風祭文庫・人形変身の館






「フィギュア」



作・風祭玲

Vol.398





「ちょっと、そこ!!

 影に隠れているのはわかっているのよ

 出てきなさい!!」

放課後の校舎に生徒会長・三島奈緒莉の怒鳴り声が響き渡ると、

ズカズカズカ!!

片手に書類を抱きかかえながら、

足音荒く奈緒莉は廊下の柱に向かって突進して行った。

すると、

柱の影より気の弱そうな男子生徒・敷島秀行が飛び出すと、

逃げる方向に迷ったのか2・3足踏みをした後、

一目散に走り出した。

しかし、

「お待ちなさい!!」

すぐに奈緒莉の静止する声が響くが、

しかし、秀行はその声を無視して必死で逃げる。



ハァハァハァ…

誰もいない廊下を走って逃げる秀行、

ところが、

タタタタタタ!!!

そんあ彼の後ろから彼を凌駕するスピードで奈緒莉が追いかけてきた。

「ひぃぃぃ」

それに気かついて秀行は顎を上げ逃げるものの、

常に陸上部から誘いを受けていた奈緒莉にとっはウサギとカメの競争でしかなかった。

ガシッ

瞬く間に伸びた奈緒莉の手が秀行の肩が捕まえると思いっきり引き倒され、

ドタン!!

バランスを崩した秀行のひっくり返る音が廊下に響き渡ると、

カシャン!!

カラカラカラ!!

軽い金属音を響かせながら彼の手から一台のカメラが離れ、

廊下の上を回転しながら奈緒莉の方へと滑っていった。

「ん?」

それに気づいた奈緒莉が立ち止まって滑って来るカメラを拾い上げると、

「あっ!!」

秀行は思わず声を上げた。

すると、

「で、これで何をしていたの?

 敷島秀行クン?」

取り上げたカメラを片手に悠然と奈緒莉が秀行に理由を尋ねる。

「………」

秀行は奈緒莉の質問には答えずにただ黙っていると、

奈緒莉はそんな秀行を見下げるような目で見ながら、

「あのね、

 あたしに気があるからと言ってもね。

 あたしはあなたとお付き合いする気はありません。

 それにこう言う行為はストーカーって言うのよ、

 ストーカーは犯罪なの、

 なんなら、このまま警察に突き出しましょうか?」

そう言いながら奈緒莉が迫ると、

「くっ」

秀行は唇を噛み締める。

「まったく迷惑な話だわ、

 いいこと、

 今日は許してあげるけど、

 今度は只では済まさないからね」

キッと秀行を睨みつけて奈緒莉はそう告げると、

「これは、預っておきます」

という言葉を残して立ち去っていってしまった。



「はぁ…」

キィ…

ブランコに揺られながら秀行の口よりため息がもれる。

初夏の長い陽がようやく沈みかけ、

キンコロ…

防災無線のチャイムが鳴り響ったころ、

秀行は学校から少し離れた公園に居た。

響き渡るチャイムの音に公園から一人、また一人と人が姿を消し、

やがて、彼一人だけになったとき、

「やぁ、とんだ災難でしたねぇ」

と言う男性の声が秀行の頭の上から降ってきた。

「え?

 うわっ(ドタン)」

その声に驚いて慌てて立ち上がろうとするが、

しかし、座っていたブランコが大きく揺れたために

秀行はバランスを崩すと

そのまま仰向けにひっくり返ってしまった。

「イテテテ」

ひっくり返った際に腰を打ったのか腰を抑えながらうめき声を上げると、

「あぁ、驚かせて申し訳ない」

と言う声と共に手袋がはめられた手が差し伸べられた。

「誰?」

秀行は自分に手を差し伸べる者の素性を確かめようとしたが、

声の主は空をバックにしているためにその表情を確認することは出来なかった。

すると、

「あぁ、自己紹介が遅れてしまったね

 実は私、こういう者です」

という声と共に引き起こされた秀行の前に1枚の名刺が差し出された。



「あなたの心と体のお悩みを解決いたします…」

再びブランコに座りなおした秀行が

名刺に書かれている文句を読み上げると、

「ん?

