風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第4話:銀の記憶)



作・風祭玲

Vol.903





「あれ?」

俺の先を歩いていた姫子が不意に立ち止まると、

「裕美ちゃんじゃない?…」

道路の反対側の歩道を歩いていく制服姿の少女を指差した。

「え?」

彼女の声に俺は思わず立ち止まると、

「そうよ、裕美ちゃんよ、

 裕美ちゃぁん!!」

少女と面識があるのか、

姫子は声を上げながら道路を渡りはじめる。



電車に乗って約2時間…

俺と姫子は港に程近いこの街にオープンしたばかりのモールに来ていた。

なんでもここには巷で有名な一流ブランド店が数多く出店しているらしく、

大学でもわざわざここまでやってきて

購入してきたブランド品を見せびらかす輩がチラホラ目に付くようになっていた。

そして、休日を利用して俺は姫子を伴ってここに来て見たのだが…

「おっおいっ

 姫子ぉ

 危ないぞ」

飛び出していった姫子を追いかけて俺も道路に飛び出した途端、

プワァァァ!!!

間近に迫っていたトラックからのクラクションが響き渡る。

「うわっ」

その音に俺は慌てて歩道に戻ると

俺をけん制するかのように猛スピードでトラックが走り去り、

「馬鹿野郎!っ

 少しはスピードを落とせ!」

走り去るトラックに向けて俺は怒鳴り散らすが、

その間に道路を渡り切った姫子は制服の少女を捕まえ何か話しをし始めていた。

少女は声をかけてきた姫子に驚き、

そして、喜びを交えたような表情で話しはじめると、

姫子もまた少女に久方ぶりに会ったような表情で話しかける。

「…まっ、姫子が間違ってクルマに撥ねられても、

 その程度じゃ絶対に死にはしないけどさ…」

そんな姫子を見ながら俺はそう思っていると、

「ん?」

急に姫子が急に驚いた表情をみせ、

その表情は見る見る悲しみを抱えた真剣な表情へと変わり始めた。

「何か…あったのか?」

驚き焦る姫子の表情に俺はただならないものを感じると、

走ってくるクルマに十分注意しながら道を渡り、

姫子のそばへと駆け寄っていく。

そして、

「どうかしたのか…」

と少女と話し込んでいる姫子に向かって俺は話しかけると、

「…うっうん、そうなの。

 教えてくれてありがとう。

 うん、じゃぁね」

まるで俺の言葉が会話を終わらせる切っ掛けになったかのように、

姫子は少女との会話を終わらせると、

「姫子さんもお姉ちゃんみたいにならないでね」

と少女は姫子に告げ、

「じゃぁ」

そういい残して去って行く。

「俺、タイミング悪かった?」

少女を見送る姫子の背後から俺はバツ悪く尋ねると、

「うぅん、

 ちょうど話の切れ目だったし…

 裕美ちゃんもあたしとあまり話したくは無かったみたいだしね」

と姫子は去っていく少女の背中を見ながら呟く。

「彼女と知り合いなの?」

見送る姫子に少女と姫子の関係について尋ねると、

クルリ

姫子は体を回して俺を見るなり、

「敦ぃ…ちょっと悪いけど付き合って」

と言いながら俺の手を引いた。



「ここは?」

少女と別れてか場所から少し離れた森の中。

姫子が変身したバイクから降り立った俺は周囲を見回すと、

俺の前には公園墓地が広がっていた。

「墓?」

整然と並ぶ墓石を眺めながら俺は聞き返すと、

人の姿に戻った姫子は何も言わずに墓地の中へと入り、

一つ一つ確認するように墓石を見ていく、

そして、生花がいけてある墓石の前で立ち止まると、

その場で動かなくなってしまった。

「ん?

