風祭文庫・人形変身の館






「キャプテン」



作・風祭玲

Vol.688





バシャッ

バシャッ

バシャッ

「行けーっ、

 夏希ぃっ!!」

「負けるな由里ぃぃ」

降りしきる夏の日差しの元

プールサイドからの声援を受けながら、

女子水泳部の夏希と由里はデットヒートを繰り広げていた。

バシャッ

バシャッ

バシャッ

バシャッ

「3年生が引退した後のキャプテンを決める」

このレースを持ちかけたのは

キャプテン選びに苦悩した水泳部顧問であり、

夏希・由里共にも自信満々で受けて立ったのであった。

それもそのはず

二人ともに体格・力は互角、

この学園の女子水泳部に入部して以降、

常にライバルの関係であった。

そして始まったレースは誰もが予想したとおり、

横一直線の展開となり、

勝負はゴール間際と思われ、

その瞬間を固唾を呑んで待ちかまえていたのであった。

レースは長さ25mのプールを4往復する100m、

既に2回のターンを終えて3回目のターンが迫ってくる。

二人供が同時に水に潜り、

そして、ターンを決めようとしたその時。

スルッ!

夏希の足が滑ってしまったのであった。

「しまった!」

足が滑ったことに夏希は焦るが、

しかし、その焦りが夏希の緊張の糸を切ってしまうと、

ズルズルと由里から引き離されていく、

「くそっ

 身体が重い…

 まるで、石になったみたい…」

押し込めていた疲れが吹き出し、

夏希はプールの中で必死に藻掻く。

こうして、夏希にとって長い25mを泳ぎ切ると、

スッ

あの由里が勝利のほほえみをたたえながら

手を伸ばしてきたのであった。

パシッ!

「同情はいらないよ」

由里のほほえみに臍をかみながら夏希は手を叩くと、

なにも言わずにプールから上がると、

そのまま更衣室へと向かっていった。

「やったぁ、

 おめでとう、由里!」

彼女の背後から響くその声を遮るかのように、

夏希はドアを閉めると、

「くやしぃぃぃぃ!!!

 あたしの方が勝っていたのにぃぃ!」

とこみ上げてくる悔しさを晴らすかのように、

ロッカーに向かって当たり散らした。

こうして、キャプテンを決める勝負は由里の勝利で終わったのであるが、

しかし、それはこれから起こる悲劇の幕開けでしかなかった。



カチャ

カチャカチャカチャ

夜、

夏希の部屋からパソコンのキーボードを叩く音が木霊すると、

カチャカチャカチャ

カチャカチャカチャ

Tシャツ姿の夏希がパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。

チャット…

パソコンを介して不特定多数の者が

まるで会話をしているかのように出来る会議室にアクセスしていた

夏希はそこである人物を出会っていたのであった。

そして、夏希からの相談を受けたハルコと名乗る相手は、

とある提案をしてきた。

”そんな卑怯な女ならいっそ金槌にしては…”

彼女からの突拍子のない提案に

夏希は笑いながら返事を打ち込むが、

しかし、

”それなら金槌にしてあげましょうか…その女を”

ハルコから返事に夏希の手が止まってしまった。

由里がカナヅチになれば水泳部のキャプテンではいられなくなる。

そうなればあたしが…

そう考えた夏希はさらにハルコと話を進めていった。

そして、数日後、

「これを、由里の肌に当たる所に塗ればいいのね」

ハルコから送られてきた小瓶と

『中にナノマシーンが入っています。

 相手の肌が直接触れるものに塗ること』

と書かれた説明書を片手に夏希は水泳部の部室へと向かっていった。

「あっ、夏希ぃ

 久しぶり」

夏希の姿を見た部員達は口々に挨拶をすると、

「由里…

 じゃなかった…
 
 キャプテン居る?」

と夏希は由里について尋ねた。

「え?」

夏希の口から出たその言葉に皆が一斉に驚くと、

「なによっ、

 あの勝負に由里が勝ったのだから、
 
 由里が辞めるって言い出すまで、

 キャプテンなんでしょう?」

と夏希はあっさりと言う。

「そっそれはそうだけどねぇ…」

「うっうん」

てっきり由里のキャプテンを認めないものだと思っていた

皆にとってこの夏希言葉は思いがけないものであり、

そして、戸惑っていると

「キャプテンなら、

 いまコーチの所に行っています」

と1年生の声が響いた。

「あっそう…」

その声に夏希は由里の荷物が置いてある所を確かめると、

そのスグ横に自分の荷物を置き、

「さぁーて、じゃぁ着替えようかしら」

と言いながら着替え始めると、

「では、あたし達、

 先にプールに行ってますね」

部室にいた部員達はクモの子を散らすように去っていった。

「ふふっ

 好都合…」

1人になった夏希は笑みを浮かべると、

由里の荷物を漁り始め、

そして、一枚のインナーを取り出すと、

ピチャッ!

