風祭文庫・人形変身の館






「銀の姫子」
(第1話:銀の壺)



作・風祭玲

Vol.281





「これは…」

ジリッ

初夏の日差しを背中で受け、

手先で何かを感じ取った俺は刷毛を手にして慎重に土砂をどけていくと、

キラリ…

太陽の日を受けて土器の蓋らしいモノが土の中から顔を出してきた。

「しっ柴田先生!!」

それを見た俺はすかさず声を張り上げると、

「坂本君、どうした!!」

作業着姿にタオルを首に巻いた姿で別のエリアの指揮を執っていた柴田教授が駆けつけ、

「先生、

 これって…蓋か何かのようです…」

と俺は興奮した口調で出土してきた蓋を指さす。

「う〜む…」

それを見た柴田教授は考え込むときに見せる握り拳を口に当てる仕草を見せ、

手にした刷毛で顔を出した蓋の周囲を掃き鑑定しはじめる。

「割れてないようだな…」

「なにか厳重に封がされているみたいですね」

土の中から出てきた蓋の周囲を俺は慎重に掘り進めていくと、

やがて完全な形をしたの壺と思える口の部分が姿を現してきた。

「こっこりゃぁ、大発見だ!!」

殆ど無傷で出土した壺の口に柴田教授は色めきたつと、

「おーぃ、

 みんな、ちょっと来てくれ!」

この遺跡の発掘に駆り出されている研究室の仲間達を呼びつけ、

皆がが駆けつけてくると、

総出で壺の発掘を行い始めた。

「おいっ、慎重にな…

 そっとだそっと…」

そんな声を掛け合いながら壺の周囲を慎重に掘り進め、

ようやくその全貌が姿を現したとき、

高さ1m程の巨大な壺が無傷で出土したのであった。

「すっげー」

「はぁぁぁ」

発掘に当たった全員が壺の大きさに圧倒されていると、

「これほどの壺が傷一つついて無いだなんて…」

柴田教授は目を瞬かせながら感慨に耽ってみせる。

「この中には何かが入っているのでしょうか?」

と言う誰かの声に、

「とにかくここではどうにも出来ないな、

 研究室に運ぼう」

と壺の状態を確かめながら柴田教授はそう指示をすると、

壺の上に櫓を組み、

そして慎重に壺を台車の上に乗せた後、

発掘現場わきに設けられたプレバブ作りの作業所兼研究室へと運び込んだのであった。



「はぁぁ…」

「これは…」

カシャッカシャッ

壺の詳細を記録するデジカメのフラッシュが焚かれる中、

俺は改めて自分が見つけた壺の大きさに目を見張っていた。

「柴田先生、これはなんの壺でしょうか?」

壺を眺めながら俺は柴田教授に尋ねると、

「何かの貯蔵に使われたか…

 いやっ、

 この壺の周りに何か彫り込まれているな…」

柴田教授はシゲシゲと壺の周りに刻まれている文様を眺めると、

「ちょっと…」

と言いながらデジカメを片手に撮影を始めだす。

「でも、凄いわねぇ」

そんな教授の後ろ姿を俺は見ていると

俺の彼女でもある島田姫子が俺の隣に立って感慨深そうに壺を眺めると、

「ねぇ?

 あれ…何かしら?」

っと壺からにじみ出ている銀色の物体を指さした。

「ん?

 さっきまではなかったのに?」

ジワッ

姫子に指摘されて俺はその銀色の部分に顔を寄せた途端、

プッ!!

それはまるで生きているかのように小さく吹き出し、

壺の表面に水銀らしい銀色の物体が付着した。

「わっ!

