風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第2話:銀の価値)



作・風祭玲

Vol.881





『おにぃーちゃんっ!』

「はいっ?」

誰か人に呼ばれたような感じがして俺は立ち止まり振り返ってみるが、

「………」

初秋の風が舞うキャンパスには俺を呼び止めた人影はどこにもなく、

俺の返事がむなしく響き渡っていた。

「っかしいなぁ…」

誰も居ないことに俺は首をひねりながら歩き始めると、

サラサラサラッ

サラサラサラッ

そんな俺を追いかけるように砂が動く音が響き始める。

「やっぱり誰か…

 いる…

 しかも一人や二人じゃぁ…ない」

大人数の気配を引きつれて俺は講堂の脇を歩いていくが、

段々苛立ちを覚え始めると、

ダンッ!

上げかけた足で思いっきり地面を叩き、

「おいっ、

 用があるならさっさと出て来いっ!」

と大声を張り上げてしまったのであった。

だが、

「なぁに今の声?」

「さぁ、どこかのサークル?」

「あまり近寄らないほうが…」

一瞬の間をおいて俺の周囲からそんな声が響き渡ると、

ヒソヒソ

ヒソヒソ

まるで俺を不審者のごとく眺めながら、

周囲に居た学生達は避けて通りはじめる。

「…………なんで……

 …俺、何か悪いことでもしたか?」

湧き上がる空しさを感じつつ俺は呆然としていると、

「そんなところで何をしているの?」

の声と共に一人の女性が俺をに声をかけてきた。

「あっ…

 姫子ぉ」

その声が響いた方へ俺は首をゆっくりと回し

「やっやぁ!」

顔を引きつらせながら、

俺を怪訝な視線で見る女性に挨拶をしてみせる。



彼女の名前は島田姫子。

俺、坂本敦と同じ研究室の仲間であり一応彼氏彼女の仲なのである。

「はぁ?

 それってなんのパフォーマンス?」

白いワンピース姿に後ろでくくった髪を揺らしつつ姫子は尋ねると、

「まぁ、なんというか、

 その、わけのわからない連中に追い掛け回されて、

 それで、思い切って対決をしようと…したんだけど、

 なんだかスルーされてしまったみたいで…」

と文法になってない日本語で状況を説明してみせる。

「なに”そのわけのわからない連中”って?」

俺の説明の中から姫子はその言葉の意味を指摘すると、

「さっさぁ?

 俺にもわからないんだ」

と俺は首をひねってみせる。

「人に説明もできない事をしていて楽しいの?」

そんな俺を見ながら姫子はあきれ半分に尋ねてくると、

「おっ俺だって楽しくないよぉ、

 だけど、居るんだよぉ、

 変な影がウジャウジャとぉ」

俺は涙目になりながら白い砂がいたるところにこぼれている講堂の壁を指差した。

「え?」

俺が指差したほうを姫子が見るが、

「どこにもないわよ、

 そんな影」

と醒めたように呟き、

「ほらっ、

 いつまでも変なパフォーマンスしてないで、

 さっさと研究室に集合よ、

 今日から前田先生の研究室で頑張るんでしょう」

俺に向かってそう姫子は言うと、

「あっ」

何かに気づいたように振り返り、

「華代ちゃんっごめんね。

 お姉ちゃんはここまでなの。

 あなたが探している高橋君はあの研究棟に居るから」

後ろに立っている少女に向かって研究棟を指差しそう言うと、

『ありがとう、

 おねえちゃん。

 お礼にこれあげる』

ピンク色のカートを引く少女は笑顔を見せつつ姫子に向かって2枚カードを差し出した。

「なぁにこれ?」

『何かの役に立つと思うわ、

 じゃっ、バイバイ!』

渡された紙の付いて尋ねる姫子に少女はそう言うと手を振り、

タタタッ

カートを引きながら走り始めた。

「誰?」

見かけない少女の姿を見送りつつ俺は尋ねると、

「さぁ?

 素材研究室の高橋君を探しているそうよ。

 たまたまあたしと向かう方向が同じだからここまでつれてきたの。

 高橋君の知り合いかなんかじゃない?」

姫子は経緯を説明し、少女から渡されたカードに目を通すと、

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします。真城華代…」

とその文面を読み上げてみる。

「名刺だな…それ」

姫子の手にあるカードを眺めつつ俺はつぶやくと、

「そんなことはどうでもいいわ、

 もたもたしてないで行くわよ」

そう言いながら姫子は俺の手を掴み一気に駆け出していく。

「あっおいっ!