 知り合いのか?」

姫子の横に立った俺は墓石の横に立つ墓誌に目を通すと、

そこには姫子と同い年の少女の名前が彫られ、

「友達?」

動かない姫子に向かって俺は小声で尋ねると、

コクリ

姫子は小さく頷き、

「中学時代からの親友…」

と小さく返事をする。

「そうか…」

俺自身も中学と高校での友人を交通事故で2人亡くしているだけに、

姫子の心中を察すると何もいえなくなり、

その場を静かに離れると、

近くのベンチに腰掛け彼女が戻ってくるのを待ち始める。

「ごめんね、待った?」

小一時間ほどして姫子が戻ってくると、

「話は…終わったか?」

姫子に向かって俺はそう尋ね、

「あたしからだけの一方通行だけどね」

と小さく答えて姫子は俺の隣に腰を下ろした。

そして、

「本当なら…

 あたしもこう言うところで眠っているんだよね。

 先生やみんなと一緒に…」

とあの事件で命を落とした仲間や教授たちのことを思い出したのか呟き始めると、

「辛いのか?」

俺は姫子を見ずに尋ねる。

すると、

「そんなんじゃないけど…

 でも…」

と姫子は言いかけてじっと俺を見つめ、

「ううん、なんでもない」

そう言いながらその視線を下に落とした。

「そういえば…

 この辺って姫子の実家に近いんだよな…」

話題を変えようとして俺は尋ねると、

「うん…

 ここからなら歩いて30分ほどかな…

 あのモールの辺りも昔は森があって良く遊んだわ」

昔を思い出すような目つきで姫子は話し、

「あの事件からずっと家には帰ってないみたいだけど、

 いいの?」

姫子に以前から引っかかっていたことを尋ねると、

彼女は静かに首を横に振り、

「帰れないわ…

 だって、あたし…既に父さんや母さんの娘じゃなくなて居るんだもの…」

と言いながら差し出した両手を銀色に輝かせて見せた。

「そうか…

 ごめん、いやなことを聞いてしまって…」

それを聞いた俺は静かに頭を下げてみせると、

「もぅ、

 そんな言い方しないでよ」

と姫子は肌色を戻した手で俺の肩を突っついてみせる。



半年前、

あの島で起きた事件はマスコミでもセンセーショナルに報じられ、

難を逃れた俺はさまざまな所から質問攻めにあったのであった。

ところが、

警察が発表した発掘チームのメンバー表の中から姫子の名前が漏れてしまい、

捜査現場の混乱なども重なって、

姫子はいわば忘れられた存在となってしまったのであった。

さらに、姫子自身も積極的に訴えず逃げるようにして俺と共に島を後にしたので

後に事件のことで姫子の元に警察の捜査員が尋ねてきたときは、

世の中の関心が無くなっていた後のことであった。



「私ねぇ、あの事件は仕方が無いと思っている。

 知らなかったとはいえ、

 古代の人たちが多くの犠牲を払って封印したものを蘇らせてしまったんだから、

 むしろ無かったことに出来たのは不幸中の幸いと思っている。

 この体がその代償だとしても…

 でも…、

 でも、澄子の事故には私、納得がいかないの」

と姫子は俺に訴えた。

「澄子?

 事故?

 なぁ、その辺もぅ少し詳しく教えてくれないか?

 あの墓に眠っている女の子は事故で亡くなったのか?

 俺にはまだ何の説明もされてないんだけど」

俺はいま姫子の口から出た澄子という人物の名前と、

あの墓誌に彫られた加藤澄子の名前、

そして事故との関連について尋ねた。



「なるほどねぇ…」

街中のファミレスで俺は腕を組むと、

「おっ驚いた?」

と上目遣いで姫子は俺を見る。

「ん?