 なんだこりゃぁ!」

それを見た俺は驚いて一歩下がってしまうと、

「何よ、怖がっちゃって…

 おかしい」

俺を指さして姫子は笑い、

「ちょっと驚いたぐらいで笑う事はないだろう」

彼女の弱いところを見られた恥ずかしさからか俺は少し膨れながら文句を言う。



多々良敷島…

日本海に浮かぶこの島で俺達東都大学・柴田研究室のメンバーは遺跡の発掘調査をしていた。

この小島は古代日本と大陸との中継点であり、

島中が遺跡で埋め尽くされていると言っても過言ではなかった。

ただこの島の歴史を紐解くと、

弥生時代後期に突然島の民がまるで神隠しにあったように消え失せ、

その理由を巡って学会での論争が絶えることはなかったのである。

そして、俺達は柴田教授のもと

かつて禁区とされていた島の北西部に許可を得て立ち入り、

その地で最も重要視されている遺跡の発掘を行っていたのである。



遺跡から掘り出された壺は共同研究者でもある高梁教授がこの島に駆けつけてくるまで、

取りあえず研究室の一角に据え置かれた。

そして、俺達はそのまま発掘の続きをしていたのだが、

ところがそれから数日後の昼休み、

「いたぁぁぁぁぃ!!」

姫子の叫び声が研究室から響くと、

「どうした!!」

俺達は慌ててプレハブ作りの研究室へと飛び込むと、

右腕の手首を押さえながら蹲っている姫子の姿があった。

「姫子っ」

「島田さんっ!」

痛みを堪える姫子の周りにはたちまち黒山の人だかりが出来ると、

「どうした!」

騒ぎを聞きつけた柴田教授と高梁教授が駆けつけ、

「へっ平気ですっ」

大きな騒ぎになったことに姫子は驚きながらもそう返事をしてみせる。

しかし、

ポタッ

ポタッ

姫子の手首から赤と銀が混ざったような液体がしたたり落ち始めてくると、

「姫子っ、お前…それ」

それを見た俺が顔を蒼くして指摘する。

「え?

 やだ、なにこれぇ!」

俺の指摘に自分を手を見た姫子自身が驚き、

「ちょっと見せて見ろ」

俺は有無も言わさずに姫子の手首を引っ張ってみると

キラッ!!

姫子の手首を銀色に光るシミが覆い、

その周囲から血とその銀が混ざった液体が流れていたのであった。

「あっ」

俺に手を引っ張られて痛いのか、

姫子がかすかに声を上げると、

「なんだこりゃぁ?」

姫子の手首のそれを見た俺は首を捻ってみせる。

「なんだ?」

「さぁ」

皆もまた銀色に光るそれを見て首を捻ると、

「あの…

 壺かわ湧き出ている銀色の部分を調べようとしたら…」

と申し訳なさそうに姫子はこうなるまでの経緯を説明し始めた。

すると、

「坂本君、

 悪いが島田君を街の診療所まで連れて行ってくれないか」

状況を見ていた柴田教授はすぐに俺に指示を出す。

「あっはいっ」

教授の指示に俺は即座に返事をすると、

「大丈夫か?」

姫子を気遣いながらクルマに乗せると診療所に向かって走らせたのであった。



「う〜ん、

 これは…なんだ?」

姫子の手首を覆う銀色の部分をシゲシゲと眺めた診療所の医者はそう唸ると、

ピンセットでつまみ上げ、

「初めて見るな、こんな症例は…」

と言いながら興味深そうに見る。

「あのぅ…

 水銀か何かが付着したんじゃないでしょうか?