 決められた場所以外で走るのは厳禁だぞ」

手を引っ張られながら俺は注意をするが、

姫子には届いてない様子だった。



学内を研究室に向かって走る俺と姫子。

だが、ワンピースを翻し俺の前を走る姫子は”ヒト”ではない。

彼女の本当の姿は…

「あっ!」

研究室へ近道するためグラウンドに下りる階段に踏み入れた途端。

姫子が足を滑らせてしまうと、

ダダダダ…

その体を階段に叩きつけながら転げ落ち、

バシャーン!

踊り場に銀色の飛沫があがる。

「姫子ぉ!」

それを見た俺は周囲に人の目がないか確認した後、

あわてて階段を降りていくと、

踊り場には主を失ったワンピースが銀色の水溜りの上に浮かんでいて、

姫子の姿はどこにもなかった。

「大丈夫か、姫子」

俺は慌てることなくその銀色の水溜りに向かって声をかけると、

グニッ

銀色の水溜りの中から湧き上がるようにして銀色の肌をした姫子の顔が持ち上がり、

「もぅ、敦が遅いからよ」

と俺に文句を言ってみせる。

そして、

ズルッ

文句を言う顔の脇から銀色の片手が湧き上がってくると、

「見てないで引っ張ってよ」

と俺に命令をしたのであった。

「はいはい」

とても他人には見せられない姫子の正体を眺めつつ、

俺は出てきた手を引っ張ると、

ズルズルズルズル…

引っ張られる手を軸にして姫子の体が再構築・肉付けされ、

「よいしょっ」

の声と共に落ちる前と変わらないワンピース姿の姫子が俺の前に姿を見せる。

だが、

その彼女の肌は銀色のままで、

「もぅ、一気に引き起こすから、

 いろんなものを巻き込んじゃったじゃない」

と胸に手を当てながら文句を言うと、

プッ!

プッ!

プップッ!

体の表面に小さな波紋を起こしつつ、

取り込むことができなかった小石などを放り出し始めると、

体の周囲に落としていく。

「便利なのか…不便なのか…」

とても人の姿をしたものがすることではない所業を見ながら俺はそう呟くと、

「なに言っているの、

 取り込めない不純物はさっさと取り除かないとね。

 これはあたしにとって大事なことなのよ」

姫子は俺に言い聞かせる。

さっきも言ったとおり姫子は”ヒト”ではない。

彼女の体は古代に猛威を振った人食い水銀でできているのである。

なぜ、姫子は人食い水銀の肉体になったのか、

それは5ヶ月ほど前に行われた多々良敷島での発掘調査の際、

俺が掘り出した壺に封印されていた人食い水銀に襲われ、

このような身体にされてしまったのである。



研究室での会合は大したものではなかった。

「こういうことなら全員集合をかけなくても

 メールで送ればすむことじゃないか?」

会合での配布物に目を通しながら俺はそう呟くと、

「敦ぃ、何を言っているの。

 こういう大事なことは出席が基本よ」

とすかさず姫子が嗜める。

そして、会合が終わり皆が席を立ったとき、

「あぁ、坂本君に島田君」

前田教授が俺達を呼びとめ、

「君達は柴田先生と最後に会ったんだよね」

と尋ねてきた。

「はぁ…」

「はいっ」

前田教授の質問に俺達はそう返事をすると、

急に前田教授は真剣な顔になり、

「いったい、何があったんだ?」

と問い尋ねてきた。

「え?」

教授のその質問に俺と姫子は声を詰まらせると、

「あの発掘現場から水銀が入った古代の壺が出土してきたのは判っている。

 だが火災の後、その壺が消えてしまった。

 無論、火災だから壺が壊れてしまうのは仕方がない。

 しかし、あれだけの大きな壺が破片すら見つからないとはどういうことだ?

 それに遺体すら残さずに消えた柴田先生や発掘メンバー達も…

 教えてくれ、

 いったい、何があったんだ。

 君達はあの火災の中に居たんだろう?

 包み隠さずに私に教えてくれ!」

と前田教授は俺達の前に跪き懇願する。

「うっ」

頭を下げる教授を見下ろしながら俺は姫子を見ると、

「確かにあの火災の中に私達は居ました。

 そして、その中で柴田先生はわたしに

 ”これは表に出していけないものだ。わたしが処分する”

 と言って炎の中に消えていったんです」

と姫子は説明をし始めた。

「それって、

 ぜんぜん違うんじゃぁ」

姫子のその説明を聞いて俺は冷や汗を流すと、

「その水銀はいったいなんなんだ?

