風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第3話:銀の力)



作・風祭玲

Vol.882





とある秋の日。

大学の前のバス停に停車したバスから降りた俺は大学に向かって歩き始めると、

駅前で貰ったチラシをポケットに突っ込み、

俺はふと姫子のことを考えはじめる。

この間の拉致事件は姫子の活躍で無事戻ってきたけど

でも、姫子は自分の体のことをどの様に考えているのか…

人間でない別の存在になってしまた自分の身体とどう向かい合っているのか俺は不安に思いながら

「戻りましたぁ」

研究室のドアを開けた途端。

「お帰りだっちゃぁ、だぁーりんっ!」

の黄色い声と共に緑の髪を靡かせ、

トラジマビキニ姿の女の子がいきなり俺に抱きついてきた。

「うわっ、

 なんだぁ?

 なんでラムちゃんがぁ」

あまりにも唐突なことに俺は悲鳴を上げると、

シュゥゥン…

俺に抱きついた女の子は瞬く間に銀色に包まれてしまい、

形を崩していくと別の姿へと替わり始める。

そして、

「あはは、

 あたしよあたしぃ

 驚いた?」

と笑いながら姫子が俺の前に立つと、

「はーっ

 姫子だったのか、

 いきなりラムちゃんが出てきたのでびっくりしたよ」

と胸をなで下ろしつつ俺は研究室へと入って行く。

「で、なんでラムちゃんなんかに化けたの?

 俺じゃなかったら間違いなく腰を抜かして居るぞ」

注意半分に俺は姫子に理由を尋ねると、

「あはは…

 あたしはそんなヘマをしませんよ。

 敦が校内に入ってからはこれで見ていたし」

と言って姫子は部屋の窓を開けると、

ピチッ!

パタタタ

小さな鳴き声と共に一羽の小鳥が飛び込み、

そのまま姫子の肩に止まると、

シュゥゥゥン…

銀色に染まりながら彼女の身体に溶け込んで行く。

「ピーピング・トムかぁ…

 あまりいい趣味とは…」

その姿を見ながら俺は眉をひそめると、

「これって結構、便利よぉ

 監視カメラにもなるし…

 それにこういう手もあるのよ」

と姫子はあっけらかんと答えながら、

一瞬、身体を銀に染めると、

バラッ

その身体が一気に砕け、

タタタタタッ!

研究室に小鳥が舞い、

床の上を犬や猫、さらにはタヌキやキツネなどが走り回り始める。

「ここは動物園ではなぁーぃ!」

走り回る動物たちに向かって俺は怒鳴ると、

『もう、冗談が通じないのね』

俺の前にキツネが立ち止まり、

姫子の声で文句を言いながら、

『全員集合!』

と声を上げると、

タタタタタッ

散らばっていた動物たちが一斉にキツネに向かって集まり、

それらが合体して一つになると

ゆっくりと姫子が立ち上がった。

「まるで昔の映画みたいだな…」

そんな姫子の姿を見て俺は呟くと、

「ターミ○ーターって映画でしょう。

 うん、あたしもそう思っている。

 だから言ってショットガンを何発も打ち込まないでよね」

と姫子はさりげなく俺に言い、

「だれが、

 お前こそ、閉じかけたエレベーターを強引にこじ開けるなよ」

俺もまた言い返す。

「しっかし、

 さっきみたいに数多くばらけた場合、

 姫子自身はどうなっているんだ?

 一匹一匹の動物に意識が別れているのか?」

とさっきの動物たちを思い出しながら問い尋ねると、

「ううん、

 あたし自身はキツネに化けたのよ。

 で、化ける際に身体をいくつかに区分していって、

 それぞれを犬や猫に化けさせたの」

と種明かしをしてみせる。

「なるほど、

 キツネがサーバで、小鳥や犬や猫はクライアントか。

 情報伝達は差詰め無線LANってとこか、

 でもこれだとキツネにアクシデントがあったらアウトだな」

それを聞いた俺は一人で頷いていると、

「?」

そんな俺を見ながら姫子は小首を傾げる仕草をしてみせる。

「ってことは…」

と考えながらあることに気づいた俺は胸元のペンダントを取り出すと、

「このペンダントも姫子のクライアントって事になるのか、

 でもこの間、ねん○んナントカって連中に俺が拉致されたとき、

 随分と遠くまで駆けつけてくれたけど、

 そんなに遠くのことまで判るのか?」

と姫子に尋ねる。

「うーん、

 ペンダントは何もせずにジッと自分のいる場所を発信してくれるから、

 遠くでも判ったのよ。

 何かを見ようとしたり、

 何かを聞こうとすると届く範囲は短くなっていくわ、

 ましてさっきみたいな自分から動く犬猫となると…

 この近所で精一杯」

俺の質問に姫子はそう答えると、

「なるほど…

 じゃぁあのグリーンピアの地下で俺を仮面○イダーやプリ○ュアに変身させたのは?」

と俺は質問を変えた。

「あぁ、あれ?