 島の北での遺跡の発掘していて出てきた壺に水銀が付いていたんです。

 それが彼女の手に付いたと思うのですが」

俺は医師に状況を説明すると、

「あぁ…遺跡を発掘している学生さんね、

 うん、でも、水銀はねぇ…

 それが気化したものを吸い込んだり、

 または水銀で汚染された物を食べたりすれば大問題だけど、

 でも普通の水銀が人の身体に触れてこんな風にはならないよ」

俺の質問を受けて医師はそう答えると、

「とにかく本土の病院で看て貰いといい、

 一応、紹介状を書いておくから」

医師は俺にそう言うとクルリと背を向けた。

「まったく、全然役に立たないな」

診療所からでた俺は文句を言いながらクルマに乗ると、

「………」

包帯が蒔かれた手首を庇いながら姫子は黙っていた。

「まぁ、明日、定期船が来るから、

 それで本土の病院に行こう、なっ」

俺はそう言いながら姫子の肩を叩くと、

「うん…」

姫子はどことなく元気がなかった。



ブォォォッ

クルマは発掘現場に向かって夕暮れの海岸道路を走り、

「はぁ…こんなにクルマがいないというのも気持ち良いなぁ」

俺は時折、すれ違う耕耘機に注意しながらハンドルを握ると、

「あのね…」

「ん?」

黙っていた姫子が口を開き、

そして、

「あのね…

 あの壺から沸き出している水銀…

 あれってあたしに向かって飛び出してきたのよ

 まるであたしを狙ったみたいにして」

とポツリと言う、

「なに?」

その言葉に俺は自分に向かって吹いた水銀を思い出すと、

「本当よ…

 そしてあたし聞いたのよ。

 壺を調べていたあたしを呼ぶような声がして、

 壺の裏側に回ったとき、

 まるで生きているみたいにしてにじみ出していた水銀があたしに向かって飛びかかってきたの」

と真顔で事件が起きた時のことを説明し始めた。。

「………」

彼女のその説明に俺は何も言えなかった。

「本当よ、

 本当のことなのよ」

そんな俺に向かって姫子は力説すると、

「判っているって、

 この間、俺にも水銀が飛びかかってきたんだから、

 とにかく早く帰ってあの壺を調べよう」

姫子に向かって俺はそう返事をすると、

思いっきりアクセルを踏んでみせる。



発掘現場に到着すると、

既に発掘作業は終わっていたのか辺りには人の姿は無かった。

「変だなぁ…

 もぅ終わってみんな帰ったのかなぁ?」

不思議に思いながら俺はクルマから降りると、

姫子も後に続いて降りたった。

そして、全く人の気配が無い遺跡を横目で見ながらプレハブの研究室に近づいた時、

「痛い!!」

突然姫子がそう叫ぶと右腕を庇いながら蹲ってしまったのであった。

「おいっ姫子っ、大丈夫か?」

姫子のただならない様子に俺は慌てて駆け寄ると、

「くぅぅぅぅぅっ」

姫子は顔を顰めながら痛みに耐えているようだった。

「くっそう、あのやぶ医者めっ」

苦しむ姫子庇いながら俺はそう怒鳴ると、

「あっあっああ!!」

姫子は目を剥き、

痛む右腕を掲げると声を上げる。

「どっどうした!!」

それを見た俺は声を張り上げて尋ねると、

ミシッ

ミシッ

ミシミシッ!

