風祭文庫・人形変身の館






「身代わり地蔵」



作・風祭玲

Vol.439





むかし

むかし

上州の国のとある峠にお地蔵様があったそうな。

そのお地蔵様は旅で峠を越す旅人や、

大きな荷物を運ぶ商人達をいつも優しい眼で見守っていたそうな。

そんな、ある月夜のことじゃった

一人の娘が月明かりを頼りに峠道を登ってきたそうな、

そして、その娘の後りには追っ手だろうか

人相の悪い男達の姿が迫ってくる。

「お地蔵様、助けてください!!」

娘はそう叫びながらお地蔵様の裏に隠れると、

ひたすら手を合わせた。

その時じゃった。

【これこれ、娘よどうした】

突然お地蔵様から声が響くと、

「はいっ

 悪い奴にかどわかされこの山に連れて来られたんです」

娘は驚きもせずに事情をお地蔵様に話した。

すると、

【ほぅ、可愛そうに、
 
 どれ、この地蔵がそなたの身代わりとなってあげよう】

なんとお地蔵様は娘の身代わりになる。と娘に伝えたのであった。

「ほっ本当ですか?」

【さっ、私の身体に触れなさい】

「はっはいっ」

お地蔵様に言われるまま娘がお地蔵様の石の身体に触れると、

なんと言うことか、

娘の体が見る見るお地蔵様となってしまうと、

入れ替わるようにお地蔵様がその娘へと姿を変えてしまった。

【お地蔵様があたしに?】

地蔵となり、身動き一つ出来なくなってしまった娘は驚いていると、

「こんなところに居やがったか」

「さっ来るんだ」

追いついてきた追っ手は地蔵が化けた娘の腕を引くと山を降りてしまったのであった。

こうしてお地蔵様となった娘は負っての手から逃れることが出来たそうな。

めでたし

めでたし



「…というわけ」

「ふぅぅん」

「なるほどねぇ」

先頭を歩く得松真里菜の昔話に、

後に続く小川美和・私市綾子・野口奈緒の3人は感心しながら頷いた。

すると、

「ねぇ…

 それで、その娘はどうなったの?」

話を聞いていた美和が尋ねると、

「どうなったって?」

振り返らずに真里菜は聞き返す。

「だって、お地蔵さんになってしまったんでしょう?

 その娘さん、
 
 だから、その後人間に戻らないと駄目なんじゃないの?