 なにか聞いてないか」

と前田教授は尋ねるが、

姫子は静かに首を横に振り、

「申し訳ありません。

 わたしにはなにも…」

と静かに告げたのであった。



「なんか可愛そうだったな…」

研究室を出た後、

俺は廊下の右側を歩く姫子に話しかけると、

「本当のことなんて言えないよ…」

と姫子はポツリと呟き、

トロッ…

彼女の左手が溶けるように崩れ銀色の輝きを見せる。

「わっ、

 手っ手っ」

それを見た俺は小声で注意をすると、

クルリ…

姫子は体を回して俺を見つめ、

シャッ!

鋭利な切っ先へと姿を変えた左手を俺ののど元に突きつけながら、

「こんなあたしでも好き?」

と問い尋ねてきた。

「いっ、

 いきなりなにを…」

壁際に追い詰められ、

小さく両手を挙げながら俺は聞き返すと、

「見てのとおりあたしは人間じゃないわ、

 敦は人間でないあたしを愛してくれる?」

と姫子は重ねて尋ねる。

「それは…」

姫子の質問に俺は思わず答えに給してしまうと、

すっ

突きつけられていた切っ先が下がり、

「判った…

 やっぱり敦は普通の女の子が好きなんだね」

と寂しそうに姫子は呟き、

とぼとぼと俺の前から去り始める。

「あっ、

 違うっ

 違うんだよ」

そんな姫子の姿を見て俺は慌てて追いかけようとすると、

「こないで!」

姫子の叫び声と共に彼女の腕がすばやく動き、

ヒュンッ!

ビシッ!

俺の顔面を鞭状の物体が直撃すると、

「うげっ」

その勢いに俺はひっくり返り廊下を滑って行ったのであった。



「痛ててて、

 おいっ、

 姫子って、

 あれ?

 どこに行った?」

一瞬のうちに姿を消した姫子を探して俺は学内を歩き回り、

そして、北側にある職員用の駐車場に来たとき、

ジワッ

一気に俺の周りを気配が取り囲むと、

「坂本敦君ですね」

と言う男の声が響いた。

すると、

ババババッ!

俺の周囲から一斉に影が沸き立ち、

瞬く間に

ヌッ

黒スーツに黒メガネ姿の男達の姿になると

ぐるりと俺の周りを取り囲んだ。

「げっ、

 何だこいつら、

 お前達は何者?」

人間離れした行動をしてみせる男達を睨み付け俺は聞き返すと、

「怪しいものではありません。

 我々はとある『大企業』の営業マンです」

とリーダーらしい男が一歩歩み出ると

”大企業”の文言を思いっきり強調して俺に向かって話しかけてきた。

「うっうそをつけ、

 思いっきり怪しいだろうが、

 それに大企業って強調するほど弱小企業だったりするんだよ」

その言葉に俺は思いっきり返すと、

シャッ!

一枚のカードが俺に向かってとび、

パシッ!

俺の指と指の間に挟みこまれた。

「なんだこれは?

 名刺?

 今日は名刺に縁があるな」

そう思いながら俺は名刺を見ると、

「いかがですかな、

 その社名を見て怖くはありませんか?」

男達は胸を張って見せた。

「ん?

 鞄本ねん○んって、

 この間、社会○険庁って役所が不祥事のオンパレードをやらかした挙句、

 ついに年金資金が底を付いてしまったため、

 自○党から政権奪取した民○党が勝手に年金払いの5割引を約束して、

 名前だけの民営化したところじゃないか」

名刺を見ながら俺はそう指摘すると、

「ふっ、社○庁は天国だった…

 有り余るお金は湯水のように使え、

 その潤沢な資金を背景にして我々が作られたのだからな」

とリーダーの男は昔を思い出すようにして自慢げに言い、

不意に表情を返ると、

「さて、話は変わって

 我々は君が多々良敷島の遺跡で起きた事件について詳細を知りたいのです。

 悪いですがご同行願えませんか?」

済ました口調で尋ねてきた。

「ころころと…

 ふんっ、嫌だと言ったら?」

身構えつつ俺は男達をにらみつけると、

ニヤッ

男達は笑みを浮かべ、

キュッ!

それぞれの手に黒皮手袋をつけて見せる。

「やばっ、

 連中マジで俺を拉致する気か」

男達の本気度を見て俺は震え上がるが、

だが、なんとしてもこの場から逃げ出さないとならない。

ザッ!

ザッ!