 発掘現場での火事の時にあたし、敦を包み込んだでしょう。

 そのとき敦を包み込んで、

 ふと、あたし敦と一体になったような気がしたの…

 だから炎にも耐えられたし、

 水銀をあたしのものにできたのよ。

 で、そのことを思い出しながら、

 敦を包み込んであるものに姿を変えてみることを思いついたのよ、

 結構うまくいったでしょう…」

と姫子は言う。

「そっそう…?」

それを聞いた俺は思わず背筋が寒くなってくると、

「別に敦の全てを取り込もうなんて思わないわ、

 あたしは敦を守りたいだけ、

 だって、敦だけじゃない。

 この日本で…ううん、この地球であたしの本当の姿を知ってて、

 そして、守ってくれている人って…

 だからあたしも敦を守りたいのよ」

と姫子は俺を見つめながら言う。

「姫子…」

そんな姫子を見て俺はついさっき彼女を異質者扱いにしたことを恥ずかしく感じると、

「だってあたしって宇宙人のようなものでしょう。

 柴田先生が言っていたじゃない。

 あたしのこの身体を作っているナノマシンは地球のモノじゃないって…

 だからふと思うの、

 どこか遠くの星から宇宙船か隕石に乗せられて地球にやってきた小さな宇宙人達が、

 寄り集まって作り上げた地球人そっくりの人形…

 それがあたし…」

姫子は自分の胸に手を当てそう呟くと、

「何を言うんだ、

 姫子は姫子だ。

 あの時言ったろ、

 お前がどんな姿になっても

 どんな…身体になっても俺はお前守るって…」

姫子の両肩を握りしめて俺は言い聞かせようとすると、

パシャッ!

瞬く間に姫子は身体を解いて銀色の液体と化し、

『あはっ、

 無理しちゃってぇ!

 あんまり無理すると身体壊しちゃうぞぉ』

と茶化してくる。

「姫子ぉ…

 そりゃぁ俺はまだ学生だし、

 まだ何の力もないけど、

 でも…姫子を守ってあげたいんだよ」

と床に伏せ、

大きく広がる銀の水たまりに向かって真剣に話しかけた。

すると、

グニッ

水たまりの中から姫子の後頭部が持ち上がってくると、

『敦ぃ、

 いまのその言葉とっても嬉しいよ。

 でも、あたしはもぅ敦の赤ちゃんを産むことは出来ないし、

 見ての通りの宇宙人…』

そう言いながら姫子は自分の顔をグレイとか言う宇宙人に替えてみせる。

「だぁぁぁ!!

 この話はもうやめよう!」

どういう訳か暗くなっていく話に俺は頭をかきむしりながら中断させようとすると、

ハラリ…

俺のポケットから一枚のチラシがこぼれ落ちると、

姫子が広がる床へと舞い落ちていった。

「あっ」

それを見た俺が声を上げると、

『なに?』

姫子は銀色の手を伸ばしてそのチラシを広げてみせる。

「あぁ、

 なんか駅前で配っていたけど、

 何かの開店記念セールか?」

姫子の手にあるチラシを覗き見ながら俺はそう言うと、

フルフル

急に姫子は手を震わせ、

ズルッ!

一気に身体を持ち上げて人間体に変えると、

「敦ぃ、

 ちょっと付き合いなさい!」

と怒鳴りながら俺の手を引く。

「なっ何だよぉ」

意味も判らずに俺は姫子に手を引かれるまま人気のない駐車場へと連れてこさせられると、

グニィ…

俺の目の前で姫子は銀色のバイクに姿を変え、

『乗って!

 このまま無人で走るわけにはいかないでしょう!』

と怒鳴る。

「いっ一体何なんだよぉ」

姫子の剣幕に押されながら俺は理由を尋ねると、

『海老屋のタイ焼き…

 …今日だけ1個80円で売っているのよっ!

 もぅ何で早く教えてくれなかったの?

 超特急で行くわよ』

と姫子は自分に跨った俺に向かって言い、

ドドドドド…

エンジン音を響かせる大学から一気に飛び出していく。



「なんだかんだ言っても、

 こういう本質はなにも変わらないか…」

俺を乗せて街中を疾走していく姫子を見ながらそう呟くと、

ギュッ

俺はハンドルを強く握りしめ、

「行くぞぉ、

 姫子ぉ!」

と声を張り上げたのであった。



つづく