 ずっとお地蔵さんのままだったら余計可愛そうなんじゃないの?」

「あっそっか…

 う〜ん、
 
 その後の娘の話は知らないなぁ」

美和の指摘に真里菜が思案顔になる。

「まぁまぁ

 昔話に理屈を求めては駄目だって」

「そうそう、

 そんなこともあるのねぇ…
 
 って聞き流さないとね」

美和の話を横で聞いていた綾子と奈緒がそう口をはさむと、

「それはそうだけどねぇ

 でも、なんか釈然としないなぁ」

組んだ手を後頭部に当てながら美和は呟いた。



美和たち4人は東京にある某女子高に通う同じクラスの気の合う友人たちで、

付き合いは中学の頃まで遡ることが出来る。

この日は間近に迫った学園祭で発表することが義務付けられた自由研究の一環で

身代わり地蔵の伝説が残るこの峠を訪れていたのであった。

「しっかし、

 身代わり地蔵なんて本当になるのかなぁ」

山道を歩きながら綾子がそう口走ると、

「昔話だからね、

 でも、峠にはそれらしい地蔵があるって言う話だよ」

と真里菜が返事をした。

「ふぅぅん

 ねぇ、
 
 ひょっとして、お地蔵さんにさわると入れ替わったりしてね…」

そんな真里菜の言葉に奈緒がいたずらっぽく言うと、
 
「まっさっかぁ!!」

一斉にそれを否定する声が一斉に響き渡った。



それから約数時間後…

ザッザッ…

美和たちは山道を歩き続けていた。

ハァハァ

ハァハァ

「ねぇ…」

上がる息を堪えるようにして真里菜の後ろを歩く美和が声を上げると、

「なに?」

先頭を進む真里菜がぶっきらぼうに返事をした。

二人から漂いはじめだした殺気に似た気配に奈緒と綾子が間合いを取ると、

「本当にこの道であっているの?」

と美和は真里菜に尋ねた。

「やばっ」

いま一番言ってはいけない言葉…

その言葉が美和の口から出たことに奈緒と綾子が身を縮めていると、

「大丈夫よ…」

真里菜はそう返事をしながらニコリと笑みを浮かべた。

「ヒィィィ!!」

まるで氷のような微笑に奈緒たちが震え上がるが、

「そーかなぁ…

 まだ峠は越えてないのに下っているような感じがするんだけど」

真里菜の笑みをものともせずに美和は周囲の違和感を口にする。

「大丈夫だって

 あっそれなら小川さん、
 
 あなたが前を歩きます?」

そんな美和に真里菜は手にしていた地図を手渡すと列の後ろに付こうとした。

とそのとき

「あら?

 あんなところにお地蔵様が」

山道から少し奥に入ったところに一体の地蔵を見つけるとそれを指差した。

「あっ本当だ」

「ねぇ、お地蔵様って峠にあるんじゃなかったっけ?」

「何でここにあるのかな?」

寄り固まりながら美和たちがアレコレ詮索していると、

「行ってみましょう」

ザッ

臆することなく真里菜が草をかけわけ地蔵へと歩き始めた。

「あっ徳松さん」

「どっどぅする?」

「行ってみようか」

「そうね」

先に進んでいった真里菜の後姿に美和たちは少し躊躇した後、

真里菜の後を追いかけていった。



美和たちが見つけた地蔵は山道から50mほど入ったところにポツンと置かれていた。

「結構古そうねぇ」

「でも、意外と大きいのね」

「うん、1m半はあるんじゃない?」

「ここに地蔵があるってことは、

 道があるはずなんだけど…」

「道なんてどこにも無いじゃない」

地蔵の周囲を回りながら美和たちは調べていく、

「じゃぁ、

 ここで記念写真撮ろうか、
 
 伝説の地蔵と一緒に」

一通り調べた後、デジカメ片手に真里菜がそう声を上げると、

「はーぃ」

周囲に散会していた美和や綾子、そして奈緒が地蔵の周りに集まった。

そして、何気なく美和が地蔵の身体に触れた途端、

ビシッ

「あっ!!」

地蔵の身体に触れた手に電撃に似た衝撃が走った。

「キャッ」

突然の衝撃に美和は悲鳴を上げて手を引っ込めると、

「どっどうしたの?」

美和の声に驚いた綾子と奈緒が寄ってくる。

「うっううん、

 なんか、
 
 電気ショックみたいのが」

いまだに痺れる手を庇いながら美和はそう訴える。

「静電気?」

「まさか、お地蔵様が?」

「ねぇ、なにか罰が当たることをした?」

「あのね」

美和が受けたショックの正体について綾子と奈緒が話をしていると、

「ねぇどうしたの?」

カメラを構えていた真里菜が声を上げた。

「あのね、

 小川さんが感電したんだって」

「はぁ?

 感電?」

状況を知らせる綾子の声に真里菜が困惑をすると、

「あら?」

何かに気づいたのか、

「ねぇ…ちょっと小川さん、

 それ何?」

と美和の足元を指差しながら声を上げた。

「え?」

真里菜の指摘に美和が視線を下に向けた途端、

パキッ

パキパキ!!

何かが固まるような音が美和の脚から響き渡った。

「へ?」

響き渡る音に皆の視線も美和の脚に向けられると、

「やだぁ!!

 なにこれぇぇぇ!!」

つかの間の静寂を破るような悲鳴がこだました。

「みっ美和っ」

「小川さん!!」

「なにこれぇ!!!」

と同時に真里菜や綾子、奈緒の悲鳴も響き渡る。

パキパキパキ!!

