風祭文庫・人形変身の館






「訪問者」



作・風祭玲

Vol.722





「ママぁ!!

 新しいヌイグルミ買ってぇ」

とある休日の昼下がり、

マンションの一室に幼女の声が響くと、

「何を言っているのっ

 お誕生日のプレゼントで買ったばかりでしょう?」

食事の後の後片付けをしていた幼女の母親はいったん手を休め

そう指摘をする。

「だってぇ…」

母親のつれない返事に4歳になったばかりの由乃は

頬を大きく膨らませると、

「だめと言ったらだめです」

そのふくれっ面の由乃に向かって

母親は駄目押しをしたのち、

「さっさと散らかしたお部屋の後片付けをしなさい。

 2時には加藤さんが来るんだから、

 由乃ちゃんはお方付けもできない子って

 思われたくないでしょう」

とここに来訪者が来ることを指摘する。

だが、

「いやよっ…」

母親に促されてた由乃は

そう言いながらプイッと横を向いてしまうと、

「由乃ちゃんっ、

 ママの言いつけ聞けないの?」

母親はキツイ声で叱り始めた。

すると、

「ママぁ、

 あたし、あのおじちゃん嫌い」

由乃は泣き顔になりながら訴え始めると、

「え?

 いきなり何を言いだすの?、

 加藤さんは優しい人じゃない。

 由乃ちゃんの面倒もよく見てくれるし」

娘からの予想外の言葉に母親は驚きながら聞き返す。

「イヤと言ったらイヤなのっ」

そんな母親に向かって由乃は声を張り上げると、

トタタタッ!

バタンッ

隣の寝室に駆け込み、

閉じこもるようにしてドアを閉めてしまった。

「あっ由乃ちゃん」

由乃を追って母親は寝室に入ろうとするが、

「来ないでぇっ」

中から由乃の怒鳴り声が響くと、

「…まったく困った子ね…」

思いがけない娘の篭城に母親は呆れた口調で言いながらも、

チラリと時計を見ると、

「あらっ

 いけない、

 もぅこんな時間だわ、

 買い物にいてこなくっちゃ」

と簡単な身支度をした後、

「じゃぁ、ママ、

 ちょっとお使いに行ってきますね

 その間に部屋の片づけをしておくのよ」

と言い残して買い物へと出かけて行ってしまった。



由乃の母親は1年前に夫と協議離婚し、

由乃と二人でこのマンションに住んでいるのだが、

実は最近、

加藤と名乗る男性と母親とが付き合い始めたのであった。

最初母親は何かと言い寄ってくる加藤を鬱陶しく思っていたが、

だが、細かく気を使う加藤のそぶりと

バツイチという負い目と手伝ってか、

次第に加藤を受け入れるようになり、

このマンションに加藤が尋ねてくることが多くなっていたが、

だが、そんな大人たちの事情とは裏腹に

由乃は加藤にある種の警戒感を抱いているのであった。



「ママのバカ…

 加藤のおじちゃんは良い人じゃないわ、

 由乃には判るの」

寝室に一人残る由乃は

すっかりくたびれ、

綻びが目立つようになった

テディベアのヌイグルミに向かって話しかける。

そんなとき、

ゴトッ

奇妙な音が響き渡った。

「え?」

突然響いた音に由乃は驚くと、

慌ててベッドの上に飛び乗り、

毛布を頭からかぶった。

そして、程なくして、

『おいっ、

 本当にこっちで間違いはないんだな、

 この書類を現地時間・2月1日午前0:00までに

 届けなければならないんだぞ』

『あーっ、

 こっちでいいと思うのだなぁ』

と誰かと誰かが話している声が響いた。

「泥棒さん?

 ママが注意しなさいって言っていたっけ、

 どっどーしよう」

小さな声ながらも確かに聞こえてくる声に、

由乃は怯えさらに奥へと潜り込む。

すると、

ドタッ!

バタバタバタ!!!

何かが蹴躓き、

盛大にひっくり返る音がこだますると、

『…イタタタタ!!

 おいっ

 変なところに来てしまったではないかっ』

『あれぇ?

 おっかしぃーなぁ』

『本当に大丈夫か?

