風祭文庫・人形変身の館






「ヌイグルミ」



作・風祭玲

Vol.711





「えぇ?

 売れてしまった?」

店員に向かって俺は声を荒げると、

「申し訳ございません」

俺に向かって店員は平謝りする。

「申し訳ないって言われても…

 大体あのテディベアのヌイグルミを

 取り置きしてくれって頼んだのは俺だぞ」

「申し訳ございません、

 どうしてもあのテディベアが欲しい。

 というお客様が見えられまして…

 しかも、現金払いでお願いする。

 と…」

まくし立てる俺に店員は”現金払い”を

強調しながら言い訳をする。

「うっ」

その言葉に俺は一瞬、声を詰まらせると、

「…で、

 いま注文をすると、

 どれくらいかかる?」

と話の方向を変えた。

「はぁ、

 それでしたら、

 とりあえず、在庫の確認を…」

俺の質問に店員は在庫の有無を口にし、

店員は事務室へと戻っていく、

その間、俺は少し苛立ちながら待っていたが、

「ちっ!

 くそぉ…」

心の奥底から沸いてくる焦燥感を感じていた。

ある意味、予想をしていなかった事態だが、

だが、責任の一端は俺にもある。

この店で人の背丈ほどもある特大のテディベアのヌイグルミを見つけたのは

土曜日の昼。

そのとき、生憎

俺は自宅にクレジットカードを忘れていて、

しかも、所持金も給料前も手伝ってか

五桁を割り込んでいた。

キャッシュカードを使った支払いも、

銀行のオンラインが止まっていたために使うこともできず、

俺は店番をしていた店員にテディベアのとりおきを頼んだのであった。

無論、すぐにとりに行くつもりであった。

だが、アレコレを余計な仕事が次々と増え、

それらを片付けているうちに時間が過ぎてしまったのであった。



「あっお客様」

戻ってきた店員が俺に声をかけて戻って来た。

「ん?」

その声を聞いた俺は店員の方を向くと、

「申し訳ございません。

 問屋の方にも在庫は無く、

 製造元に注文をすることになるので

 お取り寄せには2週間ほどかかりますが」

と店員はすまなそうに言う。

「なにっ」

追い討ちをかけるようなその返事に俺は驚くと、

「せめて、1週間にはならないか?」

と迫るものの、

「申し訳ございません」

店員は平謝りをするだけであった。

「なぁ、そこを何とかならないか、

 どうしても、今週中に欲しいんだ」

謝る店員に向かって俺は拝み倒し始めると、

「はぁ…

 それは製造元に聞かないと…」

と店員はハッキリした返事を返してこなかった。

「わかったよ、

 じゃぁ、その製造元の会社の名前と電話番号を教えてくれないか、

 俺が直接確認する」

この店員と話をしていたのでは埒が明かないと判断した俺は、

あのヌイグルミを作っているという製造元の名前と電話番号をたずねた。



…どうしてもあのテディベアのヌイグルミを手に入れたかった。

 いや、手に入れなければならなかった。

 なぜなら…

 いま、俺がアタックをしている彼女が大のテディベア好きで、

 しかも特大のヌイグルミを所望していることが判ったからだ、

 そして、今度の週末、

 彼女の誕生日を祝うパーティーが開かれることになっていた。

 彼女のハートを虎視眈々と狙うライバルは全部で5人、

 俺はその5人の中で一歩前に抜きん出ているものの、

 その背後には一人ぴったりとくっついている奴がいる。

 そいつの存在が鬱陶しく、

 なんとしてもつき放ちたかった。

 だからこそ、俺はテディベアを手に入れる必要があったのだ。

店員から想像元の名前と電話番号を聞き出した俺は

店を出た途端、電話をかけると、

『…直接こちらに取りに着てくれたら、

 ヌイグルミを渡す』

という返事を貰った。

そして、その足でヌイグルミの製造元へと向かい、

俺はある一軒の建物の前に立ってた。

「ふぅぅん…

 ここか、

 製造元っていうからには

 もっと工場っぽいのを想像していたけど」

ごく普通の民家と言った佇まいの建物に驚くものの、

「まっ、

 ここで間違いはないみたいだけどな」

と製造元と同じ名前が掛かる表札をチラリと見た俺は

そう確信しながら呼び鈴を押した。



「はい」

中から出てきたのは

これまたごく普通の主婦と言った面持ちの女性であった。

「あっあのぅ…

 先ほどお電話を差し上げたものですが」

見る者の魂を吸い込んでしまいそうな瞳を持つ

女性に俺はドギマギしながら来訪の意図を言うと、

「あぁ…

 あなたでしたか、

 お待ちしていました」

花が咲いたような笑みを見せながら

女性はそういうと、

俺を中へと案内する。



ギシッ

「はぁ…」

さすがヌイグルミの製造元、

民家風の建物の中にはさまざまなサイズの

テディベアのヌイグルミがところ狭く置かれていて、

その大半がこれから出荷されるのだろうか、

透明ビニールの包みに包み込まれていた。

「これは、すべて手作りなのですか?」

山のように置かれたヌイグルミを見ながら俺は女性に尋ねると、

「!っ

 えぇ、まぁ…」

女性は驚いた表情で振り返り笑みを見せる。

「はぁ…

 それにしてもこれを一体一体手作りだなんて

 大変ではありませんか?」

女性に向かって俺は再度質問をすると、

「いえ、

 作るのは私一人ではなりませんので」

と女性は返事をした。

「はぁ、

 なるほど、

 確かにこれだけのものを一人で造るとなると、

 大変ですものね」

彼女からの返事に俺は笑うと、

「さぁ、こちらへ」

女性は戸を開け部屋へと俺を招く、

「あっはい」

てっきり、そこで商談をするのかと思った俺は

女性に招かれるまま戸をくぐったとたん、

フッ!

