風祭文庫・人形変身の館






「彫刻家」



作・風祭玲

Vol.886





ギャァギャァ…

訪れる者も無く、

ただ鳥の鳴き声のみが響き渡る奥深い森。

だが、

「はぁっ、

 はぁっ、

 はぁっ」

その森の奥、

生い茂る草を掻き分け肩に大きな麻袋を担ぐ男はひたすら森の奥へと向かっていた。

ガサッ

ガサガサッ

「おっとぉ」

ヨレヨレのシャツに擦り切れかかったズボンを穿き、

長髪に髭面の顔には分厚い丸めがねをかける男は時々足を取られながらも進んでいくと、

やがて彼の前に一軒の古びれた廃屋同然の木造家屋が姿を見せる。

「ニィ…

 やっと着いた」

家屋を眺めながら男は笑みを浮かべてそう呟き、

振り返って居るはずのない追跡者の姿を確認すると、

素早く家屋の中へと入っていく。



ドサッ

「ふぅ」

麻袋を床に投げ出して男は大きく息を継ぐと額に浮き出る汗を拭うが、

スグに担いできた麻袋の口紐を解き始めると、

「うっ、

 うーんっ」

袋の中から17・18歳と思える制服姿の少女が姿を見せる。

薬で眠らされているのか乱雑に扱われてきても少女は目を覚まさず、

ぐったりとしていると、

「ふふふ…」

少女を見下ろしながら男は不適な笑みを浮かべ、

「弓子よ、

 今度こそは壊れない身体を彫り上げてあげるからね」

と囁きながら、

ゴッ!

部屋の中に置かれている巨大な炉に火をつける。

そして、

ザザザザ…

部屋の中に山の如く築かれていた無残に砕かれた彫り物の破片を

熱を帯び初めた炉の中へと放り込んでいくと、

やがてそれらは溶け合い赤みを帯びた”湯”へと姿を変えていく。

「おいっ、

 いつまで寝ているんだ」

部屋の中に男の声が響き渡る。

「うっ

 うん?

 え?
 
 ここは?」

男の声によって少女は目を覚まし、

寝ぼけ眼のまま周囲を見渡し始めるが、

中腰で自分をジッとみている男の存在に気がつくと、

「ひっ、

 いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

とあらん限りの力で悲鳴を上げる。

「ちっ、

 何て声を出しやがる」

耳を塞ぎながら男は文句を言うと、

「あっあたしをどうする気?」

怯えながら少女は男を見る。

「ん?

 どうするって、

 そんなのは簡単だよ。

 お前を”ツナギ”に使うのさ、

 あの中に放り込んでな」

と面倒くさそうに男はグツグツと煮え立つ炉を指差した。

「ひぃ!」

炉を見た途端、

少女の顔から血の気が引き、

まるで人形のように表情を固まらせながら、

「あっあの中にあたしを入れるの?」

と尋ねるが、

「さぁて、

 あんまり煮え立たせると妹が消し飛んじゃうからな、

 そろそろお前をくべるとするか」

少女の質問に答えず、

男は膝を叩いて腰を上げると、

怯える少女の腕を掴みあげる。

「!!っ。

 いやぁ!!!

 誰か助けて!

 殺されるぅぅ!!」

腕を掴みあげられた途端、

我に返った少女は思いっきり悲鳴を上げて抵抗をするが、

だが、その悲鳴を聞きつける者もなく、

男の手によってズルズルと少女は引きずられていくと、

炉に掛かる台の上へと引き上げられた。

「いやぁぁぁ…

 殺さないでぇ、

 お願い。

 何でも言うことを聞きます。

 だから…」

ゴボゴボと不気味に泡を立てる炉の中を見下ろしながら、

少女は泣き顔で男に懇願するが、

「何を言っているんだ。

 殺しやしねーって、

 おめーは俺の妹を彫りだす為のツナギになってもらうんだよ。

 まぁ、もし恨むんなら、

 お前が俺の妹そっくりの目鼻立ちだったことを恨むんだな」

少女に向かって男はそう言うと、

トンッ!

と彼女の背中を押す。

「ひっ!

