風祭文庫・人形変身の館






「ひな人形」



作・風祭玲

Vol.581





『ねぇ知ってる?』

『なに?』

『お雛様ってお祝いをする女の子に似るんですって』

『へぇ…そうなの?』

『うん、ママから聞いたわ』

『知らなかった』

『でも…』

『ん?』

『なんで似るのかな?』

『うふふ、それはね…』

『なによっ

 教えてよ』

『それは……ね…』



チュンチュン

「うっ

 あれっ夢?…」

3月3日の雛祭りの朝、

目を覚ましたあたしはボケっと天井を眺めながらそう呟く。

「えっと

 どんな夢を見ていたんだっけ」

起き上がったあたしは頭を掻きながら

さっきまで見ていた夢のことを思う出そうとするが、

しかし、すでに夢の詳細はすっかり忘れてしまっていた。

「おはよー」

「あら、亜莉沙、おはよう…」

いつもと変わらない平日の朝、

制服に着替えたあたしがリビングに向かうと、

朝日を浴びている雛飾りが目に付いた。

「あぁ今日だっけ、雛祭りは…」

お供え物が上がっているひな人形を眺めながらあたしはそう呟くと、

「そーよっ

 こうやって、キチンとお供物を沿えて、

 亜莉沙がちゃんとしたところにお嫁に行けるようにって

 お願いしているんだから」

あたしに向かってママはパンパンと拍手を打ってみせる。

「ちょっと、

 何をやっているのよ」

ママの仕草にあたしは文句を言うと、

「時間は大丈夫なの?

 今日もテストなんでしょう?

 いつものように慌てて飛び出すことはしないでよね」

とママはあたしに注意をした。

その声にあたしはひな人形から視線を逸らすと

「はいはい」

朝食用意されているテーブルの席へとついた。



こうして、雛祭りの当日の学校はいつもと変わらず、

期末テスト前の慌しい一日が過ぎ去っていった。



「ただいまぁ…」

夕焼け空の元、あたしが帰ってくると、

「あぁ。亜莉沙っ

 おかえり、

 もぅ日が沈んだからお雛様片付けといてくれる?」

と帰ったばかりのあたしにママはそう言いつけると、

夕食の支度のためキッチンへと向かっていった。

「えーっ!」

ママの言いつけにあたしは声をあげるが、

「お父さん、遅くなるって言うし、

 亜莉沙、いま手が開いているでしょう?

 片付けるのが遅くなると、

 それだけお嫁に行くのが遅くなるわよ」

文句を言う私にママはそういうと、

「えーっ

 判りましたよぉ…」

制服姿のままあたしはリビングへと行き、

「よっ!」

ゴソゴソ…

納戸よりひな人形を収納する箱を引っ張り出した。

そして、一体一体、丁寧に片付けていくと

最後には内裏とひな人形の二体が残る。

「さて、

 あなた達とはもぅお別れね…

 って、この年までひな人形を飾られるとは思わなかったけど、

 まっ来年縁があったら遭いましょう」

綺麗に飾り付けられたひな人形に向かってあたしはそう話し掛けると、

人形を保護するために包む紙を撒こうとした。

すると

『ねぇ…』

「え?」

突然耳元に女性の声が響くと、

あたしは手を止め辺りを見回した。

「あれ?

 へんねぇ…

 誰かの声がしたような気がしたんだけど」

目で声の主を探しながらあたしはそう呟き、

そして、

「気のせいかな?」

と結論付けて作業の続きを始めだすが、

『ねぇ』

再び同じ声があたしの耳に響く。

「だっ誰!」

2回響いた声にあたしは背筋を寒くしながら声をあげると、

『うふふっ

 あたしよあたし』

と声はあたしに話しかける。

「誰よっ

 どこに居るの?

