風祭文庫・人形変身の館






「赤蛍石」



作・風祭玲

Vol.675





シュッ

シュルルルッ

放課後の体育館に一筋のリボンが華麗に舞い踊る。

シュルルル

シュルルル

命の無いはずのリボンをまるで生き物の如く動き、

一瞬たりとも止まることなくらその姿を次々と変え、

そして、見る者達を魅了してゆく。

「さすがは堂本先輩ね」

「うん…」

リボンに魅了されて者達は皆ある人物の名前をあげ、

リボンと共に舞い、

そしてそれを操る者の姿を見た。

堂本舞子…

力強い柄のレオタードを身に纏った同学園2年生の少女は

新体操部のホープであり、

不振に喘ぐ新体操界に革命を起こす逸材として

周囲から注目を浴びていたのであった。

シュルルル

シュルルル

シュルッ

タンッ

音楽が鳴っていなくても舞子が行う新体操の演技は極めて正確であり、

そして、ダイナミックに舞う。

しかし、その舞に口の悪い者達は、

”まるでロボットが踊っているようだ”

とその舞を酷評するが、

しかし、舞子自身はあまり気にとめてはいないようであった。

スッ!

汗で輝くレオタードを誇らしげに見せつけ、

舞子の舞が終わると、

「堂本先輩っ

 ステキ!」

とギャラリーの少女達から歓声が上がった。

けど、

「……」

そんな彼女たちの歓声は舞子に取ってはあまり重要ではなかった。

「如何でしたか、

 コーチ」

リボンの練習演技を終えて新体操部コーチの元に戻ってきた舞子は、

出来映えを尋ねると。

「なにを焦っているの」

とコーチは指摘した。

「え?」

「心の中に焦りがありますね、

 だから3番のターンが

 0.1秒遅れていましたし、
 
 それに、

 14番の転回は1秒遅れ、
 
 まだまだあります…」

ストップウォッチとチェックシートを掲げて

容赦なくコーチは指摘した。

すると、

「コーチっ

 注意ばかりではなくて、

 少しは堂本先輩をねぎらったらどうですか?」

その話を聞いていた1年生部員がくってかかるが、

「おやめなさい」

即座に舞子は彼女を制すると、

「あなたの気持ちも判りますが、

 これはあたしの問題です。

 口を差し挟まないで」

と注意した。

「そんなぁ

 あたしはただ」

思いがけない舞子の言葉に少女は困惑すると、

この場に居られなくなったのか、

駆け足で飛び出して行く。

しかし、そんな彼女の姿を舞子は一瞥して見送ると、

「で、コーチ、

 他に注意点は?」

と尋ねた。



「堂本先輩って、

 血が通ってるのかしら?」

「なんで?」

「だぁってさ、

 あのとき、洋子が庇ったのにさ、

 ありがとうの一つも言わないんだもん」

「それだけ自分に厳しいんじゃないの?」

「そうかなぁ

 でも、納得いかないわ」

部活終了後の更衣室、

新体操のレオタードを脱ぎ、

制服に着替える彼女たちは先ほどの出来事について、

口々に文句を言い始めた。

そして、

「ね、ね、

 洋子はどうなの?」

その出来事の片方の当事者である、

北野洋子へとその注目が集まった。

「ま・まぁね、

 それは、あたしも

 一言あれば気まずい思いをしなかっただろうけど、
 
 でも、いいじゃん、
 
 もぅ終わったことなんだから…」

と戸惑いながら洋子は言うと、

脱いだレオタードをバッグにしまう。

すると、その時、

ガラッ

立ち入り禁止の札が下がる更衣室のドアが開き、

スゥ…

あの舞子が更衣室へと入ってきた。

「あっ堂本先輩」

たちどころに変わった空気に皆は緊張し、

たちどころにおしゃべりを止めてしまうと、

黙々と着替えていく。

そして、

「おっお先に失礼します」

「あっあたしもお先に…」

と言う案配で次々と部員達が姿を消していくと、

「あっ待って!」

さっき、舞子を庇った洋子も追いかけるようにして更衣室をあとにした。

「ふぅ…」

誰もいなくなってしまった更衣室に

舞子のため息が波紋のように広がっていく。

そして、

「あたしだって…

 みんなと…」

と呟くと、

スッ

穿いているハーフシューズを脱いだ。

すると、

キラッ

宝石のように赤い輝きが姿を見せた。

「はぁ…

 また広がっているわ、

 このままだと足全体が宝石になってしまうまで

 そんなに時間がないかも」

照明の光を受け輝き放つ足を見つめながら舞子はつぶやき、

宝石化している足先を床に着ける。

舞子の身体の異変は足先だけではなかった。

本人が気づいている部分以外にも、

身体のあちらこちらが既に宝石化していて、

身につけているレオタードを脱ぐと、

身体の至る所がキラキラと輝いていた。

そう、舞子の半分近くは人間ではなくなり、

宝石化していたのであった。

「あたしには…時間がない…

 せめて…

 今度の大会にまでは人間として舞いたい…」

ペキッ!

