風祭文庫・人形変身の館






「光る像」



作・風祭玲

Vol.761





「ねぇ、聞いた聞いた?」

「1組の野上さんが行方不明になったんですって!」

「うっそぉ!

 これで3人目よ」

「いまどき神隠しだなんて、

 信じられなぁい」

昼下がりの教室に噂話が響くと、

「だってさ、

 信じる?」

牛乳パックに差し込んだストローに口をつけながら、

樹元裕美は親友の榎本美紀に尋ねる。

すると、

「まさか…」

裕美の問いかけに美紀は噂を信じない素振りを見せるが、

「でもさっ、

 行方不明になったのってみんな女の子でしょう?

 どこに行っちゃったのかな?」

と裕美は疑問を口にすると、

「それなんだけどさぁ、

 なにかこう、

 口裏を合わせているような…

 なんかそんな感じがするんだよねぇ…」

美紀はそう論じた。

「口裏?」

それを聞いた裕美は聞き返すと、

「そうよっ、

 こうやって噂を立てるようにね」

そんな裕美に美紀は断じると、

噂話をする女子を親指で指した。

「そうかなぁ…」

美紀の説明がどうしても

腑に落ちない裕美は、

なおも納得をしない表情をするが、

「さーさっ

 そんなことに惑わされてないで、

 ねっ、この服、

 いいと思わない?」

と美紀はファッション雑誌を取り出し、

新作特集のページを開いて見せた。



キーンコーン…

放課後を告げつチャイムが鳴り響き、

ホームルームを終えた裕美と美紀は教室から出てくると、

「じゃぁ部活がんばってね」

「うん」

と励まし合った後、

二人は別れ、

裕美はソフトボール部。

美紀は美術部へと向かっていく。



ヒソヒソ…

ヒソヒソ…

「でさぁ」

「本当に?」

だが、二人がそれぞれ向かっていった部活でも、

神隠しの噂話は囁かれ、

「もぅ…

 集中しずらいなぁ…」

ピッチャーを任されている裕美にとって、

この噂話は気が散る要因となり、

練習にもあまり熱が入らなく、

どこか気が散った部活であった。

「はーぁ、

 なんか身が入らない練習だったなぁ」

更衣室で着替えながら裕美はぼやくと、

「それは仕方がないでしょう」

「そーよっ、

 すでに3人も行方不明になっているのよ」

と同じく着替えていた部員が口をそろえた。

「まったく、迷惑な話よね」

そんな雰囲気を毛嫌いしながら裕美は口を尖らせると、

「裕美も気をつけるのよ、

 神隠しって放課後、

 遅くまで残っている生徒が犠牲になっているって聞いているし」

と一人が言うと、

「やめてよぉ!」

そんな声が響き渡った。



「じゃ、あたしは美紀と帰るから」

着替え終わった裕美はそう言いながら美術部の方を指差すと、

「お先に失礼します」

部員達は一斉に挨拶をした。

そして、その声を背後に聞きながら、

裕美は一人で美術室へと向かっていく。

既に陽は暮れ、

廊下は大分薄暗くなって来ていた。

「うーん、

 あんな話を散々聞かされてから、

 なんか不気味に感じるなぁ」

何時もならなんとも感じないはずの廊下の佇まいに、

裕美は思わず背筋が寒くなる思いをすると、

「早くつかないかなぁ…」

と念じながら歩くようになっていた。

そして、美術室の明かりが見えてきたとき、

「いやぁぁぁぁ!!!」

その中より美紀のものと思える悲鳴が響き渡ってきた。

「!っ

 この声、美紀のだわ」

それを聞いた裕美は咄嗟に走り出すと、

美術室に向かっていく。

そして、美術室の前に来たとき、

「いやぁ、

 やめてぇ

 来ないで!!」

と悲鳴を上げる美紀の姿がドアのガラス越しに見えた。

「美紀ぃっ!」

それを見た裕美が彼女を助けに美術室に入ろうと、

ドアの取っ手に手を掛けるようとした時、

美紀の額に金色に輝く手が迫り、

そして、それが微かに触れた瞬間。

パァァァァァ!!!

