風祭文庫・人形変身の館






「樹里」



作・風祭玲

Vol.660





「ジジジ…

 ヨッヨッヨッ

 ヨウコソ…」

「あーん、

 もぅ!!」

ショウルーム内に永田樹里のキレた怒鳴り声が響き渡る。

ここは搭乗用大型作業ロボット(レイバー)から、

汎用人形コンパニオンロボット(ちぃ)まで

広く手がけるS原重工業のアキハバラ・ショールーム。

つくばエキスプレスが乗り入れ、

青果市場跡に作られたコンベンションセンターと

国鉄用地跡に完成した大型カメラ屋に対抗するように、

神田明神下の地域が大規模再開発が行われたアキハバラ。

その第1街区にあるこのショールームには、

最新のロボット情報を求め、

毎日大勢の研究者やヲタクたちが詰めかけているのだが、

「もー何で動かないのよっ

 コイツは!!」

ガンッ

コンパニオンの制服姿の樹里は関節からギィギィと音を上げる

展示ロボットに向かって怒鳴り、そして、蹴飛ばした。

「ん、

 どうした?」

響き渡った彼女の声に上司である主任の額田正が聞きつけて来ると、

「え?

 あっいえっ
 
 主任、大したことはないです」

と繕い、樹里は背後のロボットを自分の姿で隠した。

「ん?」

繕い笑いをする樹里を正はジッと見つめ、

そして、

「永田君、

 判っていると思うけど、

 ここにあるロボット達は全て我がS原重工業の商品である。

 そのことを忘れないように」

と釘を刺し、背を向けた。

「はーぃ」

額田の注意に樹里は空返事をすると、

「はぁ…」

額田はため息をつき、

自分の受け持ちブースへと戻って行く。

永田樹里はこの春、S重工に入社したばかりの新人だが、

しかし、配属された部署で騒動を起こしてしまい。

このショールームに流されてきたコンパニオンだった。

「全く…

 プロパーの社員なのになんでこんな事をしなくてはならないのよ、

 こんなのは派遣にやらせるんでしょう」

それなりにプライドを持っていたためか、

ここのショールームでの待遇になにかと文句を言うが、

しかし、樹里は自分へこの待遇が

ペナルティであることをすっかり忘れてしまっていたのであった。



そしてその事件はその日の夜、起きたのであった。

「ジジジジジ…」

プス!

「この、ポンコツ!!」

額田の指示で調子の悪かった等身大サイズの女性型ロボット

C3−PIOの調整を深夜まで行っていた樹里だったが、

しかし、なかなか起動しないC3−PIOについに激怒してしまった樹里は

思いっきりC3−PIOを蹴飛ばしてしまったのであった。

ところが、

ガシャーン!

蹴飛ばされた事でバランスを崩してしまったC3PIOは

そのまま、前つんのめりになりながら頭を床に激突してしまうと、

ビビビビビ…

プシュン!!

身体の各所から煙を濛々と噴き上げ沈黙してしまった。

「え?

 あっあれ?
 
 これってまさか…」

幾ら起動釦を押しても動かないC3−PIOの姿に樹里は顔を青くして

胸のパネルを開いて見るが、

モワァァァァ…

パネルを開いた途端、

配線類が焦げる臭いが噴きだし。

ゲホゲホゲホ

その煙にむせながら樹里はパネルを慌てて閉じる。

「くはぁ…

 ダメだこれは…
 
 でも、どうしよう、
 
 ロボットを壊したことが主任に知られたら、

 何処に飛ばされるか…」

その時になって樹里はかつての失敗を思い出し、

その途端、キョロキョロと周囲を見ると、

「よっよし、

 いまここにはあたししか居ない。
 
 それなら…」

と樹里は煙を噴き上げるC3−PIOに不燃ゴミに出すカバーを掛け、

ズルズルと引きづり出していった。

そして、

ガシャーン!!