インナーに瓶の液体を振りかけたのであった。



その日の部活はいつも通りに行われ、

「はいっ

 ラスト3本!

 がんばってぇーっ」

水着姿で部員達にハッパを掛ける由里の姿がそこにあり、

「由里ったら張り切っちゃって」

「夏希に認められて嬉しいのかな」

「ホントホント」

と部員達は新キャプテンを暖かく見守っていたのであった。

しかし、その数日後から由里は学校を休むようになり、

「ねぇ、

 由里…どうしちゃったの?」

「身体壊したのかな?」

と水泳部の部室では休み続ける由里について、

色々な噂が立ち始めた。



「いいわっ

 あたしが由里の様子を見てくる
 
 まったく、キャプテンでありながら、

 これ以上、休ませるわけにはいかないわ」

さらに数日が過ぎたとき、

夏希が立ち上がると、

由里の所へと向かっていった。

そして、

「由里ぃ、

 居るの?」

親元を離れて1人で暮らしているという、

由里の部屋の呼び鈴を押しても反応が無く、

夏希は仕方なくドアノブに手を掛けると、

チャッ

ドアは呆気なく開いた。

「なによ、

 鍵も掛け無くって

 不用心ね…」

そう思いながら夏希は由里の部屋の踏み込むが、

しかし、由里の部屋には生活をしているような形跡は何処にもなかった。

「誰もいないの?」

無人と言っていい様な部屋のたたずまいに

夏希はおっかなびっくり歩いていくと、

部屋の真ん中に人影が立っている事に気づいた。

「ひっ!」

その影を見た途端、

夏希は悲鳴を上げると、

キィ…

何かがきしむ音が響き、

「ナ・ナツキ?」

と夏木の名前を呼ぶ声が響いた。

「ゆっ由里なの?」

腰を引かせながら夏希が聞き返すと、

「タ・タスケテ。

 タスケテ・ナツキ
 
 カラダ・ガ。
 
 カラダ・ガ・オカシイノ」

と作られたような声色で夏希に話しかけてきた。

「いっ一体、どうしたっていうの由里?」

「ワタシ・ノ・カラダ・ガ」

キィ…

「ワ・ワタシ・ノ・カラダ・ガ」

キィ…

「由里?

 ちょっとあなた、話し方がヘンよ…」

由里の話し方と、

そさらにその身体から響く機械のような音に、

夏希は顔をしかめながら尋ねると、

「ワタシ・ロボットニ・ナッチャッタノ」

と言う返事が返ってきた。

「えっ」

あまりにも突拍子のないその返事に、

夏希は唖然とすると、

「ワタシ・ノ・カラダ

 コンナニナッチャッタ

 モウ・スイエイブノ

 キャプテン・デキナイ」

そう言い終わるのと同時に、

パッ

消されていた明かりが灯された。

すると、

「うそぉ」

夏希の前に姿を見せたのは銀色の肌を晒し、

身体の各部からキィキィと音を上げている由美の姿だった。

「ゆ・ゆ・ゆ・ゆ・由美ぃ

 どうしたの、その身体!!」

一昔前のお色気ロボットを思わせる姿になっている由美の姿に

夏希は驚きながら尋ねると、

「ワ・ワ・ワ・ワカラナイ

 アタシ・ノ・カラダ

 キュウ・ニ
 
 コンナ・スガタ・ニ

 ナッタ・ノ」

と由美は返事をした。

「由美…」

身体が完全にロボット化しているのだが、

しかし、その顔は未だ人間としての面影が残っていた。

けど、

メリッ

ミシッ

よく見てみると彼女の顎の下では、

金属化が確実に進んでいて、

明日にはその顔もロボットになってしまうことは確実であった。

「まさか、

 カナヅチって…

 本当に金属にしてしまうことだったの…」

その時になってようやく夏希はチャットで知り合った、

ハルコと名乗った人物が言っていた言葉に恐怖するが、

しかし、ロボットへと変身してゆく由美をどうすること出来なかった。

「由美が…

 由美が…
 
 ロボットになっちゃう…
 
 そんな…
 
 あたし、そんなつもりでは…」

驚愕する夏希を前に由美は最後の言葉を呟いた。


『ナツキ…

 ア・アタシ

 モゥオヨゲナイ…

 ナ・ナツキ

 ス・スイエイブヲ

 オネガイ…
 
 ピピッ
 
 ピーッ!』



おわり