不気味な音を立てながら姫子の手首に巻かれている包帯の中より銀色に輝く水銀が染み出し、

姫子の手を蚕食していくかのように広がり始める。

「うっ」

衝撃の光景に俺は思わず言葉に詰まると、

「いっいやぁぁぁ」

姫子は悲鳴を上げる。

しかし、

ミシッ

姫子の腕を蚕食していく水銀はさらにその範囲を広げていくと、

「くっそう」

俺は歯軋りをしながら姫子を庇いつつ研究室に向かい、

そしてドアを開けようとしたとき、

「なんてことだ、

 我々は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのか?」

研究室の中から柴田教授の声が響き渡ったのであった。

「柴田先生?」

その声に驚いた俺が研究室に飛び込むと、

「坂本君っ

 入ってはいかん!!」

柴田教授の声が俺の身体を止めた。

「せっ先生…?」

その声に俺は立ち止まって研究室を見ると、

「なっなんですか、これは!」

と驚き声を上げ、1・2歩下がってみせる。

そう、研究室の真ん中には蓋で固く閉じられていたはずの壺が口を開けた状態で置かれ、

研究室の至る所に水銀の水たまりができていたのであった。

そして、その水たまりの上に中身が抜けたような衣服が散乱しているのを見ながら、

「こっこれは…」

俺は驚いていると、

「どっどうしたの?」

痛む腕を庇いつつ姫子が駆け寄ってくる。

「さっ坂本君に島田君…

 我々は目覚めさせては行けないのも目覚めさせてしまったかも知れない、

 コレを見てくれ…」

俺と姫子を見ながら柴田教授は自分を取り囲むように広がっている水銀を指さすと、

「これらはさっきまで人間だったのだよ」

と衝撃の事実を伝えたのであった。

「なっ!」

「それって…」

それを知った途端、

俺と姫子は声を失って柴田教授を見ると

「我々が発掘したこの壺に入っていたのは水銀ではないっ

 有機物を喰らいそれの情報を取り込みつつ自分の複製を作っていく極小機械の集合体なんだよ」

と教授は説明をする。

「それってどういう事ですか?」

言葉の意味が理解できなかった俺は苛立ちながら聞き返すと、

「ナノマシンって聞いたことがあるだろう。

 人間の細胞と同じ程度の大きさしかない小さな機械のことだ。

 そう、この水銀はナノマシンなんだよ。

 そしてこのナノマシンは我々の肉体を喰らいつつ、

 自分を増殖させていく悪魔のような奴だ」

と俺に向かって説明をする。

「そっそんな…そんな事ってあるのですか?」

その説明に俺は思わず反論をすると、

「これを見なさい」

そう言って教授が手元の机に置いてある資料の束を手に取り、

そして俺に向かって放り投げると、

その束の真上に一枚の写真があった。

「これは?」

写真をみながら俺は問い尋ねると、

「水銀の電子顕微鏡写真だ。

 君たちが居なくなった後に一羽の鳥がここに迷い込んできてな、

 その鳥が壺にとまった途端、

 中の水銀が鳥を襲ったのだよ。

 それを高梁先生がそこの電子顕微鏡で撮影してくれたのがこの写真だ。

 細胞レベルの大きさで精巧で複雑な機械の群れが

 鳥の細胞を取り込み、増殖している様子が映っているだろう。

 このようなものは地球には存在しない。

 恐らく宇宙からやってきた機械生命体とでも言うものだろう」

と教授は説明し、

さらに

「この壺に描かれている模様を私が調べたところ、

 この文様は日本に漢字が伝わる前の文字・神代文字で書かれていて、

 そこにはこの地で人食い水銀が猛威を振るい、

 多大の犠牲を払ってこれを封じたと書いてある」

「そんな、

 じゃぁ、あたし達は起こしてはいけないものを起こしてしまったのですか」

教授の説明を聞いた姫子が声を上げると、

「そうだ、

 まさしくその通り…

 故にこの地は禁足地として規制されてきたのだ。

 それを我々は…」

悔しそうに顔をゆがめながら柴田教授はそう呟くと、

「じゃぁ、人食い水銀に侵された人はどうなるのです?」

姫子が聞き返す。

すると、

「さっきの説明を聞いて判らないのか、

 この水銀は皆人食い水銀に喰われた犠牲者なのだよ!」

と銀色の水たまりを指さし先生は告げると、

「そんな…」

「じゃぁ…この水銀って

 先輩達ですか?」

俺と姫子は目を丸くして尋ねた。

「とにかく、

 この人食い水銀を街に行かせるわけには行かない、

 済まないが発掘の成果と共にここを封印するっ」

柴田先生はそう言って床の水銀を飛び越えて俺たちの所に来ようとしたとき、

パシャッ!

静に広がっていたはずの水銀から触手が伸びると教授の足に絡みつき、

あっ

グラッ

水銀に引き込まれるようにして教授は水銀の上に倒れ込んでしまった。

「しまったぁ!」

「先生!!」

教授の声を俺の声が響き渡り、

俺が慌てて近寄ろうとすると、

「来るなっ

 くそっ、私の身体を食い始めたか!!」

悔しそうに柴田先生はそう言いながら自分の足を見ると、

ドロッ!!

先生の右足を水銀がまるで溶かすようにして食らいついていたのであった。

「ふっ、

 この様子では私も20分と持つまい」

それを見た柴田教授は自称気味に言うと、

「痛い!!」

姫子は再び叫び声をあげると腕を押さえその場に蹲ってしまった。

ミシッ

姫子の腕を侵す水銀は既に彼女の右腕の大半を侵し、

姫子の右腕は急速に形を失い始めていく。

「島田君、君もか…

 そうか、

 済まないが、坂本君、

 この研究室を焼き払ってくれないか」

と柴田教授は俺を見つめながら懇願する。

「え?」

教授のその言葉に俺は驚くと、

「私ももぅそんなに長くは持たない、

 人食い水銀とはいえ、

 こいつらは所詮ナノマシン!!