頬に赤い光の筋を光らせ舞子はそう呟くと、

「どうっ堂本先輩…

 それって…」

帰ったはずの洋子の姿がそこにあった。

「きっ北野さんっ

 居たの?」

洋子の姿を見て舞子は慌てて脱いだレオタードで身体を隠そうとするが、

しかし、宝石化している部分を全て隠すことは出来なかった。

「どっどうしたんでしか、

 いったい…」

所々を宝石化している舞子の身体を見て洋子が理由を尋ねると、

舞子は諦めた表情になり、

「そう、コレを見られてしまったのでは仕方がないですね」

と彼女が体験した事情を話し始めた。



事の起こりは一月前に遡る。

「なにかしらこれ…」

新体操の練習で遅くなってしまった舞子が帰宅途中、

道ばたでで赤色に輝く綺麗な石を見つけると、

惹かれるように傍に近寄り、

そして、それを拾い上げた。

キラッ!

一見、ルビーを思わせるその石は

日が落ちた夜でも淡く輝き、

まるで赤い光を放つ蛍のようであった。

そして、舞子を瞬く間に魅了してしまうと、

「へぇぇぇ

 綺麗ねぇ」

石を裏に表に幾度もひっくり返しながら舞子は見つめていた。

ところが、

シュワァァァ…

突然、石の周囲から赤い煙の様なものが吹き出すと、

瞬く間に蒸発してしまったのであった。

「え?

 なに?
 
 消えちゃった…」

突然の事に舞子は呆気にとられるものの、

しかし、そのことはスグに忘れてしまうのだが、

だが、程なく起きた異変にそのことを思い出させられることになる。

その異変とは、

”宝石化”

そう、赤い石を触っていた舞子の右手の指と、

両足先がそれから数日後から固くなり始め、

さらに赤く輝き始めると、

指先があの赤い石と同じ姿になってしまったのであった。

「なっなんで、

 どうして」

光を受け赤く輝く手足の指に舞子はパニックに陥るが

しかし、新体操の大会が迫ってきているだけに医者に行くわけにも行かず、

舞子はそれを隠しつつ、元に戻る方法を探したのだが、

でも、女子高生の舞子にとって幾ら本を読んでも、

幾らネットで調べてみても、

宝石化してしまった身体を元に戻る方法など見つかるはずもなく、

それどころか、宝石化はさらに進行し、

手足はもとより、

身体の各所からも赤い光を放つようになってしまっていたのであった。

「このままでは…

 宝石少女になってしまう…」

そう思った舞子は身体が宝石になってしまう前に、

せめて、人間として新体操の大会に出たいと願い。

練習を頑張って来たのだと、洋子に説明をした。



「堂本先輩…」

「お願い…

 このことはみんなに秘密にして、
 
 あたし、人間として最後の新体操をしたいの」

事情を知り

驚く洋子の手を握りしめながら舞子は懇願すると、

「判りました…

 あたし、みんなには黙っています」

と洋子は舞子に告げる。

「あっありがとう…」

洋子のその言葉に舞子は涙を流すと、

「……先輩…

 その代わり、一つお願いがあります」

と洋子は舞子に頼み事を告げた。

「なっなに?」

思いがけない洋子からの頼み事に舞子は戸惑うと、

「あたし、

 先輩の演技をじっくり見たいんです」

と舞子に頼んだ。

「そっ

 そう?」

「お願いです」

「うっうん、

 判ったわ…」

洋子に縋られ、

根負けした舞子は脱いだレオタードに再び足を通す。



「で、なにが良いかしら」

人気のない体育館に舞子の声が響き渡る。

「リボンをお願いします」

「判ったわ」

洋子のリクエストに舞子は頷くと、

シュルッ

体育館にリボンが舞い始めた。

シュルッ

シュルルル…

舞子の力を受け、

リボンは生き物の如く舞、

それを洋子を魅了する。

すると、

ピキッ

ピキピキ!!

舞い踊る舞子の太股に赤い輝きが顔を出すと、

パキパキパキ!!

音を立ててそれ広がり始めた。

「え?
 
 やっ
 
 いやっ
 
 いやぁぁぁ!!」

ものすごいスピードで足を蚕食しはじめた赤い輝きに舞子は気づき、

悲鳴を上げるが、

「そのまま演技を続けてください、

 先輩」

と演技を見つめる洋子は舞子に命令をした。

「北野さん…あなた…」

「先輩…

 宝石なんかに負けないでください。
 
 さぁ舞うのです」

舞子を見つめ洋子は迫ると、

「はっはい」

洋子の気迫に押され、

舞子は演技を始め出す。

しかし、

パキパキパキ!

舞い踊る舞子の身体はさらに宝石に浸されていき、

タンッ!

最後のフィニッシュを決めようとしたところで、

スルッ…

リボンは動きを止め、

ハラリと舞い落ちた。

そして、そこには全身を赤く輝かせ、

止まったままの舞子の姿があり、

その見開いた目は空を見つめていたのであった。



「うふっ

 とっても美しいですわ、先輩」

宝石化してしまった舞子の姿を見ながら洋子は近づいてくると、

「先輩が拾った石は人間の体を食べて宝石にしてしまう石なんです。

 うふっ、

 しかも、運動すれば運動するほどそのスピードが増すのですよ。

 さぁ、先輩、

 あたしの家に来ましょう。

 先輩は5人目のコレクション…」

洋子はそう呟くと、

淡い汗の臭いを放つ舞子のレオタードに手を滑られた。



おわり