 おっとこれは失礼」

シュッ!

その瞬間、秀行の手にあった名刺は別の名刺へと差し替えられた。

「………(すっすばやい)」

秀行は男性のすばやい技に感心しながらその名刺をしげしげと眺め、

「あなたの夢を叶える人形師・一光…」

と名刺に書かれている文句を読み上げると、

キィ…

秀行に声をかけた男・一光は秀行の隣のブランコに座り、

そして軽く揺らしながら、

「さっき、君は女の子の隠し撮りをしていた様だけど

 なんで、そんなことをしていたのかな?」

と秀行が奈緒莉の写真を隠し撮っていた理由をたずねた。

「え?

 見ていたんですか?

 どこで?」

どこか涼しげでありながら

毒々しいものを内に秘めているとうな目で話し掛けてきた一光の言葉に秀行が驚くと、

「あははは…

 わたしは君の事はすべてお見通しだよ。

 敷島秀行、

 人乃形高校2年生、帰宅部。

 一見、どこにでも居るような高校生でありながらも、

 フィギュアの事に関しては第一人者。

 自宅の膨大なコレクションはもちろん、

 オリジナル・フィギュアの製作者としても有名で…」

懐から取り出した手帳を見ながら一光は秀行の経歴を告げ、

そして、

「ふふ…きみっ

 あの女の子のフィギュアを作ろうとしたんだね
 
 三島奈緒莉、成績優秀、生徒会長を務める才女でありながら

 その容姿も秀でている。
 
 確かにフィギュアの題材には打ってつけだね」

っと秀行をチラッと見てそう指摘した。

その途端。

ドキン!!

秀行の心臓が大きく鼓動すると、

「あはははは…

 図星のようだね」

秀行のその表情に一光は笑みを浮かべる。

「べっ別にいいじゃないですか」

自分の心を見抜かれたような気持ちに秀行はむくれると、

「ふむっ

 では、彼女のフィギュア、私が作って見せようか?」

と一光は秀行にそう提案をしてきた。

「え?」

一光の提案に秀行は驚くと、

「そうだね、

 いきなり言われても仕方が無いか

 これを…」

そう言いながら一光は足元に置いてあった鞄の中より

長さ30cmほどの透明なケースを取り出し秀行に手渡す。

すると、

「こっこれは…」

ケースを見た途端、秀行の目が光った。

「すごい…まるで生きているみたいだ。

 この制服は…そうだ、白薔薇女学園の制服だ

 うわぁぁぁ」

一光より秀行に手渡されたケースに入っていたのは、

一体の女子高校生の人形だった。

まるで生きているかのごとく空を見つめるその瞳からは

必死に何かを訴えているようにも見えた。
 
けど、秀行はその瞳の意味を汲み取ろうとするようなことはせずに、

ただ、人形の出来栄え、緻密さに目を見張っていた。

「どうかな?

 私の作品は?」

しきりに感心する秀行の姿に一光はそう囁くと、

「凄い、

 凄いですよ、

 これは…」

秀行は鼻息荒く一光に人形の出来を褒め称える。

「あははは…

 そう言ってくれるとうれしいねぇ」

秀行のあまりにもの褒め称えぶりに一光は気をよくすると、

ケースから人形を取り出し、

「さぁ、もってみな」

と言って人形を秀行に手渡した。

すると、

「うわぁぁぁ!!

