風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第5話:銀の恐怖)



作・風祭玲

Vol.905





「はぁぁぁ…

 これこれは…」

熱気と悲鳴を感じつつ

俺は押しつぶしたリムジンの上で悠々と停車している姫子の上より

地獄絵図の中を右往左往する男達を眺めていると、

男達の一人が俺を指差し

「貴様かっ

 こんなことをしやがったのは!」

と声を上げると、

「なめた真似を!!」

の声と共にほかの数人の男が何かを構え、

パンパンパン!

乾いた音がこだまさせる。

その途端、

ピシッ

ビシッビシッ

俺の頬や体に何か当たったような感触が走るが、

「へ?」

その感触の意味がわからないで居ると、

「なんだあいつは…」

「弾があたっているはずだぞ」

と男達は囁き合い、

2・3歩後ずさりし始めた。

すると俺を拘束していた姫子の触手がゆっくりと離れ、

トン!

と促すように触手は俺の肩を叩く。

「?」

それを受けて俺は起き上がると、

フワァァァ

男達に向かって見せるように俺は茶色の長い髪を夜風にたなびかせるが、

「うっ!」

「お前は!」

そんな俺の姿に見覚えがあるのか、

男達は顔を引きつらせながら声を上げ後ずさりし始める。

すると、

『うふふふふ…

 地獄の底から馬鹿坊ちゃんを迎えに着たわ、

 一緒に行きたくなかったらさっさと消えることね』

と姫子は澄子の声と思える声で男達に告げたのであった。

「わっ若ぁぁぁぁ!!!」

姫子の声を聞いた男達はオロオロしながら

俺と姫子が押しつぶしている高級リムジンに向かって声をかけると、

バンッ!

リムジンのドアがけらぶられ、

「若っ、

 早くぅ」

の声と共にスーツを身に着けた体格の良い男が這い出して来た。

「おぉっ、

 モノホンのヤーさんだ」

それを見た俺はドラマなどで見るヤクザとほぼ同じ姿であることに感動しながら見ると、

「ひゃひゃひゃ

 あぁ、

 僕のラッキードラゴン・U世号がぁ!」

と言う声と共にリムジンから這い出してきた男を見るなり俺は無性に腹が立ってきた。

「なんだ、見るだけで虫唾が走るようなこの汚物は…」

”醜悪”という言葉は彼のためにある。

という仮説に信憑性を持たせるほどの醜悪な姿の男を俺は見下ろしていると、

『あいつが澄子を死に追いやった馬鹿坊ちゃんよ。

 さー、

 一気に吊り上げるわよぉ』

そう姫子の声が響き、

ギャンッ!

姫子はタイヤの音を響かせると、

つぶしたリムジンの上から飛び降りた。

そして、

ギャンギャンギャン!!

『地獄に行きたいのはだれだぁ?』

リムジンを取り囲む”柄入りの男達”をタイヤを響かせて蹴散らしてしまうと、

「くっ」

馬鹿坊ちゃんの前に向き合うようにして止まったのであった。

「ほほぉ、黒鵺さんかぁ…久々に会ったね。

 君はてっきり死んだとばかり思っていたんだけど、

 なぁんだ、生きていたんだ…」

ベロリと舌なめづりしながら馬鹿坊ちゃんは興味深そうに俺を見ると、

『生きてはいないわよ、

 ただ、あんたを生かしておいては世の中のためにはならないと思ってね、

 悪いけど、

 一緒にあの世に来てもらうわ』

と姫子は馬鹿坊ちゃんに向かってそう告げる。

「僕をあの世に…

 なぁ、セバスチャン。

 あの世ってどんなところなんだい?」

姫子の言葉に馬鹿坊ちゃんは隣に立つスーツ男に尋ねると、

「若っ

 あの世とは…

 負け犬が行くところです。

 若のような勝ち組みの方が行くところではありません」

とスーツ男は説明するなり、

「どこの負け犬かは知らないけど、

 若にこれほどの怖い思いをさせた罪はその命で購ってもらいましょうか」

落ち着いた口調で言うと、

チャッ

拳銃を手にするなり、

タンッ!