一歩一歩踏みしめるようにして迫ってくる男達から俺は距離を開けようとするものの

しかし、取り囲まれている俺には逃げ道などはなく。

「ちぃぃぃ!」

窮鼠猫を噛む。

追い詰められた俺は思い切って真正面の男に向かって飛び掛ったのであった。



「あっ!」

「逃げた!」

「馬鹿っ

 どこを見ている!」

男達の怒号が駐車場に響き渡り、

「やったぁ!」

飛び掛る振りをして真横に移動した俺は、

真横に来ていた男の虚を突いて包囲網からの脱出に成功していた。

「ふふっ、

 高校時代、ずっと補欠だったレスリング部員の恐ろしさを思い知ったか」

決してほめられない栄光の過去に感謝しつつ俺は必死で走るが、

「まてぇぇぇ!」

現役大学ラグビー部員並みのスピードと気迫で追いかけてくる男達の姿に気づくと、

「うわぁぁぁぁ!!!」

俺は泣き叫びながら駐車場を駆け抜けて行く。

だが、

「往生しろや、ごらぁ!」

「逃げられると思っているのか!」

「俺達をなめるなよ!」

「公務員天国を返せ!」

と怒号が響き渡り、

「ちっ、手こずらせやがって…」

顔を腫らしぐったりとする俺を担ぎ上げて男達が戻ってくると、

バタンッ

ブォォォォッ!

俺を押し込んだ社用車はいずこともなく走り去って行ったのであった。



「坂本敦君だね」

どれくらい時間がたったのだろうか、

顔にライトを照らしながら、

いすに縛り付けられている俺に向かってメガネを光らせる男が名前を尋ねてきた。

どこかの地下室だろうか明かりは目の前のライトのみ、

背後のコンクリート打ちっぱなしの壁からは湿った匂いが漂い、

ザリッ

俺の足元には足を少し動かすだけで砂の音がこだまする。

「うっ…

 ふんっ」

メガネ男を一瞥して俺は横を向くと、

「何だその態度は!」

の怒鳴り声と共に、

バシッ!

バシッ!

バキッ!

メガネ男の横に立つ別のツルッパゲ男が怒鳴り声を上げ、

手にしている竹刀で俺をめった打ちに叩き始めた。

「うぐっ、

 つぅ、

 ぐぅっ」

体中を痣だらけにして俺は苦痛に耐えると、

「痛いでしょう?

 いい加減あきませんか?

 そろそろ話してみてはいかがですか?

 本当のことを…」

とメガネ男は目の前の机に両肘を突き、

組んだ手を口に押し当てながら質問をする。

「さぁ?

 知らないってばよっ!

 俺は…

 何も見てないよ」

メガネ男に向かって俺は血がたまる口を開いて返事をすると、

「うそ…」

とメガネ男は小さく言う。

「うそじゃないって…」

その言葉に俺は言い返すと、

グッ!

ハゲ男が俺の胸倉を掴みあげ、

グリッ

竹刀の先を腫れた頬に押し当てながら、

「いい加減、全部話せよ」

と脅しをかけてくる。

「だぁかぁらぁ

 全部話したでしょう。

 あの日、

 炎の中に先生やみんなが消え、

 俺は命からがら助け出されたって」

男達に向かって俺はあの火事のことを話すと、

「えぇ…確かに火事の後、

 柴田教授たち発掘チームは行方不明に…

 唯一あなたとご友人の島田姫子さんが消防隊によって救出されました。

 でもね。

 奇妙なんですよ。

 あれだけの火事なのに…

 なんであなたと姫子さんは無傷だったのですか?

 これをご覧ください」

そう言ってメガネ男は机の上に

現場の研究室として使っていたプレハブ小屋の図面を差し出すと、

「出火元はココ。

 何らかの原因で火はこちらからこう広がり、

 建物を舐めていきますが、

 あなたと姫子さんが救出されたのはココ…

 おかしいとは思いませんか、

 この位置で助け出されるとなると、

 あなた方は結構重い火傷を負っているはずなのです」

と指摘する。

「それは…」

その指摘に俺は言葉を詰まらせると、

「それと柴田教授は出火前、高梁教授と共に面白いデータの解析をしてますね」

とメガネ男は言う。

「え?」

その指摘に俺は声を失うと、

「そのデータ、

 我々にとって非常に興味深いデータでしてね。

 ふふっ、

 人を喰らう人食い水銀…

 あの火事で消えてしまったその水銀の在り処、

 あなたはご存知なのでしょう?」

とメガネ男は冷静に尋ねた後、

キラリ

顔にかけていたメガネを光らせた。

「(やばいっ

  こいつら水銀のことを知っていて…)」

それを見たとき、

俺は背筋に冷たいものを感じるのと同時に、

なんとしても姫子を守らないと…

と心の中で決意をしてみせるが、

「教えていただけますか?