「いっいやぁぁぁぁ!!」

美和の一声大きな悲鳴が響き渡る中、

彼女の脚から生気が消えると、

見る見る石化しはじめていた。

「いっ石?」

石化していく美和の脚を見ながら皆が呆気にとられていると、

「そんな、見ていないで助けてよ!!」

泣き叫ぶような美和の声があがった。

「そっそんなこといわれても」

パキパキパキ!!

すでに美和の腰まで石化が進み、

石化した脚には衲衣を思わせるものが彫り込まれる。

「ねっねぇ

 これって?」

「まさか?」

「そんな」

パキ!!

美和の胸下まで石化が進んだとき、

「みっ美和が

 お地蔵様になっていく」

美和の姿を見ていた奈緒は隣に立つ地蔵を比較して声を上げた。

「えぇ!!」

「本当だ」

「そんなぁ!!

 いやぁぁぁ!!
 
 助けてぇぇぇ!!!」

パキッ!!

美和は最後の悲鳴を上げると、

石化した彼女の頭から髪が落ち、

そして、そこには安らかな顔をした地蔵菩薩の石像が一体置かれていた。

「そんな…」

「美和が

 美和がお地蔵さんになっちゃった…」

地蔵となってしまった美和を見ながら真里菜や奈緒が震えていると、

「へっへっへっ

 何百年ぶりだ

 あぁ動けるぜ」

と美和の声色でありながらも、

しかし、下品な声が響いた。

「え?」

その声がしたほうに真里菜たちが向くと、

そこにはさっきまであった地蔵が姿を消し、

地蔵になったはずの美和がゆっくりと立ち上がりながら、

まるで自分の身体を確かめるようにあちこちを触りまくっていた。

「みっ美和?」

「無事だったの?」

まるで何事も無かったかのような美和の姿に皆が安心をしようとすると、

「おぉ!!

 すっげー
 
 俺、オナゴになったのかよ、
 
 えへへ、
 
 なんだよ、
 
 すげーぜ」

胸の膨らみを強調するかのように美和は乳房を持ち上げると、

まるで女に変身をした男の様に振舞う。

「美和?」

「どっどうしたの?

 美和?」

そんな美和の姿に真里菜たちが不安になると、

「へへへへ」

美和は嫌らしい笑みを浮かべながら真里菜たちを見据えた。

「ひっ」

美和のその表情にはかつての面影はなく、

まるで野獣を思わせるそんな目つきをしていた。

「美和…」

奈緒と綾子は唖然としていると、

【違うのよ!!

 そいつはあたしじゃないわ、
 
 あたしはここよ!!】
 
と地蔵の方向から美和の叫び声が響いた。

「え?」

その声に真里菜たちが驚くと、

「そうよ、

 俺は何百年も前にここで地蔵にされた山賊よ、
 
 へへへっ
 
 俺を自由にしてくれてありがとよ、

 どうやら、元の姿ではなくて俺達に触れた奴の姿になるらしいが、
 
 さぁて、
 
 仲間達もいるから、
 
 へへへ、
 
 そいつらも助けてやらないとな」

美和の姿をした山賊はそう告げると、

一歩、

また一歩と真里菜たちに近づいていった。

そして、

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

人気の無い山中に真里菜・綾子・奈緒の悲鳴が上がると、

彼女達のいたところに真新しい地蔵が立ち並び、

そして、その地蔵を眺めながら、

「へへへ…

 どうだ?」

「そーだなぁ

 足で歩けるだなんてこんなに嬉しいことねーや」

「おーし、じゃぁ行こうか」

解き放たれ、自由の身になった山賊たちは彼女達の姿で山を降りていった。



【どうしよう…

 まさかあの伝説が本当だっただなんて】

【いまさらそんなこといっても】

【いやぁ

 このままお地蔵さんだなんて】

【誰か

 誰か助けて!!】

日が落ち、夜の帳が下りた山の中に

地蔵にされてしまった彼女達の悲鳴が響き渡っていった。



おわり