一発、俺に向かって放った。

「うわっ」

その音に驚いた俺は姫子から転げ落ちてしまうと、

スーッ

瞬く間に変身が解けてしまったのであった。

「あっあれ?」

元の敦の姿に戻ってしまったことに俺は気づくと、

「なんだぁ?」

「貴様っ、

 お前がこんなことをしたのかぁ」

「おうっ、

 この落とし前、

 どうつけてくれるんだ」

影に隠れて成り行きを見ていた”柄入りの男”たちが俺に向かってくるなり、

胸倉を掴みあげてくる。

「いや、

 これはその…」

一気に逆転させられてしまった俺は言葉を濁していると、

「まったく、

 誰の差し金かは知りませんが、

 随分と凝ったことをしてくれますね」

とスーツ男は言うとまた拳銃を構える。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

それを見た俺は悲鳴を上げると、

『敦ぃぃぃ』

姫子の声が轟き、

ヌォォォォォ!!!!

姫子が変身していたバイクが一瞬のうちに銀色の塊へと変化し無数の触手を伸ばし始めた。

そして周辺に生い茂っていた樹木に取り付くと、

バキバキバキバキ!

樹木を取り込みはじめ、

それと共に自分の体を大きく膨らませ始めていく。

「なっなんだありゃぁ?」

成長してゆく銀の塊を見上げながら男達は唖然とするが、

「ばっ化け物!!!」

スーツ男は姫子めがけて、

パンパン!

と拳銃を放ち始めた。

しかし、拳銃ごときでどうにかされる姫子ではなかったが、

バシッ!

その内の一発が姫子の体に命中すると、

『痛い!』

どういうわけか姫子が痛がり、

『おのれぇぇぇ

 あたしから大切なものを奪っていくお前達を殺す!』

と声色を変えながら怒鳴り始めると、

ヒュンッ

銀色の塊となった姫子の体から腕なのか帯のようなものが2本伸ばすと、

シャッ!

シャッ!

一気に男達に襲い掛かったのであった。



すぱっ!

炎を上げて燃え上がるクルマが真っ二つに切り裂かれ、

幹を両断された樹木や、

光り輝く切断面を見せる岩が転がり落ちてくる。

「姫子ぉ、

 おいっ

 やり過ぎだぞ!」

傍若無人に暴れ始めた姫子に向かって俺は怒鳴るが、

『ひーひひひひ…』

親友だった澄子を失い、

さらに俺を傷つけられた怒りに我を失ってしまったのか

巨大な銀の化け物と化した姫子は手当たり次第に攻撃を続け、

「うわぁぁぁ!」

「ひゃぁぁぁ!」

「助けてくれぇ!」

彼女の下を体中を傷だらけにしてヤクザな男達は逃げ惑っているに過ぎなかった。

そして、その中で、

「ひぃひぃひぃ」

あの醜悪な馬鹿坊ちゃんが恐怖から失禁をしながら笑っていると、

ヒュンッ!

帯のような姫子の腕が馬鹿坊ちゃんに向けて伸び、

スカッ!

その足元のアスファルトが一文字に切り裂かれる。

「若っ!!」

スーツ男の怒号が響くと、

「このぉ、

 化け物めっ!」

スーツ男はつぶれたリムジンからショットガンを取り出し、

ダァン!

ダァン!

と姫子に向けて放ち始めた。

バシッ!

ビシッ!

ショットガンの弾が当たる度に姫子の体は抉り取られ傷ついていく、

しかし、液体金属のようなナノマシンで作られている姫子はすぐにその傷を修復してしまうと、

ヒュン!

ヒュン!

帯のような腕を軽く回し、

そして溜めを作ったのち、

シャッ!