 姿を見せなさいよっ

 まっママぁぁっ

 変な人がいるよ!!」

その声に向かってあたしは問いただすのと同時に、

キッチンにいるママに声を掛けるが、

しかし、いつまで経ってもママはこっちに来ないし、

また返事もなかった。

「ママぁ!!

 どうしたの?」

なかなか出てこないママにあたしは怒鳴ると、

『うふっ

 誰も来ないわ…

 ここは私とあなただけの世界…』

と声はあたしに言う。

「(ひっ)」

その声に背筋が凍り付くような悪寒を思わず感じながら、

「だっ誰よっ

 何処にいるのよっ

 隠れていないで出てきなさいよ」

とあたしが叫ぶと、

『どこにって…

 うふっ

 どこを見ているの?

 あたしはココ…

 あなたの手の中に居るわ』

と声はあたしに言う。

「手の中?

 え?」

声の言葉にあたしは自分の手を見ると、

そこには片付け仕掛けていたひな人形の姿があった。

「まさか…」

ひな人形を見つめながらあたしは呟くと

ギッ!

ギギギギギギッ!!!

突然ひな人形の首が動き、

メキメキメキ!!

首を軋ませながらあたしを見上げた。

「ひぃ!!!」

動くはずのない人形の動きにあたしは悲鳴をあげると、

『うふふ…

 長かったわ…

 やっと私の声が届くようになったのね』

とひな人形はあたしに話し掛ける。

「まっママぁぁ!!!!」

その言葉にあたしは声を上げると、

『ねぇ…

 そろそろあたし達、交代しない?』

とひな人形はあたしに言う。

「へ?」

『雛祭りまでの短い間だけ表に出され、

 そして1年の大半を暗い箱の中で暮らすのってもぅイヤなの…

 あたしも光を思いっきり浴びたいの』

あたしに向かってひな人形はそう言い、

そして、じっとあたしを見つめる。

「やっやめてよ、

 そんなこと…」

ひな人形の言葉にあたしは恐怖を覚えながら急いで仕舞おうとするが、

ズン!!

突然、手にしていた人形の姿が一回り大きくなった。

「え?」

その様子にあたしは驚き、

それと同時に、

ポロリ…

あたしの手から人形が零れ落ちると、

ドンッ!!

と言う音をたてながら床の上に落ちてしまった。

「あっ

 しまった!」

それを見たあたしは慌てると、

ズンッ!

またしてもひな人形の大きさが大きくなり、

ズンッ!

ズンッ!

ズンッ!

見る見るあたしの背丈よりも大きくなっていく、

「なっなによっ

 これぇ…

 信じられない…」

瞬く間に小山のようになってしまった人形の姿にあたしは驚いていると、

ドンッ

背か何かが当たった。

「え?」

それに驚いたあたしが振り返ると、

「うっそぉ!!!」

あたしの背後にはそびえ立つ箱があった。

「箱?

 え?

 なっなに?

 違うっ

 人形だけが大きくなっているんじゃない。

 あっあたしも小さくなって…」

そう、

その時になってあたしは大きくなっていくひな人形に反比例して

あたしの身体も小さくなっていることに気づいたのであった。

「どっどういうこと…」

巨人を思わせるひな人形を見上げながらあたしは驚いていると、

バサッ…

「え?

 髪?
 
 なんで…

 うっそぉ、めちゃ長くなっている!!」

普段、耳か掛かる程度にカットしていたはずのあたしの髪が

いつの間にか長く伸び、その先端が床の上を這っていた。

「なっなんでぇぇ!!」

長く伸びた髪を必死にたぐり寄せていると、

ズンッ!!

いきなり身体全体にのしかかってくるような重さを感じた途端、

ボスッ!

あたしはその場に座り込んでしまった。

そして、眼下に見える自分の身体に視線を移動させると、

「なっなによこれぇぇぇぇ!!!」

そう、あたしの視界には鮮やかな色が織りなす十二単が飛び込んできた。

十二単姿の自分にあたしは驚いていると、

パキン!!