 水銀の在り処?」

言いようもないオーラを漂わせながらメガネ男は再度尋ねてくると、

「さっさぁな…

 どっどこにあるのか、

 あっあんな危ない水銀はこの世に無いほうがいいんじゃないんですかぁ?」

その空気に飲み込まれてしまったのか

俺は声を少し震わせながら答えてしまった。

「おや、口調が変わりましたね。

 やはりあるんでしょう。

 人食い水銀が…」

俺の言葉の変化を捉えてメガネ男が尋ねる。

「しっ知らないってばよっ!」

その質問を遮るようにして俺は怒鳴ると、

「何だ貴様っ

 その返事は!」

それを聞いたハゲ男が怒鳴り、

そして、

バシッ!

バシッ!

俺の背中を力いっぱい竹刀で叩き始める。

「おやめなさいって」

それを見たメガネ男はハゲ男を制止させると、

「貴重な目撃者を粗末に扱ってもしものことがあったらどうします?」

と警告をしてみせる。

「しかしっ」

その言葉にハゲ男は口惜しそうに言い返すと、

「とは言っても私も気長なほうじゃないのでね。

 君が話してくれないのなら君のことはあきらめて、

 もう一人の目撃者に話してもらいますか、
 
 幸い目撃者は二人居ますのでね」

と言いつつ、

メガネ男は背広の内ポケットから拳銃を取り出すと俺に銃口を差し向ける。

「お前っ

 まさか、お前ら姫子を同じ目に…」

それを聞いた俺は身を乗り出して聞き返すと、

キラッ☆

勢いで俺の胸元から銀色のペンダントが飛び出した。

「おやぁ、

 なかなか良いデザインのペンダントしているではないですか」

胸元で揺れるペンダントを手に取りながらメガネ男は尋ねると、

「汚い手で触るなっ、

 これは姫子からもらった物だ」

と俺はペンダントが姫子からプレゼントであることを言う。

すると、

「おやおや、

 ご自身がおかれている状況が判らないのですか」

とメガネ男は尋ね。

「お友達のことは我々がしっかりと面倒を見ますよ。

 残念ながらあなたは知ってはいけないものをいっぱい知ってしまいました。

 これはほんのお礼です。

 天国で我々が人食い水銀を手に入れ、

 我々に抵抗する者達を始末し、

 再び獲得した公務員天国でわが世の春を謳歌するのを見届けてください。

 では…」

そう俺に向かって告げるなり、

パンッ!

乾いた音が部屋にこだまする。

「うっ!」

キーン!

と耳鳴りが響く中、

俺は歯を食いしばって撃たれた痛みを堪えるが、

だが、肝心の痛みはどこにもなく、

竹刀で叩かれた痛みだけが体の中を駆け抜けているだけだった。

「?」

不思議に思いながら俺は下を見ると、

俺の胸元を飾っていたペンダントが大きな楕円形をした盾のような姿となって立ちはだかり、

グニュゥゥゥ…

撃った弾をゆっくりと取り込んでいくと、

プッ!

っと吐き出して見せた。

「ひっ姫子ぉ!」

それを見た俺は思わず姫子の名前を叫ぶと、

「もぅ無茶をしちゃって」

と部屋中に姫子の声が響き渡る。

「女?」

「何をしている!

 侵入者が居るぞぉ!」

響き渡る彼女の声にメガネ男とハゲ男が驚きながら浮き足立つと、

ヌーッ

俺の目の前に天井から人の顔ほどの大きさをした銀色の玉が降り、

見る見るそれが姫子の顔になっていくと、

「あらあら、ボロボロじゃない」

と笑って見せた。

「姫子っ、

 心臓に悪い登場の仕方をするなっ」

首だけを天井から垂らしてみせる姫子に向かって俺は顔を引きつらせて怒鳴り飛ばすと、

「なんだそれは!」

「おっお化けぇぇぇ!」

メガネ男とハゲ男はさっきまでの勢いはどこに行ったのやら抱き合いながら震え上がる。

すると、

クルリ

姫子は天井から下に伸びる首をねじって向きを換え、

「あなた達…

 わたしがあなた達が連れてこようとしていた島田姫子よ、

 あの人食い水銀に体を食べられてこんな姿になってしまったのよ」

と気迫たっぷりに告げて見せると、

ボタボタボタ!!!