 なんだこれぇ!!」

人形を手にした秀行は思わず声を上げた。

「どうかな?」

「どうかなぁって、

 これって…」

秀行は目を丸くし、

そして人形の太股や胸を指先で突っついてみせる。

「はははは…

 まずは実物と同じようにキチンとした骨格を作り、

 それに特殊シリコンで肉付けをし、

 そして、特殊フィルムの皮膚を被せたものだから、

 見た目は実物の女の子と変わらないよ」

一光が人形の説明をすると、

「おっお願いします!!」

秀行は一光の前に土下座をすると、

そう言いながらフカブカと頭を下げた。

すると、

「ただ一つだけ条件があるんだ」

と一光はある条件を秀行に告げた。



「そのコインですか?」

「そう、このコイン…君の家にあるだろう…」

「えぇ…確か、死んだおじいちゃんが持っていたけど…」

人形の製作について一光から持ち出された条件とは

秀行の祖父が残したコインのコレクションに収められていた1枚のコインだった。

「実はねぇ、

 私はそれを集めていてね」

「あっわかりました。

 じゃぁそのコインと交換と言うわけですね」

一光が言わんとしたことを先に秀行が言うと、

「あぁそうだよ」

一光は大きく頷いた。

すると、

「判りました。

 コインは持ってきます。

 で、一光さんのフィギュアが出来上がるのはいつですか?」

興奮した口調で秀行が尋ねると、

「そうだなぁ…

 1週間って所かな?」

と一光は答えた。

「凄い、これほどのものを一週間でつくるなんて」

一光の答えに秀行はさらに驚くと、

1週間後、

コインと引き換えに奈緒莉のフィギュアを受け取る約束をして二人は分かれた。

カサッ…

二人が立ち去った公園の掲示板で尋ね人の紙が静に揺れる。

麻野久美子…

白薔薇女学園に通っていた彼女が忽然と姿を消したのは先月のことである。



「ふぅ、遅くなってしまったわ」

腕時計を眺めながら奈緒莉は駅前を足早に歩いていた。

陽はとっくに暮れ、

街は夜の装いに姿を変える。

「はぁ、

 毎日毎日、意味の無い会議ばかりやって…

 先生の自己満足に付き合わされるこっちのことも少しは考えてほしいわ」

ブツブツと文句を言いながら奈緒莉が角を曲がったとき、

「あのぅ、

 ちょっとすみません」

突然響いた女性の声に引き止められた。

「なんですか?」

面倒くさそうに奈緒莉が振り返ると、

「体験エステはいかがですか?」

と満面の笑みを湛えた女性が話しかけた。

「エステぇ?

 いいわ、間に合っているから」

…面倒なヤツと関わりを持ってしまった。

そう思いながら奈緒莉は彼女の申し出を断ろうとすると、

「まぁまぁ、そういわずに

 ただいま無料サービス中ですのでお金は要りませんよ」

呼び込みの女性はそう言いながら

「あっちょっと」

と声を上げる奈緒莉を強引気味に花輪が飾る店内へと引っ張り込んだ。

「いらっしゃいませぇ」

手を引かれて奈緒莉が店内に入ると、

清潔そうな店内の様子と共に、

スタッフの女性が一斉に頭を下げた。

「いやっ

 あのぅ

 ちっ違うんです」

そう言って奈緒莉は店から出て行こうとするが、

「まぁまぁ、

 開店サービス中ですので、御代は要りません。

 さぁお召し物を脱いでここにうつ伏せになってください」

そう言いながら女性スタッフは置かれている寝台を手で指した。

「あのぅ…

 本当にただなんですか?」

「はいっ」

「本当に?」

「えぇご覧おとおり、御代は要りません」

なおも疑る奈緒莉にスタッフは1枚のチラシを見せた。

そこには堂々と体験エステ無料とかかれ、

会費等も一切求めない。

と言う文句も踊っていた。

「……ふむ」

性格からかチラシを隅々まで目を通し、

ようやく納得した奈緒莉は

「わかったわ」

と返事をしながら制服を脱ぐと、

「こうでいいの?」

そう尋ねながら寝台に横になった。



白くて美しい起伏を持つ奈緒莉の体が寝台に乗ると、

「では」

と言う声と共に、

ヒタッ

奈緒莉の背中に白い物体が塗られ始めた。

最初は小さな白い点が、

スタッフによって広げられていくと、

見る見る奈緒莉の身体を蚕食するかのように広がっていく。

その一方で、奈緒莉は身体に塗られていく液体の快感と仄かに香る香りに

リラックスをするとそのまま身体を預けていた。

ところが、

その頃を境に次第に奈緒莉の身体は自由が利かなくなってきた。

『あっあれ?