俺の周囲からすべての光が消えると、

「え?

 うわぁぁぁ!!!」

俺は漆黒の闇の中へと放り出されてしまった。

「なっ

 なんだここは…」

上も下もまったく何も見えない闇の中で俺はもがいていると、

『大丈夫ですよ、

 気を楽にしてください』

とあの女性の声が響いた。

「なっなにが大丈夫なものか、

 さっさと明かりをつけろ」

声に向かって俺は怒鳴り飛ばすと、

『判りました…』

再びあの女性の声が響くなり、

カッ!

一瞬、閃光が輝くと、

今度は一面真っ白に光り輝きはじめた。

「一体なんだよぉ」

まさにホワイトアウト…

何もかもが白一色に塗りつぶされた中で、

俺は声を上げていると、

『気を楽にしてください。

 いまあなた様が求めているテディを見ておりますので』

とあの女性の声。

「はぁ?」

その声に俺は首をひねると、

『はいっ

 ありがとうございましたす。

 あなた様が求めているテディと、

 そのテディを受け取られる方のイメージを得られましたので、

 ただいまよりお作りします。

 若干、苦しく感じるかもしれませんが、

 それも一瞬のうちに終わりますので、

 どうぞ、お気を楽にしてください』

と女性の声は響き渡った。

「はぁ?

 何を言っているんだ?

 俺が求めていることが判ったって、

 そんな、超能力者じゃあるまいし…」

と俺は訝しがっていると、

シャッ!

シュッシュッ!!

至る所から一斉に俺に向かって黒い筋が走り、

ブスブスブス!!

俺の体に刺さった。

「痛ぇ!!

 何をするんだ」

腕や脚、

いや、体中に突き刺さった筋に俺は悲鳴を上げると、

『痛いですか?

 おかしいですね』

とまた女性の声、

「何のんきなことを言っているんだ、

 さっさと抜けよ!!」

針のような筋が突き刺さる腕を振り上げ俺は文句を言うが、

だが、

「あれ?

 全然痛くない、

 それに血も出てこない…」

と突き刺さっているにもかかわらず、

それに伴う痛みも、

また出血もないことに俺は驚く。

すると、

『でしょう?

 大丈夫ですって、

 さぁ、それでは本格的にいきますよ』

とまたあの女の声が響くと、

バッ!

黒い影が俺に襲いかかり、

ビシッ!

何かが俺の腕に張り付いた。

「なに?」

張り付いたそれを見ると、

それは、コゲ茶色の毛を生やす布地であった。

「なんだこれは…」

自分の腕に張り付く布地を見ながら驚いていると、

ズッ!!

俺を突き刺していた筋が動き始め、

ブブブブブッ!!!

まるで俺をミシンにかけているかのように、

上下動をしながら動き始めた。

「うわぁぁぁ!!

 やめろぉぉ!!

 俺は縫い物じゃねぇ!!」

体中を動きまくる筋に俺は悲鳴を上げるが、

ブブブブブブッ!!

筋は容赦なく布地を俺に縫い付けていく。

そして、

ジワ!!

筋が走ったところから毛が生えている感覚がしてくると、

俺は驚きながら撫でてみた。

すると、毛糸を解したような毛の感触とともに、

その下からは布地の感触が手に伝わってくる。

「うそっ

 おっ俺がヌイグルミに?

 まさか、

 俺をヌイグルミにするつもりか」

動いていく筋に舐められた所から、

俺の肌に布地が縫いつけられ、

さらに、

ブブブブブブ!!!

筋は俺の鼻を通り過ぎて行くと、

すると、その後には

モコッ!

俺の鼻から口にかけてが大きく突き出し、

その先には鼻頭がちょこんと乗っていた。

「もがぁぁぁ!!」

口が開かず言葉がしゃべれなくなった俺は

動物を思わせる鼻を押さえながら悲鳴を上げるが、

その鼻を押さえる手にも、

ブブブブブ!!

筋が通り過ぎていくと、

毛むくじゃらの大きなテディの手になってしまった。

ブブブブブブ!!!

俺を縫い付けていく筋が俺の体を這い回っていくうちに、

ついに俺は動けなくなってしまうと、

手足は胴体の中に引き込まれて短くなっていく、

そして、

ズンッ!

大きく膨らんだお尻を突き出して座り込んでしまうと、

ブブブブブ!!!

筋は俺の顔を集中的に縫いつけ、

それが終わると、

そこにはじっと空を見つめる、

テディベアの顔が残されていた。

『はいっ、完成っと

 うふっ

 丹精込めて作ったからとっても男前のテディが出来上がったわ、

 安心して、

 あたしがちゃんと送り届けてあげるから、

 ハートをゲットしたい彼女の元に、

 あなたからのテディをね』

座り込んでいるお尻に尻尾が縫い付けられた後、

女性の声が響くと、

ポンポン!

とモノをいわなくなったテディベアの頭が軽くたたかれる。



ピンポーン!

「宅配便でーす」

「はーぃ」

宅配便の声とともに、

一人の女性が玄関のドアを開けた。

すると、

ドーン!

その女性の前に巨大なテディベアが姿を見せると、

「えーと、

 こちらにヌイグルミのお届けです」

とそのヌイグルミを抱える宅配業者が苦しそうに告げ、

女性に手渡した。

「うわぁぁ、

 誰からかしら」

受け取った女性は嬉しそうに、

伝票に目を通し送り主の名前を見ようとするが、

そのとき、

ハラリ

一枚の紙が落ちる。

そこには、

『サービスでこのテディベアのお嫁さんをお作りします。

 詳しくはこちらまで』

と言う文句と問合せ先の電話番号が書かれていた。



おわり