 ひゃぁぁぁぁぁ!!!」

泣きじゃくる顔のまま少女は宙に浮かび、

乾いた悲鳴を上げながら炉の中へと落ちていくと、

フワァァァ…

炉の中からまるで少女を招き入れるように湧き上がってきた無数の手が少女の身体に絡まり、

まるで引き寄せられるようにして

トプン!

少女は泡立つ”湯”の中に落ちてしまうと、

二度と浮かび上がることは無かった。

「おっぉとぉ、

 温度調節温度調節」

少女を煮え立つ湯に落とした男は慌てて降りると、

コォォォォ…

燃え上がる炉の温度を調整しながらゆっくりと冷やし始め、

そして、数日かけて温度を常温までに落とすと、

「いっよいしょっ」

ゴトンッ!

炉の中から冷えて固まった岩隗を取り出した。

「ふふーん、

 どうだ、弓子ぉ、

 今度は大丈夫そうか?」

岩隗に向かって男はそう囁きながら、

コンコン

と叩いてみせると、

コォォォン…

岩隗の奥よりその問いに答えるような反応が返ってくる。

「そうかそうか、

 よしっ、

 じゃぁ、兄ちゃんが彫りだしてやるからちょっと待ってろ」

岩隗が見せた反応に男は満足そうに頷くと、

腕を巻く利上げ、

鑿と槌を手に取り、

カンカンカン!!!

っと岩隗を削り始めた。

男の作業は昼夜を問わずに行われ、

岩隗は次第に人の姿に若い女性の裸体へと削りだされていく。

そして、

カンッ!

「ふぅ!」

鑿を入れてから5日目の朝。

一息を入れる男の前にはうら若き裸体の女性像が彫り上げられていたのであった。

「どうだ、弓子ぉ、

 その身体は、

 今度こそ長持ちするはずだぞ」

満足そうに男は尋ねると、

ミシッ!

動かないはずの女性像の一部が動き始めると、

ミシミシミシ…

無表情だった女性像に表情が現れ、

クッ…

閉じられていた口が開くと、

『…お・お兄ちゃん…

 ま・また・誰かを・犠牲にしたの?』

と男に尋ねる。

「犠牲なんてしてないよぉ、

 ちょっと”ツナギ”になってもらったんだよ」

バツが悪そうに男は頭を掻いてそう言い捨てると、

『かわいそうに

 あ・あたしのことは…

 もぅいいから、

 彼女を自由にしてあげて』

と女性像は男に言う。

「おいっ、

 何を言っているんだよ、

 俺はお前のためを思ってこうして苦労しているんじゃないか、

 俺の苦労を無駄にしないでくれ」

女性像に向かって男は説得するように言うと、

パキンッ!

彫り上げられた女性像の顔の一部が弾けとび、

パキン

パキン

パキン

続いて体中から小さな破片を飛ばし始めると。

女性像は次第に姿を変え、

男に拉致され炉に突き落とされたあの少女の姿へと代わっていく、

「ちっ、

 なんだよ、

 お前が出てきてダメだろうが」

それを見た男はため息半分にそう言うと、

置いていた鑿を手に取り、

女性像を壊すかの勢いで大きく振りかぶった。

だが、

ピタッ

その腕が止まると、

「ふんっ、

 温度管理にミスっちまったみたいだな…

 ちゃんと混ざってなかったか。

 まぁこんな不良品置いてても仕方がないか…」

と男は呟くと

閉じていたドアを開け放ち、

「おらよっ!

 どこにでも好きなところに行け」

と女性像に向かって話しかける。

すると、

コトッ

コトッ

コトッ

女性像はおぼつかない足取りで男の家から出て行くと、

森の中へと消えていったのであった。

「ふんっ、

 帰れると思っているのかねぇ、

 このアトリエから離れれば離れるほどお前は動かぬ石像となって、

 佇むことになるのに」

元・少女を見送りながら男はそう呟くと、

「さぁーて、

 また次の”ツナギ”を探しに行かないとダメかぁ」

気持ちを切り替えた男はそう言いながら、

新たなる贄を求めて旅立っていったのあった。



おわり