 腕が…

 動かない…

 え?

 脚も?』

いくら力を入れても動かすことが出来なくなったことに奈緒莉が驚くと、

『あっあのぅ』

っと作業をするスタッフに声をかけようとしたが、

ところが、自分の閉じた口すら動かすことが出来なくなっていた。

『どっどういうこと?』

すると、困惑する奈緒莉の身体がひっくり返されると

これまで下に隠れていた表側が晒され、

プルン!!

形のよい乳房と若草が生い茂るデルタが店の明かりに浮かび上がった。

そして、その乳房やデルタに白い物体が塗りこめられていく。

『ちょっと

 やめて

 その手を止めて!!』

奈緒莉は動かない口でしきりにそう訴えながらスタッフを見たとき、

『ひっ!!!』

響かない悲鳴を上げた。

「………」

黙々と作業を続けるスタッフの顔からは表情が消え、

まるで、人形のような面持ちになていた。

『うそ…』

それを見た途端、奈緒莉の心に恐怖感が染み出してくるように広がっていく、

すると、

「どうかな?

 私の作品たちは…」

と言う声と共にあの一光が奈緒莉の前に姿を見せた。

『あっあなたは…』

目で奈緒莉が問いかけると

「私は人形師・一光、

 奈緒莉さん、あなたには私の作品になってもらいます」

そう一光が話しかけると、

『そっそんな…』

奈緒莉は目で悲鳴を上げた。

すると、

「ふっふっふ

 体が動かせないんでしょう?

 そう

 それは私が丹精込めて作った砥粉…

 それを肌に塗ればたちまち指一本すら動かせなくなる」

そう説明をしながら一光は奈緒莉によく見えるように彼女の身体に塗った白い粉を見せる。

そして、

「さぁ、あれを…」

と言う声が響くと、

ゴトッ

奈緒莉が寝かされている寝台の下より

厳重に封印された直径15cmほどの円筒形の器が人形の姿に戻ったスタッフによって引き出されると、

奈緒莉の目の前でゆっくりとその封が解かれた。

すると、

サラララ…

一光は奈緒莉の体に塗った粉をその中に注ぎ込むと、

ゴボッ!!

と言う音ともにまるで腐臭のような悪臭が室内に漂い始めた。

「ふっふっふ

 これは物質と菌の中間のモノでね、

 眠っているときは砂とまったく同じだが、

 しかし、この粉を与えると起きてしまい

 ほらっ、この通り、粘菌となってしまうのだよ」

と言いながらその器を奈緒莉の真上でゆっくりとひっくり返した。

すると、

ドロッ!!

赤茶色の粘性をもった物体が容器の口から姿を見せると、

ボタッ

ボタッ

っと奈緒莉のお腹の上に零れ落ち始めた。

ジュワ!!

ジュワッ!!

奈緒莉の肌に触れるたびに煙を上げるそれに

『やっやめて』

と奈緒莉は悲鳴を上げるが、

しかし、

ベチャッ!!

巨大な塊がその上に振ってくると、

ボコボコボコ!!

塊は盛んに気泡を発しながら、

奈緒莉の体の表面を覆い始めた。

『どかして、

 お願い、

 いやぁぁぁ!!』

奈緒莉の声無き叫び声が響き渡ると、

「どうかな?

 そいつはねぇ

 君の身体にタップリとある炭素を食べ、

 そして、代わりにシリコンを吐き出すんだよ

 ふふ、

 そう、そいつに食べつくされた君は自から動くことが出来ない人形になってしまうんだよ

 腐ることなく、

 永遠にその姿のまま…」

『やめてぇぇぇ!!』

「ははは、

 なぜそんな嫌がるんだい?

 人の体とは流れ落ちる水のようなもの、

 そこに形を作っていても、

 その流れを止めてしまうとたちまち消えてしまう陽炎

 いま、そのような美しい身体も永遠のものではなく、

 時間の流れと共に崩れていく…

 それって悲しくは無いかい?