スーツの男に向けて一気に伸ばした。

「うわぁぁ…」

迫る姫子の腕にスーツ男は固まると、

「危ない!」

俺はスーツ男に飛び掛りって一気に押し倒すと、

シャッ!

姫子の腕はスーツ男をかばう俺のわずか5cmのところを走って行く。

「姫子ぉ、

 もぅやめろ!

 これ以上暴れたらお前は人間じゃなくなるぞ」

なおも暴れ続ける姫子に向かって俺は怒鳴るが、

『ひゃぁぁぁぁぁ…』

姫子は言葉にならない声を上げると、

今度は俺に向かって腕を伸ばしたのであった。

「姫子…

 お前…

 俺が…判らないのか…」

俺に向かって攻撃をしてきた姫子の姿に俺は愕然とすると、

ヒュンッ!

夜空から何かが降りてくるなり、

ガシッ!

俺の襟首を一気に掴み上げて、

そのまま夜空へと駆け上がっていく。

「うわぁぁぁ」

いきなり眼下に夜景が広がったことに俺は驚くと、

『敦っ

 敦っ』

と姫子の声が響いてきた。

「え?」

思いがけない姫子の声に俺は困惑すると、

ヒョィ

俺の体は一瞬浮き上がり、

トンッ

俺の股下に毛が覆う獣の背中が当たった。

「なんだこれは…!」

人の身長ほどの獣に乗せられた事に気づくと、

『ごめん、敦ぃ』

と獣は姫子の声で謝り、

その顔を俺に向ける。

「え?

 猿?」

その顔を見た俺は一瞬、猿の顔を思い浮かべたが、

しかし、俺が座る胴体は茶色の毛に覆われ、

さらに前足と後足はトラのような足で、

尻尾は蛇を思わせる尻尾が付いているのであった。

「なんだこれは?」

4種類の獣の寄せ集めのようなその姿に俺は驚くと、

『私は鵺です』

と猿顔の顔から姫子の声が響く。

「ぬえって、

 姫子が作った暴走族の名前で…

 あっ、さっき目だとか言って空に飛ばした奴か」

その声を聞いて俺はハタと手を叩くと、

『はい、わたしは姫子の右目であり、

 本体あらの指示でいまは鵺の姿をしています』

と鵺は俺に言い、

『ごめんなさい。

 本体は右目である私を夜空に飛ばし、

 さらに左目に拳銃の弾が当たって使えなくなったので、

 わけもわからず暴れているのです』

と事情を説明したのであった。

「…それって、

 姫子の左目が失明したってこと?」

説明を聞いた俺は思わず聞き返すと、

『いえ、既に左目は回復しているんですが、

 怒りが理性を超えてしまって…』

情けなさそうに鵺は話す。

「じゃぁ、どうすれば姫子の暴走を止められるんだよ、

 ヤーさん達はとっくに体力の限界を超えているぞ…」

俺は眼下で繰り広げられている阿鼻叫喚を眺めながら指摘すると、

『あっあたしが本体に戻れば我に返ります。

 ただ、いまの本体は近づくものを無差別攻撃してくるので…』

と鵺は言う。

「ようするに…

 俺に時間稼ぎをしろ…

 ってことだな」

事情が飲み込めた俺は鵺に話しかけると、

『はいっ』

鵺は大きく頷いてみせる。



『ひゃぁぁぁぁ

 ひゃぁぁぁぁ

 ひゃぁぁはははは!!!』

夜空に向けて声を張り上げ、

銀色の化け物となった姫子は帯状の腕を振り回し、

あらかた破壊尽くされた自分の周りをさらに切り刻んでいく、

バキッ!

ガラガラガラガラ…

姫子の攻撃に耐え切れなくなった海岸道路の高架橋がついに崩壊を始めると、

何本もの桁を巻き込み渦巻く海中へと没して行く、

もはや一刻の猶予もならないところにまできているのは明白となっていた。

タンッ!