 なにが?」

そんな姫子をしらばっくれるようにして俺は見ると、

「あっあたしが…

 その…暴走族に入っていたこと…」

知られたくない過去を俺に知られて恥ずかしいのか、

頬を赤らめながら姫子は尋ねる。

「それはまぁ…なっ」

腕を組みながら俺は含みを持たせるように少し笑って見せると、

「なによぉ、

 その笑い顔はぁ!」

と不機嫌そうに姫子はテーブルを叩いてみせる。

「まぁまぁ、

 昔のことをとやかく言っても何も変わらないいぞ、

 そっかぁ、

 澄子さんってレディースの頭だったのか…」

そうつぶやきながら俺は胸にさらしを撒き、

木刀片手に特攻服に身を包む茶髪の少女の姿を思い浮かべると、

「敦ぃ…

 最初にひとつ言っておく、

 いま敦が抱いている妄想と現実は大きく違うからね」

コーヒーを啜りながら姫子は釘を刺した。

「いいじゃないかよ、

 妄想は男のロマンなんだよっ」

姫子の言葉に浮かび上がっていた妄想が蚕食されていくのを感じながら俺は言い返すと、

「あたしは白鵺、澄子は黒鵺っていきがっちゃってね」

ティーカップから立ち上る湯気を指で弄ぶようにして姫子はつぶやく。

「姫子がホワイトで…澄子さんがブラック…

 ってことはふたりはプリ○ュアかぁ」

それを聞いた俺はそうつぶやくと、

どんっ!

「そっちに行かないのっ

 もぅ人がまじめに話をしているんだから!」

と姫子は怒鳴り始めた。

「まぁまぁまぁ…」

怒る姫子を宥めながら俺は冷や汗を掻くと、

「だけど、姫子は暴走族を辞めてまっとーな道を歩んだけど、

 澄子さんはそのまま続けていったのか?」

と急にまじめな顔になって俺は尋ねる。

それを見た途端、

「せっ先生がねぇ、

 仕方がなく通っていた学校の先生がねぇ…

 あたしと澄子を呼びつけて延々と説教をしたのよ。

 無論、説教なんて左から右だけど、

 いろいろあってね、

 なんとなく潮時って感じがして…

 で、あたしはバイクを降りたの。

 まったく、18になったばかりの分際でオトナ気取りよ。

 だけど、澄子は降りれなかった。

 バイクを降りたら自分じゃなくなるってね。

 それで、澄子は乗り続けたの、

 乗り続けて乗り続けた挙句…」

俺の変わり身に驚きながらも姫子は説明をすると、

「事故に遭ったのか…」

俺は澄子って少女が命を落とした理由を呟く。

その途端。

「違うわ…」

眼光鋭く姫子は呟くと、

「澄子は殺されたのよ、

 さっき”いろいろ”って言ったけど

 実はね、あたしが族を辞める前にあたし達言い寄ってきていた男が居たの。

 ヤクザな父親を持つ20歳の馬鹿なお坊ちゃま…

 あれから3年近くが過ぎているからいまじゃぁ23歳かな。

 父親の七光りを思いっきり輝かせちゃってね。

 欲しいものは何でも手に入れ、

 歯向かうものや従わないものを片っ端から始末する。

 始末といってもほぼ犯罪と言っていい、人に言えない方法よ。

 それで、自分の周りをすべてイエスマンで固め、

 自分の手は一切汚さずに欲望を満たし他人の不幸を手を叩いて喜ぶ。

 はっきり言って人間のクズよ。

 で、馬鹿坊ちゃまがあたしや澄子に狙いをつけたのよ、

 最初はいきなりのプレゼント攻勢。

 それが駄目ならメンバーの下の子へ狙いを変えて…

 あたしと澄子は全員に言い聞かせて一切に相手にさせなかったけど、

 次第にエスカレートしてきてね。

 嫌がらせをするようになってきて、

 それが発端となってグループの中に溝ができちゃってね。

 あたしがやめたものそれが一因かな。

 あたしがやめた後もちょっかいを出してきたらしいけど、

 だけど、今年に入ってからピタリと手を出さなくなったの。

 で、春に澄子と電話で話をしたとき、

 ”諦めたのかな…”