 高温で焼けば全滅する」

と俺に向かっていったとき、

グシャッ!!

柴田教授の身体は一気に倒れ、

床に広がっている水銀の中へと消えはじめる、

「うぐっ!」

あまりにも強烈な教授の姿に俺は言葉を失いながらも、

「しかし…

 古代この島を襲ったのがこの人食い水銀だったとは…

 そして、我々がそれを呼び起こしてしまったとは…

 皮肉といえばあまりにも皮肉だ…

 たっ頼む…」

そう言い残して柴田教授は水銀の中に消え、

「先生…」

俺は柴田教授を飲み込んだ水銀をじっと眺めているだけにすぎなかった。

すると、

ヌーッ

ヌーッ

部屋中の水銀が俺に向かって近寄りはじめていた。

「くそっ

 人食い水銀めっ

 俺を最後に食らう気かっ」

それを見た俺は悔しそうにつぶやくと、

その途端、

ダッ!

腕を押さえていた姫子が水銀が一番溜まっているところに走り出し、

「さぁ水銀たち、あたしに食らい付きなさいよ。

 ほら!!」

と仁王立ちになって叫んだのであった。

「姫子、何をする気だ!!」

思わぬ姫子の行動に俺は驚き声を上げると

「いいのよ、

 どうせあたしも水銀に喰われるんだから、

 それならココにあるすべての水銀を取り込んでやるわ」

と姫子がそう言った途端、

バシャッ!

研究室に散らばっていた水銀が一斉に姫子に襲いかかり、

ジュルジュルジュル

ジュルジュルジュル

不気味な音を立てながら姫子の身体を銀色へと染めはじめた。

「くっ」

身体を喰われる痛みに姫子は耐えながら、

「敦…

 早く、この隙に…

 ココに石油を撒いて火をつけて!!

 そうすれば敦だけは助かるわ」

と笑顔で俺に言うと、

「そんな…」

姫子の提案に俺は躊躇する。

すると、

「早く!!」

既に身体の大半を人食い水銀に侵された姫子が声を上げた。

その一方で、

ゴボッ!!

全てが出ていたと思っていた壺の中から人食い水銀が湧き上がると、

ドロッ!!

っと壺から流れ出し、

流れ出した水銀は皆、姫子の方へと向かい始めた。

「くっそう!!」

それを見た俺は歯ぎしりをしながらガソリンの入ったポリタンクを手に取り、

バシャバシャ

っと研究室に巻き始める。

そして、

水銀が入っていた壺にしこたま流し込むと、

「姫子っ、コレで良いか?」

と尋ねた。

コクリ

体のほとんどを銀色に輝かせる姫子は笑みを浮かべながら頷くと、

「火を…火をお願い」

と消えそうな声でそう囁いた。

俺はスグに姫子から視線を外すと、

ボッ!!

ライターに火をつけるとそのまま放り投げる。

すると、

ボワッ!

たちまち研究室の中に火の手が上がると、

ゴォォォォォ!!

紅蓮の炎が見る見る研究室を包み込み始めた。

「あっありがとう…

 さぁ逃げて…」

顔を半分水銀に喰われてながら、

姫子は最後の力を振り絞って俺に指示をするが、

「ふっ…

 俺は何処にも行かない。

 ココに残る」

と俺は決意を告げたのであった。

「なっ何を言っているの?」

俺の言葉に姫子は目を丸くしながら驚くと、

「バカ野郎!!

 お前を残して俺だけ逃げられるかよぉ」

と俺が怒鳴ると、

「バカはどっちよ、

 あたしは…あたしは…」

姫子が涙ながらに訴える。

ゴォォォォォ!!