鵺から降ろしてもらった俺は

切り裂けられながらも何とか車体が残っているリムジンを見つけると、

「さっき、スーツのおっさんがここからショットガンを持ち出していたよなぁ」

とスーツ男がここからショットガンを引っ張り出してきたことを思い出すと

無人の車内を覗き込み、

「おっ、あったあった」

車内から1丁のショットガンと弾丸1ケース、

そしてヤクザの必須アイテムである日本刀を持ち出すと、

「あの映画を見てから、

 一度、こういうのをやってみたかったんだよなぁ」

と言いながら、

くるんっ

ショットガンを一回転させながら弾丸を込めると、

「姫子ぉ、

 こっちだぁ!」

ダァン!

暴走する姫子に向かって弾丸を放ったのであった。

ビシッ!

俺が放った弾丸が姫子の体を撃ち抜き、

その衝撃で銀色の体が抉られてしまうと、

『ひゃぁぁぁ!!』

姫子は腕を上に上げて体を守りつつ、

シャッ

俺に向けて腕を伸ばしてくる。

「させるかぁ!」

伸びてくる腕を見据えながら俺はすばやく日本刀を抜き、

構えると、

「うらぁぁぁ!」

声を張り上げながら一気に切りかかった。

スパッ!

まるでヤクザ映画のワンシーンのごとく、

俺は帯のような姫子の腕を切り落とすと、

バラッ!

切り落とされた腕は一気に砕け雲散霧消していく。

「決まった!」

振り切った日本刀を構えつつ俺は感動するが、

『ひゃぁぁぁ!』

腕を切り落としても姫子にはダメージなどはなく、

切り落とされた腕を延長すると、

シャッ!

俺に目掛けて腕を伸ばしてきた。

「そっ!

 そんなのアリかよぉ!」

俺を切り裂くために躊躇い無く伸びてきた腕を見ながら悲鳴を上げると、

スグに日本刀を捨てショットガンを構える。

そして、

ダァン!

二発目となる弾を撃つと、

ビシッ!

俺を襲おうとした腕は吹き飛ぶ。

しかし俺はこれで終わりにせずにさらに、

ダァン

ダァン

ダァン

一歩も引かずショットガンを打ち続けていくと、

俺の弾が当たる度に姫子の体が抉られ、

再生速度を超える銃撃に姫子は形を崩して行く。

「このぉ!

 このぉ!

 このぉ!

 落ちろぉ!

 落ちろぉ!

 落ちろぉ!

 この連邦の化け物め!」

台詞は違えどあの映画の主演俳優のごとく俺はショットガンを撃ちまくり、

『ひゃぁぁぁぁ………ぁぁぁ』

体を抉られまくった姫子はついに動きを止めてしまうと、

「ふぅ…

 快…感…」

額の汗を拭いながら俺は快感に酔いしれる。

その途端、

『敦さぁん、

 あたしに何か恨みでもありましたかぁ?』

いつの間に俺の横に付いていた鵺がジト目で話しかけてくると、

「え?

 いっいやだなぁ…鵺さん。

 僕は姫子を止めようとしただけですよぉ、

 決して姫子が僕が最後に食べようとしていたエビフライを取ったとか、

 徹夜して並んで買ってきたアダルトゲームを勝手に捨てたとか…

 そんな性もない恨み辛みで攻撃したわけではないですよぉ」

と俺は私怨で姫子を撃ちまくったことではないことを力説するが、

『ふーん、

 なるほどねぇ』

鵺は軽蔑をした目で俺を見る。

「あはははは…」

その視線に俺は冷や汗を流しながら誤魔化そうとすると、

「うわぁぁぁぁぁぁんんん!!!」

突然、男が泣き叫ぶ声が響き渡り、

「まっママぁ、

 怖いよぉ〜」

切り裂かれたクルマの残骸からあの馬鹿坊ちゃんが声を上げて逃げ出したのであった。

「あの馬鹿っ

 ジッとしていればいいものを!」

それを見た俺はすかさず馬鹿坊ちゃんを追いかけるが、

『…さない…

 許さないっ

 許さない!!!』

地の底から響くように姫子の声が轟くと、

ゴワッ!

