクリとも動かなくなる。

「おいっ、

 何をしようとしているのか判らないけど、

 大丈夫か?

 こいつ、動かなくなったぞ…」

冷や汗をかきながら敦は指摘する。

すると、

「あれぇ?

 おかしいですねぇ…」

メガネ男は小首を捻りながら戦闘員から仮面を外して見せると、

「うーん」

仮面を公園の明かりに掲げて見せながら点検を始めだした。

とその時、

プワァァァァァン!!!

電車のタイフォンの音が公園に響くなり、

ぎくっ!

メガネ男と戦闘員たちは一瞬直立不動になると、

「くっくそぉ!

 またしてもあの華代ライナーかぁぁ!」

と悔しそうに歯軋りして見せ、

「これ以上あれに関わったら何されるかわからない。

 者共っ、

 引けぃ!」

メガネ男は戦闘員達に向かって声を上げると、

「わぁぁぁぁぁ!!!!」

一斉に逃げ出していったのであった。



「なぁにあれ?」

「さぁ?」

タタンタタン

タタンタタン

公園の隣を走る線路上を快走してきた通勤ライナーを背にして

あたしと敦は呆然としていると、

「どうやら後ろの通勤ライナーを華代ライナーと間違えたみたいだな」

と敦は後ろを指差すが、

すぐに、

「あっいけねーっ

 俺バイトの途中だった」

頭を抱えて敦は声を上げてみせる。

「バイトぉ?」

それを聞いたあたしは驚きながら聞き返すと、

「そっバイトぉ、

 研究室の先輩がスーパーのバイトをしていたんだけど、

 ちょっとケガで入院しちゃってね、

 で、代わりに俺がバイトをしているわけ、

 結構バイト代良いんだよぉ」

と敦は笑って見せた。

その途端、

バチィン!!

公園に何かを叩かれる音がこだまし、

「もぅ…知らないっ!」

無性に腹が立ったあたしはその声を残して公園から出て行ったのであった。





その数日後のクリスマスイブの夕方。

「なんの用?

 いきなり呼び出して」

突然、敦に呼び出されたあたしは待ち合わせ場所の喫茶店にに行くと、

ズイッ

先に来て待っていた敦はあたしに向かって小さな紙袋を差し出した。

「え?

 なにこれ?」

意味もわからずに紙袋を受け取ったあたしは、

「あけてみろ…」

という敦の言葉に頷いて中に入っていた小箱の包装を解いてみせる。

すると、中から出てきたのは小さな銀色のペンダントだった。

「これって…」

ペンダントを手にあたしは驚くと、

「銀のペンダントだなんて…

 姫子にとってはちょっと嫌味になってしまうけどさ、

 でも、これとお揃いになるし、

 今年は…その…いろいろあったからな…」

鼻の頭を掻きながら敦は胸元のペンダントを指差しぶっきらぼうに答えてみせる。

「敦…」

敦の胸元で輝くペンダントを見てあたしは驚くと、

「ずっとつけていてくれたの?」

と思わず尋ねる。

「あっあぁ…

 そうだけど、なにか?」

あたしの質問に敦は小首をかしげながら聞き返すと、

「でも、

 でも、このペンダントの気配…あの時感じなかった…」

とあたしは小声で呟く。

すると、

「あっ、ひょっとしてあのサンタコス、

 ケータイの電波を通さない特殊素材で出来ていたけど、

 へーっ、

 そっかぁ、

 姫子とこのペンダントって電波でつながっていたのか…」

と敦は目を輝かせた。

「あっ敦のばかぁ!」

それを聞いたあたしは顔を真っ赤にして怒鳴ると、

「あっありがとう…

 うれしいよ…」

あたしはそのまま嬉し涙を流してしまい、

「おっおいっ

 泣くほどのことかよっ」

それを見た敦は周囲を気にしながら腰を浮かせて見せたのであった。



「ありがとう、敦」

「いや、それ程のものでも…」

「ねぇ、あたしのこと愛してる?」

「そりぁもちろん」

「本当?」

「本当だよ」

「本当に本当?」

「本当だってば」

「信じていいのね」

「あぁ…」

「わかった、

 でも、敦ぃ

 つれなくしたら殺すからねっ」

「え?」



つづく