「うっ眩しい…」

まばゆい光が美術室を飲み込み、

その光の中に美紀の身体が沈んでいくのを裕美は見ているだけだった。



「おいっ!」

「大丈夫か?」

掛けられる声と共に裕美の身体が激しく揺すられる。

「うっ」

その声に裕美は目を開けると、

「あれ?

 先生?」

と自分を抱き上げる教師の顔を見ながら声を上げると、

「はっ!

 美紀は?」

と声を上げながら美術室を見た。

だが、美術室には人影はなく、

美紀が使っていたと思えるイーゼルが

横倒しになっている様子が目に入ってきた。

「美紀?

 美紀ぃ!?」

無人の美術室に向かって裕美が叫ぶと、

「誰かいたのか?」

と教師は尋ねてきた。

すると、

「美紀が…

 美紀が誰かに…

 誰かに…」

と教師の脚を掴みながら裕美は訴え、

そして、その場で泣き出してしまった。

結局、その日を最後に美紀は行方不明となり、

警察の捜査もあって3日間の間、

学校は閉鎖されてしまったのであった。



「これは神隠しなんかじゃないっ

 美紀は誰かにさらわれたんだから」

美紀がさらわれる瞬間を目撃した裕美はそう確信すると、

夕方、まだ閉鎖されている学校へと出向き、

立ち入り禁止のロープを潜り抜けると、

美紀が光と共に消えていった美術室に入っていく。

そして、美紀が助けを呼びながら消えていった場所に立つと、

「ちょっとぉ!

 聞いてる?

 どこの誰だか知らないけど、

 美紀を帰しなさいよぉ」

と姿の見えぬ相手に向かって声を張り上げた。

だが、裕美が上げた声への返事はあるはずもなく、

美術室はシーンと静まり返っていた。

「くっ」

その様子を見ながら裕美は臍をかむと、

「ちくしょう!」

と叫びながら、

傍に置いてあった石膏像に向かってパンチを放つ。

ところが、

グラッ

元々不安定なところに置いてあったためか、

裕美のパンチを受けた石膏像はすぐにぐらつくと、

ゆっくりと床に向けて落ちていく、

「しまった!」

それを見た裕美は顔を青くしながら、

思わず身をすくめてしまった。

ところが、

ハシッ!

石膏像が割れる音は響かずに、

何かが受け止める音が微か聞こえた。

「え?」

20秒ほど間を空けて裕美が目を開けると、

落ちた石膏像は宙に浮かび、

その下にはあの金色に輝く腕がしっかりと像を持ち上げていた。

「あぁ!!!!」

それを見た裕美は指で指しながら声を上げ、

「その腕!

 美紀をさらった腕だわっ!」

と叫んだ。

そして、

「ちょっと、

 どこの誰よっ

 美紀を返してよ!」

金色の腕に向かって裕美は怒鳴ると、

ポーン!

金色の腕は軽々と石膏像を放り出し、

ゴトン!

放り出された石膏像は落ちる前の場所に据えられると、

大きく回転しながら落ち着いていく。

「すごい…」

それを見た裕美は感心すると、

チョイ

チョイ

と腕は裕美に向かって指で傍に来るようにとジャスチャーした。

「なっなによっ」

男の腕なのだろうか、

宙に浮かぶ金色の腕は筋肉質で太く、

もし、この場所からパンチでも浴びれば、

裕美などひとたまりではないことが見るだけで判る。

ゆえに警戒しながら裕美は腕に近づいてくると、

ムキッ!

いきなり腕は力瘤を見せつけ、

裕美に迫ってきた。

「うわぁぁぁぁ!!!」

まさに不意を突かれた攻撃であった。

腕に近づいてしまていた裕美は逃げる間もなく、

まんまと腕に抱えられてしまうと、

あの時、美紀を飲み込んだのと同じ光の中へと沈んでしまたのであった。



「うっ!」

どれくらい時間がたっただろうか、

裕美は目を覚ますと、

そこは薄暗く、

ジメッ

と湿気っている場所だった。

「ここは…

 どこ?」

見たこともない場所に裕美はゆっくりと起き上がると、

キラッ☆

自分のすぐ傍に一体の像が置かれていることに気付いた。

「なに?」

ヒヤッ

っとした肌触りから金属製の像らしいことはわかるが、

その表面は極めてすべすべしていて、

磨き上げられてものらしいのが触っただけでそれが判る。

「何の像かしら…

 表面はつるつるしているけど、

 でも、なんかごつごつしているわ」

物珍しげに裕美は像を触っていると、

『裕美ぃぃ!』

と美紀の声がどこからか響いてきた。

「美紀?