俺のショットガンを受けて穴だらけになっていた姫子の体から無数の棘が湧き出し、

それが一気に夜空に向かって伸びると馬鹿坊ちゃんに向かって突き進んでいく。

「やめろ!

 姫子!」

それを見た俺は馬鹿坊ちゃんの前に立ちはだかるが、

その俺の前に一人の女性が立ったのであった。

「あっあなたは…」

半透明の透き通った体…

まさにこの世のものでないその姿に俺は声を失うと、

『姫子っ、もうやめようよ』

と宥めるように話しかけたのであった。

彼女のその声が響いた途端、

ピタッ!

姫子の棘が空中に止まると、

女性はそっとその棘に手を触れ、

『姫子ぉっ、

 いろいろと大変かもしれないけど、

 姫子はいいよぉ、

 あなたを思って体を張ってくれる人が居るんだもの…、

 もぅみんなに心配をかけさせちゃぁ駄目。

 あなたがあたしのことを思ってくれていたのはうれしいよ。

 でも、あたしには未来はない。

 けど、姫子には未来がある。

 この差は大きいわよぉ』

と女性は言い聞かせると、

タッ!

俺を見ていた鵺がすかさず本体に向かって走り始め、

そして、

ヌォン!

銀色を光らせる姫子の本体と一体化してみせる。

すると、

ピシッ!