炎が渦巻く部屋の温度は見る見る上がり酸素も薄くなってくる。

熱さと息苦しさから俺は床の上にガックリと膝をつくと、

ググググ…

完全に水銀に侵されてしまった姫子の脚が動き、

ゴトッ

ゴトッ

重そうな身体を引きずりながら姫子が俺に近寄ってきた。

既に彼女が着ている衣服には火が回り、

銀色に輝く彼女の肌が炎の明かりを受けて光っていた。

「姫子…お前、動けるのか」

俺は自分の傍に彼女が来たことに驚くと、

「敦のバカ…

 これじゃぁなんのためにあたしが時間稼ぎをしたのか判らないじゃない」

かすれた声で姫子は俺にそう言うと、

「あたしが…守ってあげる」

と囁き、

「こらぁ!

 人食い水銀っ

 敦を食べたらただじゃおかないからね」

と自分の体に向かって怒鳴ったのであった。

「え?」

姫子のその言葉に俺は彼女の顔を見ると、

すっかり銀に変わってしまった姫子の顔が笑みを作り、

そして

クッ

と姫子は身体に力を入れると、

ニュウワッ

胸の部分からお腹の部分が平らな卵形の窪みに歪んだ。

そして、そのまま姫子が4つんばになって俺に覆い被さると

姫子の身体が俺をスッポリと包み込む、

「姫子…」

『さっき…言ったでしょう…あたしが…守って…あげるって…』

途切れ途切れになりながら姫子の声がそう響くと

「…姫子…」

俺はそれ以上の言葉は出なかった。

バキバキバキ!!

すっかり火が回った天井から部材が次々と落下してくる。

『大丈夫…

 安心して…

 人食い水銀なんかに

 敦を食べさせないわ…

 あたしが見張っている…から

 だからじっとしてて』

燃え上がる炎に耐えながら姫子は優しく俺に告げるものの、

バキバキバキ!!

研究室の燃焼が進むに連れ温度は更に上がり、

炎は姫子の身体を焼き尽くすように舐めはじめた。

すると、

『敦…』

姫子が俺に話しかけてきた。

「なに?」

その声に俺は返事をすると、

『初めて…会ったときのこと…おっ覚えている?』

と姫子と出会ったときのことを話し始めた。

「何を言い出すんだ」

『クスッ

 東京に出てきて…そんなに時間が経って無くて

 その寂しさに潰れそうになったとき、
 
 あたしに声を掛けてくれたんだよね』

驚く俺に姫子はそう話すと、

「よせっ、そんな言い方」

『楽しかったなぁ…』

あせる俺をよそに姫子は思い出話をしつつ紅蓮の炎に耐えてみせる。

やがて、

ジュウジュウ

姫子の体中から水銀が少しづつ溶けだし、

床に着いている手足の横に溶けた水銀が水たまりを作り始めると、

『くっ』

姫子の苦しそうな声が響いた。

「姫子…大丈夫か?」

『………』

だが、心配そうにかけた俺に言葉に姫子からの返事は返ってこなかった。

バキバキバキ!!

そして、ついに屋根が焼け落ちはじめると、

支えていた柱と共に研究室は崩れ落してしまったのであった。

シュゥゥゥゥ…

外はいつの間にか雨になり、

降り注ぐ雨粒が焼け落ちた建物の残り火と熱を冷ましていく、

やがて、すべてが終わった頃、

ズルリ…

俺は姫子の中から吐き出され、

「姫子…」

呆然と立ちつくしながら眼下の姫子を見つめていると、

『敦…』

かすれた声で姫子が俺に声を掛ける。

「姫子、お前…」

その声に俺はそう返事をすると、

ググググ…

4つんばになっていた姫子がゆっくりと起きあがり、

キラリっ

沖合の漁り火の明かりを受け姫子は銀色に輝いていた。

そして、ゆっくりと立ち上がると、

トタッ

姫子は一歩だけ俺に向かって歩き、

バッ!