天井から滴り落ちるようにして銀色の雫が幾重にも垂れ落ち、

床に垂れ落ちた水銀が一つにまとまり盛り上げて行くと、

姫子の首の下に銀色の体を作り上げていく。

ところが、

「すっすっすばらしい!」

さっきまで怖がっていたはずメガネ男が突然興奮した口調で声を上げると、

「その体こそ我々が求めていたものだ」

と馴れ馴れしく姫子に近づき、

興味深そうに観察をし始める。

「なんだとぉ!」

奴の姿を見て俺は無性に腹が立ってくると、

「お前らっ

 姫子がその体でどれだけ苦労していると思っているんだ!

 姫子を欲望の目で見やがる奴は俺が許さないぞ!」

と椅子に縛り付けられられて居るにも関わらず怒鳴り飛ばすが、

つい勢いあまって、

ガタン!

「うわっ」

椅子もろともひっくり返ってしまったのであった。

「何をやっているのっ敦は」

そんな俺をあきれた表情で姫子は見ると、

「だってぇ!」

足をシタバタしながら俺は言い返す。

その途端。

「おいっ、

 この女を捕らえろ!

 人食い水銀の貴重なサンプルだ!」

メガネ男の声が響き、

ダダダダダダ!!

その声に呼応して黒スーツに黒メガネの男達が飛び出してくるなり、

「うぉぉぉぉっ」

姫子を取り押さえようとして一斉に掴みかかった。

だが、

「ふんっ」

姫子は迫る男達を一瞥するなり、

バシャッ!!

すんでのところで体を崩して銀色の液状に姿を変えると、

スルスル

流れるように床を移動し、

そして、俺の元にやってくると、

『敦ぃ、

 変身よぉ!』

と声をかけてきた。

「へっ変身?」

姫子からの思いがけない言葉に俺はきょとんとすると、

『敦が見ているTVを見て思いついたんだ』

と言うなり、

シュォンッ!

姫子の体は一本のベルトとなって俺の腰に巻きついた。

「なにをしているっ!

 さっさと捕まえないか!」

俺を指差しメガネ男が怒鳴ると、

「このやろう!」

男達が飛び掛かってくるが、

刹那

ドカッ!

「うがぁぁ!」

飛び掛ってきた男達が弾き飛ばされるように吹っ飛ぶと、

ビシッ!

縛り付けられた縄を引きちぎり、

日曜朝8:30にTVに出てくる某仮面ラ○ダーそっくりな姿になった俺が立ち上がると、

『俺、参上!』

と啖呵を切ってみせたのであった。

『ってなんだこれは!』

ラ○ダーに変身した俺は自分の姿を見て声を上げると、

『なにって、

 敦が毎週欠かさず見ている電○じゃない。

 そっくりでしょう!』

と姫子の嬉しそうな声が響く。

『んなっ!』

それを聞いた俺は呆気に取られると、

『あれ?
 
 こっちは嫌だったの?

 じゃぁこれ?』

と姫子は言いながら一瞬銀色のスーツ状に姿を変えると、

『けってーぃ!

 めたもるふぉーぜ!!!』

その後に放送されるエプロンコスの某美少女戦士へと俺の姿を変えて見せた。

『姫子ぉぉぉ!!』

ヘソ出しショートスカートの衣装を振りながら俺は怒鳴ると、

『あはははは…

 キュアド○ーム姿も中々かわいいよ』

と姫子は笑いながらまた形を変えると最初のライダー姿に戻ってみせる。

『おほんっ

 大体、プり○ュアは5人チームなんだぞ、

 一人でどうしようというんだよ』

ぶつぶつ文句を言いながら俺は改めて男達をにらみつけると、

『よう、散々もてあそんでくれたな、

 手加減しねーから覚悟しろ!

 こっちとらとっくにクライマックスなんだよ!』

とすっかりモモ○ロス気分になった俺はその怒鳴り声を共に

ジャキン!