さっきまでとは違う音が鳴り響く。

「え?」

その音と同時にいきなり手の感覚が消えたことに、

あたしは不審に思いながら手を挙げてみると、

「え?

 うっうそぉぉぉぉ!!!」

出てきたあたしの両手は真っ白に染まり、

しかも、五本の指がキチンと揃えられた姿のまま

その指先を一本も動かすことが出来なくなっていた。

「なっなに…これ…」

まるで人形の手のような姿になった自分の手にあたしは驚いていると、

ぎっギギギギギ!!!

そびえたつひな人形の首があたしの方を向き、

『うふふっ

 さぁ、交換しましょう…

 あたしはこれから亜莉沙と言う女の子になり、

 あなたはひな人形になるの…

 さぁ…』

と話し掛ける。

「いっいやぁぁぁ!!

 まっママ!!

 助けてぇぇ!!」

あたしは咄嗟にキッチンに居るママに助けを呼ぶが、

しかし、幾ら呼んでも返事は返ってこなかった。

「ママ!!

 ママ!!

 あたし、お人形にされちゃうよぉ!!」

パニックに陥りながらあたしが泣き叫ぶと、

『うふふっ

 いくら訴えかけても無駄よ…

 亜莉沙さん。

 あなたの声はもぅ誰にも届かないわ、

 だって、あなたはすでにひな人形になっているのですから』

と声が響く。

「そんな…」

パキパキパキ!!

その間にもあたしの人形化は進み、

腕が折り曲げる形で人形化してしまうと、

何かを持つポーズで固定化される。

更に、

「あっ足も!」

あたしの足もすでに正座する姿で人形になってしまっていた。

「やだ、

 動けない…

 動けないよう!!」

まさにひな人形のようなポーズをしながらあたしは泣いていると、

『ふふっ

 さぁもっと人形になりましょう』

と声はそう告げ、

パキパキパキパキ!!!

まるで水にたらした墨汁が水を黒く染めていくように、

あたしの身体は固定され、

そして人形へとなっていく。

「いや、

 いや、

 いや」

ついに首の上だけしか動かせない様態になってしまうと、

スッ!!

いきなりあたしの身体に大きな手が添えられると、

『うふふ…』

ズシッ

あたしの目の前に巨大なひな人形の顔が迫った。

「ひぃぃ!!

 化け物!!」

迫る人形の顔にあたしは声をあげると、

『ふふふ…

 何を怯えているの、

 あなたはひな人形になり、

 あたしが人間になっただけ

 さぁ、口に私の紅を差してあげます。

 その開いた口を閉じなさい』

とあたしに命じた。

すると、

「あっあぁぁぁ!!!」

声を出すために開いていたあたしの口が閉じてしまうと、

パキン!!

瞬く間にその唇は固定され、

また、動き回っていた目も動かなくなると、

あたしは無言で宙を見詰めることしか出来なくなってしまった。

『ふふふ…

 そう、いい子ね…

 そうやって何時までも居るのよ

 さぁ、紅を…差してあげましょう』

人形になってしまったあたしにひな人形がそう話し掛けると、

スッ…

あたしの口に紅を引いて行く。



「亜莉沙ぁっ

 もぅ片付けは終わったの?」

キッチンからママの声が響くと、

ビクッ!!

片づけをしていたわたしの肩が大きく動き、

「あっはいっ、

 もぅ直ぐ片付けはおわります」

とキッチンに向け返事をする。

そして、ガサガサ…

手にしていたひな人形に保護の紙を被せると、

「うふっ

 じゃぁ来年までこの中に居るのよ、

 亜莉沙ちゃん」

と話し掛けながらひな人形を箱の中へと収め、

ふたを閉めた。



『ねぇ、なんでお雛様は女の子に似るの?』

『うふふ、それはね、

 交代をするからなのよ、

 女の子とお雛様が…』




おわり