 わたしは君の身体を留めてあげようとしているんだよ永遠にね」

駄々をこねる子供にそっと言い聞かせるようにして一光は奈緒莉に向かって囁き、

「さぁ、

 ご馳走だよ、

 食べておしまい」

と声をあげると、

ゴボっ

奈緒莉の身体を覆い尽くしていく粘菌から気泡があがると、

ゴボゴボ!

盛んに気泡を発しながら食らいつく様に奈緒莉の身体を包み込んでいった。

『いやぁぁぁ!!

 食べてる

 あたしの身体を食べてるぅ

 やめて、中に入ってこないで!!

 あたしを食べないでぇぇぇ』

粘菌に包まれた奈緒莉は泣き叫ぶが、

しかし、その叫びを聞き届けるものは誰も居なかった。

ゴボゴボ!!

ゴボゴボ!!

粘菌は奈緒莉の肉体を貪るように食べ、

そして、シリコンを吐き出していく、

奈緒莉の指が肌が色を失うと、

粘菌は徐々に彼女の体内奥深くに潜っていき、

そして食い荒らしていく

『いやぁぁ!!』

『たったす・け・て』

『だ・れ・か…た・す…』

次第に自分の体が温もりのない無機物へと変化していくを感じながら

奈緒莉は徐々に人形へと姿を変えていった。



サラサラサラ…

奈緒莉の肉体を食い尽くした粘菌は結晶化すると、

白い砂へと姿を変え、寝台から零れ落ち始める。

「おっと」

それを見た一光は慌てて粘菌が入っていた容器をかざすと、

サラサラサラ…

やがて、結晶化した粘菌の中から変わり果てた姿の奈緒莉が表に出てきた。

粘菌に身体を食い尽くされ、

代わりにシリコンの肉体に置換された奈緒莉は

身長は30cmほどに萎縮し、

擦りガラスのように白濁した肉体を晒していた。

「ふふふ

 さぁて、ここからが私の出番」

一光は笑みを浮かべると寝台より人形となった奈緒莉を取り出し、

そして工房へと向かっていった。



一週間後…

「一光さん」

一週間前、一光と約束をした公園に秀行が来ると、

既に一光が先着し、秀行を待っていた。

「あの…」

息を切らせながら秀行が声を上げると、

「ふふ、

 そんなに慌てない、

 人形なら、ほら」

と言いながら一光は透明なケースに入った人形を秀行に見せた。

「うわっ

 本当に奈緒莉さんだぁ」

それを見た途端、秀行の表情が一気に綻ぶと、

「で、約束のコインは持ってきてくれたかね」

と一光は秀行に尋ねた。

「あっはい

 これでいいんですか?」

一光に催促され、

浩一はポケットからコインが入った箱を取り出すと一光に手渡した。
 
「うむ、まさにルーフィグコイン…」

一光は秀行から受け取ったコインが目的のものであることを確認すると、

「じゃぁ、これは君のものだよ」

と言って奈緒莉人形を秀行に手渡した。

「ところで、一光さん、

 そのコインってなんですか?」

奈緒莉人形をしげしげと眺めながら秀行が尋ねながら顔をあげると、

「あれ?」

いましがたまでそこに居たはずの一光の姿はどこにも無く、

「一光さん?

 どこに行ったんですか?

 一光さん?」

秀行の声が人気の無くなった公園にいつまでも響き渡った。



「じゃぁ行って来るね、

 奈緒莉さん」

翌朝、

本棚のガラス戸の中に鎮座している奈緒莉人形に向かって秀行は話しかけると、

「でも、奈緒莉さんどこに行っちゃったんだろう…

 もぅ一週間以上も行方不明だなんて…」

と言いながら鞄を片手に部屋から出て行った。

そして、誰も居なくなった部屋に

『お・ね・が・い、

 だ・れ・か

 た・す・け・て』

誰の耳にも入ることがない奈緒莉の声が響くと、

ツゥ…

その頬に一筋の涙が流れ落ちていった。




おわり