 って彼女は言っていたけど」

と事情を話す。

「でも、それじゃぁ事故とは繋がらないけど」

姫子の説明の矛盾を俺は突くと、

「話は最後まで聞きなさいよ、

 澄子が事故で死んだのは半年前…

 皮肉だけどあたしがあの島で水銀に食い殺されたときと同じ初夏の夜。
 
 海岸道路を澄子が乗ったバイクがセンターラインを超えて

 対向して来た大型トラックと正面衝突…なんだけど…

 事故の直前、澄子が乗るバイクはその進路を妨害するようにして4・5台のバイクに取り囲まれ、

 さらに正面衝突したトラックはそのお坊ちゃまの親父さんの組が所有となれば?」

と姫子はナゾカケをしてくる。

「まさか…」

それを聞いた俺の脳裏にある結論が導き出された。

「いま敦の頭の中にある答えはおそらくビンゴよ。

 事故の後、現場から走り去る真っ赤な高級リムジンがあったそうよ…

 馬鹿坊ちゃまお気に入りのリムジンがね。

 これって全部裕美ちゃんから聞いた話だけど、

 でも、あの馬鹿坊ちゃまならやりかねないわ」

さめかけたコーヒーを啜り、姫子は呟く。

「で、姫子はどうしたい?」

身を乗り出して俺は尋ねると、

「決まっているでしょう」

と姫子は囁き俺を見つめた。


 
ウワン…ウワン…

夜の海岸道路は族や走り屋などのライトの灯りがひっきりなしに揺れていた。

ボボボボボ…

その音を聞きながらエンジン音を響かせる族車仕様の中型バイクにまたがった俺は

源チャリ用の簡素なヘルメットを小脇に抱えて、

「最初に言っておく。

 俺は中免と普通免許は持っているが、

 中免は持っているだけでバイクの経験は源チャリしか無い。

 ゆえにヘルメットもこのようなものしかないからな…」

と人差し指を立てて股下のバイクに向かって話しかけると、

『判っているわよ、

 いつもどおり運転はすべてあたしに任せて、

 敦はハンドルを握って居ればいいのよ』

と姫子の声が返ってきた。

「やれやれ」

その声を聞きながら俺はため息をつきヘルメットを被ろうとすると、

『あぁ、待って、

 その格好じゃぁ駄目。

 いくらなんでも恥ずかしすぎるわ、

 あたしが相応しい格好にしてあげる』

と言う姫子の声と共に

シュォォォォン…

バイクのシートから銀色の幕を伴った触手が伸び、

「うわぁぁ」

俺は悲鳴を上げるまもなく包み込んでしまうと、

俺をある姿へと変えていく。

そして、

「なっなんだこれは!」

甲高い声を上げながら

俺はさらしが撒かれながらもぷるんと膨らんでみせる自分の胸を見て悲鳴を上げると、

『うん、澄子そっくりに化けられたわ、

 釣りをするには餌が必要でしょう。

 敦には澄子の亡霊役をやってもらうわよ』

と姫子の声。

「かぁぁぁ

 やれやれ、

 こんな格好でバイクに乗る羽目になるとは…」

それを聞かされた俺は肩をすぼめてながら

特攻服姿の女性にされてしまったことにため息をついて見せるが、

そんな俺に構わず、

『いくわよっ!』

姫子のその声が響くと

「ちょちょっと待て!」

と言う俺の声を残して俺と姫子は海岸道路に躍り出たのであった。



パァァァァァァン…

思った以上に高い音を響かせて俺を乗せた姫子は海岸道路を走っていくと、

「で、どうする?」

と俺は姫子に向かって話しかける。

すると、

『敦っ

 前をチンタラ走っているバイク3台、居るでしょう?』

と姫子は指摘すると、

「あぁ、

 一発で族と判るな…」

顔を上げた俺は明らかに族車仕様のバイクが3台進路妨害するようにして、

蛇行運転しているのが見え、

俺は呆れた視線でバイクを見ると、

『まずはあいつらを嗾けるわよ』

連中にターゲットを絞った姫子はそう言うなり、

見る見る接近していく。

そして、

ウォンウォンウォン!!