姫子がTVそっくりに作って見せたソードを片手に男達に向かって突撃していったのあった。



それから10分後…、

「あががががが…」

うめき声を上げながら累々と重なる男達の山の上で、

『手こずらせおってぇ』

流れる演歌をバックに俺は首をグキッと鳴らすと

下で顔を引きつらせるメガネ男とハゲ男を見下ろし、

『おいっ、お前ら…

 人食い水銀を使って公務員天国に戻るだとぉ…

 よくもぬけぬけとそんなことを言ったものだな、

 本来なら北海道の海底炭鉱にでもぶち込んで、

 使い込んだ年金を全額弁済させるのが筋ってものだってろうによぉ、

 後先みねー糞馬鹿政党を垂らしこんんだお蔭で、

 年金減らされた俺のばーちゃんは泣いているんだよぉ。

 俺の必殺技を受けてみやがれ!』

と指差し怒鳴ると、

「うるさいっ

 公務員になれない奴が何を言う。

 この世はすべて公務員の為にあるんだ。

 俺達を公務員の座から蹴落とした馬鹿国民こそ粛清されるべきだ」

まさに売り言葉に買い言葉、

メガネ男は俺に向かって怒鳴ると、

「これだけは使いたくなかったが…」

と言いながら懐から黒いお面を取り出し自分の顔につけて見せる。

その途端。

バキバキバキバキ!!!

見る見るメガネ男の姿かたちが変わりはじめると、

さらに

ズズズズズズズ…

俺の下敷きになっている黒メガネたちを飲み込み始める。

『おぉっっと』

崩れていく男達の山から俺は慌てて降りていくと、

ズズズズズズンンンン…

地響きと共に天井が崩壊し始め、

崩れ落ちた天井の先に青空が見せるのと同時に、

『コワイナァァァァァ!!!!』

お面をつけたタコの巨大怪獣が俺の前に立ちはだかったのであった。

『なんだこりゃぁ…

 コワイナァってここからはプリ○ュアかぁ?

 おいっ、姫子ぉ、

 急いでメタモルフォーゼだ!』

見上げるほどに巨大なタコ怪獣を見上げて俺は姫子に怒鳴ると、

シャカタタタタタタタ!!!

突然、俺の前を一条の軌道が走ったのであった。

『え?

 これって…まさか、デ○ライナーのレール?

 まっマジ?』

目の前を走るレールを前にして俺は立ち尽くしていると、

フォォォォォン…

レールの向こう側から列車のタイフォンの音が鳴り響き、

ゴォォォォォ…

迫る列車の音が聞こえてくる。

『おっおいっ、

 これも姫子の仕業か?』

オロオロしながら俺は姫子に尋ねると、

『あっあたし知らないわよっ』

と姫子の声、

すると、

ゴォォォォ

タタンタタン

タタンタタン

俺の目の前に煌々とヘッドライトの明かりを輝かせて、

車両の側面に【華】と書かれた不思議な光沢の電車が停車したのであった。

そして、

『E655系・華代ライナーっ

 定刻…到着ぅぅぅ!!!

 ご利用の方はライナー券をご用意ください!』

とスピーカーから少女の声が響き渡る。

『華代ちゃぁん!』

少女の声を聞いた姫子が声を上げると、

『コワイナァァァァ…』

お面を付けたタコ怪獣が電車に迫り、

吸盤の足が車体に近づいて来た。

『ご乗車お急ぎください。

 まもなく発車しまぁす』

迫る危機にもかかわらず華代は冷静に話しかけると、

『敦ぃ、

 これを』

と姫子は華代から渡された名刺を俺の手に持たせる。

『これは…

 名刺じゃなくて切符だったのか』

名刺を思っていたカードが切符だったことに気づいた俺は

俺と姫子の分、2枚のカードを片手に電車に乗り込むと、

フォォォン…

間一髪、タイフォンの音共に華代ライナーは走り始めた。

『毎度、ご乗車ありがとうございます。

 元グリーンピア地下3階発、東都大学・前田研究室前行きです』

制帽りりしくあの時姫子と一緒に居た少女が乗車した俺に向かって話しかけると、

『申し訳ありませんが、当列車はまもなくバトルモードに入ります。

 お客様にはコクピットにて戦闘指揮を執ってください』

と言うなり、

『さーさーさー、

 年金を無駄食いしようとする怪獣相手に思う存分暴れてくださいな』

そう言いながら俺の背中を押し、

先頭車のコクピットへ連れて行くと、

そこに置かれているバイクに俺をまたがせた。

『電車にバイク?

 なんだこれは?』

取り合わせの意味がわからずに俺はバイクのアクセルを入れると、

ゴォォォォ…

俺の意を受けたらしく華代ライナーは仮面をつけたタコ怪獣の周りを回り始める。

『おっっ

 これは面白いやっ

 おいっ、

 タコ野郎!!

 俺をよくも痛めつけてくれたなっ、

 お前らと違って利子をたっぷりと上乗せして返してやらぁ!!!』

俺は迫るタコ怪獣めがけて怒鳴ると、

ガシャッ

ガコンッ

ガチン!