俺は無意識に姫子を抱きしめた。

そして、

「ゴメン、

 俺が居ながらお前をこんな身体にしてしまって…」

と言って謝ると、

『いいのよ…

 …だって、

 …あたし…

 敦を助けること…

 出来たんですもの』

姫子は俺を頭に手を回しながらそう呟き、

そして

『お願い…キスをして…』

俺と懇願してきた。

「うん」

俺はそっと唇を姫子に寄せると、

姫子も銀色に光る唇を俺に寄せた。

ヒヤリ…

金属に口を付けた様な味が口の中に広がっていく、

どれくらい、口を重ねていたかは判らない、

『敦…ありがとう…』

と言う言葉を聞いた途端、

ドロッ

姫子の身体は急速に形を失い、

ドロドロドロ

崩れるようにして俺の足下に大きく広がり始めた。

「姫子ぉ!!」

俺はそう声を上げながら必死で姫子の身体を掬おうとしたが、

しかし、掌から最後の一滴が落ちると、

姫子は俺の足下で静かに広がっていたのであった。




それから三ヶ月ほどが過ぎた秋のこと…

ギシッギシッ!!

ベッドを揺らせながら俺は目の前の女の秘所を突きまくると、

「あんっ」

喘ぎ声をあげながら女は髪を振り乱して俺に抱きつくと激しく腰を揺らし始めた。

「くぅぅぅっ」

俺はいまにも爆発しそうな感覚を必死で堪えながら腰を動かす。

やがて、

「あっあっあっ」

「うぉぉぉぉっ」

二人が快楽に上り詰めようとしたとき、

スゥゥゥゥ…

突然、女の肌の色が失せると、

見る見る銀色に染まりはじめた。

「わっバカッ!!」

それを見た俺は思わず声を上げた途端、

パシャッ!!

女の身体はまるで崩れ落ちるように形を失い、

一気に俺の身体やベッドの上に広がって行く。

そして、

ズルリ…

爆発のタイミングを逸した俺の男根が水銀の海の中からむなしく上を睨むと、

「姫子ぉ………」

その様子を眺めながら俺が攻めるように声を上げ、

『ごめんごめん……

 なんとか姿を維持しようと思ったんだけど、

 どうしても、崩れちゃうのよねぇ』

ズルリ…

水銀の海の中から女の顔が浮かび上がると俺に向かって謝ってみせた。

そう、姫子は死んではいなかった。

あの火事の後、

散々警察の事情聴取などを受けた俺はようやく放免になり、

荷物をまとめて港に向かうと

なんとそこで姫子が俺を待っていたのであった。

無論、帰りの船上は文字通り俺の質問責めだったが、

姫子は俺の質問に一つ一つに丁寧に答えてくれ、

それから判明したのは、

あの人食い水銀は火事の熱によって己の意思を完全に失ってしまったこと、

姫子の意思には絶対服従となり彼女の体を構成する部材となってしまったこと、

姫子の意識からは逃れては存在できないこと、

しかし、有機物を取り込み増殖をする能力は残っていることと、

島の遺跡には一滴たりとも水銀は残ってないことが判明したのであった。

つまり、この世に存在する人食い水銀はいま姫子の姿を形作っている分のみなのである。

人ではない”銀の姫子”…

俺に向かって微笑んでみせる姫子が人ではなくなったことに驚き、

そして、悲しくもなるが、

でも、姫子は確かに俺の目の前に居る。

体が人食い水銀でできているとは言え姫子は姫子だ、

人食い水銀の本能に任せて人間を食らうことはもはやありえない。

そう思うと俺は不安そうにじっと見詰める姫子を抱きしめたのであった。



「まったく…コレどうしてくれるんだよ」

俺は行き場のない怒りを姫子にぶつけると、

『はいはい…』

ズルッ!!

姫子の声と共に銀色の触手が伸びてくると俺に男根を扱いてみせる。

そして、

「うっ」

『ふふ…』

男根を扱かれ俺に息が徐々に荒くなってくると、

スルッ

冷たい触手が俺の菊門の中に入り込み、

「あっ」

『前立腺マッサージをしてあ・げ・る』

「あっあぁぁ!!」

瞬く間に俺は快楽の渦に飲み込まれ、

そのまま果てていったのであった。



つづく