3台のバイクをわざと後ろからあおり始めだしたのであった。

「おっおいっ」

睨み付ける同乗者の視線から目を逸らしていると、

『どこを見ているの、

 その顔を覚えてもらうんだから、

 顔を上げるのよ』

と姫子は俺に命令をする。

「いっ」

その命令に俺は表情をこわばらせるが、

『早くしなさいっ』

という次の言葉に

「はいっ!」

俺は反射的に顔を上げると、

パァァン…

姫子はスピードを上げ、

前を走る連中の狭い空間に無理やり割り込んでいく、

そして、

『らぁ、

 チンタラ走るんじゃねぇ!!』

と姫子は少女の声を響かせながら

すばやく車体から銀の棒を伸ばし、

相手のバイクのタンクを蹴飛ばすように叩いて見せると一気に引き離した。



「喧嘩…売っているんですか?」

ミラーで動揺しているバイクたちを見た俺は思わず呟くと、

『喧嘩は売るものでしょう』

と姫子の声。

「そういう問題じゃ…

 つーか、お前、

 族に戻ってないか?」

この声に俺は冷や汗を掻きながら尋ねると、

ウォン!

ウォン!

ウォン!

さっき追い抜いてきたバイクから高らかにエンジン音が響き渡り、

見る見る迫ってきた。

「おっおいっ、

 連中怒っているみたいだぞ」

俺はミラーで見ながら指摘すると、

『それでいいのよぉ!

 再び舞い降りた白鵺の恐ろしさをとくと思い知らせてあげるわ!』

と明るい姫子の声が響くのと同時にグッと加速を始め、

姫子は嗾けたバイクを無理やり地獄のスピード勝負へと連れ込んでいったのであった。

そして、その日から俺と姫子の襲撃は続き、

海岸道路は暴走族の事故が相次ぐようになっていくと、

俺達の襲撃と澄子さんの事故とが繋がっていったのであった。



「なぁ、知っているか」

「あぁ、事故で死んだ女の亡霊がバイクに跨って出るんだろう?」

「なんでも後ろから追いかけてきて煽ってくるらしいぜ」

「その勝負に乗った奴らはみな事故って病院送りだって?」

「あぁ、死者が出ないのが不思議だ。と警察は言っているとか」

「で、その女って何なんだよ」

「知らないのか、夏にこの道で女が死んでいるんだよ。

 鵺と言うグループのヘッドをやっていた女が、

 確か澄子って言っていたっけ」

「センターラインを越えてトラックと正面衝突だっけ」

「そういえばさ、

 その事故ってなんかおかしいって言っていたよね、

 事故の前に女が乗っていたバイクが取り囲まれていたって」

「バカッ!それを言うなっ」

「へ?」



「なぁ、最近…

 台数が少なくなったような…」

最初の頃に比べてめっきり海岸道路を走行するバイクの数が減ったことを俺は指摘すると、

『うーん、

 そろそろかもね』

とバイク姿の姫子は俺に言う。

「そろそろって?」

その言葉の意味を尋ねると、

『撒き餌につられて団体さんがやってくる頃よっ、

 さっ敦ぃ、

 今夜も暴れるわよぉ!』

と答えをはぐらかしながら姫子は言い、

そして、

パァァァン…

いつもと同じように海岸道路に飛び出していくと、

走りやすくなった道路を一直線に走って行く。

「まっ、

 クルマが少ない道というのは走りやすいけどね」

交通量の少ない海岸道路を俺は姫子に掴まって走っていくと、

ドドドドドド

俺達の後ろから突然排気量の大きなエンジン音が響き、

カッ!

強烈なヘッドライトを輝かせた。

「まぶしいな…

 何だあいつらは」

後方から照らし出す光に俺は文句を言うと、

『うふっ、

 掛かった!』

と姫子の声が響く。

「掛かったって…」

その言葉を聞いて俺は背筋を寒くすると、

『毛鉤に食いついた馬鹿なお魚さんよ!』

俺に向かってそう姫子は言い、

パァァァァァァンン!

さらにスピードを上げてみせた。

そして、

パキン!

ヒュンッ!