 地図を持っているのはお前だぞっ』

『こぉっちのはずなんだがなぁ』

やたらと忙しく文句を言い続ける声と、

それとは対照的にノンビリ屋を思わせる声が次第に近づいて来た。

その直後、

『うわぁぁぁ!!』

悲鳴のような声が響いた途端、

ボーン!!

ユサッ!

由乃のいるベッドが小さく弾み揺れた。

「うぅぅぅぅぅ…

 だっ誰っ?!」

隠れていることに我慢ができなくなった由乃が

毛布を蹴飛ばして飛び起きると

『へ?』

『なんだぁ?』

宅配便を思わせるユニフォームを着た、

手のひらサイズの大きさの小人二人が、

由乃を見上げて唖然としていた。

「あれ?」

一瞬の間を置いて由乃が声を上げると、

『うわぁぁぁ!

 原住民に見つかってしまったぁ!』

小人のうちの細身の小人が頭を抱えて泣きはじめると、

『あーもしもし、

 ちょっと尋ねたいのだが』

やや太り気味の小人が、臆することなく由乃に声をかけ、

『この辺に黒蛇堂と言う店があるのを知らないか?』

と尋ねて来た。

「あっ、

 ネコのおじさん達だぁ

 なんでこんなに小さいの?」

小人達を由乃は母親宛に品物を届けに来る、

宅配便の配達員と思い声をかけると、

「なぁ、

 黒蛇堂って店なのだが」

と小太りの小人は再度尋ねた。

「くろへびどう?」

小人の言葉を由乃が復唱すると、

『あぁ、そうだ。

 我々は亜空間宅配便の配達員だ。

 天界の女神さまから預かってきた大切な書類を

 その黒蛇堂へ届けに行く途中なのだ』

とさっきまで泣いていた細身の小人が起き上がるなり胸を張る。

「ふーん…

 あっ、ひょっとして、

 いつも黒い服を着ている

 髪の長いお姉ちゃんのところ?」

小人達を見ながら由乃は聞き返すと、

『ん?

 娘よ、場所を知っておるのか?』

と細身の小人はパッと明るい顔をしながら聞き返す。

すると、

「えーとね、

 ハチのうちを曲がってねぇ…」

ある方向を指差し由乃が説明をし始めると、

『あー待った待った、

 口で言わなくても良い、

 君の心に直接尋ねるから』

待ったのポーズをしながら細身の小人はそういうなり、

ぴょん!

と飛び上がると、

由乃の額にその小さな手を当てた。

そして、

『ふむふむ、

 そうか、大気圏突入の際の衝撃で

 亜空間ベクトルが0.0000000001度

 ずれてしまったのかっ、

 よし、黒蛇堂・現座標・確認!

 いくぞ!』

由乃の額に手を当てる小人は

大きくうなづきながら目的地を見つけ出すと、

『娘よ、礼を言う。

 君のおかげで目的地につけることができるぞ、

 これはほんのお礼だが、

 君に差し上げよう』

と言いながら細身の小人は由乃に一本の払い串を差し出した。

「なにこれぇ?」

払い串を手に由乃は首をひねると、

『ふむ、

 これを振りながら願い事を唱えると、

 その願いが叶うというありがたいものだ。

 まっ、

 さっきお前の心を覗かせてもらったが、

 これを悪用する危険がなさそうなので

 それを渡しておく、

 では、さらばだ、
 
 急げ、2月1日・午前0:00までにお届けをせねばならないのだ』

小人の宅配屋はそういい残して

パッ!