 美紀なの?

 ねぇどこに居るの?」

その声に裕美はすぐに反応すると、

声を上げて美紀を探し始めた。

すると、

ボゥ…

裕美の目の前の壁の前に据えられたものが青白く輝きだすと、

全裸の美紀が何か容器の中に押し込められているのが見えた。

「みっ美紀ぃ!」

それを見た裕美は美紀の傍に駆け寄り、

美紀の名前を呼びながら

容器を思いっきり叩いてみるが、

高さは2mほどの細長いドーム状をしたガラスの容器はビクともせず、

裕美の手を弾き返すだけだった。

「くそう!」

目の前に美紀を見ながら何も出来ないことに裕美は歯を食いしばり、

そして、ないか壊すものがないか、と

探しながら後ろを振り返った途端。

「うそ…」

その思わずその表情が固まった。

キラ☆

驚く裕美の背後では、

さっきまでは暗くて詳細を見ることが出来なかった像が、

美紀の居る容器の明かりを受けて金色に輝いていた。

「なにこれぇ?」

美術館などでよく見かける古代ギリシャの男性像と

瓜二つの黄金像に裕美は声を失うと、

『裕美ぃ、

 それ違うのっ

 その像はさらわれた女の子だったのよぉ』

と美紀の声が響いた。

「え?

 これが…」

それを聞いた裕美は驚きながら振り返ると、

「その通り!!!」

と男性の声が響き、

マントを纏った男性が部屋の中に浮かんだ。

「あなたは!!」

男性を見ながら裕美は声を上げると、

『せっ先生っ、

 もぅ止めてください』

と容器の中の美紀が声を上げた。

「え?

 先生?」

美紀のその声に裕美は振り返ると、

「あっ!

 思い出した。

 あんた。

 美術の小杉じゃないっ!」

と男を指差した。

「うっ!」

裕美の指摘に美術教師・小杉は怯むが、

すぐに

「ふっふっふっ」

不敵な笑みを見せると、

「ようこそ、

 わたしのアトリエに…」

と余裕の表情で出迎えのポーズをしてみせる。

「なっなにが、

 ようこそよ、

 あんたここで何をしているのよっ

 第一、美紀をこんなものの中に押し込んで、

 しかも裸にするなんて、

 変態もいいところだわ。

 警察に訴えてやるから」

と裕美は怒鳴るが、

「ふはははは、

 それが出来るのなら、

 どうぞご勝手に、

 いまから見せてあげるわたしの創作活動を見終わってからも、

 同じ事を言えるかどうか。

 ふっふっふ」

小杉は余裕の笑みを浮かべながら、

カチリっ

マントの下で何かを押した。

すると、

ウィィィン!!!

美紀が押し込められている容器が輝き始めだすと、

ゴボゴボゴボ

中に液体が流し込まれ始めた。

『いやぁぁぁ!』

次第に満ちてくる液体に美紀は悲鳴を上げるが、

どこにも逃げ道はなく、

美紀はゆっくりと水位を上げていく液体の中に沈んで行く。

「美紀ぃぃ!

 なっ何てことをするのよっ

 美紀死んじゃうよっ、

 すぐに助けなさいよぉ」

容器の中で苦しむ美紀の姿を見た

裕美は小杉に向かって怒鳴るが、

「ははは…

 彼女は死ぬことはない。

 これは、

 これから永遠に輝き続ける為の一つのステップ」

というと、

カチリ!

また何かのスイッチを入れた。

その途端、

シュッ!

美紀が沈む容器の中に何かが送り込まれると、

ピシピシピシ!