神田川近くにある廃棄ロボット集積場にC3−PIOを放り込むと、

「ふふふっ

 これでよし、

 夜が明ければハゲタカ・ヲタクがお前の配線からカバーまで、

 バラバラに引き裂いて持って行ってくれるわ、

 ふふっ

 成仏してね、ポンコツロボットさん」

と笑みを浮かべながらそう言い、

足取り軽く去っていった。



チャポン

「ふぅ…

 全く、あのポンコツロボットにも困ったものねぇ」

ショールームより帰宅した樹里は湯船に浸かりながら、

さっき廃棄してきたC3−PIOの事を思い出していた。

「もぅアイツの顔を見ないですむと思ったら

 なんか清々したわ」

肩の荷を下ろしたような台詞を言いながら、

樹里は湯船のお湯を掬い顔を洗うと、

「あっでも、

 C3−PIOが無くなったこと、

 主任になんて言おうか…

 うーん、
 
 そうだ、
 
 朝来たら居なくなっていた。
 
 って事にしよう…

 そうそう、最近某国の窃盗団が徘徊しているって言うし、
 
 あそこのショールームって表通りに面しているし、

 そう言えば納得してくれるわ」

と樹里は脳天気な言い訳を考え、大きく頷いた。

そして、再度顔を洗らおうとしたとき、

「あら?」

右手の手首に油のようなシミが付いているのを見つけると、

「なにかしら、これ?」

と手を捻って見せる。

「あぁ、

 あのC3−PIOを捨てたときに付いたんだわきっと、
 
 そう言えば捨てたときにここ引っ掻いたもんね」

手首の横に付いている油にを見た樹里は、

C3−PIOを捨てたときにこの部分で引っ掻いたことを思い出すと、

湯船から出るなり、そこに石けんをつけ洗い始めた。

しかし、

幾ら洗っても洗っても手首に付いた油は落ちることなく、

それどころか、ますます広がり始めたのであった。

「あれ?

 なんかヘンねぇ…」

べっとりと広がってしまった油を樹里は不審そうに眺めた後、

その油をよく見ようと、

手首を顔へと近づけた。

すると、

カチャ…

カシャ…

カチャ…

顔に近づけた右手首から機械音らしき音が響いている事に気づいた。

「え?

 なっなに?
 
 この音ぉ!!」

自分の手首から響いてくる機械的な音に樹里は悲鳴を上げると、

ピッ!

その手首に一筋の切れ目が入り、

瞬く間にその切れ目が手首を一周してしまうと、

ズルッ

切れ目が微かに開き、

その中より銀色の光沢が光った。

「え?

 えぇ」

その光を樹里はすぐに気づくが、

しかし、

ズルズルズル

まるで手袋を脱ぐように右手の皮が滑り落ちてゆくと、

ペチャッ!

樹里の足下に落ちてしまった。

キィ

キィ

カチャ

カチャ

皮の中から姿を見せた

固い光沢を光らせ規則的な機械音を上げる右手の姿に、

「ひぃぃぃ!!」

樹里は真っ青になるが、

さらに追い打ちを掛けるように、

ベチャッ

別の何かの皮が剥け落る音が響いた。

「え?」

その音を聞いた樹里が左手を持ち上げた途端、

右手とは違い、

肘から先を銀色に輝かせる左腕が目に入った。

「ひぃぃぃ!」

機械化してしまった左腕を目の当たりにして、

樹里は悲鳴を上げるが、

しかし、その時、

樹里の胸の乳房は弾力性を急速に失い、

メリッ!

下から持ち上がってきた固い膨らみでパンパンに膨れあがっていた。

「やだやだ、

 一体なのっ
 
 これぇぇぇ!!」

ピシッ

メリッ!

身体各所の皮膚が裂け、

その裂け目から銀色の輝きを光らせながら、

樹里はバスルームから飛び出し、

濡れた身体を拭かずに

そのまま部屋へと飛び込んでいく、

しかし、その間にも銀色の輝きは光らせる面積を広げ、

また、関節あたりからはグリスがこぼれ落ち始めていた。

キィ

キィ

「いや・あ・あ・あ・あ」

樹里の口から出る声も次第に作られた声へと代わり、

ベリベリベリベリ!!

ついに樹里の体中の皮膚が剥け落ち始めた。

バサッ!

頭の髪が皮ごと落ち、

身体を同じ銀色が髪を失った頭を覆い尽くすと、

ベチャッ!

樹里の顔も剥がれ落ちる。

そして、

カチャカチャカチャ

キィキィ

その後に残ったのは

機械音を響かせている人間の姿をした一体のロボット

C3−PIOの姿であった。

キュィィィン!!!

しばらくの間、その場で停止していたC3−PIOだったが、

しかし、再起動を行うのと同時に消えていた瞳に灯りが灯り、

ゆっくりと立ち上がると、

『ビビッ

 イ・イ・カ・ナ・ク・チャ』

と呟くと、

カチャ

カチャ

樹里の部屋から外へと歩き出していった。



翌日、

「永田

 永田は休みか?」

朝日が差し込むショールームに額田の声が響く。

「ったくしょうがないなぁ…

 休むのなら連絡ぐらいしろって言うんだ」

樹里からの返事が返ってこない事に額田は頭を掻くと、

「さぁ、

 今日も頑張りましょう!」

と他のコンパニオン達に向かって声を上げた。

しかし、その脇に立つロボットの目の辺りより一筋の光る帯が

伸びていたことには気づくことはなかった。



おわり