華代ライナーの各車両が一斉にバトルモードに変形し、

俺は躊躇わずに発射ボタンを押したのであった。



カカッ!

閃光が廃墟と化していたグリーンピアの周囲で一斉に光り輝くと、

ズズズズズズズズズズンンンンンンン…

地響きをあげながら贅を尽くした建物が崩れ落ち、

さらに周辺の山々からもモクモクを噴煙が立ち上っていく。

『コワイ…ナァァァァァ…』

あらかた破壊尽くされたグリーンピアの中でタコ怪獣がふらふらしながらも立ち上がると、

ガコンッ!

コワイナーの周りを疾走する華代ライナーの中央に連結されている特別車両・E655−1の屋根が開き、

物々しい大砲がせり上がりだす。

そして、その射撃手席に華代が座ると、

『とどめはこの華代ちゃんがいたします。

 怖いタコさんよりも、

 美人のお姉さんが一番ですわ。

 華代ちゃんTS砲発射用意!

 エネルギー充填120%!

 ガントリーロック解除!

 対ショック対閃光防御!

 ゲルドバ照準にて発射ぁぁぁぁ!』

声を高らかにトリガーを引くと、

ズドォォン!!!!

華代ライナーよりタコ怪獣に向けてビームが放たれる。

すると、

「いやぁぁぁん」

バラバラと裸体の金髪美女を撒き散らしながら

タコ怪獣は崩壊したグリーンピアの中へと消えていったのであった。



「いったい、なにがどうして、どうなった?」

走り去っていく華代ライナー見送りながら、

俺は暮れなずむ大学の構内で座り込んでいると、

「お疲れ様」

の声と共に姫子が俺の横に座り、

「はい」

と言って湯気が立つコーヒーを差し出した。

そして、

「ケガ、まだ痛い?」

そう尋ねながら俺の頬を触ってくると、

「つっ!」

忘れていた痛みに俺は思わず声を上げてしまう。

「なんで、あたしがあそこの天井に居たのか不思議なんでしょう?」

そんな俺に姫子は尋ねると、

「まっまぁ…」

俺は困惑しながら返事をする。

すると、

「うふっ、

 これよ…」

と姫子は囁き、

手を掲げて見せると、

ヌーッ…

姫子の手から銀色のものが下に向かって伸び、

ポトッ

プレゼントでもらったあのペンダントが出てきたのであった。

「そっそれって」

顔を引きつらせて俺は尋ねると、

「ごめんね、

 これ、あたしの一部だったのよ」

と姫子はペンダントが自分の体を分けて作ったものである事を俺に教え、

「いらないよね、

 こんなの…」

そう言いながらペンダントを握り潰そうとしたとき、

俺はその手を止めさせ、

「あっ、そのペンダント

 姫子が持っていたのか、

 いやぁ、無くしちゃったかと思ってさ」

と俺は嘯きながらペンダントを取り上げると、

すばやくつけて見せる。

「いっいいの?」

それを見た姫子は驚きながら聞き返すと、

「なにが?

 だって、これって姫子が僕にくれたものなんだろう?」

と真顔で言う。

「ありがとう…」

それを見た姫子は何かホッとした表情を見せると、

「でも、うれしかったな…

 あたしを欲の目で見るあいつらに向かって”許さないぞ”って言ってくれたとき」

と言いながら俺に体を寄せてくると、

「別に…

 俺は、ただ…

 いろいろと苦労している姫子を金儲けや欲の目で見る奴らが許さなかっただけだよ」

と呟く。

すると、

「昼間はごめんね。

 あたし、変に意地張っちゃってさ、

 敦があたしのことを一番考えてくれてることわかっているつもりなのに、

 あんなことを言って…」

自分から姫子はそう言いながら俺に向かって頭を下げると、

「あっいや、

 俺こそ…」

そんな姫子に俺も頭を下げる。

すると、

「敦っ、大好き!」

笑顔で姫子は俺に抱きてくるなり。

俺の胸に顔をうずめ、

俺は何も言わずにそんな姫子をきつく抱きしめてあげたのであった。



「ところで姫子…

 グリーンピアまでどうやって行ったんだ?」

「あぁ…あるものに変身してよ…」

「あるものって…(汗」

「あはっ、まぁ良いじゃないの…気にしない気にしない」

「そうか?」

『…では次のニュースです。

 今日の午後3時ごろ、

 国道を猛スピードで走る銀色の無人バイクが相次いで目撃され、

 警察では悪質な悪戯とみてバイクと運転者の行方を追っています…』

「え?

 それって…まさか」



つづく