美紀の手足の先が黄金色に染まりはじめ、

それがゆっくりと広がっていくと、

肩や腰周りも黄金に輝き始めた。

すると美紀の手足や身体が次第にあるポーズを取り始め、

そしてそのポーズを取り終えたとき、

パキン!

美紀の手足は金色に輝き、

さらに身体をも金色が犯していく。

『あぁぁぁ…』

髪や頬を金色に光らせながら、

美紀は口を大きく開くと、

ガボッ

その口から大きな
泡が立ち上り、

見開いたその目が金色に染まっていくと、

パキン!

美紀の顔はものを言わぬ金色に輝く青年の顔へと変化し

長かった髪はウェーブの掛かるショートヘアへと変わってしまった。

そして、

パキン!

パキン!

パキン!

次々と音を響かせながら、

美紀の身体は筋肉の躍動感溢れる男性の肉体へと変化し、

手足もそれに合わせて筋肉の表現がなされていく、

そして、

パキン!

股間から男性器が突き出してしまうと、

容器の中には美紀の姿はなく、

黄金色のアポロン像が立っていたのであった。

「そっそんなぁ…

 みっ美紀が…」

容器を満たしていた液体が抜かれ、

さらに容器が引き上げられていくと、

裕美の前には液体を滴らせるアポロン像が光り輝いていた。

「みっ美紀ぃぃぃ!!!」

無言のまま立っている像に裕美は縋りながら泣き出すと、

「何を泣いている、

 実に美しいではないか」

の声と共に小杉が裕美に迫ってきた。

「!!っ、

 美紀を元に戻してよっ

 戻しなさいよっ」

その小杉に向かって裕美は怒鳴りながら掴みかかると、

バサッ

小杉が身につけていたマントを剥ぎ取った。

だが、

「うっそぉ!」

剥ぎ取ったマントの下から出てきたのは、

ムキッ!

美術教師とはとても思えない筋肉隆々の肉体の姿であり、

さらにその肉体は黄金色に輝いていたのであった。

「うっ、

 なによっ

 なによっ

 気味悪いわ

 よらないで」

光り輝く小杉の身体に嫌悪感を見せながら、

裕美は後ずさりすると、

「何が気味悪いのかね、
 
 とても素晴らしいではないか、

 ふふっ、

 人の身体を黄金に変える究極の錬金術。

 その錬金術をわたしは手に入れたのだよ。

 さぁ、お前も黄金に変えてあげよう。

 お前は乱暴者だから、

 そうだな…

 人々に安らぎと慈愛を授ける仏の像…

 阿弥陀様が良かろう」

と言いながら裕美をあの容器の真下へと導いていく、

そして、引き上げていた容器を落とし、

裕美をその容器内に閉じ込めてしまうと、

「さぁ、

 美しい仏像になるが良い」

と告げながら液体を流し込み始めた。

『いやぁぁぁ!!

 誰か!

 誰か助けてぇぇぇ!!』

容器の中から裕美の絶叫が響くが、

だが、その声を聞き助けに来るものは誰も無く、

やがて裕美は光り輝く仏像へと姿を変えてしまったのであった。



「いやぁ、

 小杉先生。 

 とても癒される仏像ですなぁ…」

「本当に左様でございますなぁ」

校長室に置かれた一体の仏像を眺めながら、

ソファーにすわる校長と教頭の二人が目を細める。

「そう言っていただけると、

 兄も喜びます」

その言葉に小杉は笑みを浮かべた。

「しかしぃ、

 このような黄金の仏像ほか、

 いくつかの黄金像を寄贈してくれるのはよろしいのですが、

 本当に寄贈でよろしいのですか?

 結構、お高かったのでは?」

と眉をひそめながら校長が尋ねると、

「そこは問題ありません。

 生徒の失踪事件などで生徒達は皆不安がっています。

 兄はそれを憂い寄贈することを決心したのですから」

その質問に小杉は凛として答えた。

こうして5体の黄金像は教材として校内に置かれることになったのだが、

それから程なくして奇妙な噂話が校内を駆け巡る。

その噂話とは、

深夜、耳を澄ますと黄金像から啜り泣く声が響くというものであった。

…返して

…あたしを返して…



おわり