バイクの車体から何かが割れる音が響くのと同時に

『ヒョー!!!』

と声を発する何かを真上に向かって打ち上げ見せたのであった。

「なんだよ、

 いまのは?」

姫子に向かって俺は尋ねると、

『あたしの右目を鵺にして上に上げたわ…

 上から観察しないとね、

 この近くに居るはずよ』

と姫子の返事。

「ぬえ?」

その返事の意味を俺は再度聞き返すと、

『あたしと澄子が作った族の名前…』

姫子がそう答えるのと同時に、

オォォォォン…

対向車線にトラックのものと思える灯りが見える。

すると、

ドドドドドド

背後についていたバイクたちが一斉にスピードを上げて俺達を取り囲むと、

グイッ

グイッ

と対向車線へと押し出し始めたのであった。

「おっおいっ、姫子ぉ!」

対向車線に押し出されていくことに俺は焦りながら姫子に話しかけると、

『!!っ

 見つけたわ…

 真っ赤なリムジン!!

 そこに居るのねっ、

 馬鹿坊ちゃは!』

と姫子の声が響き、

パァァァァン!!

さらにスピードを上げると、

迫ってくる灯りに向かって突っ込んでいく。

「うわぁぁぁ!

 バカッ

 やめろっ、

 俺は体が粉々にされたら火葬場に一直線なんだよ!」

間近に迫った灯りを見ながら俺は悲鳴を上げると、

シュルンッ!

悲鳴を上げる俺の体をバイクから伸びる触手がしっかりを捕まえ、

『口を固く閉じなさい。

 舌を噛んでもあたしは何もできないからね』

と姫子は俺に命令し、

さらに、

『悪いけど、あんた達も付き合うのよ。

 恨むんなら馬鹿坊ちゃんを恨みなさい!』

その声と共に役目を終え俺達から離れようとした大型バイクにも触手を伸ばし

それらを皆捕まえると

「!!!っ」

バイクを運転する男達は焦ったように顔を動かし始めた。

そして、すべてのバイクを引き連れて、

プォォォォォン!!!!

姫子はクラクションを鳴らすトラック…いやタンクローリーへと突っ込んで行く。



思い返せばそれは一瞬の出来事だと思う。

ドンッ!

姫子は衝突の1m手前で前輪を持ち上げると、

タンクローリーの前面にタイヤをつけ、

ほぼ垂直に駆け上がり始める。

スピードのエネルギーも加わり大幅に増加していた姫子の質量を受けて、

タンクローリーの前面は瞬く間に凹み引き裂かれていくが

姫子はそれを力ずくで上り、

高温を発し稼動するディーゼルエンジンが姫子のタイヤに押されて真後ろに向かって押し出されていくと、

エンジンに押され歪んだシャフトが暴れながら燃料が満載されているタンクを突き破る。

そして、タンクの中に積載されていたガソリンが空気と混ざった途端、

混合したガソリンは急速に温度を上げながら音速を超えるスピードで膨張を始める。

しかし、姫子は膨張するガソリンの表面に乗るようにして大型バイクを引き連れ

夜空に向かって飛び上がっていったのであった。

「あぁ…

 999号が地球を出発するときはこんな感じなのか…」

強烈な閃光と大音響、

そして爆風と共に粉々に砕けっていくタンクローリーの破片が当たるのを全身で感じながら、

俺は眼下に広がっていく夜景を平和そうに眺めていると、

姫子はゆっくりと下降を始め、

その落下地点に車長が長い真紅のリムジンがあることに気づいた。

「姫子ぉ、

 クルマがあるけどいいの?」

凄い間抜けな質問を言おうとするが、

口を開く前に見る見るリムジンが迫り、

ドォォォォォォン!!!!

あたりにリムジンが押しつぶされる轟音が響くと、

ズドォン!

ズドォン!

ズドォン!

追ってリムジンを取り囲むようにして止めてあった他のクルマの屋根に

空へと放り上げられたバイクが容赦なく降り注いでいく。

そして、

間髪居れず、

ズドォォンッ!!!!!

つぶされたクルマから爆音と共にいっせいに火柱が上がると、

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「助けてくれぇ!!!」

背中に竜の模様などを背負った厳つい男達がクルマから飛び出すなり、

悲鳴を上げながらのた打ち回り始めたのであった。



つづく