っと由乃の前からかき消すように消えてしまった。



「あっ!」

まさに消滅した。

という言葉がピタリと当てはまる状況に由乃は驚きながらも

「あの人達、間に合えはいいね」

と言いながら、

まもなく役目を終える2月のカレンダーを見つめていると、

ピンポーン

呼び鈴が鳴り響いた。

「だれかな?」

母親なら呼び鈴を鳴らさずに入ってくるので、

来訪者が母親でないことを由乃が気づくと、

ピンポーン

再び呼び鈴が鳴り、

『野田さん、

 加藤です』

とスピーカーを通して男性の声が響いた。

「……」

その声に由乃はビクッと身を硬くして返事をしないでいると、

『ちっ、何だよ留守か、

 俺が来るって言うのに

 親子そろって出かけるなんて、

 ちょっと頭に上っているか、

 そろそろお仕置きをする頃合かな、

 まぁ、母親はバツイチ・子持ちの割には

 安くてもそれなりのマンションに住んでいるんだから、

 まぁまぁの金を持っていそうだしな…

 くくっ

 せいぜい楽しまさせてくれよ』 

と声が響く。

「………」

その声を玄関のドア越しに由乃は聞いていると、

「やっぱり、このおじちゃんは悪い人だ…」

そう思うなり、

ガチャッ

玄関ドアを開けた。

「!!っ、

 やっやぁ、由乃ちゃんっ」

突然出てきた由乃の姿に加藤は顔を引きつらさせると、

「おじちゃんて悪い人?」

と由乃はヌイグルミを抱きしめ問いかける。

「なっ何を言い出すんだ?

 おじちゃんは悪い人なんかじゃないよ、

 それよりも、ママはいないの?」

由乃のするどい質問に冷や汗を掻きながら、

母親の事を尋ねると、

「ママはいないわ」

と由乃はにらみ付けるようにして言い返す。

「なっなんだよっ、

 その目は…」

加藤は睨む由乃に不快感を見せながら迫ると

そのまま、由乃を押し込むようにして部屋の中に入り、

そして、由乃を見下ろすと、

その手が小さく動いた。



ドサッ!

「きゃっ!」

ヌイグルミを抱きしめたまま由乃が廊下を転がっていくと、

「ちっ、

 泣きもしないか、

 可愛くない奴だな」

と加藤はこれまで見せていた温和な表情とは打って変わって、

冷徹な表情で涙を流しながらも自分を見据える由乃を睨みつける。

そして、そのままゆっくりと近づいてくると、

「女児、ベランダから転落死、

 母親外出中の悲劇…

 と言うのも悪くはないか」

と呟くと、

由乃に掴みかかろうとする。

その時、

「くまさんになれ!」

と由乃の声が響き、

彼女が振り上げたあの払い串が加藤の手に当たった。

「なんだぁ?」

その声に加藤は一瞬呆れるが、

だが、

ベキッ!

由乃を捕まえようとして伸ばした手の指が、

一斉にそっくり返ってしまうと、

ベキベキベキ!!!

加藤の腕全体から不気味な音が響き、

見る見る縮んでいくと、

モコモコモコ!!!

縮む手が膨らみ始めた。

「うわっ、

 なっなんだ!」

変化してゆく自分の手に加藤は悲鳴を上げて、

あわてて引っ込めようとするが、

だが、

「手が、

 手がうごかねぇ!!」

こげ茶色の毛を生やし始めたその手が

ピクリとも動かなくなっていることに

加藤の悲鳴はさらに大きく響いた。

ベキベキベキ!

バキバキバキ!

加藤の身に起きた変化はさらに広がり、

「うごわぁぁぁぁ!!!」

その背が縮んでいくと、

着ていた服の中へと没してゆく、

そして、

ムクムクムク

と服が膨らんでいくと、

ブボッ!

体中から腕と同じこげ茶色の毛を噴出し、

また、顔が歪みはじめると、

「うぐぐぐ…」

メリッ!

ついに口が突き出してしまった。

バキッ

ゴキッ

ブブッ!

ゴボゴボ!

不気味にうごめく服の中より響く音が次第に小さくなり、

そして、音が鳴り止むと、

スーッ…

加藤が着ていた服が消え始め、

程なくして由乃とほぼ同じ大きさのテディベアのヌイグルミが1体、

何も言わずに置かれてあった。



「ただいま、

 あら、由乃ちゃん、

 どうしたの?

 そのヌイグルミ?」

程なくして母親が帰ってくるなり、

居間に置かれているヌイグルミに気づいた。

「加藤のおじちゃんがくれたの…」

母親の問いかけに由乃はそう答えると、

「あら、加藤さん、

 来てたの?

 で、どこにいるの?」

と由乃に尋ねると、

「電話が来て、出て行っちゃった」

古いヌイグルミを抱きしめながら由乃は返事をする。

「そうなの、

 でも、これ高いはずよ、

 今度、おじちゃんが来たときには

 ちゃんとお礼を言うのよ」

と母親は由乃に言うと、

「おじちゃん…

 もぅ来ないと思うよ…」

由乃はそう呟くが、

その声は母親には聞こえなかった。



おわり