突き出していた棘に亀裂が入っていくと、

サラサラサラ…

まるで砂が崩れ落ちていくように崩壊し、

肉隗のごとく大きく盛り上がっていた姫子の銀の体が崩れていくと、

「澄子ぉ!」

その声と共に人間の姿に戻った姫子が半透明の女性・澄子の下へと駆け寄って来たのであった。

「姫子、正気に戻ったのか…」

それを見た俺はホッと胸をなでおろすと、

『やっぱり姫子はその姿が一番だよ』

駆け寄った姫子に澄子は話しかける。

すると、

「澄子…ごめん、あたし…

 澄子の傍に居られなくて…」

と姫子は涙を流し顔をくしゃくしゃにして泣き始めると、

「くぅぅぅ…

 こういうのは俺、苦手なんだよなぁ…」

涙を拭きつつ俺は一度は背を向けるが、

しかし、二人の会話が気になってチラチラ見始める。

『いいよ、

 もぅ終わったことだもん。

 それより姫子ぉ、

 心を強く持って生きなきゃ駄目よぉ、

 あなたは普通の体じゃないんだから、

 さっきみたいに我を忘れて暴れまわったら大切な人を傷つけてしまうわ、

 それでもいいの?』

と澄子は諭すと、

「うん、

 判ったよ、

 判ったよ」

姫子は幾度も頷いてみせる。

『もぅ、そんな顔をしないのっ、

 あたしは姫子の記憶の中に生きているから、

 でも忘れたりしたら、

 お仕置きだからなっ』

そんな姫子に向かって澄子は笑みを作ると、

スーッ

次第にその姿を消し始めた。

「あっ待って、

 話をしたいことが一杯あるのよ、

 澄子っ

 澄子ぉぉ」

消えていく女性に手を伸ばして姫子は叫ぶが、

澄子は何も言わずに消えていくと、

最後に小さな光りの玉が残り、

それは音も無く空へと上っていったのであった。

「行ったか…」

夜空を見上げながら俺は姫子に囁くと、

コクリ…

姫子は何も言わずに頷き、

そして俺を抱きついてくると、

「ごめんね、

 ごめんね、

 ごめんね…」

と幾度も謝ってみせていた。

「いいよぉ、

 終わったことだ」

そんな姫子の肩を叩きつつ俺はそう呟くが、

「一応、丸く収まったと言うのかな…

 これって…」

この場で激戦があったかと思うほどに破壊つくされた海岸道路を眺めていたのであった。



その後…

「うわぁぁぁぁんんん、

 おまわりさぁぁぁん助けてぇぇぇぇ!」

あの馬鹿坊ちゃんは泣き叫びながら近くの交番に駆け込んだが、

だが、それが発端となって馬鹿坊ちゃんがこれまでにしてきた数々の悪事が表ざたとなり、

馬鹿坊ちゃんはリムジンの座席から裁判所の被告席へ座ることとなった。

一方、俺はというと、

「お願いしますっ

 3代目っ」

「だからぁ!

 俺はヤクザになんてならないって!」

日本刀とショットガン片手に悠然と銀色に輝く怪物に立ち向かって行く俺の姿に漢を見たと、

若頭だったスーツ男を筆頭に俺の元にヤクザが

馬鹿坊ちゃんの跡目を継いでほしいと懇願してきたのである。

「あはは、

 もてもてだねぇ」

そんな俺を姫子はからかうが、

「あのなぁ、

 誰のせいでこんなことになったと思っているんだ!」

俺は姫子に向かって怒鳴ってみせる。

「うーん、つい怒りに任せちゃって…」

その声に姫子は笑って誤魔化してみせると、

「ったくぅ、

 海岸道路全面復旧まで2・3年掛かるって言うし、

 文字通り大災害だよ」

と俺は皮肉を込めて呟いてみせるが、

「それよりさぁ、

 敦ぃ、

 あの時、あたしに向かって随分とショットガンを思い切り撃ち込んでくれたわねっ」

あの時、俺が姫子に向かってショットガンを連射したことを指摘してきた。

「え?

 覚えていたの…」

彼女の指摘につい俺はそう返事をしてしまうと、

「ちゃぁんとこの右目は見ていたんだからね。

 あたしにショットガンを打ち込む真似はしないでってお願いしたのに」

と自分の右目を指差し姫子は言う。

「あっあぁ…

 いやっ、

 まぁ、それはなんと言うか、
 
 その…姫子を助けようとして…

 うん、そうそう、

 そうだよ。 

 だって、そのおかげで姫子は我に返っただけだしなっ」

その指摘に俺はしどろもどろになりながら弁明をしてみせる。

しかし、

「はぁ?

 何を言っているのよ。

 敦ったらひょっとして

 あたしを溶鉱炉に落とすつもりだったの?

 銀色の化け物にはその最後がお似合いだとでも言うの?」

と姫子は突っ込んでくると、

「いや、だからぁ…

 誰もそんなことは…

 第一、溶鉱炉なんて、

 そんなものあの近所に無いじゃないか、

 なっ、

 だから、

 あまり変な妄想は…」

迫る姫子から一定距離を置きながら俺はそう言い聞かせようとするが、

「敦ぃぃぃ!!!」

姫子が俺の名前を叫んだ途端、

すどっ

姫子の右腕が槍のごとく変化した途端、

俺の頬を掠め壁に突き刺さる。

「ひっ!

 あと10cm横にずれていたら…」

顔中から血の気が引いて行くのを感じながら俺は体を横に移動させていくと、

ダッ!

その場から脱兎のごとく逃げ出した。

しかし、

「まてぇ!」

俺の背後から姫子の声が響き、

駆け足で迫ってくる音が響いてくる。

「うわぁぁ…

 これじゃぁ、まるで…」

鬼気迫る姫子の気配を背に俺は必死で駆け抜け、

そして、間一髪閉まりかけていたエレベータに逃げ込むが、

ガンッ!

閉じようとするエレベータのドアを鋭い光を放ち鋭角に尖る銀色の爪が抑えると、

「おーぃ…

 姫子ぉ、

 悪ノリも程ほどにしろよぉ」

と言いつつ俺はショットガンを取り出すと静かに構えたのであった。



つづく